揺れる振り子ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
5Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
29.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
04/12〜04/15
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●本文
●乖離する夢と現実への躊躇
ゆらゆらと、振り子のように古ぼけた鍵を揺らす。
「ぼーっとしておると、どこぞに鍵をすっ飛ばさぬか?」
同居人レオン・ローズに声をかけられ、揺れる鍵を眺めていたフィルゲン・バッハが顔を上げた。
「帰ってたんだ」
「うむ。気付かぬとは、腑抜けもいいところであるぞ」
抱えていた大きな紙袋をキッチンのテーブルに置いたレオンは、牛乳や生鮮食品を冷蔵庫へ無造作に突っ込む。
リビングのソファから立ち上がって、フィルゲンも作業を手伝おうとし。
「むむ? フィルゲン君は、大人しく座っていたまえ」
「いや、手伝うよ。ぼーっと考え事していても、しょうがないし」
「むしろここは一つ有難く、任せておくべきであるぞ」
「だって、最近はレオン一人に買い物任せてる訳だし、僕も何か手伝って‥‥」
言いながら、紙袋から品物を取り出していたフィルゲンが、ふと手を止めた。
その隙に、レオンはがばっと紙袋を抱えるように引き寄せる。
「‥‥レオン」
「どうしたのかね?」
「‥‥最近、どうも食費がかさんでる気がするんだけど」
「き、気のせいではないか? それとも、あれだ。よく食べ、よく働きで‥‥」
「ほ〜ぅ?」
両手をワキワキさせつつにじり寄るフィルゲンに、紙袋を抱えたレオンはテーブルを間に挟むように移動し。
「‥‥何で逃げるかな〜?」
「ソレはアレだ。追いかけられれば、逃げるのは当然という‥‥とぅ!」
テーブルを回り込んでリビング側に立ったレオンが、くるりと背を向けて自室へと駆け出した。
無論、フィルゲンはその後を追う。
閉めかけたドアに体当たりし、とっさに隙間へ足を捻じ込むが。
「あだだだだだっ! 足挟まってるって、あーしーっ!」
「抜けばよかろう!」
「観念して開けろよ! ってか、ドアを押すな。痛いからーっ!」
木の板一枚を挟んだ騒々しい攻防の末、結局レオンが根負けした。
「−−で、だ。とりあえず、食費でおやつ買うなっ! つーか、おやつを食事代わりにすんなっ!」
「仕方なかろう。最近、作り手が不在ではないか」
堂々と胸を張るレオンに、フィルゲンは頭痛を覚える。
没収した紙袋からは、キャンディバーやチョコレートバーにスナックなど、菓子の類が転がり出てきた。
「なんで、自分で作ろうとか考えないんだよ」
「朝は、パンくらい焼いておるぞ?」
「昼も夜も、ちゃんと作って食えっ!」
「そうは言うが‥‥なぁ」
「反論却下」
腰に手を当て、ずぬ〜んと見下ろして威圧するフィルゲンに、レオンはしょぼんと散らばった菓子を拾って、紙袋に戻し。
一つ溜め息をついたフィルゲンも、それを手伝う。
「‥‥なぁ、考えてたんだけどさ」
「うぬ?」
「黒森の一件から、手を引こうかなって。大叔父さんは首を縦に振らないだろうし、遺跡が何かは気になるけど‥‥僕は映像作る方が本分だと思ってるし、大叔父さんは怪我するし、この部屋だって安全とは言い切れないし‥‥竜の獣人だからって理由だけで、大叔父さんは子供までバッハ家の事情に巻き込もうとしてる。遺跡だって、何があるか判らないし‥‥僕は足手まといだし」
迷いを吐露する友人に、レオンは腕組みをして「ふむ」と唸る。
「ただ、多くの者が関わっている以上、フィルゲン君の一存で『ない事』にはできんであろう。そこら辺は、ぶっちゃけて話をしてみるべきではないかね」
「そうだね‥‥」
首にかけた鎖にぶら下がった鍵を、フィルゲンは浮かない表情で見つめた。
●リプレイ本文
●突然、オタク訪問!?
うららかな春のお昼前。
ロンドンの片隅にあるアパートメントには、突然の『客』が訪れていた。
「なんで、みんなで家にきてんだーっ!」
叫ぶフィルゲン・バッハに、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が今更という顔をする。
「問題ないって、言っていたからな」
「‥‥誰が」
「そこの、後ろの人」
シヴェルが指差し、ギギッと音を立てるようにフィルゲンは後ろを振り返った。その視線の先で、同居人レオン・ローズが何食わぬ顔で自分の部屋へ戻っていく。
「ちょ‥‥待てっ、君かレオン!」
慌てて、フィルゲンが相方を追いかける間に。
「では、遠慮なくお邪魔する」
「そういえば、フィルゲンさん達の部屋にお邪魔するのは、初めてかな」
ひょいと容赦なくCardinal(fa2010)は戸をくぐり、彼の後に深森風音(fa3736)が続いた。
「意外と、小奇麗にしているのね」
感心した風で中を見回す那由他(fa4832)に、斉賀伊織(fa4840)が小首を傾げる。
「フィルゲンさんが、アライグマ獣人さんだからでしょうか」
「洗ってるんですか‥‥あ、でもレオンさんと較べると‥‥」
フィルゲンの方がまだマメかもしれないと、微妙な苦笑を浮かべつつ、鏑木 司(fa1616)は考えてみたりする。
「というか、部屋片付いてないし来客の用意なんかしてないしレオンは逃げるしどうすれバインダーっ!」
「じゃあ、竜のお城でお話します?」
軽くパニくっている相手に、セシル・ファーレ(fa3728)が聞けば。
珍妙なポーズのまま、フィルゲンは固まった。
「で、レオンさんがこっちへ逃げたって事は、こっちがフィルゲンさんの部屋かな」
「そうなるな」
企む風音とシヴェルの声に、はっと部屋主は我に返り。
「うわ‥‥本、山積みだな」
「凝ったフィギュアとかも、置いてるんだねぇ」
「ちょえぇぇぇっ!? 僕のプライバシーはっ!?」
騒々しい会話を聞きながら、自室に『篭城』したレオンは暢気にベットへ寝転がり、ペーパーバックをめくった。
●決意の迷走
リビングのテーブルに、紅茶や珈琲を入れたカップやカフェオレ・ボウルが並ぶ。
ティーセットが足らず、とりあえず使える器を出したといった感じだ。
「で、相談っていうのは?」
ひとしきり場が落ち着いたところで司が切り出せば、中核の人物は落ち着きなさそうに視線を彷徨わせる。
「うん。正直に言うと、黒森の一件から手を引くかどうか‥‥少し悩んでてね」
「どういう事でしょう?」
小首を傾げるセシルに、フィルゲンは襟元から首に下げた古い鍵を取り出した。
「コレが何の鍵かは判った。でも、あそこへ行くためにコレが必要なら‥‥『向こう』もコレを欲しがる、よね? 家もバレていて鍵付き本は盗られたし、次に相手が欲しがるとしたら」
「あの本の訳。あるいは、その鍵‥‥だろうね」
何か思案を巡らせつつも、風音が答える。
「相手が老ダーラントを襲ってまで、鍵を奪おうとしたなら。今度はその鍵を狙ってフィルゲンを襲撃する可能性は、あるな」
推察するCardinalへ、フィルゲンは溜め息をついて頷いた。
「今までは‥‥確かに実害を被る事もあったけど、せいぜい『事故』的なもので、悪意とか害意は存在してなかった。でも、今度は違う。明確な目的を持つ相手がいて、その手段として‥‥人に害を与える事も厭わないと考えている。それが、僕は怖い。僕だけじゃなく、君達も‥‥関係ないレオンも、巻き込んでるんだから‥‥」
「確かに、ここまで襲撃に来るくらいだから、フィルゲンさんだけじゃなくレオンさんの安全にも関わるし、手を引くなとは言えないけど‥‥」
腕組みをして考え込む風音も、一つ深い息を吐く。
間近に迫った危険に対して、その言い分は判らなくもない。が。
「仮にフィルゲンが手を引き、鍵を老ダーラントに返して以前のようにAFWで撮影活動を続けても‥‥『向こう』を何とかしないと、いずれまた同じ事になる可能性だって、ありますよね」
心配そうに司が見上げれば、「そうだな」とシヴェルが眉間に皺を寄せた。
「老ダーラントの動きを封じようと、フィルゲンに害を成すかもしれない。襲撃者をとっ捕まえない限りは、根本的な解決にならないぞ」
「そうですね。こちらが手を引いても、相手が狙ってこない保証はないですから‥‥あ、ちょっとキッチン、借りてもいいですか?」
時計を見た伊織は、フィルゲンが頷くのを待ってから席を立ち。渋い表情で、また風音が嘆息する。
「それに、黒森を巡っての動きは、既にバッハ家内部だけの問題じゃないからね」
「風音さんの、言うとおりですよ」
物言いたげなセシルがむっと、口をへの字に曲げた。
「一度動き出した大きな歯車は、幾つもの小さな歯車を巻き込んで‥‥もはや、一人の意思では止められないです。仮に今、アライグマさんが手を引いても‥‥今更『なかった事』には出来ないでしょう。これまでの経緯からして、そんなに相手は甘くありません。恐らく幾つもの手駒は用意しているはず。時は‥‥無常に刻み続けるだけです。それに、黒森の一件から手を引いても引かなくても、きっとワダカマリは残り続け‥‥そして心の迷いはいずれ、作品に影響を及ぼすと思います」
咎める18歳の少女は、唇を尖らせて29歳の男を責める。
「それに、なんだか否定的な言い訳を盾に、ただ逃げてるだけじゃ‥‥?」
「そりゃあ逃げるし、逃げたいよ。自分が身の危機に晒されるのはイヤだし、友達が同じ目に遭うのもイヤだ。自分のせいで、子供が人柱みたいに扱われるのも‥‥」
苦笑するフィルゲンは、肩を落として呻いた。
「僕は、御伽話や伝説の『英雄』じゃない。何かあったら、多少は身を守る事は出来るかもしれないけど‥‥専門に何か武術を習った訳じゃなく、修羅場を越えてきた訳でもない。どこにでもいる一介の、ちっぽけな映像フリークだからね」
重い沈黙が、リビングに落ち。
フィルゲンはマグの珈琲を啜って、一息ついた。
「ナンか、ごめん。でも、僕もできるだけの事はしたいと‥‥思ってるんだけどね」
「いや。俺達が有効な手を打てず、事態が進展しないせいもあるだろう」
Cardinalが口惜しそうに呟くが、彼は首を横に振った。
「そんな事はないよ。状況が変わってきたからこそ、あっちも攻勢に出てきたんだろうし。本来は関わりがないのに協力してくれる君達には、本当に感謝しているんだ」
マグをテーブルに置いたフィルゲンは、神妙な表情で指を組む。そんな仕草をじっと見つめて、那由他はカフェオレ・ボウルを手にした。
「老婆心から言えば‥‥途中で投げ出さない方が、後悔はしないと思うけれどもね」
「ところで、そろそろお昼にしませんか? 腹が空いては戦も出来ないって、言いますしね」
キッチンに立っていた伊織が、色とりどりな稲荷寿司を並べた大皿を持ってくる。見慣れぬ物体に、フィルゲンは興味深げに皿を覗き込んだ。
「コレナニ?」
「彩り稲荷寿司です。酢飯に白ゴマを入れて混ぜて、ご飯を軽く握って、味つき稲荷揚げに詰めたんですよ。中には牛そぼろや桜でんぶ、それに錦糸卵と絹さやを飾ってます」
「へぇ‥‥日本に行った時も思ったけど、日本料理は色彩感覚に溢れていて、実に綺麗だよねぇ」
伊織の説明に、しげしげとフィルゲンは感心する。
「じゃあ、レオン監督呼んできますね」
ぴょんと立ち上がって、セシルがレオンの部屋へと向かった。
●模索
「ともあれ、私が老ダーラントに会って感じたのは、あの遺跡は例え私達がどうこうしたところで、存在する意義に支障はきたさない、という雰囲気だったな」
つまんだ稲荷寿司をシヴェルが口の中へ放り込み、ぺろと指を舐めた。
「調べてみれば、興味ある者にとっての価値はあるかもしれないが‥‥私達にとっては、有益とは言い難いようだ。破損した時といい、触った者がおかしくなった事といい」
「そういえば、伊織さんは大丈夫かい?」
風音が気遣えば、伊織は笑顔で首を縦に振る。白い物体が破壊された時、フィルゲンと共にダメージが大きかったのが伊織だった。
「はい。お陰様でこの通り、元気です」
「それはよかったね」
「もしかして、伝承でニーベルンゲンの宝が持ち去られなかったのは‥‥持っていける物じゃなかったからでしょうか? 例えばあの乳白色の物体、黒森全体に根を張っていそうですよね」
「そうですね。最深部のものは、かなり大きかったです」
セシルの見解を、実際に目にした司が肯定する。
「いずれにせよ、そこへ到る鍵を持っている以上、フィルゲンに相手が接触する可能性はあるからな‥‥二人とも、あまり一人にならない方がいいと思う。信頼して鍵を預ける先があれば、いいんだろうが」
二人組へ忠告をするCardinalに、何を思い出したかシヴェルが苦笑した。
「襲撃者に渡すのも論外だが、正直病院にいた親戚筋‥‥アレは確実に、アテにならないな。他に頼りになる知り合いとか、いないか?」
「いるとしたら、マーカス社長くらいであるか?」
所属する会社社長の名を出すレオンを、フィルゲンは困った顔でつつく。
「社長まで巻き込むのは、ちょっと‥‥ただでさえ、仕事の方で迷惑かけてんだし」
「ふむ。不味いか」
腕組みをして、レオンが唸り。箸を置いた那由他が、空になった器を集めて席を立った。
「これを片付けたら、あたしはダーラントさんのお見舞いに行くわね。フィルゲンさんから何か伝言があれば、伝えておくけど?」
「いや、ないから安心して」
即答する相手に笑いつつ、那由他は器を流しへ運ぶ。
それを見送ったフィルゲンは、司へ視線を向けた。
「君に、先の手紙の『要求』を飲むって伝えてくれって、執事さんから連絡があったんだけど‥‥止めた方がいいよ。大叔父さん、僕が嫌がってるの知ってるし、下手すると直接自分の養子にし兼ねない‥‥『一族の長』って言っも、大半はあの城に篭って黒森を見守るばかりだし。司君はまだ若いんだから、僕としては隠遁するような道を選ばずに、もっと伸び伸びして欲しいよ」
とほりとこぼすフィルゲンに、司も少し考え込み。
「‥‥考えておきます」
そう、返事をした。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「ごちそうさま〜」
礼を述べて、押しかけた者達は順次辞去する。
部屋を出ようとした伊織は、ふと足を止め。
「お見舞いを渡すのを、忘れてました」
おどけた風に彼女がひらりと手を翻すと、その手に花束が現れた。
「飾って下さいね」
「うん。ありがとう」
驚きながらも、フィルゲンは花束を受け取り。更に伊織が花束に指を差し入れ、ヒラヒラ手を振れば、ちょんとその指に小鳥が止まっていた。
小鳥の足に結んだ紙を取ると、伊織はそれを大仰に広げ、それからフィルゲンへと渡す。
「おみくじは、大吉。悩み事は、仲間を信じれば無事解決‥‥だそうです」
笑いながら受け取ったフィルゲンは、伊織へもう一度、礼を告げた。
「では、私もそろそろ行きますが‥‥何か、お母さんへ伝言などありますか? ずっと日本に帰ってないんでしょう?」
問いかけるイルゼ・クヴァンツに、司は少し悩んでから言伝を託す。
用件が終わると、話し合いを静観していた兄弟子は踵を返し。
その背を見送って、司は友人達の元へと走った。
●散開
何度目かの黒い森へと、Cardinalは足を踏み入れた。
鍵のかかっていない扉がある付近まで来ると、自然と足運びは用心深くなり。
注意深く、森に何らかの『痕跡』が残されていないかを探す。
彼が調べる限り、扉が開かれた形跡も、誰かが歩き回った痕跡もなく。
「やはり、『歌う木』を手に入れるまでは現れないか‥‥」
冬の眠りから覚めつつある森を見上げて、Cardinalは呟いた。
「お加減、大丈夫ですか?」
「若い子達に委ねるのもいいけど、託す側もしっかりしてないとね」
尋ねるセシルと励ます那由他に、巌のような老人は何かを答えるでもなく。同行しているシヴェルへ、視線を移す。
「今日は、何用だ」
世間話をする気のない相手に、シヴェルは苦笑して髪を掻いた。
「お見舞い。それから、聞きたい事があってな」
老ダーラントは半獣化をしておらず、呼吸器もつけていない。
相変わらず点滴と計器類は並んでいるが、以前にシヴェルが訪れた時よりも回復しているのだろう。
だがまだ病床にある事を考え、彼女は手短に用件を伝えた。
襲撃者の人相の確認に、複数と思われる襲撃者の正体、である。
「これ以上の『恥』は、なかろうな。本来なら、刺し違えてでも止めねばなからなかったというに‥‥」
苦々しげに、老人は声を絞り出し。
他に聞かれぬようにする為か、竜の角や翼を顕わにして『知友心話』で個々の問いに答える。
即ち、襲撃者が彼女らが知るルーペルトに間違いはなく。ルーペルトが『堕落者』−−DSを示す『古き竜』の隠語−−である事にも間違いない、と。
重く告げられた『言葉』に、三人は強張った顔を互いに見合わせた。
風音は紙に書かれた番号を確かめながら、携帯電話のボタンを押す。
『ルーペルト・バッハ』の名が書かれた紙には、携帯の電話番号も記されている。
だが何度かけ直しても、結果は同じだった。
『おかけになった番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上‥‥』
機械的なメッセージの繰り返しに、彼女は紙の名前を睨む。
嘘の番号や間違った番号を渡されたとは、考え辛い。とすれば、他に電話が繋がらない理由−−。
「彼女からの連絡を待つ必要が、なくなった‥‥?」
機会を逸した事に気付いた風音は、きつく口唇を噛んだ。