世界祭探訪 初夏の特番ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/01〜06/04

●本文

●三度目の特番
「今回は初夏の特番という事で、三度目の『再会スペシャル』になります」
 資料を配り終えると、お馴染みの担当者がいつもの様に説明を始めた。
「今回のタイトルは、『世界祝祭奇祭探訪録 初夏の特番 再会スペシャル』。
 ご存知の通り、当番組ではヨーロッパの各地でレポートを行ってきました。今回は当時お世話になったステイ先へ、再びお邪魔するという特別企画です」
 現地へ赴き、そこで開催される祭を体験レポートするのが『世界祝祭奇祭探訪録』である。しかし特番では趣向を変え、祭とは関係なくステイ先の家族へ『再会』に行くのだ。ただ放映時間もいつも通りの為、行ける箇所は一箇所か二箇所となるだろう。
「旅程の順番などの一切は、皆さんにお任せします。無論、必要な手配などはこちらで致しますので
 それでは、どうぞよい旅を」

●参考資料:過去の祭と滞在先
 第1回:ハロウィーン。場所はイギリス、エディンバラのホットフィールド家(会社員)
 第2回:アドベントの魔法。場所はオーストリア、ウィーンのハイドン家(プチポワン職人)
 第3回:ルシア祭。場所はスウェーデン、ムーラのストゥーレ家(ダーラヘスト職人)
 第4回:ジルベスタークロイゼ。場所はスイス、ウルネッシュのケラー家(牧畜業)
 第5回:カルネヴァーレ。場所はイタリア、ヴェネチアのガッティ家(マスケラ職人)
 第6回:サン・ホセの火祭り。場所はスペイン、バレンシアのロマン家(ギター職人)
 第7回:ヴァルプルギスの夜。場所はドイツ、ヴェルニゲローデのボレル家(カフェ)
 第8回:バラの谷の祭。場所はブルガリア、カザンラクのアーレン家(バラ農家)
 第9回:夏至祭。場所はフィンランド、サーリセルカのヴァロ家(国立公園巡視員)
 第10回:レデントーレ。場所はイタリア、ヴェネチアのガッティ家(マスケラ職人)
 第11回:トマティーナ。場所はスペイン、ブニョルのアルバ家(公務員)
 第12回:オクトーバーフェスト。場所はドイツ、ミュンヘンュのゾエ家(ビール醸造)
 第13回:ベテラン・カー・ラン。場所はイギリス、ブライトンのトーマス家(牧畜業)
 第14回:聖ニコラスの到着。場所はオランダ、キューケンホフ公園近郊のコクー家(チューリップ農家)
 第15回:悪魔の祭。場所はスペイン、アルモナシッド・デル・マルケサドのメナ家(バル(居酒屋)経営)
 第16回:オーパンバル。場所はオーストリア(オーストリー)、ウィーンのブック家(ダンススクール経営)
 第17回:ブラン・ムーシのカーニバル。場所はベルギー、スタヴロのディナン家(ビール醸造)
 第18回:セビリアの春祭り。場所はスペイン、セビリアのリベラ家(陶板工芸家)

●今回の参加者

 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2029 ウィン・フレシェット(11歳・♂・一角獣)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2614 鶸・檜皮(36歳・♂・鷹)
 fa3255 御子神沙耶(16歳・♀・鴉)
 fa4611 ブラウネ・スターン(24歳・♀・豹)
 fa4622 ミレル・マクスウェル(14歳・♀・リス)

●リプレイ本文

●刺繍職人との再会
 オーストリアの首都ウィーン。
 音楽の都として知られるに到った背景を、ハプスブルク家の存在なしで語る事は出来ない。そして華やかな宮廷とそこに集まる人々は、音楽以外にも様々な文化の発展をウィーンへもたらした。
 その中の一つに、『プチポワン』がある。
 フランスの宮廷で『ゴブラン刺繍』として芽生えた刺繍技術は、オーストリアの宮廷へ伝わり、マリア・テレジアによって繊細かつ芸術的な域にまでその技法を進化させた。
 その技術を今も受け継ぐ人々の中に、一行が訪れたハイドン家も含まれている。
「あらまぁ。お久し振りね、いらっしゃい」
 扉を開けて驚いた表情をしたハイドン夫人は、すぐに笑顔で長身の来訪者を迎えた。
「また、世話になるが‥‥」
「気にしないで、我が家に帰ってきたと思ってね。そうそう、他のお連れさん方は?」
 慣れぬ抱擁の挨拶を夫人と交わしたCardinal(fa2010)は、言葉で切り出す代わりに後ろを振り返る。そこには緊張気味のウィン・フレシェット(fa2029)と、大きなカメラバックを提げた鶸・檜皮(fa2614)が揃って立っていた。
「遠いところを、ようこそ」
 微笑んで夫人が声をかければ、ようやく二人も軽く会釈を返す。
「えっと、初めまして」
「よろしく」
「いいえ、こちらこそ。立ち話も何だし、お入りなさいな。すぐ、暖かい紅茶を入れるわね。主人も娘も、もうすぐ帰ってくるわ」
 愛想のいい夫人の勧めで、三人はハイドン家へ足を踏み入れた。

●その後のハイドン家
 リビングのテーブルには、紅茶とドライフルーツ入りのスポンジ菓子クグロフが、切り分けられて並ぶ。
「皆、変わりなく?」
「ええ、お陰様で。Cardinalさんも、お元気そうね。一年ぶりになるかしら」
 柔らかな紅茶と甘い菓子の香りの間で交わされる会話を聞きながら、ウィンは控えめに生クリームが添えられたクグロフをフォークで一口大に切り取ってから、口へ運んだ。
「どう? お口に合うかしら」
「あ、うん」
 夫人の問いにこっくりと頷いた少年は、それから壁に飾られた刺繍に目を向ける。
「ハイドンさんっていうから、俺、音楽をやっている人かと思ってたけど‥‥違うんだ」
「ええ、うちは代々プチポワンに関わっているの。ご期待に添えなくて残念だけれど、かといって珍しい姓でもないわよ」
 冗談めかしてハイドン夫人は眉を上げ、思い出したようにCardinalが一枚の布を荷物から取り出した。
「暇をみて作ったものだが、よかったら見てもらえないだろうか」
「まぁ、これは‥‥本当に、器用ね」
 刺繍が施された白い布を受け取った夫人は、目を細めて頷く。
 何故かネイティヴアメリカン風のモチーフは、壁に飾られた刺繍絵の風景画と比べると、まだ一つ一つのステッチ(縫い目)も大きく、糸の濃淡もハッキリしている。が、夫人曰くは初級としては上出来だという。
「出来れば、もう少し技術を磨きたいものだがな」
 更なる向上心を見せるCardinalに、夫人はころころと笑った。

 夫人の作業部屋には、作りかけのプチポワンが何点も広げられている。
 その中でひときわ大きなサイズの布に刺繍されているのが、今年のアドベント(クリスマス市)で売るタペストリー用のプチポワンだ。
 半分ほど出来上がっているそれは、去年とはまた違う母子像を模っている。
 あまり見ることの出来ない作業場に、檜皮が一眼レフカメラのシャッターを切っていた。
「良ければ、あなた達も挑戦してみない?」
 笑顔の夫人は、プチポワンの初心者セットをウィンと檜皮へ渡す。
「‥‥これは?」
 作業途上の刺繍絵を眺めていたCardinalが、『場違い』な作品に目をとめた。細かなステッチと繊細な色使いの夫人の作品と違い、目も大きく糸の始末もおぼつかない。
「それは、マリアが作ったの」
 一人娘の名を出した夫人は、どこか寂しげな表情でCardinalが手にした刺繍へ視線を落とした。
「確か‥‥将来は子供にピアノを教えるとか、言っていなかったか?」
「ええ。でも、やっぱり技術は人並みで、伸びる見込みもないとかで‥‥あの子なりに悩んだ末に、私の後を継ぐって言い出してね。継いでくれる事は、嬉しいけれども‥‥」
 言葉を濁す夫人に、Cardinalは黙って荒いステッチを指でなぞった。
 技術に秀でた獣人達が華やかな表舞台に上がる一方で、それに及ばない普通の人間は、夢を見つつも普通の暮らしを選択せざるをえない。
 無論、獣人の側にもそうしなければならない理由はあるのだが‥‥。
「感動の再会、か‥‥」
 改めて部屋を見回して、檜皮が呟く。
 その表面だけを撮る事は、簡単である。
 しかし本当の感情が顕れるには、原動力が必要で。その原動力は、信頼であったり友愛であったりといった、人と人の繋がりと言ってもいい。
 うわべの感動でなく、本当の『再会の感動』を映像で掴み取る。
 彼がその域にまで到達するのは、まだ先のようだ。
「ただいまー!」
 重い空気を払うように、若い女性の明るい声が帰宅を告げる。
「噂をすれば、帰ってきたわね。そうそう、ウィン君。明日はマリアに、街を案内させましょうか。せっかくウィーンまで来たんだもの、市内観光もしたいわよね」
 娘を出迎える為に作業部屋を出る夫人に、三人も後に続いた。

●小さく素朴な町へ
 男性三人組が、ウィーンへ向かった一方で。
 スペインの真ん中にある首都マドリッドから、少し東へ進んだ場所にある小さな町アルモナシッド・デル・マルケサドには、女性三人組が訪れていた。
 2月の頭に訪れた時の荒涼とした冬の景色と違い、小さな町の傍にある小さなバル(居酒屋)は初夏の緑と、野鳥の囀りに包まれている。
「いらっしゃい‥‥やぁ、君達は」
 以前訪れた時と同様にテーブルを拭いていた家の主人は、来訪者の姿に手を止めた。
「お久し振りね。また、お邪魔しに来ました」
「ご無沙汰しています。皆さん、お変わりありませんか?」
 明るく挨拶をする羽曳野ハツ子(fa1032)に続いて、御堂 葵(fa2141)が丁寧にお辞儀をして近況を窺う。
 そして、初めてアルモナシッド・デル・マルケサドを訪れた御子神沙耶(fa3255)が、最後にぺこりと頭を下げた。
「初めまして。お世話になります。ところで‥‥」
 聞き辛そうに、沙耶が背後の気配を肩越しにちらりと見る。
「この子達はどなたかのお知り合い、でしょうか?」
 店の入り口では、物珍しそうに彼女らの後をついてきた子供達が、好奇心を露わにして中を覗き込んでいた。
「こらっ。あんた達、またかい!?」
 店の奥から現れた夫人が一喝すれば、蜘蛛の子を散らすようにわっと子供達は逃げていく。
「すみません。外からお客さんが来るのは、珍しいので」
「いいえ‥‥ロロも、あんまり怒らないであげて下さい」
 夫人に叱られているロロに代わって詫びる主人に、葵は笑顔で答えた。その隣で、ぐぅと自然現象が『自己主張』する。
「ごめんね。美味しい料理をいただこうと思って、お腹も準備万端にしてきたから」
「気にしないで、すぐに用意するから。ボカディージョでいい?」
 手で腹を押さえたハツ子に、夫人は明るく笑いながら奥の厨房へと向かった。

●再会と歓迎と
 家族が食事を取るためのキッチンのテーブルには、バゲットにオムレツやチョリソ、野菜を挟んだシンプルなサンドイッチ、ボカディージョが並んでいた。
 バルの店内だと、すぐに子供達が覗き込みにくる為だろう。メナ氏は開店の用意をしながら、集まった子供達の相手をしている。
 大きなボカディージョを苦心して食べながら、賑やかな子供達の声に葵が表情を綻ばせた。
「皆さん、お元気そうですね」
「元気だけが、取り柄でね」
「でも皆が元気で、御飯が美味しく食べられるのは、何よりの幸せだと思うのよ」
 夫人の言葉に、食事をぱくつきながらハツ子が論じる。
「ところで、お世話になりっぱなしも悪いですし‥‥よかったらまた、バルのお仕事を手伝わせてもらえませんか? お祭の時と違って、以前の時ほどの混雑はないと思いますけれど‥‥」
 葵の申し出に、「そんな事ないわよ」と夫人はひらひら手を振った。
「あなた達が帰ってきたんだもの。覗きにきていた子供達から、すぐ町中に広まっちゃうわ」
「あの‥‥」
 大仰に肩を竦める夫人へ、遠慮がちに沙耶が口を開く。
「ご迷惑でなければ、バルで日本の曲を弾かせていただいても構いませんか? 三味線も、持ってきましたので」
「構わないけれど‥‥シャミ‥‥?」
 初めて聞く言葉に夫人は首を傾げ、ハツ子は指を振りつつ表現を探す。
「えっと、簡単に一口で言えば、ジャパニーズなトラディショナル・ギター?」
「それはいいわね。皆、見た事がないから喜ぶと思うわよ」
 どのようなイメージで伝わったかは謎だが、夫人は快く承諾した。
「お姉ちゃん‥‥来られなかったお兄ちゃん達は、元気?」
 不意に、戸口から覗き込んだ少年が、食事中の三人を見上げて尋ねる。
「そうですね‥‥ロロさんは、仲が良かったですしね。仕事が忙しくて来られていませんが、皆さんちゃんと元気ですよ」
 葵の答えに満足したのか、心配そうなロロは笑顔をみせた。

 客が少ない午後、三人はバルで子供達に囲まれていた。
 葵が丁寧に折った手本に、子供達はああだこうだと言いながら紙を折り、折った紙を勢いよく振り下ろして鳴らしたり、折り紙と共に教えた綾取りで遊ぶ。
 日が暮れて、仕事帰りの男達が帰りに一杯引っ掛けに来る時間には、カウンターを少し不恰好な動物や船が幾つも飾っていた。その頃になると「再び日本人の来訪者達がやってきた」という話を聞きつけて、小さな町の人々はこぞってバルへと顔を出し始める。
 混雑した店に葵やハツ子は手を貸すどころか、その場の『主役』に祭り上げられて。
 すっかり宴席と化したバルの賑やかさに、沙耶が三味線で花を添えた。
「ねぇ、ロロ君。クエンカの街には、行った事はあるの?」
 宴の傍らでハツ子が尋ねれば、ロロは首を横に振る。
「ううん。お父さん達、毎日お店で忙しいから‥‥遠くに出かけた事って、ないよ」
「それじゃあ明日、お姉ちゃん達と一緒に行かない? クエンカはそう遠くないし、できればお父さんとお母さんと一緒に」
「聞いてくるっ」
「ああ、それなら私から話してあげるわよ」
 勢いよく立ち上がった少年を引き止めたハツ子は、二人でメナ夫妻への交渉に向かった。

 バルも休みとなる、安息日。
 町の小さな教会で揃ってミサを終えたメナ一家と三人の来訪者は、その足でバス乗り場へと向かう。
 楽しげに通りを歩く三人と息子の姿を、並んで歩く夫妻は目を細めて見守り。
 クエンカへの小旅行は、メナ一家へのちょっとした『プレゼント』となったようだ。