Limelight:さくら一夜アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
風華弓弦
|
芸能 |
フリー
|
獣人 |
フリー
|
難度 |
やや易
|
報酬 |
なし
|
参加人数 |
15人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/07〜04/09
|
●本文
●再び、桜の宿へ
液晶画面を眺めながら、音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は思案していた。
それからふと思い当たったように、纏めたダイレクトメールの束に手をやり、そのうちの一通を選び出した。
去年と同じ封筒の封を切れば、やはり去年と同じ文面の案内状が現れる。
手を伸ばして電話を取り、封筒を見ながら数字のボタンを一つ一つ押し。
すぐに繋がった相手と、数分言葉を交わしてメモを取り。
やがて、会話を終えて受話器を置く。
それから川沢はPCのキーボードを引き寄せ、キーを叩き始めた。
文を打ち終えるとマウスを取り、クリックを数回。
液晶の画面に『メール送信終了』の表示が出て、消えた。
「今年も、あの旅館に行くだぁ?」
『ああ。だから、予定の方をよろしく』
「まぁた、勝手に決めやがったな‥‥」
受話器越しの川沢の言葉に渋い表情を浮かべ、ライブハウス『Limelight』のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)は煙草の灰を灰皿に落とす。
『去年も好評だったようだし、今年も楽しみにしている人もいるみたいだからね。それに、杉原社長からの『預かり事』もあって』
「社長サンが、なんだって?」
アイベックス社長の名前に、電話の向こうの相手に見えないながらも佐伯は怪訝な顔をした。
『何度かヨーロッパ絡みの仕事をした際に会ったコが、休暇で初めて日本に来るらしいんだよ。一緒に仕事をした縁もあるし、よろしくってね』
「‥‥で、あそこに連れて行くのか。大丈夫か?」
『うん。これまでの仕事で、日本にもそれなりに顔見知りがいるみたいだからね。先方サイドからは、ゆっくり休養を取らせて欲しいって話だし、あの宿なら人目を気にせずのんびりできて、いいだろう?』
「いいだろうっていうか、お前の事だからもう宿は押さえてあるんだろ?」
『勿論』
当然といわんばかりの返事に、佐伯は生ぬるく紫煙を吐き出した。
●旅館『夕凪亭』案内
『お部屋から海が望める温泉旅館です。お部屋は全て和室となっていますので、ご家族揃って御寛ぎいただけます。
温泉の泉質は弱アルカリ性単純温泉で、無色無臭。疲労、ストレス解消、神経痛、筋肉痛、冷え性など一般的な温泉の効能が期待できます。
大浴場は木造りの男湯と女湯、石造りの混浴露天がございます。露天入浴の際はタオル持込可となっておりますので、女性の方も安心して入浴いただけます。
どの湯からも、春の時期には当旅館自慢の桜を楽しめ−−』
●北欧から
「まぁ、本来なら一週間くらいじっくりと、遊びに放り出してやりたいところナンだが‥‥」
咥え煙草で車のハンドルを握る中年男に、イルマタル・アールトが少しばかり不安げな顔をした。
「あの‥‥私一人で、大丈夫でしょうか‥‥日本って、行った事ないですし‥‥」
「心配するな。アイベさんの方から、迎えをやってくれるって話だから。お前も会った事のある相手だし、大丈夫だろ?」
暢気なマネージャーの様子を窺うように、じっとイルマタルは相手の横顔を見る。
「どした。まだナンか、あるか?」
「あ、いえ‥‥」
気付かれて、慌ててふるりと髪を横に揺らした。
「ま、短い時間だが、存分に息抜きしてこい。土産とか、気にしなくていいからな」
やがてアパートメントの前で、車は止まり。
降りたイルマタルへ、マネージャーはひらひらと手を振る。
礼を告げて別れたイルマタルは、様々な感情の入り混じった複雑な表情で、部屋の鍵を開けた。
●リプレイ本文
●春の路へ
鋼鉄の機体が、青い空を裂いて飛び立つ。
陽光を弾く眩い白に目を細めたベス(fa0877)は、それを見送っていた。
「あ‥‥きたきた。遠目に見ても、一目でわかるな」
ランプレッサWRXの運転席に座った早河恭司(fa0124)の声に視線を移せば、ターミナルから四つの人影が車へ歩いてくる。
「ぴゃ〜、こっちだよ〜♪」
ベスが大きく手を振れば、イルマタル・アールトの手を握った紗綾(fa1851)が、赤毛を揺らして兎の如く跳ねる様に駆けてきた。楽しげに二人を眺める深森風音(fa3736)と、イルマのキャリーバックを運ぶ川沢一二三も、後に続く。
「お待たせ〜!」
「それだけ賑やかで、よく人に掴まらないもんだ」
感心する恭司に紗綾は何の事かと首を傾げ、思わず風音はくつくつと笑った。下手に揃って出迎えても目立つ為、二人で迎えに行ったのだ。
「つい、見守ってしまうんだよ。楽しそうだから」
「なるほど」
風音の見解に、恭司はどこか納得し。
「ようこそ日本へ♪ こっちは暖かいでしょ? コート持とっか?」
イルマに飛びついたベスは、早速世話を焼いている。
「川沢さん。イルマの荷物は、俺が」
「ああ。お願いするよ」
車を降りた恭司は、川沢から小振りな鞄を預かった。彼が鞄を積む間に、紗綾はイルマを後部座席へ誘う。
「都心の風景が見えるし、窓側がいいよね」
「助手席でなくて、いいのかな?」
含んだ視線で風音が運転手を見やれば、紗綾はハタと動きを止めた。
「う〜‥‥そうだったね。でもやっぱり、イルマちゃんの隣に座って都心案内した〜いっ」
ジレンマに陥る紗綾に、恭司が苦笑を浮かべる。
「いいよ。貸しにしとくから」
「わ〜い!」
「よかったね、恭司さん優し〜い!」
喜ぶ紗綾とベスの耳に、『貸し』という言葉は届いてなさそうだ。
「では、また明日。安全運転でね」
『はい!』
笑顔で釘を刺し、タクシー乗り場へと向かう川沢の背を、明るい返事で四人は見送った。
軽やかになる呼び鈴の音に、クク・ルドゥ(fa0259)が弾かれたように立ち上がる。
「みんな、着いたかな。迎えに行こ!」
「はいっ。て、ククさんっ?」
手を引かれた宇藤原イリス(fa5642)は、容赦なく引っ張られていく。
急いでドアを開ければ、そこにはLUCIFEL(fa0475)が軽く片手を挙げていた。
「よぅ」
「急いで出てきたのに、イルマちゃんじゃない〜!」
「随分な歓迎だな。新車の慣らしがてら、寄ってやったのに」
「車、買ったんだ?」
「いや、バイク。車だと、助手席に乗りたいってコが殺到して困るだろ」
ふっと憂いをみせるLUCIFELに、ククは生ぬるい笑顔を作り、会話を聞くイリスは忍び笑う。
そこへ、五人を乗せたランプレッサが到着した。
車から降りてきた小柄な少女に、両手を広げてククが駆け寄る。
「イルマちゃん、久し振りぃ〜!」
「ククさ‥‥ぅきゅ」
本日三度目の手厚い歓迎にイルマは返事をする間もなく、ククの腕に埋没した。
「はじめまして! よろしくお願いします!」
「あの‥‥こちらこそ、初めまして」
勢いよくイリスがぺこんと頭を下げれば、イルマもおずおずと会釈をする。
イルマを『だきゅ』るククに腕を回して、風音が抱擁に加わり。
「それにしても、女の子はふにふにしていて可愛いねえ〜」
「風音‥‥」
荷物を降ろしつつ、何か言いたげな恭司の微妙な表情へ、風音はにんまりと口角を上げた。
「ふふ。羨ましいかい?」
「く‥‥っ」
微妙に悔しそうに歯噛みをする彼を、紗綾が珍しそうに見物し。
「黒さで負けてる?」
「だから、黒いって言わない」
「あぎゅ〜」
じろりと睨まれて、慌てて風音の後ろに逃げる。
「賑やかなところ悪いが、俺は先に戻るな。紗綾をいぢりたいところだが、明日に備えて慣らしもあるし」
「いぢらなくていいもんっ」
ヘルメットを被り、プレミアムバイクNR750に跨るLUCIFELへ、風音の背中に隠れながら紗綾が抗議した。
紗綾の家でしばし寛いだ後、日が暮れる前に恭司が暇を告げる。
「今日は夜更かしせず、イルマを寝かせてやれよ」
念を押す恭司に、ククや紗綾は笑顔を返した。
「そのかわり、二日目は眠れないから覚悟してねっ♪」
ぶんぶんと手を振るベスへ、イルマも小さく手を振り返す。
「じゃあ、明日ね〜!」
「こら、窓から顔を出さない」
車の窓からまだ顔を出すベスを、恭司が掴んで引っ込め。
唸りを上げて走り去る車を、五人は見送った。
「とはいえ‥‥明日は浴衣だから、今夜はパジャマパーティだね」
「はい!」
浮かれるククに、イリスが笑顔で同意する。
「私の場合は、襦袢だけど?」
冗談めかした着物姿の風音へ、「問題ないよ!」と紗綾が胸を張った。
「イルマさん、そろそろ中に入りません?」
普通の街並みすら珍しいのか、周りを見回すイルマへイリスが声をかける。
「あ、はい」
「夜はまだ、冷えるもんね」
「でも、寒いと温泉楽しみだよね。イルマちゃんは、温泉入った事ある?」
「いえ‥‥」
「じゃあ、一緒に入ろう! それに明日は別の部屋になっちゃうから、今日は紗綾さんと三人、手を繋いで寝よ〜!」
「仲良く川の字だね」
そんな会話を交わしながら、女性陣は家の中へと戻った。
●出立も賑やかに
「で、これはパレードかなんかの真似事か?」
集合場所となった『Limelight』へ集まった車を、佐伯 炎が面白そうに見やった。
佐伯のワゴンの他に、恭司のランプレッサと篠田裕貴(fa0441)のフェアレデZZ、慧(fa4790)のモービルスパイクW。そして、シャノー・アヴェリン(fa1412)のパイレーツ1200Sが停車している。
更に合流の必要がない弥栄三十朗(fa1323)とマリーカ・フォルケン(fa2457)は、三十朗のクワトロで。LUCIFELもまた、NR750で現地へ直行していた。
「なんていうか、こう‥‥車選びも、らしさが出てるわね」
個性的でスポーティなフォルムの二台と実用的なトールワゴンを見比べ、アイリーン(fa1814)が感心する。
「基本、安全運転を心掛けてるし、完全禁煙仕様だから安心して良いよ」
バーニングレッドの車体を興味深そうに覗き込むアイリーンへ、裕貴が助手席のドアを開いてみせた。
「にしても、慧はともかく、ランプレとフェアレデにケツ追っかけられるのはなぁ」
「僕のはいいの?」
ぼしぼしと頭をかく佐伯を、異論ありげな慧が見上げ、思わず裕貴はくすと笑う。
「今日は佐伯さんの後ろをついて行くから、飛ばさないけどね」
「煽るのも禁止。今回は女性が多いからな」
「そういえば川沢さん以外、男の人は車かバイクなんですね」
思い当たって聖 海音(fa1646)が顔ぶれを確認すれば、星野 宇海(fa0379)も改めて人数を指折り数える。
「そうなりますね。女性が沢山で、賑やかですわ」
「はい。それに、華やかです」。
海音と宇海、それに風音とククは、上品な春めいた着物で装っていた。
裕貴はアイリーンと。恭司の車には、イルマと風音が同乗し。
慧の車は紗綾、クク、イリスの四人。そしてワゴンに宇海と海音、ベス、川沢が乗る。
「‥‥見たところ、音楽関係者が大半で‥‥年の近い人も多いです‥‥イルマが知っている人も、沢山いますし‥‥」
大丈夫と、シャノーは不安げなイルマへ頷いてみせた。
「‥‥ところで‥‥昨夜は、よく眠れましたか‥‥」
シャノーの気遣いに、イルマは「はい」と小さく頷く。
「お話中、失礼します。お二人とは初めましてですね。どうぞ宜しくお願い致します」
声をかけた海音は丁寧にお辞儀をして、イルマへ小さな包みを差し出した。
「車中ででも、恭司様や風音様と召し上がって下さい。焼メレンゲに、一口サイズのお餅です。お餅は中はさくら餡、外にうぐいすきな粉を塗してみました。春色で可愛いかと思いまして‥‥楊枝が入ってますので、手軽に食べられますよ。お口に合えば、いいんですけど」
「海音さんの手作りお菓子は、とっても美味しいんですよ。私が保障しますわ」
遠慮がちに受け取るイルマへ宇海が説明を加え、海音は照れてはにかむ。
「有難うございます。宇海様には、苺クリームサンドのワッフルも用意していますので」
「本当? 楽しみですわ。お茶を持ってきましたので、好きなものを選んで下さいね」
「海音のお菓子は美味しいだけでなく、とても綺麗だからね」
付け加える裕貴もまた、小分けした袋をイルマへ手渡した。
「俺からは、ポルボローネとラングド・シャ、オレンジ風味のサブレとマドレーヌ。車の中でも食べ易いものを、作ってみたよ。シャノーも、途中休憩か宿に着いた時にでも食べて」
「‥‥はい‥‥いただきます‥‥」
突然の差し入れに、シャノーもやや嬉しそうに小袋を貰う。
「アイリーンには、助手席特権でブラウニーをおまけでね」
「ありがとう、裕貴さん。目的地まで二人でドライブ、ヨロシクね♪」
片目を瞑る裕貴に、アイリーンは手を打って喜び。
それからイルマと目が合うと、彼女は挨拶代わりに軽く友人を抱きしめる。
「‥‥うん、久しぶり。日本で会うなんて変な感じだけど、嬉しいわ」
「そうですね。きっと、アイリーン達が勧めてくれたからです」
再会の言葉を交わす少女達に目を細めた海音は、佐伯へと歩み寄り。
「佐伯様へは、ブラックガムもご用意しました」
「あ〜‥‥川沢ならともかく、喉が商売なヤツを乗っけて吸う訳にもいかんか」
差し入れにやれやれと苦笑する佐伯に笑いつつ、海音は慧にも包みを渡した。
「紗綾様と慧様には、フォーチュンクッキーを作ってきました」
「ありがとう、海音さん。もしかして、メッセージ入り?」
慧の問いに海音は「はい」と微笑み、無邪気に紗綾がはしゃぐ。中には「楽しく幸せな時間を過ごして下さいね」と彼女からのメッセージが入っているのだが、二人が見るのは数刻後の事。
「桜に温泉に、慧君の新車の初助手席。今日は、楽しみいっぱいだね」
「佐伯さんの後についていけば、道も迷う事なさそうだしね」
日本の道を走るのが不慣れな慧は、ちょっとだけ安堵の息を吐いた。
車窓の外には、菜の花の黄色い絨毯が広がっている。
遠くには淡い桜の薄紅が揺れ、青い空と白い雲のコントラストをマリーカは楽しげに眺めていた。
「とても綺麗な彩りですわね‥‥先生もお仕事で忙しいでしょうけれど、ご一緒できて嬉しいですわ」
助手席のマリーカが、壮年の男の横顔を眺める。
「他ならぬ、キミからの誘いですし。それに‥‥いつもどういう方達と仕事をしているか、気になりますから。直接お会いして失礼がないよう、来られる方がどんな方なのか、教えてもらえますか」
「はい。構いませんけれど‥‥?」
不思議そうにしながらも、マリーカは参加する顔ぶれを指折り数えつつ説明し。
彼女の声を聞きながら、楽しげに三十朗はハンドルを握っていた。
駐車場にバイクを止めてヘルメットを脱げば、去年と変わらぬ風景が彼を迎える。
「今年も、一番乗りか」
満足そうに、LUCIFELは斜面の桜を見上げ。
ヘルメットと鞄を提げた彼は、旅館の従業員達が迎える玄関へと向かった。
●夕凪亭の花宴
引率役となる川沢と佐伯は別にして、残る十六人は三つの部屋に分かれた。
男五人は一室に。ククと宇海、海音、紗綾、マリーカ、イリスが同室となり、残る五人が別の部屋となる。
「うわぁ〜、海が見えます〜!」
部屋に荷物を置いた者達は思い思いに寛ぎ、歓声を上げてイリスは窓へと駆け寄った。
窓から顔を出せば、潮風が彼女の金髪を撫でる。
彼女は念のためにと黒髪のカツラを用意していた。だが、今回の参加者は外見が日本人らしくないメンバーも多いため、『変装』はせずにいる。
「やっほー、イリスちゃん!」
名前を呼ばれて見れば、隣の窓からベスが同じように顔を出していた。
「いい景色でしょ!」
「はい!」
「イリスちゃん、あんまり身を乗り出すと落ちますわよ」
見かねた宇海が、娘ほどに年の離れた少女の背中に声をかける。
「じゃあ、そっちに行くね!」
「はいっ」
大人しく、ベスとイリスは顔を引っ込めて。
女性陣はククが作ったリンゴとサツマイモのチップスをつまんで、話に花を咲かせていた。
宿周辺の山桜は五部咲きと、これからが見頃だ。
「今年も、綺麗に咲きましたわね」
宇海から誘われたLUCIFELは、去年と同じ散策コースを歩いていた。
「騒々しく皆で見る桜もいいが、まったりと眺める桜は一際いいよな。もっとも、麗しいレディが傍にいると、霞んじまうが」
相変わらずなLUCIFELの軽口を、宇海は笑いながら聞く。
「お二人も、桜散策ですの?」
声をかけられて振り返れば、丹前を羽織った三十朗とマリーカが歩いてきた。
「ええ。ここは、夕暮れの桜も綺麗ですわよ」
「それは楽しみですな」
短い言葉を幾つか交わした四人はまた二組に分かれ、別々に桜の下を歩く。
一方、館内の小さな庭園の桜は満開で、散る花の下で裕貴が佇んでいた。
「あいつも、来れば良かっ‥‥」
何気なく、ぽつりと出かかった言葉を飲めば。
どむっ! と、背中に不意の『襲撃』を受けた。
「くっ‥‥ククだな」
「勿論!」
明るく答えるククは、裕貴の背中にぶら下がっている。
「ホント、人の背に乗るのが好きだな」
「だって、そこに背中があるんだもん! 佐伯さんや川沢さんの背中も、乗ってみたいんだよね〜」
人の背中で色々と画策するククに、彼は思わず笑う。
「何か、おかしい?」
「いや。ククに背中を狙われ、紗綾には抱きつかれて、佐伯さん達も大変だなって」
裕貴の言葉にくすくすと別の声が笑い、二人はそちらに目を向けた。
「そろそろ、お夕食だそうですよ」
知らせに来た海音に、ぽんとククが裕貴の背中から降りて駆け寄る。
「海音さん、おやつ美味しかったよ」
開放された裕貴は背筋を伸ばし、彼女らの後に続いた。
日が暮れると、宴場で宴が始まった。
春の香を集めた海の幸や山の幸をふんだんに使った日本食中心の料理に、それぞれ舌鼓を打つ。
箸に慣れぬイルマの為に風音が仲居へフォークの類を頼み、アイリーンやベスが料理の趣向や食べ方などをアレコレと教えていた。
「でね。日本では目上の人や偉い人、お世話になった人へお酌をしに行くのよ」
「それだと、皆さん全員にお酌をしないと‥‥?」
「アイリーン、変な事をイルマに吹き込まない」
真剣に悩むイルマに、恭司が会話へ割ってはいる。
「川沢さん達に、お酌してくるね」
ちらと舌を出したアイリーンは、立ち上がってビール瓶を手に移動した。
彼女を見送るイルマは、じーっとビールの大瓶を見つめる。
「‥‥では、ジュースを‥‥入れてもらえますか‥‥」
一回り小さいジュースのビンを示して、シャノーが空のコップを差し出した。
「あ、はい」
「こっちもよろしく」
「あたしも〜!」
風音やベスが次々と『候補』に名乗り出て、イルマは忙しくジュースを注ぐ。
「慧君には、あたしが入れるね。ビールで大丈夫?」
「うん。沢山入れなくて、いいからね」
紗綾の酌を慧が受ける一方で、佐伯は烏龍茶を傾ける裕貴に目をとめた。
「裕貴は、水割りでも作るか?」
「えっと‥‥折角だから、少しで」
辞退するのも惜しく裕貴が頼めば、慣れた手つきで佐伯はグラスに氷を落とす。
「ところで、すっかり忘れていましたけれど‥‥」
思い出したように、宇海が佐伯へ話を切り出した。
「以前、私が川沢さんに通じる物が有ると言われまして‥‥気になっていましたの。折角の機会ですし、どういう意味か、改めて伺いたいですわ」
にっこりと宇海は笑みを向けるが、目はあまり笑っておらず。
「‥‥そういうトコが、似てんだって」
げんなりと、佐伯は肩を落とした。
「自分では演奏や歌唱は出来ませんけれど、音楽自体は好きですから‥‥こうして、素晴らしいアーティストの皆さんとお知り合いに成れた事を、嬉しく思いますよ」
猪口を手にした三十朗に、川沢が銚子を向けた。
「昨今は、ミュージシャンがお芝居に飛び込む機会も増えていますけどね。マリーカさんも、『女優』の仕事も多いようですし」
「そうですわね」
「マリーカさんお綺麗ですけど、やっぱりスキンケアなんかは専門サロンでされるんです?」
興味があるのか、イリスがあれこれとマリーカへ尋ね。
「指長いですし、ネイルアートなんかも素敵ですよ」
「でも、ピアノを弾きますから‥‥」
残念そうなマリーカに、少女が首を傾げる。
「楽器を弾く人は、どうしてもね。爪が長いと邪魔になったり、折れたりするんだよ」
川沢の説明に、イリスは「そっか」と小さく呟いた。
宴の切れ間に、おずおずとイルマが鞄を取り出す。
「あの‥‥お世話になる人に、お土産するのが日本の礼儀だってマネージャーさんに教わって‥‥気に入ってもらえるかどうか、判らないんですけど‥‥」
「ぴ? なになに?」
興味深げに、ベスが手元を覗き込む。
判る相手にはイルマがチョイスし、初対面の相手は川沢に話を聞いたという土産は、装身具から小物まで様々だった。
宴が進むと、余興も飛び出してくる。
「一番、宇海。僭越ながら、歌わせていただきます。『コノハナサクヤ』ですわ」
紗綾とアイリーンがギターを用意し、宇海が先陣を切った。
音響設備がないため、マイクを通さぬ生声生音で。
合いの手のように、慧が拍を入れる。
「 足音並んで通った道も
今日が最後と春風が吹く
言い尽くせない言葉と想い
降り積もって視界を染めた
明日からは僕の居ない世界を歩く
君に送ろう 幸せ祈って 」
弦がリズミカルに刻むミディアムテンポに、柔らかな声を重ねる。
まず軽やかに。それから、ゆったりと大らかに。
「 Cherry blossoms
此花咲夜(コノハナサクヤ)いつか満開
薄紅染まる虚空見上げて
Cherry blossoms
この手離れて見送る人に
どうか忘れず今この時を‥‥
君の未来の片隅に
僕からの祝福が降りますように 」
一言一言を噛み締めるように、思いを込めて。
静かに紗綾が最後の弦を弾けば、拍手が返ってきた。
「はーい、あたし達も歌いまーす!」
しゅたっとベスが手を挙げる。
「はい、シャノーさんも風音さんも一緒に!」
「‥‥はい‥‥?」
「歌はちょっと‥‥」
「いいから、手拍子だけでも!」
問答無用で、ベスは風音とシャノーにマラカスを一つずつ握らせて。
音頭をとって、二人とテンポを合わせる。
「 I want to become a wind...
その背中を押す 風になりたい
悲しみも戸惑いも 胸に閉じ込めないで
寂しいときは ぎゅっと包むから
『ひとりじゃない』こと どうか忘れないで
きっと出来るよ みんな支えてくれるから
新しい一歩 踏み出せるよ
あなたを支える 風になりたい
We want to become the winds 」
にこやかに唄い終えると、ベスはぺこんと頭を下げた。
「まだまだ拙い演奏ですが、『さくらさくら』でも一曲。日本に古くからあるシンプルな春の曲ですので‥‥宜しければ、イルマさんに日本での良い思い出として、お土産代わりに覚えてもらえたらと思います」
昨年同様に琴を用意した海音は、義爪を付けて軽く音を確かめる。
最近はフィンランドでも琴が紹介される機会が多い為か、イルマは興味深げにその様子を眺めていた。
一呼吸置き、海音は弦を涼やかに弾く。
音を覚えやすいよう、歌のメロディだけをまず奏で。
1フレーズを終えると、今度は伴奏の音を加えて彼女は唄い。
透明感のある歌声に、宇海が息を合わせる。
日本人ならば一度は耳に挟むであろう歌を、誰ともなく口ずさみ。
紗綾やククにも教えられながら、イルマも一音一音を真似る。
『さくらさくら』の合唱で、宴の夜は更けていく。
●夜桜の下で
ぴっちりと身体にタオルを巻いたイリスは、じっと宇海の胸元を見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ、何でも」
様子に気付いた宇海にもじもじと答え、イリスは自分の胸に視線を落とす。
「イリスちゃん、成長期ですもの。これからまだまだ、育ちますわ」
少女らしい悩みを見取って、宇海が微笑む。
「う〜ん‥‥ヨーロッパの温泉とは、また違った良さがあるわね。『世界温泉探訪録』なんて番組、ないかしら」
頭上の桜を眺めつつアイリーンが手足を伸ばし、一方でイルマは四角く座っている。
「イルマちゃん、もっとリラックスしていいからね。あ、背中流す?」
湯をかいて近づいた紗綾が誘えば、「はいはい」とベスも手を挙げる。
「皆で輪になって、流しっことか?」
「それもいいかも」
あれこれと相談する中、アイリーンはそっと移動し。
「隙あり!」
お湯を跳ね上げて、ククの背中へ飛びついた。
「あ、アイリーンさ〜ん!?」
「ふふふ。いつもククさんが乗る側とは、限らないわよ〜!」
「うぅ‥‥なんのーっ!」
「‥‥桜の下でこうして飲むのも、粋なもんだね」
我関せずで、銚子を置いた木桶を湯に浮かべた風音が、ちびちびと猪口を傾ける。
仕切り越しでも聞こえる女湯の騒ぎに、LUCIFELがやれやれと肩を竦めた。
「随分と、楽しんでるようだな」
「そうだな。ところで、ルシは混浴には行かないのか」
意外そうな恭司に、LUCIFELはちちと指を振る。
「レディに誘われれば、別だがな」
「へぇ‥‥」
妙に感心しながらも恭司は少しだけ胸を撫で下ろし、淡いライトが照らす桜を見上げた。
風呂から部屋に戻ってからも、話は尽きず。
「それで、慧様とはその後どうです?」
「どうって‥‥それよりも海音さんは、ホントの婚約はいつ?」
「それは‥‥ゆっくりと相談していますから‥‥」
そんな恋の話をぼんやりと聞くイルマの頬を、不意に後ろから引っ張る約一名。
「はひゃ、ひゃにょーにゃん」
「‥‥今は、悩む時ではありません‥‥折角の日本旅行を、楽しまないのは‥‥損です‥‥」
うりうりと湯上りの頬をシャノーがつつき、風音が笑って友人に同意する。
「そうだね。たまにはいろんな事を忘れて楽しむのも、大事な事だよ」
「イルマ。髪、結んであげる〜!」
長さ5m、太さ30cm程のでっかいレインボーリボンを、ベスが取り出し。
「それで結ぶの?」
「ぴよ? 変かな?」
「というか、イルマさんがリボンでラッピングされてしまいますわ」
「ぴ〜、綺麗なのにぃ」
「というか、いっそ可愛くラッピングします?」
「え〜、ラッピングしたら、恭司君に持って行かれちゃうよ〜っ」
わいわいと自分を囲んで飛び交う会話に、イルマはあわあわと慌てふためくが言葉も挟めず。
「ラッピングしてなくても、持っていっていい?」
場違いな声に、その場の時間が一瞬止まった。
「恭司君、女の子部屋なのにね」
「よっぽど、イルマさんと混浴露天に入りたいとか」
いぢる相手を取られたククと風音が、適当な推測を交わしていると。
「あたし、少し夜桜を見てくるね」
すっくと紗綾が立ち上がる。
「いいねぇ、春な人は」
呟く風音にククはくすくす笑い、紗綾の背を見送った。
「夜桜も、綺麗だね」
ひらひらと舞い散る花に、慧が目を細める。
「うん‥‥桜は一番好きなお花なの。美しくて儚くて、寂しくて切なくて‥‥花弁が舞い散る風景は夢の様で。いらない事まで思い出しちゃいそうで」
桜を見つめて呟く紗綾は、おどけた風に慧を見上げた。
「えへへ、しんみりは似合わないねっ」
笑顔の恋人に彼はゆっくりと一つ深呼吸をして、ジャケットを脱ぐ。
「こうして‥‥一緒の思い出が少しずつ増えるのって、凄く嬉しい」
パジャマの上に、ジャケットをかけ。その上から、慧は細い肩を抱いた。
「これからも、ずっと一緒にいようね。紗綾」
「‥‥うん」
紗綾は、慧にもたれかかり。
二人は静かに、夜に浮かぶ桜を眺めた。
規則正しく、波の音が繰り返す。
「寒くない?」
「はい、大丈夫です」
恭司が尋ねれば、イルマは慌てて頷いた。
「寒いようなら、露天に行ってもいいけど」
「あの、大丈夫ですので」
頬を染めて繰り返す少女に、恭司は思わず笑う。
浴衣の上に上着を羽織ったイルマは、慣れないのかサンダルを引き摺っていた。そんな彼女の歩調に合わせて、彼もゆっくりと歩く。
「桜、綺麗だね」
ライトアップされた宿の桜を振り返る恭司に、イルマもまた顔を上げ。
特別何かを話す訳でもなく、ただ恭司の手をぎゅっと握った。
夜の散歩をする二人を、青い双眸がじっと見つめる。
「風邪ひくよ」
気安くかける声に彼女は一瞬鋭い視線を投げるが、姿を見せた相手に緊張を解いた。
「‥‥散歩、ですか‥‥川沢さん?」
「そんなところかな。『預かりモノ』に何かあっても、困まるしね」
訝しむシャノーに川沢はごそと袂を探り、缶珈琲を差し出した。
「飲まなくても、暖取りに」
少し迷って、シャノーは暖かい缶を受取り。
「‥‥川沢さんも‥‥気をつけて‥‥」
「ああ、ありがとう」
礼を告げると、静かに川沢は場を離れる。
暖かい珈琲缶を両手で包みつつ、シャノーは再び海辺の影に注意を戻した。
「ところで、お二人はお元気ですか? 機会があれば、また御一緒したいですね」
「うん‥‥まぁ、ね。伝えておくよ」
海音の言葉に、裕貴は微妙な笑みで答えておく。
すっかり人気のない露天風呂で、二人はのんびりと湯に浸かっていた。
共に心に決めた相手がいる同士、こうして話すのも逢瀬ではなく。
「こうしていると‥‥裕貴様はお兄さんのようで、一緒に居ると安心しますね」
ふふと小さく笑う海音に、裕貴も笑顔をみせた。
「『兄みたい』って言われると、なんか嬉しいなぁ。俺、末っ子だし‥‥妹が出来たみたいで」
「そう言っていただけると、私も嬉しいですわ」
「で、海音の方こそ、彼は大事にしてくれる? って、聞くまでもないか」
「ええ、はい‥‥ところで裕貴様、可愛い寝間着ですね」
「うん。正月に、川沢さんから貰ってさ‥‥」
降る桜の花弁の如く、二人は恋や趣味や近況といった話に興じた。
「イルマ、まだ起きてる?」
声を潜めてアイリーンが聞くと、小さく「はい」と返事がする。
「あのさ‥‥ゴメンね。イルマの力になりたいけど‥‥何したらいいか、わからなくって。もし、何か悩んでることがあったら、私でもシャノでも恭司さんでも良いから‥‥相談してね。ククさんも紗綾さんも、こっそり心配していたみたいだし‥‥それだけ。明日からまた‥‥頑張ろうね」
アイリーンの囁きに、隣の布団がごそりと動く。
寝返りを打ったイルマは何かを言いかけ、言葉に迷ったように俯いた。
その様子に、寝付けなかったのかベスもまた寝返りをうって半身を起こす。
「あの‥‥あのね、イルマ。何か心配事があるなら‥‥話してくれても、くれなくてもいいけど、これだけは忘れないでね。あたし、何があってもイルマの力になるから‥‥ね♪」
月明かりに、ベスは励ます笑顔をみせて。
布団に半分隠れたイルマの表情が、くしゃりと歪む。
「私‥‥この間は、足手まといで‥‥何にも出来なくて。それでも、私の力が必要で、大事な人を助ける事ができるって言う人がいて‥‥私、何も出来ないけど‥‥」
何かできますよね、と。
小さくしゃくりあげるイルマの髪を、手を伸ばしてアイリーンが何度も撫で。
シャノーと風音は身動きせず、じっと会話を聞く。
窓の外、夜空には少し欠けた更待月が輝いていた−−。