幻想寓話〜果樹園の主ヨーロッパ
種類 |
ショート
|
担当 |
風華弓弦
|
芸能 |
3Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
10.9万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
01/14〜01/19
|
●本文
●新年初仕事
AFW所属の脚本家フィルゲン・バッハは所狭しと積み上げた本の一冊を取り、ぱらぱらとめくった。
「新年一本目の内容は、それらしいのにしようかと思ってるんだけど‥‥」
「むぐ?」
口いっぱいにアップルパイを頬張った、仕事の相方であり同居人−−監督レオン・ローズが、言葉の代わりに視線で先を促す。
「公現祭(エピファニー)は過ぎたけど、それにちなんだ話というか‥‥アップルツリーマンの伝承なんか、どうかな」
「ほぐ」
「‥‥返事になってないよ」
「もふ?」
なおも口をもぎゅもぎゅと動かすレオンに、フィルゲンは肩を落として溜め息をついた。
「喰いながら返事をするなっ! というか、一人でホール全部喰うなーっ!」
レオンの首根っこを掴まえて、ぶんぶんと前後に振り回し。
「ちょ‥‥やめーいっ! 揺すると、喰ったものが出てしまうであろうがっ!」
「出すなっ! てか、飲み込んでから喋れっ!」
「それ以前に、飲み込ませろーっ!」
‥‥年が変わったからといって、相変わらず何一つ変わらないコンビであった。
●幻想寓話〜果樹園の主
『果樹園の主、アップルツリーマン。
果樹園で最も古い林檎の木に棲む精霊で、果樹園で起きる全ての事柄を知っているという。
果樹園を見守る者達は、毎日勤勉に働く者や、良い行いをする者をこっそりと手助けするが、声のみが聞こえるだけで人には精霊の姿は見えない。
公現祭の前日である1月5日には、農園の主がアップルツリーマンの棲む林檎の木へ林檎酒を撒き、木の前で宴を行う習慣があるのだが‥‥。
ある農園の主が亡くなった時、その土地の慣習で末の子供が農園の全てを受け継ぐ事となった。
しかし、農園を継いだ末の子供は毎日を遊んで暮らし、農園の世話は他の兄弟姉妹に任せる始末。
中でも一番上の子供は、老いた馬と痩せ細った牛と、荒れた果樹園の片隅に立つボロボロの小屋のみを父親の遺産として分け与えられただけだったが、不平不満を言わず、二頭の家畜をいたわり、果樹園の世話に励む。
じきに、二頭の家畜は見違えるほどに元気になり、果樹園の木々も伸びやかに枝を張り。
不思議に思った末の子供が一番上の子供に問えば、誰だか知らないけれどもアドバイスを囁き、助けてくれる者がいるという。
そしてその援助者は、クリスマスの前夜に素晴らしい事を教える−−と告げたという。
やがて、クリスマスの前夜となり。
その時だけは家畜の言葉が聞こえるという夜に、一番上の子供は二頭の家畜を綺麗にしてやり、暖めた林檎酒を林檎の木々へと撒いてやった。
するとどこからともなく声がして、一番上の子供へ果樹園に父親が隠した宝物の場所へと導く。
一方。農園の主となった末の子供は、果樹園に林檎酒も撒かず、宴も開かず、慌てて一番上の子供の後を追いかけようとした。しかし、二頭の家畜や動物達が喋る、末の子供の悪口だけをさんざん聞かされて、ほうほうの体で逃げ出したという−−』
「アップルツリーマン」をテーマとした中世風ファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。アップルツリーマン役、一番上の子供役、末の子供役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
展開によっては、配役の追加も可能。
ロケ地はイギリス、サマセット州チェダー。人口6000人ほどの、小さな町である。
●リプレイ本文
●峡谷と洞窟とチーズの町
切り立った崖の間にある道を、のろのろと周遊バスが走る。
「凄い、高〜い!」
農園の末っ子プリスティン役ミレル・マクスウェル(fa4622)が窓に張り付き、迫る崖を見上げていた。
「あ、見て。あんな高い所に人がいるよ!」
同じように窓際へ陣取った乳兄弟エフィ役の月居ヤエル(fa2680)が、上を指差す。その先には、剥き出しの岩肌に小さく人が取り付いているのが見えた。
その声に、レオン・ローズが顔を上げて目を凝らす。
「ああ。あれは、ロッククライミングをしているところであるな」
「こんな崖だと、登り甲斐がありそうだね。上の景色も、綺麗だろうし」
ヤエルの後ろから、農園の第二子デヴィッドを演じるIris(fa4578)もその景色を追う。
「でも登りきるのに、どれだけの時間がかかるのかしら」
高い崖に、長子コニー役の羽曳野ハツ子(fa1032)がしみじみと呟いた。
「皆でそっちへ集まっていると、そのうちバスが転ぶわよ」
揃って外を眺める者達へ冗談を言う農園の乳母マージ役エマ・ゴールドウィン(fa3764)は、役柄同様微笑ましそうにその背を見守り。
「でも、こういう自然物が持つ存在感ってのは、凄いでやすね。それに、ひょいと精霊や妖精が出てきそうな雰囲気もあって」
精霊アップルツリーマンに扮する伝ノ助(fa0430)は、土地の持つ力を掴もうとするかの如く、真摯な表情で雄大な風景と向き合っていた。
「日本の風景も、神秘的だったけどね。森も、黒森と空気が違っていて」
「あれ? もしかして、日本に来た事ある?」
感慨深げなフィルゲン・バッハに、クリスマスの前夜に出会う兎役となった壱嶋 響時(fa5258)が身を乗り出す。
「去年の晩秋に、観光でね。皆にも、いろいろガイドしてもらって」
答えるフィルゲンは、ヤエルやハツ子を身振りで示す。
「ところで、沙耶君。役作りの方は、どうだい?」
脚本家の顔で、今回の吟遊詩人役である御子神沙耶(fa3255)に問えば。
「ギターを使う事と、マイラという名前は決めました」
沙耶の返事に、フィルゲンはがっくりと肩を落とす。
「いや、そうじゃないんだけど‥‥」
過去に『幻想寓話』の出演経験がある彼女だが、吟遊詩人役の要領が掴めなかったらしい。今から軌道修正は難しいと判断し、フィルゲンはノートパソコンを取り出した。
「時間もないし、今回は『役』をこっちで用意するよ。所作も台詞も最低限に抑えるから、出番までに覚えて。それから今のギターと昔のギターは弦数とか違うんで、本番ではソレは使えないからね」
傍らのギターケースに視線を落とした沙耶は、一つ頷いた。
●農園を継ぐ者
弦の音が響くたび、ざわざわと枯れた草が揺れる。
雲が流れて、月を覆い隠し。
音が絶えて光のない世界に、黒い翼が広げられる。
「今夜は、『無名の弾き手』が語ります。
祈りと奇跡を繋ぐ、小さな物語を‥‥」
ギタールの四弦が震えると、またざわりと草が騒ぎ−−。
がたがたと、風が窓を揺する。
「大丈夫でしょうか」
皿を拭く手を止めて、心配そうにエフィが呟いた。
「こんな日は、早くベットに入って寝てしまうに限るわよ。マージ、あたしのベットは暖めてあるわよね」
さも当然と言わんばかりに、20歳にもならない家長が家の雑事を務める乳母を呼ぶ。
「まだですが‥‥プリスお嬢さん。農園の様子を見に行かなくても、ええんですか?」
やんわりとマージが注意を促すも、プリスティンはソッポを向いた。
「いいわよ。こんな日に外へ出たら、凍えちゃうわ。気になるなら、デヴィッドに行かせれば? もっとも、先にコニーが見てるかもしれないけどね」
むっとした顔の兄を尻目に少女は踵を返し、さっさと自分の部屋へ引っ込む。
−−ベットを暖める湯たんぽを持ってくるよう、マージへ言いつける事を忘れずに。
「まったく、プリスの奴」
苦々しげに席を立つデヴィッドへ、エフィは心配そうな表情を浮かべた。
「デヴィッド様、見回りに行くんですか?」
「仕方ないだろ。農園も気になるしな」
「ああ、エフィ。ちょっといいかい?」
ヤカンを火にかけたマージは、ガチョウの様な大きな尻をえっちらおっちらと左右に揺らしながら、娘へ鍋を持って行く。
「これを、コニーお嬢さんへ届けておくれ。今日は冷えるからね」
「はい、お母さん」
「じゃあ、ついでに付いていってやるよ。果樹園の事は、コニーに聞くのが一番だからな」
言いながらデヴィッドは外套を身に付け、出かける二人をマージが見送った。
風で家が軋む音に、馬が首を振る。
「大丈夫よ。あの人も、そう言っていたしね」
三つ編みを揺らして宥めるコニーは、熱心に馬体へブラシをかけていた。隣の囲いでは牛が飼葉を食み、一匹の兎がご相伴に預かって緑の草を齧る。
響くノックの音に、そばかす顔を黒いシャツの袖で拭ってから、コニーは扉を開けた。
「あら、デヴィッド。それにエフィも」
笑顔で迎えられた二人は、鍋と共に粗末な小屋へ足を踏み入れる。
「コニー様、母から預かってきました。すぐ暖めますね」
「わぁ、ありがとう! そろそろ、夕食にしようと思ってたのよ」
喜ぶ姉に弟が粗末なテーブルに視線を移せば、籠に入ったパサパサのパンが目に入った。
「もう少し、ちゃんとした食事を取れよ」
不機嫌そうなデヴィッドの声に驚いたのか、兎が跳ねて小屋の隅へ逃げ。
「今日は、たまたまよ」
笑って誤魔化すコニーに、彼は呆れて溜め息をつく。
「牛や馬に喰わせる分を、自分に回せばいいのに。そもそも、親父が馬鹿正直にプリスへ家長を譲らなければ‥‥」
「デヴィッド、何か用事があるんでしょ?」
柔らかくコニーが話題を変え、弟は口をへの字に曲げた。
「風が強いから、農園の様子を見ようと思って」
「それなら、大丈夫だって言ってたわよ」
誰が‥‥と言いかけて、口をつぐむデヴィッド。
「また、いつものアレか」
「『彼』が教えてくれたから、良い林檎が収穫できたのよ。感謝しなくちゃ。それにね‥‥クリスマスの前夜、素晴らしい事を教えてくれるらしいの」
「素晴らしい事‥‥何でしょうね」
尋ねるエフィが、暖かいシチューの皿をテーブルへ置き。
「判らないけど、楽しみよね。ありがとう、エフィ。マージにも、よろしくね」
礼を言うコニーは、嬉しそうに遅い食事に取り掛かった。
「やっぱりコニーは、お人好し過ぎだよ。どこの誰だか判らない、声しか聞こえない相手を信じるなんて」
帰路の途上で、デヴィッドは姉にも妹にも言えない心情を明かす。
「でも、凄いと思いますよ。分配された遺産は、痩せた馬と牛に荒れた果樹園の片隅の小屋。だけどコニー様のお世話で馬や牛は見違えるほど元気になりましたし、果樹園も豊作になりました」
「それはそうだけど‥‥」
姉の努力は認めるが、妹の態度を思うとやりきれない。そんな彼の心痛を察して、エフィは小さく微笑む。
「心配なんですね」
「プリスには、言っても無駄と思ってるだけだ」
空の鍋を手にずんずん歩くデヴィッドを、早足でエフィが追いかけた。
●クリスマス前夜
「ねぇ。明日のクリスマス・ミサに着ていく服、どれがいいと思う?」
カラフルなドレスを次々と胸に当て、ポニーテールを揺らすプリスティンは、ダンスをする様に部屋の中をくるくる回る。ドレス選びに付き合わされたマージは、嘆息して肩を落とした。
「忘れましたか、プリスお嬢さん。今日は下働きの者達を集めて、果樹園で一番古い林檎の樹の前で宴を開かねば」
「それ、もうやらないから」
「‥‥は?」
目を丸くして驚くマージを他所に、プリスティンは次に帽子選びを始める。
「だって、明日は早く町に行きたいし。宴もお酒や料理を準備するの、勿体ないでしょ」
「いいですか。宴ちゅーんはですね、プリスお嬢さんが思ってる以上に大事なモンです」
聞き分けの悪い子供へ言い聞かせるように、乳母はとうとうと説明を始める。
「下働きの者達の労を労い、同時に人々が楽しむ様子を精霊様に伝えご機嫌を取り、次の年の収穫をお願いする為に開くんです。林檎の実は、樹にとっちゃ腹ァ痛めた子も同然。私等はその子売って、生きとる訳じゃあなかですか。それを‥‥林檎酒差し上げんと、樹の精霊様がお怒りになられますだに」
「じゃあ、マージがやっておいてよ」
「お嬢さん! それは農園主の務めで‥‥」
「農園主のあたしが言うんだから、いいじゃない! ほら、行きなさいよ!」
ぐいぐいと背を押して、プリスティンはマージを部屋から追い出して。
勢いよく、扉を閉めた。
「お母さん‥‥」
争う声に駆けつけたエフィが、心配そうに母親を見つめ。
「農園主が受け継ぐんは、財産ばかりでねぇ。人の上に立つ責任も継がねばなるまいに‥‥あの方は幼すぎて、見えないのかねぇ。精霊のお力も、家族の愛情も」
深く息を吐くマージの肩を、娘が抱く。
「あのね、コニー様がおっしゃっていたの。いつも果樹園や家畜の事を教えてくれる人が、今夜素晴らしい事を教えてくれるって」
「そうかい。あの方は情が深いから、きっと精霊様がいいものを下さるだろうねぇ。それじゃあ、コニーお嬢さんの為に特製のルバーブパイを焼こうかね」
そんな会話と共に、靴音が遠ざかる。
「農園のものは、全部あたしのものよ」
扉で聞き耳を立てていたプリスティンは、呟いて頬を膨らませた。
「さぁて、男前になったわよ」
いつもより念入りに、馬と牛へブラシをかけたコニーは、湯に浸して暖めていた瓶を引き上げる。
「それじゃあ、少し出かけてくるわ。仲良くしているのよ」
そして彼女は星の瞬く夜空の下へ出かけ、一羽の兎が後に続いた。
「あれ、プリスは?」
妹の姿ない事に気付いたデヴィッドが、マージとエフィに聞く。
「いいえ。見てませんけど‥‥」
「部屋におられませんでしたか。どこかへ、出かけなさったのかねぇ」
二人の答えに、彼は少し考えて。
「ちょっと、探してくるよ」
外套を取り、外への扉を開けた。
古い林檎の樹へ着いたコニーは、その根元へ持ってきた林檎酒を撒き。
林檎の樹の一番高い梢に腰掛けた足が、ぶらぶらと揺れる。
「こんばんわ。来たわよ、親切な精霊さん」
「いらっしゃい。それじゃあ、約束の場所に案内するね」
少年とも青年ともつかぬ声が、彼女の呼びかけに答えて。
ふぃと揺れる足が消えると、小柄な青年が草も鳴らさず地面に降りた。
「その前に‥‥ありがとう」
彼の姿が見えないのか、礼を言われたコニーは見当違いの方向へ笑顔を向ける。
そんな彼女に気付かせる様に、一本の林檎の樹の周りが淡く光った。
不思議そうに彼女がその木に近づけば、光は失せ。
代わりに、また近くの別の樹が光る。
「おいで」
声と光に導かれるように、コニーは果樹園を進んだ。
暗い果樹園にランプの光が動くのを見て、プリスティンは歩みを早めた。
「お父さまから農園を継いだのは、あたしだもの。受け取る権利は、あたしにあるはずよ」
ムキになって進む彼女の耳へ、微かな風にのって囁きが届く。
「えっ? なに?」
足を止めて耳をすませれば、今度ははっきりとソレが聞こえた。
「‥‥毎日遊んでるだけの怠け者」
声を辿れば、長い兎の耳の少年がプリスティンを冷たく青い瞳で見つめ。
「‥‥農園を継いだくせに、姉と兄に任せっぱなし」
軽蔑の言葉は、彼一人のものではなく。
そこら中から聞こえてくる、その言葉全てが彼女を非難し−−。
「やめて! もう言わないで!」
耳を塞ぎ、涙ぐんだ目で、少女は夜の闇を駆け出した。
●父が残した宝物
「さぁ、ここだよ」
不思議な声が終着点を告げ、コニーは周囲を見回す。
果樹園の外れにある、小高い丘の天辺。
そこには、三本の違った果樹が健やかに枝を伸ばしていた。
「ここは‥‥」
「ここが、君達のお父さんが君達に残した『場所』。いつも、ありがとう」
その一本の樹の枝に腰掛けた『彼』は、それだけを告げる。
何気なくコニーは、樹の傍らに立ち。
そして、眼下に広がる風景に息を飲む。
天の星の光と、地上の暖かい家の灯り。
更に下働きの農夫達が、自分達で開く宴の火があちこちで揺れていた。
「とても‥‥綺麗‥‥」
だが。見惚れる彼女を、すすり泣く声が現実に引き戻す。
声の主を探せば、小さな妹が震えながら泣きじゃくっていた。
「プリス‥‥」
「皆が、あたしの悪口を言うの。怠け者だって‥‥だけどあたし、何も知らないもん。コニーやデヴィッドみたいに‥‥」
「今夜は、動物達の言葉が聞こえる夜だから」
ぽつりと『彼』の言葉を聞いたコニーは、しゃくり上げる妹の背を優しく撫で、三本の木の元へ導く。
「ほら‥‥見て。これが、お父さんが私達に残してくれたものよ」
促された妹は地上の光を見つめ、ぎゅっと姉の赤いオーバーオールを握る。
「それに、この木はきっと‥‥」
「コニー! プリス!」
彼女の言葉を遮って、デヴィッドの声が響く。
追いかけてきた弟に驚きながらも、姉はランプを掲げて応えた。
三人は、三本の木の下に集まり。
コニーは優しく、プリスティンへ問う。
「ね。一緒に、この果樹園を守っていかない? プリスとデヴィッドと、私で。少しずつでいいから、一緒にもう一度、始めましょう」
優しい誘いに、泣きじゃくる少女は小さく頷く。
「ありがとう、アップルツリーマン。皆、あなたのお陰ね」
コニーが礼を呟けば、小さな笑い声が微かに聞こえ。
天の光と地の灯りは、暖かく三人の家族を照らしていた。