EtR:Small Avengerヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 4Lv以上
難度 普通
報酬 13.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/14〜05/16

●本文

●機能復旧の陰で
 オリンポス遺跡を監視する監視所は、慌ただしい空気からようやくひと段落をつけようとしていた。
 破損した機器を取り替え、惨状の痕跡を生々しく残した壁や床を洗い流し、塗装を塗り直し、凹んだ壁や割れた窓は必要があれば取り替える。
 監視機能の復旧を第一に行われていた作業も、資料保管や居住施設といった細々とした箇所にまで進んでいた。順調な作業の陰には、第四階層への扉がまだ閉鎖されている事と、あの『襲撃』以降の活発なNWの活動が見られなかった事が大きい。
 だが、追悼・慰霊の催事は依然として見送られていた。本来なら『被害』に遭った者達と残された家族のために行われるべきだが、場所が場所であり、状況が状況である。
 WEA内でも検討が進められた結果、現場となった監視所ではなくギリシャ支部にて慰霊祭を行う事と決まった。
 ただ、当然のことながらそこに遺体はなく。
 監視所に残されていた私物−−遺品の確認と引渡しが、予定されている。

「また遺跡の中とかで何かあったら、ここが真っ先に襲われるんだろうか」
「奴らにしてみれば、目と鼻の先に『獲物』が沢山ぶら下がってるようなモノだからなぁ」
「監視体制をより強化して、監視所周辺で異変があった場合にも即座に対応できるようにした方がいいんじゃないですか。でないと、いつドコから襲ってくるか判りませんよ」
「『補給』も地元の荷運び業者に頼むんじゃなく、WEAに頼んで獣人で編成した方がよくないか?」
「でも、何頭もロバを連れての山歩きは‥‥ある程度は山の知識がないと、遭難でもしたら‥‥」
 モニターを見ていた係員は、後任の仲間達があれこれと身の安全の対策を相談しあう声を聞きながら監視を続けていたが。
「‥‥あれ?」
 ふと、そこに映る人影に気付いた。
 我が目を疑い、目を擦ってからもう一度確認するが、やはり映像は変わらず。
「大変です。子供が、遺跡へ向かっていきます!」
「はぁ!?」
 係員の報告に、素っ頓狂な声がモニター室内に上がった。
 そこには大きなリュックを背負った10代前半ほどの少年が、しげしげと柱を見上げて歩き、あるいは石積みの陰を覗き込んだりしている。水筒や丸めた保温シートなど準備万端な荷物に、アースカラーの動きやすい服装に帽子を被った少年は、ボーイスカウトにでも所属しているのか。山を登ってきたであろう足取りには疲れを見せず、岩の柱や石積み壁の間を歩いていた。
「なんで、こんな所に子供が‥‥とにかく、すぐに何人か向かわせて保護して来い!」
「ちょうど、次の調査計画のために呼んだメンバーが、何人か到着しています。声をかけますか」
「ああ、背に腹は変えられない。不本意だろうが、頼んでくれ」
 苦々しげに責任者が告げ、係員の一人が急いで施設内放送をかける。
 誰もが見守る画面の中で、『ボーイスカウト』の少年は暗い口を開けた階段を降りていった−−。

●今回の参加者

 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

●捜索班編成
「四人が先回りをして第三階層から『上り』、残る四人が第一階層から『下り』ながら探索。という形だな」
 遺跡の入り口にある階段を降りたところで、ヘヴィ・ヴァレン(fa0431)が集まった顔ぶれへ確認した。
「どちらにも、何らかの知覚系能力を持つ人がいるのが、ベストだとは思うけど‥‥」
 思案しながら富士川・千春(fa0847)は、ちらりと地下へ先行する四人を見やる。
 ヘヴィを始めとして相沢 セナ(fa2478)、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)、御鏡 炬魄(fa4468)の四人が、先回りする事になっていた。だが、このメンバーではヘヴィが『鋭敏視覚』を有するのみだ。
「何とかなるだろう。ともあれ、俺は『高速飛行』で先行させて貰う。変に深い所まで進んで、危険に陥っていて貰っても困るしな」
 炬魄は仲間三人を待たず、さっさと鷹の翼を広げ。
「おい、待て!」
 ヘヴィの制止も聞かず飛び立つ後ろ姿へ、セナは慌てて『言葉』を投げる。
「『炬魄さん、戻りなさい』!」
 何とか、『言霊操作』の届く範囲だったのか。
 翼を打って減速し、旋回してくる炬魄の姿にイルゼが溜め息をついた。
「やれやれ‥‥こんな場所で、単独行動ですか。気が逸るのは判らなくないですが、更に迷子が増えるのはゴメンです」
「あははっ。でっかい迷子だね」
 イルゼのぼやきを冗談と受け止めたのか、面白そうに燐 ブラックフェンリル(fa1163)が笑う。
「にしても、よく止めたな」
「ええ。ホントは、そこの人に使おうと思ってたんですが」
 感心した各務 神無(fa3392)に苦笑したセナは、彼女の後ろで座り込んで眠そうに目をこする早切 氷(fa3126)を見やった。
「んあ? 誰がどーしたって?」
 視線を感じて見上げる相手へ、セナがにっこりと微笑みを返す。
「いま、居眠りしてましたね‥‥でも『この場で、五分、踊れ』。なんて言いませんから?」
「‥‥ほむ?」
 答えて立ち上がった氷は、おもむろに右や左にヘレヘレと、千鳥足にも似た不思議な動きを始めた。
 ‥‥どうやら、踊っているらしい。
「うわ、ひど‥‥」
 何が酷いかはさておいて、氷の踊りに燐が呆れた表情を浮かべる。
 もっとも、『言霊操作』の効果時間は一分が限度な為、結果的には一分間踊り続けるに留まるが。
「遊んでないで、行くわよ。単独行動はダメだけど、遊んでる時間もないんだから」
 暢気な大人達へ、千春が口を尖らせた。

 改めて段取りを確認すると、第三階層へ先回りする四人は、翼や『俊敏脚足』で迅速に移動し。
 残った千春と燐、氷、神無の四人は遺跡へ入り込んだ少年の痕跡を探しながら、第一階層を進み始めた。

●痕跡を探して
「ここは危険なので、出てきて下さーい。こんなところにいたら、NWのおやつになっちゃいますよーっ!」
 メガホン代わりに手を口元に当てて、燐が広い空間へと呼びかける。
「厄介な事になる前に、連れ戻さなくてはいけませんが‥‥こういう時に知覚系の能力がないのは、もどかしいですね」
 肩を並べて歩く神無は、燐の持つヘッドランプを頼りに目を凝らす。
 彼女の持つ日本刀『白夜』や『ライトバスター』も淡い光を放つが、懐中電灯やヘッドランプの様に何mも先まで照らし出す事は出来ない。
「聞こえてますかー? 聞こえてなくても、返事して下さーいっ!」
 燐の大声は、わぁんと反響しながら暗く湿っぽい空間へと吸い込まれていった。

「これも、前々回の不始末かねぇ‥‥」
 眠そうな氷は、ぼやきながらぽしぽしと髪を掻く。
 その心境は、難儀で厄介な事になったという気分半分、どこか罪悪感めいたものが残り半分。
「ま、ちょろちょろされてると、探索に集中できないしねぇ」
 ヘッドランプで照らし、『鋭敏視覚』で鋭くなった目を凝らす。と同時に、『鋭敏嗅覚』はこの空間の中で生きる小動物の気配を捉えていた。
 視線を天井へと向ければ、岩を足で掴んで逆さまにぶら下がっている『相手』との会話を試みる千春の姿があった。
「‥‥見えるよ、はるちーちゃん」
「上、見ないのっ!」
 見えないようにはしているが、年頃の少女としては見過ごせない冗談で。
 じろりと見下ろされた氷は、ひらひらと手を振ってあさっての方を向いた。
「まったくもう‥‥」
 口の中で文句を言いつつ、眠そうな蝙蝠へと視線を戻す。
「それで、小さな人間を見なかった?」
 判りやすい表現で『聞き込み』を試みるが、眠りの邪魔をされた夜行性小動物は「シラナイ」「ネムイ」を繰り返すばかりだった。
「この辺りは、通ってないのかしら」
 あちこちで岩が顔を出す地面の上へ戻ってきた千春は、小さく溜め息をつく。
「ま、それなりに広いからね」
「う〜ん‥‥じゃあ、今度は歌って探してみるわ」
 話の繋がりがよく読めず眼を瞬かせる氷へ、少女は不機嫌そうな顔をした。
「NW寄せよ。入り込んだ子供にまで聞こえるかどうか判らないけど、少なくともNWがいたらここに獣人がいるって判るでしょ?」
「別に‥‥歌わなくても、NWは獣人が判るっぽいけどな‥‥それに子供も、大人に黙って入り込んだなら、自分を探しにきたって気付いて逃げないか?」
「モノは試しよ」
 ぷっと頬を膨らませた千春は、歌いながら先に歩き出し。
 一つ深く息を吐いてから、氷は彼女の後に続いた。

「遺跡にもぐりこんだ子供‥‥子供なりに充分な準備をしてきたという事は、そこがどういう類の場所か、はっきり認識して訪れたと思っていいでしょうか。WEAの管理する遺跡に関する知識を持った子供が、そういるとは思えませんが‥‥」
 疑問を口にするイルゼに、「そうでもないだろ」とヘヴィが首を横に振る。
「監視所の連中の話だと、10代前半くらいの子供だって話だ。ここはトップクラスのシークレットな遺跡でもないしな」
「そう言われれば‥‥そうですね」
 10代前半の少年。子供と言ってしまえば非力な存在に聞こえてしまうが、獣人達の間ではそのくらいの年齢で『裏の仕事』へ加わる者も、いないわけではない。
「ただ一つ判らないのは、ナンでこの遺跡に来たかって事だがな」
 唸りながらヘヴィはランタンを掲げれば、今は静かな水がその光を鈍く反射した。

 翼を持つ二人は、第三階層から第二階層へと捜索の範囲を広げようとしていた。
「これでは『繋げる』影が少なすぎて、『影査結界』ではそう広い範囲を探知できませんね」
 通路を抜けたセナが、広がる砂の世界に眉根を寄せた。
 残念ながら、『影査結界』に過去視の能力はない。あくまでも『使用している間に、影に触れた存在について知る』という能力だ。故に、少年が過去に通ったかどうかは判らず、『影査結界』で少年の動向を知ろうとするなら、階層を覆うような巨大な『影』が必要となる。
「地道に探すしかないだろう。そうでなくとも、通るルートの限られた第三階層と違い、第一、第二階層は広いからな」
 注意深く、炬魄がライトの光を右へ左へと投げた。既に何度も通り抜けた場所ではあるが、ここも全域に安全が保障された訳ではない。
「ただ、少し気になるんですよね。監視所に寄らず、そのまま単独で向かったという事は‥‥遺跡内でこちらの存在に気づいたら、身を隠す恐れがあるやもしれません。今は、具体的な目的もわかりませんし‥‥会えば、判るんでしょうけど」
「その好奇心を満足させるためにも、早く探すんだな」
「言われずとも、判っています」
 皮肉めいた炬魄の指摘に、長い髪を揺らしたセナは、つぃとヘッドランプの光の輪を暗闇へ飛ばした。

 時間をかけて二方向から捜索が行われるも、思うような成果は上がらず。
 やっと第一階層と第二階層を繋ぐ通路付近で少年の姿が発見されたのは、一日目の捜索時間が終わりかけた頃だった。

●『尋問』と『説教』と『意思』と
「こら、逃げるな!」
 氷の呼びかけにもかかわらず、小柄な相手は突き出した岩陰へ走って逃げる。
「うりゃぁぁぁ、待てぇぇぇぇ〜っ!」
 足の早さを生かして、燐が行く手へ回り込み。
 慌てて身を翻した先に、神無が立ち塞がる。
「力づくでも、止めさせていただきますよ」
「いやいや、待て待て」
 氷が止める間もあればこそ、神無は『意思』を込めていないライトバスターを振るって、相手を弾き飛ばす。
「ぃ‥‥っ!」
 土の上に転がった少年は、顔を顰めて身体を丸め。
「ゲッチュ!」
 その上に、燐がボディプレスでトドメをさした。
「‥‥あ〜あ」
 ぽしぽしと氷が頭を掻き、『知友心話』で挟撃の指示を出していた千春が小首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いや。怪我してるらしくて、血の匂いがしてるからな。もうちょっと、お手柔らかにしてやんねぇと」
「え? あぁぁぁ、ごめん! 大丈夫っ?」
 痛みに表情を歪めたままの少年を、急いで燐が気遣う。そこへ、神無が小瓶を突き出した。
「これを、飲んでおくといいです」
「‥‥ありがと‥‥」
 むすっとした顔ながらも礼を言って、少年は小瓶を受け取る。
「ソレ飲んだら、少し移動するからな。逃げるなよ」
 氷が釘を刺してから、一行は第二階層への通路へと移動を始めた。

 比較的安全な階段状の通路で、第二階層から戻ってきた者達と合流し。
 それから八人は、少年から事情を聞き始めた。
 一部コワモテの大人に囲まれた犬耳の少年は、ぽつりぽつりと遺跡に入り込んだ目的を話し始める。
 自分の父親が、監視所で働いていた事。
 監視所へのNW襲撃事件があり、WEAより死亡したという連絡を受けた事。
 あくまでも父親が生きていると信じ、登山客に混じってオリンポス山を登り、後は単身で遺跡へ入り込んだ事。
「父さんが、死ぬ訳ない。絶対、生きてるんだ。だから俺が『知友心話』で見つけて、助けるんだ」
 ぎゅっと拳を握りながら、少年は小さな決意を語る。
「犬獣人ねぇ‥‥?」
 小さく呟く氷は、大きな欠伸一つ。
 監視所に犬獣人の係員がいた事は覚えているが、それが彼の父親かどうか、今は知る術はなく。
 己の疑問を今は置いて、話に耳を傾ける。
「でも、どうして遺跡なの? お父さん、監視所にいたんでしょ?」
 千春の問いに、少年は怪訝な表情を浮かべた。
「だって遺跡の周りに出るNWって、獣人をここに連れてきたがってるんだろ? 父さんと母さん、そんな話してたし」
「えぇと‥‥どういう事でしょう?」
 話がよく見えず、イルゼが更に質問を重ねる。
「だって、ここで生きてた人の話とか、小さい子の話とか、他にもNWが出た時とか、大人の人達も知ってるだろ?」
 何を今更という感じで答えた少年は頬を膨らませ、一方で大人達は顔を見合わせた。
「それにしても、何故一人で‥‥『本当の、理由を、話して』貰えませんか?」
「だから、言っただろ!」
 更に『言霊操作』で真意を引き出そうとするセナへ、少年は怒りを露わにする。
「そんな筈ないとか、もう無理だとか、大人はみんなみんなそう言って‥‥父さんだって、まだ生きてるかもしれないのにっ!」
 それはむしろ、父親に生きていて欲しいという、少年の悲痛な願いだった。
「でも、父親は貴方に危険な真似をして欲しいとは、願っていないと思いますよ」
 神無が諭すように告げれば、炬魄も一つ頷いた。
「仮の話、もし俺に娘がいたのなら、絶対に助けは乞わない。助けて欲しいとも思わない。自分の都合で子供を危険に晒すなど、愚かとしか言い様が無い」
「じゃあ、みんな自分の父さんや母さんが同じ事になっても、ほっとくんだ!」
 憤りと怒りの瞳で、少年は大人達を見上げる。
 捜索にあたった者達は、少年が父親の仇を討とうとNWへ突っ込んでいくのではないかと危惧していたが、その想像は誤りだった。
 少年の怒りの矛先は、『父親を死んだ事にする大人達』に向けられていたのだ。
 監視所に寄って大人達の助けを借りようともせず、単身で乗り込んだのも、そこに起因しているのだろう。
「‥‥じゃあ、気が済むまで探してみるか?」
「氷さん?」
 驚いて、燐が突飛な提案者へと視線を移した。
「だってさ。いきなり「お父さんはご愁傷さまでした」なんて言われても、実感なんざ湧く訳ないよな。死体とか見つかってないとなると、尚更そうだろ」
 灰色の髪をぽしぽしと掻く氷の言葉に、沈黙が降りる。
 もし自分の親が、兄弟姉妹が、子供が、恋人が、突然「NWに襲われて死んだ」とWEAから一方的な連絡を受けて、納得できるかどうか−−。
「ところでお前、ここに入る時に担いでた荷物はどうした」
 ヘヴィが全く違う話を切り出して、少年は一瞬毒気を抜かれたように目をぱちくりさせた。
「途中で‥‥襲ってきたのに掴まれたから、放り出して逃げた」
 答えた矢先に、腹の虫がぐぅと鳴る。
 思わず腹を抑える少年に、からからとヘヴィは笑い。
「そうだな。じゃあ、ともかく何か喰うか。腹が減っては、ナンとやらだからな。で、一休みしたら、親父さんを探そう。怪我はいいとして、足を挫いたりはしてないか?」
 信じられないといった表情の少年の頭を、ヘヴィは大きな手でがしがしと揺さぶり。
「まだ、捜索の為の時間は残っているからな」
「希望は捨てなくていい。が、期待はし過ぎんなよ?」
 一応、氷が念を押しておく。
「だけど‥‥」
 異論がありそうな千春に、ヘヴィはトンと自分の胸を拳で叩く。
「頭で理解できても、コッチが理解できない事もあるからな」
 既に乗り気の相手へ、仕方ないと言う風に千春は頭を振った。

 大方の予想通り、遺跡で少年が父親の意識を見つけ出す事はなかった。
 その行動が、無駄な事か否か。
 迎えに来た大人達に囲まれながら、大きく手を振って礼と別れを告げる少年の姿が、ただ印象的だった。