世界祝祭奇祭探訪録 15ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/31〜02/03

●本文

●悪魔が町にやってくる
 スペインの首都マドリードから、東へ約110km。
 普段は閑静な小さな町アルモナシッド・デル・マルケサドには、毎年この時期になると『悪魔』が大挙して現れる。
 司祭が被るようなトンガリ帽子に、派手な衣装。
 背中には牛が提げる重いカウベルを背負い、それをガランガランと鳴らしながら町中を歩く。
 この地区の守護聖人は、サン・ブラス(聖ブラシウス)。喉の病や歯痛から守る守護聖人であり、家畜を狼(=悪魔)から守る守護聖人ともされる。
 2月3日はかの聖人の日であり、いつの頃からかそれにちなんだ祭が、1日の夜から始まるようになった。
 街の青年達は『悪魔』に扮して街を駆け回り、少年達が松明を掲げて一緒に巡る。
 2日は教会前の広場で、踊りが催され。
 3日の「サン・ブラスの日」になると、盛大な行列が町へと繰り出す。
 大勢の『悪魔』達は三日間を陽気に踊り明かし、3日の夜になる頃に町はようやくいつもの顔を取り戻すのだ−−。

●『悪魔の祭』
 お馴染みのスタッフは番組の資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『悪魔の祭』が第15回となる。
「今回の滞在先は、スペインのクエンカ県アルモナシッド・デル・マルケサドです。滞在期間は1月31日から2月3日までの4日。祭自体は2月1日の夜から始まり、3日まで続きます。見所は、3日の『サン・ブラスの日』に出る盛大な行列ですね」
 資料を片手に、担当者は慣れた様子でいつもの様に説明を続ける。
「滞在先のメナ家ですが、家族構成はご両親と12歳の息子さんの三人家族です。アルモナシッド・デル・マルケサドの近郊で、小さな飲食店を開業されています。有名な観光名所もない小さな町ですので、普段は観光客も少ないそうですから」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「祭の内容的に、特に若い男性はハードでしょうけれど‥‥どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)
 fa4622 ミレル・マクスウェル(14歳・♀・リス)

●リプレイ本文

●素朴な町へ
 バスを降りた一行は冷たい冬の空気を吸い、青い空に向けて両手を大きく伸ばし、強張った身体をほぐした。
「なんだか、のんびりしたところだね」
 辺りの『開放的な光景』に、月居ヤエル(fa2680)が額に手をかざし、ぐるりと360度を見回す。
 広がる田園風景の中に、身を寄せ合って立つ家々。
 それが、今回一行が訪れるアルモナシッド・デル・マルケサドだ。
「落ち着いた田舎の町って感じだけど、『悪魔』が走り回るんだよね?」
「ええ。朝から晩まで‥‥だそうですので。参加される方は、頑張って下さい」
 白い漆喰壁や茶のレンガ壁を眺めるミレル・マクスウェル(fa4622)に頷き、御堂 葵(fa2141)はにこやかに同行の男性陣を振り返る。
「うん。体力的には、自信ないけどね!」
「そこで胸を張っても、あまり自慢にはならないと思いますが」
「気合だよ、気合。それに、祭は楽しまなきゃ」
 それとなく突っ込む加羅(fa4478)に、Rickey(fa3846)は笑ってひらりと手を振った。
「そうだね。楽しめる事は、楽しまないと。それに、ライブだって体力がいるし‥‥ついでにそれ、持つよ」
 今から備えるのか、早河恭司(fa0124)がミレルの荷物を持ってやり。
「体力の限界に挑戦、ですか」
 呟く相沢 セナ(fa2478)の背を、羽曳野ハツ子(fa1032)が軽くぽんと叩いた。
「雪の中を歩くわけじゃないし、たぶんジルベスタークロイゼよりマシよ。それにへばったら、皆が元気が出るよう応援してあげるわ。こう、念じながら‥‥」
 怪しげな身振りをするハツ子に、思わずセナはくすくす笑う。
「何の邪教の呪いですか」
「え〜っ、失礼ね。これはれっきとした、羽曳野流の‥‥」
 セナとハツ子の会話を聞きながら、葵も思わず忍び笑う。
 カウベルを含め10Kg以上ある衣装を着て、スイスの雪山を歩き回るジルベスタークロイゼは、言われてみれば確かに似ているが。
「どんな祭か、楽しみですね」
「そうだね」
 葵の呟きに、ヤエルが笑顔で頷いた。

 町の目立つ建物といえば、石造りの教会くらいで。
 せいぜい二階建ての建物の間には紐が渡され、無数の四角い小旗が風にはためいている。黄色地に上下が赤い帯というカラーリングは、スペイン国旗と同じだ。
 また窓に設けられた鉄柵にもスペイン国旗を飾る家もあり、町の人達が既に祭の準備に入っている様子を窺わせた。
 それらを眺めながら通りを歩いていくと、やがて入り口に小さな看板を出すバル−−英語でのバーであり、日本の居酒屋に近い−−へと辿り着いた。
 緑の扉を開ければ、テーブルを拭いていた主が手を止める。
「遠いところを、よく来たね」
「初めまして」
 人懐っこい笑みで来訪者達を迎えるメナ氏に、先ずハツ子が挨拶代わりの抱擁を交わし。
「お世話になります」
「よろしくお願いします」
 その後にRickeyやヤエルが、握手と共に丁寧に挨拶した。

 一行を歓迎する夕食は、賑やかなバルではなく落ち着いた家族用のダイニングに用意された。
 柔らかな豚肉のステーキをメインに、ニンニクが良く効いたミネストローネ風のス−プ、ジャガイモのマッシュとひき肉を混ぜた付け合せ。一見すると菓子のような揚げ物を、興味深げに加羅が突付く。
「これ、何ですか?」
「豚の皮よ。この辺りは、豚を使った料理が多いの。遠慮なく食べてね」
 メナ夫人の答えに珍しそうな加羅の横から手が伸びて、揚げ物の一つを恭司が口に放り込んだ。
「ん、美味しい。これ、酒の肴にいいかも」
「ええ。でも、飲み過ぎないようにして下さいね」
 笑いながら、葵もフォークとナイフで食事を進める。スペイン中部にある町は、海に面していないために魚介料理は少ないが、その分キノコや野菜が豊富だ。
「あの、後で作り方とか‥‥教えてもらっても、いいですか?」
 ミレルの申し出に、夫人は「ええ」と笑顔で頷いた。

●日常風景と祭の始まり
「お待たせしましたー!」
 明るい声と共に、ミレルがハモン(生ハム)とチョリソ、ケソ(チーズ)に野菜を挟んだシンプルなボカディージョ(バゲットのサンドイッチ)と、付け合せの一品をテーブルに置いた。
「持ち帰りで、ボカディージョとビールをお願いします」
「はいは〜い」
 注文を受けたセナに、恭司が適当な返事を返しつつも手早く品物を揃えて渡す。
 昼過ぎに店を開いたメナ氏のバルは、14時を過ぎれば町の人々でごった返していた。

「さぁ、どうぞ」
 ピークが過ぎて一息ついた八人に、夫人がボカディージョを出す。
「ありがとうございます」
 礼を言いながら、一行はフランスパンに手を伸ばした。
 硬いバゲットに苦戦しつつも素朴な味に舌鼓を打っていれば、ちらほらと窓の外に小さな影が集まってきて。
「ハポンだ!」「あれがハポン?」
 小さな声が、やいやいと騒ぐ。
「こぉら、あんた達っ。お客さんは、見世物じゃないよ!」
 窓から顔を出して威勢良く叱咤する夫人に、わ〜っと叫びながら子供達が散っていった。
「どうか、気を悪くしないで下さい。このあたりで東洋人は、珍しくて」
 大仰に肩を竦めるメナ氏へ、葵は左右に灰色の髪を揺らす。
「いえ。慣れていますから」
 母親に連れられてきた12歳の少年ロロへRickeyがおどけた表情をすれば、バツの悪そうな笑顔が返ってきた。
「やぁ、お客人達。楽しんでるかい?」
 愛想のいい挨拶と共に、地元の農夫が重そうな大荷物を持って入ってくる。
「ええ。町の人は親切でユニークですし、料理も美味しいです」
 セナも笑顔で答えれば、嬉しそうに笑いながら男は荷物をテーブルに広げた。
「あんた達の祭の衣装、持ってきてやったよ。頑張って、コイツを鳴らしてくれ」
 ごつい手がぽんと荷物を叩けば、ごゅんと金属の鈍い音がする。
 出て行く男に礼を告げて見送ると、視線は自然と残された荷物へ集まっていた。
「祭ではこれをつけて、町を歩くんだ」
 メナ氏が荷物を解けば、まずカラフルな花柄で統一された−−パジャマのような−−シャツとズボンが出てくる。続いて、司祭帽のような真っ赤な帽子、カウベルを身体に吊るす革紐、そして、500mlのペットボトルより少し大きいサイズの、円柱形のカウベルが現れた。
「‥‥重そうですね」
 鈍く光を弾く茶色のベルを前に加羅が呟き、他の男性陣の表情もやや強張り気味で。
「大人はこれを三つ腰に下げるんだけど、重いようなら一つでも構わないからね」
「いえ、頑張ってみます」
 最近めっきり仕事の幅が広いセナが、先ずチャレンジ精神をみせた。

 太陽が沈むと、家々から『悪魔』に扮した若い男達が通りへ現れる。
 メナ家からも家の主と四人の男達が家を出て、まだ火の点いていない松明を手にしたロロが五人の周りを駆け回っていた。
「行ってらっしゃ〜い!」
 ミレルは大きく手を振って見送り、ヤエルがデジカメのシャッターを切る。
「皆さん、どちらへ行くんです?」
「まず、最も年配の『悪魔の長』の元へ行って、祭を始める許可を貰うの。後は、出来るだけ長い間、ベルを鳴らし続けるだけ。それが長ければ長いほど、『優れた悪魔』なのよ」
「へぇ‥‥悪魔が主役なんだね。ちょっと変わった悪魔だけど」
 歩くたびに鐘をゴロゴロと鳴らす花柄衣装の男達を、ミレルが面白そうに眺めた。

 祭の明確な起源は不明だが、13世紀頃に始まったと言われている。
「悪魔に扮して鐘を鳴らす事によって、悪霊や悪魔を遠ざける意味があるんだ」
「悪魔にかどわかされない為に悪魔に扮するって意味では、ハロウィンみたいだね」
 メナ氏の説明に、Rickeyは興味深げに周りの『悪魔達』を見回す。
「それじゃあ、明日明後日に上手く鐘が鳴らせるよう、練習しながら行こうか」
 身体を動かすコツをメナ氏に教わりながら、四人は腰を捻ったり、勢いをつけて歩いたりを繰り返し。
 すっかり暗くなった頃には、町のあちこちに松明の灯りが点され、ガランゴロンと賑やかに鐘の音が聞こえ始めた。

●踊る『悪魔』達
 ガランガランゴロン。ゴロンゴロンガラン。
 重い音を響かせながら、100人ほどの『悪魔』達が小さな町を踊って回る。
 祭の二日目は、『悪魔の長』が教会にある聖人サン・ブランの像へ水をかけて清める事から始まった。
 ただ、実際に洗うわけではなく、あくまでも儀式的な「フリ」である。
 それから男達は先端に悪魔を模したような人形のついた木のストックを手に持ち、鐘を鳴らして町を回る。
 そのシンプルな音の群れは、日が沈むまで続いた。

「これは‥‥相当、きついですね。地元の方は、さすがと言うか‥‥」
 メナ家に帰り着いた加羅は、ベルを外して衣装を着替えると、ばたんとベットへ倒れ伏す。
「半獣化とか、できないからね〜。でも踊るのが大変だから、寒いの忘れるね」
 同様にぐったりとしながらも、Rickeyは楽しそうで。
「Rickeyは、ロロと一緒に駆け回ってたしな」
 自分で足や腰をマッサージしながら恭司が指摘すれば、Rickeyは照れくさそうに笑う。
「僕は女姉妹の男一人だから、弟とかいなくって。だからロロと一緒だと弟が出来たみたいで、ちょっと嬉しいんだよね」
「ロロもきっと、同じですよ。一人っ子ですし、お兄さんやお姉さんが増えて嬉しいんじゃないでしょうか」
「そうだといいな〜」
 セナの言葉に、足をバタバタさせながらRickeyは枕に顔を埋める。
 そこへ。
 扉の陰から小さな影が駆け寄ってきて、勢いよくダイブし。
「ぎょわ〜っ!?」
「ロロ‥‥楽しそうですね」
 ちょっとした奇襲に、思わずセナが笑って問えば。
 奇声をあげてもがくRickeyの上に乗っかって、ロロは元気よく「うん!」と答えた。

「疲れてるってのに、賑やかだね」
「ホントだね。明日、大丈夫かな?」
 騒がしい二階の声にミレルとヤエルは顔を見合わせて笑いつつ、タパス(小皿料理)を運ぶ。
 バルは一日踊り回った『悪魔』達で、賑わっていた。
「これ、新メニューか?」
 運ばれてきた見慣れぬ料理に不思議そうな顔をする客の背を、メナ夫人がぽんと叩く。
「そうよ。今日限定のね」
 豚肉とジャガイモと玉ねぎの煮物を、珍しそうに酔客達が口にする。
「も少し、スパイシーな方が‥‥」
「ウチの料理にケチつけんのかい? 大人しく食べなっ」
 威勢のいいメナ夫人の『接客』に笑いつつ、ハツ子は厨房を振り返る。
「肉じゃが、もう少し味が濃い方がよかったでしょうか。コンニャクも入ってませんし‥‥」
「いや。十分、美味しいよ。赤ワインなんか合いそうだ。よかったら後で、レシピを教えてもらっていいかい?」
「あっ、はい。喜んで」
 心配そうな葵であったが、ウィンクをして申し出るメナ氏に慌てて頷いた。

 祭の最終日である、翌日3日。
 昨日の疲れをものともせず、男達はベルを鳴らして踊り、練り歩いていた。
「それじゃ、私達も行ってきます」
「ああ、ちょっと待って」
 先に出発した男達を追って、外へ出ようとする女性陣を、メナ夫人が呼び止める。
「これを飲んでいきなさいな」
 夫人が持ってきたトレイには、四つのカップが並んでいた。
 受け取ったカップには、微かにニンニクの香りが混じった、澄んだスープで満たされていて。
「鶏がらや生ハムを切った残りの骨からとったスープよ。サン・ブランの日にこれを飲めば、喉の病気を防いでくれて、風邪もひかないの」
「じゃあ‥‥いただきます」
 礼と共にカップを呷れば、身体の内からじんわりと身体が温まるようで。
「美味しいね」
「はい」
 言葉を交わすヤエルや葵達の様子に、満足そうに夫人が頷く。
「今日はこれを無償で振舞うのが、慣わしでね。だから私はいけないけど、あなた達は楽しんできて」
 通りがかる村人達にスープを配る夫人に見送られ、四人は広場へと繰り出した。

『悪魔』達は時には走り、時には高く膝を上げ下げをして足を踏み鳴らし。
 ステップを踏みながらくるくると回り、時には地に手をついて側転し。
 体力に自信がある者は、4つのカウベルを下げる者もいる。
 そして小さな子供の悪魔も、腰にカウベルを1つぶら下げて、大人の後をついていく。
 窓から窺うのと、すぐ傍で見るのとでは、やはり迫力も違い。
 熱気に圧倒されながら、彼女らは背伸びをして『悪魔』達に目を凝らす。
「どちらかと言うと、これは踊りというより‥‥」
 飛び跳ねる男達に、葵がやや思案顔で。
「あ、いたいた!」
 悪魔さながらに飛び跳ねて探していたミレルが、列の一つを指差せば。
 見知った顔が、右に左に身体を揺らし、鐘を鳴らしながら歩いてくる。
「頑張ってー!」
「何よ。皆、元気ないわね。ここはやっぱり、私が闇パンダのパワーで‥‥」
 声援を送るヤエルの隣を抜け、腕まくりをしたハツ子が列へと加わった。
「え‥‥ハツ子さん!?」
 突然の『飛び入り』に、セナが目を瞬かせ。怪しげな踊りに、恭司が思わず笑い出す。
「待った。それ、逆に力が抜けそうだから!」
「えーっ!」
「折角だから、私もお邪魔しますね」
「葵さんまで!?」
 つぃと列に加わる葵に、加羅が驚き。
 笑いながらそれを見ていたRickeyは、ロロと手を繋ぎ。
 残り僅かとなった、祭の時間を惜しむかのように、ひときわ勢いよく飛び跳ねて、大きく腰の鐘を鳴らす。

 町をバラバラに回っていた『悪魔』達は、やがて一つの行列を作って練り歩き。
 聖母マリアと聖サン・ブラスを称える声が、青く澄んだ空へと広がっていった。