Hush−a−byeヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや易
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報酬 |
0.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/02〜03/04
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●本文
●マネージャーは悩む
「はい、現在の所見。随分と、症状が『逆行』してるわ」
イルマタル・アールトの『主治医』よりクリップボードに挟んだ紙を渡され、マネージャーは煙を吐きつつ低く唸った。
「イナリの家が火事になった事が引き金になって、一年前の『事件』がフラッシュバックしたようね」
「記憶の混乱、混濁‥‥てトコか。折角、落ち着いてたんだが‥‥ドコのドイツやったんだか知らんが、えらい迷惑なこった」
忌々しげにフィルターを噛みながら、中年男は愚痴をこぼす。
先の『失踪』も、彼女自身に確たる意思や目的もなく、ただ突然に一種の強迫観念のようなモノに駆られて、見境なく飛び出したのだろう−−というのが、目の前の女医が出した『診断』だった。
「まったく‥‥どうしたもんかね」
「そうね。日常生活を送る分には支障がないから、落ち着くまでしばらくフィンランドから‥‥いっそヨーロッパ圏から離れるのも、一つの手だと思うけど」
「『夜歩く者』と関わり合いになるのは、出来るだけ避けろ‥‥とな?」
「ええ。それに彼女に何らかの害を及ぼそうとする人がいるなら、一時的に離れる事が一番安全じゃないかしら」
「本人が、首を縦に振りそうにないがなぁ」
天井へ向けて煙を吐いたマネージャーは、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「待たせたな」
軽く手を挙げてマネージャーが声をかければ、窓辺で外を眺めていたイルマタルは振り返り、小さく頭を振る。
「いえ。それで、お話の方は‥‥?」
「ああ。飯に誘ったら、断られた」
「そう‥‥ですか」
答えに困っているのか、イルマタルは迷った表情で微妙な返事をし。
「ところでさ。お前、一度‥‥日本とか、行ってみねぇか?」
「‥‥はい?」
急に違う話をふられて、不思議そうに目を瞬かせた。
「ほら、アイベックスは日本が本社だし、日本人の顔見知りも多いしな。挨拶を兼ねてとか。日本人ってのは礼節を重んじると聞くし、社長に挨拶とかもな」
「でも‥‥まだ、偉い方に御挨拶できるような腕でも‥‥ないです。それに‥‥」
言い淀んで、イルマタルは再び窓の外に目をやる。
雪に覆われた街を大人達はのんびりと歩き、その隙間を縫って子供達が駆けていく。
「ま、家まで送ろう」
チャリンと車の鍵を鳴らすマネージャーに、少女は窓辺を離れた。
●リプレイ本文
●家庭訪問
小さなキッチンがある狭い部屋には、九人の獣人達が顔を合せていた。
「やっぱ、狭かったか」
失敗したなぁと、中年男がぽりぽりと頬を掻く。
「そもそも‥‥仮にも、女の子の一人暮らしなんだから」
頭痛を覚えた深森風音(fa3736)は、額に手を当てながら至極真っ当な見解を述べた。
「改まった場を設定するのも、アレかと思ったんだがなぁ」
「そりゃあ、ちょっと堅い話しだし、雰囲気はフランクな方がいいと思うけど、イルマのプライバシーだってあるじゃない」
弁解する相手に、アイリーン(fa1814)がぷぅと頬を膨らませ。彼女の後ろで、眉を顰めたシャノー・アヴェリン(fa1412)がもっともだと重々しく首を縦に振った。
女性達の猛反発を食らう中年男を、男性陣は苦笑しながら傍観している。そして問題の部屋の主は、隣のベットルームでばたばたと慌しく身支度を整えていた。
「す、すみません。狭くて、あの、汚い部屋で‥‥」
「全然、汚くないよ。急に押しかけたのはこっちだし、慌てなくていいからね」
取り乱したイルマタル・アールトへ、早河恭司(fa0124)がドア越しに声をかける。
「ぴよ? 出来る事があったら、あたしも手伝う? イルマちゃんの髪を梳いたりとか」
近付いたベス(fa0877)がドアノブへ手を伸ばすが、その額に手を当てた恭司はぎゅ〜っと彼女を押し戻した。
「ぴ、ぴぇぇ〜っ、ナンで? 恭司さ〜んっ」
「いいから」
ぐるぐる腕を回しながら訴えるベスと、それでも手を放さない恭司のやり取りを、楽しげに忍び笑いつつ相沢 セナ(fa2478)が見守り。
「この状態なら、外で待っていた方がいいか?」
困惑気味に壁にもたれて立つCardinal(fa2010)に、御堂 葵(fa2141)が窓へ視線を向ける。
「それは‥‥さすがに、止めた方がいいと思いますよ‥‥」
二重になった窓の先には、雪に覆われたヘルシンキの街が広がっていた。
「お待たせ、しました」
おずおずと現れた少女が、遠慮がちに会釈をする。
「イルマったら、慌てちゃって。バレッタが傾いてるわよ」
ひょいとイルマの後ろに回ったアイリーンは、見覚えのある銀細工の髪留めに手を止めた。
「これ‥‥」
「はい。あの時に頂いた物は、一緒にこちらの部屋へ持ってきていたので‥‥焼けずにすんだんです。アオイの扇子も、シャノーのツリーも‥‥」
「‥‥よかった‥‥ですね‥‥」
身に着けたネックレスやブレスレットを見せるイルマにシャノーが微笑めば、こくんと少女は頷き。
「都合、つけたぞ。少しばかり堅苦しくなるが、WEAで話をするか」
携帯を切ったマネージャーは、扉へ顎をしゃくってみせた。
●選択肢
WEAフィンランド支部内にあるカフェテラスは、白とブルーで統一された明るい雰囲気の店だった。
「いい場所ですね‥‥」
落ち着いた空気に、葵がどこか安堵の表情を浮かべる。
注文の珈琲や紅茶、ジュースが行き渡ったところで、マネージャーは『本題』を切り出した。
「で‥‥何の用で声をかけたかは、承知の上で集まってるだろうが、イルマの身の振り方をどうしようかと思ってな。今まで通りヨーロッパにいるか、それとも一時的にヨーロッパを離れて日本にでも行くか‥‥まぁ、あんたらとイルマとの関わりが浅くないってんで、見解を聞こうかと考えたワケだ」
風下に座ったマネージャーは煙草の煙を吐き、イルマは暖を取るように手を添えた紅茶のカップに視線を落としている。
「その前に、一つ聞いていいか」
白いテーブルの上で浅黒い指を組み、いつもは黙して見守るCardinalが、珍しく最初に口を開いた。
「日本が安全、という根拠はあるのか?」
「向こうの方が多少は状況がマシだろうという憶測はあるが、ぶっちゃけると根拠なぞない。が、今のままヨーロッパに留まるより安全とは思うがな。で、アメリカやアフリカなんかと比べれば、日本の方がまだツナギがある分、精神的負担も少ないと思ってんだが」
「そりゃあ‥‥確かに、日本の方が彼女を守れる獣人の数も多いし、NWの活動なんかも欧州ほど活発じゃない。気分を変えるには、環境を変えるのも良いと思う」
思考を巡らせながらも恭司は、銀色のスプーンで珈琲をかき回し。金属と磁器の触れる規則正しい音が、ふと途切れた。
「けど、今の状態で慣れない場所での生活は厳しいと思うんだ。だから俺の考えとしては、欧州に残る事を勧めるよ」
テーブルを挟んで座るイルマを見つめてから、彼は同意を求めるように『仲間達』を見やる。
「ぴ〜‥‥でも、日本もフィンランドも行こうと思えばすぐに行けるし、帰ってこれるよね。だから、あたしは一度行ってみるのも、いいかなーって思ったりもするけど」
言葉に迷いながら答えたベスはストローを咥え、ずずーっと音を立ててベリージュースを飲む。一方で、葵は立ち上る紅茶の湯気を静かに吹き、軽く口唇を湿らせてカップを置く。
「正直なところ、向こうの狙いが何か判らない、という点が大きな問題ではないでしょうか? イルマさん自身に狙いがあるのであれば、日本に渡ったところで安全とは限りませんし‥‥かつてNWに襲われた事件すら、意図されたものだとすれば。相手にとって海を渡るという事は、大した障害にならないでしょう。勿論、ここに残れば危険がなくならない事は確定してしまいますが‥‥」
「私も、葵さんの見解に賛成だね」
再度、メニューを開いて日本茶がない事を確認した風音が、仕方ないという風に紅茶のカップを手に取った。
「日本に渡って、薄皮の平穏を張り合わせていっても‥‥根本的なものを解決しない限り、いずれ問題が噴出して同じ事を繰り返すと思うよ。そのたびに逃げ回るのも、どうかな」
友人の言葉にじっと耳を傾けていたアイリーンも、真剣な表情でマネージャーと向き合う。
「私も話を聞いて最初は、日本行きも悪くない‥‥そう、思いました。もしまた、先日の火事の一件みたいなコトがあったらと思うと‥‥けれど今、フィンランドから離れてしまったら、例え安全になっても故郷に帰り辛くなってしまう、そんな気がするんです」
アイリーンの訴えを隣で聞くシャノーは、何故か哀しげに目を伏せた。そんな様子に気付かぬまま、アイリーンは話を続ける。
「イルマが何かに巻き込まれてるのか、たんなる偶然なのか。葵さんの言う通り、まだハッキリしたことはわかりません。けど、もしイルマがココに残る事を望むなら、考えられる危険と備えを話し合った上で、残らせてあげたいです」
しばしの沈黙を埋めるように漂う白い煙が、ゆっくりと空調の風に散る。
手元に引き寄せた灰皿に灰を落とし、マネージャーはまだ意見を出していない二人を目で促し。
じっとそれぞれの話に耳を傾けていたセナが、短く息を吐いた。
「難しい、選択ですよね。マネージャーさんの気持ちも、分かりますし‥‥」
ぽつんと短く呟いたセナは静かにイルマを見、それからマネージャーの目を見返す。
「でも、僕らを含めて、全ての獣人達はNWの捕食対象です。近年の情報化社会の発達によって、ますますその脅威に晒されています。正直安全な場所等、この世界の何処にもないのでしょう。僕も過去、日本では何度もNWと遭遇しています。それでも、こうして健在でいられるのは、共闘者‥‥仲間の存在があってこそです。今のイルマさんには一先ず休息が必要でしょうが、でもいずれはNWと‥‥あるいはNWが関わった過去と、向き合わなければならない日がくるでしょう」
「そうか‥‥」
椅子の背にもたれたマネージャーは、足を組み替え、煙草をふかして低く唸る。
「‥‥イルマは‥‥どうしたい、です‥‥?」
不意にシャノーが改めて問いを投げると、戸惑ったようにイルマは身を硬くした。
「私は‥‥その‥‥」
ブレスレットを付けた手首を、もう片方の手でぎゅっと強く握る少女の様子に、恭司は表情を和らげてみせる。
「イルマ、出来ればだけど‥‥思ってる事や胸の内に溜まってるものを、この際だから言っちゃわないか? もしイルマが欧州に残りたいなら、俺達もマネージャーさんを説得するし、出来る事を考えるけど‥‥やっぱり、自分自身の口からちゃんと希望を言えなきゃ、誰も納得しないと思うからさ」
強張ったイルマの手に自分の手を添え、ゆっくりとシャノーは言葉をかけた。
「‥‥イルマの今の状態は‥‥かつての私と、似ています‥‥。‥‥私も肉親をNWに殺され‥‥不安に陥って‥‥故郷に残るか、そこを出るかの選択を‥‥迫られました‥‥。ロシアから、日本へ向かい‥‥そこで多くの、素晴らしい人に出会い‥‥楽しい思い出も、沢山出来て‥‥良かったと思ってます‥‥。その反面‥‥故郷に残っていたら‥‥どうだったろう‥‥そう、考える日もあります‥‥。離れたら離れたで‥‥故郷から逃げたという、負い目と‥‥慣れぬ地での違和感は‥‥間違いなく、つきまとうでしょう‥‥。
どちらを選んでも‥‥メリットと、デメリットがあり‥‥「正解」は、存在しません‥‥。ただ、イルマがどちらを選んでも‥‥私は一緒ですよ‥‥。それだけは‥‥自信をもって、約束します‥‥」
長い告白を終えたシャノーは、僅かに柔らかく微笑む。
「‥‥遠慮などは、しないで‥‥あるがままの気持ちを‥‥聞かせて下さい‥‥。まだ、悩んでいたり‥‥気持ちが分からないなら‥‥それで、いいんです‥‥。選択肢は‥‥本当は、無数に‥‥あるんですから‥‥」
シャノーを見つめるイルマは、涙ぐんだ目を硬く閉じ。小さく鼻をすすってから、ようやく声を出した。
「できれば、私は‥‥ここから離れたくは、ないです。いろいろと、不安もありますし‥‥カンテレの腕も、まだまだですけど‥‥でも‥‥」
声を詰まらせる少女に、葵がそっとハンカチを差し出す。
「イルマ‥‥辛い事があったら我慢せず、泣いていいからね? 無理に笑わないで、いいんだよ?」
つられて涙声のベスが席を立ち、慰めるようにイルマへ抱きついた。
腕組みをしてじっと一連の話を見守っていたCardinalは、深く嘆息する。
「怖いものから目を逸らしたままでは、この先ずっと怖いまま‥‥いずれ向き合ねばならん時も、くるだろうからな」
「今は無理でも、もしいつか立ち向かおうとするならば‥‥その時は僕は君の力になろう。僕だけじゃない、今日この場にいる皆も、遠い空の向こうにいる君の友も、そして多くの同士がきっと力を貸してくれる。君は一人じゃないのだから‥‥」
セナが優しく声をかけて、イルマを励まし。
「でも、気晴らしの旅行なんかはいいと思うよ。日本はこれから桜の季節なんだけど、一面の桜と舞い散る桜吹雪は壮観でね。ぜひ一度、イルマにも見てほしいな」
風音の提案に、アイリーンも笑顔で頷いた。
「自分の故郷が世界の中心じゃないって実感するのは、良い経験よ? これに関しては、経験談から保障するわ♪」
「そうなったら、きっと手ぐすねひいて待つのも‥‥いるだろうね」
心当たりがあるのか、くっくと笑いながら恭司も賛同する。
短くなった煙草を、マネージャーは灰皿で揉み消し。テーブルに並んだ珈琲や紅茶はどれも冷めていた。
●吐露
「折角ですし、ヘルシンキのマーケットを案内してもらえますか? 妹の誕生日も近いので」
重い話し合いが終わった後、雰囲気を変えようとセナが切り出し。
一行は賑やかに、雪の街角へと繰り出した。
「イルマの安全を考えてくださって、ありがとうございます。仕事だから、なのかもしれませんけど彼女の家の修復を提案したり、音楽の仕事に参加させてあげたり。少なくとも『良いマネージャー』だと、私は思います」
マネージャーにぴょこんと頭を下げてから、アイリーンは先を歩くイルマ達へ早足で追い付く。
中年男と歩調を合わせて並ぶ風音は、その後姿を見送りながら口を開いた。
「危険はあるだろうし、イルマが耐えられないかもしれない。私達も、いつも一緒にいられる訳でもない。先日のように、後手を踏む事になるかもしれない。一番傍にいるあなたには多くの負担を掛けるだろうけど‥‥自分から逃げ出そうとしないイルマを、手助けしてやってくれないかな」
「ま、乗っちまった船だしなぁ」
溜め息をつきながら、マネージャーは上着のポケットを漁り。一枚の紙をつまんで、風音に寄越す。
「これは?」
「例のヤツの名刺の写しだ。イルマから、書き写させてもらった。これが要んだろ?」
「‥‥ありがとう」
『ルーペルト・バッハ』の名と携帯の電話番号が書かれた紙を、風音はじっと見つめた。
ヌイグルミ好きな妹の為に迷うセナへ、ベスやアイリーンがあれこれと『候補』を持ってくる。
そんな光景をベンチに座ってぼんやりと眺めるイルマの隣に、恭司は腰を下ろした。
「守られる事は決して‥‥悪い事でも、弱い事でもないからね。だから、思い詰めないでいいよ」
「でも‥‥本当の本当は、怖いんです。私が決めたせいで‥‥皆さんが危険な目にあう事になったら‥‥」
膝の上で握った白い手が小さく震えているのを見取り、恭司はそっと細い肩を引き寄せた。
「この間と今回の件で、はっきり自覚したよ‥‥俺はイルマの事が好きだ。仲間として、1人の女性として」
突然の告白に潤んだ瞳がまん丸になり、見る間に顔が朱に染まる。
「‥‥キョージ?」
「だから、守りたいって思ってるんだけど‥‥迷惑、かな?」
ぎゅっとコートを掴んで、金色の髪がふるふると横に振られ。
そのまま俯いて嗚咽をあげるイルマに、恭司は柔らかな髪を撫でた。