世界祝祭奇祭探訪録 17ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/16〜03/19
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●本文
●白い衣装に赤い鼻
キリスト教の四旬節。その中日には、あちこちでカーニバルが開催される。
ベルギーでも『シネルのカーニバル』や『熊のカーニバル』といった名のあるカーニバルが開かれるが、その中でもひときわ『奇怪さ』で有名なのがスタヴロの『ブラン・ムーシのカーニバル』だ。
リエージュ州東部を流れるアンブレーヴ川。その河岸に広がる階段状の町スタヴロは、フランス革命の動乱が起きる1794年まで、大修道院と共に1000年以上自治を守り続けた町だ。
ブラン・ムーシとはワロン語で「白装束」を意味し、修道院に務める修道士の僧服を示す。
その言葉の通り、ブラン・ムーシに扮する人々は頭巾付の真っ白な衣装に身を包み、日本の天狗に似た長い鼻を持つ仮面をつける。肌色の仮面は、何故か長い鼻のみが真っ赤に塗られていて、どこかユーモラスさを漂わせている。
ブラン・ムーシ達はカーニバルの間、膨らませた豚の膀胱で作った風船で人々を叩いてまわり。あるいは紙吹雪やほうき、更に釣竿に吊るしたニシンの燻製などを使った悪戯を仕掛けて、人々を驚かせるのだ。
この愉快で奇妙な祭の歴史は意外と古く、1706年にはすでに祭が行われた記録が残っているという。
1502年(1499年という説もある)に、当時の修道院長が修道士にカーニバル参加を禁じた。それを揶揄する為に、住民達は白い修道服でカーニバルを祝ったのが始まりだという。
そのため2002年は第500回の開催を数え、2007年は第505回目のカーニバルという事になる。
カーニバルは三日に渡って行われ、最終日のパレードには3トンもの紙吹雪を積んだ山車が何台も町へ繰り出す。パレードは昼過ぎから夕方まで通りを練り歩き、人口6000人の小さな町を紙吹雪で真っ白に染め上げるという。
●『ブラン・ムーシのカーニバル』
お馴染みのスタッフは番組の資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『ブラン・ムーシのカーニバル』が第17回となる。
「今回の滞在先は、ベルギーのワロン地方、リエージュ州にあるスタヴロです。滞在期間は3月16日から3月19日までの4日。祭自体は17日から始まり、19日まで続きます。見所はやはり最終日、ブラン・ムーシ達の大パレードですね」
担当者はいつもの様に、資料をめくりながら説明を続ける。
「滞在先のディナン家ですが、家族構成はお爺さんと息子夫婦の三人家族。小さなトラピスト(修道院)ビールの醸造所で働いているそうです」
一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「では、どうぞ良い旅を」
●リプレイ本文
●祈りと共に在りし町
フランスとドイツ、それにオランダ、ルクセンブルク、海を隔ててはイギリスと面するベルギー。
その南東部に位置するドイツとの国境に近い小さな町が、スタヴロだった。
内陸部に位置するため、気温はそれなりに低く。バスを降りた者達は思わず身震いし、上着の襟を合わせる。
「落ち着いた風情の町だね」
石壁の家々が並ぶ町並みを、早河恭司(fa0124)がぐるりと見回した。
「でも、祭では凄い事になるみたいだよ」
どこか楽しげな深森風音(fa3736)の言葉通り、歩いて行くと青と黄色の風船で飾られた通りもあって、祭を前にした浮き足立った高揚感も、僅かに漂っている。
「沢山の人がきて混雑する前に、聖レマクルス広場とかオート通りとか見たいです」
インフォメーションで貰った案内パンフレットと、実際の町の様子を比較しながらセシル・ファーレ(fa3728)が通りを確認し。
「一応、観光旅行じゃなく『お仕事』だが‥‥見に行けると、いいな。オート通りは真壁造りの古家が綺麗らしいし、スタヴロ修道院も博物館や資料館を開放しているそうだ」
促す由里・東吾(fa2484)も、それなりには気になるらしい。
「資料館のカフェでは、ビールも飲めるそうですよ。こちらのビールは、ベルギービールでしょうか。それとも、トラピストビールなんでしょうか」
「後で、確かめに行くんですか?」
やはりパンフレットをチェックする加羅(fa4478)が素朴な疑問を口にすれば、御堂 葵(fa2141)がくすりと笑った。
「あと、ベルギーといえばベルギーチョコレートが有名だよね。あたし達はビール飲めないから、チョコレートで‥‥ところで、ナニしてるの?」
ミレル・マクスウェル(fa4622)が尋ねれば、前を歩く羽曳野ハツ子(fa1032)はぐりんと振り返り。
「は、ハツ子‥‥さん!?」
細い目に、上向きの長く赤い鼻をしたのっぺりとした仮面に、思わずミレルが後退る。
「ノリノリだね」
思わず吹き出す風音に、仮面を外したハツ子が「勿論」と笑った。
町の中心部から郊外へ向けて歩いていけば、やがて何の変哲もない一軒の民家へと辿り着く。
「こんにちはー!」
元気よくセシルが声を上げれば、扉が開いて若い女性が姿を見せた。
「こんにちは。遠いところを、わざわざいらっしゃい」
「お邪魔します」
「お世話になります」
両手を広げ、笑顔で迎えるディナン夫人へ順番に礼と挨拶を述べ。
来訪者達は、家の中へと案内された。
●トラピストビール
日が暮れるとディナン家の父と息子が帰ってきて、夕食の時刻となる。
メインディッシュはマッシュルームやハムにチーズと具沢山のオムレツで、他にも肉巻きのクレープに、マッシュしたポテトと温野菜などが並んだ。
「都会のレストランとは随分趣きが違うけれど、どうぞ召し上がれ」
冗談めかした夫人に勧められて、一行は素朴な料理に手をつける。
合わせて、ディナン老人がどっしりとしたボトルを取り出した。
「遠くから来た御客人の為へと、修道院から一本分けて下さったんだが。飲むかね?」
「はい。せっかくのお気遣いですし、遠慮なく戴きますわ」
にこやかに答えるハツ子に、老人は満足そうな笑みで頷く。その間に席を立ったディナン氏が、大人の数だけゴブレットを持って来た。
「トラピストビールと俺達の知ってる普通のベルギービールは、どう違うんだろう」
濃い色のビールが注がれる様を、加羅が興味深そうに見守る。
「確か、修道院で修道士が作る事が条件‥‥だったか」
東吾の答えに、ディナン氏は「よくご存知ですね」と感心し、泡立つグラスをテーブルに置いた。
「『トラピストビール』の条件は、修道院の敷地内で修道院の手によって醸造し、醸造所や醸造銘柄の選択、商品展開を修道院の内部で決定し、売り上げ利益を修道院の運営や援助に使わなければならないんです。このビールは商用醸造をしない為、認可は受けていませんけどね」
「じゃあ、お二人は修道士さんだったり‥‥?」
尋ねるミレルには、ディナン夫人がミネラルウォーターを注いだグラスを渡す。
「いいえ。麦畑の世話やビールの瓶詰めといった、修道士の方々が手の回らない事を手伝ってるのよ」
「へぇ」
感心しながらグラスを傾けた恭司だが、強い苦味とアルコールに思わずその手を止めた。
「割とヘヴィな口当たりだな、これ‥‥」
「修道院と醸造所、是非とも見てみたいな。駄目だろうか」
ダメモトとばかりに東吾が聞けば、ディナン老人は「構わんよ」と快く返事をする。
「本当に? ありがとうございます!」
微妙に赤ら顔で明るく礼を言う東吾は、ぼちぼち出来上がっているらしい。
「ただし、朝は3時起きだ。朝から行くなら、早めに寝るこったな」
老人の一言に、見学希望者達の表情が強張った。
−−とはいえ、さすがに旅の疲れもあり。
一行は昼になってから、ディナン夫人と醸造所へ向かった。
ビール作りも日々の祈りと同じくするもので、醸造所は一般に公開されていない。
世界的にビール生産量の大部分を占める下面発酵のラガーに対して、トラピストビールは昔ながらの上面発酵したエールであり、ビン詰め後は内部で更に発酵熟成が行われる。
上面発酵は大量生産向きではなく、また伝統的な製法を守って修道士が手をかける部分を多く残している事もあり、トラピストビールの生産量は限られているのだという。
「日本でも、御神酒を神様へ備えますが‥‥ヨーロッパでもやはり、お酒と信仰は通じるところがあるのでしょうね」
銅色のボイリング機械を眺める葵が呟けば、ディナン氏と一緒に一行を案内する修道僧が、興味深げに頷く。
「飲み水の確保が難しかったという事も、ありますが‥‥『麦から出来るビールは、いわば液体のパンであり、パンはキリストの肉である』とは、古くから言われておりますから」
「だから、修道院がビールを作るようになったのね」
感心しきりに、ハツ子が相槌を打った。
祈りの時間ともなれば、白い僧服をまとった修道僧達は、作業の手を止めて礼拝堂へ向かう。
中世の頃から変わらぬ習慣を守り続ける姿へ、ある種の畏敬の念を払いつつ。
見学を終えた一行は、静かに醸造所を後にする。
「お世話になっているお礼もしたいですし‥‥せめて、今日と明日は麦畑のお仕事を手伝わせてもらってもいいです?」
葵の申し出に、夫人は笑顔で快諾した。
●ブラン・ムーシのカーニバル
カーニバルのクライマックスを迎える19日。
静かだった町は一変し、通りに溢れかえった人でごった返していた。
「凄い人だね〜!」
はぐれないよう、葵やディナン夫人と手を繋いだミレルが人の群れに目を丸くする。
「近隣の町だけでなく遠くからも、人が集まってきているんですね」
やがて、金管楽器の音が高らかに鳴り響き。
黄色と青の風船で飾られた大通りの向こうから、わっと歓声が上がった。
白い三角頭巾と白いマントに、白い服。
顔の中央から赤く長い鼻が上向きに伸びた仮面をつけた、3m近い大きなブラン・ムーシ達が数体、ゆらゆらと左右に身体を揺らしながら何体もやってくる。
その後ろでは、小さな赤い柱がずらりと立ち並んでいた。演奏のため、楽隊達が頭の上へずり上げた仮面の鼻だ。
陽気な楽隊の演奏に合わせて旗が振られ、あるいはニシンの燻製をぶら下げた棒が振られる。
その後ろからは、紙吹雪を積んだ山車が現れる。
ただの車ではなく、隣国オランダの風車を模していたり、あるいはギリシャのパルテノン神殿だったり、はたまた帆船の操舵席をモチーフにしていたりと、様々な趣向を凝らして人々の目を楽しませて。
それを動かす人々もまた、白装束に赤い鼻が伸びた仮面を付けていた。
カーニバルのパレードは、列の後ろの方になればなるほど、混乱の様相を呈し。
肌色の『風船』−−豚の膀胱を膨らませたもの−−を両手に二つずつ握り、頭上で振って歩く人々や、旗手の如く燻製を結んだホウキや釣竿を高々と振る人々が、早々に周りの群集へ悪戯を仕掛けている。
「皆、どこだろうねーっ!」
賑やかな音楽と歓声に負けぬようミレルが声を上げ、精一杯背伸びをして隊列を見回す。
葵とミレルを除いた六人とディナン家の男二人が、ブラン・ムーシに加わっている筈だったが、どれもこれも同じ仮面で見分けが付かない。
と、その時。
「きゃあぁぁっ!」
背後から、いきなりバサッと襟足に紙吹雪の塊を詰められて。
葵が身を竦め、思わずミレルは悲鳴をあげた。
「こ、こういう事をするのは、もしかしてもしかしなくてもハツ子さんっ!?」
「あら。判っちゃった?」
振り返ったミレルに正体を当てられて、滞在初日と同じ仮面をつけたハツ子はそれを頭の上に押し上げ、悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、ブラン・ムーシのコスプレをしたクマを抱いてるのが、セシルさんですか?」
葵が指を差せば、小柄なブラン・ムーシが手にしたクマをぎゅっと抱いて身構える。
「‥‥バレちゃいました?」
「一発で、バレると思うが。そのクマを持ってたら」
迷子にならないよう付き添っていた隣のブラン・ムーシは、笑いながら東吾の声で指摘をし。
「クマちゃんとセシルは、一心同体なのですっ!」
ぶんぶんと、クマの手を振ってセシルが主張した。
「それにしても‥‥スペインの悪魔の祭に今回のブラン・ムーシと、仮装モノが続くのは何故だろう‥‥そのうち、女装とかさせられなきゃいいが‥‥」
仮面の下で判らないが、複雑そうに恭司が身に迫る危険を吐露する。
「昔の歌劇は女性が参加せず、男性が女性の役を演じていたそうですよ」
「いや、舞台には立たないからっ。俺、ミュージシャンだしっ!」
にこやかな口調の加羅に、恭司は全力で否定しておく。
「それにしても、白装束って忍者とかを思い浮かべたんですが‥‥随分と、違いますね」
加羅が、周りで騒いでいる『地元』のブラン・ムーシ達を見やる。
「というか、忍者だと黒じゃないか?」
「‥‥そうでしたっけ?」
東吾の素朴な疑問に、加羅が首を傾げた。
「白装束だと、どちらかと言えば幽霊っぽいかな」
ディナン老人から竿さばきを教えてもらっていた風音が、言葉と共にぶら〜んと魚の燻製を宙に泳がせる。
「コノウラミ ハラサデオクベキカ〜!」
「魚が主張しても、怖くないもんっ」
風音の冗談にミレルが口を尖らせ、セシルは何故か揺れる魚を目で追っていた。
そこへ。
立ち止まって話す者達の頭上に、通り過ぎる山車からどっさりと紙吹雪の山が振ってくる。
「ぅわぶっ! 紙っ、口に紙がっ!」
「あぁぁ〜っ! 服の中に入ったぁぁ〜っ!」
突然の、文字通り降ってきた災厄に、八人は慌てふためき。
山車の上では紙吹雪を撒くブラン・ムーシ達が、一行を指差して笑っていた。
通りを紙吹雪だらけにしながら進むパレードから、騒ぎは町中へと拡大し。
ブラン・ムーシが逃げる観光客へ紙吹雪をかけたり、風船でぼこぼこと叩く光景があちこちで繰り広げられる。
「みんな、思いっきりやってるな‥‥やっぱり、こういうのって童心に返るな」
ホウキを振り回していた東吾が、仮面のスリット越しに賑やかな風景を眺め、感慨深げに目を細め。
「あ〜‥‥なんかこう、仕事関係なしに知り合いとかみんな連れてきて、一緒にぱーっと馬鹿騒ぎしたい感じ?」
紙風船の様に、ぽんぽんと風船を手で打って遊ぶ恭司が笑う。
「遅れて、迷子になりますよ〜!」
手を振って、セシルが二人を呼び。
カーニバルのクライマックスの輪へ、二人も加わった。
沢山のブラン・ムーシ達が、手に手を繋ぎ。
小さな集団や、あるいは大きな輪を作って踊る。
ブラン・ムーシ達による円舞で、カーニバルは幕を閉じる。
−−後に残るは熱気の余韻と、通りを埋め尽くした白い紙吹雪−−。
「「「かんぱ〜いっ!」」」
泡立つ液体を満たしたゴブレットや透明な液体が満たされたグラスが、一斉に高々と掲げられる。
葵が土産にと持参した日本酒を、ディナン老人らは『液体のライス』だと冗談を言ってグラスを傾け。
聞く者達も笑いながら、トラピストビールを胃に流し込む。
アルコールが飲めない少女達は、チョコレートムースのデザートに舌鼓を打ち。
別れの前のひと時を、名残惜しく過ごした。