Run Silent,Run Deepヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.8万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
01/23〜01/25
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●本文
●突然の襲撃
今も昔も、ヨーロッパの冬は舞踏会シーズンである。
その中でもウィーンは特に多くの舞踏会が開かれ、それに関わる業界の者達も忙しい。
クラシック奏者達は演奏に赴き、社交の場としてそれなりに名の通った者から著名人達が、舞踏の場に集う。
幾多の有名舞踏会が開催される中、或るホールで少し毛色の違う舞踏会が開かれていた。
そこでは、実際の舞踏会を開催すると同時に、舞踏会に出ようとする人々を主題としたドラマの撮影をしていたのである。
撮影するシーンはドラマでもクライマックスに近い、舞踏会でのダンスシーン。
そして今回の撮影に合わせて、生のオーケストラバントに、地元のダンススクールから一般人のエキストラ達が用意され。また役者や舞踏会目当てで、ドラマと関わり合いのない多くの観覧客も訪れる。
快調に始まった撮影の裏側で、厄介な『事件』が起きた。
「監督、ディアナが‥‥っ!」
転がるように走ってきたADが、中年の監督へ耳打ちをする。
見る間に監督の顔色が変わり、至急スタッフと役者を集めるよう、指示が飛ばされた。
役者達の控え室に当てられた一室で、端役女優は惨い最後を遂げていた。
不意を突かれたのか、争った跡はそう多くはなく。
血溜まりの傍らに豪奢な花束が一つ、花弁を散らさず転がっている。
ただ少ない痕跡の中で、誰もが眉を顰める明確な『痕』があった。
鋭い、爪が残したような傷である。
明らかに動物のソレとは違う爪はテーブルや壁紙を裂き、哀れな女性の命を裂き。
「アレが‥‥出たのか‥‥」
スタッフの一人が、苦々しげに声を搾り出す。
「撮影、どうしますか。監督?」
一同の不安げにな視線が、監督へ向けられるが。
「いや、撮影は続ける。一般エキストラの連中もいるし、演奏サイドの都合もあるからな。幸い、彼女のシーンは撮り終わってる。代役を立ててダンスのシーンの穴をめる一方で、逃げたヤツをどうにかしなきゃならん。このまま姿をくらますかもしれんが、この状態だと次の犠牲者が出る可能性もある」
死体が残っているという事は、捕食者−−ナイトウォーカーが『食事』を何らかの理由で中断したと考えられる。未だ飢えているならば、他のスタッフや役者が襲われるという危険もある。
「ひとまず、スタッフは誰もホールから出さないよう手配を。それから観覧客なんかに芸能関係者がいないか、アナウンスでもして当たってみてくれ。収録と平行して退治となると、手が足りないからな」
一般の人々に悟られる事なく、速やかにナイトウォーカーを発見し、倒す事。
そのシンプルな原則厳守の厄介な『仕事』が、始まった。
●リプレイ本文
●突然の招集
「しばらく、休憩入ります〜! 一般エキストラの方には休憩所を用意していますので、こちらへどうぞ!」
ADが声を張り上げて、一般人を誘導する。その傍ら、俳優やスタッフ達は緊張した面持ちで集まっていた。
「あの‥‥ADさんから回ってきた話、本当なんですか?」
強張った声で、鏑木 司(fa1616)が取材に来ていたリーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)へ尋ねる。
「そうみたいだね。詳しい事はまだ判らないけど‥‥」
彼女の言葉を、ノックの音が遮った。
「監督、居合わせた人達が来てくれました」
扉に注目が集まる中、スタッフの紫縁谷 真木(fa4351)が数人の『業界関係者』達を連れて現れる。
「ありがとう、紫縁谷君。皆さん、オフのところ御足労感謝します
「お疲れ様です。厄介な事になっているようね」
部屋へ入ってきた五人を迎えた監督と、那由他(fa4832)は挨拶代わりの握手を交わした。
「‥‥何事かと‥‥思いましたが‥‥」
ぐるぐるの眼鏡のぶ厚いレンズ越しに、湯ノ花 ゆくる(fa0640)が改めてその場の顔触れを見回す。
部屋に入ってきた五人の中に友人達の姿を見つけ、小さくベス(fa0877)が手を振った。
「ぴよ。ミリィちゃんに、イヴンさんもきてたんだ。それから、神無さんも」
「うん。華やかな雰囲気を見物にきたんだけど‥‥どうやら、不粋な事になってるようだね」
やれやれとEven(fa3293)が肩を竦め、先日も一緒に『仕事』をしたばかりの各務 神無(fa3392)は「休む暇もないですね」と苦笑を浮かべる。そして見知った顔を認めたミレル・マクスウェル(fa4622)も、軽く頭を下げた。
「ベスちゃんやハツ子さんは、仕事で?」
「ええ。こんな事になるとは、思ってなかったけどね」
ミレルの問いに、羽曳野ハツ子(fa1032)は浮かない顔で嘆息する。
「では、今回の一件についての説明を始めようか」
ひとしきり場が落ち着いたところで、現場の総責任者である監督は『事態』の説明を始めた。
●手分け
被害のあった楽屋の前で。ベスが額に掲げた護符は、淡く光を放って崩れ去った。
「‥‥という事は、まだ建物のどこかにNWが居るみたいだね。早速探しに行こう、司さん!」
「え‥‥ちょっと、ベスさん!?」
『夜の護符』の効果を確認したベスが、共演者の司を引っ張って廊下を駆け出す。
「あ〜あ。『仕事』、放り出して行っちゃったわね」
苦笑でそれを見送ったハツ子が、監督へ向き直った。
「撮影の方は、平行して続けるのかしら?」
「こちらは、そのつもりだったが‥‥若いのは、血気盛んでいかんな」
役者に逃げられた監督は苦虫を噛み潰したような顔をし、肩を竦めて小さくハツ子も笑う。
「それなら、『表舞台』は私が何とかフォローするわ。こんな時でも、常にスマイル。普通の人達にとっては、すべて世は事もなし−−それが、私達の戦いよね。それに、ディアナの最期の仕事だもの。『お蔵入り』にならないよう頑張るから、だから他の皆もこちらの事は気にせず、心置きなく頑張って‥‥そして、彼女の仇を討って」
「ハツ子さん‥‥判りました」
彼女なりの『戦いの場』へ向かう『先輩女優』へ、ミレルがぺこりと頭を下げた。
「では、私は花束を持ってきた人について、心当たりを聞いて回ってみます。争いの痕跡が少ない事と転がっていた豪奢な花束。ファンの方に憑いていたと推測するに、十分な材料でしょう」
目星をつける神無に続いて、ゆくるも名乗りをあげる。
「‥‥私も‥‥聞き込みのついでに‥‥バイクに積んだ荷物を‥‥取ってきます‥‥」
「その前に、皆さんの携帯番号を教えてもらっていいかしら。相手は実体化して間もないから情報体になれない以上、携帯から逃げられる事もないわ」
鞄からスリム型の携帯電話を取り出して、那由他が提案し。
「ついでに‥‥名前と番号を登録してもらえると、嬉しいのだけれど。あたし、こういう細かい機械の操作って‥‥苦手なの」
「それなら、僕が。是非」
ほぅと憂鬱そうな表情をする那由他へ、笑顔のEvenが謹んで申し出る。
「皆が聞き込みに行くなら、僕はハツ子さんのサポートも兼ねて、一般の人が裏方に入り込まないよう、見張ってるかな。ハツ子さんじゃないけど、他のお嬢さん方に被害が及ばない為にも、捜索に集中して欲しいしね‥‥と、はい、どうぞ」
「ありがとう、助かったわ」
手馴れた風に登録を終えたEvenから携帯を受け取り、那由他は礼を述べた。
「となると‥‥私は、建物の中を把握しておこうかな」
銀の髪を指に絡ませて遊びながら、リーゼロッテが思案を口にする。
「半獣化すると人前に出れないし、戦えるだけの広い場所の目処をつけないと」
「それなら、私が案内がてら御同道しますよ。この撮影の設営に関わっていますし、何より単独行動は危険ですから」
廊下の先へ目を細める少女に、撮影スタッフである真木が申し出た。驚いた風に目をぱちぱちさせてから、リーゼロッテは人懐っこい笑みで答える。
「ありがとう、心強いよ。襲われたら、皆が来るまで一人で時間稼ぎ出来るかなって、少し心配だったんだよね」
「あの‥‥あたしも、いいかな」
段取りをつけるリーゼロッテと真木へ、遠慮がちにミレルが申し出た。
「あたし、匂いがよく判るから‥‥血とかNWの匂い、追いかけられるかなって。頼りなく見えるかもしれませんけど、あたし、実戦経験もありますから」
「確かに、無闇に探し回るよりずっといいですね。では、お願いできますか?」
「はい!」
逆に願い出る真木に、ミレルは真剣な顔で頷く。
そして一同は、それぞれの役割を迅速にこなすため、すぐさま行動へ移った。
●由来と追跡
「皆さま、ご協力有難うございます。ドラマ撮影の裏側の居心地は、如何かしら」
人を惹きつけるにこやかな笑みのハツ子は、観覧客や一般のエキストラ達に囲まれていた。
「以前も撮影でウィーンに来たけど、とても素敵な街よね」
「ああ、拝見しましたよ。あのドラマ」
「ええ。日本の方なのに、素敵に演じられて‥‥」
そんな話が、盛り上がっている裏で。
「すみません。大きな花束を持った人を、見なかったかしら?」
スタッフやエキストラの間を縫い、那由他達が『花束の主』について尋ねて回っていた。
「那由他さん。私の知り合いも来ていますので、その方にも聞いてきます」
神無が那由他へ軽く会釈をして、華やかな人々の中へ紛れ込んでいく。銀髪を揺らして駆けていく姿を那由他は見送り、それから危なっかしい足取りで歩くゆくるへ振り返った。
「あんた、随分と重そうだけど‥‥大丈夫なの?」
「‥‥ぁ‥‥はい‥‥」
よたよたと、左腕に嵌めた重量12kgの『ギプス』に振り回されている様は、あまり大丈夫そうに見えない。しかし本人がそういって譲らないのだから、なんとかするのだろう‥‥と判断し、那由他は情報収集に戻るが。
「お嬢さん達、まだ小さいのに凄いわよ」
「ぴ〜‥‥あの、あたし‥‥」
「すみません、少し用が‥‥」
「ほんと、愛らしくてねぇ」
出演者二人へ話しかける風からして、エキストラの一般人だろう。那由他より少し年配なオバサマ達に包囲され、ベスと司が『遭難』しているのを発見して、彼女は頭痛を覚えた。
リスの尻尾をゆらゆら揺らしながら、ミレルは注意深く歩を進めていた。
『鋭敏聴覚』を持たない彼女だが、足音が奇妙なほど大きく聞こえて、自然と踏み出す一歩が爪先立った忍び足のようになる。
「ねぇ、どう?」
痕跡が自分では判らない事がじれったいのか、リーゼロッテが何度目かの短い問いを投げた。その声に驚いて一瞬毛が逆立ち、それから少女は問うた相手を見上げる。
「えっと、このままずっと、続いてるみたいだよ」
「そっか‥‥どこに向かったんだろうね」
嘆息混じりに今度は真木へ話題を振るが、彼に判る筈もなく。ただ「どうでしょう」という、当たり障りのない返事が返ってきた。
途中で化粧室へ寄った後、最初の頼りにしていた血の匂いはかなり薄くなった。その代わりに香水系の匂いが強くなり、今では香りの後を追う形になっている。
そしてそれは、廊下や階段を上へ下へと縫うように移動し、一つの部屋へと続いていた。
「数人で面会希望ってのはあったんだよ。役者もファン商売なところがある以上、通さないってのもなかなか‥‥」
「主演ならともかく、エキストラや駆け出しのレベルでつくファンって、あんまり無碍にできないからなぁ」
雑務をこなす若いスタッフ達の話を聞いていたEvenが、低く唸って考え込む。
「となると、それに紛れ込んで裏方へ入り込んで‥‥隙を窺っていたってところかな。それとも‥‥」
ホールに来る前から感染していた可能性もあれば、たまたまホール内の−−例えば絵画や部屋名のプレートや、そんなものに潜んでいた情報体に、感染された可能性も否めない。
「不謹慎だけどさ。アレに襲われるのは、一種のその‥‥事故、みたいなもんだからな‥‥」
「判ってる」
時と状況が重なる、不運なタイミング。誰もが常に危険と隣り合わせで、『仕事』をしているのだと。
「判ってるよ」
スタッフ達の言葉に答えるEvenの上着のポケットで、携帯が明るいメロディを奏でた。
届いたメールを確認すれば、神無からのメールが観覧客の一人が消えている旨を告げ。
確認して携帯をたためば、今度は真木からメールが着信した。
●追悼
「ここに、逃げ込んだのかな」
木造の大きな扉を前に、リーゼロッテが目を細める。
「そう考えるのが妥当でしょう。館内の見取り図では、この部屋は行き止まりになっていますから」
ミレルは中の物音を聞き取ろうとするように扉に耳を当ててみるが、何も聞こえず。
「あたしが、入ってみるね」
「危険です。メールも送りましたし、他の方々が来るのを待って‥‥」
止める真木に、ミレルは首を横に振った。
「あたしがNWだったら‥‥1対9なんて勝てっこないから、どれだけお腹が空いてても逃げるよ」
「じゃあ、私も一緒に行く。一人じゃ危ないよ」
「リーゼロッテさん? それなら私が‥‥」
進み出たリーゼロッテを、真木が止めようとするが。
「真木さんが行くより女の子二人の方が、向こうも油断するでしょ」
そして二人の少女は、扉を開けた。
ばたばたと、複数の足音が駆けてくる。
静かな扉を心配そうに見守っていた真木が振り返れば、緊張した面持ちで仲間達が駆け寄ってきた。まず足の早い者が着き、そうでない者はやや遅れて到着する。
「見つけました?」
「いま、二人が確認に」
神無の問いに答えつつ、真木は扉を示す。
その矢先。
全員の携帯が、一斉にメールの着信を伝え。
「開けます!」
大人達の間を縫って、司が木の扉を押し開ける。
中は鎧戸が下ろされて、薄暗く。
ちょっとした歓談のスペースにでも使われていたであろう、広めの部屋の真ん中で。
二人の少女と、彼女らより体躯の大きい−−あまり見慣れたくはない−−蟲に似たモノが対峙していた。
「みんな!」
ミレルが声を上げ、狩る側から狩られる側に転落した『夜歩く者』は身を翻す。
「そう簡単には、逃げられないわよ」
一瞬のうちに鎧戸の下りた窓の前へ移動した那由他が、鋭い猫の爪を顕わにし。
「麗しい女性を手にかけて、無事に逃げられると思ってるのかな?」
別の窓にも笑顔でEvenが立ち塞がり、更に扉の前では険しい表情で司が竜の翼を広げる。
「絶対に、逃がしません」
「‥‥はい‥‥袋の‥‥ナントヤラです‥‥」
ゆくるがスイッチを入れれば、ドリルアームが不吉な音を立てて高速回転を始め。
「チェックメイト、ね。それとも、ラストダンスでも踊ります?」
遠くに荘厳なワルツの演奏を聞きながら、無慈悲な赤い瞳で頭部のコアを見据え、神無が問うた。
振動する携帯が、メールの着信を知らせる。
持っていた鞄から携帯を取り出してそれを確認し、ハツ子は深く息を吐いた。
「終わったみたいね」
「ぴ〜、あたしも行きたかったな〜っ。司さんは、間に合ったかなぁ」
結局『共演者達』に掴まって、逃げられなかったベスがしょげる。
「でも‥‥やっぱり、ファンの人が花束を持ってきてくれたら嬉しいし。もし、その人が『感染』してたら‥‥」
それ以上は口にせずベスはきゅっと唇を結び、そんな少女の髪をハツ子は優しく撫で。
そして短い期間ではあったが共演者と、不幸な感染者の冥福を祈る。
視線をフロアに戻せば、ワルツのリズムに乗った人々が華やかなドレスの花を咲かせていた。
「‥‥真犯人などない‥‥セオリー通りの‥‥展開でした‥‥」
ゆくるは謎な呟きと共に、念を入れて破壊したコアを更に細かく砕く。
獣化を解いたEvenは、鎧戸を開けて部屋に風を入れる。
「うわ〜、いい景色だね」
そんな暢気で率直な感想を、リーゼロッテが口にして。
「私は、他のスタッフに『後始末』を知らせてきます」
が慌しく部屋を出る真木の背に、「お願いします」と司が声をかけた。
「これでようやく、一服できます」
窓辺で神無が煙草を取り出し、那由他は静かに『残骸』へ手を合わせ。
ミレルが追ってきた香水の匂いは、紫煙の香りと風に散らされていった。