EtR:黒き胎動−調査ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 5Lv以上
難度 やや難
報酬 31.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/19〜04/22

●本文

●忌まわしき予兆
 扉の先には、更に地下へと伸びる通路が待ち。
 通路の先には、冷たい空間が広がっていた。
 足を踏み入れた者達の背筋を凍りつかせたのは、苔に覆われた石だらけの地面でもなく。
 ライトの光を照り返す、幾つもの複眼でもなく。
 光を飲み込むような、大きな漆黒の塊。
 直径4mはある球体は、いつぞやの様に静かにそこに、在った−−。

●『卵』を調べるべく
「前回行われた探索の結果を受け、今回の探索では『卵』を調べるチームとそれを護衛するチームの二チームを編成する事となりました」
 緊張した面持ちで、WEAの係員が集まった者たちへ告げた。
「発見された黒い塊は、報告内容からかつて第一階層で発見されたソレと同じものと推察されます。もし同じであるならば、NWの『卵』である可能性が高いでしょう。そして、その後に起こりうる事も‥‥予想できると思います」
 係員の言葉に、覚えのある者達は表情を硬くする。
 大規模な、最初の遺跡探索。
 そこで発見された黒い『卵』は、今回発見されたものと同等のものであった。
 合わせて、NWの大量発生が起き。
 次に探索者達が卵の場所まで辿り着いた時には、僅かな破片を残してその姿は消えうせていた。
 ソレが『卵』の可能性が高いと結論付けられたのは、その後の事ではあるが、あの時は大発生を思えば今回の探索の危険も相当なものだろう。
「万が一の可能性にも備えて、万全の心構えで調査にあたって下さい。先の探索と、同じ事態が発生した場合の事も考慮して‥‥」
 説明を受ける者達に、重い空気がのしかかってきた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)
 fa4892 アンリ・ユヴァ(13歳・♀・鷹)
 fa5576 奏上 静(18歳・♂・豹)

●リプレイ本文

●手順確認
 問題の物体がある第四階層へ至る道は、NWの急襲に見舞われる事もなく無事に進んだ。
 初めて下の階層に訪れた者達は、伝え聞いていた内部の様相に驚きつつ、一面の砂が広がる第二階層と、続く水に満たされた第三階層を横断する。静けさを取り戻した水の上にかかる橋を用心深く渡った一行は、八つのオーパーツで開いた扉の前で足を止めた。
 この扉をくぐり、階段状通路をしばらく下れば今回の『目的地』へと到達する。
 その前に、一行は必要事項の最終確認を行っていた。

「とりあえず、どう調査するかとかいう話の前に念を押しておくが。到着していきなり、アレを殴ったり撃ったり突いたり斬ったりはナシでな」
 だるそうに欠伸しつつも、まず早切 氷(fa3126)が揃った者達へ念を押す。
 メンバーには、久しく遺跡に足を踏み入れていなかった者や、今回初めて踏み入る者もいた。また、調査経験があっても今回は状況が状況で、下手をすると探索初期のようなNW大量発生の危険もある。
 調査を担当する彼ら八人と、彼らを護衛する者達の間に張り詰めた緊張を感じ取り、相沢 セナ(fa2478)は軽く腕をさすった。
「手順としては、まずビデオカメラで卵を撮影し、表面のサンプルを取るんですね」
「撮影か。俺で出来る事なら何でもやるが、細かい事はあんまり‥‥どちらかといえば、身体を動かす方が得意なんだよな」
 出来る事をやる心構えで、この『仕事』へ臨んだ奏上 静(fa5576)だったが、腕を組んで思案する。そんな彼の肩を、アンリ・ユヴァ(fa4892)がぽんと軽く叩いた。
「気遣いだけでも、有難いです。カメラは私が扱いますので‥‥といっても、私も撮影のプロではないですし、何か手伝いをお願いするかもしれませんが」
「ああ。その時は、遠慮なく何でも言ってくれよな」
 二人の会話に、湯ノ花 ゆくる(fa0640)は御鏡 炬魄(fa4468)へ疑問の視線を向ける。
「そういえば、炬魄さん‥‥『本業』は確か、記者さんでは‥‥?」
「残念ながら、書く専門だがな。それにしても‥‥」
 ゆくるから目を逸らした炬魄は、改めてメンバーの顔ぶれを見やった。
「おおよそ、調査に向かない奴が多いな」
 かく言う彼も探索系の能力は有しておらず、『塊』のサンプル採取を行う程度だが。
「でも、アレだろ? 素人ならではの『出来る事』みたいのが、あったりなかったり‥‥したりしないか?」
 発見当初の大規模探索以来となる九条・運(fa0378)が、気合を入れているのか逆に身体を解しているのか、ぐるぐると肩を回す。
「まぁ、あくまでも『調査』であって、『破壊』が目的ではない事を忘れんようにな。最初の探索の状況を踏まえれば、あの大きさにNW一個体と考えるより、中に複数体の個体が内包されていると考えるのが自然だろうからな。蟷螂や蜘蛛の卵然り、だ」
「ちょっと気持ち悪いですね‥‥それは」
 想像したのか、眉根を顰めたセナが再び腕をさすった。
「ところで、皆が問題のアレを調べている間、俺はその周りを調べてようと思うんだけど。いいかな?」
 話を見守っていた早河恭司(fa0124)は、念のために撮影の段取りを相談している氷とアンリへ声をかける。
「『FIRE ROCK』でNWかどうかを調べるとしても、一番最後にやった方がいいだろ」
「んだね〜。でも離れるのもマズイし、護衛の連中に負担かけるわけにもいかないし」
「判ってる。無理をして遠くへ行く様なマネは、しないさ」
 恭司の答えに、「ヨロシク」と氷は手をヒラヒラさせて笑い。
 やがて彼らを守る仲間達が、準備が整った旨を知らせた。

●それぞれの調査
 銃声に、唸るような声。苔生した石を爪が掻く音や、甲殻を粉砕されて関節が軋む音。
 様々な音が、閉鎖空間の空気を震わせる。
『侵入者』へ群れる蟲達を護衛チームが押し返し、その援護を受けて調査チームは黒い『卵』へと近づいていた。
「これが、問題の‥‥」
 初めてソレを目の前で見た静は、息を飲む。
 話に聞くのと、実際に目にするのとでは訳が違う。
 自分達の身長よりも遥かに巨大な黒の物体は、そこに在るだけでも押し潰されそうな−−威圧感に似た−−存在感があった。
「撮影は、近距離で?」
 確認するアンリへ、氷がデジカメを渡す。
「アンナちゃんのと俺のと二台あるから、一台は離れて固定して、もう一台で細かいトコを撮るか」
「‥‥アンリです」
 ややむすっとした表情と視線で、少女が言葉少なに氷の誤りを訂正した。

「特に変わった物は‥‥落ちてないか」
 手にしたヘッドランプで『塊』の下を照らしながら歩いていた炬魄が、ぐるりと球体を一周して戻ってくる。
「後は、表面のサンプルを取るくらいだな」
 その表面を手で触って確かめれば、ある程度の弾力があった。
 注意深くマルチツールのナイフを押し当ててみるが、強度もそれなりにあるのか、薄く傷がついても表面を剥ぎ取るまでに至らない。
 ならばと炬魄はライトダガーを取り出し、黒い物体に突き立てようとして、手を止めた。
 ゆくるが黒い物体へメロンパンをぐぃと押し付け、つけた部分を食べている。
「‥‥何をしてるんだ」
「えっと‥‥味見です」
 何の臆面もなく答えるゆくるに、炬魄の思考が数秒停止し。
 辺りの光の輪に浮かび上がる、足元の一面の苔が目に入る。
「おい‥‥待て。吐け、今すぐソレを吐き出せぇぇーーっ!」
「ゆ、揺すったって、飲み込んだモノは、出ませんし、もったいな‥‥」
 我に返った炬魄が慌ててゆくるの肩を掴むが、既に手遅れだった。
 ‥‥間もなく。
 当然の如く、ゆくるの身体は摂取物に対するごく自然で一般的な『拒絶反応』−−判りやすく言うなら、食あたり−−を示し。迫る『乙女の危機』に、彼女は調査から離脱を余儀なくされた。
 無論、ゆくるを介抱する破目になった炬魄も、言わずもがなである。
 ‥‥そして。
 黒い表面をぺたぺたと触っていた氷はゆくるの『惨劇』を目の当たりにして、背筋を冷たい汗が滑り落ちる感覚を覚えた。
「か、齧らないからな。俺はコレ、絶対齧ったりしないからなーっ!」
 何事かを訴えかけるトランシーバーへ、氷は当然の主張を返す。と同時に、己の鼻の良さを呪った。ちょっとだけ。

「それなりの光源か何かを、持ってくるべきでしたか」
 ぼやくセナは、飛び交う光に手を焼いていた。
 影を五感の様な感覚器管の如く扱う『影査結界』を使ってみるが、周りで行動する者達も各々に光源を持っており、影の向きは一定しない。
 また影が動く事と合わせて、影に蟲や仲間達が次々と触れては離れ、離れては触れる。その為、影を通して伝わってくる情報は目まぐるしく変化し。
 整理しきれない情報に、彼は目眩を覚えて眉間を押さえた。
「大丈夫か?」
 セナの様子に静が気付き、声をかける。
「ええ‥‥はい。少しばかり、『酔った』ような感じになっただけですので」
「ちょっと休んだ方がいいんじゃないかな。なんか‥‥他にも調子崩したのがいるし」
 静の言葉に、微妙な笑みでセナは肩を竦めた。
「あそこまで、酷い訳じゃないですから」
「なら、いいんだけどな。それにしても‥‥デカいよなぁ、コレ。移動させるのは、ちょっと無理そうだな」
「さすがにそれは、無理でしょう」
 黒い物体に嘆息する静に苦笑して、セナもまた壁の様なソレを見上げる。
「それにしても、DSはどうやってNWを操るんでしょうか。もしかすると『言霊操作』を使って、『我に従え』と命じるとか‥‥とすると、『言霊操作』を使える者のみがDSに‥‥? しかし、漠然とした表現では効果は期待できませんし‥‥」
 腕組みをしてぶつぶつと悩むセナの様子に静は肩を竦め、思案の邪魔をせぬようそっと距離をとった。

「特に仕掛けのようなものは、ない‥‥か」
 護衛チームに面倒をかけぬよう、通路付近から黒い『卵』の場所までの短い距離の壁や天井を『地壁走動』で調べた恭司は、苔がびっしりと表面を覆った石の一つを足で転がした。
 身を隠す石をどけられて驚いたのか、多足の小さな虫が慌てて湿った石の間へ這って姿を消す。
「こんな何の変哲もない虫にもNWが感染していて、より獣人を襲い易い生き物を探すんだろうか‥‥」
 足元を見つめていた恭司は顔を上げ、黒い不気味な物体とその周囲の仲間達へ目を向ける。
「もしかしてDSが先に発見してNWに守らせてた。なんて事も、ありえなくないが‥‥考え過ぎ、だよな」
 そうであってほしいと祈りながら、彼は護衛チームのサポートに向かった。

『躍動する獣脚』『流麗なる体躯』『音捉える耳』。
 完全獣化した上に三つの錠剤を飲み下した運は、ランタンの光を頼りに『塊』を調べていた。
「見た感じ、コイツは丸いが完全な球じゃないんだな。まぁ‥‥コレだけ大きいと、当然か」
 全くの球体ではなく上下に少し潰れているのは、自重や重力の影響が大きいのだろう。それは、触った感じからも予想できた。冷たくざらりとした表面をしたソレは、鳥の卵の様に硬い殻ではなく、押せば押し返す程度の弾力がある。
 耳を当てて内部の音を聞こうとするも、鋭くなった聴覚でも聞き取れなかった。いくら耳を凝らしても、周囲の音の方が圧倒的に大きく多い。
「まぁ、そろそろやっちまっていいか?」
 見た目以上の成果が得られず、彼はまだ塊を相手にしているセナと氷へ声をかけた。
「そうだな‥‥他に、今の状態で判る事もなさそうだし」
 運と氷の会話に、カメラを回していたアンリが、静へもう一台の固定したカメラを頼み。
「そうこなくっちゃ」
 待ちかねたように小さく呟いた運は『ホットアドレナリン』を服用し、更に念入りに『金剛力増』で筋力を増強する。
 パキパキと鱗に覆われた指を鳴らし、まずは軽く、そして若干の力を加えて手応えを確かめるようにソレを叩き。
 軽くフットワークを効かせてから、身体を捻って勢いよく回し蹴りを叩き込めば。

 足は『殻』を突き破り、黒い物体の中に飲み込まれた。

●撤退
「げ‥‥マジ!?」
 足を振り抜いた運は、呆気に取られた。
 彼にしてみれば、まだ手順の『第一段階』だったのだが。
「いきなり全開で蹴るなっ。強度のテストなら、徐々に段階を上げてくモンだろ!?」
「それ、先に言ってくれ」
 慌てる氷に、運が恨めしそうに訴えて。
 一方で、蹴り破られた箇所から『異変』は塊全体に広がっていた。
 瞬く間に無数の亀裂が表面に入り、そこから『ナニカ』がシミのように溢れ出してくる。
「なんですか‥‥これ‥‥」
『卵』の表面を覆っていくシミを、茫然とセナが見つめた。
「まずいな。護衛の連中に知らせないと‥‥」
 シミの『正体』を見て取った氷が、トランシーバーで彼らを守る仲間達に『異変』を知らせ。
「恭司さん、来てくれ!」
 固定したカメラを外した静が、恭司を大声で呼ぶ。
 防犯用携帯ブザーのスイッチを押したアンリは、煩く鳴るそれを囮の様に群れの向こうへ放り投げた。

 広がるシミを構成しているのは、体長20〜90cmの蟲の群れだった。
 その数は数十単位ではなく、数百に達しているだろう。
 塊表面の蟲へ武器を振るい、あるいは炎や雷、闇の塊を飛ばすが、直径4mはある球体に詰まっていた群れに対しては焼け石に水だ。
 通路へと下がりつつ見守る者達の前で、『卵』は音もなく崩れ落ち。
 蟲達の塊は、波の様に一行の足元へと迫ってくる。
 この状況で最も有効なのが恭司の持つ『FIRE ROCK』や、護衛チームが用意した『天界からの声』といった、全方位への攻撃手段だった。
 護衛チームの放った密度の濃い煙幕の中で、歌声はオーパーツを介して衝撃となり、孵化したばかりの蟲達を散らす。
 その影響が届かぬところの群れは、機銃の掃射が薙ぎ払い。
「上れ!」
 通路の上から、炬魄がヘッドランプで仲間を照らした。
 まずは、調査チームが通路を駆け上がる。
 蟲の群れは、獲物を包囲しようと床や壁にひしめき合い。
 護衛チームがそれらの足止めをしながら、後に続き。
 退く者達の先で、八つの鍵で開いた扉がゆっくりと動き始める。
「早いぞ、ゆくる!」
「すみません‥‥割とアッサリ、壊れました‥‥」
 炬魄の声に、扉の『鍵』となっているオーパーツを壊していたゆくるが、体調の優れぬ青白い顔で告げた。
 気分の悪さも相まって、微妙に力加減ができなかったらしい。
「閉まるぞ、急げ!」
 恭司が、残る仲間達へ叫び。
 転がるように重い扉の間を擦り抜け、追い縋る蟲達の前で、

 扉は、再び閉まった。

 落ち着く間もなく滑り込んだ蟲達を排除する傍らで、アンリと氷はビデオの映像をチェックした。
 映像が撮れているかの確認と、気になる事があったのだ。
「あの塊‥‥第一階層で見た時は、小さな破片しか残っていなかったが、こういう事か‥‥」
 液晶画面を睨みながら氷が呻き、アンリがこくりと頷く。
 孵化した小さな蟲達は、まず卵の表面に広がった。
 アンリが撮影した画面の中で、蟲は『殻』を食み。
 最初の糧を得た蟲は、喰った分だけ急激に身体が大きく成長していた。
「虫の中には、生まれてまず自分を守っていた殻を食べる幼虫もいるが‥‥」
 ゆくるの背中をさすりつつ、炬魄が見識を加える。
「今までろくに判らなかったNWの生態の、貴重な資料ですね」
 ビデオを止めたアンリは重く息を吐き、電子機器を氷へ渡した。二台のビデオカメラと、混乱の中で拾い上げた『殻』の破片を、用心深く氷が持参したポータブル保管庫へ収める。
「何かの参考になるといいがな‥‥」
 きっちりと蓋を閉めた氷は、憂鬱そうに閉じた扉を振り返った。