竜が守りしモノヨーロッパ

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 4Lv以上
難度 普通
報酬 19.8万円
参加人数 15人
サポート 0人
期間 02/25〜03/01

●本文

●向き合う時
「ニーベルンゲン‥‥か。かくも壮烈な叙事詩の名が改めて出てくると、不思議なものであるな」
 どこか感慨深げに感想を述べつつ、レオン・ローズは相方を見やり。
「だがそれと仕事が滞るのは、また別問題であるぞ。復調してきたのであれば尚更、二ヶ月連続で仕事に穴を開けるわけにもいかんからな」
 先日の古城で集めた『成果』を元に、中高ドイツ語で書かれた古い本と首っ引きになっているフィルゲン・バッハは、レオンの言葉に眉間を寄せた。
「それは、判ってるけど‥‥なんか君に言われると、凄く凹むな」
「それはもちろん、良心が痛んでの事であろう」
 自慢げに胸を張るレオンに、フィルゲンはつぃとキッチンを指差す。
「あの台所の洗い物の山に、君の良心は痛まないのか」
「はっはっは。あれしきの事で、痛む訳がない」
「少しは痛ませろっ。というか、人が療養してた間、少しは負担を軽減してやろうとか殊勝な事は、考えないのか〜っ」
「人には、向き不向きというものがあるのだよ」
 風向きが悪くなったレオンは、流しで地層を形成している食器類を見ないフリをしながら、自室に逃げていく。
 またしても頭痛がぶり返してきそうだとぼやきつつ、フィルゲンはいったん本を置いた。
「‥‥まぁ、アレだ。そろそろ、正念場であろう?」
 水音が聞こえたのを見計らって、レオンがドアから顔を出す。
「何が」
「損壊した遺跡の確認。従兄弟を名乗る、覚えのない従兄弟。本の出処。以前より、フィルゲン君は殊更ニーベルンゲン絡みを忌諱するフシがあったが、そろそろ覚悟を決めねばならんのではないか。もし大叔父殿の真意をはかるのが怖いというのであれば、先のように皆して赴いてやらん事もないしな」
 不機嫌そうなフィルゲンに指折り数えて見せたレオンは、その手をひらひらと振る。
「あと、社長からの言伝でな。身が入らぬなら、君抜きでも『幻想寓話』をやらねばならん。その辺りも心して置く事だ。
 明るい未来の、家族計画に備えてな」
 ガゴッ! と。
 一言多い同居人へブン投げられたタワシが、素早く閉められたドアに激突し。
 床に落ちて、転がった。

「旦那様。ご不在の間に、面会の都合伺いの連絡がございました。その‥‥フィルゲン様より、ですが」
 一礼してから口を開く老執事に、城へ戻ってきた竜の長がざらついた声を返す。
「都合を合わせてやれ。他の事を置いてもな」
「かしこまりました」
 恭しく頭を下げる執事を従え、杖で床を突きながら数歩歩みを進めた老人は、何事かを思いついたか、ふと足を止めた。
 節のある人差し指が招くような仕草をし、執事は急いで手帳とペンを差し出す。
「それから‥‥これも用意しておくよう」
 何事かを書き留めたそれを、老ダーラントは執事に渡した。
 執事が手帳を広げたそこには、達筆な綴りで文字が刻まれている。

『Der Schlussel zum Herzen』−−と。

●今回の参加者

 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1733 ウルフェッド(49歳・♂・トカゲ)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2196 リーゼロッテ・ルーヴェ(16歳・♀・猫)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa4169 Mr.CHROME(43歳・♂・狼)
 fa4622 ミレル・マクスウェル(14歳・♀・リス)
 fa4832 那由他(37歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●交錯する情報と思惑
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
 訪れた者達を、年配のメイド長が恭しい礼で迎えた。
 正面ロビーの両脇には、メイド達が畏まって頭を下げている。
 重厚な静寂が支配する空間に慣れぬ者、あるいは初めてそれに遭遇する者は、緊張気味に辺りに視線を投げ。
 メイド長の後に続く十五人は、賓客用の図書サロンへと案内された。
「こちらで、暫しお寛ぎ下さい。何か御用がありましたら、この者達にお申し付け戴ければ結構です」
 メイド長の言葉に、若い三人のメイドが一礼する。
 扉が閉められて年配の女性が姿を消すと、場にほっとした安堵の空気が流れた。

「前に言ってた図書サロンって、ここなんだ」
 興味深げに、ベス(fa0877)が本棚の列を見回す。
「それで。何やら面白そうな趣向ではあるが、何がどうなって現状に至っているのか、簡略に説明をもらえると、有難いな」
 クッションの効いたソファへ腰を下ろしたMr.CHROME(fa4169)は、鷹揚に足を組んで話を切り出した。
 この場に集まっているのは、『問題』の中核となっている(らしい)フィルゲン・バッハを含む、十五人。
 そのうち、CHROMEとリーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)、佐渡川ススム(fa3134)の三人は、全く事情を知らず。
『ある事』を確認する為に訪れたのが、シャノー・アヴェリン(fa1412)と相沢 セナ(fa2478)、御堂 葵(fa2141)、那由他(fa4832)の四人である。
 過去にフィルゲンと仕事の係わり合いがあり、ある意味で『直談判』に来たのがミレル・マクスウェル(fa4622)。
 残る六人が、黒森の地下に存在する『遺跡』と少なからず関わりのある者達で、CHROMEの問いは彼ら彼女らへと向けられていた。

「どこから話したモンだろうね」
 一堂に会した立場も目的も違う者達に、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が思案顔を浮かべ、セシル・ファーレ(fa3728)が猫耳をぴこと動かす。
「全部話すと、長いです‥‥きっと、誰かが寝ます‥‥」
「うん。きっと、あたしが寝るよ〜」
 笑顔のベスが、率先して手を挙げて。
「ダーラントさんとの面会もありますし‥‥手短に説明するのが、一番ですね」
 苦笑する鏑木 司(fa1616)が、Cardinal(fa2010)を見上げて同意を求めれば、長躯巨漢の格闘家は「そうだな」と重く首を縦に振った。
「俺は、話の間に用を済ませておくとするか‥‥例の似顔絵、貸してくれるか? それから、親父さんの連絡先と」
「いいけど‥‥いま、アメリカだと思うよ? 母さんの仕事にくっついてるから」
 ひらりと手を振るウルフェッド(fa1733)に、フィルゲンは相方のレオン・ローズが描いた絵のコピーを取り出し、裏に番号を書き加える。
「あ〜‥‥まぁ、私が見て聞いた事で、いいよな」
「あたしにも判るように説明してよね、ヴェル。でないと、御飯のランク下げるから」
 妹から赤い瞳でじっと睨まれた姉は、溜め息をつきながら燃える様な赤毛をぽしぽし掻いた。

●黒森を巡る事情
 メイド達に聞こえぬよう、メンバーを集め。
 事の経緯の客観的な面だけを、シヴェルは簡単に説明する。
 推論を論じ始めると、現状ではキリがない為だ。
 即ち−−フィルゲンも連なるバッハ家が、地元の獣人達から『古き竜(アルタードラッヘン)』と呼ばれる竜獣人のみで構成された一族で、古くから黒森とその地下遺跡を監視している事。
 その長たるダーラント・バッハより、『試練』と称された最初の遺跡の探索。洞窟の奥で目にした『白いモノ』と、その時に一部の者を襲った奇妙な不快感という『異常』。
 老ダーラント不在をみて、再び最初の遺跡に足を踏み入れ。その時も同じ不快感が起き、そのモノに触れた者が放心する『異常』があった事。それと同時期に、バッハ家の紋章アンフィスバエナが刻まれた鍵付き本を渡した、従兄弟を名乗る男。
 老ダーラントが示した二番目の遺跡と、内部の荒れ果てた状態。そして、最初の遺跡で見たそれと同じ『白いモノ』の存在と、消失。その際に起きた奇妙な音の発生と、場にいた者達の体調不良という、三つ目の『異常』。
 鍵の開いた本の解読作業で読み取れた、『ニーベルンゲン伝説』との関わりを示唆する幾つかの単語と、従兄弟を名乗る男を血縁者であるフィルゲンが知らないという不可解さ。

「‥‥とまぁ、こんな所か」
 説明を終えたシヴェルは、大役を終えたという風に深く息を吐く。
「現状では、本と『白いモノ』が壊れた件については、バッハ家へ知らせずに置く事になってる。もっとも、今回はその『白いモノ』の事を老ダーラントに伝えるつもりだが」
「過ちを正直に告げる事は、とても大事だものね」
 子供を褒める母親の笑みで、那由他が頷いた。
「でもダーラントさんは、何をしようとしているのかな〜?」
 考え込むベスに、シヴェルも腕を組んで唸る。
「老ダーラント卿の目的と、『白いの』の正体が判れば、こちらとしても動きようがあるんだがな」
「その方、怖い人なんでしょうか‥?」
 初対面となる司が不安を明かせば、又甥であるフィルゲンが肩を落とした。
「少なくとも好々爺とかいう表現とは、かけ離れた人だからね。僕はちょっと苦手で‥‥堅苦しいかもしれないけど、皆も礼儀は踏まえて。礼には礼で応じる人だけど、そうでないと‥‥」
 苦い経験があるのか、その顔色がやや青ざめる。
「でも『試練』とか言いながら、合格の為の明確な基準は提示されず、そのほとんどの情報を秘匿し、出される指示も確認だけしろとか曖昧なものばかりなんだよね。
 そうなってくると、私達としては多少無理してでも大胆な行動に出ざるを得ない。
 つまり私達が遺跡を壊す事は、最初からダーラントさんの予定通りだったんじゃないの? この場合は、期待していたと言うべきかしら」
「あ、それは違うと思うよ」
 リーゼロッテの予想を、フィルゲンは首を振って否定した。
「大叔父さんが『試み』として提示したのは、最初の一回だけだからね。
 二回目に遺跡に入ったのは、僕の勝手だし。
 三回目のアレも、僕が執事に頼み込んだ事を聞いて‥‥それでだと思う。だから、僕が二回目の探索をしなければ、三回目はなかったろう。
 それに得体の知れないモノに、その‥‥いきなり破壊的な行動は、普通はちょっと‥‥といっても、こないだはしちゃって‥‥悪影響が起きたけど‥‥」
 ごにょごにょとフィルゲンは口篭り、気まずい空気が周囲に満ちる。
「‥‥私達が‥‥警戒する者が‥‥こちらのバッハ家と縁があり‥‥もし遺跡が目的で、動いているなら‥‥別の場所でも、破壊による『悪影響』は‥‥起きています‥‥」
 沈黙を割って、シャノーが漸く言葉を口にした。

●北の地での災い
「そういえば、遺跡とは別に聞きたい事があるって、その事?」
 不安げに、フィルゲンがシャノー達へと問う。
「こちらの事も、伝えた方がいいのでしょうか」
 葵はシャノーと那由他、そしてセナと順番に視線を交わし。
「そうですね。一方的というのも、何ですし。既にご存知の方もいるでしょうが‥‥」
 皆が首を縦に振るのを確認してから、セナ達もまた、遠い北の地で起きている事を語った。

 一人の少女が唯一の肉親である祖父を、約一年前に失った事。
 半年ほど前の『旅行』でシャノーが感じた、何か得体の知れない『気配』。
 その後、少女に『歌う木』について尋ねた「ルーなんとかバッハ」を名乗る謎の人物。
 そして遺跡で『白いモノ』が破壊されて間もなく、少女の生家が放火で失われた事。

「それって、もしかしてこんな人?」
 従兄弟を名乗る人物の似顔絵を、おもむろにセシルが取り出し。
「‥‥バッハ姓で竜の獣人‥‥偶然にしては、出来すぎていると‥‥思いましたが‥‥」
 セナの隣からそれを覗き込んだシャノーが、ぼそりと呟く。
「これを‥‥どこで?」
 じーっとセナに見つめられて、セシルは頭の上に乗せていたタータンチェック柄のハンチング帽で顔を隠し、シヴェルの後ろへ逃げた。
「どうやら、ソッチとコッチが少なからず繋がっているのは、確かなようだな。おめでとう」
 足を組み変えたCHROMEが、茶化す様にぱんぱんと軽く手を打つ。
「ひょっとして、ひょっとする? バラバラになったパズルのパーツが、揃うのでしょうか‥‥」
 火の点いていない−−勿論、煙草も詰めていないパイプを片手にセシルがCardinalを見上げれば、彼は重く頷いた。
「だといいがな」
「ただ‥‥言ってしまえば、僕が全部の原因だしね。その、シャノーさん達の方も‥‥」
「そういえば、そもそもの発端ってフィルゲンさんが一人でここに来て、帰れなくなっちゃった事ですよね。何しにきたんです?」
 ふと、根本的な事に気付いたセシルの質問に、フィルゲンの顔がやや引きつる。
「それは‥‥」
 言い淀んだところでガチャリと重い音がして、サロンの扉が開いた。
「お待たせ致しました」
 深々と頭を下げる老執事の姿に、ウルフェッドは肩を竦める。
「どうやら、時間のようだ。俺も行くが、気をつけて頑張ってこいよ」

 そして。
「ぐーてんもーげん。ばうむくーへん。ふらんくふるとー!」
 緩んだ笑顔で両手を広げ、話そっちのけで控えていたメイド達との第○種接近遭遇を試みていたススムは。
「さ、触ってないよ? まだ触ってないから、逆鱗にも触れてない‥‥よね?」
 半獣化した竜の女性達に威嚇され、可愛く小首を傾げて訴えていた。
「あの‥‥フィルゲンさん達、行きましたよ?」
 ミレルと二人でサロンに残った葵が、挙動不審な猿男に声をかける。
「あ、え〜、ああ。メイドさんの注意を引きつけておく作戦、成功! とか」
 サムアップサインで誤魔化すススムに、ミレルが葵の袖を引き。
「汚れた大人って、こういう人を言うんだよね?」
「のぉぉ〜ぅっ!」
 少女の的確な指摘に、ススムは頭を抱えて悶絶した。

●二度目の『謁見』
 深く椅子に腰掛けた老人は、杖に手をかけたまま十人と向き合っていた。
 面会の挨拶と礼をフィルゲンが形式的に告げた後、話はすぐに『本題』へ移る。
「まずは、遺跡の奥にあった白い物体。あれを不注意で壊してしまった事を、謝罪したい」
 頭を下げるシヴェルに続き、あの場にいた者達も彼女に倣った。
「損壊については、責を負わねばならんのは当然の事。最後まで関わる事で、その負債の代償としたいと考えている」
 ある種の覚悟を含んだCardinalの言葉に続いて、司もおずおずと口を開く。
「はい。古き竜の一族の方と同じ竜の身でありながら、遺跡の奥のものを破壊してしまった事は謝ります。ただ‥‥何故、フィルゲンさんに遺跡を見に行かせたんでしょう。それから、あれが壊れた時、フィルゲンさんの体調に影響が出たのは何故でしょうか」
 閉じた眼瞼を僅かに開き、老ダーラントは固まっている又甥をめねつけた。
「あ〜、凄い音がして気分が悪くなって、気を失って‥‥その後も、暫く具合が悪かった‥‥んです」
 しどろもどろにフィルゲンが説明を加え、思案する様に節くれ立った指が杖の頭を二度ほど叩く。
「不甲斐ない」
 低い声になじられて、しょぼんとフィルゲンは背中を丸めた。
「その探究心に‥‥実力が伴い。なおかつ竜であったなら、な」
 重い無言の時間が、豪奢な部屋を数秒支配し。
「そちらのお家事情に、踏み込む気はないけど‥‥折角の時間が勿体ないし、話を進めていいかな」
 遠慮がちに、シヴェルが割り込む。
「至極もっともだ。ならばそちら側の話を先に聞き、まとめて答えるとしよう。答える価値のある問いなればよいが、な」
 投げる疑問の価値を問われると、俄かに不安が沸くものの、シヴェルは話を続けた。

「では、私から。遺跡に入るのはNW退治が目的だと思っていたけど、実際のところはどうなんだ」
 聞き届けたという風に、一つ頷き。老人は次の問いを求めるように、シヴェルからリーゼロッテを指差した。
「えっと、その、他にどれだけの数の遺跡があるのか、更にそれらの位置から、問題の根の中心地点が割り出せるのか、遺跡の扉はNWを出さない為と聞いたけど、実は違う何かを出さない物じゃないのか‥‥かな? その違う何かっていうのは、何か判らないけど何かで‥‥」
 枯れ枝の様な指が、話を続けるリーゼロッテからCHROMEへと移る。
「お初にお目にかかる。これは、単なる私の興味からなる問いではあるが‥‥老ダーラント殿、貴公が遺跡に求められる物、その意図は何故かを窺いたい」
 とんと杖を叩いた指は、次にベスを指した。
「あの‥‥白いのは、NWを外に出さない為の物で、魔力が高い者が近付くと気分の悪くなる物で入り口を塞いで、中の者が出口に近付かないようにしてるんじゃないかと、思ったんです、けど‥‥」
 射る様な視線に、語尾が窄まる。
 順番が回ってきた那由他は、背を伸ばして首を横に振った。
「これは、遺跡とは別の事ですので‥‥分けてお話をしたいかと」
 那由他の言葉に、Cardinalとシャノーが続いて首を縦に振り。加えてセナとセシルは、『傍聴』に立つ旨を告げた。
「承知した。ではまず、黒森のあれに関わる事に答えるとしよう」
 ざらりとした声に、問いを投げた者達は緊張して一つ息を呑む。

「まず、あそこにいるNWの殲滅の命を下した覚えなぞない‥‥其奴、フィルゲンが独断でかような事を申したのなら、尚更それは儂の知らぬ事。
 各所にある扉の数は、即ち遺跡の数ではなく、その用途も中の災禍を出さぬ為の物。副次として、不心得者が足を踏み入れぬ為の物ともなっているがな。
 儂がかの地に求むるのは、これ以上の災厄が起きぬ事のみ。祖先より委ねられし平穏を、子や孫の為に護るは必定ではないかね。
 最後の問い、あれが『何かの通り道を封印するものでない』という事は、行った者であれば一目瞭然であろう」
「‥‥ぴ? ぴよよ?」
 疑問符を散らして首を傾げるベスに、シヴェルが嘆息した。
「あのさ‥‥最初のも、その次のも、白いのは何かを塞いでいるように見えなかったけど」
「‥‥ぴぇ? そうだっけ?」
 まだ考え込む少女を置いて、老人は次の質問者達へ目を向ける。
「黒森とは、また別の話とは?」
 三人は視線を交わし、軽く咳払いをしてからCardinalが説明を始めた。

「フィンランドで、こちらでフィルゲン氏の従兄弟と名乗って接触してきた者と、同一人物らしき者に会った。彼は『歌う木』と呼ばれる物を、執拗に探しているそうだ」
「‥‥自ら、バッハ姓を名乗る‥‥30前後の竜獣人です‥‥。‥‥名前は、「ルー」で始まるそうですが‥‥この人物に、心あたりは‥‥ありますか‥‥?」
 シャノーが付け加えて、記憶を辿る様に落ち窪んだ眼瞼が深く閉じられる。
「他所の家の事を訊くのもぶしつけだが、一族から縁を切られた‥‥もしくは、離れた者か‥‥」
「そうであろうな。フィルゲンより以前に、黒森に執着し過ぎた余りに放逐した者がおる。おそらく、彼の者はそれであろう」
「え‥‥」
 Cardinalの疑問に、老ダーラントが肯定の意を見せると、初耳なのかフィルゲンは驚いて眼を瞬かせた。が、それ以上は何も言わず、眉根を寄せて思案に沈む。
「‥‥では‥‥今は、バッハ家と‥‥縁なき者‥‥と?」
「変わらず、黒森に執着しているであろうが‥‥既に我らと関わりはなく、何処で野垂れ死のうと我らの知らぬ事」
「『歌う木』に心当たりは? 黒森の遺跡にある白いそれは、木の根を思わせる物と聞き及んでいます」
 那由他の問いかけに、「ない」と短い答えが返ってくる。
「アールトという姓に、聞き覚えなどは」
 重ねてCardinalが問えば、「それもない」とやはり否定の返事で。
「俗に言う北欧四国のうち三国は、古いゲルマンの獣人にとって親戚のようなもの。が、フィンランドは違う‥‥あの地はまた、別の血の獣人達の地であるからな」
「‥‥カレワラ神話‥‥ですか‥‥」
 ぽつりとシャノーが呟き、杖を持たぬ方の手で老ダーラントは白い髭を撫で付ける。
「その、『歌う木』とやらが具体的に何を示しておるか、それは判らぬ。だが、気付いた者もおろうが、黒森のあれは『音』との関わり合いがある。故に、件の『歌う木』は木製の楽器や共振箱のような、オーパーツの類であろうな。共振させる方か、あるいはする方かまでは、やはり判らぬが」
「‥‥ありがとう‥‥ございます‥‥」
 礼と共に、シャノーは深く頭を下げた。
「いささか、話し疲れた。用向きは他にないな」
 老ダーラントは杖に体重をかけ、立ち上がる。
 それに合わせて、執事が奥へと続く扉を開けた。
「お時間、有難うございました。大叔父さん」
 フィルゲンが礼を告げれば、不意に老人は足を止め。
「ところで、そこな竜の子よ」
「‥‥はい?」
 突然に声をかけられて、思わず司が身を硬くする。そんな少年を、老いた竜の長は値踏みするように眺め。
「お主、フィルゲンの養子にならぬか?」
「ちょっと‥‥大叔父さん!?」
 思わず声がひっくり返ったフィルゲンを、老人は一瞥で黙らせた。
「気が向けば、いつでも報せるが良い」
 突然の事に茫然とする者達を置いて、老人は杖をつきつつ部屋を出て行く。
 扉が閉まる重い音がして、へたりとフィルゲンは椅子に座り込んだ。

●僅かな休息
 老ダーラントとの面会を終えた者達は城に泊まって休養を取り、翌朝に発つ事となった。
「今の時代でも、お城に住んでいる方はいるんですね」
 中世の面影を残す装飾を興味深げに眺めるセナは、案内するメイドへドイツ語で話しかけてみる。
「ラインの流域では、古城ホテルとしてビジネスへ転身する方も珍しくはございません」
 当たり障りのない世間話に応じつつ、メイドは客人達を部屋へ案内した。
「勝手ながら、お部屋はこちらで決めさせていただきました。お部屋を変えられる時は、皆様の間で交換をお願い致します」
「判りました。ありがとう」
 礼を言うセナに、一礼してメイドは部屋を出て行き。
「えぇぇ〜! 俺達の世話を直々に、してくれないのぉぉぉ〜!?」
 追い縋るススムの目の前で、無情にも扉が閉められた。
「流石は本場のメイドさん。ツンデレっぷりもユニバーサルだぜ」
 ふっと額の汗を拭うススムにセナは呆れて苦笑し、同室となった司も何とも言えない表情を浮かべる。
「ツンデレどころか、双眼鏡で鑑賞していたら普通に怒られると思います」
「だが、本場生メイドさんウォッチングなんて、滅多に出来ないじゃないかっ!」
 ススムの力説に、セナと司は顔を見合わせて嘆息した。

「おじーさん、結局フィルゲンさんに何をさせたいのかな〜?」
 ベットに座って、もきゅもきゅとスナック菓子をほおばるミレルが首を捻った。
「いっしょーけんめー聞いてましたが、よく判りません」
 いつものクマのヌイグルミを抱いて、セシルももぎゅもきゅと菓子を摘む。
「もうすぐ、夕食の時間みたいだけど‥‥食べられるの?」
 袋を『背開き』にして広げた二人に、リーゼロッテが尋ねた。
「えっと、お菓子は別バラなのです」
「この場合‥‥先にお菓子を食べてるから、ご飯が別バラじゃないの?」
「うっ‥‥う〜ん?」
 ミレルの素朴な疑問に、セシルはヌイグルミと一緒に首を傾げる。

「それにしても‥‥ニーベルングの話は、事実に基づいて出来た話なのでしょうか。伝説や歌劇にした際、内容を変える必要はあった‥‥」
 窓辺に歩み寄った葵は、陽の落ちた夕焼けの空を眺めて呟いた。
「実際にあったとするなら尚更、一般の人の詮索を避ける為に作り話をでっち上げるんじゃないかしら。でっち上げながらも、同じ獣人には判るようにして。隠語、暗喩‥‥そんな感じかしら」
 くすりと笑いながら、那由他は明日の荷支度を早めに始める。
「狼男の話のように‥‥実は、作り話にする事で、獣人の存在を隠して?」
「そうそう。日本でならお狐様や猫又が、あんたやあたしのご先祖様かもしれないねぇ」
 目を細めて剣の刃毀れがないのを確認し、那由他は白銀の直刀を鞘に収めた。

「フィルゲン様。旦那様より、これを‥‥お渡しするようにと」
 彼の部屋を訪れた執事は、柔らかな布に包んだ小さな玉−−青みがかった銀色のハーモニーボールのような物−−を差し出した。
「‥‥何コレ?」
 直径2cmもないそれを、フィルゲンは不思議そうに眺める。
「『ジークフリートの鈴』と呼ばれております。これらは三つあるのですが、『ニーベルングの鈴』は旦那様が。そして『クリームヒルトの鈴』は何年か前に‥‥何者かによって、盗まれております」
「それって、もしかして‥‥例の、『従兄弟』?」
 彼の問いに、老執事は黙して答えた。
「これは件の地下の物に何事かがあれば、音を発するオーパーツです。くれぐれも、扱いにはご注意を」
 耳を済ませても、今は何も音は聞こえず。
 執事が再び布に包んだそれを、フィルゲンは用心深く受け取った。

●原点
 三つの鍵に封じられた、一番最初の扉の最奥。
 数ヶ月前に目にしたソレは、少しばかり形状が変わっていた。
「‥‥なんか、枝みたいなのが出てるな」
 ソレを注視していたCardinalの言葉に、セシルが「うん」と頷いた。
「確かに‥‥といっても、比べる術はないですが」
 つるりとした光沢の乳白色のオブジェは、変わらず下から上へ伸びる太い木の根を思わせる。が、その太い根から細い根が数本、横へと張り出していた。
 こっそりと、リーゼロッテは誰にも気付かれぬようソレに手を伸ばし−−。

「未だに壊れず残っているのも意外だが、形状が変わっているのはやはり二番目の扉の方のアレを壊した影響だろうか」
 近付くと気分が悪くなるシヴェルは、距離を取りながら思案する。気分が悪くなれば、何か魔力を帯びた物を外せば−−と考えた。しかし生体である身体は、機械の様にオンとオフが瞬時に切り替わる訳でもなく。一度気分が悪くなると、なかなかそれは取れない。
 それはミレルも同様で、姉妹は仲良くノビていた。
「もう‥‥ヴェルがしゃんと、しないからだよ。お陰で、あたしまで〜っ」
「今のおまえが言うな」
 顔色の悪い妹の頭を、シヴェルがぐりぐり撫でる。
「えーっと。それじゃ、セナさ〜ん! どこかに隠し通路とか、なさそう〜?」
 シヴェル同様に近づけないベスは手を口に当て、風の流れがないかを調べるセナへ声をかけた。
「ええ、ないですね」
「じゃあコレ使うの、どうかな?」
 持参した派手なツートンカラーのギター『Try−Once−More』を、ベスが取り出し。
「‥‥しかし‥‥アレが音に関係があるなら‥‥少々、リスクが高く‥‥ないですか‥‥?」
 シャノーの言葉に、ギターを手にした少女は「う〜ん」と唸る。
「また壊したら、さすがに問題ですよね」
 ふっと、司が嘆息し。
「やれやれ。老体に鞭打ってここまで来たというのに、ろくな敵もいなければ、あっと驚く仕掛けもなし、か。ここで麗しいお嬢さん方が労わってくれると、嬉しいんだがね」
 冗談めかすCHROMEへ、那由他がちらと視線を投げ。
「なに言ってるの。まだまだ十分、若いわよ」
「いやいや‥‥」
「労わるなら、お城でメイドさんに労わってほし〜い!」
 くねくねと身を捩りながらススムが何やら電波を受信し、シャノーが無言で猿頭に弓を構えた。
「‥‥この距離なら‥‥外しませんね‥‥」
「んぎゃ〜っ! ウソウソ、ウソだから〜!」
 ぶるぶると、急いで頭を横に振るススム。そんなやり取りに、フィルゲンはやれやれと頭を振った。
「とりあえず確認は済んだから、行こうか」
 一行は、ぞろぞろと来た道を戻り始め。
 一人、ついてこない者にCHROMEが気付く。
「どうした。行くぞ‥‥おい?」
 呼んでも動かぬリーゼロッテに、その腕を掴んでCHROMEがぐいと引けば。
「アハ☆」
 歪な笑みで、彼女は振り返り。
「アハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーーーーッ!!」
 鬼女の様な、耳障りで甲高い笑い声を響かせた。
 それだけでなく、指先より伸びた長い爪を、腕を掴んだ相手へと振るい。
 難なくソレを避けたCHROMEは、白い首筋に手刀を落とす。
「一体、何が‥‥どうなったんだ?」
 年少の者を背に庇うようにして身構えていたCardinalが、CHROMEへ怪訝な視線を投げる。
「‥‥さぁ? さっぱり判らん」
 答える彼は、倒れた少女を難なく肩へ担ぎ上げた。

 意識を失ったリーゼロッテは、ススムの『ばーさま特製、玉音印の秘薬(=蜘蛛とか爬虫類とか怪しげな根っこの漬け込まれた、褐色の謎っぽい液体)』を流し込まれて、漸く目を覚ます。
 しかし彼女は、数時間の出来事を全く覚えていなかった。

「よぅ、お疲れさん」
 穴蔵から出てきた者達へ、待っていたウルフェッドはひらりと手を振る。
「はい‥‥疲れました。こんな時に、レオン監督がいれば玩具にできるのに‥‥っ!」
 答えたセシルは、何故か悔しがっている。
「で、父さん達とは会えた?」
 フィルゲンの問いに、単独で遠路足を運んだ男は一つ頷き。
「ま、成果はあまりなかったがな」
 ふぅっと深く息を吐く。
「遺跡の事は、『古くから今日までの長い間、一族が密やかに見守っている』‥‥あくまでも、『見守ってる』な。調査の類が行われた覚えは、親父さんにはないそうだ。ま、そんな程度なら知っているとかで、詳細までは知らないそうだ。また、あの従兄弟とやらも、見覚えもないとかでな。協力はしても、大した力添えは出来ないだろうとさ」
「母さんと結婚した事で一族からは放逐同然だし、父さんも縁を切ったつもりだからね‥‥」
「なかなか、面倒そうだな。バッハ家ってのは」
「うん」
 ウルフェッドの感想に、フィルゲンは思いっきり首を縦に振り。
「ところで‥‥外に出たし、そろそろ放さない?」
 背後で悦に入っている少女へと、振り返った。
「まだ、気分が悪くって‥‥もふもふ触ってると、落ち着くんです」
 アライグマ尻尾をわっしと掴んだミレルは、それがすっかり気に入ったらしく放さない。
「次の幻想寓話、楽しみにしていますね」
「うん‥‥頑張るよ‥‥」
 期待の笑顔に、フィルゲンは遠い目で返事をした。