Time Capsule 19XXヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
4Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
20.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/01〜04/05
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●本文
●大きな木の下で
その日は、タイムカプセルを開けようという約束だった。
郊外の丘に立つ、一本の大木。
根元には、昔々に両親が埋めたタイムカプセルが眠っているという。
−−これが最後の、『家族の思い出』になるのね。
どこか疲れた寂しい笑顔で、バスケットを提げた母親が呟く。
−−離れて暮らす事になっても、パパはいつまでもお前のパパだからな。
シャベルを担いだ父親の背中は、いつも通り大きく見えるけど、とても遠くに感じる。
ざく、ざくざく。
湿った土を掘る音を聞きながら空を仰げば、芽吹いたばかりの緑の間から、眩い木漏れ日が落ちてくる。
アレを掘り出して、中身を空けて、三人でランチを食べて、この丘を降りたら。
三人家族は『オシマイ』になる。
−−そんなの、イヤだよ。
小さな主張をしてみても、誰も耳は貸さず。
土を掘る音が、ガツンと何か金属に当たって止まる。
更に父親はシャベルで周りを掘り、やがて土の中からクッキーの缶が出てきた。
父親は、黙ってそれを穴から取り出して、土を払う。
草の上にシートを敷いた上に座った母親も、黙ってそれを眺めている。
−−アレが開かなければ‥‥。
ある訳のない理不尽な想像が、脳裏をよぎり。
懐かしそうな笑顔で箱を見せる父親の手から、ソレをひったくった。
抱えて走り出そうとした拍子に、木の根に躓き、緑の草に滑り。
ごろごろと転がる拍子に、蓋が浮いて外れた。
中に入っていたモノ達は宙に散らばり、陽の光を反射してキラキラと光り。
頭に鈍い痛みが走って、視界は真っ暗になった。
「だいたい、そんなモン埋めて‥‥ナンになるんだよ」
「何よ」
そんな声が聞こえて目を開ければ、少年と少女が言い争っている。
「気がついたみたいだぞ」と、若い男が指を差し。
若い女が気を取られているうちに、男はその場を放れていってしまう。
それを見送っった女は、呆れて溜め息をついてから、向き直った。
「木の上から、落っこちてきたのよ。歩ける? うちで、手当てしてあげるわ」
手を引かれて立ち上がり、丘から見下ろせば。
見覚えがあるけど見覚えのない、記憶と少し違う風景が広がっていた−−。
●リプレイ本文
●Cast
サクラ‥‥セシル・ファーレ(fa3728)
時村純子‥‥羽曳野ハツ子(fa1032)
ジェラルド・フレミング‥‥榛原 瑛(fa5470)
ジュンコ・トキムラ‥‥阿野次 のもじ(fa3092)
ジェラルド・フレミング‥‥Even(fa3293)
ケイコ・トキムラ‥‥那由他(fa4832)
カスミ‥‥豊浦 まつり(fa4123)
屋台の主‥‥工口本屋(fa4421)
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・
・
●既知で未知の風景
「今日は必ず早く帰るって、言ったじゃない! 昨日も一昨日も、サクラと二人で待ってたのに、毎日毎日‥‥」
鮮やかな、赤い口紅が咎め。
棘を払う様に、仕立てのいいスーツの袖が振られる。
「仕方ないだろ、純子‥‥仕事なんだ」
「仕事と家族と、どっちが大事なのよっ」
「家族が大事だからこそ、仕事をするんじゃないか」
「またそうやって、すり替えて‥‥家族が大事だって言うなら、ちゃんと大事にしてよ。それに‥‥」
ぶつかり合う言葉の嵐を、サクラは自分の部屋でやり過ごしていた。
机の上には、何年か前の三人の写真。
その笑顔は変わらないのに、今は家族写真を撮る事もなく。
「第一そんなもの、何の役に立つと言うんだ」
「ジェラルド‥‥あなた判ってない。全然、判ってないわよっ」
苛立つ声に聞こえぬよう耳を手で覆い、ぎゅっと目を閉じる。
「駄目‥‥喧嘩は駄目‥‥っ!」
真っ暗な中、彼女は一人−−。
「ダイジョブ?」
「あああの、はいっ!?」
ひょこと目の前に現れた顔に、慌ててサクラは返事をした。
「頭、打ったりとかしてない?」
ぼーっとしていたのを勘違いしたのか、心配する女性は彼女の額に手を当てる。
「レディ二人を放り出して行っちゃうなんて。ジェラルドってば、マイペースにも程があるわよね」
「ジェラルド?」
ぶつくさと文句を言う女性が口にした名に、思わずサクラは問い返した。
「そ、さっきの彼の名前。私はジュンコ、貴女は?」
「‥‥サクラ」
「桜のサクラね、素敵な名前だわ。この街は初めてかしら」
「いえ‥‥あの、ええ」
サクラの答えに笑顔を見せ、ジュンコは彼女の手を掴んだまま早足で歩き始める。
「おや、ジュンコ。今日は寄ってかないのか?」
「うん。おじさん、またね!」
声をかける屋台の売り手に、空いた片手をぶんぶん振った。
母と同じ名の少女の背中と、見慣れたはずなのに違和感のある街並みを見ながら、手を引かれたサクラも走る。
「あれ、ジュンコ?」
その姿を目にした女性が足を止め、名前を呼んだ。
「ジェラルドは一緒じゃなかったの?」
「あ、カスミ! 聞いてよ、彼ってば途中で帰っちゃって‥‥今、急いでるから後で話すけど、見つけたら教えてね!」
「はいはい。いつもの事だね」
その場で足踏みをしていたジュンコが、再び駆け出した。
「今のは、カスミ。私やジェラルドが通ってるデザイン学科の先輩で、サークル仲間なの」
聞かれもしない説明をするジュンコにサクラが後ろを振り返れば、カスミは笑いながらひらひらと手を振った。
●嘘と願う
「あのね‥‥頭を打ってるかもしれないのに、走って連れてきたの? それにいつも、危ない事しちゃ駄目って言ってるでしょ」
母親のケイコに叱られて、ジュンコが椅子の上で小さくかしこまる。
娘を睨んで叱ったケイコは、一つ溜息をつくと雰囲気を和らげ。手馴れた様子で、サクラの傷を確認し始めた。
「痛かったら、遠慮なく言ってね」
「はい」
にこやかな笑顔で手当てをするケイコに、大人しくサクラは頷く。
とはいえ、じっとしているのも手持ち無沙汰なので、部屋の中を見回して。
壁にかかった数字の羅列に、目が釘付けになった。
「どうしたの? あら‥‥カレンダー、まだ3月のままだったわね。ジュンコ、めくって?」
「はぁい」
立ち上がったジュンコが、一番手前の紙を取り去る。
下から現れた4月の文字の年号は、3月のそれと同じだった。
「198‥‥」
「怪我は、どれもかすり傷程度。木から落ちた割には、大事はなさそうね」
サクラの小さな呟きは聞こえなかったのか、ケイコはてきぱきと彼女の傷を消毒し、絆創膏を貼った。
その間に何を思いついたのか、ジュンコがぱたぱたと階段を昇っっていく。
「ところで、何処かで会った事があったかしら?」
不意に尋ねるケイコへ、サクラは慌てて首を横に振った。
空のクッキー缶を手にジュンコが戻ってくると、リビングには母の姿しかなく。
「あれ? マミー、あの子は?」
「何だか急な用があるとかで、慌てて帰っていったわよ」
返ってきた答えに、ジュンコは少し考え込む。
「出かけてくるね!」
「暗くなる前に、帰ってくるのよ」
勢いよく家を飛び出していく娘の背中へ、母親が声をかけた。
「私、どうしたらいいの? パパがいなくなってしまうのに‥‥」
春の陽光の下、木の根元に座り込んだサクラは膝を抱いていた。
−−この木は、パパとママの思い出の場所なんだ。とっても大事な思い出の、ね。
愛しそうに幹に手を添えて、父親は彼女へ笑いかけ。
−−ここに、パパとママの秘密が隠してあるのよ。貴女が15になったら、見せてあげるわ。
悪戯っぽい瞳で、母親はウィンクをする。
そんな優しい記憶も、今は遠く。
「どうして‥‥どうしたら‥‥」
いろいろな事がぐるぐると頭の中を駆け回り、胸を締め付け、膝に額をくっつけたままサクラは嗚咽をあげた。
「ダイジョブ?」
心配そうに再び声をかけられ、驚いてサクラがぐしゃぐしゃの顔を上げる。
声をかけたジュンコは先刻同様、彼女を覗き込んでいた。
「はーい、サクラ。ここだろうと思って、追っかけてきちゃった」
笑顔で手を振ってみせるジュンコを、サクラは呆然と見つめ。
「ね。お腹、空かない?」
突然の質問に更に言葉を失っていると、彼女の腹が空腹を主張する。不意にサクラは、タイムカプセルを開けてからランチを食べるという予定を思い出した。
腹を押さえて赤くなるサクラに、しゃがんでいたジュンコは笑顔で腰を上げる。
「お昼、食べに行こう」
やや逡巡してからサクラは差し伸べられた手を取り、立ち上がった。
●主義主張
「おじさん、きたよ〜」
屋台まで戻ってくると、ジュンコはサクラと出来るだけ隅のテーブルに陣取った。
椅子の一つに腰掛け、暢気に新聞を広げていた屋台の主は、軽く手を上げて彼女に応える。
販売屋台を中心に、ぐるりと回りにテーブルと椅子が並んでいた。既に昼のピークは過ぎたのか、それらの席はほとんどが空席だった。
「ここのフィッシュ&チップスは、絶対オススメだからね」
足をぶらぶらさせてジュンコが待つ間に、バスケットや紙コップを載せたトレイが運ばれてくる。
主はトレイをテーブルに置くと、そのまま同じテーブルの椅子に腰かけた。
「あれ? お昼まだだったんだ」
「ああ。で、こっちのお嬢さんは浮かない顔で、どうしたんだい?」
俯きがちのサクラへ目をやって、ジュンコは「ちょっと訳ありで」と苦笑する。
「まぁ、腹が減ってちゃ元気も出ないし、良い考えも浮かばないもんだ。何をするにも、まずは腹ごしらえってな。ソルトとビネガー、どっちがいい?」
「でも、お金は‥‥」
ためらうサクラの前に、主はジュースの紙コップを置く。
「気にするな。どうしてもと言うなら、次にあった時にでもな」
フランクな主に勧められ、サクラは遠慮がちにフライに手を伸ばした。
「まったく‥‥せっかく僕らが作ったものを『埋める』なんて、ジュンコは何を考えているんだか」
白身魚のフライを齧りながら愚痴る相手に、テーブルに頬杖をついたカスミが面白そうに聞いていた。
「それで、ジェラルド一人でさっさと引き上げてきたんだ」
「当然だろ。あれは、二人で作った自信作なんだ。あいつも、なに考えてるんだか」
不機嫌そうに、ジェラルドはホットコーヒーの紙コップを口へ運ぶ。
そんな仕草に、相槌を打っていたカスミが目を細めた。
「けど、考えナシで言い出した訳でもないんじゃない? ジュンコだって、ジュンコなりの考えがあると思うけど。二人の大事な思い出を仕舞っておきたいな〜とか、二人だけの秘密を作りたいな〜とか。二人、付き合ってるわけだし」
「そっ‥‥それは判るし、そういうのは嬉しいけど‥‥」
ぶつぶつ言いながらコーヒーを啜るジェラルドに、カスミはやれやれと肩を竦める。
「取り敢えず、一度ちゃんと話し合ってみれば? ねぇ、ジュンコ〜っ!」
「なっ‥‥えぇ!?」
突然、大声で友人を呼ぶカスミに、ジェラルドはうろたえ。
「何で、こんな所にいるのよーっ!」
屋台の向こう側で、店の主とサクラの三人で昼を食べていたジュンコが、驚いて立ち上がった。
視線を泳がせれば、離れて見守る屋台の主は味方になってくれそうもなく。
女性三人に囲まれたジェラルドは、逃げ場を失っていた。
「ほら。これに入れるんなら、いいでしょ?」
テーブルに置かれた金属の缶を、呆気に取られてジェラルドが見つめる。
「なんだよ、これ」
「だからぁ。そのまま埋めるの、嫌だったんでしょ?」
口を尖らせるジュンコに、彼はがっくりと脱力して肩を落とした。
「そうじゃなくてだな‥‥」
「あの、私からもお願いです。ジュンコさんの望みを‥‥聞いてあげてほしいの」
おずおずとサクラが口添えすれば、ジェラルドは奇妙な表情をする。
「君は‥‥木から落ちてきた‥‥」
「ね、いいでしょ?」
サクラの後を継ぐように、ずいとジュンコが身を乗り出した。
「ここは男らしく、度量のあるところをみせてあげなよ。タイムカプセルなんて面白そうだし、こうしてお可愛い女の子二人に願いされてる訳だしね。満更でもないんでしょ?」
更に追い討ちをかけるカスミが、意味ありげな笑みを見せる。
三人の女性に説得されて、彼は遂に折れた。
「ごちそうさまでした」
「ああ、頑張れよ」
屋台の主の励ましに、サクラは会釈をし。
三人は、連れ立って歩いていく−−丘へと向かって。
「ん〜、若いっていいよねぇ」
友人達の背中を見送りながら、カスミは冷めたコーヒーを口に運んだ。
●未来への約束
傾きつつある陽の光に、美しい石が煌めく。
初めて見せてもらったソレを、サクラは心奪われたように見つめていた。
「綺麗‥‥」
「そりゃあそうさ。ジュンコがデザインを考えたんだから」
「それを形にしてくれたのは、ジェラルドだけどね」
ジュンコがウィンクをすれば、ジェラルドは小さな指輪ケースを閉じた。
「これは、二人で初めて作った指輪なの」
ケースを受け取ったジュンコは、大切そうにそれを胸に抱いてからクッキーの缶の蓋を開く。
「埋めるなんて、俺はもったいないと思うけどな」
未練があるのか、まだぼやきつつもジェラルドはスコップで土を掘り始める。
その様子を見ながら、ジュンコがそっと呟いた。
「だって、ロマンがあるでしょ? それに子供が大きくなったら、これを渡すの。これが、母さん達の愛の形だぞってね」
「子供‥‥」
「いつになるか、判んないけどね」
言葉を反芻するサクラに、彼女は無邪気に笑った。
「子供か‥‥サクラのように、良い子に育てなくちゃな。少なくともジュンコみたいな、気の強くて人の話を聞く前に、人を振り回すような子にはならないよう‥‥」
「聞こえてたの!? というか、どういう意味よ。それ!」
頬を膨らませてむくれるジュンコに、ジェラルドは「さぁ」と呆けながら彼女の肩を抱き寄せる。
「あ‥‥」
二人のやり取りを見つめていたサクラが、不意に声を上げた。
急に、ずきんと頭に痛みが走る。
鼓動のたびに、痛みはどんどん大きくなり。
「‥‥パ‥‥パ‥‥ママ‥‥」
頭を抑えながら、そこにいるはずの二人へ呼びかける。
がっくりと、土の上に膝をつき。
−−サクラの視界は、真っ暗になった。
「サクラ‥‥サクラ!」
「また、君は乱暴に‥‥頭を打ってるなら、動かさない方がいい」
そんな会話が、耳に飛び込んで。
うっすらとサクラは目を開けた。
物言いたげな母親は、彼女が意識を取り戻した事に気付くと、その表情が安堵へと一変し。
隣で覗き込んでいた父親も、緊張を緩めた。
「大丈夫か。痛むところは‥‥」
身体を起こしたサクラは、手を伸ばして二人へしがみつくように抱きつく。
「ちょっと‥‥どうしたの、サクラ?」
「‥‥ううん、なんでもないの」
顔を上げたサクラが笑顔で答えれば、両親は不思議そうな顔をして。
そして改めて、娘を抱きしめた。
「これ、懐かしいわね」
バスケットを下げた純子が、錆びたクッキー缶の中から放り出された指輪を愛しそうに指にはめてみた。
「今からみると、子供のおもちゃみたいなもんだが」
眠ってしまったサクラを背負うジェラルドは、苦笑いで妻の指に輝くアクセサリーを眺める。
「でも輝きは‥‥今も昔も、変わらないんだな」
「私が頭を捻ってデザインを考えて、不器用な貴方が形にして」
思い出してくすくすと笑う純子は、通りの屋台にふと足を止めた。
「久し振りに、買ってもいいかしら。お弁当、食べ損なっちゃったし」
彼が頷けば、妻は足早にフィッシュ&チップスを売る屋台のへ駆け寄る。
「ソルトとビネガーと、どっちで?」
店の主と会話を交わし、テイクアウトの紙袋を提げた純子が足早に戻ってきた。
「しかし‥‥久し振りに、三人揃っての外出だったのにな」
「いいじゃない。明日でも、明後日でもまた行きましょう」
「ジュンコ‥‥」
「もう一度‥‥これを作った頃を思い出して、ね。悪くないでしょ?」
「そうだな。悪くない」
噛みしめるように、彼は答える。
幸せそうな寝顔でジェラルドの背に揺られるサクラに、純子は微笑んだ。