世界へ届ける愛のライブアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/08〜12/11

●本文

●−−ソシテ、愛の歌を唄おう
「何もしなくては、何も売れないのです」
 腕組みをしたアイベックスの企画担当者が、目の前でドンと構えていた。
 音楽プロデューサー川沢一二三は、唸りながら熱くて濃いブラックコーヒーを口に運ぶ。
『世界へ届ける愛の歌』というクリスマス向けのチャリティ・アルバムを収録したのは、一ヶ月ほど前の事。イギリスのエイビーロード・スタジアムで行われたレコーディングの成果が、いまテーブルの上に置かれている一枚のCDだ。
 全くの新人達が集まって作ったCDだが、上々の出来だと川沢は自負している。無論それは、彼の力だけではない。
 だが、一つ問題があった。
 新人であるが故に、プロモーションをしなければCD自体の売り上げが望めないのだ。だからこうして、アイベックスの担当者が再び乗り込んできたのである。

「それは、もっともな事です。しかし急な事だから、先方もスケジュールの調整がつかないかもしれません」
「それはそれで、仕方ないですよ。川沢さんの言いたい事も、判ります」
 ふぅと、肩を落とす担当者。
「でも『チャリティ』だからといって、それだけで買ってくれる時代でも、そういう国でもないんです。今の日本は」
 いきなり話がワイド(?)になったなぁと、川沢は珈琲を啜る。
「そもそも、買う客にその存在を広く知られなければなりません。CMだけではインパクトも足りません」
「口コミで売るというやり方は、アイベックスらしくない。か」
「口コミを拾ってくる方が多いですけどね」
 なんだか問題発言を聞いた気もするが、聞かなかった事にしておこう。さり気に『ハラの中』を見せてくれるのが、この担当者を気に入っている理由の一つだ。
 −−まぁ、出世は難しいだろうが。

「それで、言うからにはある程度プランができてるんだろう?」
「ええ。トランポのトラックを使って路上ゲリラライブも考えましたが、申請や規制で大事になりますしね。それならと‥‥テレビ局のエントランスフロアを借りる事になりまして」
「トミテレビに捻じ込んだのか」
「お堅いCETが首を縦に振ってくれるわけないでしょう。それにトミテレビさんなら、中継もCMも入れてくれますし」
 なんだか担当者がウキウキ(死語)して見えるのは、川沢の気のせいか。
「‥‥話を本題に戻そう。で、さっきも言ったとおり、レコーディングに参加したミュージシャンが捉まるとは限らんが」
「その時は、例え代替でも集まったメンバーでやるしかないでしょう。現場ではぶっつけですが、スタジオでリハをやる時間くらいは取れるかと」
 むしろ取って下さいと、担当者。
 頼まれたからには、川沢も受けるしかない。この企画ならばこそ、他所に譲りたくないという縄張り意識のようなものもある。
「自分の名前のないCDの売込みを手伝うヤツが、いるのかねぇ‥‥」
 ぼやきながら川沢は熱くて濃い珈琲をまた一口、口に含んだ。

●今回の参加者

 fa0186 シド・リンドブルム(18歳・♂・竜)
 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0888 セドナ(16歳・♀・竜)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1590 七式 クロノ(24歳・♂・狼)
 fa1591 八田 光一郎(24歳・♂・虎)
 fa1592 藤宮 光海(23歳・♀・蝙蝠)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●富田TV内スタジオ
「おはようございまーす」
 朝だろうが昼だろうが夜だろうが「おはようございます」の挨拶を交わし、テレビ局のスタッフ達が忙しく立ち動いている。
「‥‥テレビ局のスタジオだよ!」
「テレビカメラもいっぱいあるね!」
「テレビ局だから、あって普通だけど‥‥沢山あると緊張するわ」
 スタジオ内の光景に、目をキラキラさせている三人の少女。
 燐 ブラックフェンリル(fa1163)は、初めてのスタジオ入り。月見里 神楽(fa2122)は裏方を手伝った事はあっても、表舞台を踏んだ事はない。多少『現場』を見てきたセドナ(fa0888)もカメラの前に出る機会は少なく、落ち着いた振舞いながらも足取りは心なしか軽そうだ。
「おーい。はしゃぐのは構わないけど、スタッフさんの邪魔にならないように」
「「「はーい」」」
 声をかける川沢一二三に、三人が仲良く揃って返事をする。
「あの、CDの即売会はしないんですか?」
 おずおずと、愛瀬りな(fa0244)が川沢に尋ねる。
「うん。あくまでも販売促進のライブだからね。それに混乱するし、人手もかかるし、君達の安全もある。ライブの録画がテレビで流れる訳だから、ステージが成功すればCDの知名度も上がると考えればいいよ」
「それで‥‥手の込んだコレを、本番ではエントランスへ移動させるのね」
 スリーピースバンド『ネクサス』のドラマー藤宮 光海(fa1592)は、ダテ眼鏡越しに銀色のフレームをメインにしたセットを見上げた。
「万が一、崩れるような事があっても心配ないって。光海ちゃんには俺がついてるじゃない」
 呟く光海の後ろから抱きつくのは、同じく『ネクサス』のベーシスト八田 光一郎(fa1591)。すぐに彼女の肘鉄で、返り討ちにあっていたりするが。
「いちいち抱きつくな!」
「も〜、照れ屋さんなんだから」
 そんな二人が恋人同士なのかどうかは、当人達のみぞ知る。多分。とりあえず川沢は、見なかった事にする。
「川沢さん。今回もよろしくお願いします」
 軽く一礼する『ネクサス』のギタリスト七式 クロノ(fa1590)に、川沢は「気楽にやってくれればいい」とヒラヒラ手を振る。
「七式君とリンドブルム君の二人だけでも顔を出してくれて、僕も正直ほっとしているよ」
「あの、他のメンバー達からも、よろしく伝えてくださいと。それから、出来れば最後に『Love song for the World』を唄う時に一緒にCDの歌も流せるなら、お願いしたいんですが‥‥」
 おずおずとシド・リンドブルム(fa0186)が切り出せば、川沢は笑って頷いた。
「そうだね‥‥検討してみるよ。何せ急だったから、彼らにも申し訳ない事をしたしね」
 残念そうに嘆息する川沢を、テレビ局のスタッフが呼んだ。
「お膳立てはできても、ステージの上は君達の領分だよ。頑張って」
 彼らを激励して、川沢はスタッフの元へ向かった。数人の男に頭を下げ、名刺を配り、何やら話をしている。おそらくテレビ局側のプロデューサーと話をしているのだろう。
 りなは、所在なげに小さく溜息をついた。芝居はできても音楽に関してはサッパリで、やはり不安が先にたつ。
「すいませーん。リハ始めますので、準備お願いしまーす」
 それぞれに抱く緊張もお構いなしに、ADが声を張り上げた。

「‥‥バラバラだな」
 調整室でリハーサルを見る川沢は、唸って腕組みをする。
「え? ミキシング、おかしいですか」
「いや、ごめん。音はいいんだけどね」
 スタッフに謝り、彼はガラス越しのスタジオを見下ろした。ちょうど休憩中だが、シドは燐や神楽と楽しげに話をしている。一方でネクサスは三人で固まり、離れてセドナ、りながそれぞれ一人で立っていた。

●収録開始
「では、いきますーっ。さん、にー」
 いち、キューのサインを見て、りなは深呼吸した。半獣化し、サンタ服を着た彼女の役割は司会役だ。
「皆さん、『世界へ届ける愛のライブ』へようこそー!」
 トミテレビのエントランスに彼女の声が響き、観光客や告知を見て集まった本物の観客達と一部のサクラが歓声を上げて拍手した。

 トップシンガーは、シドだ。
 敢えて竜の姿を顕さず人の姿で唄う事を選んだ彼は、CDジャケットと同様に背中に作り物の白い羽根がついた緩やかな衣装を身に纏っていた。
『Share the Happy』のイントロがスピーカーから流れ、軽快なテンポにのせて唄い出す。
 衣装のせいで派手なステージパフォーマンスは出来ないが、逆に飾らない伸びやかな歌声が聴衆の耳を捉える。
 人の姿では、彼の持ち味である広い音域に対して声量も表現力もまだ足らないが、度胸は大したものだ。シドは大切な一曲目を丁寧に歌い切った。

 二番手はセドナ。
 輝くドレス『シャイニング』を着てサンタ帽子を被った彼女は、静かにステージ中央へ進み出た。あまり動き回ると、赤いリボンをつけた水色の『本物の竜の尻尾』が動いてしまう。
 緊張してほぼ直立不動のまま、胸の下で指を組んで、セドナは彼女オリジナルの歌を唄う。

「降り続く白い雪 瞬くイルミネーション
 大きなもみの木の前で
 いつまでも あなたを待ち続けます」

 唄い終えたセドナは優雅に膝を曲げて一礼した。そして、尻尾をできるだけ客の目に触れないよう、そのまま背を向けずに後退って、舞台の奥へ戻る。自分に集中する数台のテレビカメラと聴衆の視線で緊張して、細い指を組んだ掌はすっかり汗をかいていた。

 セットのフレームとドラムセットの手前に仕掛けられた花火が、パンと音と白い煙を立てた。
 ショートライブの三番手は『ネクサス』の三人。
 光海が短い即興のリズムを叩き、ミディアムテンポの『1/365のキセキ』に繋ぐ。CDではクロノがソロで唄っていたが、このライブでは光一郎とのツインボーカルだ。

「僕らが傷つけあう理由なんてない
 愛する事が怖くたって構わない
 二人があの日感じた想いだけ信じて
 躊躇わないで 僕の手をとって
 1/365のキセキ 信じられるから

 あの日の手も温もりを 今夜もう一度確かめ合おう
 この胸にときめきくれた君へ
 言葉じゃ伝わらない想いは かさねた唇で伝えて
 雪降る聖夜を 君と朝まで」

 呼吸の合った二人のコーラスが主体の曲は、終盤からアップテンポに切り替わる。次は光一郎が前面に出て、ソロで『The super hero of holy night』を唄う。

「そうさ ボクはきっとサンタクロース
 あの娘の笑顔が見たいから
 きっと 世界の誰もがサンタクロース
 笑顔の為に頑張ってる
 The super hero of holy night」

「‥‥ホントにいいのかな。ベスさん、残念がらないかな」
 リモートキーボードを下げる為の肩ベルトの長さを確認しているのは、見かけは小学生高学年くらいの神楽。りなと同じ様に半獣化した、猫耳サンタ服の姿だ。
「多分、ベスなら判ってくれると思うよ」
 慣れないヘッドセットマイクが気になるのか、燐は何度も髪へ手をやる。
 彼女はCDの収録に参加しながらもライブに出られない友人の為に、彼女の歌をコピーして唄おうと考えていた。しかし、川沢はソレが良くない事だと言う。
 −−彼女の歌は、彼女の歌。君の歌は、君の歌だよ。本当に心からの友達なら唄うべきではないと僕は思うが、どうかな?
「燐さん、そろそろだよ」
 クロノ達の演奏が終わろうとしている。『大人』な人達の後なので、俄かに緊張してくる。川沢の言葉はライブが終わってから考える事にして、今はこの瞬間に集中しなければ。
 りなの紹介で、二人の少女は聴衆の前へ駆け出した。
「ちっびこサンタが、皆様に幸せをお届けしにきましたー!」

 優しく静かな燐の歌を、神楽のキーボードが柔らかく彩る。
 大きなステージで、小柄な二人は目一杯の演奏を披露した。
 曲のエンドから、神楽の小さなインストルメンタルを挟んで、ステージはいよいよクライマックスを迎える。

「心に喜びがあれば 顔色を良くする。
 心に憂いがあれば 気はふさぐ」

 スピーカーから流れるのは、エイビーロード・スタジオで録音されたハーモニー。
 そのアカペラが終わると八人はステージへ歩み出て、『Love song for the World』の最初のサビを録音された声と共に合唱する。

「おお 天にまします我らが神よ そちらから見た世界はどう?
 あぁ きっと地上一杯の 素敵な恋が見えるはず」

 シドが川沢に頼んだように曲はレコーディング音源を交え、時間と距離を越えて、呼び合うように様に広がっていった。

●次へ繋げる為の課題
「さて‥‥今日のステージの出来は、どうでしたか」
 ステージ終了後。楽屋で八人を前にした川沢の口調は、柔らかだが少し険しい。
 戸惑う彼ら彼女らを前に、川沢は続けた。
「私が聞いた今日の皆さんの『生の音』は、CDに『録音された音』に負けています。メンバーの違いやスタジオ設備は関係なありません。
 まず「とにかくやりたい」という気持ちだけが一杯過ぎて、実を成していない。「やります」「考えます」「思います」だけでは、伝わらない。上を目指したければ、自分の『実』を人に見せなければ。形が悪くても構わないし、それが個性です。
 単に上手に歌うだけなら、誰でも出来ますよ。それこそ半獣化、獣化さえすれば。
 君達が今日の演奏で、本当に楽しさを感じていたのか。他のメンバーの『音』を聞こうとしていたのか。今一度、振り返ってみて下さい」
 以上です。お疲れ様でしたと、川沢は話を締めくくった。

「川沢さん、少し厳しかったんじゃない?」
 自動販売機の前で紙コップの珈琲を飲む川沢に、黙って話を聞いていたアイベックスの担当者が苦笑して声をかけた。
「この芸能界で、トップスターになる為の競争がどんなに熾烈かは、そちらの方が良くご存知でしょう。それに、あの子達はまだ伸びますし‥‥まぁ、それも当人達の伸ばし方次第ですがね。試行錯誤もまた、いい経験です」
 薄い珈琲を飲み干し、川沢は握り潰した紙コップをゴミ箱へ放り投げる。
 紙コップは放物線を描き、ぽとんとゴミ箱の中に落ちた。