世界祝祭奇祭探訪録 16ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/13〜02/16
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●本文
●舞踏会へ行こう
音楽の都ウィーンの冬を、舞踏会(バル)なしで語る事は出来ない。
狩猟が出来ない冬の、貴族達の楽しみとして広まったとも言われる舞踏会は、11月から3月のシーズン中、ウィーンに限っただけでも大小300以上が開かれる。
その数ある舞踏会の中で、頂点といわれているのがウィーン国立歌劇場のオーパンバルだ。
オーストリア大統領が主催し、国立歌劇場にて開かれるオーパンバルは、1817年にハプスブルク皇室が開催したという起源を持つ、歴史深い舞踏会である。ヨーロッパ社交界でも最高の格式をもつこの舞踏会には、毎年ヨーロッパの皇族や貴族、芸能人、政財界の要人達が公式、非公式を問わず訪れる。
この夢のようなオーパンバルのハイライトは、18歳から24歳の若い男女のペア達によるオープニング・ダンスである。この日、社交界にデビューを果たす彼ら彼女らは『デビュタント』と呼ばれ、オーパンパルのデビュタントとなるにはオーディションを通過しなければならない。晴れて選ばれたデビュタント達は、時には百人近くに上り。一斉に、一糸乱れぬワルツ−−上流社会人の証として、難易度の高いウィンナワルツ(左回りのワルツ)−−を踊るのだ。
燕尾服の男性と、白いドレスにティアラをつけた女性。
何人もの白と黒のコントラストのペアが手を取り合い、初々しい喜びと緊張に満ちて入場してくる様は華やかで、壮観ですらある。
夜10時にデビュタント達のダンスで幕を開けた舞踏会は、国立歌劇場のオペラ歌手の歌唱などが披露され。
その後、「アレス・ヴァルツァー!(皆でワルツを!)」の声を合図に、華やかなドレスに身を包んだ全ての参加者達が、ダンスに興じる。
舞踏会はウィンナワルツだけでなく、スローワルツ、タンゴ、チャチャ、サルサ、サンバ、ブギなど、数々の社交ダンスが踊られる。曲もオーケストラがワルツを演奏した後に、生バンドがブギを演奏するなど、必ずしも堅い格式にとらわれない。
テーブルでの軽い飲食も可能な舞踏会では、踊り疲れたらシャンパンやワインを片手に休憩もできる。
そうして朝がくるまで、賑やかに踊り明かすのだ−−。
●『オーパンバル』
お馴染みのスタッフは番組の資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『オーパンバル』が第16回となる。
「今回の滞在先は、オーストリアのウィーンです。滞在期間は2月13日から2月16日までの4日。舞踏会は、2月15日の夜10時から始まります」
資料を片手に、担当者は慣れた様子でいつもの様に説明を続ける。
「滞在先のブック家ですが、家族構成はご両親と19歳の娘さんの三人家族です。個人経営でダンススクールを開いているそうで、今回のオーパンパルでは娘のエルナさんがデビュタントとして参加されるとか」
一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「オーパンパルは、踊らずに見物しているだけでもいいそうですよ。ただ社交の場ですから、正装が求められます。男性は燕尾服やスモーキング‥‥いわゆる、タキシードですね。それから女性は、白以外のロングドレスを用意して下さい。ドレスは、くるぶし丈でも構わないそうです。
では、どうぞ良い旅を」
●リプレイ本文
●音楽の都は踊る
窓の向こうを、街の風景が行過ぎていく。
一周4kmのリングを走る路面電車からの街並みは、近代的な建物よりも重厚壮麗な建造物が多く、ちょっとした時間旅行を味わえる。
行き交う車や人の流れと建物を、ミレル・マクスウェル(fa4622)が窓にかじりついて見物していた。
「このまま回っているだけでも、結構楽しそうだね」
「ああ、実に素晴らしいな。できれば、中に入る事が出来ればもっといいが」
「そなの?」
見上げて尋ねるミレルに、やはり外を眺める由里・東吾(fa2484)が重々しく頷く。
「ほら、あれがオーパンバルの行われるウィーン国立歌劇場、すなわちオペラ座だ。入った正面階段は、大理石。天井には、モーツァルトの『魔笛』を題材としたフレスコ画が描れている」
「へぇ〜、あそこでやるんだ〜」
近づき、やがて遠のいていくルネッサンス様式の建造物に、ミレルが目を輝かせて。
「モーツァルトか‥‥懐かしいわね」
感慨深げにアイリーン(fa1814)が呟き、エルヴィア(fa0095)は目を細めてオペラ座を見送る。
「それにしても、憧れのオーパンバルに参加できるなんて‥‥夢のようだわ」
「ええ。ダンスの経験はあまり無いんだけど、壁の花にはなりたくないし。夢の一夜、楽しまなきゃね」
握り拳で意気込みを見せるアイリーンに、御堂 葵(fa2141)が小首を傾げ。
「やはり、凄いんですか」
踊るという事自体には興味があるものの、日本人である葵には−−既に一年以上、欧州で芸能活動を続けていても−−舞踏会自体が馴染み薄い存在だ。
「それはもう。表立ってオーパンバルへ参加するようになれば、一流の著名人の仲間入りをしたといっても過言ではないもの」
「日本でなら‥‥園遊会、みたいなものでしょうか。それとも‥‥」
エルヴィアの説明に葵は思案し、相沢 セナ(fa2478)がくすくすと笑う。
「一般の人でも、チケットがあれば入れる園遊会ですが。もっとも、チケットも手に入りにくい上に、お金も凄くかかりますし‥‥あ、そろそろ降りる駅ですよ」
手を伸ばし、セナは降車を知らせるボタンを押した。
地元育ちだという彼にとっては、ちょっとした帰郷であり、ガイド役となっていた。
「参考までに‥‥どのくらい、かかるんだ?」
笙(fa4559)の質問に、橘川 円(fa4980)が指折って数える。
「一般席の入場料が、215ユーロね。クローク料や飲食は別。ドレスや身だしなみを整えてから参加するなら、最低でも1000ユーロは用意しないと」
ちなみに1ユーロ160円ならば、16万円という事になる。
「そろそろですよ」
減速を始めた路面電車に、セナが一行を促した。
石畳の通りを歩いていくと、ダンススクールの小さな看板が見えてくる。
ガラスの扉を開けば、淀みない三拍子のポロネーズが聞こえてきた。
白い天井と板張りの床。壁の一角にはガラスがはめ込まれた、明るいフロアの中央で。
若い一組の男女が、流れるようなステップを踏む。
数分間、誰もが息を飲んでそれを見守り。
曲が終われば、『講師』の拍手と共に現実へと引き戻される。
「ブック・ダンススクールへ、ようこそ」
「お世話になります」
にこやかな笑顔のブック氏が手を差し出し、一行は挨拶と握手を交わした。
●若きデビュタントの悩み
ダンスの練習風景を見学した後、皆でテーブルを囲んでの夕食となった。
ビーフのグラーシュ(香辛料入りシチュー)や、定番のウインナーシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)といった家庭料理とワインを用意した夫人は、テーブルにつくと一同をぐるりと見回す。
「ところで、皆さんはオーパンバルで踊られるのかしら」
「はい。もちろん、そのつもりで」
笑顔と共にアイリーンが答えれば、夫人は嬉しそうな表情を浮かべた。
「気をつけてね。ママってば、ダンスの事になるととても『仕事熱心』だから」
横合いから忠告するエレナに、母親は心外だと言わんばかりの表情で頭を振り、父親は楽しげに妻と娘を見守る。
「仲のいい家族だね」
「そうですね」
耳打ちをするミレルに、葵が微笑んだ。
夕食後、女性達は部屋でエレナを囲んで雑談に興じていた。
「真っ白なドレスに、ティアラとブーケかぁ‥‥まるで、結婚式みたいね。あ、もし良かったら、オーパンバルの時は知り合いとか紹介してくれないかな」
ウィンクしてみせるアイリーンに、笑いながら同年代の少女は「ええ」と快諾する。
「ところで、エレナさん。晴れてオーパンバルのデビュタントとなった心境は、いかがかしら」
エルヴィアが切り出せば、19歳の少女は年相応の悪戯っぽい表情で打ち明けた。
「光栄で嬉しいけれど‥‥本当は、去年に選抜されたかったのよね」
「あら。どうして?」
「えっとね‥‥」
去年のオーパンバルについて、エレナはかいつまんで説明する。
戦後、オペラ座が再建されてから開催50回目という節目と、モーツァルト・イヤーが重なった昨年は、例年とは変わった趣向となり。デビュタントの女性は、ブーケの代わりに扇子を手にして踊ったという。
「でも、選ばれる事自体も凄い事なんだよね。オーディションがあるって、聞いたけど」
首を傾げるミレルに、エレナはクッションを胸に抱いてベットへ横になった。
「うん。うちは家柄とか縁がない、普通の家だから‥‥嬉しいし、パパとママも喜んでくれたし」
「親孝行、ですね」
葵に褒められた少女は、くすぐったそうに笑う。
「明日は、デビュタントの最終リハーサルよね。今の気持ちは、どうかしら?」
冗談めかした円がインタビュアーのように手を向けると、エレナは身を起こして座り直した。
「うん。まだ列の位置も決まってないし、ドレスを着ては踊らないし、ティアラも明日もらえるの。でも、ちょっと緊張‥‥かな。デビュタントで失敗、できないもんね」
「大丈夫よ。昼間のダンス、とても綺麗だったもの」
デビュタント達は、大勢での一糸乱れぬ舞踏を要求される。それを思ってか、急に神妙になった少女の髪を円が撫でて励まし。
「盛り上がってますか?」
ノックをして顔を覗かせたセナに、女性達は笑顔で頷いてみせた。
翌日。八人はダンススクールの生徒に混じり、あるいは教室がない時間も、夫妻にダンスを仕込まれていた。
「ダンスは、楽しんで踊るもの。だから、間違いや失敗は気にしないで下さい」
ブック氏のアドバイスに、アイリーンが笑顔で胸を張る。
「よろしくね。このアイリーン、楽しそうな事への熱意だけは人一倍よ」
少女がおどけてみせれば、フロアに笑い声が満ちた。
「はい、セナ。恥ずかしがって床を見ていないで、エルヴィアの素敵な笑顔を見つめて。
東吾はもう少し背中を伸ばして、肩を広げてね。女性を受け止める王子様のように、胸を張って‥‥ええ、素敵よ。
円は、丁寧にステップの数を数えなくても大丈夫よ。観覧の男性は別の事に気を取られて、誰もステップを数えたりしないわ。
音楽のリズムじゃなく、メロディに身体を預けて‥‥そうそうアイリーン、その感じ。とてもいいわ」
観光客にもダンスを教える夫人は、適宜アドバイスや冗談を交え。社交ダンス初体験のメンバーへ、基本のステップを教えていく。
本業が舞楽師という葵は、対面で組むダンスに最初は慣れずにいたが、覚え始めれば後は早く。
既に下地が出来ているエルヴィアや笙は、ダンスの基礎を復習した後、慣れぬ者とペアを組んでサポートをしていた。また、元々リズム感があるミレルは、ブック氏から彼女向きの軽快なサルサやブギを教わっている。
一方で、アイリーンと円、セナと東吾の四人は、フォークダンスならば問題ないものの、本格的な対面でのダンスになると、つい足元に意識が向いてしまう。
そのため、四人で踊るスクェアダンス「カドリール」も交え、丸一日がかりで何とか1、2曲を踊れるレベルまで漕ぎつけていた。
リハーサルからエレナが戻ると、ブック家はまた賑やかになり。
夕食の席は本番のオーパンバルに向けて、衣装や髪型の話で弾んだ。
●Alles Walzer!
ガラガラと音を立てて、石畳の上を馬車の車輪が回る。
オペルリングへ入った二頭立ての馬車は、規制された道路を走り。
歌劇場の前で馬車が止まれば、御者がタラップを用意する。
「ありがとう」
礼を告げて馬車を降りた東吾は、後へ続く葵へ手を差し伸べた。
「お手をどうぞ、マドモアゼル」
「ありがとう、ございます‥‥」
葵は片手を東吾の手に添え、片手で若葉のような薄緑のドレスを摘んで僅かに裾を上げて、タラップを降りる。
ふわりと、春の香のような香水の淡く上品な香りが、微かに漂った。
「とても‥‥似合ってます」
場の空気のせいか、緊張気味に言葉を正して彼が褒めれば、葵はたおやかな笑みで会釈をして応える。
続いてセナの手を借りて、エルヴィアが馬車を降りた。
裾の広がったオフショルダーのドレスは、ラベンダーのような薄い紫で。アップにした長く煌めく銀糸の髪を、薔薇のコサージュが美しく飾っている。
最後に、笙にエスコートされた円が現れる。
円のドレスは先の二人の淡い色と違い、深い藍色のシンプルなラインのもので、スパンコールを散らしたオーガンジーを重ねていた。
艶やかな黒髪は纏めてパールをあしらい、アクセサリも上品なパールで揃えている。
「うん、ばっちりね」
三人の姿に、彼女らのメイクやスタイリングを手伝ったアイリーンは満足そうだった。
そんな彼女も、明るい髪色によく合うオレンジのローブ・デコルテを纏い、白い手袋をつけている。
アイリーンやブック氏と共に後続の馬車から降りて合流したミレルは、水色のドレスの裾を翻して喜んでいた。舞踏会には年少者は通例参加できないが、今回のみ『大人しくしている』という条件付きで特例の参加となっている。
「皆、お姫様みたいだよね‥‥あたしも『レディ』らしく振る舞えるよう、張り切って! ‥‥もとい、お淑やかに頑張りますっ」
「女性ばかりでなく、僕らも褒めて欲しいですね」
笑ってセナが肩を竦め、燕尾服の男達は苦笑を交わした。
歌劇場内のいたる所を様々な花が彩り、階段も通路も着飾った人々でいっぱいで、あちこちに中継のテレビカメラが見える。
「凄い‥‥」
フロアへ入った東吾は思わず足を止め、感嘆の声と共に絢爛たる劇場を見渡した。
普段は赤い座席が並ぶフロアは、それらが全て取り外され、舞台と一続きの巨大空間を形成している。
そしてフロアの左翼と右翼には別の椅子が新たに並べられ、中央にはダンスを披露する大きなスペースが設けられ。着飾った人々は椅子に座り、歓談しながら開演を待っていた。
「ふわ‥‥同じ舞踏会でも、ドラマの撮影とは雰囲気が全然違いますね‥‥」
先の仕事で『舞踏会』を見ていたミレルも、ただただ口をぽかんと開き。
「それじゃ、私は少し知人の所へ行ってくるわ」
デビュタントのワルツの演奏に加わるため、円は席を外した。
拍手と共に主催の大統領が現れ、席に着けばオーパンバルの幕が開く。
オーケストラの演奏に合わせて、若きデビュタント達が晴れやかな笑顔で入場した。
四列に並んだ男女は、座席のある外側を男性、内側を女性が歩き。
今年も軽く100組を越えたペアは、左右に分かれて中央を開けた。
続いて国立バレエ団がパフォーマンスを、国立歌劇場のオペラ歌手が独唱を披露し。
割れんばかりの拍手が収まれば、いよいよデビュタント達の舞踏が始まる。
「ホールに開く花の如しと聞くが、これは‥‥」
フロアを眺める東吾は思わず溜め息をつき、アイリーンも頷く。
それは正に、白く咲く花々だった。
ライトアップされた中で、デビュタント達はくるくるとウィナーワルツを踊る。
白いドレスの裾が広がって、光を弾き。
回転していく列は、一糸乱れる事もない。
曲が佳境に差し掛かれば、ステップの回転は増して。
ダンスが終わると、燕尾服の男性は深く頭を下げ、女性は膝を折って、賓客達に挨拶をする。
その表情は、皆とても晴れやかで。
惜しみない拍手が、場内から降り注いだ。
「Alles Walzer!」
大統領の一言にフロアのライトが明るくなり、デビュタント達は一斉に礼を直って、舞踏会が始まった。
「エレナさん、とっても綺麗だった〜!」
走らないように注意しながらもパートナーの男性とやってきたエレナに、思わずアイリーンが抱きついた。
「では、一曲踊っていただけるかな」
戻ってきた円を、笙が誘い。東吾は、葵とペアになる。
セナはアイリーンと、エルヴィアはエレナのパートナーと組み。
ミレルとエレナは二人で椅子に座って、皆を応援した。
ダンスの技量の上手い下手を気にせず、誰もが楽しく一夜を踊る。
朝の5時−−ラデツキー行進曲とラストのワルツで、バルの幕が降りるまで。