選択せしは、戻れぬ道ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
6.9万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
03/26〜03/28
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●本文
●只今訓練中
無機質な空間に、炸裂音が響く。
丸い標的の中心よりもいくらか外側に、ぼんっと穴が開いた。
『肩に力が入り過ぎだ。あと、ちゃんと銃を両手で構えて、しっかり標的を見る。お前、前の暮らしでも普通に銃を扱ってたんだろ?』
マイク越しに注意されて、安全用のゴーグルを外したイルマタル・アールトは防弾ガラス越しで背後にいるマネージャーへと振り返る。
「だって‥‥勝手が違います。こんな射撃訓練なんか、した事ないですし‥‥銃だって違うし‥‥」
『言い訳すんな。「使える程度になりたい」っつったのは、お前だぞ? 近接戦闘も得意じゃねぇ、獣化しての能力も上手く使えねぇなら、後は銃くらいしかお前が出来る事がねぇのは、百も承知だろう。とっとと弾を装填しろ。あと、半獣化を解くな。そんなへっぴり腰じゃあ、NWどころか味方に当たるぞ』
矢継ぎ早に怒られたイルマは肩を落とし、渋々ゴーグルを付け直した。
「まったく。普通に猟をしたり、獲った獲物をオトして捌くのは平気な癖に」
ガシガシと短い髪を掻き回して唸る中年男に、イルマからは見えない位置で様子を見ていた彼女の主治医は嘆息した。
「それは、仕方ないわ。生きる術として学んだ事と、表立たない仕事は別モノなのよ」
「そうは言うがな。狩らないと狩られるのは、判りきったこったろ。アレに出くわしたら、ドッチかが生きるか死ぬかしか、ねぇんだから」
イライラと机を指で叩くマネージャーのポケットから、電子音が流れ出す。携帯を取り出してメールを確認すると、男は椅子を鳴らして立ち上がった。
「急用?」
「ああ。例の焼け跡で廃材を除去してたら、下から扉が見つかったそうだ。ちっと何人かにツナギを取って行ってくるから、あいつの様子を見てやってくれるか」
「いいけど、あの子には知らせなくていいの?」
慌しく出て行こうとするマネージャーに声をかければ、「ああ」とぶっきらぼうな答えが返ってくる。
「もし、じーさんが教えてないンなら、知らない方がいいモンかもしれん。教えてまた混乱されても困るし、例の変な輩もいるからな。ソレがナニか判ってから、改めて知らせる。あ〜、あと、楽そうな『仕事』を、あいつ回してやってくれるか。頼むわ」
それ以上の問いも返事も待たず、荒々しく扉が閉められ。溜め息をつくと、女医はマイクのスイッチに手をかける。
「イルマ。マネージャーさん、急用があって行っちゃったから、そろそろ終わりにしよっか」
『あ‥‥はい』
ガラス越しに振り返った少女は、ほっとした表情で頷いた。
●北と南で
そこには未だに廃材が詰まれ、扉はそれとなく隠蔽されていた。
収納庫のような両開きの扉は、材質がコンクリートで、火事によって黒く煤けてはいるが損傷はない。扉には金属製の簡単な取っ手が付いており、そこにはやはり金属製の鎖がぐるぐると巻かれ、幾つかの南京錠で固く結ばれていた。
家の見取りと比較すれば、扉の位置はリビングの下になる。だが焼け落ちる前の家では、リビングに地下収納の扉などなく。
「『開ける気のない扉』‥‥か」
雪を踏んだマネージャーは咥え煙草で呟いて、寒そうに外套の襟を合わせ直した。
一つ、二つと弦の音が零れる。
だが、音は続かず。
かじかんだように震える指を、イルマは何度も擦り合わせた。
再び膝の上のカンテレへ指を伸ばしたところで、電話のベルが鳴り響く。
『イルマ‥‥マネージャーさんに頼まれていたんだけど、一つお仕事できるかしら? その‥‥表の仕事じゃない方、なんだけど』
気乗りしない声で、彼女の主治医が用件を伝えた。
標的は、人に憑いたNWである事。
獣人が一名、襲われている事。
遺体の大部分は喰われて失われているが、残された装飾品の類が著しく変色している事。
特徴は驚異的な跳躍力で、他にもビルの壁を伝い歩いて逃げる姿も確認された事−−。
『勿論、仕事はあなた一人でやるんじゃなく、他の人にも声をかけておくわ。だけど、しっかり用意をしてきてね』
用件を伝え終え、彼女の答えを確認すると、通話は切れる。
ツーツーと規則正しい音を立てる機械をしばらく見つめた後、少女はのろのろと受話器を置いた。
●リプレイ本文
●焼け跡
深い雪にRV車が轍を刻んで進み、やがて止まった。
雪を踏み、白い息を吐いて車から降りた者達は、改めて目にした焼け跡に眉を顰めた。
「ここが‥‥例の、焼失した家ですか」
初めて訪れた加羅(fa4478)が、白樺の林の中にぽっかりと開いた空間を茫然と見回す。
「ええ。お祖父さんが亡くなるまで、二人っきりで住んでいた家です‥‥お祖父さんが亡くなった後は、便宜上ヘルシンキに住んでいて、そのお陰で彼女は火事に巻き込まれずに済みました」
青いビニールシートをかけた廃材が残る広場へと進み出て、御堂 葵(fa2141)が黙祷するように静かに瞑目した。
寄せた廃材とは別に、広場の隅に移動させられた獣を模った石像を見つけたシャノー・アヴェリン(fa1412)は、像の前にしゃがみ込んでそっと雪を払う。
「‥‥イルマ‥‥無理をしなければ‥‥いいのですが‥‥」
心配を紛らわせるように、シャノーが石像の頭をぽんぽんと撫で。
「そうだね‥‥それで、問題の入り口は?」
思案を振り切るように深森風音(fa3736)が問えば、マネージャーはトランクから鎖を切断するカッターを取り出すところだった。
「そこの、廃材の下だ。どけるから、ちょっと待っててくれ」
カッターを一旦置くと、中年男はシートの下の廃材をごりごりと動かし。下の雪を払えば、取っ手と鎖が姿を見せる。
「誰かこないか、見張っておくね」
手荒な仕事は男手に任せ、風音は白樺の林へと目を向けた。
●顔合わせ
「今回は、『標的』を追う為に二手に分かれる。ススム君にシヴェル君、イルマさんの三人。それととCardinal君と恭司君、瞬華君、俺の四人だな」
組分けを確認する工口本屋(fa4421)へ、残るメンバーは頷いて応えた。
その顔ぶれと浮かんだ表情に、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が笑顔を作る。
「今日が『初陣』のヤツもいるみたいだな? ひとまず、生きて帰る事が最優先だというのは、覚えておけよ」
「ばーさまに 尻を蹴られて フィンランド‥‥なんてな。俺もコッチはハジメテだから、優しくヨロシクね、シヴェルさ〜んっ」
「あ〜、はいはい」
鼻の下を伸ばして擦り寄ってくる佐渡川ススム(fa3134)をシヴェルは張り倒し、鳩尾辺りを踵でえぐり込みながら、適当に優しくあしらっておく。
「それで、『標的』の居場所だが、おおよその場所はWEAが絞り込んでいるのか?」
Cardinal(fa2010)が視線を向けると、少女に付き添っていた女が頷いた。
「ええ。いつもの様に、撮影とか理由をつけてWEA側で封鎖中よ。だから、あの子をお願いね。場慣れしてないけど‥‥」
女が目をやった先では、イルマタル・アールトが早河恭司(fa0124)と話をしていた。
「判っている」
答えるCardinalの様子を見ていた御影 瞬華(fa2386)は一つ嘆息し、『初心者』へと歩み寄る。
「聞けば、これが初めてだそうですね」
「あ‥‥はい。よろしく、お願いします‥‥」
声をかけられ、緊張気味に挨拶をするイルマを、じっと瞬華が見つめた。
「先に言っておきますが‥‥こんな道を選んだ事を後悔する事になりますよ。念のために注意しておきますが、相手は人の形をしているだけであり、只の敵です。躊躇いを持ってはなりません。それと、何の為に戦う事を選んだのかを忘れずに」
「はい‥‥」
告げるべき事を告げた瞬華は、踵を返し。
強張った表情で背中を見送るイルマの肩に、恭司がぽんと手を置く。
「大丈夫。俺も他の皆も、一緒だしな」
慣れぬ緊張した空気と、見知らぬ顔の多さに不安げな少女を恭司がなだめた。
「ただ‥‥瞬華じゃないが、戦うと決めた以上『覚悟』はしておけ」
できるだけやんわりと、言葉を選びながらシヴェルが付け加える。
「敵への。自分への。そして周りへの‥‥様々な覚悟をしなきゃならんが、そのあたりは自分で考えて、な。考えすぎて動けなくなるのもナンだし‥‥初対面の奴が言う台詞じゃ、ないけどな」
「ま、嫌な仕事はさっさと終わらせるに限るさ」
立ち直ったススムが、明るい調子で切り出した。
●狩猟場
封鎖をする−−といっても、一日中一般人を完全排除しておけるものでもなく。
『狩り手』達は、人に混じって『標的』を探していた。
相手が狙いやすいよう、チーム同士でもあまり固まらず、ビルの間を歩く。
日が沈み、人々が早々に家路につき。
人気がなくなる頃、『本番』が始まった。
「こっちに来てくれると、手っ取り早いんですが」
街灯の下で白い息を吐き、ぼやきながら瞬華がビルを見上げる。
「そうだな」
答えるCardinalも、注意深く辺りを見回した。
「イルマさん、大丈夫ならいいんだが」
本屋は『幸運付与』をかけた手を見つめ、ポケットに突っ込んだもう片方の手でダイヤモンドスターを握る。お守りにとイルマへ渡そうとしたものの、高価そうな宝飾品に恐縮し、受け取らなかったのだ。
「‥‥大丈夫だよ。腕っ節のある二人も、付いてるんだ」
どこか不機嫌そうに恭司が返事をし、先頭を歩く。
「しかし‥‥こう寒くちゃ、手がかりがないなぁ」
雪はないものの、氷点下を越える気温のためか、街角には犬も猫も姿を見せず。ススムはきょろきょろと『話し相手』を探していた。
「昼間なら、鳥もいるんですけど‥‥夜ですし」
イルマも手伝って路地裏や建物の入り口などを確認してみるが、結果は同じで。
そんな二人を眺めながら、シヴェルは十分な距離を取って歩いていた。
「数的に言えば、恐らくこっちに来るだろうな‥‥」
呟きながら、上方にも注意を払う。
壁を伝って移動する相手なら、襲撃してくるのも死角である上からである可能性が高い。
そして。
予測通り、ソレは『降って』きた。
ビルの壁から信号機、そして街灯へ。
跳躍というよりも、落下する勢いで影が接近し。
「来るぞ!」
シヴェルの警告に、ビルを振り仰ぐよりも先に、ススムはイルマの手を引いて、脇へ跳ぶ。
「頼んだ」
一変した冷たい声で、少女を駆け寄ったシヴェルへ押しやり。
ススムは路上にうずくまった、人の形をした蟲と対峙する。
四肢の長いソレは、顔の三割を占める複眼の間に、コアを持ち。
右に左にと、傾げるように首を動かす。
押しやられ、足がもつれたイルマの腕を掴んで立たせると、シヴェルはトランシーバーを取り出し。
その彼女に向けて、蟲はススムを飛び越えた。
落ちたトランシーバーが歩道を滑り、放り出されたイルマが路上に尻餅をつく。
飛び掛った相手の、足を掴み。
「力で、私に勝てると思うな!」
熊の腕で、シヴェルは逆にNWを壁に叩きつける。
奇怪な蟲は、グェ! と潰れるような音を出し。
だが、叩きつけられた位置から跳躍する。
「逃がすか」
トランシーバーをポケットに突っ込んだススムは、ソレを追って壁を駆け上がった。
その跳躍力では、ススムも蟲には追い付かないが。
ビルの間を高速で飛来した影が、蟲と交錯する。
空気が抜けるような微かな音が、立て続けに数回。
壁に張り付いたソレを、駆けつけた恭司の声がFIRE ROCKを通して撃ち。
更に、追い付いたススムが、鋭い爪で追撃する。
そして、蟲は壁から剥がれ。
まだ動けないイルマを、本屋が引き起こして庇う。
どすんっと、重い音が地に落ち。
「少し、離れていた方がいい」
慣れぬ者に声をかけ、Cardinalがまだ動く足を引き千切る。
口から泡のように吹く溶解液に顔を顰めつつ、シヴェルがコアをもぎ取り。
手慣れた者の手によって、迅速に『狩り』は終わった。
「イルマさん? 大丈夫か!」
青ざめたまま放心した相手に、本屋が肩を掴んで揺さぶり。
それを制して、恭司が茫然自失のイルマを抱き上げる。
そんな様子を、舞い降りた瞬華は冷ややかに一瞥し。
「‥‥もう、俺みたいのは増えなくていいのにな」
WEAの『処理班』が到着するのを眺めながら、ぽつりとススムが呟き。
結局、少女が銃の引き金を引く事はなかった。
●地下に眠るもの
開けた扉の下には、地下への縦穴と梯子が伸びていた。
万一に備えてマネージャーは外で待機し、暗い空間には四人が梯子を降りる音が響く。
「気をつけて」
葵がランプで先を照らし、最初に梯子を降り切った加羅が、不意の襲撃に備えて護りの短剣を手に身構えた。
「‥‥何も、いないようです」
「ここは随分と長い間、締め切っていたようですね」
続いて地に足をつけた葵がライトを向ければ、穴の一角に狭い横穴が続いている。
「‥‥はい。空気が‥‥澱んでます‥‥」
「さてさて、この先は鬼が出るか蛇が出るか」
シャノーの呟きに、風音は緊張をほぐすように茶化してみせた。
横穴は、そう長くはなく。
程なく、四人は行き止まりの小部屋に辿り着いた。
小さな部屋の床には、金属製の四角い箱が置かれている。
「鍵とか、かかっているのかな?」
「見当たりませんけど‥‥」
ざっと見回した葵が、風音の問いに答え。
「‥‥開けて‥‥みますか‥‥」
「向こう側、俺が持ちますよ」
箱を挟んでシャノーの反対側へ加羅が回り込み、棺のように乗せられているだけの蓋に手をかける。
埃っぽいそれを、ゆっくりとずらして床へ下ろすと。
中には、長さ40cm程の小さな木製楽器が納まっていた。
「少し小さいけど、カンテレに似ているね」
注意深く、風音がソレを取り上げる。
箱に入れられてどれだけ時間が経っているかは判らないが、ニスを塗ったような艶のある木は腐敗もせず、ライトの光を反射していた。
緩んだ弦が巻かれた五つのピンは、骨のように白く、螺子のような溝が刻まれている。
そして何より、羽根のように軽かった。
「これが‥‥『歌う木』?」
風音の言葉に答える者はなく。
「何か、お祖父さんの書き残しでもあれば、いいんですが」
僅かな手がかりを求めて葵が蓋や箱を調べてみるが、見つかったのは件の楽器のみで。
「‥‥シャノーさん? 何をしてるんですか」
加羅の声に二人が振り返れば、おもむろにシャノーが長い灰色の髪を何本か引き抜き、更に背の翼からも羽根を抜き取っていた。
「‥‥ここに‥‥私がきた痕跡を‥‥残します‥‥。もし、それを‥‥探しているなら‥‥イルマではなく‥‥私が持っていったと‥‥考えるでしょう‥‥」
「それなら、私は半獣化しない方がいいですね」
イルマと同じく銀狐の毛並みを持つ葵が、すぐに半獣化を解く。
「では、これを元通りにしておいて、上へ戻りましょうか」
「‥‥はい‥‥」
加羅はシャノーと協力して、箱に再び金属製の蓋を乗せた。
「で、これだけど‥‥どうしたものかな」
イナリのホテルで、見つけた楽器を前に風音が思案する。
「WEAに預けるか、マネージャーさんに保管してもらった方がいいと思います。これをイルマさんに渡すと、また危険な事に巻き込まれるかもしれませんし」
葵が見やれば、マネージャーは唸りながら紫煙を吐いた。
「俺個人で保管は‥‥なぁ。安全重視なら、WEAで保管してもらうのが一番じゃねぇか?」
「興味本位で、調べられるとか‥‥しませんか?」
「そこら辺は、個人の持ち物って事で釘を刺しとくから。ケース、見繕わねぇとな」
加羅の指摘に、携帯を取り出した中年男は思案しながらキーを操作し。
「ヘルシンキからは、無事に『仕事』が終わったって知らせがきた。誰も怪我はねぇが、イルマは精神的な疲労を考慮して、念のため病院に泊まらせてるそうだ」
「‥‥そうですか‥‥」
短く呟いたシャノーは、漸く安堵の表情を浮かべ。
三人も、笑みを交わして頷いた。
●誘惑は囁く
薄い月明かりの中、ふわりと窓の白いカーテンが揺れた。
眠れぬままベットで寝返りを打ったイルマは、思わず身を竦める。
ベットを囲む仕切りのカーテンで窓は見えないが、人の気配がして。
「まだ、起きているか?」
どこかで聞いた事のある声が低く問いかけ、仕切りのカーテンが引かれる。
驚いて口を開きかけるイルマへ、静かにと人差し指を立てて。
現れた男は「大変だったな」と、労わりの言葉をかけた。
「ルーペルト‥‥さん?」
「突然で驚いたろうが、内密に頼みがあってな」
ベットの端で強張るイルマに構わず、ルーペルトがカーテンの陰へ手招きをし。遠慮がちに小柄な女が、姿を見せた。
「彼女はグードルーン。恋人で、普通の人間だ」
「え‥‥」
眼を瞬かせるイルマに、グードルーンはただ穏やかな表情で佇む。
「知っての通り、獣人は人とは一緒になれない。だが彼女は大切な人で、共にありたい。その為に、君の力が必要なんだ」
真摯な表情で、ルーペルトは少女へ身を乗り出した。
「まだ知らないだろうが、君のマネージャーはWEAに『歌う木』を預ける手配をした。だが本来は、君が正統に受け継ぐ物で‥‥その力を、俺達に貸してほしい」
「だけど‥‥」
「人に混じって暮らした君なら、判るだろう? コトが終われば、君も元の生活へ戻れるよう、取り計らってあげるよ」
「元の、生活‥‥」
シーツを握った手が緩み、イルマは相手の言葉を繰り返す。
小さく震える手をルーペルトが握り、頷いた。
「ああ、戻りたいんだろう? 以前の、静かな生活に‥‥その為にも、君の力で、俺達を助けてほしい」
動けない少女の耳元へ、そう囁いて。
男は音もなく、身を引いた。
「この話は、君の胸の内に留めておいてくれ。でなければ、俺は彼女と‥‥永劫に引き離される。どうか、頼んだよ」
グードルーンの手を取ったルーペルトは静かに退いて、引いたカーテンを元に戻し。
間もなく、人の気配は去る。
残されたイルマは、身動き一つ出来ないまま、茫然としていた。