幻想寓話〜ケット・シーヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
5Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
35.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/10〜06/14
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●本文
●兎耳の次は猫耳で?
イギリスの小さな映像製作会社アメージング・フィルム・ワークスに所属する監督レオン・ローズは、いつになく険しい表情で紙の束を見つめていた。
手にしているのは何かと家庭の事情が慌しい相方の脚本家フィルゲン・バッハが、出発前に彼に渡した台本と、その撮影場所についての資料である。
今回の『幻想寓話』の題材となる伝承は、スコットランド高地地方に伝わる『ケット・シー』。
撮影の拠点は、スコットランドのインヴァネス。ネス湖の玄関口としても有名ではあるが、レオンとしては個人的にそれなりの縁がある街で‥‥。
しかも題材のせいか、WWBよりゴールデンでの放送枠に繰り上げられている
「これは、何かの陰謀であるかーっ!?」
叫んでみても、不在のフィルゲンは答えず。
相方のささやかな『報復』に、レオンはテーブルへ突っ伏した。
●幻想寓話〜ケット・シー
『スコットランドに住むという、猫妖精の一つケット・シー。
この妖精達は、胸に白いブチ模様−−妖精の印である−−が入った猫の姿をしている。だが、人間のようにマントを羽織り、靴を履いた後ろ足二本足で歩く。
彼らは人間に正体がばれないよう、どこにでもいる普通の猫のフリをしている。しかし、人間の言葉を理解するが故に、つい人間の言葉を話してしまったり、ウッカリ立って歩いてしまうという、どこか愛嬌のある憎めない妖精だ。
ケット・シー達は木のウロや廃屋に自分達の王国を持っており、そこではケット・シーの王や王妃が、一般民衆のケット・シー達を治めていると言われる。
普段は人間へ悪戯や危害を加える事のない、良き隣人たる妖精ではあるが、心無い者にいじめられ、虐待されると、牡牛ほどの大きさに変化して、自分達の王国へ引っ立てていくという。
ある小さな村に、父親と母親と猫と暮らしていた少年がいた。
ある日、前の晩に帰りが遅かった父親は、母親に不思議な話をする。
川にかかる橋の上で猫達が集まっているのを見かけた父親は、影からこっそりと様子を窺った。すると猫達は「猫の王様が死んだ」と人間の言葉で嘆き交わした後、一匹残らずどこかへ逃げてしまったというのだ。
その話をした途端、二本足で飼い猫が部屋から飛び出した。
「何だって!? それなら、僕が次の王様だ!」
人の言葉で喋る飼い猫に家族が驚いているうち、猫はあっという間に家を飛び出し、帰ってこなくなった。
可愛がっていた猫が消えた事を悲しんでいた少年は、ふと自分のベットの下に隠された柔らかな靴と手触りのいいマントを見つけ出す。
一体、誰の持ち物かと少年が首を傾げていると、窓を叩く音がした。
窓の外では立ち上がった猫が、少年にぺこりと頭を下げてこう告げる。
「王様がお忘れになったお気に入りのマントと靴を取りに来た、使いの者です。どうかそれを、渡していただけませんか?」
少年は、驚きながらも「それなら」と交換条件を持ち出す。
靴とマントを渡す代わりに、王様になった飼い猫に会わせて欲しい。と−−』
「ケット・シー」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。王様となった飼い猫ケット・シー役、猫の飼い主である少年(または少女)役、少年(または少女)の両親役、お使いケット・シー役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
脚本はアレンジ可能。また、アレンジ如何によっては配役の追加も検討。
ロケ地は、イギリスはスコットランド北部インヴァネスの近郊。
インヴァネスは東へ行けばカロードゥンの古戦場やコーダー城があり、西へ行けばかのネス湖とそれに面したアーカート城を臨む事ができる、『ハイランドの都』である。
●リプレイ本文
●合流
青い湖を背景に、石造りの城門や連なる壁が、僅かに朽ち果てた城の面影を残す。
一番保存状態のいい「グラント・タワー」と呼ばれる小さな塔で、見学者達は穏やかな湖面を眺めていた。
「出てこないかな。ネッシー!」
「どうかしら。可愛い女の子二人に惹かれて、姿を見せたり‥‥とか?」
巻き癖のついた赤茶の髪を揺らし、飛び跳ねて湖の向こうを見渡そうとするのは、王様になったケット・シー、アニー役の榛原絢香(fa4823)。その隣で、金の髪を隠すキルト素材の中折れ帽子を押さえながら、ケット・シーの一人ベッキー役アイリーン(fa1814)が笑った。
「あんまり飛び跳ねて、床が崩れても知らねぇぞ」
急遽、今回の吟遊詩人を演じる事となった嘩京・流(fa1791)が冗談めかすと、ぴたりと止まった少女二人は同時に振り返る。
「「そっ、そんなに重くないわよっ」」
頬を赤く染め、同時に返ってきた答えに、ケット・シーの飼い主アイン役ウィン・フレシェット(fa2029)が驚いて目を丸くし。アイリーンと同じくハムスターの獣人ながら、ケット・シーの一人ウーナ・ウーナ役となるエマ・ゴールドウィン(fa3764)は、「あらあら」と目を細めた。
「お姉さん達、息ピッタリだ」
「そうねぇ。年頃の娘さん同士、仲のいい事ね」
「ところでこれは、いかなるギミックになっておるのだ?」
「ちょっと、監督!?」
ツーテールにした絢香の巻き髪の片方を、興味深げに監督レオン・ローズがびよんびよんと引っ張り、怒られている。
忍び笑うアイン少年の父親ライナスを演じる水沢 鷹弘(fa3831)は、改めて朽ちたアーカート城を眺めた。
初夏の緑が瑞々しい森。その陰から青い下草を踏んで、遅れた二人が現れる。
「互いの『相方』が到着したようだぞ、レオン君」
「あ、風音さーん、フィルゲンさーん!」
鷹弘の言葉に、アイリーンがタワーに開いた穴から手を振った。
「お待たせ。ネッシーは見つかったかい?」
アイン少年の母親シェリー役の深森風音(fa3736)が、友人へ軽口で答える。
「二人とも、お疲れ様だな」
「待たせちゃって、すまないね」
労をねぎらう鷹弘へ脚本家フィルゲン・バッハは軽く会釈をし、青と緑の光景へしみじみと息を吐いてから友人を見やった。
「というか‥‥レオン。何で、ネス湖まできてるんだ」
「イメージ作りに決まっておろう」
ふっと不敵な笑みを返すレオンの向こう脛を、フィルゲンは無言で蹴っ飛ばす。
かくて役者は舞台へ揃い、『幻想寓話』はクランクインした。
●猫と少年と恩返し
月明かりの下で、澄んだ弦が物悲しげに響く。
荒涼とした原野の光景を慰めるように流れる音色は、前触れもなく途切れ。
草の中に突き出した岩に腰掛け、ケルティックハープを抱いた人物は、深く被ったフードの下で笑みを作る。
「望むのであれば、今宵は『赤き瞳の謡い手』が再び聴かせよう。この弦の音色に乗せて」
止めた指を、再度弦へと滑らせ。
「変わらぬ家族の絆で結ばれた、人と妖精との物語を」
少し明るい曲調の旋律が、月の原へと風に乗って渡る。
演奏に合わせるように、三角の耳と長いしなやかな尻尾が揺れて。
二本足で歩く影は列を作り、月の下を歩いていく−−。
カタカタと、風に打たれて窓が鳴る。
鎧戸に何かが当たったような音が聞こえれば、はっと息を呑んで耳をすませ。
「シェリー?」
編み物の手を止めて窓を見つめていた彼女は、夫ライナスの呼びかけに結った黒髪を揺らした。
「ごめんなさい。つい‥‥アニーが居なくなって、あの子も寂しそうだから」
「気持ちは判るが、猫は気まぐれだからな。そのうち、ひょっこり帰って来るさ」
「そうね」
納得しながら、再びシェリーは編み物を再開する。
その時、いきなり部屋の扉が開き。
「お父さん、お母さんっ。ケット・シーの王国にアニーが招待してくれるって!」
現れるなり、興奮気味に報告するアインの様子に、夫婦は驚いた表情で顔を見合わせた。
話の次第は、こうだった。
月夜の家路で偶然、猫達が集まっているところを目にしたライナス。こっそり聞き耳を立てると、彼らは「猫の王様が死んだ」と人の声で話をし、嘆き悲しんでいた。
不思議な光景に出くわしたものだと、家に帰って話をすれば。
「何だって!? それなら、僕が次の王様だ!」
ひょいと二本足で立ち上がった飼い猫アニーが、急に叫んだ。
三人が驚いている間にアニーは家を飛び出し、姿を見せなくなったのである。
「アニーに会いたいという寂しさで、夢でも見たんじゃないか?」
信じる様子のない父親へ、少年は手にした一通の封筒を突き出した。
怪訝そうにライナスがそれを受取り、入っていたカードを夫の肩越しにシェリーも覗き込む。
カードには下手な字で、「親子三人への感謝の気持ちとして、ケット・シーの王国へ招待する」と書かれていた。ご丁寧に、カードの隅にはサイン代わりなのか肉球の判が押されている。
「これ、どうしたの?」
尋ねる母親に、アインは得意げに胸を張った。
「アニーはお気に入りの靴とマントをベットの下に仕舞い忘れたまま、慌ててケット・シーの王国へ行っちゃったんだって。それを取りに来たケット・シーに、アニーに会いたいって頼んだんだ!」
「本当に、本当なのか?」
嬉しそうな子供の夢を壊さぬ様に注意しながら、もう一度ライナスが確認すれば、息子は自信たっぷりに頷いた。
「本当だから、招待状をくれたんだよ」
「でも、一人で行くのはダメよ。行く時は、お父さんとお母さんも一緒に行くわね」
「え〜っ」
不満そうな息子へ、母親は指を振り。
「ほら、「親子三人への感謝の気持ち」って書いてあるでしょ。三人で来て下さいって事なのよ」
「‥‥はぁい」
やや不満そうながらも、封筒を返してもらったアインは母親の言葉に答える。そして、急いで自分の部屋へ戻っていった。
「しかし‥‥やはりあれは、夢ではなかったのか」
椅子の背にもたれたライナスは、深く息を吐き。
そんな夫のために、シェリーは温かなお茶を入れた。
●ささやかな凱旋?
「どう、耳はズレてないかしら」
休憩時間の合間をみて、白い髪を指で押さえたエマが不安そうに風音へ尋ねる。試しにとシークレット猫耳を頭につけて遊んでいた風音は、半獣化した上にシークレット猫耳を付けたエマを見やり。
「うん、大丈夫だよ。なかなか‥‥」
「ああ、待って。いいのよ、感想は。ずれてなければ、それで」
慌てて言葉を遮ると、自分で何かを納得したように何度も頷く。
「皆さん、お疲れ様。お茶が入りましたよ」
木製のワゴンを押し、見慣れぬ老婦人が休憩中のスタッフに声をかけた。
大きなワゴンの上には、蒸らした紅茶に大量のスコーンや数種のケーキ、苺のタルトなど、素朴な午後のお茶が準備されている。
そして。
「おっ、お祖母様ーっ!? 何故ここにー!」
素っ頓狂なレオンの叫びが、現場に響いた。
「レオンさんのお祖母様‥‥なんだね。初めて、お目にかかります」
土産にとドイツクッキーを渡しながら、風音が老婦人へ会釈をする。
「あら、素敵な耳ね、お嬢さん。いつも、孫がお世話になっています」
「ああ‥‥忘れていたよ」
にっこりと微笑む老婦人に、猫耳をつけたままの風音も髪に手をやって笑う。
「実は、フィルゲンさんに頼んで連絡してもらったの。監督の仕事振りを、見学してもらおうと思って」
トレーを手にしたアイリーンが、悪戯っぽい表情で老婦人の後に続いて現れた。
「あああ、アイリーン君!?」
「はい、手作りカスタードプディング。結構、美味く出来た自信があるんだけど」
カクカクと奇怪な動きになっているレオンへ、アイリーンはプリンを差し出す。そんな様子に絢香は声を忍ばせて笑いながらケーキへ手を伸ばし、鷹弘はフィルゲンからスコーンを受け取った。
「随分なサプライズだな」
「せっかく近くまで来てるのに、顔を見せないのも薄情だもんね」
機嫌よさげなフィルゲンは、ウィンへ小さな苺のタルトを渡す。
「そういや、クロテッドクリームってある? こっちのスコーンには、つけるって聞いたけど‥‥他にも、ウィスキー入りの蜂蜜とかあるんだよな」
スコーン用のジャムやクリームの皿を興味深げに流が覗き込めば、「はいはい」と愛想良く老婦人が皿を選んだ。
「そういえば、フィルゲンさん。クー・シーっていうのはマイナーなの?」
お茶のカップを渡しつつ、アイリーンが脚本家へ素朴な疑問を投げる。
「マイナーというか、ケット・シーと違って怖いからね」
「怖いの?」
「うん。妖精を守る、忠実な番犬なんだ。クー・シーだけで出歩いている時は、特に危険だって言われてるよ。止める飼い主がいないから」
「何だか少し、残念ね」
そんな取りとめない会話と共に、緩やかな休憩時間は過ぎていった。
●猫妖精の王国
植え込みを刈って作られた迷路のような庭園を、賑やかな猫妖精の行列が進む。
美しい緑を抜けた先に、石造りの荘厳な城がそびえていた。
跳ね橋を渡って門をくぐれば、着飾った一匹の猫妖精が待っている。
不安げに連れてこられた三人を出迎えた猫妖精は、恭しくお辞儀をした。
「ようこそ、いらっしゃいました。陛下を無事に、そして立派に育てて下さった皆様を、私達ケット・シー一同、心から歓迎いたします。申し遅れました、私はアニー様の侍女のベッキーでございます」
ぴょこんと一礼したベッキーは、戸惑う人間達を「ささ」と促す。
「えっと‥‥アニーは?」
耳や尻尾に視線を感じながら小さな人間に問いかけられると、彼女は振り返って猫の笑顔を返した。
「はい。王様は、広間にて皆様をお待ちになっています」
そして、大きな木の扉が開いた。
「王様とお会いする前に、まずは相応しい衣装を御用意致しました‥‥が」
少し年配のケット・シーが、袖で涙を拭う仕草をする。
「長年、猫王家御用達お針子頭としてお仕えして参りましたけれど、ウーナ・ウーナは悲しゅうございます。人間の皆様は誠に、不恰好かつ不便なお姿をしていらっしゃる。まっこと、不憫でなりませんわ〜」
「不憫って‥‥」
困った表情で、アインは身に着けた上着の裾を引っ張った。
服には何故か、肉球や猫の瞳のような意匠が随所に縫い込まれ。特に少年の衣装には、大きな魚に似た奇怪な生き物が描かれている。
「不憫ですわ。私達全てが生まれながらに持つ、極上の毛皮をお持ちではないのですから」
巻尺を手にさめざめと嘆く、ウーナ・ウーナの自信作らしいのだが。
「でもなんだか、背中が丸くなるんだけど。この服」
窮屈さが先に立って口を尖らせるアインに、お針子頭は愕然として。
「あの、王様がお待ちですので、そろそろ‥‥今宵の晩餐はシェフが腕によりをかけて、最高の料理をご用意いたしましたから」
ウーナ・ウーナが口を開く前に、ベッキーが間へ入って場を繕った。
お城のような豪華な内装の真ん中に、白いクロスのかかった長いテーブルが置かれ。金色の蝋燭立てに灯された炎に照らされて、銀色の食器が輝いていた。
「うわぁ‥‥」
席へ案内された少年は、目を丸くしてただただ声をあげ、少年の両親は、半ば呆然としている。
そこへファンファーレが鳴り響き。
堂々と胸を張って、ひときわ着飾った一匹の猫妖精が広間に現れる。
「あ‥‥アニーだっ!」
驚いて席を立ち、アインはかつての飼い猫に駆け寄った。
「本当に、王様になったのね‥‥アニーってば‥‥」
シェリーの呟きに、ライナスは呆然と首を縦に振って答える。
「私が王になったからには、そなた達に何一つ不自由な思いはさせぬ。なにせ私は王様だからな!」
「なんだか、偉そうだね」
再会の抱擁を交わした少年は、元飼い猫の尊大な物言いに笑い出し、アニーも嬉しそうに目を細めた。
猫妖精達のパーティは、一風変わっていた。
マタタビ酒、あるいはミルクでの乾杯に始まって、野草料理、魚料理と、給仕達が次々と料理をテーブルへと運ぶ。
「これは、何?」
猫妖精流の晩餐に慣れてきたところで、アインが次に現れた大皿を、興味深げに見つめた。
丸々とした仔豚かと思いきや、心なしか鼻先は尖り、尻尾はひょろりと真っ直ぐ長い。
尋ねた少年へ、アニーはぺろりと舌なめずりをして。
「うむ。メインディッシュである王国自慢の特製料理、特大ネズミの丸焼きだ!」
「ネ‥‥っ!」
「シェリー?」
「うわぁぁぁ、お母さん!?」
息を呑んで卒倒したシェリーに、慌ててベッキーが気付け薬を取りに走った。
食事の後は、音楽が流れてダンスが始まる。
猫妖精達のダンスは、見た事もない軽やかなステップで。
アインはステップを『指南』するアニーの足を踏みそうになりつつ、一人と一匹でくるくると踊る。
賑やかな演奏と笑い声は、夜が更けても続き‥‥。
やがて、東の空が白んできた。
「顔色が優れぬぞ。私の歓待は、気に召さなかったか?」
あちこちで、騒ぎ疲れた猫妖精達が眠りこけている中で。
前足を擦り、しょぼんと呟くアニーへ、少年は「ううん」と首を横に振る。
「驚いたけど、楽しかった。でも‥‥家に戻ってこない? アニー」
遠慮がちに聞くアインに、アニーは丸い目を更に丸くして。こほんと、一つ咳払いをした。
「私の役目は、ケット・シーの王国を守る事だ。なにせ私は王様だからな!」
真面目顔で答えてからウィンクをするアニーに、アインは笑顔を作る。
「そっか‥‥じゃあ、元気でね。ぼくも、お父さんとお母さんを守って、頑張るから」
眩しい、朝の光の中で。
かつての飼い猫と飼い主は、笑顔で別れの抱擁を交わした。