バカンスはイタリアへ?ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/14〜06/16

●本文

●Melancholia of June
 手を広げ、握り、それを何度か繰り返す。
 それからやっと決意した様に、膝の上に置いた木の板に手をかざした。
 ピンと張られた金属の弦へ、指を置き。
 息を詰めるが、指は音を奏でず震え始める。
 しばらくそうしていたが、やがて弦から手を放し。
 震える指を、何度も何度も擦り合わせた。
 まるで暖めれば、それが治るとでもいうように−−。

「ずっと、練習を休んでるの?」
 女医の言葉に、イルマタル・アールトのマネージャーは渋面で頷いた。
「もう‥‥かれこれ、二月になるか。なんか、ゴタゴタに巻き込まれたせいかと思ったが‥‥ドイツから帰ってきた後も、様子が変わらん」
 溜め息の代わりといわんばかりに、中年男は煙草の煙を一気に吐き出す。その煙を手で払った女医は窓を少し開け、清浄で新鮮な空気を室内へ導いた。
「いろんな事があって、少し疲れているのかも‥‥しれないわね。確か、どこかの遺跡に行ってたんでしょ?」
「ああ。詳しい話は、俺もよく判らねぇがな」
 短くなった煙草を苛立たしげに灰皿へと擦り付けたマネージャーは、新しい二本目の煙草を咥える。が、咎めるような女医の目と視線が合い、ポケットから取り出したライターの蓋を開けたり閉じたりして誤魔化した。
「だが今までは、それしか能がないからって‥‥休む事なんぞ、なかったんだがな」
「年頃の女性だもの。もしかすると、女性らしい悩みの一つ二つもあのかもね。いっそ、気分転換でもさせてあげたら?」
「それは、医者としてのアドバイスか」
『女性らしい悩み』という言葉にやや憮然とした表情を浮かべた男へ、彼女は苦笑を返す。
「そんなところね。少し早いバカンスになるけど‥‥気分を変えるためにも、全く環境の違う場所へ遊びに行かせてあげたらどう? 例えば、思い切って地中海方面とか。向こうはそろそろ、シーズンでしょ」
「地中海‥‥ねぇ」
 呻くように呟いたマネージャーは、火の点いていない煙草のフィルターを噛んだ。

●旅程プラン(参考)
 一日目)
 シチリア島:パレルモ到着。以後、島の北西側で自由行動。
 パレルモやトラーパニ観光、エガディ諸島周遊、ヴルカーノ島の泥温泉体験などが可能。
 パレルモ泊。

 二日目)
 シチリア島:タオルミーナへ移動し、島の南東側で自由行動。
 タオルミーナ近郊にはプライベート・ビーチもあり、スキューバーダイビングなどが可能。
 カターニア泊。

 三日目)
 飛行機にて、ローマへ移動。
 コロッセオや真実の口、スペイン階段(スペイン広場)、トレビの泉といった観光スポットを回る。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●火山の島
 ブーツ形のイタリア半島の爪先にあるのが、地中海最大の島シチリア島。
 島の北東側にエオリア諸島は位置し、その一つが初日の目的地ヴルカーノ島だ。
「凄い硫黄の臭いだな」
「いかにも温泉って、感じですけどね」
 早河恭司(fa0124)の言葉に、御堂 葵(fa2141)は灰色に近い光景を見回す。
 港から3分ほど歩けば、島の観光地の一つ、泥の温泉があった。
「ヴルカーノは、ローマ神話の火の神ウルカヌスに由来していて、火山を意味するわ。その名の通り、島は四つの火山で出来てるの。ギリシア神話だと、火と鍛冶の神ヘパイストスの工房がここにあるそうね」
「はわ〜。ハツ子さん、詳しいね」
 羽曳野ハツ子(fa1032)の説明に紗綾(fa1851)が感心し、並んで聞くイルマタル・アールトも拍手する。
「ふふ‥‥千の趣味を持つ女は、伊達じゃないわよ」
 会話を見守る者達は、気にかけている少女が明るい表情に少し安堵した。そんな二人に気付いたのか、イルマは葵と恭司へ振り返る。
「あの、背中に塗ります?」
「じゃあ、お願いしようかな」
 葵に目配せされた恭司が答えれば、遠慮がちにイルマは頷き。
「あたしと葵さんとハツ子さんで、塗りっこしよっか」
「いいわね、それ」
 紗綾の提案に、ハツ子もウィンクして賛同した。
 恐る恐る足に泥を塗るセシル・ファーレ(fa3728)の背後へ、両手で泥をすくったベス(fa0877)がにじり寄る。
「セシルさん、塗ってあげる〜!」
「ひゃっ‥‥く、くすぐったいです〜っ」
 ぺたぺたと生暖かい泥を押し付けられて、思わずセシルは身を捩って笑った。
「お礼に、塗り返しますねっ!」
「ぴ〜っ、ぴゃぁぁっ」
「遊ぶのはいいが、顔に泥が飛ばないようにな」
 泥遊びに興じる少女達へ、Cardinal(fa2010)が声をかける。そんな彼も褐色の肌が泥で覆われ、首から下は全身青灰色だった。
「それにしても、もう少し‥‥ムチャキングなハツ子程とは言わめぬが、イルマくらいは胸が欲しいのッ」
 泥沼の底へ手を突っ込み、泥をすくい上げたDarkUnicorn(fa3622)は、『目標』を観察しながら粘土質の泥をこねていた。
 視線を感じたのか、目が合ったハツ子は彼女へ手招きをする。
「そろそろ、時間じゃないかしら」
「むむ。あっという間じゃな」
 おもむろに、DarkUnicornは泥の中から立ち上がった。
 泥の効能は美肌や皮膚病、関節炎、感染症。だが皮膚への刺激が強く、入浴時間は1日15〜20分が限度である。
 後は温泉の傍らにある有料シャワーか、海で泥を全て流すのだ。
 泥沼温泉に隣接する海岸では、温水が湧き出す。そこで波打ち際へ寝そべったり、少しばかり砂を掘り、手頃な石を積んだ『湯船』に身を浸す。
 生温い海水に浸かり、青い空を眺めながら、打ち寄せる波に遊ばれて。
 泥と日頃の疲れを洗い落とした一行は、港へ戻った。

 うねりを越え、白い波のラインを残してプレジャーボートが青い海を走る。
「見て見て〜!」
 元気な声に船の舳先側を見れば、全身に風を受ける小柄な少女と大柄な青年がいて。
「どっかの映画の、1シーンっ! って、ぴゃーっ!」
 両手を真横へ広げたベスだが、うねりと風で飛ばされそうになる。それを、背後でCardinalが支えていた。
「絶対、船で一人はやるのう‥‥それを」
 身長差の激しい二人を、面白そうにDarkUnicornが見やる。
「そのうち、飛ぶぞ?」
 揺れや風にびくともしないCardinalに掴まりながら、ベスは舳先を離れた。
「ぴ〜‥‥風、強いんだね」
 風でぐしゃぐしゃになった髪に、見かねたセシルがブラシを差し出した。
「エオリアって言葉は確か、風の神様からきていた‥‥ような」
 最近勉学に専念している少女へ、今春単位が足らず卒業できなかったらしい少女が「ぴよ?」と小首を傾げる。
「タツノオトシゴの洞窟って、あれかな?」
 じーっと進行方向を見ていた紗綾が、『目的地』を指差した。
 切り立つ崖に、ぽっかりと口をあけた黒い穴。
 減速した船は、ゆっくりとその中へ入っていく。
「うわぁ‥‥」
 すぐそこまで迫る岩壁。そして、何よりも水の青さに誰もが驚く。
「どうして、タツノオトシゴなんでしょう?」
 葵の素朴な疑問に、ハツ子がガイドブックをめくり。
「ここには、沢山のタツノオトシゴが住んでいたそうよ」
「何にせよ、物騒でない洞窟は久し振りだな」
「だね‥‥」
 どこか感慨深げなCardinalの呟きに、恭司は苦笑いで答えた。その彼の袖を、くいくいとイルマが引っ張り。
「後ろ、見て下さい」
 何事かと振り返れば、洞窟の入り口−−暗い空間が丸く切り取られ。
 済んだ空の青と、透明感のある海の青が、浮かび上がっていた。
 その青も光の加減や波によって変化し、鮮やかな陰影に誰もが息を飲む。
 やがて船はゆっくり後進し、青い空間がどんどん一行へ迫って。
 外へ出ると、誰もが闇に慣れた目を細めた。
 反転した船は、小さな岬を一つ回り。
 陸に沿って緩やかに進み、岩礁に囲まれた小さな浅瀬の前で停船した。
「これが、ヴィーナスのプールだそうです」
 ガイドの案内を聞き取ったセシルが、代わりに説明する。
 区切られた浅瀬は、波もなく。
 色も岩礁の外の濃い海の青と違い、緑がかった美しい青だ。
「同じ海なのに、ほんの少しの事でこんなに違うんだね‥‥」
 静かに感動する紗綾の耳に、シャッターを切る音が聞こえて。
「あの、セシルさんっ」
「えっ、はい?」
 勢い込んで名を呼ばれたセシルは、デジカメを手に思わず身を引く。
「後で、写真を焼き増ししてもらっていいかな。見せたい人がいるから‥‥」
「はい、いいですよ」
 申し訳なさそうに尋ねる紗綾へ、セシルは笑顔で答えた。

●思い思いのひと時
 まばらな観光客の合間を縫って、彼は石積みの広い空間を走っていた。
 最後のアーチをくぐった瞬間、扇状に広がった座席が目の前に開け。
 そこに、白い帽子に白いワンピース姿の女性を見つける。
「あ、いたいた。ハツ子くー‥‥ぁ?」
 手を振ってフィルゲン・バッハが声をかければ、気付いた女性は両手を広げ。
 腕を胸の前で、ビシッとクロスさせた。
「ぶぶー!」
「えぇ〜っ?」
「脚本家でしょ? TPOを考えてよ」
 頬を膨らませたハツ子は、自分達がいる場を示す。
 二人がいるのは、紀元前三世紀に建てられた古代の円形劇場−−ギリシャ劇場だ。
 イオニア海とエトナ山が望める絶景を前にして、首を捻りつつ律儀に最初の位置へ戻っていくフィルゲンの後姿を、ハツ子は目を細めて見送った。
「では、私はタウロ山のカステッロまで登ってきます」
 数段上の座席から眺めていた葵が、ハツ子へ声をかける。
「あら。一人で行くの?」
「はい。馬に蹴られたくないですし‥‥では」
 冗談めかした葵は、微妙に苦笑する友人へ笑顔で一礼した。
「あれ、葵くー‥‥」
「ぶぶーっ!」
 気付いたフィルゲンへダメ出しをするハツ子の様子に笑い、彼女はギリシャ劇場を後にした。

 タオルミーナはタウロ山の山腹に作られた高台の町で、海岸の町マッツァーロとはロープウェイで結ばれている。
 更に登るには町を歩くか、バスを使うかのどちらかで、特に急ぐ用もない葵は前者を選んだ。
 蛇行する道へは大型車も入れず、通りは観光客が散策を楽しんでいた。
 通りの隅や店先のあちこちに、我関せずと猫達が寝そべる。
 狭い町で開けた数少ない空間、4月9日広場で遊ぶ子供達を見物し。女ケンタウロス像の彫刻が置かれた噴水のあるドゥオーモ広場へ立ち寄ってから、建物の隙間を縫う路地を抜けて。
 山頂へと続くつづれ折りの急階段を、葵は登り始めた。

 水中の光景は、名の通り何ともいえない青だった。
 透明度の高い水に、岩の間から差し込む光が青く煌めいて光る。
 それに見とれていると、付き添いのガイドが「先に進む」と身振りで示した。
 名残惜しくも青の洞窟のケーブを抜けて、別の小さなケープへ入る。
 そこは壁や天井が黄色の珊瑚で覆われ、濃い青の中ではプラネタリウムのようにも見える。
 星の空間を抜け、ガイドより渡された餌へ群がる魚達に囲まれていると、エアも少なくなり。
 名残惜しく、仲間達と揺れる水面を目指した。

「とっても、綺麗でした〜!」
「綺麗だったね〜!」
「何だか、いつまでも潜っていたくなるよね」
 水中で話せない分、スノーケルを外すと一気に会話が弾ける。賑やかな紗綾とベス、セシルの声を聞きながら、Cardinalは少女達のボンベをガイドへ渡した。
「次のポイントは、イソラ・ベッラか?」
「そこだと、イルカさんに会えますか? 一緒に泳いでみたいんですけど」
 Cardinalの脇から顔を覗かせて尋ねるセシルに、ガイドは苦笑する。
「イルカなら、ウスティカの方が好ポイントだからなぁ。ま、いれば幸運くらいに考えといて」
 体験ダイブの四人を乗せて、ボートはビーチの傍にある小さな島へと進路を取る。

 ビーチには、デッキチェアとパラソルが並んでいる。
 それなりに混雑する砂浜に、何故かぽっかりと人の寄らない空間があった。
 遠くから物珍しそうに眺める大人は、笑いながら通り過ぎ。
 うっかり立ち入ってしまった子供なんかは、泣きそうになりながら親を探しにいく。
 異空間の中心には、DarkUnicornがデッキチェアで寛いでいた。
 頭には特製シークレットうさぎ耳を付け、胸には白いサラシを巻き、黒いゴスロリ褌を身に着けるという格好で。その姿は周囲の一般人からすれば『珍妙』以外の何者でもなく、地元のイタリア人すら近付く事はなかったという‥‥。

「今頃、紗綾やベスは海中遊泳中かな」
 沖に浮かぶボートを眺めながら呟く恭司に、イルマが小首を傾げた。
「キョージも、行きたかったんじゃないですか?」
「いや。あの二人がいると、邪魔されそうだからね‥‥イルマが泳ぎたいなら、付き合うけど」
「あの、海で泳ぐのは‥‥湖なら、平気なんですけど」
 言い辛そうに辞退するイルマは、潮の流れが怖いらしい。更に南の強い日差しで既に肌も赤く日焼けして、海水もしみる状態だった。
「まだ痛い? 痛むなら、ホテルに戻るけど」
 恭司が気遣えば、慌ててイルマは髪を揺らす。
「いえ。でも同じ太陽なのに、こっちの日差しは強いんですね」
 30度を超える気温と陽光に音をあげる北欧育ちに苦笑し、恭司は彼女の手を引いて砂浜から町並みへ戻った。
 適当な店でジェラートを二つ頼むと、二人は並んでベンチへ腰掛ける。
 揃って冷たさと甘さを楽しみながらも、やがて恭司が話を切り出した。
「最近‥‥何か、悩んでないか?」
 投げられた問いに、イルマはジェラートを持つ手を止めて。その手を彼は、軽く突付く。
「溶けるよ」
「はぅ」
 慌てて先にジェラートへ取り組むイルマを、楽しげに恭司が見守る。
「えっと‥‥もう少し。もう少し、頑張ってみたいんです。それで駄目だったら‥‥相談、させて下さい‥‥」
 言葉の最後は、不安げにしぼみ。彼女の髪を、励ますように恭司は撫でた。
「判った。いつでも、相談にのるよ。それから‥‥」
 先に立ち上がると、彼は少女へ手を差し伸べる。
「いつか一緒になろうね。イルマ」
 さらりと告げた恭司の言葉の真意を、イルマが理解するのに幾らかの時間を要し。
 理解したらしたで一大パニックを起こしたのは、言うまでもない。

●永遠の都
 最後の都市は素朴なシチリアの町と違い、人や車で溢れていた。
 ゆったりとした時間の流れから激流に放り出されたような街で、一行は遺跡巡りとショッピングを楽しむ。
 コロッセオを見学し、真実の口で遊び。
 スペイン広場まで移動し、紗綾は楽器店、DarkUnicornはランジェリーショップ、そしてセシルは恭司を引っ張って小物を扱う店で買い物に勤しむ傍ら、残った者は一息つく。
 その合間に、Cardinalは赤唐辛子を象ったヴェネチアン・グラスのペンダントと、額に装丁した刺繍飾りをイルマへ手渡した。
「ヴェネチア土産と、オーストリアのプチポワンだ。唐辛子は、わりと俺には馴染み深かったり、魔除けだったり、赤かったりするからな‥‥まぁ、気持ちというか」
「ありがとうございます。あの‥‥こっちは、もしかして?」
 何故かネイティヴアメリカン風の刺繍モチーフとCardinalを、何度もイルマが見比べる。
「ああ。手直しと枠は、本職にやってもらったが」
「実はCardinalさん、凄く器用なんですよ」
 何度か彼の『才能』を目にしている葵が、イルマへ説明した。再度、Cardinalへ礼を告げるイルマに、ベスが思い切って口を開く。
「あのね、イルマ。もしかして、この前の事‥‥歌う木を弾いたからって、悩んでない‥‥?」
 真剣な表情で聞くベスへ両手を伸ばすと、イルマは友人をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとうございます、ベス」
「イルマ、いいかな?」
 戻ってきた恭司に呼ばれて、イルマが振り返る。
「あたしがいる限り、らぶらぶなんかにさせないよ〜?」
 今度はベスから、ぎゅっとイルマに抱きついた。
 そんな光景を面白そうに見ていたハツ子は、ふと隣のフィルゲンを見つめ。
「あのね」
「ん?」
「ありがと、フィル」
 色々な思考や感情をまとめて、一つの言葉にする。
「こっちこそ、ありがとう」
 重ねた手を握って返す相手に、彼女はにっこりと微笑み。
「こんな良い女そうそういないんだから、ちゃんと大事にしなくちゃダメよ? まだまだ引っ張り回すつもりだから、覚悟してね」
「いいけど‥‥ほどほどじゃダメ?」
「ダメ」
 彼女の宣言に譲歩を頼むフィルゲンに、ハツ子は笑いながら答えた。
「ねぇ、ジェラート食べよう!」
「賛成〜!」
 少女達の賑やかな声が、広場に響いた。