May Music Festivalヨーロッパ

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 4Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 13.8万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 05/02〜05/04

●本文

●五月の空に
 ヨーロッパの五月は、春を祝う祭の季節である。
「時期柄、少し毛色の変わったコンサートイベントを考えてるんだけどね」
 音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が切り出した話に、アイベックスの企画担当者がしげしげと企画書を眺めた。
「民族衣装を着て、民族楽器でコンサート‥‥ですか。でもナンでわざわざ、海外でやるんです?」
「創作活動をするには、有意義かつ充実した体験も必要だろう。向こうの文化にいろいろと触れて、コンサートに臨むというのも、いい機会だと思ってね」
「それで、コンサートホールはどうします?」
「イギリスの『ロイヤル・アルバート・ホール』なんか面白そうだけどね。プロムスがあるから、夏場は使えないし」
「‥‥大丈夫ですか?」
 有名なホールの名を聞いた担当者が、やや不安げに聞き返す。
「まぁ、集まったメンバーにも寄るけど‥‥そこは広報、頑張って」
 にっこりと笑って川沢に肩を叩かれ、担当者の顔が強張った。

 ロンドンのケンジントン・ガーデンズ傍にある赤レンガ造りの円形ホールが、ロイヤル・アルバート・ホールである。1870年に建てられ、収容人数は7000〜8000。クラシックコンサートも行われる、本格的なホールである。
 予定では、コンサートはスケジュール最終日に行われる。
 スケジュールの初日と二日目は自由行動。行動範囲はイギリス・ロンドンに限らず、西欧圏であればどの国に赴いて時間を過ごしても構わないという。
 それもまた、川沢なりの配慮‥‥らしい。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1791 嘩京・流(20歳・♂・兎)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2225 月.(27歳・♂・鴉)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3843 神保原和輝(20歳・♀・鴉)
 fa4790 (18歳・♂・小鳥)
 fa5669 藤緒(39歳・♀・狼)

●リプレイ本文

●初日の自由行動
 イタリアの東部、エミリア・ロマーニャ州ボローニャの東にブードリオという、人口1万人ほどの小さな町がある。
 1853年頃。この町に住んでいた一人の小麦菓子作りの職人が、菓子を焼く釜で一つの粘土細工を焼き上げた。
 職人の名は、ジュゼッペ・ドナーティ。
 ドナーティは音楽をこよなく愛し、アマチュアながら自身も楽器を演奏していた。そんな彼が近くの川でとれた粘土を使って作り上げたのは、卵型の土笛の両端を尖らせ、穴を開けて西洋音階を奏でる事を可能とした一つの笛。
 吹き口が、鵞鳥のくちばしの穴に似ている。あるいは、楕円の形をしたソレが頭のない子鵞鳥に。もしくは、その形が鵞鳥の頭に‥‥と、名の起源には諸説あるが、ともあれ笛は『鵞鳥の子』、オカリーナと名付けられた。
 現在の、オカリナである。
 ドナーティの作ったオカリナは、今もブードリオで保管され、展示されている。
 そしてまた彼の技術と志しを継ぐ者達が、連綿とそれを伝え続けていた。
 代を重ねて、現在は五代目。
 今ではトスカーナ地方の粘土を使い、約900度の高温で焼き上げられた素焼の楽器は、なおも伝統の形を守っている。
 暖かな風合いの楽器に息を吹き込めば、控えめで落ち着いた丸い音が鳴り。
「‥‥これで、お願いします」
 幾つかの笛を吹き較べ、その耳で真剣に吟味していた相沢 セナ(fa2478)は、最も彼の『波長』にあった一つを選び出し、工房の主へ告げた。
 目映い太陽の下で耳を澄ませば、町のあちこちでオカリナの演奏を聞く事ができる。
 人々を楽しませていたドナーティの息吹は、小さな町で今も息づいていた。

 ウィーン中央墓地名誉区32A。
 楽聖の墓碑が集う区画の中央部に、一つの『記念碑』が建っていた。
 他の楽聖達と違い、その下に骨はなく。
 ただ、才能への賞賛のみが埋まっている。
 俯いた女神像を飾る台座には、横顔のレリーフが嵌め込まれており。
 その顔と傍らに立つ同行者の顔を、しげしげと嘩京・流(fa1791)は見比べた。
「‥‥似てないよな」
「当たり前だ」
 微妙な苦笑で月.(fa2225)が答える。
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
 演奏家でなくとも必ずその旋律に触れるであろう、偉大なる音楽家。
「前にここにきてから、もうすぐ一年になるんだよなぁ」
 改めて、しみじみと流が呟いた。
 モーツァルトを題材としたドラマの撮影で、ウィーンに足繁く通っていた頃から、それくらいになる。月はモーツァルト役で、流はモーツァルトと出会う現代の演奏家役。そんな経験を置いても、演奏家である二人にとってウィーンはやはり特別な場所だった。
「そろそろ、トラムの時間だぞ。ザンクト・マルクス墓地にも回るんだろう」
 携帯の時計を確認した月が、横顔のレリーフを見つめる流を促す。
 そこは、目の前の記念碑の移転元だ。
 ザンクト・マルクス墓地には、悼む様に天使が寄り添うモーツァルトの墓碑があり、彼の遺骨が今もどこかで眠っている。雪に埋もれる冬を除いて、墓碑には花の絶える事がない。
「ん‥‥行くか。あとはモーツァルトハウスに、国立オペラ座へも足を運ぶんだよな」
 今後の予定を、流が指折り数える。
「ケルントナー通りを歩くついでに、ザッハトルテを買って行こうか。川沢さんは‥‥チョコレートなどは大丈夫だったか?」
「ん〜、どうだっけ。日本に電話して、聞いてみるとか?」
「日本は今頃、夕方か‥‥確か」
 そんな会話を交わしながら、二人は新緑も眩しい散策路を、肩を並べて歩いた。

●倫敦組
「う〜ん、久しぶりだけど『ただいま』って気持ちがわくわね〜!」
 様々な人種と文化を飲み込んだ独特な喧騒に、『地元』のアイリーン(fa1814)は両手を天へ突き上げて大きく伸びをする。
「僕は、気分は『凱旋帰国』、って感じかな。まだまだだって自覚はあるけど、少しでも実力をつけて帰郷できたのが嬉しいよ」
 同じく英国人の血を引く慧(fa4790)もまた、水を噴き上げる噴水と55mの高さを誇るネルソン記念柱を懐かしそうに見上げた。
 一行が立っているのは、ロンドンのウェストミンスターに位置するトラファルガー広場。1805年、ナポレオンを打ち破った「トラファルガーの海戦」を記念して作られた広場だ。
「ぴよ、ハトがいっぱ〜い!」
「‥‥あんまり、追っかけてやるなよ」
 歓声をあげながらハトを追いかけるベス(fa0877)へ、早河恭司(fa0124)が苦笑した。
 その行動の根本は果たして、単に無邪気にはしゃいでるだけなのか、猛禽の本能のようなモノが由来しているのか、謎である。
「とりあえず、有名どころを案内するとして‥‥個人的には、ロンドン・アイをオススメしようかな。ガラス張りのカプセル、高さ135mからの景色はちょっと凄いわよ?」
「それ、ぜひ乗りたいわ。むしろ、誰も行かなくても一人で乗りに行っちゃうから」
「ああ、それなら大丈夫。私も観覧希望だから」
 冗談めかした富士川・千春(fa0847)に、藤緒(fa5669)が続く。が、二周り近くも年上の−−言ってしまえば親子ほどの年の差の相手。とりあえず千春は適当に相槌を打って、愛想のいい笑顔を返しておく。
「とりあえず、これだけ人がいて騒がれてないところをみると‥‥大丈夫かしらね」
 慧と二人で案内役に名乗りを上げたアイリーンは、アイベックスの企画担当者が準備した帽子と伊達眼鏡へ手をやった。

 トラファルガー広場から北西へ1kmも歩けば、テムズ川に臨むBAロンドン・アイへ到着した。
 大観覧車には、32個のカプセルがぶら下がり。楕円形のカプセル一つに、25人まで乗ることができる。
 一周およそ30分の空中遊覧を、六人は賑やかに楽しんだ。

 皆が観光を楽しんでいる一方で、練習用のスタジオに篭った燐 ブラックフェンリル(fa1163)はひたすら練習に取り組んでいた。
『初日から、随分と頑張ってるね』
 一曲を唄い終わったところで、川沢一二三が調整室からスピーカーを通して声をかける。
『でも、本番を前に喉を痛めるのも良くないから、少し休憩しないかい?』
 言葉の代わりに、彼女はガラス越しの相手へ一つ頷いた。
 スタジオと調整室を区切る厚い扉を開ければ、珈琲の香りが漂ってくる。
「よかったら、飲むかい?」
「えっと、ありがとうございます」
 川沢が差し出すマグカップを受け取った燐は、ホットミルクの湯気を吹いた。香りとの違和感を感じて相手のカップに目をやれば、コーヒーで満たされている。
「随分と熱心だね」
「はいっ。フィンランド語なんて、初めてで‥‥ちゃんと詞を覚えて、言葉として理解して、自分の歌にしておかないとですし。舞台上でちゃんと歌えなかったら、聞いてくれる人に失礼ですから」
 真剣な表情で答えて、燐はホットミルクを口へ運んだ。
 ほぅと一息ついたところで、彼女同様観光返上で練習に励んでいたマリーカ・フォルケン(fa2457)が顔を出す。
「燐さん。これから、お土産を買いに行こうと思うんですけど、ご一緒します? 途中で、先に出かけた皆さんと合流する予定ですの」
「だけど、僕まだ練習しないとだし‥‥」
 二人の会話に、コーヒーのカップを傾けていた川沢は改めて燐を見やった。
「聞く人と同じ空気に触れる事も、いい歌を唄う参考になるんじゃないかな? スタジオにずっと篭っていたら、ここの人達がどんな風に笑うのか、どんな時にどんな風に音楽を聞いているのか、判らないと思うよ」
「う〜‥‥」
 川沢の『アドバイス』を聞いた燐は、真剣に悩んだ末に首を縦に振る。
「では川沢さん、行ってまいりますわ。急ぎましょう、燐さん。ベスさん達も、喜びますわよ」
 誘うマリーカに、燐は慌てて小さな鞄を取りに行き。
「気をつけて、楽しんでおいで」
 声をかける川沢へ振り返って軽く会釈をしてから、彼女はマリーカの後を追った。

●ロイヤル・アルバート・ホール
 二日目には、セナと流、月がロンドン入りして練習へ合流し。
 三日目はコンサート会場である『ロイヤル・アルバート・ホール』で、本番を前にしたリハーサルが行われる。
 赤レンガ造りの円形ホールは外装も圧巻だが、内部へ足を踏み入れた者達は、その荘厳さに誰もが声を失った。
 すり鉢状に赤い座席が中央へと向かって並び、円の中心部がアリーナになっている。
 円形ホールとはいえ、360度全部が客席として開放されているわけではなく。アリーナとすり鉢の一部はステージスペースとなっているために椅子がなく、楽器やスピーカーがセットされていた。
 視線を上げれば、壁にはぐるりとボックス席、そしてサークルが設けられ。沢山のアーチが支える天井からは、皿のような白い照明の傘が幾つも吊るされている。
「ぴぇ〜‥‥広いね‥‥」
「‥‥うん。広いね‥‥」
 口をあんぐりと開けたベスと燐は、揃って豪奢なホール内を見回している。
「こんなところでやっちゃて、本当にいいのかしら」
「いいも悪いも、ねぇだろ。今日が本番なんだからさ」
 緊張気味にアイリーンが呟けば、不安を吹き飛ばすように流は明るく笑った。
「燐さん。和太鼓、お願いできそう?」
 千春に聞かれた燐は、強張った表情で小首を傾ける。
「昨日しか練習できなかったし‥‥自信ないけど‥‥ゴメンね、あんまり練習できなくて」
「ううん、忙しそうだったもんね。基本、呼吸を合わせてくれればいいから」
「うん‥‥復習してくるよ」
 千春の演奏でフォローに入る事を昨日まで失念していた燐は、よろよろと楽屋へ向かった。

 演奏の順番や演出を確認し、慌ただしく最終の調整を行ううちに、開演の時間が迫る。
 コンサートの主旨や、それなりに名前の売れた者達がいる事もあって、チケットの売り上げはそれなりに順調で。
 開場時間を過ぎてほどなくすれば、アリーナやサークル席を人が埋め始めた。

●月.+ 嘩京・流〜ノルウェーの子守歌 + ペールギュント第5幕26曲ソルヴェイグの子守歌
 荘厳なホールに、弦楽器の二重奏が紡がれる。
 ステージに立った二人は、白のシャツに茶のベスト、黒のパンツに鮮やかなベルトを止め、赤い上着に茶の帽子といったノルウェーの民族衣装ブーナッドに身を包んでいた。
 流がフィドルを、月はノルウェーの民族楽器ランゲレイクを弓奏している。
 バイオリンの指板を取り外したような形をしたツィターの一種とも言われるランゲレイクの音へ、緩やかにフィドルの音が重なる。
 穏やかに『ノルウェーの子守歌』を締めくくれば、月は手を休め。
 フィドルの即興を挟んで再びランゲレイクが合流し、曲調が変わって『ソルヴェイグの子守歌』へと繋ぐ。
 彼らの演奏のテーマは、子守唄。
 深くクラシックの音色が染み付いたホールへ、ゆったりと弦の音が刻まれていった。

●『Kulta』〜Karjalan kunnailla(カレリアの丘)
 柔らかな弦の音が消えると、入れ替わりで金属の澄んだ弦が響く。
 椅子に腰掛けた恭司が、膝に乗せたフィンランドの民族楽器カンテレの弦を爪弾き。
 語るようにゆっくりと弾かれる音に、燐と藤緒が声を重ねる。

『 Jo Karjalan kunnailla lehtii puu
  jo Karjalan koivikot tuuhettuu
  kaki kukkuu siella ja kevat on
  vie sinne mun kaiho pohjaton 』

 女性二人は、白のブラウスに青地のドレススカート、そして緑のスカーフとオーバースカートといった、カレリア地方の女性の民族衣装を纏い。
 恭司は白い詰襟シャツに、赤字のラインベスト、七部丈ズボンに赤いソックスと、ヘルシンキのすぐ東に位置するヴァルケアラの男性の民族衣装に身を包んでいる。
 春のイメージに逸る心をせかすよう、曲はテンポを上げ。
 藤緒と入れ替わりで、燐が主体となって主旋律を担当する。

『 Ma tunnen vaaras ja vuoristovyos
  sun kaskien sauhut ja uinuvat yos
  ja synkkain metsien aarniopuut
  sun siintavat salmes ja vuonojes suut 』

 物悲しげな郷愁を含んだメロディが、減速し。
 再び藤緒が主旋律を取って、燐がハーモニーに回る。

『 Siell’usein matkani maaratoin
  Lapi metsien kulki ja narekkoin
  Mina seisoin vaaroilla paljain pain
  Missa Karjalan kauniin eessani nain 』

 深い森と青い湖の情景を綴る歌は、望郷の思いを語って終わり。
 凛とした残響が、広いホールに漂った。

●マリーカ・フォルケン〜Irish Love Song
 続いてスポットが当てられたのは、アイルランドの民族衣装を着たマリーカが奏でるアイリッシュハープ。
 メロディラインの美しさ故に100以上の歌詞が付けられた、アイルランド民謡『Londonderry Air(ロンドンデリーの歌)』。その中の一つ『Irish Love Song』は、『私がリンゴの花だったら』というタイトルでも知られる。

「 Would God I were the tender apple blossom
  That floats and falls from off the twisted bough,
  To lie and faint within you silken bosom,
  Within your silken bosom as that does now!
  Or would I were a little burnish’d apple
  For you to pluck me, gliding by so cold,
  While sun and shade your robe of lawn will dapple,
  Your robe of lawn, and you hair’s spun gold.

  Yea, would to God I were among the roses
  That lean to kiss you as you float between,
  While on the lowest branch a bud uncloses,
  A bud uncloses, to touch you, queen.
  Nay, since you will not love, would I were growing,
  A happy daisy, in the garden path;
  That so your silver foot might press me going,
  Might press me going even unto death 」

 アイルランドの女流詩人が作り出した唄を、彼女は同じ女性の感性を持って唄い上げた。

●『Lucia』〜Sunta Lucia
 続いて、足元まで届く白い衣装ですっぽりと身体を包み込んだベスが、淡いライトに照らされる。
 これまで続いた弦の音と代わり、柔らかな土笛オカリナの素朴な音色が広がる。
 その音に合わせ、ベスは北の地スウェーデンの光の祭で唄われるナポリ民謡、『Sunta Lucia』を大らかに唄い出す。

「 Sul mare luccia l’astro d’argento‥‥ 」

 ベスが一節を唄えば、ライトが切り替わり。
 旅行鞄を傍らに置き、外套を纏ったセナを、闇に浮かび上がらせた。
 オカリナを手にしたセナは、『フニクリ・フニクラ』を陽気に、そして優しく楽しげに吹く。
 再びライトがベスを照らせば、白いルシアの衣装を脱いだ彼女はスウェーデンの民族衣装−−マーガレットの刺繍入りボディスと刺繍入りエプロン、綿のスカート ブローチをとめた木綿のブラウス、ピューターのバックル−−に、アコーディオンを抱えていた。
 ベスの再登場にセナも外套を取れば、その下は白のコットンシャツに、綿の青いベスト、黄色いズボンに白いストッキング。アクセントに、手編みリボンを膝や帽子に飾ったスウェーデンの民族衣装で。
 そして今度は、『Sunta Lucia』を二人で楽しげに奏で。
 冬の地に春の光を呼び寄せるような明るさで、ベスの歌声が広いホールに響いた。

●富士川 千春〜奉納歌 −UTAGE−
 西洋風のイメージから、ステージは一気に東洋和風へと空気を変えた。
 弾む燐の和太鼓に、青と白のコントラストが鮮やかな着物を纏った恭司が和琴を合わせ、春らしい紅梅に染めた着物、桜梅に袖を通した千春が肩から提げた三味線を弾く。
 祭をイメージとした曲は、賑やかにハレの舞台を飾る。

「 涼やかに鳴り響く 衣擦れの音
  硝子の糸を弾く 鈴音に
  光りの羽が 舞い踊る
  風を纏い緩やかに 時を刻み唄う 」

 よく通る凛とした歌声が、最初のサビで勢いをつけ。
 不意に転じて鼓の音が欠け、声は艶やかな色を帯びる。

「 声にならぬ詩を 捧げましょう
  音にならぬ曲を 納めましょう 」

 そして三味の音のみで、祝詞をあげるが如く。
 千春は粛々と、言の葉を繋ぐ。

「 土の匂い 風の香り
  花に願いを 星に祈りを 」

 三味に代わって、鼓と琴が戻り。
 紡ぐそれとは全く違う光景を見ながらも、そこへ彼女の内の和の風景を描き出す。

「 空廻り
  日は駆け降りて
  月たゆたう
  星たちは歌い
  海は囁く 」

 再び、三つの音が揃い。
 その音色も最初の切り出しへと戻る。

「 さぁ歌い明かそう 宴のとき
  しなやかな体で 乞う踊りを
  伏して願い 奉らん
  我らが想いもて 願いの成就を 」

 朗々と歌い上げた千春は、三味の手を止めて篠笛へと持ち替え。
 最後の楽句を、恭司の琴と共に余韻を残すよう、最後はしめやかに奏でて締めた。

●『Feileadh』〜faraway blue
 ステージの最後を締めくくるのは、アイリーンと慧の『英国ペア』。
 アイリーンは赤とオレンジのタータン、慧は青と緑のタータンという違いはあれど、ゲール語でキルトと名づけたユニット名の通り、二人は同じデザインのキルトの衣装で揃えていた。
 一人、ライトを受ける慧が、静かにマイクを掲げる。

「 I have ever seen such a blue sky‥‥ 」

 アカペラの終わりに、アイリーンのバグパイプが懐かしく温かい音色で滑り込む。
 普通は男性が吹く伝統楽器を小柄な少女が操る姿は、観客にとっても驚きだったのか。
 どよめきの中、半獣化で肺活量と呼吸法を補ったアイリーンは、前奏をしっかりと務める。

「 涼しい風が頬を撫でたとき
  ふとした瞬間顔を上げたとき
  青いふたつの宝石を思い出して
  知らずに口元に笑みがこぼれる

  あまりにも不思議で でもちっとも嫌じゃない
  離れていても 豊かに広がっていく恋 」

 ミドルテンポのリズムを、慧は身体を使って取り。
 広いステージを、右へ左へと動き回る。
 バグパイプの捩れながらも心地よく抜ける音が、声を追いかけて鳴り。

「 faraway blue
  青空を見るたびに君を想う
  この歌が君の元まで届けばいい
  faraway blue
  青空に広がるよ僕の想い
  この歌が君の心に響けばいい 」

 そして短く最初の前奏を繰り返した後、音は静かにしぼみ。
 届けるように、暖かで伸びやかな慧の歌声が、円形ホールに響く。

「 I want to walk hand in hand with you
  under the blue sky‥‥ 」

 最後の一節は、バグパイプの音も呼吸を合わせ。
 緩やかに音を残して、演奏を締め括った。

●アンコール〜ロンドン橋
 暗いステージを、拍手が包み込む。
 鳴り止まぬ拍手に、十一人の出演者達は再びステージの上へと姿を現した。
 軽く手を振り、あるいは頭を下げて拍手に応えた後、それぞれのポジションにつき。
 演奏する曲は、ロンドンにちなんで『ロンドン橋』。
 流と月が、明るくフィドルを弾き鳴らし、恭司のカンテレがアクセントを加える。
 セナと千春はオカリナと篠笛、二つの笛を吹き。
 ベスはアコーディオンでコードの伴奏を入れて、アイリーンがバグパイプでそれに合わせる。
 残る四人は歌い手となり、12連からなる繰り返しのフレーズを声を重ね、あるいは追いかけっこをするように輪唱して唄い。
 最後まで賑やかに盛り上げて、コンサートの幕を引いた。

●打ち上げ
「コンサート、お疲れ様でした」
『お疲れ様でしたーっ!』
 音頭を取る川沢に明るい声が唱和して、紙コップが一斉に掲げられる。
 一仕事終えた者達は、打ち上げの場で互いに労をねぎらっていた。
「未成年者もいるし、酔い潰れるのも何だからジュース主体でな」
 空いた紙コップへペットボトルのジュースを注ぐ月に、マリーカは「あら」と残念そうな表情を浮かべた。
「寂しいですわね」
「せっかくイギリスまで来たのだから、ウィスキーか黒ビールが飲みたいところだな」
「そうですわね」
 嘆息する藤緒に、マリーカが笑いながら同意する。
「まぁ、潰れちゃうのも‥‥ね」
「そうよね。介抱してくれる人がいないと‥‥」
 意味ありげに返すアイリーンに、呟いた慧は微妙な表情で小首を傾げる。
「何か、含んでる気がするんだけど」
「あら、気のせいよ。いうなれば、一人者のぼやきかしら。ね、千春さん」
「私に振るの?」
 アイリーンに話を投げられた千春は、困惑気味に肩を竦めた。
「様々な国から訪れたであろうお客さんに、『平和』と『国際交流』を実感して貰えたなら‥‥いいですね」
 紙コップを片手に、しみじみとセナが呟く。
「そうだな。でも、色々な楽器とか衣装とか見れて、楽しかったよ」
 一仕事を終えた安堵感からか、ほっと恭司は息を吐く。
「ところで‥‥川沢さんの誕生日が近いと聞いて、ウィーンでザッハトルテを買ってきたんだが」
 おもむろに白い箱を取り出す月に、目を輝かせる少女が一人。
「はいは〜いっ。せっかくだから、打ち上げに川沢さんの誕生会を兼ねたいで〜す!」
「‥‥げふっ、げふんっ」
 嬉しそうにベスが提案すれば、川沢がコーヒーでむせている。
「確かに、ちょうどいいかも〜」
「確か、明日だって言ってたよな?」
 友人の提案に賛成する燐に、恭司が続き。
「別に‥‥忘れてていいんだよ? もう、喜んで祝う年でもないしね」
 嫌な予感を察知したのか、逃げの手を打つ川沢に「そんな事ないわよ」とアイリーンは笑顔をみせて。
「だって、もう買ってきちゃってるもの」
「‥‥っ、げふっごふっ」
 再び、川沢がむせた。
「ぴ〜‥‥さすがに、ザッハトルテを剣山にするのは不味いかな?」
 ケーキを見つめながら、何だか不穏な発言を呟くベスに、大きなため息をつく流。
「剣山て‥‥よく判んねーけど、砕けそうだからナシでな」
 額を押さえる流に、月が珍しく声を忍ばせて笑った。

 蝋燭はないが、誰ともなくに『ハッピーバースデー』の歌が始まり。
 本人の意向そっちのけで、打ち上げはなし崩し的に誕生会と化した。
「実は初日の観光へ行った時に、みんなでプレゼントを選んで買ってたの」
『いい笑顔』と共に、アイリーンは2組セットのコーヒーカップを手渡す。
「日本で待ってる佐伯さんと、お揃いでどうぞ♪」
「ありがとう。でも、佐伯とペアは‥‥どうかと思うけどね」
 苦笑しながらも、川沢は礼を言い。
「川沢さんを驚かせる機会、あんまりないものね」
「うん。ちょっと新鮮かも」
 慧に賛同されつつ、千春はマグカップを渡した。
「これは仕事用にでも。あんまり高いものだと、川沢さん受け取ってくれなさそうだもの」
「そうだね。祝ってくれる気持ちだけでも、本当は十分なんだけど」
 軽く頭を下げる川沢へ、今度は藤緒がハンカチを差し出す。
「初対面ではあるが、せっかくだからな。人生の先輩からという事で、苦労の汗でも拭くといい」
「は〜い、あたしは燐ちゃんと、ネクタイを選んだんだよ!」
 挙手して申告するベスの隣で、燐がこくこくと首を縦に振り。
「ちょうど良かったな。俺のは、ネクタイピンだから‥‥何か面白い物にするか、迷ったんだけど」
「迷わなくていいですよ。皆さん、本当にありがとう」
「よっし、ケーキ切れたぜ。人数分あるから、取り合いするんじゃねぇぞ」
 ナイフを手に真剣な顔でケーキと向き合っていた流は、月が用意した紙皿にケーキを取り分けて。
「じゃあもう一回、乾杯だね」
 紙コップを手にして、慧が音頭を取る。
「幾つかは聞いてないけど、川沢さんの誕生日に」
『かんぱ〜いっ!』
 再び高らかに声が上がり、誰もが笑顔で紙コップを掲げた。