幻想寓話〜小さな人々ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
9.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/16〜04/20
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●本文
●絶景の地へ
「少しばかり早いが、時節柄ベルティネ祭に絡んだ話をやるのはどうであろうか」
突然切り出した監督レオン・ローズに、コンビを組む脚本家フィルゲン・バッハが呆気に取られた顔をする。
「‥‥何か、異論でもあるか?」
「いや。レオンの方からネタを振ってくるって、天変地異の前触れかな‥‥と」
「それは心外であるな。常日頃より、○色の○細胞はフル稼働であるというのに」
胸を張ってみせるレオンに、フィルゲンは眉間に皺を寄せてすこぶる疑わしそうに相方を見やった。
「‥‥ピンク色の煩悩細胞‥‥」
「なんだとーっ!」
「じゃあ、真っ白な現実逃避細胞」
「なんだそれはーっ!」
そして、いつものように騒がしく撮影が始まるのであった−−。
●幻想寓話〜小さな人々(ディーナ・シー)
『アイルランドで『小さな人々』と呼ばれるディーナ・シーは、『ディーナ・オシー』や『ディーナ・ベガ』とも呼ばれ、妖精の総称である。
人に似た姿をした妖精達は、妖精の王と王女と共に湖や森、荒野、サンザシの木などに住むといい、他の生き物に変身したり、姿を消したり、病人を治して病気を予防するといった不思議な力を持っている。
また宴会やパレードが大好きで、ケルトの祭の中で特に5月1日の『ベルティネ祭』と、10月31日の『サウィン祭』を何より楽しみにしているという。
人の隣人たる陽気な妖精達には、厄介な事に時に戦いを好み、粗野で乱暴な面もある。
特に、彼らの『本来の名前』を口にすると激怒し、砂嵐を起こして人の花嫁や赤ん坊をさらい、あるいは農作物を枯れさせるのだ。
怒った彼らをなだめるには、新鮮なミルクを捧げればいいという。
また妖精を怒らせないためにも、人々は彼らの事を『ディーナ・シー』とは呼ばず、『良家の方』や『善い人』といった風に遠まわしな表現をする。
穀物と牛の守護神ベレノスに捧げるベルティネ祭は、火を2つ大きく焚き、その間に聖獣である牛を通すことで清め、悪霊を払う儀式である。
近づくベルティネ祭を心待ちにして、村でも徐々に準備が進められていた。
だが突然、強風が村を襲うようになり、何が起きたか判らぬ人々は不安にかられ、戸惑う。
騒ぐ大人達の一方で、子供達は息を潜めていた。
知らずに妖精と出会った子供達が、うっかり『彼ら』の名を呼んでしまったのだ。
ディーナ・シーを収めるには、ミルクを捧げなければならないというが−−』
「ディーナ・シー」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。妖精と出会った子供役、村人役、妖精役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
脚本はアレンジ可能。また、アレンジ如何によっては配役の追加も検討。
ロケ地は、アイルランドのクレア州ドゥーリン。大西洋を望むモハーの断崖の近く、アラン諸島へ渡るフェリーの港町である。
●リプレイ本文
●断崖の上で
曇天の下、大西洋を渡る冷たい風が、容赦なく吹き付ける。
ゴロゴロした岩と一面の草の大地は、海へとほぼ垂直に落ちていた。
高い場所で水面から200mあるという絶壁は、長さが15kmも続く。
見ているだけで海へ引き込まれそうな風景に、『村の子供シア』役を演じる各務聖(fa4614)は後退りした。
「すっごい高いんですけど‥‥」
「二時間推理ドラマ定番の、犯人を追い詰める場所みたいだね」
『村人ウルリカ』役の深森風音(fa3736)が、飄々とした感想を口にする。
「日本の推理ドラマでは、このような場所で犯人を捕まえるものなのか?」
「うん。呼び出した主人公に追い詰められて、逆に人質に取ったり。一種の形式だね」
「日本のドラマ構成も、興味深いなぁ」
脚本家らしいフィルゲン・バッハの呟きは、『村の子供アネット役』セシル・ファーレ(fa3728)の声にかき消された。
「絢香さん、危ないですよぅ!」
「あらあら、大丈夫かしら」
今回の『語り手』と『ドルイド僧』の二役を兼ねるエマ・ゴールドウィン(fa3764)が、心配そうにセシルの視線の先を眺める。
笑って手を振る『ディーナ・シー』役の榛原絢香(fa4823)は、二つに結んだ赤い髪を風に煽られつつ、崖の縁近くで絶景を覗き込んでいた。
「近付き過ぎなかったら、大丈夫だよ。舞さんも、役作りにどう?」
「いえ、私は‥‥」
無邪気に誘う絢香へ、同じ『ディーナ・シー』役の姫乃 舞(fa0634)が遠慮がちに辞退する。
「風に押されて、転落しても知らんぞ。鳥の様に翼があるわけでもないし、たとえ猫でも無事な着地は無理だろう」
『村人キース』役の月.(fa2225)が、笑いながらも遠回しに絢香へ危険を伝え。
「いい眺めなのに〜」
度胸のある少女は、残念そうに岸壁から離れた。
「スリルのある場所なら、『巨人のテーブル』なんてどうかしら」
聞き慣れぬ名に、少女達は提案したエマを見やる。
「二本の岩柱の上に、大きくて平らな岩が乗っているの。ここから近いのよ」
「行ってみたいです!」
興味深げなセシルが、手を挙げて。
下見に来た一行は、荒涼とした大地を賑やかに進んだ。
●春近い地に
カタカタと、鎧戸が風に打たれて音を立てる。
「どうやら、気の短い話好きな連中が、不機嫌なようだね」
聞き分けのない子供を前にしたようなニュアンスの声が呟いて、樫の杖を立てかけ。
皺の刻まれた指が、テーブルにランプを置いた。
「これは私が、今は無き村の樫の木に聴いた物語。
彼女に代わり‥‥今宵は、詩人(フィラ)の真似事でもしてみようか」
波の様な飾り文様入りの小さな金属球を、ゆるゆると転がせば。
揺らめくような、不思議な音がこぼれて広がり−−。
一つ二つと、波紋の輪が水の上に広がった。
水辺の草を揺らして、二つの足音が駆けて行く。
「降ってきちゃったよ」
「もう、ちょっとくらい待ってくれてもいいのにっ。アネットちゃん、まだ走れるかな?」
「うん‥‥あ、シアさん、あそこ」
シアに手を引かれるアネットが、草地の向こうの影を指差した。
本降りになってきた雨に、手を繋いだ二人の少女は急いで大樹の下へ逃げ込む。
そこには、二人の『先客』がいた。
「凄い雨ね」
弾ませた呼吸を整えながらシアが声をかければ、髪に小さな春の花を飾った背の低い少女がはにかみ。背の高い赤毛の少女はシアとアネットを一瞥しただけで、興味なさげにそっぽを向く。
外套の雨滴を払いながら、その様子に首を傾げるシアだったが。苦しそうなアネットの息に、我に返った。
息をするたび、喉が岩の間を抜ける風の様な、ひゅぅひゅぅと奇妙な音を立てている。
「ゴメンね。私が無理に誘ったから‥‥大丈夫?」
謝りながら背中をさするシアへ、アネットは左右に髪を揺らした。
「シアさんは、悪くないよ。私が、妖精を見たいって、言ったから‥‥でも、この雨だと無理よね」
顔を上げれば、降り出した雨は賑やかに木や草を叩き。
厚い雲は、すぐに晴れる気配がない。
視線に気付いて見やれば、花を飾った少女が心配そうに様子を窺っていた。少女が手にした皮張りの片面太鼓に指が触れれば、雨垂れの様な音がする。
「アネットちゃん、あんまり身体が丈夫じゃないの。あんまり外に出れないのを、折角おばさんがいいって言ってくれたのに‥‥」
不安げに友達の身体を気遣うシアは溜め息をつき、それから気分を変えるように明るく口を開いた。
「もしかして、恥ずかしがり屋さんなのかな‥‥あの 」
その時、ごぅと風が鳴った。
大樹が枝葉を大きく揺らし。
髪を押さえたアネットは、シアと身を寄せ合う。
顔を上げれば、強風の中に立つ見知らぬ少女達は、険しい表情だった。
片方の少女が髪に差した花は、風に飛ばされて散り。
もう片方の少女は、赤い髪を燃え盛る炎の如く風に遊ばせながら、猫の様な鋭い瞳で二人を見下ろす。
「人の子が、軽々しく‥‥」
初めて口を開いた赤毛の少女の様子に、二人の少女は転がる様に逃げ出した。
「風が出てきたわね」
窓が揺れる音に、抱いた赤子をあやしていたウルリカが顔を上げる。
「雨は少し弱くなったが‥‥」
夜に向けて仕事の準備を始めていたキースが、扉へと向かった。
扉を開ければ、どぅと湿った風が店内に吹き込み、表では酒場である事を示す看板がギィギィと音を立てて揺れている。
「雲行きが良くない。今のうちに帰った方が、よさそうだ」
「そうね。そうするわ」
店の主の忠告に、外套に身を包んだウルリカは大事そうに赤子を抱えて立ち上がった。
雨を払うように吹き始めた強い風は、夜になっても治まる様子がなかった。
●風吹く村
冷たい風に、家畜たちは身を寄せ合い。
畑を耕して種を蒔いても、全てが風に飛ばされる。
次々と運ばれてくる雲が、空でひしめき合って太陽を覆う。
村人達も最初は、春の嵐かと仕方なさげに空を見上げた。
強風は昼夜を問わず、やむ気配もなく村中へ叩きつけるように吹き続ける。
それでも、男達は生活の糧を得るために畑へ出かけ、あるいは牛を追って野へと向かった。
子供達は遊びに出る事も禁じられ、村に残る者達は硬く家の扉を閉じるか、キースの酒場へとやってくる。
「こんにちは」
「やぁ、シア。風が入ってくるから、早く中においで」
遠慮がちに顔を出したシアへ、キースが手招きした。
「今日も、一人なんだな」
「うん。アネットちゃん、この間の雨で風邪をひいたみたいで‥‥」
椅子へ座りながらシアが説明する間に、主はミルクを暖め。
「そうか。早く良くなるといいな」
慰めの言葉にこっくり頷き、頬杖を付いてシアは窓の外を眺める。すると、後ろで纏めた三つ編みを風に揺らして、子供を抱いたウルリカがやってくるのが見えた。
「今日も良くない風ね。もしかして、誰かが妖精のご機嫌でも損ねたのかしら‥‥あら、こんにちは。今日も遊ぶのは無理みたいで、残念ね」
やれやれと溜め息をつきながら店に入ってきたウルリカは、シアの視線に気付いて笑顔で挨拶をする。
「やぁ、ウルリカ。子供は元気か?」
「ええ。この子は風の事なんかお構いなしよ。でも家の人の話だと、このまま風が続けば、無事にベルティネ祭が開けるかどうかも難しいって」
「ほぅ‥‥」
キースの表情が僅かに翳り、ウルリカも不安の混じった笑顔で椅子へ腰をおろした。
「母に聞いた話だと、怒った妖精は腹いせに花嫁や赤ん坊を連れ去ってしまうらしいわ。迷信なら‥‥いいのだけれどもね」
ウルリカの言葉に、シアはじっと母親に抱かれた赤ん坊を見つめ。
その間に、少女の前にマグとクッキーの皿が置かれた。
「今日は、随分と元気がないな。特別に焼き菓子をつけてやるから、食べて元気を出せよ」
「あ‥‥ありがとう、キースさん」
礼を告げて、暖かいミルクに手を伸ばす。
「それで、怒った妖精を鎮める方法なんかは、聞いていないのか?」
「新鮮なミルクをあげればいいって聞いたけど‥‥本当かどうか、わからない話よ?」
「真実なればこそ、子や孫に伝えておくものよ」
しわがれた声に、キースとウルリカは戸口へと振り返る。
樫の古木の杖を突きながら、フードを深く被った老人が店に入れば、待っていたかのように風が乱暴に扉を閉めた。
風にはためく外套が、白い僧衣をふわりと覆う。
「‥‥やれ、せっかちな風よ。樫の木が太陽が拝めぬと騒ぐでな。ちと早めじゃが庵を出たわい」
叱る様に、老人の手元で不思議な音の鈴が響いた。
−−風の音がほんの少し弱まった様に聞こえたのは、気のせいか。
「ようこそ、おいで下さった。店はまだだが、旅の疲れを癒す物は入り用か?」
気遣うキースに深く皺の刻まれた老人の表情はぴくりとも動かず、ただテーブルをトンと一つ叩く。
「死者を迎えし門は堅く閉ざされ、サウィンまで開かぬ。さすればこれは‥‥」
取り出した皮袋を手を入れた老人は、一枚の平たい石をひっぱり出した。
そこに刻まれた、「く」の字に似た溝−−ルーンを「おやおや」と見やる。
それは『松明』の意味も含んだ、希望のルーン『ケナズ』。
シアはそっと、ウルリカの傍へと移動しながらも、思い切って口を開いた。
「それじゃあ、怒った妖精がミルクで機嫌を直すのって、本当なの?」
「ああ。『あの者達』の多くは、ミルクが好きでな」
指を振って答えた老人は、その険しい面立ちとは正反対の柔らかさで、シアの頭を撫でる。
「怒った妖精を、見かけたのかい?」
「あの、実は‥‥」
ずっと不安を抱えていた少女は、老祭司をじっと見て。
そして、雨宿りした大樹の下で起きた事を、打ち明けた。
●ベルティネ祭
唸りをあげて、風が吹く。
風に吹かれつつも、茶の髪の少女は遠めに村を眺めていた。
いつも楽しみにしていた祭だが、村ではまだ始まる気配がなく。
「いくら見てても、ダメよ。祭どころではないでしょうから」
赤毛の少女が淡々と告げるが、茶の髪の少女は名残惜しそうに村を見つめている。
「人間と関わっても苦しいだけなのに、馬鹿な子」
嘆息して、赤毛の少女は小さな村に背を向けるが。
服の袖を、くぃと引っ張られた。
「‥‥なに?」
振り返った相手に、物言わぬ少女は村から離れた地平を指差す。
そこでは、風に吹き消されそうになりながらも、二つの炎が燃え立とうとしていた。
炎と風に怯える牛達を、牧童達が必死になだめている。
「このままでは、草原に燃え広がらないか?」
炎を見守るキースが、風に負けぬ声で老ドルイドへ尋ねた。
「そうならぬ場所を、選んである。さて、子供達」
身を竦めたシアとアネットに、老人はミルクを張った深い皿を渡す。
「『善き人』らは、この祭を楽しみにしている。二人が怒らせた『善き人』を見つけたら、それを渡すのだよ。決してじろじろ見たり、逃げたりしてはいけない」
言い含められた少女達は、揃ってこっくりと頷き。
そうして、祭は始まった。
風に負けまいと陽気な音楽が奏でられ、人々はさも楽しげに輪になって踊る。
岩を風除けにしながら、二人の少女は暗い草地を進んでいた。
「シアちゃん、あれ‥‥」
何かに気付いて、アネットがシアへ声をかける。
友人の視線を追えば、賑やかな光景を遠巻きに眺める、二人の妖精が佇んでいた。
「また、怒らせちゃったらどうしよう‥‥」
不安を口にするシアを、「大丈夫だよ」とアネットが勇気付け。
二人は肩を並べて、妖精達へと歩み寄った。
そんな子供達に妖精達も気付いたのか、じっと警戒の瞳で二人を見つめる。
「あの、怒らせちゃって、ごめんなさい!」
思い切って、アネットが口を開き。
「私、知らなかったの。だけど、もう言わないから‥‥許してほしいの。お詫びに、ミルクを持ってきたから‥‥キースさんに頼んで、一番美味しいミルクを分けてもらったから!」
友人に続いて謝るシアは、ミルクで満たした皿を差し出した。
暫く少女達を見つめていた茶の髪の妖精は、やがてミルクの皿へと片手を伸ばして。
もう片方の皿も、黙って受取る。
そして何も言わぬままアネットとシアに背を向けて、皿の一つを赤毛の妖精へ向ける。
じっと皿を見つめたもう一人の妖精は、冷たく二人の少女を睨む。
少女達が慌てて離れていくのを確認してから、両手で皿を取った。
空いた手の指をミルクへ浸した茶の髪の妖精は、それを口に含んで嬉しそうに微笑むと。
赤毛の妖精も、仕方なさげに皿に口を付けた。
強い風が、徐々に収まってくる。
吹き消されそうだった炎は、まっすぐ天へと燃え盛り。
戻ってきた少女達を見つけたキースが、二人の頭を撫でて迎える。
ウルリカは安堵の表情で、抱いた赤ん坊に笑いかけ。
そして、満足げに老人が頷いた。
月灯りの下で、楽が響く。
その音に、雨垂れのような跳ねる音が混じり。
−−くるりくるりと、月下に長い髪の少女達の影が待った。
●余談
「で、どうするの。この火」
燃え盛る二つ炎を、苦笑して風音が見上げる。
近くに消防車は待機しておらず、放って置けばそれなりに危ない。
「そこはそれ、歩く消火栓がいよう」
ぽむと、監督は脚本家の肩を叩いた。
「なら、後は任せて俺達は本場のパブに繰り出そうか。ここはアイリッシュ音楽の本場だからな」
一服する月に、エマが頷いて同意する。
「ぜひ、パイプ・ジグを聞きたいわね。『命の水』は、子供は飲んじゃダメよ」
「じゃあ、頑張って下さいね。アライグマさん」
「頑張ってね〜」
聖や舞と腕を組むセシルに続いて、絢香もひらと手を振って。
「えぇぇぇ〜っ!」
『空生清水』で消火に勤めるフィルゲンは、恨めしそうな声を上げた。