続く伝承と、継ぐ伝統とヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 6.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/07〜06/09

●本文

●お預け中の「めでたしめでたし」
 ぶらぶらと、紐の先で古い鍵が揺れていた。
「で‥‥どうするのだ、それは」
 揺れる鍵をじーっと見物していたレオン・ローズが、眠そうに目を擦りながら尋ねる。
「そりゃあ‥‥返しに行きたいんだけどね。渡されてる『鈴』の件もあるし、最初に最初の問題もあるし」
 鍵を揺らしていたフィルゲン・バッハは、ゴトリとテーブルに鍵を置き、そのまま突っ伏して大きな溜め息をしみじみと吐いた。
 黒森の地下に広がる遺跡の、中心へ至る為の『鍵』。
 地下に広がる『白い物体』に反応する、三つの鈴の一つ『ジークフリートの鈴』。
 それらは、フィルゲンが彼の大叔父である老ダーラントより、『借り受けた』事となっていた。
 故に、返さないと後が怖いのだ。色々と。
「それで、大叔父殿は既に退院しておられるのか?」
「うん。城で『養生』に戻ってるって、執事さんから連絡あった。だから‥‥なおさらホントは行くの、嫌なんだけどねぇぇ〜」
 テーブルに伸びたまま、フィルゲンはまた何度目かの大きな溜め息をつく。一方のレオンは、それこそ他人事だと言わんばかりにヒラヒラと手を振った。
「次の『幻想寓話』の撮影準備がある故に同行する事は出来ぬが、しっかりと頑張ってくるのだぞ」
「準備って‥‥観光名所を探したり、美味いモノを調べたりするのが準備か」
 恨めしそうに見上げる相方に、レオンは余裕の表情で胸を張ってみせる。
「皆、楽しみにしているではないか。裏は取ってあるのだぞ」
「もしかして、その為の『ブラウニーズ』だったのか!?」
「そこまで私情を交えはせんわーっ!」
 いつものやり取りが、アパートメントに響いた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa5662 月詠・月夜(16歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●待ち時間
 位置からいえば、黒森より東。
 ネッカー川上流、その支流を臨む森に、バッハ家−−あるいは『古き竜』とも呼ばれる一族−−が個人所有する古城はあった。そこには一族の長たるダーラント・バッハが居住し、黒森の地下に存在する『遺跡』を見守っている。
 今再び、そこへ向かう者達がいた。
 先の『遺跡』で起きた事柄を、老ダーラントへ報告する為に。

「で。問題は、どこまで話をするか‥‥だよな」
 メイド達に案内されて通された図書サロンで、テーブルに半分腰掛けたシヴェル・マクスウェル(fa0898)が切り出した。
「私としては、特に隠す事もなく報告をしておくべきだと思うね。仮にも、『古き竜』がずっと監視してきた遺跡である以上、下手に隠し事をするのも得策とは思えないし」
 磨きこまれた木の机に置かれたティーカップを、深森風音(fa3736)が手にする。
「まず客観的な事実を報告して、主観を交えた見解は後から別で。その方が、手短で判りやすいだろうしね」
 了解を得るように、風音は一番の『当事者』であるフィルゲン・バッハへ視線を向けた。
「そうだね。何を隠しても、どうせ大叔父さんに『気配』を見抜かれるのは、間違いない」
 髪を掻きつつ憂鬱そうに嘆息するフィルゲンを、セシル・ファーレ(fa3728)がじーっと見やり。
「ところで‥‥どちら様でしたっけ?」
「セ、セシル君っ!?」
 ショックを受けたフィルゲンへ、ハリセン「仁八」を手に半獣化したセシルは笑顔を作る。
「冗談ですよ。だから、『フィルゲンさん』『踊って』?」
 ぴこぴこぴこ。
「『フィルゲンさん』『お笑いトークして』?」
「ある男が医者へ相談した。「実はこの指で触ると、首が痛いんです。首だけじゃなく、胸や腕や足も触ると痛いんです。自分は何か病気なんでしょうか」。すると医者は、こう答えた。「それは、触ってる指が折れてるんだよ」」
「じゃあ、えーっと‥‥」
「セシルちゃん。あんまり、フィルゲンさんで遊んじゃダメよ」
『言霊操作』を使って遊ぶセシルに、苦笑した羽曳野ハツ子(fa1032)が間に入る。
「だって、この間はセシル行けなかったから、何があったか知らないですし」
「すみません。私もその辺り、詳しく話をお伺いしたいんですけど」
 頬を膨らませて拗ねたらしいセシルに便乗して、月詠・月夜(fa5662)がぶんぶんと手を振り。フィルゲンはといえば、すこぶる怪訝な表情を浮かべた。
「セシル君はともかくとして、君は伺って‥‥どうするんだい?」
「えっと、聞いた話を元に、パソコンで黒森遺跡の事について一連の事柄をまとめて、項目を判っている事と判っていない事に分けて‥‥あ、出来上がったデータは、何だったら皆さんに配りますけど」
「その必要はないよ」
 どこか不機嫌そうに、フィルゲンは月夜の申し出を断った。
「記録も、作らなくていい。預かった鍵は返すし、ルーペルトは姿を消した。これ以上、黒森へ足を運ぶ事はないから」
 それだけ告げると、彼は憮然とした表情で部屋を横切り、扉を開けて廊下へ出て行った。
「ふむ、珍しいね‥‥フィルゲンさんが荒れるのは」
 背中を見送った風音が腕組みをし、ハツ子はメガネのフレームを指で押し上げる。
「ダーラント老との話の前で、カリカリしてるのかしら。でも、このまま縁を切るのも、私はどうかと思うのよね‥‥」
 指を組み、腕を伸ばしたハツ子は、溜め息混じりで息を深く吐いた。
「半端に逃げ腰なだけだと、いつまで経っても半端な状態のままだろうな。嫌なら嫌、困るなら困ると、意思はハッキリするべきで‥‥それは、フィルゲンに限った事ではないが」
 静観していたCardinal(fa2010)が重い口を開き、鏑木 司(fa1616)へ視線を投げる。
「僕は、まだ‥‥ただ、老ダーラントがフィルゲンさんに古き竜の一族としての役目を担わせたいにしても、もっと緩やかな形でも問題ないんじゃないかと‥‥僕も、ルーペルトさんは遺跡における目的を、既に遂げたと思いますし」
 老ダーラントよりフィルゲンとの養子縁組を−−竜の獣人である為、おそらく『後継候補』として−−持ちかけられた司は、約三ヶ月の期間を経ても答えを出せずにいた。もっとも、13歳の少年が背負うには荷の重い話だが。
 その時、年配のメイド長の声が、一同の思考を中断した。
「お待たせ致しました、皆様を応接室へご案内致します。ただし」
 メイド長の鋭い目を向けられ、月夜は思わず居住まいを正した。

「参りましたね」
 机に頬杖をつき、椅子に座った月夜は足をぶらぶらさせる。
 図書サロンには、彼女一人が残された。理由は簡単だ。面識も紹介者も実績もなく、信用がないの一言に尽きる。一連の出来事にDSが関わっていた事もあって、警戒の意図もあるのだろう。
 数人のメイド達に見張られた彼女は、大人しく時間を待った。

●報告
 応接室は、老ダーラントと対峙した者ならば経験のある、ある種の緊張に包まれていた。
 最奥のどっしりとした椅子に腰を据えた老人は、杖の頭を置いた指でゆっくりと叩きながら、揃った顔ぶれを見やる。
「ひとまず、黒森の遺跡に関しては危機的な状況を回避できたようだな。それについては、礼を述べておこう」
「ダーラント老も、元気そうで何より。だが、あまり芳しくない知らせもある‥‥ってのは、もう気付いてる、か」
 ざっくばらんな口調でシヴェルが切り出し、彼女と風音が代表して起こった出来事を包み隠さず説明した。
 主な要点は、二つである。
『歌う木』との共振によって発生した『白い塊』の崩壊は、再び『歌う木』を使う事によって止まった事。
 いち早く遺跡の深部に達したルーペルトが『ブルクンドの魔族』を解放し、その一体を手中に収めた(らしい)事。
「ルーペルトの事は気になるけど、遺跡の方も大丈夫なのか? もし何かの処置が必要なら、できる限りの協力はするつもりだが‥‥ただ、もしよければこちらからの要望も受け付けてくれると有難いが」
 シヴェルが用心深く言葉を選びながら助力を申し出れば、老ダーラントは眼瞼を閉じた。
「今、黒森を支えるアレに必要なのは何よりも永い時間のみ。欠けた歪みは、多少なりとも地上にも出よう。だが削り落とした山に土を盛った所で、それが即座に山にならぬのと同じ事」
「下手に触った方が、不味い‥‥か。まぁ、『白い』のもいい加減、正体不明だしな」
 腕組みをしてシヴェルも唸り、風音は「恥ずかしながら」と口を開く。
「私としては、実はルーペルトさんは『宝』を欲していて、必ずしも悪用しないんじゃないかと‥‥思っていたけどね」
「だが、得てしてニーベルングの伝承では、関わる『宝』は持ち主を破滅させるものばかりだからな。『黄金』然り、『剣』然り」
「そうではあるんだけど」
 手掛かりを得ようとかねてから伝承を調べていたCardinalの見識に、頷く風音が苦笑を返した。
「ともあれ、この先の問題は『堕落者』‥‥DSであるルーペルトを追うか、どうかになるのか」
 老ダーラントへかけるCardinalの言葉は、疑問や提案というより確認に近い。
「アレはもう、バッハ家とは関わり合いのない者。本来ならば『古き竜』で断罪するべき者だが、『堕落者』の狩り手となる逸材もない。
 更に言えば、WEAは『堕落者』に対して警戒を強めておる。同胞同士の『魔女狩り』など愚かしい故、大事にできんだけでな。『堕落者』の確証があれば、WEAは追跡を奨励するであろうし、こちらも出す口はない。
 判り辛いか? つまりはアレを追い、殺す。それはむしろ、奨励されるという事だ。情を交えるべくもない」
 単刀直入な表現に、場の空気に一種の緊張が走った。
 ルーペルトの素性を聞こうとしていた者は、眉をひそめ。苦々しい表情のフィルゲンは堅く口をつぐみ、誰とも視線を合わさず、ただ床を見据えている。
 十数秒の重い沈黙の末に、やっと風音が言葉を繋いだ。
「それで‥‥ルーペルトさんが手にした『ブルクンドの魔族』に関して、何か情報があれば、聞きたいんだけど」
 白い髭を節くれ立った指で撫でた老人は、また指で杖を一つ叩く。
「『ブルグントの魔族』個々の姿や形。それらは伝わる事無く、今や残っておらん。ただ『古き竜』としては、『ブルグント族の王』は即ち『堕落者』に相当するものであり、故に『夜歩くモノ』を『魔族』として率いていた、と考えている。
 クリームヒルトに討たれた王たる『堕落者』は、『夜歩くモノ』共々に戦の最終局面に地の底へ飲まれた。が、『堕落者』が滅びても『夜歩くモノ』はその限りではないとみえる」
「だから、あの洞窟はNWが潜んでいて‥‥それであんな頑丈な扉を設けて、中を封印したんですね‥‥」
 じっと黙って話を聞いていた司が、ようやく呟いた。
「DSには、NWの使役等だけで終わらない、何らかの能力もあるんでしょうか」
「人が獣人についての仔細を知っておるか? あるいは、獣人が『夜歩くモノ』の仔細について知っておるか? それと同じよ。『堕落者』でなければ、知らぬ事もあろう」
 DSはDSである時点で、既に獣人とは違うモノだと、言外に老ダーラントは告げた。

「大叔父さん。これは‥‥返しておきます」
 話題が途切れたところで、フィルゲンがテーブルへ布に包んだ古びた鍵と銀色の小さな球体を置く。
 視線を合わさない又甥を、老ダーラントはじろりと見。一方、居心地の悪そうなフィルゲンは、何事かを決意するようにぎゅっと拳を握る。
「それで、一番最初に‥‥お願いした件ですが。僕は『古き竜』を‥‥バッハ家を‥‥」
「待って。ちょっと待って、フィル」
 強張った腕に手をかけて、ハツ子はフィルゲンの言葉を遮った。
「私、どうしても気になっていんだけど。家の事が絡むと、フィルはどこか遠慮というか、萎縮した感じになるし。ダーラントさんも、必要最低限の事を話してない気がするのよね」
「は、ハツ子君!? いいいきなり何を‥‥」
 予期していなかったのか、フィルゲンがひっくり返った声を上げる。
「だから。せっかくの機会だし今後どうするか、どうして欲しいのか、二人で話し合ってみたらどう? 話してみれば、案外どうっていうことのない事柄なんて多々あるわよ。だから、簡単に縁を切るなんて寂しい事は‥‥」
「ハツ子さん。それは‥‥無理みたいかも?」
 ずっと聞き手に回っていたセシルが、フィルゲンを突付いた。
 ‥‥返事がない。固まっているようだ。
「萎縮というか、ここまでくると恐怖症だね」
 風音の言葉にシヴェルが苦笑し、Cardinalは重々しく溜め息をついた。
「ここで二人が話し合うのは、俺も賛成だ。少なくとも、一対一で話をさせるよりはいい。だが、当の本人がこれではな‥‥」
 老ダーラントは椅子の肘掛に肘をつき、冷ややかに反応を眺めている。
「不甲斐ない」
 一言を置いて、老ダーラントは椅子から立ち上がった。
「ダーラントさん‥‥」
「儂も老いた。目の黒いうちに後継を選び出し、長きに渡って引き継いできた役目を渡さねばならんのだが‥‥歯痒いものよ」
 引き止めようとするハツ子へ老人は呟きを残すと、老執事へ身振りで何事かを指示し、杖を突きながら応接室より退座する。
「申し訳ございませんが、これらの話は内々の事。皆様においては、どうぞ口外されぬよう‥‥」
 深々と頭を下げた老執事はテーブルの鍵のみを手に取って、もう一度頭を下げた。

●そして、森は閉じ‥‥
 時間も遅いため、一行の為に城では一夜の宿が用意されていた。
「それでその銀色の丸いのは、何かの意味があるんですか?」
 夕食の席で、改めてセシルがフィルゲンへ尋ねる。
「うん。コレは三つあってね。簡単に言えば、長と後継者と、後継者の後継者、つまり奥さんや子供が持つ物なんだ。ニーベルンゲンの伝承になぞらえて、ね」
 憂鬱そうにしながらも無碍に出来ないのか、フィルゲンは銀の球を大事そうに仕舞った。
「ところでフィルゲンは、ルーペルトについては‥‥知っているのか? ダーラント老は、答える気もなさそうだったが」
 シヴェルの問いに、ぽしぽしと彼は髪を掻き。
「よく知っているという訳ではないけど。親戚筋の噂では、変わり者だって言われてたね。僕とは別の意味で」
「変わり者?」
「つまり、一口で言えば‥‥異性が愛せない人だって」
 口にし辛いのか、視線を泳がせつつ答える相手に、「ふむ」とシヴェルは考え込む。
「それにしても‥‥フィル。だめよ、ちゃんとダーラントさんと話し合わないと」
 軽く叱る口調のハツ子に、とほりとフィルゲンは肩を落とした。
「ホント、気を回してくれたハツ子君には、申し訳ないけれど‥‥やっぱり、僕は大叔父さんが苦手だよ」
「そんなんじゃ、ハツ子さんから『御褒美』もらえないよ、フィルゲンさん」
「ごっ‥‥!?」
 冗談めかした風音にハツ子がむせ、フィルゲンは慌てて彼女の背をさすり。
『会見』の緊張とは打って変わって、和やかに夕食は進む。

 そして、夕食の後。
 一同は執事より、老ダーラントが司へ持ちかけたフィルゲンとの養子縁組の話を、白紙に戻すと決めた旨を告げられた。