Limelight:Rooters!アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 02/08〜02/10

●本文

●Limelight(ライムライト)
 1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
 2)名声。または、評判。

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
 フロアには、控えめなボリュームでオールディーズが流れている。

「で、今年もやるのか」
「やらないのかい? 去年はいろんな意味で、盛況だったようだけど」
 どこか憂鬱そうなオーナーの佐伯 炎(さえき・えん)に、音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が熱い湯気を吹きながら、改めて尋ねる。
「いや‥‥まぁ、去年もやったなら今年もかねぇ。ただ、去年と同じってのもなぁ。それに、予定があるから14日にはできねぇし」
 気乗りのしない風に煙草をふかす友人に、川沢は苦笑を浮かべ。
「それなら、『応援』ってコンセプトはどうかな」
「応援?」
「うん。恋人同士の人はもちろん、片恋中の人にもライブで勇気を得られるようにね」
「お前、なんつーかこう‥‥相変わらずだなぁ。そういうのは」
 灰皿に灰を落としつつ言いよどむ佐伯に、川沢はにこやかな笑顔で問い返す。
「どういう意味かな?」
「どういう意味云々以前に、目が笑ってねぇよ」
 佐伯はがっくりと、肩を落とした。

 そして、『Limelight』のバレンタイン・ライブ出演者募集が告知された。
 演奏者が独り身かカップルであるかは問われず、また観客としての来店も歓迎するという。

●今回の参加者

 fa1102 小田切レオン(20歳・♂・狼)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)
 fa2847 柊ラキア(25歳・♂・鴉)
 fa3867 アリエラ(22歳・♀・犬)
 fa4559 (24歳・♂・豹)
 fa4790 (18歳・♂・小鳥)
 fa5307 朱里 臣(18歳・♀・狼)
 fa5358 沙霧(18歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●いつもの風景
「おはようございまーす」
 いつもの挨拶をしながら、慧(fa4790)は事務所の中を覗き込む。
 右を見て、左を見て。
「何してんだ?」
「ぅわっ!」
 ぽんと背を叩かれた慧は飛び上がり、慌てて後ろを振り返った。
「お、驚かさないで下さい、佐伯さんっ」
「驚くも何も‥‥なぁ」
 火の点いていない煙草を咥えた佐伯 炎は、ぼしぼしと髪を掻く。
「お前が一番か。そろそろ、来ると思うがな」
 先の彼と同様に中を覗き込んだ佐伯は、そのままスタスタ中へ入った。
 その後に慧が続こうとして、階上の賑やかな気配に階段を見やれば。
「ぅぅうぎぃゃああぁぁぁぁ〜〜っ!」
 若干ドップラー効果気味の叫びを上げ、猛然と『黒い塊』がフロアを抜けて階下へと駆け抜ける。
 特徴のある黒髪と首でゴーグルが踊っている辺り、どうやら柊ラキア(fa2847)らしいが。
「ちょっと待って、鍋さーんっ!」
 後を追うように、ばたばたと少女が姿を見せ。
「あ、おはようございます、慧さん」
 慧に気付いた朱里 臣(fa5307)は、ぴょこんと頭を下げ。彼が返事をする前に、ラキアに続いてメインのフロアへと向かった。
「はぁ‥‥二人とも、元気だね〜」
 ずっと二人に合わせて、走ってきたのだろう。
 階段を降りてきたアリエラ(fa3867)が、足を止めて大きく深呼吸をする。
「ライブの前から、体力使っちゃったよぅ」
「お疲れ様だね」
 苦笑で慧は、アリエラを労わり。
「お前ら、店ん中を走り回るなっ! つーか、その鍋どっから持ってきたー!」
 奥から響く佐伯の怒号に二人は身を竦め、顔を見合わせた。

「久し振りだが、相っ変わらず元気そうだな」
「そうですね」
 入った途端に聞こえた佐伯の声に、小田切レオン(fa1102)が肩を竦め。彼の隣で、聖 海音(fa1646)がくすくす笑う。
「あら。お二人さん、久し振りね。ホント、仲がよくて‥‥羨ましいわ」
 二人を追うように木造枠の硝子扉を開けて、大荷物を抱えて現れた明星静香(fa2521)が冷やかすと、海音が頬を朱に染めた。
「静香様ったら‥‥あ、お荷物、手伝いましょうか?」
「それなら、俺が持ってやるよ」
「でも、レオン様は私の荷物を持っていただいてますので」
 少し照れたようにレオンへ頭を下げて、海音は静香から手提げ袋を受け取る。
「それで、お元気ですの?」
 受け取りながらそれとなく尋ねる海音に、静香はにっこりと笑顔を見せ。
「元気みたいね」
「おはようございま〜す」
 やってきた紗綾(fa1851)が、漂う空気にたじろいだ。
「何だか‥‥静香さんのオーラが、黒いっ!?」
「あら。気のせいよ、きっと」
 彼女は笑って誤魔化しながら手を振って、周りの空気を散らす。
 もっとも、目はあんまり笑ってないが。
「‥‥頑張って下さいね」
 しみじみと、海音は静香を励ました。

 地図を見ながら歩く沙霧(fa5358)は、「う〜ん」と悩みながら紙と周りの風景を見回し。
 近づいてくる少女の姿に、ぱっと表情を輝かせる。
「アイリーンさん、よかった〜!」
 駆け寄る沙霧に驚き、アイリーン(fa1814)は小首を傾げた。
「沙霧さん、どうかしたの?」
「あの、『Limelight』って‥‥ここです?」
 指差す先には、両開きの硝子扉。その仕草に、不思議そうな表情で「そうだけど」と答えてから、ぽむとアイリーンは手を打った。
「そっか。ここ、看板ないもんね」
「はい。ちょっと‥‥一人だと、自信なくて」
「安心して。ここで、大丈夫よ」
 行こうと差し伸べられた手を取って、沙霧はアイリーンと一緒に扉を押し開ける。
 その数分後。
「すまないが、『Limelight』はここなのか?」
「ええ、そうですけれど‥‥ああ、初めてこられたんですね」
 扉を前にした笙(fa4559)とマリーカ・フォルケン(fa2457)が、同じ様なやり取りを交わしていた。

●彩りはカカオの香りで
 顔を合わせての打ち合わせを終えたメインフロアには、淡くカカオの香りが漂っていた。
「少し早いけど、チョコレートの差し入れでーす。小さいけど好きなだけ食べれるような大きさにしたので、遠慮なく食べてね♪」
 揃ったメンバー達へ、静香が小さな袋を渡していく。
 中には、一つ一つが丁寧に包み紙で包んだ一口サイズのチョコレートが、幾つも転がっていた。
「ね。食べてみていい?」
 早速アイリーンが口へ一つ放り込めば、砕いたナッツの触感と香ばしい味が、ふわりと広がる。
「美味しい〜っ。これって、静香さんの手作り?」
「うん。お客さんにもって思って‥‥頑張っちゃった」
 肩を竦めながら悪戯っぽく笑う静香の傍らには、別の紙袋が置いてある。その中にも、同様のお手製チョコが入っているのだろう。
「はい、沙霧さんにも」
 静香が差し出す小袋を、大事そうに沙霧は両手で受け取る。
「静香さんのファンなら‥‥いえ、ファンでなくても、もったいなくて食べれないかもしれませんね。私も、お土産にしようかな」
「嬉しいけど、遠慮しないでライブの合間のエネルギー補給にしてね。打ち上げまで、お腹も空くでしょ」
 少女へウィンクした静香は、また別の箱を二つ取り出し。
「これは、普段お世話になっている川沢さんと佐伯さんに。今年の二番目と三番目の、『自信作』です」
「わざわざ気を遣わせて、すまんな。って、来月に向けての投資じゃねぇだろうな」
「どうかしら?」
 冗談めかす佐伯に合わせて、静香も意味深に答える。川沢一二三もまた、礼を言いつつ箱を受け取った。
「ありがとう。二番目と三番目という事は、一番はやっぱり?」
 含みのある問いに、彼女ははにかみつつ「はい」と微笑んだ。
「日本のバレンタインの習慣は、風変わりですわね」
 少々不思議そうなマリーカに、「そうだな」と笙が唸る。
「日本だと、好きな人にチョコと一緒に思いと伝えるという風習と銘打ってたらしいがな。男の間で貰ったチョコの数を競うせいか、いつの間にか本命と義理チョコの習慣が出来て。今では、女性が女友達に渡す友チョコ、自分へのマイチョコと‥‥際限がなくなってるらしい」
「日本の方って、そんなにチョコレートが好きなのかしら‥‥あなたもお好き?」
 笙の説明に、マリーカが面白そうに聞き返す。
「好き嫌い以前に、貰える事自体はやはり嬉しいかな」
「それにしても、『応援』がコンセプトのバレンタイン・ライブって、川沢さんも上手い事思い付くよな。けどそもそも、なんでバレンタインより前になったんだ」
 興味深げに聞くレオンに、いつものやたら熱くて濃いブラックコーヒーを傾けていた川沢が、苦笑を浮かべた。
「14日は、佐伯が都合が悪いらしくてね」
「へ〜ぇ。怪奇‥‥じゃなくって佐伯オーナー、一体何の予定なんだよ。スゲー気になるぜ‥‥もしかして、デートとか!?」
「そんな浮いた話ならいいがな。普通に仕事だ、アマチュアさんのな」
 こめかみ辺りを一瞬ピキッと引きつらせつつも、佐伯は禁煙煙草を咥える。
「あ、僕もお土産を弟にもたされましたー! 皆に配るね!」
 しゅたっとラキアが手を挙げて、立ち上がった。そして一つ咳払いをし。
「『馬鹿兄がお世話になってます、皆さんでどうぞ』‥‥だそうでーす」
 いつになく愛想よくニッコリ笑った後、表情はへらりといつものラキアの笑みに戻って、小分けしたジンジャークッキーを配り始め。
「さすが、双子だね。そっくり〜」
 どうやら弟のモノマネらしく、拍手をしてアリエラが素直に感心した。
「じゃあ、私からも伝言。マコ兄から『頑張ってね』と、アキから『迷惑かけないようにね』‥‥だってさ、ラキー! だ・か・ら」
 出来るだけ手を伸ばして臣へクッキーを渡そうとするラキアへ、彼女は身を乗り出す。
「頭の鍋、取ったら?」
「今は無理ーっ!」
 ずざざっと音を立て、反射的にラキアは後退した。

 フロアが盛り上がっている間にも、厨房の紗綾は鼻歌混じりで作業にいそしんでいた。が、時おり短い悲鳴で歌が途切れ、そのたびに海音がフォローを入れている。
「紗綾さん‥‥大丈夫?」
 心配そうに、慧が厨房を覗き込み。
「うん。海音さんのおかげで、まだ火傷とかしてないよ」
「いいえ。紗綾さんも頑張ってますよ。それにこの後、ライブがありますから‥‥」
「うん。怪我したら、慧君に迷惑がかかっちゃうし」
 無邪気に「ね」と同意を求める紗綾に、一瞬遅れて首を縦に振った慧は、慌てて横に振り直す。
「ちょっとも迷惑じゃないけど、ほら、女の子の手だし‥‥怪我は、ね。あと‥‥よかったら、ライブが終わったら話したい事があるんだけど‥‥今日は時間、いいかな」
「‥‥うん? いいけど‥‥」
 和やかに見守っていた海音は、何事かを察したのか。そんな二人からこっそりと距離を取って、打ち上げへの下準備を続けた。

●『Liberty+』〜Start!
「一番手って、一番手って、何気にめちゃくちゃ緊張ーっ!」
「大丈夫だよ。いつも通りで、ね」
「臣さん、ふぁいと〜!」
 緊張を和らげようとしているのか。その場で足踏みをする臣をアリエラが励まし、紗綾がガッツポーズで声援を投げる。
 そんな様子に、ラキアは大きく深呼吸して「よし」と気合を入れた。
「アリーもいるし、何よりほら。ライムじゃ『大先輩』の、僕もいるし。楽しんで、やろう!」
 突き出すように差し伸べた手とラキアの顔を、臣はじっと凝視して。
「うん、そうだね。緊張がなんだ、はりきってこー!! お客さんにも、元気出してもらえるステージにしないとね!」
 何とか『苦手克服』をしようと努力しているラキアの表情は、強張ってはいたが。
 チョコ色のリボンで結んだ長いポニーテールを揺らし、臣はいつもの通りの笑顔をみせた。
 ラキアは、長袖白Tシャツに迷彩柄の青い半袖Tシャツを重ね。
 アリエラは白いバルーンチュニックのワンピースに、インナーは白のタートルネック。
 臣は白のラフなシャツのみと、シンプルに抑えて。
 パンツは揃いのブルージーンズで、三人はステージへと上がった。

 暗いフロアへ、キーボードの和音が響く。
 静かで緩やかなその音は、どこか荘厳さをまとっていたが。
 エレキギターとエレキベースが加われば、曲は一気にテンポアップする。
 疾走感のある旋律に、置いていかれないよう。
 降り注ぐ明るい光の中で、二人は声を合わせる。

『 ミネラルウォーター喉に落として 視線は上に投げ捨てる
  どうしてこんなに青いのか 空に迷いなんてない 』

 臣のキーボードが、アップテンポのメインフレーズを軽やかに作り出し。
 エレキギターを弾くラキアが、ソロでマイクへ向かう。

「 眠りにつかない 僕の思いは
  無敵に素敵 誰も真似できない
  オリジナルの音よ (「響け 遠く どこまでも」) 」

 アイスブリザードを提げたアリエラは、楽しげにリズムを刻みながらコーラスを添え。
 走ってターンし、ジャンプして。
 白いキャスケットが飛びそうな勢いで、ステージ・パフォーマンスをする。

『 因数分解覚えこんで 意識が上に持ち上がらない
  どうしてこんなに難しいんだ 足し算引き算で十分だ 』

 二人は、ポジションを入れ替えて。
 ゴーグルと沢山の銀のアクセサリーを弾ませ、輝かせるラキアが、今度はパフォーマンスとコーラスを請け負う。

「 前向きすぎる 君の思いは
  無敵に素敵 誰も真似できない
  ただ唯一の意思よ (「進め 早く どこまでも」) 」

 不意に、キーボード以外の音とライトが消えて。
 三本のスポットライトが、三人を浮かび上がらせる。

『 僕らはここから まっすぐ走ればいい 』

 三人の声に、臣はイントロの和音を絡め。
 軽やかに、音を切り上げる。
 ライブのスタートを切った三人は、歓声に手を振ってステージを降りた。

●沙霧〜背中を押すだけ
 白いタートルネックがライトの光を散らし、チョコ色のミニスカートが翻る。
 一人で聴衆の前に立った沙霧は、エレキギター一本でバラードを唄う。

「 ねえ いつまでも迷わないで 貴方の気持ち伝えるんでしょう?
  ずっと温めてきた思い 届けないつもりなの?

 「私なんかじゃ無理だから」って貴方は言ったね
  そんな弱気な姿見たくない 私が見たいのは 彼に思いを伝えにいく貴方の姿
  思いを伝えずに「無理」だなんて許さない

  貴方の気持ちをチョコに込めて
  チョコが溶けそうなほど 気持ちを温め続けた貴方だから
  きっと大丈夫
  失敗してもいい 貴方はまた1つ大人になれるのだから

  さあ いってらっしゃい
  私にできるのはここまで 後は貴方次第よ

  やっと走り出した貴方 もう私が背中を押すことはない
  貴方は自分で走り始めた 私はただ背中を押しただけ 」

 一瞬、金属弦を鳴らす手を止めて。
 フロアのオーディエンスへ伝えるよう、見上げる沢山の顔へ彼女は口を開く。

「 さあ 次は貴方 」

 再び、エレキギターで音を紡ぎ。
 沙霧なりの『声援』を、音に乗せる。

「 私たちが背中を押す
  だから貴方も 走り出して
  大好きな人の所へ 」

 最後は、優しく余韻を残して曲を終えて。
 緩やかにフェードアウトする光の中で一礼する沙霧を、拍手が包み込んだ。

●マリーカ・フォルケン〜明日を信じて
「この曲は、ある人から送られた詩が元になってます。
 その人にはいろいろな面で助けられて、今のわたしが居るのもその人のおかげかもしれません。
 わたしが勇気を貰ったように皆さんにもそれを伝えられたらと思います。
 白いドレスの胸に、黒い薔薇のコサージュをあしらったマリーカは、ピアノの前に座っていた。
 曲への思いを口にした彼女は、ふっと一つ呼吸を置き。
「では、歌います。『明日を信じて』」
 ピアノの上へ、指を滑らせた。
 彼女が鍵盤へ指を落とすたび、耳や襟元を飾る銀細工が淡くスポットライトの光を反射する。
 スローテンポながらもメロディアスな曲に、彼女は静かに歌いだす。

「 いつだってこの世界には
  辛いこととか、悲しいこととか
  冷たいこととか、汚いものとかが満ち合われている
  ふと気付くと、ついついそれが目に入る
  ただ暮らして行くだけなのに、それがわたしの足を引っ張っていくわ
  ただ、前だけを見つめるなんて、いつから忘れてしまったんだろうね?

  でも、下を向いていても、何も見つからないから
  思い切って、わたしは前に踏み出すわ!
  立ち止まっていたら、何かを失ってしまいそうだから
  その一歩は今は小さくとも、その勇気は
  きっと何かを変えてくれるから
  わたしは一人じゃない
  きっと笑い会える人が居ると信じて

  空元気だっていいじゃない!
  今は笑顔を思い出して
  いつかきっと自然に笑える日が来るから 」

 最後は希望の明るさを持って、しっとりと歌い上げ。
 照明が消える中、暫し時を忘れたように、音が空間へと染み渡っていった。

●『Etherea』〜Courage blooms.
 次にステージへ上がったのは、シックな服装に身を包んだ二人。
 ゆったりとしたキャスケットを被り、スーツでキメたレオンが、ドレス姿の海音をエスコートする。
 ピアノとバイオリン、それにベースとドラムで構成した音源はスピーディなメロディで。
 加えてレオンが軽快に、アコースティックギターをストロークする。
 彼の傍らで楽しげにリズムを取る海音が、澄んだ声を響かせる。

「 吐息も凍る雪の夜 並んで歩く影ふたつ 」
『 カレシ/カノジョになれたのに 何だかまだぎこちなくて 』

 カレシと、レオンが。
 カノジョと、海音が。
 交互に言葉を口にして、続くフレーズを共に唄う。

「 もっと身近に感じたい 」

 抱く感情のままに、レオンは遠くを見やるように顔を上げ。

「 でも勇気が出ない 」

 海音は恥ずかしそうに、視線を落としてやや俯いて。

「 気まずさ隠そうと口を開く 重なったふたつの声 」

 続くレオンのパートの後に、ふぃと二人は視線を合わせ。

『 「‥‥あの」 』

 そして同時に出た言葉に、二人は笑顔をかわす。

『 がんばれと背中押したのはキミの笑顔
  はにかんだようなその笑顔に 心に積もる臆病な氷
  溶け出していく 溢れていく
  暖かな何かで胸が満たされていく
  思い出したよ あの日キミに想い打ち明けた時もそうだった
  伝えよう 手を差し伸べて

  手を繋いで歩きませんか
  これからもずっと一緒に 』

 ハイトーンの海音の声に重ねる形で、レオンがいつになくファルセットで伸びやかに唄い。
 一年前の自分達と同じ恋人未満の人達へ、二人は明るく暖かな応援歌を贈った。

●『blue drops』〜LOVEPOP CANDY
「海音さん、綺麗〜」
 ほぅと溜め息をついた紗綾は、気分を切り替えるように自分の頬を両手で軽く叩いた。
「あたし達も、負けないようにしないとね。慧君の暖かくて優しい歌声を引き立てるように、演奏頑張るね♪」
 緑を基調としたタータンチェックのスカートを翻して振り返った紗綾は、白いブラウスに黒ボレロを着て、スカートと同じチェック柄のネクタイを蝶結びにして、英国風のイメージにしている。彼女と組む慧も、白のシャツに同じタータンチェックのスラックスと幅広のネクタイ、濃緑のブレザーと、服装の趣向を合わせていた。
「うん、そうだね。『大切なのは 想い伝える勇気だけ』‥‥か」
 いつになく真摯な表情の慧はぽつりと呟き、自身を落ち着かせるように、胸元辺りで硬く拳を握る。
 そんな慧の様子を、紗綾は小首を傾げて見つめ。
 彼の拳へ、こつんと自分の拳を軽く当てた。
「リラックスして、いつも通りで。ね」
 それから彼女は、先にステージへと飛び出す。
 その後姿に、眩しそうに目を細め、慧は後を追った。

 ステージ全体を、暖かくライトが照らす。
 キーボードにセットしたオルガンのエフェクトで、紗綾がサビのフレーズを奏で。
 キンコンカンと、軽やかな鉄琴の音を聞いて。
 慧は柔らかな声で唄い出す。

「 放課後ぼんやりと聞こえてきたんだ
  優しい笑い声 輝く木漏れ日
  いつしか目で追った 恋に落ちてた
  指先触れたいと願いを重ねた

  光をちかちかと弾いたフィルム
  虹色解いたら放り込んだ
  飴より甘い君の笑顔を思って
  舌の上で転がして目を伏せる

  「食べたら恋が叶うよ」なんて
  いつから信じるようになったんだろう? 」

 コロコロと、木琴を模した電子音が転がり。
 ミドルテンポに、大らかな旋律が広がっていく。

「 そう 柔らかな光溢れてくる
  零れ落ちた言葉のかけら集めて
  手のひらでそっと包み込めば
  花びらになる 風に乗る
  だから顔を上げて会いに行くよ
  唇から紡がれるのは もう迷いじゃない 」

 ひらひらと、桜の花弁に切った紙吹雪が舞い落ちて。
 その中を右へ左へと動きながら唄う慧は、ステージの真ん中で足を止める。
 聴衆に背を向け、祈るように両手でSHOUTを握り。
 静かに、控えめに響く、オルガンの和音の中で、慧は誰にでもない一人に、言葉を紡ぐ。

「 大切なのは 想い伝える勇気だけ
  きっと、恋は叶うよ‥‥ 」

 そして、明るい表情で振り返り。
 ブレザーのポケットから取り出したキャンディを、聴衆に向けて高く放る。
 その瞬間、ステージを照らすライトが消えて。
 ミドルテンポのポップな曲は、緩やかに幕を引いた。

●『White chocolate』〜With love
 ステージには、ラストを飾る三人が準備についていた。
 エレキギターを提げた静香は、ジャケットもスカートも白で纏め。ワンポイントに、ジャケットの胸に赤いバラを、スカートには大きめのベルトを腰履きにしている。
 キーボードの前に立つ笙もまた、白のシンプルなカジュアルスーツをノータイでラフに着て、胸ポケットへ赤いバラを差し。
 アイスブリザードを手にマイクの前に立ったアイリーンも、白いセーターとスカートで、胸に赤いバラをピンで留めていた。
「片恋中の方も、恋人同士の方も相手を想って聞いてください。
 今は特に相手が居ないって人は‥‥仲間です、ヨロシク」
 笑顔でアイリーンがMCを終えると同時に、軽やかにエレキギターとキーボードが演奏の口火を切り。
 ベースがリズムとアクセントを加える。
 ミドルテンポのリズミカルな旋律に、アイリーンの声が滑り込む。

「 キミを好きだと 初めて気付いたの いつだろう?
  あの日あの時の あの瞬間を思い出して

  キミとふたりで 歩いた日のこと おぼえてる?
  あの日あの時の あの瞬間は忘れないで 」

 エレキギターは、電子音にエッジを効かせ。
 低音から高音へキーボードがグリッサンドして、盛り上げる。

「 ひとりでいると 思い浮かぶよ キミの横顔が
  諦められない 消せない記憶が この心熱くする 」

 明るい声で鼓舞するように、アイリーンが唄い。
 旋律がそれを追いかける。

「 キミの名前  呟いてみると 勇気になる
  溢れ出す想い 形を与えて 言葉にする
  「貴方が好き」と キミに伝えたい

  今日という日を 忘れられない 日にするため
  その手にある 大切なモノを 握り締めて
  決して離さずに 明日へ繋げよう 」

 ゆるゆるとテンポを落とした演奏が、ぱたりと止まり。
 笙が、胸につけたバラを投げる。
 その間に、静香はチョコレートの小袋が入った籠を持ってきた。
 掴んだそれを投げるフリをして、受け止めようとする観客を焦らして笑い。
 次はフェイントと見せかけて、袋を出来るだけ遠くへ投げる。
 アイリーンも静香の傍にやってきて、二人の女性は籠に入れた小袋を、はしゃぎながら放り。
「みんな、素敵なバレンタインを!」
 空になった籠を片手に呼びかけて、少し早いバレンタイン・ライブを締め括った。

●きっかけの形
「お疲れ様でした。チョコチーズケーキと、チョコレアチーズケーキを用意致しましたので、召し上がって下さいね。もうすぐ、フォンダンショコラも出来上がりますし‥‥あとお土産用に、ザッハトルテもご用意しました」
 チョコ尽くしな海音の言葉に、甘党の面子から喜びの声があがる。
「もう、海音さん、大好き〜!」
 すっかり餌付け状態なアリエラが、嬉しさのあまりにポメラニアンの尻尾をぴこぴこ振り。
「なんかこう‥‥そのうち、洋菓子屋を開けるんじゃねぇか?」
 感心した風の佐伯へ、くすくすと笑いながら海音は二つの箱を取り出した。
「川沢様と佐伯様には、コーヒーリキュールとウイスキーのボンボンを作りましたので、宜しければ。お口に合えば、嬉しいですけれど‥‥」
「ありがとうございます。本格的に、来月何か考えなくちゃダメかな」
「いえ。いつもお世話になっている、お礼代わりですし」
「海音さん。お土産まで用意してもらった礼に‥‥」
 横合いから、笙が一輪のバラの花を差し出す。
「あら‥‥ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をする海音に「こちらこそ」と恐縮し、笙は他の女性陣にもバラを配って回る。
「私も私もっ。冷やして固めただけだけど、皆の分を作ってきたよ! 川沢さんと佐伯さんも、どぞ! 賄賂じゃないからねっ!」
 すっかりケーキに心奪われていたアリエラもまた、いそいそと小さな包みを手渡して。
「紅茶と珈琲、入りましたよ〜」
 厨房から、沙霧がトレイにカップを並べて持ってくる。
「チョコレートが沢山で、嬉しい悲鳴ね。ふふふ‥‥全種類制覇を目指して、頑張ろうかしら」
「もしかして、いま全部食べちゃう気なんですか!?」
 静香の『宣言』に、マリーカが驚く。
 チョコの過剰摂取は、何かと後々女性の敵になる事も多いのだ。
「それは‥‥気分次第? チョコに合うかと思って、ワインも持ってきたしね」
 すっかり、やる気満々である。
「あたしのも、ちゃんとできたよ! コーンフレークに、チョコレートを絡めて固めただけだけどね」
 それでも嬉しそうに、一口程に固めたチョコが載った皿を、紗綾が人数分持ってきた。
「えっと。慧君には、一番大きいので!」
 自信ありげに紗綾が差し出す皿を、慧は微笑んで受け取る。
「ヨーロッパの方だと、チョコの代わりにカードを買いに行ったわね」
 アイリーンの『経験談』に、臣はやや残念そうな表情をして。
「やっぱり、チョコじゃないんだ」
「ええ。『貴方を想ってます』とだけ書いて、名前は書かずに相手に届けるの。バレるかバレないか、そのギリギリを楽しむって感じ?」
「面白いね〜。何だか、お洒落な恋愛って風で。でもやっぱり、何か『ひと手間』かけた方が、男の人は嬉しいのかな。手作りとか‥‥」
 う〜んと思案する臣はテーブルを挟んで座るラキアと目が合い、にこっと笑った。
「鍋さんには、節分気分抜けないならチョコに豆詰めて、フォーユーしたいとこなんだけど‥‥彼氏がチョコ貰ってもいいけど、あげちゃダメだって。えへへ」
 笑って惚気る彼女に、ぬっと小箱が突き出され。
「し、臣! チョコあげる! チョコ!」
 妙な汗をかきながら、ラキアがテーブルの向こうから身を乗り出している。
「‥‥ホント?」
「貰うのは、いいんだろ!? 言っとくけど、僕、別に臣が嫌いじゃないよ、好きなんだけど、か、体に染み付いた拒否反応が‥‥! 山中に置いてけぼりにされて、生死の間をさまよった時の記憶が‥‥!」
 何やら、壮絶な過去があるらしい。悶絶するラキアに苦笑しつつ、臣は箱を手に取った。
「じゃ、遠慮なく貰うね」
 そして、『大役』を遂げたラキアは額の汗を拭うと、そのままその場に突っ伏して倒れる。
「聞いていた通り、いい雰囲気‥‥メールで報告でも、しようかな」
 そんな光景を携帯のカメラで撮影した沙霧は、その画像を『お土産』に妹達へメールを送った。

「あの‥‥いいかな?」
 賑やかな席を外した慧は、『苦戦』の後片付けをする紗綾へ声をかける。
「いいよ」
 洗い物の手を止めた彼女に身振りで示し、彼も隣で汚れた食器を片付け始めた。
「年末のチャリティライブでの打ち合わせ、覚えてる?」
「え? うん」
 突然の話に戸惑いながらも、紗綾は頷き。
 少し間を開けてから、慧は言葉を続ける。
「僕が滅入ってたら、優しくフォローしてくれて‥‥あの時、すごく嬉しくて。あれからずっと、好きだったよ」
「ホント? 嬉しいな、あたしも慧君のこと好きだし!」
 無邪気な答えに、慧は手を止めて。
 彼の視線に、紗綾も顔を上げる。
「友達の『Like』じゃなくて‥‥バレンタインに男から告白は、日本じゃ変かもしれないけど、言っておきたかったんだ。
 好きだよ。紗綾の彼氏になっても、いい?」
 青い瞳が、大きく見開かれ。
 言葉を反芻するように様々な感情が、揺らいだ後。
 赤い髪からみえる耳まで真っ赤にした紗綾は、彼の肩に頭を持たせかけ。
 こくんと一つ、頷いた。

 仲良く肩を並べて洗い物する二人の姿に、海音はそっと厨房を離れて恋人の隣へと座る。
「な、海音。この後、レイトショーにでも行かねぇか? 勿論、帰りに『送り狼』とかならねーようにするし」
 まっすぐな笑顔で誘うレオンに、微笑んで彼女が答える。
「はい、レオン様‥‥大好きです」
 その不意打ちに、レオンは面食らった様に赤くなり。
 そんな彼へ、海音はチョコの代わりにプレゼント−−つや消しのシルバー・クロスがついた、シンプルな黒革のチョーカー−−を手渡した。