天空に立つ焔ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 2.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/06〜12/09

●本文

●平穏な世界の片隅で
 その少女のささやかな日常は、赤い滴りに彩られて終わった。

 北極圏の森の中での、祖父と二人の生活。
 近くの村の人達は親を亡くした彼女にも親切で、不自由な北の暮らしを辛いと思った事はない。
 唯一の肉親で共に隠遁生活を送る祖父からは、生きる術を厳しく教えられた。
 数ある中でも重大な訓戒は『決して姿を変えない事』だ。
 彼女の父も母も、祖父も祖母も、そのずっと先の血脈の者も、みな人と獣の姿を持つ。
 しかし、その血は人に知られてはならない。何故なら、人は異端を排除するものだから。
 平穏な暮らしを望むのならば自らの血を戒め、慎む事。そこに人の目があろうとなかろうと、決して姿を変えない事。

 その厳格な祖父の姿が、彼女の目の前で変わった。

 予兆も前触れもなく、突然の襲撃だった。
 彼らの天敵からみれば、寄る辺もなく村から離れてひっそりと暮らす二人は格好の獲物だったのだろう。そして突然に目にした闘い−−人間程の大きさの二匹の蟲と、身体の一部が熊と化した祖父の死闘に、彼女は怯えきっていた。
「逃げなさい、イルマ」
 半獣化した祖父は、蟲に喰い付かれて血を流しながらも厳しい声で彼女を叱咤した。
「逃げて、生きのびるんじゃ」
 叱る言葉で、反射的に家を飛び出す。
 外は見慣れた雪の世界が広がっているのに、家の中ではまだ祖父と醜悪な二匹の蟲が争っている。

 それはまるで、タチの悪い御伽噺のよう。

 祖父の言葉に従い、暗い夜の森に向かって。
 導くようにゆらゆらと赤く輝く極光を頼りに、彼女はただ走るしかなかった。

●WEAフィンランド支部
「そして何とかイナリまで辿り着き、以前に祖父から指示されていた通りWEAへ転がり込んできた‥‥と。以上が、彼女から得られた証言ですね。2日前の出来事です」
 今回の一件の担当者は、淡々と事務事項を告げる。
「今のところイナリからは何の連絡もありませんが、不用意に人を近付ける訳にもいきません。現在は彼女の家が位置する森の周辺を、立ち入り禁止として封鎖しています。皆さんにお願いする事は、ナイトウォーカーが生存しているかどうか。彼女が目撃した二匹の生死を、確認して下さい」
 ナイトウォーカーが死んでいれば、そこに哀れな感染者の死体が残っているだろう。
 もし生きているなら、情報生命体に変化するために移動している筈だ。情報生命体となって活字や音の狭間に潜り込まれると、捕捉の難易度は上がる。
「現場への案内は、件の彼女がします。名前はイルマタル・アールト。18歳です」
 示された写真には、プラチナブロンドに緑の瞳をした線の細い少女が不安げな表情で映っていた。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0677 高邑雅嵩(22歳・♂・一角獣)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1101 相馬啓史(18歳・♂・虎)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●北へ
「夏なら、水上飛行機でイナリ湖まで行けるんですけどね。運転許可が出るのは25歳以上ですので、手続きはアヴェリンさんとせせらぎさんが行って下さい」
「それで、レンタル料は幾らになるんだ?」
 怖々と小塚透也(fa1797)が尋ねれば、WEAの係員は微笑む。
「車二台で810ユーロです」
「つまり、約12万円‥‥」
 透也の顔から血の気が引く。すまん、さえ。おにーちゃんは別の意味で北の国から帰れそうにな‥‥。
「必要経費で出ますって、ちょっとー!?」

 ヘルシンキから飛行機でイバロまで約3時間半。そこからイナリは車で約1時間。天気予報は9日まで晴天、正に捜索日和。
「で、討伐手当か。有難いな」
 グジェロのハンドルを握るせせらぎ 鉄騎(fa0027)は嬉しそうだ。財布の隙間風具合は、鉄騎も透也と変わらない。
 生死確認の本音。つまり「生存NWを発見した際の止め役」かを確認すると、過酷な環境と、切迫した事情下での特例として「情報体に戻る前にNWを倒せたら、特例で礼金を出す」との返答があった。所持金3桁ユーロの相手を、北極圏に放り出す訳にもいかないらしい。
「無理するなとも言われたが」
「当たり前だ」
 スノースタッドタイヤが雪塊を掠め、車が揺れる。
「ぴ?」
 次いで、ゴンと室内で小さな打撲音。
「あまり揺らすな。NWに遭遇する前から、負傷者が出る」
 後部座席にいる高邑雅嵩(fa0677)の隣で、涙目のベス(fa0877)が額を押さえていた。窓から外を見ていて、揺れた拍子にぶつけたらしい。
「今更ですが、みなさん。ワタクシ車を運転するのは、酷く久々です」
「注意一秒怪我一生だ。頑張って気をつけて急いで走れ」
「ノー!」

「前の車は何ちゃね」
 蛇行運転の先頭車に、後続の相馬啓史(fa1101)が呟く。
「事故、起こしそうですね」
 助手席の御堂 葵(fa2141)も心配そうだ。後部席ではシャノー・アヴェリン(fa1412)が愛用のビデオカメラをチェックし、深城 和哉(fa0800)は事件の当事者イルマタル・アールトへ獣人とNWについて知る限りを教えていた。
 半獣化には問題ないが、完全獣化する時に獣人の誰かがそれを止めようと意識すると、獣化が阻止される。その為、彼女の『決して姿を変えない』という意識を変えないと、状況は不利になる。
「人の目がある所で獣化してはいけないという点に関しては、私達も同じ戒律を持っている。しかしNWは倒すには私や、キミに流れている『血』の力を使わなければならない。お祖父さんがキミを守る為に、キミ達二人の戒律を破ったように」
「はい‥‥」
 気の重いイルマの返事。ゆっくり理解させようにも、時間がそれを許さない。
「お話中すいませんが、イナリに着いたようです。ここからは、彼女に案内していただかないと」
 葵が告げる間にも車は減速し、止まった。

●封鎖の森
 イナリで短い休息をとった後、イルマの案内で西へ進む。
 整備されていない道を行くと、通行を遮る障害物が現れた。それは「人を通さない」為の封鎖だ。封鎖ポイントで待機する若い獣人二人はフィンランドWEA支部に属し、まだNWを見ていないと言う。
「無理はするな」と雅嵩が警告すると、彼らは「僕らじゃ勝てませんし」と苦笑した。
 その封鎖も見えなくなると、白樺等の樹木が増えてくる。
「じゃあ、行ってくるね!」
 ベスは大きく手を振り、シャノーは軽く頭を下げ、翼持つ二人は地を蹴って空へと舞い上がる。
 イルマはただ唖然と、その姿を見送った。

『こちら空組。木が倒れてたり、雪に変な跡がついてたりは見つからないよー。どーぞ』
「了解、あと人がいないからと、調子に乗って飛び過ぎないようにな。どうぞ」
『り、了解です。どーぞ』
「そん調子やと、遊んどるなん」
 ベスと和哉のやり取りを聞いた啓史が、くつくつと笑う。
 森といっても樹木の間は密集しておらず、下草も枯れて雪が積もっているせいで、まだ車も通行できる。空を飛ぶ二人と連絡を取りつつ、時折落ちている雪塊を避け、日が沈んで漸く後にイルマの家へ到着した。
「‥‥寒っ」
 車を降りた鉄騎が、全身に刺さる冷気に腕を抱いて震え上がる。スノージャケットを着た啓史は、まだ平気そうだ。車を降りようとしたイルマを、葵が止める。
「男の方々が、中の安全を確認してきますから」
 まず和哉が半獣化し、鋭い嗅覚を活性化させた。
 木の香り、人や動物の臭い、車や石油燃料の類。それらに混じって、微かだが嫌な匂いがある。
「血の匂いが、僅かだが」
 それを聞いた鉄騎と透也、啓史の三人が、木の階段を登って玄関に至る。一方、ベスとシャノーは真っ暗な空から帰還した。みな寒さに耐え切れず、車の中で様子を見守る。
 吊るされた裸電球のスイッチを鉄騎が切り替えてみるが、点く様子がない。
「発電機が完全に止まってるな。足元、気をつけろ」
「じゃあ、鋭敏視覚で‥‥と」
 鷹の翼が背中から現れ、透也が目を凝らす。居間と思われる部屋の窓が二箇所とも破られ、僅かな調度は散乱し、壁に爪跡が残る。床の敷物には吹き込んだ雪と血溜りと思しき黒い染みが広がり、部屋の片隅には−−。
「この前から、死体見物続きだ」
 目を逸らして、透也は吐気を堪えた。
「爺さんなん?」
「いや、多分違う」
 携帯電話のライトを使って、鉄騎も奥を見る、部屋の片隅には見るも無残な肉塊があった。
「感染者か」
 NWが実体化する際に感染者の体構造を無理やり変化させる。その為にNWが死ぬと残った感染者の死体はこういった状態になるという説もある。
「仕事が一つ減ったのはいいが、コレがなぁ‥‥」
 透也が次に示したのは、敷物が吸い込んだ黒い血溜り。
「NWってのは、丸ごと獣人を喰うんなん?」
「外へ引っ張り出した形跡が見当たらないからな‥‥」
 どこかへ引き摺ったなら、血痕がどこかに続いてる筈だ。だが、壊れた窓にも血痕はない。そして窓の外の痕跡は、雪で消えていた。
「ただ、一つだけ判った事があるな」
 腰に両手を当て、鉄騎はため息を一つ。
「爺さんは自分が喰われても孫を逃がそうと頑張って、完遂した訳だ」

 無用な期待はさせない方がいい。
 そう判断した彼らがありのままをイルマに伝えると、彼女は覚悟していた様に一つ頷くのみだった。

●僅かな休息
 翌日。遅い日の出を待たずに、彼らは今後の方針を確認していた。
「生き残っていると思われるNWの捜索ですが、この家からイナリに向けての範囲を重点的に調べてはどうでしょう。時間的猶予も、あまりないと思います」
 葵の提案に異論はない。日数的に、NWが情報生命体に戻ろうとする頃だ。
「この家にNWが潜みそうな物もないしな」
 元NWの残骸と血塗れの敷物を片付けた後、和哉は一通り家にあるものを調べた。しかし、ラジオと数冊の本しかなく、村から離れたこの家に「新たな感染主」を求めるNWが潜むとは考えにくい。自己の生存を重視するなら、少しでも人の多いイナリへ行くだろう。
「雑誌作戦も無理があるか‥‥」
 考え込む透也に、鉄騎が「アダルト誌なら止まるんじゃねぇか」とにやにや笑う。
「‥‥NWの攻撃手段に関する手がかりですが‥‥」
 そんな男同士の会話に一切触れず、シャノーが話を戻す。彼女は戦闘の痕跡から、NWの特徴を見出そうとした。が、鉤爪の類を持つ程度の事しか判らない。
 そこへ慌しく階段を降りる音がしたかと思うと、毛皮の塊‥‥もとい、コートを抱えたベスが現れた。
「じゃーん。イルマちゃんが、暖かい服を貸してくれるって」
「祖父と、私のでよければ‥‥でも、数が足らないんです。すいません」
「いや、少しでも助かる」
 礼を言って、雅嵩はイルマからコートを受け取る。何か問いたげな瞳は、雅嵩の緑の眼をじっと見た末に、決心したらしい。
「あの、私‥‥ここで残っていてはダメですか?」
「ダメだな」
「ぅ‥‥」
 雅嵩に即答され、ちょっと凹んだ様に見えるイルマ。
「でもカズヤの話だと、私がいると‥‥獣化、しづらいそうですし」
「NWは俺らを狙う訳だから、単独行動は厳禁だ」
「うぅ‥‥でもですね」
「へこたれんな」
 二人のやり取りに、妙に感心する啓史。思えば、イルマは中々にタフだ。捜索の拠点に家を使えと言い、無事だった発電機を動かし、二台の車が凍結しないよう処置し、壊れた窓を段ボールで塞ぎ、食事を作り、寝床まで準備した。流石に戦闘の後始末には手を出さなかったが。
「身体を動かす事で、気を紛らわせているのかもしれません。気が緩んだ時の方が‥‥いえ、いけませんね。これでは、私が心配性みたいで」
 困った表情でふぅと息を吐く葵に、忍び笑いの啓史。その間も雅嵩とイルマの攻防は続く。
「でも、マサマサ‥‥マサ、たー?」
「言い辛いなら無理するな、マサでいい。それに、道案内は必要だ。俺達が森で道に迷ってもいいのか?」
「ぅ〜」
 漸く決着がついたらしい。それを見て和哉が腰を上げた。
「では、NWを探しに行くか。日は短いし、夜は何も見えなくなる」

●索敵し、即撃せよ
 ぼんっ! と白い雪が舞い上がった。
 雪の中で黒い蟲の姿が見え隠れしている。
「待てっつーに!」
 雪を分けて啓史が後を追うが、NWの跳躍力は侮れない。
「‥‥動きを止めます」
「うん。陸組に伝えるね」
 トランシーバーで、ベスが地上の和哉に連絡を取る。
 翼を打って接敵し、シャノーは地に舞い降りた。
 構えたCappelloM92の射程は15m。風は微か。
 蟲を狙って、彼女は引き金を引く。
 乾いた銃声が雪原に響いた。

 最初に異常を発見したのは、ベスの望遠視覚だった。
 視界さえ通れば、どれだけ遠くてもそこを起点に風景を観察できる。昨夜は雪が降らなかった為、森には様々な跡が消されずに残っていた。彼らの車の轍。動物の足跡。そして点々と続く、何かを引き摺るような痕跡。
 それを追って飛ぶと、森の中に黒い蟲を発見したのだ。
 足をもがれたのか、ソレは3本の足で身体を動かし不器用に跳躍する。
 ゆっくりと、ゆっくりと、イナリの方へ。
『できるだけ、森から離れずに移動しようとしてるみたい。どうぞ』
「了解。見失わないように、追跡してくれ」
 雪を噛んで、車は木立を抜ける。該当する地点で車を降り、後は雪中行軍だ。
 最初はNWの居場所が判らなかったが、その訳もすぐ明らかとなった。
 彼らが近づくと跳躍して逃げ、木立に積もった雪を落とし、または積もった雪を舞い上げ、雪中に埋まって隠れるのだった。

 火薬を燃焼した薬莢が自動的に排出され、雪にトスンと刺さる。
 近距離なら人間も貫通する9mm弾は、外殻に食い込んで突き破るのみ。痛みを感じないのか、NWは再び残った足に力を溜めて跳ぼうとする。
 それを阻止すべく、シャノーは更に眼を狙って三発の弾丸を撃ち込む。
 三発のうち一発が複眼を撃ち抜き、蟲はギィギィと悲鳴を上げて跳躍した。
「シャノーさんっ!」
 翼をたたんでぐんっと速度を上げ、ベスは銃を構えるシャノーに体当たりする。
 直後、どんと彼女がいた地点に蟲が着地した。
「ぴやぁぁぁ!」
「‥‥」
 一方のベス達は、勢い余って吹き溜まりに突っ込んでいた。
「だ、だいじょうぶ?」
 雪まみれの二人に、葵と雅嵩がイルマを伴って駆け寄ってくる。彼女らを助け起こしながら、大した怪我はない様子に雅嵩はほっと安堵した。
「‥‥コアが、胸の辺りに」
 シャノーが、手を伸ばしてNWを指差す。片目を潰されたNWは脚をバタバタさせ、自分を囲んでいる鉄騎と啓史、和哉を牽制していた。
「アレのか」
 思わず嘆息する透也。確かにそれ以外の箇所にコアの輝きは見当たらない。となると、腹ばいになったNWをひっくり返すか、胸の下に潜り込まなければならない。
 そして相変わらず、完全獣化の意思を身体中に巡らせても、変化が起きずにいる。
「くっ‥‥」
 口唇を噛んで、立ち上がる。完全獣化できなくても、ここでNWを逃がす訳にはいかない。
「離れましょう、イルマ‥‥?」
「シャノーさん、お借りしますね」
 促す葵だが、イルマは雪の中に落ちていたシャノーの銃を拾い上げ‥‥。
「駄目‥‥!」
 そして、短い銃声が彼女の意識を奪った。

●光
「ああ、気がついたようだ」
 イルマが再び目を開けると、心配そうな雅嵩と目が合った。彼の額から伸びる白い角に、少し驚く。
「まったく、お前はアホだろ」
「‥‥ぅ?」
 少し棘のある言葉の意味がよく判らない上に、鳩尾辺りがズキズキと痛い。
 すると、雅嵩を押し退けて葵が顔を見せ。
 次の瞬間、パンッと小気味良い音。
「あなたは、何て事を‥‥死なせる為に、お爺様が逃がした訳ではないでしょう! 離れればいいだけなのに‥‥あなたは‥‥っ!」
 引っ叩かれた頬も痛いが、涙を浮かべて叱る葵の表情が、それ以上に胸を痛くする。イルマは、乾いた唇を漸く動かした。
「ごめん‥‥なさ‥‥」
「謝るなら、もう二度とあんな真似はしないで下さい! 雅嵩がいなければ、どうなっていたか‥‥っ」
「葵さん、落ち着いて」
 彼女が目を動かせば、心配そうだったり安心していたりの他の6人の顔も見えた。
「お爺さんの仇は討ったから。イルマちゃん、安心してね」
 明るい表情のベスに、微妙な表情の透也。
「安心して、永眠されても困るが」
「トーヤ!」
 和やかな会話の先で、夜空が緑に輝き始める。
「‥‥お。オーロラが出とぉ」
 啓史の声に、誰もが空を仰いだ。光の帯は一瞬たりとも休まず形を変え続け、空を覆っていく。
「レヴォン・トゥリ‥‥」
 それは死者を送る灯火ではなく、天を走り回るやんちゃな火の狐の尾が舞い上げた光。
 彼らはしばし寒さを忘れ、火の狐の戯れに見入っていた。

●ピンナップ


ベス(fa0877
PCシングルピンナップ
れんた