ニーベルングの遺物ヨーロッパ

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 6Lv以上
難度 やや難
報酬 49.8万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 05/09〜05/12

●本文

●警告
 不気味な鳴動が、断続的に大地を揺らす。
 地に根付いた木々は、不安にさざめくかの如く枝葉を微かに震わせ。
 森をねぐらにしている生き物達は、いつもより警戒心を顕わにして巣穴へ引きこもる。
 数百年−−あるいは一千年−−の長きに渡り、密やかに支え、護られてきた平穏が砕かれる予兆を察しながら、抗じる力も術も持たぬものはただ息を潜めていた。
 全ては、森の地の底から−−。

 細く、澄んだ音が響く。
 銀色の小さな球体は誰も触れないにも関わらず、ひとりでに音を発し続ける。
 それは、か細い悲鳴のようでもあった。

●二つの意志
「で、どうするのだ?」
 イギリス、ロンドンの中心部から外れた、アパートメントの一室で。
 状況を聞いたレオン・ローズは、昼食のメニューを決めるようなざっくばらんさで、友人へ問いかける。
 三つの『鈴』の一つを手にしたフィルゲン・バッハは、大きな溜め息をついた。
「あれから、ずっとどうしようかって考えてたんだ。大叔父さんの掌の上でいいように踊らされるのは癪だし、そのせいで危険な目に遭うのも嫌だしね」
「元より、我々は影の部分との関わりを避けてきた節もある故にな」
「うん。でもまぁ‥‥行ってくるよ。関わり云々、バッハ家云々じゃなくて、一人の『物書き』として見届けてくる。ナンて言うか、こう‥‥取材?」
 訴え続ける『鈴』をポケットに突っ込み、その決意を告げるフィルゲンへ、レオンは「ふむ」と腕組みをする。
「取材ならば、ちゃんと帰ってくるのであるぞ。仕事を、山と積んでおいてやるのでな」
「積むなっ!」
 言い返すフィルゲンに、レオンはいつも通りからからと笑った。

「一体、何がどうなったのか‥‥判らないんです」
 シュトゥットガルトにある病院−−WEAと『古き竜』の息がかかった、獣人対応病院−−で『療養』中のイルマタル・アールトは、古い弦楽器を手に呆然と呟く。
「弦を弾いたら、凄い『音』が反響して‥‥気がついたら、倒れていて。ルーペルトさんも、いなくて。みなさん‥‥無事なんですか?」
「幸い、怪我人はいないらしい。ナンか、ヤバいっぽいモンが壊れたらしいとは聞いてるが‥‥詳しくは、な」
 安堵の表情を浮かべるのも一瞬で、イルマはじっと『歌う木』を見つめた。
「私に‥‥何か出来る事は、あるんでしょうか‥‥」
 その時、病室の扉をノックする音が響いた。

●深部へ
 耳鳴りのように、『音』が聞こえる。
 乳白色の根の様な塊が崩れた後の穴を、ルーペルト・バッハは一人下っていた。
 伝わる『音』に共振した『塊』は、砂の様に崩れ落ちていく。が、いかんせん元が巨大である為か、なおも『成長』を続けているせいか、一気に崩壊するまでに到らず。今も少しずつのペースで、『塊』は崩れ落ちている。
「だが、必ず『起点』には到達する筈。到達せずとも、近くまで行けば‥‥」
 竜の翼を広げ、ルーペルトはなおも地下へと降りて行く。

「『音』を‥‥止めるんですか?」
 イルマタルの問いに、「うん」とフィルゲンが頷く。
「特定の振動でアレが崩れたなら、別の振動を別の方向からぶつけて止めるのが早いかなってね。何せアレは巨大だし、どれだけの規模があるか僕も判らないから‥‥上手くいく保障も、ないけどね。ともかく、ソレが原因なら、ソレで止められると思うんだ」
「‥‥判りました」
 木箱の様な楽器を持つ手が、小さく震える。
 中年男のマネージャーは、心配そうにバッハ家の老竜に仕えるという執事を見やるが、白髪の折り目正しい人物は深々と頭を下げた。
「とりあえず、今回の件と跡継ぎの問題は別だからね。大叔父さんに勘違いしないよう、よく言っておいてよ」
「心得てございます」
 なおも『抵抗』を主張するフィルゲンに、老執事は淡々と答えた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa4421 工口本屋(30歳・♂・パンダ)

●リプレイ本文

●タイムロス
 石造りの朽ちた通路に、高くくぐもった音が耳鳴りのように響いている。
 足を踏み入れて間もなく、半獣化して作り出した光球で通路を照らすアイリーン(fa1814)が、両手で両耳を覆った。
「なに、この『音』?」
「酷い‥‥というか、凄い『音』ですね」
 御堂 葵(fa2141)も不快そうに眉を顰め、羽曳野ハツ子(fa1032)もまた、黒い毛に覆われた丸っこい耳を両手で押さえたり放したりしている。
「もしかしてこれ、白いのが壊れる『音』なのかしら」
「ぴえ? あたし、何も聞こえないよ?」
 不思議そうにベス(fa0877)が小首を傾げ、通路の奥へと耳をすませた相沢 セナ(fa2478)は改めて三人を見やる。
「『鋭敏聴覚』、ですか」
「煩くて辛いようなら、半獣化を解除しておくか?」
 気遣うシヴェル・マクスウェル(fa0898)に、葵は首を横に振った。
「いつ、NWが出てくるか判りませんから。ルーペルトさんがDSだというなら、尚更です」
「ルーペルト‥‥か」
 葵の口から出たその名に、Cardinal(fa2010)が苦々しげな表情を浮かべる。
「その正体がDSだろうが何だろうが、奴のやり口は実に気に入らないな。信義にもとる」
 普段は穏やかな獅子獣人は、その内で燻ぶる憤りを珍しく言葉した。
「とはいえ、悪人と決め付ける事も‥‥はばかられるんだよね」
 思案顔の深森風音(fa3736)が後ろを歩く者達へ視線を投げれば、不安げに話を聞いていたイルマタル・アールトと目が合う。視線を落として逸らした少女は、ケースを持っていない方の手で、隣を歩く友人の手をぎゅっと握り。
「何か、怖いっぽいところだね‥‥でも、みんながいるから大丈夫だよ。ほら、ベスさんもアイリーンさんも、ついでに恭司さんだっているし!」
 手を繋ぐクク・ルドゥ(fa0259)が笑顔でそれを握り返し、イルマを励ました。
「ついでって、何だよ」
 風音の隣を歩く早河恭司(fa0124)が振り返って心外そうに訴え、イルマの後ろでアイリーンもくすくす笑う。
「彼女は‥‥あまりルーペルトさんの事を、悪く思ってはいないみたいですね」
 会話の流れを聞く鏑木 司(fa1616)が、フィルゲン・バッハを見上げた。
「そうだね。何があったかは判らないけど‥‥というか、ルーペルトが何を考えてるかも、よく判らないからな」
 嘆息するフィルゲンに、ふむと工口本屋(fa4421)が腕を組んで考え込む。
「可能なら、彼を‥‥いえ、彼女でしたっけ? とにかく、何とかルーペルトさんを確保できればいいんですが」
「大人しくこちらに従ってくれる方とは、思えませんけどね」
 通路の先を見据えながら、司が呟いた。

 ルーペルトを追った時とは違う道筋の行き止まりには、鉄で出来た扉がある。
 フィルゲンが取り出した鍵を鍵穴に差し込んで捻れば、無機質な音と共に鍵が外れた。
 重く軋みながら扉が開き、小部屋の中央に縦穴が口を開けている。
「深そうね‥‥で、どうやって降りるの?」
 恐る恐る穴を覗き込んだアイリーンの素朴な疑問に、沈黙が降りた。
 白い物体とルーペルトをどうするかという事に対して気がはやるばかりで、誰もどうやって穴を降りるか想定していなかったらしい。
「えっと‥‥執事が運転してきた車なら、縄梯子か最低でもロープが積んであると思うから‥‥」
 記憶を辿るフィルゲンに、穴を睨んでいたCardinalが踵を返す。
「悩んでいる暇はないな。時間のロスになるが、取りに戻るしかなさそうだ」
「待って下さい。時間がないなら、『俊敏脚足』が使える人で取りに行った方がいいですよ。分散する危険はありますが‥‥」
 立ち上がった葵に、すかさず恭司が続いた。
「それなら、一緒に行くよ。『俊敏脚足』なら、俺もできるしね。イルマは、ククと一緒に待っていて」
「はい‥‥気をつけて下さいね」
 狐種として生まれつき『俊敏脚足』を有する少女へ恭司が釘を刺し、イルマは心配そうに彼を気遣う。一度通ったルートを戻るとはいえ、少人数での移動となればそれなりにリスクも増し、出来るだけ危険から遠ざけたいという恭司の思いがあった。
 結局、足の速い者は葵と恭司の二人のみで。首を左右に傾けながら考えていたベスが、おもむろに手を挙げる。
「それじゃあ、あたしも行くね。通路だって、飛べるだけの横幅もあるし」
「そうですね。三人では些か不安ですし、私も行きますよ」
「僕も、ご一緒します」
 セナと司が名乗りを上げて、メンバーは五人となる。
「気をつけて。時間をあけて、『知友心話』で連絡するね」
 声をかける風音に頷いた五人は、急いで通路を戻った。

●思わぬ休息
「で、待ってる間に一つ聞きたいのだけれど」
「は、はいぃ!?」
 戻った者達を待つ間に質問体勢のハツ子がにじり寄り、思わずフィルゲンは身を引いた。その肩に手を置き、にっこりと笑顔で彼女は距離を詰める。
「バッハとしてではなく、物書きとして見届けるつもりならば、全てを客観視しなければならないわよね。結末を迎えようとしている物語の中で、最初の『謎』が解明されないなんて‥‥筋書きとしては、ナンセンスだと思わない?」
「そうだね。私も一人の物書きの端くれとして、自分が関わった事件の真相ぐらい知っておきたいね」
 ハツ子の言葉に賛同するように、風音が首を縦に振った。
「という訳で、聞かせてもらうわよ‥‥『一番最初に、城へ行った理由』を」
 カツ丼でも出てきそうな雰囲気に、呆気に取られたフィルゲンはぱたりと尻尾を一打ちし。
 それから遅れて、自分の置かれた状況を把握する。
「ちょ‥‥えぇぇぇ〜!?」
「いま言わないと、後になればなるほどギャラリーが増えるよ」
「う‥‥っ」
「さあ、綺麗さっぱり吐いちゃって楽になりなさい、フィル」
 満面の笑みで、ハツ子が『自白』を促し。
 だらだらと冷や汗を流すフィルゲンは、観念したようにガックリと肩を落とした。
「実は‥‥そろそろいい機会だから、大叔父さんと折り合いというか‥‥決着というか‥‥」
 指をすり合わせながらごにょごにょと語彙を濁すアライグマを、じーっとハツ子は笑顔のままで見つめ。
「つまりだ。公私共に、『古き竜』と縁を切ろうと直談判に行ったんだよ。その、ハツ子君とか‥‥事情に巻き込みたくなかったし」
 十数秒後、明後日の方向を見つつ『自白』したフィルゲンの頭を、満足そうにハツ子が撫でた。
「そうして出向いた結果として、こうして見事に巻き込んだ訳だね」
「つまり、老ダーラントの思惑通りという訳か」
 至極真っ当な風音の指摘と、続くシヴェルの言葉に、フィルゲンはめきょめきょと音を立てて凹んだ。

「皆さん‥‥大丈夫でしょうか」
 心配そうに通路を見つめるイルマへ、不意にククがぎゅっと抱きついた。
「あの、ククさん?」
 額を軽くこつんと当て、正面からイルマの緑の瞳を覗き込んでから、にっこりとククは笑ってみせた。
「遅くなっちゃったけど、桜を見に行った時はプレゼント、ありがとうね。しばらく、嬉し涙が止まらなかったよ」
「いえ。気に入っていただけて、それだけで嬉しいです」
 漸く笑みを返した相手を、もう一度ククは抱きしめる。
「‥‥イルマさん。もう心配させる事しちゃ、ダメだよ? 私も控えるからっ」
「ククさん‥‥心配させるような事、するんですか?」
 きょとんとして尋ねるイルマへ、彼女は悪戯っぽくちらと舌を出した。
「よし、充電完了! これで、いつ恭司くん達が戻ってきても、元気に出発できるね!」
「その前に、イルマさんにも一つ聞いていいかな?」
 フィルゲンから話を聞いた風音が、イルマの傍らへ移動する。
「はい?」
 強張った少女へ、彼女は緊張しないようにと手をひらりと振り。
「こうなった事に関しては、責める気はないよ。悪い顛末でも、それがイルマさんが考えて正しいと思って取った行動の結果ならね。だから、教えてくれないかな。ルーペルトさんとの間に、何があったか」
 長い逡巡の末。
 病室にルーペルトが来た時の事を、イルマはぽつりぽつりと打ち明ける−−ただ、『以前の生活に戻れる』と告げられた事は除いて。
 話を聞き終えた風音は、深く息を吐いた。
「次にこういう事があったら、もう少し私達を信頼してくれると嬉しいかな」
「ちが‥‥私は、ただ‥‥」
 震える声もそれ以上は言葉にならず、イルマはぎゅっと両手を握り、硬く目を閉じる。
「大丈夫かな‥‥早河君は、まだ戻らないし」
 心配そうな本屋が小さく呟けば、瓦礫に手をかけたCardinalはちらと『歌う木』を抱えた少女を見やった。困り顔の風音に、アイリーンが俯いたイルマの髪をそっと撫でている。
「ああ。やらなければならない事は、本人が一番判っているだろうからな。そこまで行く為に、俺達が出来る事をやっておかねばならん」
「それは、そうだけど」
「むしろ、慰める相手が不在な事が気になるんだな。本屋は」
 冗談めかしたシヴェルに、本屋は一つ咳払いをした。
「そりゃあ、若い二人をヤキモキしながら見守っている身としては、な」
 そんな会話をしながら、三人は再びロープを固定できそうな場所を確かめる。
 やがて、完全獣化した五人が縄梯子やロープを持って戻り。
 最深部へと降りる準備が、改めて始まった。

●難路を越えて
 飛ぶ事が出来る者達が、先行して穴を降りる。
 それから縄梯子とロープを渡して、広い空間の天地を繋ぎ。
 準備が終わってから、翼を持たぬ者達が恐る恐る穴を下り始めた。
 穴の縁から空間の底に降り立つまでの距離は、約50mあまり。獣人の彼らでも、落ちれば決して無事ではすまない。
「うわぁ‥‥凄い‥‥」
 穴からその空間へと出たアイリーンは、思わず息を呑んだ。
 がらんとした、広大な空間。
 その中心部から天井へと乳白色の木の根のような物体が伸び、天井一面に広がっていた。異質な光景に呆気に取られ、ふと我に返れば今度は下の地面との高さに目眩がする。
「あんまり、上とか下とかじっと見ないようにね」
「そ、そうね。スカートじゃなくつなぎにしておいて、よかったわ」
 ククの助言に、アイリーンは手足を動かす方へ意識を集中した。
「襲撃があったら、僕らで何とかしますから。今は焦らず、降りる事に専念して下さい」
 司もまた、頼りない足場を降りる仲間の近くを飛びながら励ます。
 一方で『アヴァロンの弓』を手にしたセナは、直刀『ゼロ・ブレイブ』を両手で握ったベスと共に、襲撃の警戒に当たっていた。
「まるで、ユグドラシルのようですね」
 桁外れな大きさの物体が持つ圧倒的な気配に、直感的なイメージをセナが口にする。
「ぴ‥‥何か、こっち来るみたい。えっと‥‥羽があって、NWみたいだね」
「やはり、仕掛けてきましたか」
 僅かな灯りを頼りに『望遠視覚』で見通すベスが接近する存在を捉え、セナは弓に矢を番えた。
 アヴァロンの弓より放たれた一条の光が、闇を切り裂き。
 それが、戦いの合図となった。

「アレが襲ってきたという事は、既にルーペルトはここへ足を踏み入れたのか、それとも最初からいたNWなのか」
 開かれた空間を飛び回る者達を見上げてCardinalが重く唸り、彼の脇へ最後の何mを省略したシヴェルがどんと着地する。
「ルーペルトが来たなら、既にここまで『崩壊』が進んでるという事になるな」
「急がねばなりませんね。しかし、どこから鳴らすのが一番いいんでしょうか‥‥『音』があちこちから聞こえて、どこが鳴っているかもよく判らないですし」
 鋭い耳が捉える『音』に苦心しつつ、手がかりになるものはないかと、葵が周囲へ視線を走らせた。
「おそらく、白いのはここから遺跡全体へと広がってるんだろう。あそこが基部なら、そこからかき消す『音』を当てるのがいいんじゃないかな」
 腕組みをしてフィルゲンは白い塊を見つめ、その言葉に楽器ケースをロープに括り付けて背負った恭司が、樹木の根のような物体を振り仰ぐ。
「あれ全体に‥‥伝わる音‥‥」
「あと少しだから。頑張って、イルマ!」
 ククの声援に自分が降りてきたばかりの縄梯子へ視線を戻せば、怖々と伸ばされた爪先が次の足場を探し、イルマがゆっくりと降りてきた。
 残る数段を思い切って飛び降りたイルマは、その勢いでぼすんと恭司へ寄り掛かり。バランスを崩した少女を、恭司が倒れぬよう手を添えて支える。
「大丈夫? よく頑張ったね」
「いえ‥‥ありがとうございます」
 そんなやり取りを眺めていたフィルゲンは、何事かを考え込んでいるハツ子を見やり。
「‥‥なに?」
 視線に気付いた相手へ、「いや」とごにょごにょ口篭った。
「コレでカタがつくといいな‥‥て、思ってね」
「そうね。ルーペルトさんが『誰』かは、気になるけど‥‥」
 二人の会話を中断するように、嫌な重い落下音がする。
 ひっくり返って蠢く長い節足に、その場にいた者達は凍りつき。
 ぞぶっ! と、剥き出しになった腹へ、光の矢が突き立った。
「すまんな、露払いをさせて」
 礼を言いながら、飛ぶ力を失った蟲の止めを刺すシヴェルへ、セナが首を横に振る。
「皆さんが無事なら、それで」
「ぴ〜。梯子はまた上まで戻しておく? 壊されると困るよね」
 小首を傾げながら提案するベスに、司が頷いた。
「帰りが大変ですからね。手伝いますよ」
「では、少し待ってくださいね。下の固定を外しますので」
 本屋がしゃがみ込み、岩場に結んだ縄の先を解く。
 縄梯子を手繰り寄せた少年と少女は、遥か上部にある天井の穴へと羽ばたいて行った。

●崩壊を止める為
「では、お気をつけて」
「そっちこそ、頑張ってな」
 念のために完全獣化、あるいは半獣化を解いて白い塊へと近付いた者達は、互いに声をかけあって、一行は二手に分かれる。
 一方は、崩壊の『音』を止めるために、この場に残り。
 もう一方は中心部へ向かいつつ、ルーペルトを探すのだ。
「イルマ、約束ぜったい守るからね! 頑張って!」
 友人の手にベスが青い錠剤を握らせるが、首を横に振ったイルマはそれをそっと持ち主へ返す。
「あの、気持ちだけ‥‥ありがとうございます。ベスさん達も、気をつけて」
「えーと、じゃあ‥‥」
 半獣化したベスは、ぽんとイルマの頭に手を置いた。
「幸運の、おまじないだよ」
 にっこりと笑顔を見せると、先へ進む仲間たちの元へ戻る。
 イルマと共に行くのは、恭司とアイリーン、葵、それにCardinalの四人。
「恭司君も、それに強そうな人達もいるし、大丈夫だよね‥‥」
 出来る最善を尽くす為に進む事を選んだククだが、心配そうに友人を振り返った。
「ああ。イルマに怪我なんてさせたら、自分が許せそうにないしね。それより、そっちこそ気をつけて」
 気遣う恭司へ、彼女は何かを納得したように「うんうん」と頷き。
「相手の目的が遺跡の崩壊じゃないなら、むしろそっちの足止めをしてくる確立の方が高いだろうから‥‥って、何?」
「ううん、何でも〜?」
 何か言いたげな恭司に笑って誤魔化すククは、別れを惜しむようもう一度イルマを抱きしめる。
「この一件が片付いたら、前のように色んな物を見て楽しんで‥‥そして前よりもっと、いい思い出を作ろうね」
 そして更に地下へと向かう者達は、足を進め始めた。
「‥‥ぴゃ〜」
 歩き始めて間もなく、ベスがへたりと膝を折る。
「半獣化したから、気分が悪くなったんだろう。ほら、しっかり」
 顔色の冴えない少女をシヴェルが支え、白い物体の脇から更に下へと伸びる階段を降り始めた。

「ちょっと気になって私も共鳴について調べたんだけど、大きな共鳴を得るには、互いの物体が持ってる固有振動数っていう、特定の振動数が近ければ近いほど良いんだって」
「こゆうしんど‥‥?」
 アイリーンの『解説』に、イルマが小首を傾げる。
「つまり、同じ振動の幅を持つ音ね。ひょっとしたら、『歌う木』の弦と『白いモノ』は同じ材質なのかもね‥‥けど、イルマの手にあるのは楽器であって、カンテレなんだと思うの」
「‥‥はい」
 恭司から手渡された長さ40cm程の小さな四角い木箱のような楽器には、骨のように白く、螺子のような溝が刻まれたピンが五つ並んでいた。そのピンには、一つにつき一本の弦が巻かれている。
 明らかに、調律する事を目的とした機能を持つ『歌う木』を、イルマは手を暖めるように擦り合わせながら見つめた。そんな少女の隣に座り、
「だから、ここに響いてる音を聞いて対になるような音を奏でてみよう? ちょっとした音楽テスト、私も手伝ってみるから‥‥頑張ろう。で、パパッと片付けてフィンランドへ戻って‥‥また、家を直そう、ね?」
「‥‥はい」
 二度目の返事は、何故か少し力なく。
 だが見守る視線に気付いたのか、慌てて笑顔を作ってみせる。
「えぇと、頑張る‥‥んじゃなくて、やらなきゃいけないんですね。これが壊れてしまったら、地上の森が‥‥大変な事になってしまいますから‥‥」
 じっと、『根の先』を見上げるイルマを倣う様に、Cardinalも見つめる先を追う。
 アイリーンが作り出した光球の光は天井まで届かないが、この巨大な『支え』が失われた時に起きる事を想像するのは容易い。
「急ぐ事だな。このうちの何割かは、既に崩壊しているだろう。いつどこから崩れ始めるか、判らないぞ」
「あ、はい!」
 今度はハッキリと答えたイルマは、半獣化しても気分が悪くならない程度に白い物体と距離を置いて、地面へ座り直し。
「私達が邪魔はさせませんから、イルマさんはそちらに集中して下さいね」
 少女二人に背を向けた葵は、すらりと刀を鞘から抜き去った。
 木製楽器に手を翳して真剣なイルマの横顔から、恭司がアイリーンへと視線を移し。
「アイリーン、イルマを助けてやってくれ」
「勿論よ」
 アイリーンが一つウィンクすると彼は一つ笑んで頷き、その手に握った細長い棒から光が伸びて刃となる。
 三人が少し距離を取るのをみて、アイリーンは『音』へと耳をすませ、それを自分の中の音に照合する。
「共鳴した音を避けて、一つづつどの音が『合う』かを確かめてみますね」
「判ったわ」
 二人の会話を耳にしたCardinalは、前方を見据える。
 五人に減った『獲物』を狙うべく、岩の間で蟲の形をしたモノが一体、二体と蠢き、近付いてきた。

●『堕落者』
「それで、そのグードルーンという女性の名は本名なのでしょうか。ドイツ二大叙事詩の名‥‥そして、その主人公の名と同じ。古代北欧語では、グズルーンなのですが‥‥グズルーンという名は、クリームヒルトとも‥‥」
「クリームヒルト‥‥か。嫌な符号だけど、何者なんだろうね」
 移動の間にイルマの話を伝え聞いて考え込むセナに、風音もまた思案に沈む。
「それにしても、ルーペルトさんはどこでしょうね」
 足元を注意しながら呟く司へ、本屋が「う〜ん」と唸った。。
「ロープを取りに戻ったり、それで一人づつ穴に降りたりと、随分こっちも時間を取ったから‥‥あ、そこ気をつけて」
 階段通路は降りれば降りるほど形を成さなくなり、今ではゴツゴツした岩の隙間を歩くような状態になっている。
 白い塊も既に見えない位置にまで遠ざかり、次第にルートが合っているか不安になってくるが。
 足元深くから、ズン、と、重い振動が響いてきた。
「ぴ? 何、いまの‥‥」
「地震、じゃないわよね」
 転ばないようベスが岩壁を支えにし、ハツ子は傍らを歩く相手の腕に掴まる。
「もしかして、ニーベルンゲンの『宝』が?」
 去来した嫌な予感にシヴェルが眉を顰めるが、片手を耳に当てたフィルゲンは「まだだよ」とそれを否定した。
「まだ、『鈴』が鳴っている‥‥大叔父さんから預かった物だけどね」
「それは‥‥」
「‥‥いた。遠いけど、何かいるよ」
 問おうとしたシヴェルだが、ぺたんと通路に座って『呼吸感知』で行く先を探っていたククがそれを遮った。
「大きいのは二つ‥‥ううん、三つかな。そのうち一つは、呼吸が乱れてるね」
「残りはNWだろうか」
「う〜ん‥‥数はわかっても、その呼吸の持ち主が誰かとか、判らないからね‥‥」
 申し訳なさそうにククが立ち上がって、服の土を払い。
「ぴ〜、急いで行ってみよう!」
「そうだな。だがその前に、完全獣化しておいた方がよさそうだ」
 落ち着きなく急かすベスに、シヴェルは『準備』を促した。

 何かが咆哮する様に、ビリビリと空気が震える。
「あ‥‥一つ、消えた‥‥」
 分岐を選びながらなおも息吹を追い続けるククが告げ、足早に悪路を進む仲間に緊張が走った。
「一体、何をしているんでしょうか」
 状況がはっきりと判らぬ苛立ちに駆られながら、セナは見通しの悪い通路に目を細め。
 やがて、九人は『そこ』へと辿り着いた。

「‥‥随分と、遅かったな」
 姿を見せた者達へ、緑竜の獣人が疲れた声で告げた。
 そこだけぽっかりと岩をくり貫いたような、円形の広場を思わせる空間。その中央近くに、岩の様な塊に腰を下ろした目的の相手−−ルーペルト・バッハがいる。
 そしてもう一つ、見慣れぬ醜悪な人影が佇んでいた。
 二本の腕を持ち、二本足で立つスレンダーなフォルムだけは人のそれに似ているが、それ以外は人と似ても似つかず。複眼や甲殻に覆われた体躯と尾など、忌まわしい蟲を構成するパーツで出来ている。
「なんだ‥‥こいつは‥‥」
 一番前に立ったシヴェルが、嫌悪感を露わにした。
「紹介しよう。こいつがニーベルングを壊滅させた『魔族』、その一体だ」
「な‥‥?」
 一瞬意味が判らず、誰もがソレを凝視する。
「う‥‥あれ‥‥」
 ルーペルトが座るモノに気付いたククは思わず仲間達の背中に隠れ、本屋が急いで淡い『平心霊光』の宿る手で彼女に触れる。
「大丈夫ですか?」
「‥‥うん。でもあれ、NWだよ‥‥死んでるの‥‥」
 その表情は少し楽になったものの、やはり顔色は優れず。
 ククの言葉が聞こえた者達は、ルーペルトが座した『塊』に眉を顰めた。
「使役すべきNWを‥‥?」
 理解しかねる行動に、風音が疑問を呟く。
「‥‥そう簡単には、『真意と』『目的を』『教えて』はくれませんよね?」
 あくまでも静かに尋ねるセナは、その内に『言霊操作』で『力のある言葉』を含ませるが。
「知ってどうする?」
 それもどこ吹く風と答える相手へ、思い余った様にベスが口を開いた。
「ルーペルトさん、あなたは黒森の中心部で何がしたいんですか? ニーベルングの宝が欲しいんですか? それは、人を傷つけてまで欲しいもの、やることなんですか?」
「少なくともここにいるって事は、オーパーツではないな」
 憤る少女がぶつけた少女らしい疑問に答えたのは、『堕落者』ではなく薄い笑みを浮かべたシヴェルだった。
「それに、その化け物じみたのがそこにいるって事は‥‥察するところ、目的は『ブルグント』の解放か。割と、俗っぽいものだったようだな」
「望みなどというモノは、総じて俗っぽいものだろう。なぁ、フィルゲン?」
 声をかける『従兄弟』に、名を呼ばれた本人は額に脂汗を滲ませていた。
「ふっ‥‥心配する事はないわよ、フィル。それにこの絶対幸運圏の中では、全ての偶然は私に味方するわ‥‥」
 自信に満ちて豊満な胸を張るハツ子に、フィルゲンはやっと強張った表情を和らげ、竜人を見やる。
「そうだね。そして君は俗っぽい望みの為に『堕ち』、その時に本来の名を捨てた‥‥というところかな」
 ぞろりと鋭い歯を覗かせてルーペルトは‥‥おそらくは、笑った。
「一つ、面白いモノを見せてやろうか」
「遠慮しておきます」
 面白がる口調の言葉を、薄灰色の鱗を纏った竜の少年がきっぱりと拒絶する。
「そうか、それは残念。なら、見世物は終わりだ」
 のそりと竜獣人が立ち上がれば、熊獣人が一歩進み出て身構える。
「いいや。そちらにその気は無くても、こちらの気が済むまで付き合ってもらおうか」
「そういう、気の強い女性は嫌いではないがな」
 相手が同性である事を思い出したシヴェルは鼻に皺を寄せ、からからとルーペルトは大声で笑った。
「さて、こいつは既にこの身に『刻んだ』のでね。後の相手は、任せるよ」
 退くルーペルトと追う者達の間に、ぼとりと軟体の塊が上から落ちてくる。
「逃がしません!」
「だよ!」
 翼を打って司が追いすがり、ベスは鷹の羽根を針として飛ばすが。
 その前に、跳躍した奇怪な人型−−『ブルグントの魔族』が立ち塞がった。
『飛羽針撃』を甲殻で弾き、鉤爪を振るう腕を、身を翻した司が辛うじて避ける。
 その一瞬に少年は『能力解除』の波動を伸ばすが、何かが『解除』されたような手ごたえはなく。
 ブルグントの魔族が開いた掌から、闇色の波動を放つ。
「く‥‥っ」
 司は一瞬、身体中の力が抜け落ちそうな感覚を堪え。
 なおも追いかけようとするが、その視界を白い煙の塊が遮った。
「司さん、大丈夫ですか!?」
 『虚闇撃弾』の闇の弾を軟体へとぶつけながら気遣うセナに、司は振り向いて頷き。
「ぴぇ〜ぃっ!」
 気合と共に、ベスが『破雷光撃』をスライムに放った。
 嫌な匂いがたちこめる中、口元を押さえてシヴェルが軟体の中央にあるコアへ鋭いナイフを突き立て。
 コアが完全に砕けた事を確認してから、煙幕の煙に咳き込みながら来た通路へと引き返す。
「‥‥ずっと下に行って、判らなくなっちゃった‥‥」
 相手の『呼吸』を追っていたククが、その結果を告げた。

●ひとまずの終幕 〜 そは、生きとし生けるものの未来を救く妙なる宝
 深部へ降りた者達が戻った時、『音』は完全に消えていた。
 合流した者達は念のためにと、白い塊を頼りに再び通路を降りる。
 所々にオーパーツが転がる通路は、やがて別の行き止まりに到達した。
「これが‥‥『宝』?」
 目にした『根源』に、思わずハツ子が言葉を口にする。
 それは、大人の身長程の直径を持つ金色の球体だった。
 しかも半透明な乳白に包まれた中で、ゆっくり回転している。
「なんだか、不思議な光景ですね」
 音を立てるのもはばかられる様に、葵が声を落として呟いた。
「例の鍵付の本だと、こう表現していたよ。『生きとし生けるものの未来を救く妙なる宝』ってね」
「どういうオーパーツかは判らないけど‥‥これでは確かに、ブルグントもここから持っていけないね」
 フィルゲンの説明に、風音が小さく笑う。
「それに、ここに在る事で黒森を支えているだろうからな。目的がこれでなかったのは、幸いか」
「これを持って行くのは、さすがに無理でしょうから」
 安堵したようなCardinalへ、セナも頷く。
「あの人は‥‥また来ます?」
 司の素朴な疑問に、フィルゲンは頭を振った。
「判らない。でも、ここの入り口の鍵は急いで新調するってさ」
 そんな感慨深げな一方で、イルマを囲む者達と恭司が対峙している。
「恭司さんっ。イルマが欲しかったら、あたし達を倒さないとあげないんだから!」
「倒すって‥‥何?」
 ベスの宣戦布告に、恭司はがっくりと脱力した。
「ねーっ」と声を合わせるククとアイリーンに、状況がよく判っていないイルマがオロオロし。
「‥‥若いなぁ」
 感慨深げに、本屋がその光景を眺めている。
「ほら。馬鹿騒ぎの続きは、地上でな」
 苦笑して、シヴェルが間に入り。
 一行は『大変な帰り道』に嘆息しつつ、来た道を戻った。