EtR:言葉 と 戯れヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
7Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
61.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/16〜06/19
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●本文
●メッセージと閉じた空間
−−ささやかなる忠告。
美しきもの、偉丈夫であるもの、自信に満ちたるもの。
父たる者の罪と母たる者の罰、負うを忘れるな−−
第四階層で見つかった、岩を傷つけて刻まれた、奇妙な文。
それは第二階層で発見された手帳のような、古いメッセージではなく。
探索者達が発見した時より、僅か数日以内に刻まれたものだった。
しかし監視所の記録では、掃討作戦の後から第四階層の探索に至るまでの間、遺跡に入った者はおらず。
よって「WEAが把握していない侵入ルート」が、何処かに存在する‥‥という仮説が立つ事となる。
そして、もう一つ問題があった。
第四階層で、新たな通路が発見されなかったのである。
第四階層は第二階層と比較すると、『奥行き』の点ではあまり変わらないが『横幅』は狭い。
苔生した石が転がる地面に、壁画が描かれた岩壁。天井には、穴や亀裂のようなものもなく。
だたNWの『卵』との遭遇を考えれば、遺跡の内部にソレを『産んだ母体』に相当するモノが存在する事は、想像に難くない。
故に、WEAは何度目かの探索者を募る。
第四階層のメッセージの意図と、存在すると思しき第五階層を目指す為に。
「楽しい『狩り』の時間‥‥か。もっとも、ドッチが狩られる側か判らんが」
ぴらぴらと印字した紙を振りながら、男は低く、楽しげに喉の奥で哂った。
●リプレイ本文
●班分け
今回もまた、男達の最初の仕事は『身動きが取れない程に荷物を持ってきた者の荷を、持てる者へと分配し、運ぶ事』から始まった。
「何ていうか‥‥毎度、この役をやってる気がするんだが‥‥」
とほりと溜め息をつく早切 氷(fa3126)へ、彼と同様に分けた荷物を持って歩くスラッジ(fa4773)が「ほぅ」と感心の声をあげる。
「意外と、フェミニストなのか」
「その「意外と」ってのは、何だよ」
「そのままの意味だが?」
「‥‥まぁ、いいや」
反論する気力も失せたようにガックリ項垂れてから、氷は前方へと注意を戻した。
彼らが持つ荷物の持ち主である神保原和輝(fa3843)と月詠・月夜(fa5662)が、暢気に話をしながら歩いている。
その向こうに、ギリシャ遺跡でよく見られる石の柱が何本か、既に姿を現していた。
「さて、到着‥‥と」
入り口の石段を下り、完全に外から一行の姿が見えない位置まで来ると、富士川・千春(fa0847)は足を止めた。
「お疲れ様です‥‥疲労回復に、食べますか?」
アンリ・ユヴァ(fa4892)が、氷へ赤いパッケージの袋菓子「辛ムーチャ」を差し出した。
‥‥某、朝のムチャ番組とタイアップした、ムチャな辛さの菓子らしい。
「気遣いは有難いけど‥‥それは遠慮しとく」
がっくりと肩を落としながら、甘党の氷は謹んで赤い物体を押し戻した。
「ここが、その遺跡ですか」
目が完全に慣れるのを待ってから、始めて足を踏み入れた月夜は湿り気を帯び、ひんやりとした空間を眺める。
その彼女へ、ぐいと彼女の荷物をぶら下げた手が突き出された。
「忘れ物だ」
「あ、どーも」
荷物を返し、自身の準備を始めるスラッジもまた、オリンポス遺跡を探索するのは始めてとなる。
「思ったより、大きい空間なんだな」
「うん。だから、調べるの大変なんだよ」
既に何度も足を運んでいる『先輩』の燐 ブラックフェンリル(fa1163)の説明に、スラッジは真剣に耳を傾けている。青年と少女の様子をちらと見やってから、完全獣化を終えた御鏡 炬魄(fa4468)は改めて荷物を手に取った。
「では、そろそろ行くか。俺は第四階層から回ってみる」
「月夜も、一番奥に行きまーす」
炬魄へ月夜が追随し。スラッジは怪訝な表情を二人へ向けた。
「ここは、相当に危険な場所なんだろう。できれば、全員で動いた方がいいんじゃないか?」
「とはいえ、広いのよね‥‥この遺跡」
和輝が困ったように奥を見つめ、それから意見を窺うように仲間達へ視線を移す。
「時間も限られているし、手分けはしたいけど、二人だけで行動するのは‥‥ちょっとね」
「はい! じゃあ、僕も行くよ。氷さんをいぢれないのは、残念だけど」
思案する千春へ、勢いよく燐が手を挙げた。
「燐ちゃん‥‥大丈夫か?」
「うん。『完全暗視』も使えるようになったし、暗くったって大丈夫!」
無邪気にビシッとVサインを作る狼少女に、気遣う氷は肩を竦めて苦笑した。
移動でロスした時間を稼ぐ為、炬魄と月夜は翼で、燐は俊足で第四階層へと向かう。
三人の後姿を見送るスラッジは、一抹の不安を覚えた。
●調査
「壁にスイッチがあったのって、第一階層だっけ?」
「いや。変な人が『変なモン』を踏んだだけで、仕掛けはなかった筈」
「あれ? じゃあ、子役俳優が閉じ込められたっていう第二階層と、ごちゃ混ぜになってるのかしら」
「と思うよ。この長ったらしいルートと違う、別のルートが見つかると、楽で有難いんだがな〜」
千春と意見を交わしていた氷は、毎度の如く大きな欠伸をする。
「それにしても、つくづく古代人は謎かけが好きなのね。岩に刻んであったメッセージも‥‥」
「あの‥‥古代の人とは違いますよ‥‥」
思案を遮る様にアンリが言葉を挟み、和輝は目を瞬かせた。
「違う?」
「あのメッセージはつい最近の、新しい傷だそうです。だから、古代の人ではありません」
「ああ。どっちかっつーと、俺らと同じ現代人の仕業だな。足跡も残ってたし」
実際に目にした氷が、より正確にアンリの話をフォローする。
「ごめんなさい。てっきり、数千年も前のメッセージかと思っていたわ」
「和輝さん‥‥調査に来てるんだから‥‥」
暢気な仲間に、千春は頭痛を覚えてこめかみをおさえた。
第四階層で発見された岩に刻まれたメッセージの解釈は、三人三様だった。
暗号と考える者、忠告と捉える者。
「『父の罪』と『母の罰』‥‥父も母も、ギリシャ神話の神の事だろうか」
メッセージの意図に悩むスラッジの呟きに、アンリが首を傾げる。
「そういえば、『父と母の罪』ではないんですね」
「つまり『父が罪を犯して、母が罰を下した』って事‥‥に、なるのかしら?」
何か引っかかるものを感じつつ、千春は目の前の壁に注意を戻した。
壁には、恐らくは当時の人々の暮らし振りを描いた壁画が、うっすらと残っている。
木の下で寛ぎ、あるいは牛を追う人々。様々な動物や狩りをする男達に、踊る女達。あるいは神話になぞらえた、神々の恋物語。どれも遺跡に漂う不穏とは縁遠いイメージで、それもまた引っかかる。
「NWを封印した場所なら‥‥もっと勇ましい戦いの場面や、怪物なんかを書き残しそうよね」
「そういえば、第三階層の壁画は確認されていないんだったな」
一通りの調査報告をチェックしたというスラッジの指摘に、氷が頷いた。
「ああ。だが壁を調べようと思ったら、そこまで筏を漕いで行くか、飛んで行くしかないけどな」
どちらにしても、第二階層の調査が先決と。
再び岩壁に沿って歩き始めたところで、一行のトランシーバーが音を立てる。
距離が離れているせいか、受信状態は悪い。だが、ノイズに混ざって聞こえてきたのは−−。
『‥‥助け‥‥早く、みんな‥‥早く、来てっ‥‥』
切羽詰った、燐の声だった。
●緊急事態
(「落ち着いて、燐さん。皆でそっちへ向かっているから。何があったのか、ゆっくり、順番に説明して?」)
仲間の元へ駆けつける間に、千春が『知友心話』で燐へ状況を確認する。
燐の思念は混乱気味だったが、おおよその概要を知る事が出来ると、彼女はそれを周りの仲間達へと伝えた。
曰く−−。
炬魄は、メッセージが刻まれた岩壁を前にしていた。
刃物か、あるいは鋭い爪か。何で傷つけたかは不明だが、それをしばし観察していた炬魄は、壁に沿って移動を始めた。
「何、調べてるの?」
燐の問いに、ライトで岩を照らして調べながら、炬魄が答える。
「俺達を意識し、意図を持って書かれたメッセージなら、他に同じような物がないかと思ってな」
「そっか。じゃあ、僕も手伝うよ」
ヘッドランプの位置を調整すると、燐もまた炬魄と並んで壁をにらめっこを始め。
「‥‥あれ? 月夜さんは、調べないの?」
ふと気付いた燐が、きょろきょろと何かを探す月夜へ振り返った。
「はい。NWがいないかと思って」
「いたら‥‥大変だと思うよ」
黒い『卵』との遭遇も経験した燐は、ぞっとした様に肩を竦める。
「そうですか‥‥じゃあ、最初の実験はできないですね‥‥」
彼女の言葉に、何かを思案する様な月夜は岩壁を見上げた。
首を傾げながらも、燐は炬魄と共に岩壁の調査に戻る。岩壁にはメッセージの他に、NWがつけたモノと思しき傷もあり。その新しさや、形などから、意図を持って付けられた傷かどうかを検証しながら、二人は調査を進めた。
暫しの時間が経ち。
調査に没頭していた者達が再び気付いた時には、近くに月夜の姿はなかった。
急いで仲間を探し始めた二人は、鉄錆の様な匂いを嗅ぎ取り。
灯りをあちこちへ飛ばし、名を呼びながら探し回れば。
ライトの光に、一匹の四足獣に似た影が浮かび上がった。
そのフォルムは、あくまでも四足獣に似ているというだけだ。
足には鋭利な爪を持ち、身体には鋭いトゲが生え。
光に照らされた影は、角に挟まれた額にコアを反射させながら、臆する事無く二人を見据えたまま、口を動かして。
何かを、咀嚼していた。
そこから先は燐も動転して、何が起きたかは正確に覚えていない。
音もなく地を蹴って、獣の姿をした蟲は、放たれた矢のように襲い掛かり。
炬魄は『ソニックブレード』、燐は『クリスタルソード』で襲撃を迎え撃つ。
雷が迸り、燐は剣だけでなく持ち前の牙を肉薄する蟲へ突き立て。
必死の抵抗に、ある程度の傷を負った蟲は手強い獲物と判断したか、闇へと身を翻して消えた。
見回せば、折れた日本刀やひしゃげた水筒、割れたランプが苔の上に散らばっている。
安堵の息をつく間もなく、蟲がいた辺りへ目をやった燐は。
反射的に胃の中の内容物を、全て戻した−−。
「トランシーバーは、炬魄さんから借りて‥‥扉のところで、炬魄さんが残って守ってるけど‥‥水の中から、小さいヒルみたいなNWが‥‥」
合流した燐は、青白い顔色のままなおも仲間達へ説明を続けようとする。そんな少女の頭を、氷はぐりぐりと撫でた。
「判ったから、燐ちゃんは無理をするな」
「だから、言ったんだ‥‥危険だと」
スラッジは口唇を噛み、アンリは銃の安全装置を外す。
千春は更に思念を飛ばして、炬魄とコンタクトを取り。
「とりあえず、炬魄さんは無事よ。月夜さんは‥‥何とか息はあるけど、危ないって」
「急ごう」
氷が短く、焦りの言葉を口した。
合流した者達は、弱った獲物を狙って群がる小型のNWを排除すると、一部『筏』の材料を使って、急ごしらえの担架を作り上げた。
深くはないが炬魄は傷を負っており、氷とスラッジが担架を担ぐ。
既に、薬を受け付けられる状態ではなく、この場に一角獣の獣人もいない。千春が監視所へ救護を要請するが、遺跡の入り口までは自力で戻るしかない。
少女達は、代わる代わる励ます声をかけ。
かけられた布の下から覗く、骨の見えた足を、和輝は自分の上着をかけて隠した。
●不首尾
完全獣化していた為の体力と、仲間達の手による迅速な搬出。そして、遺跡の入り口で監視所から飛んできた一角獣の救護員達から手当てを受けた月夜は、瀕死の状態から何とか一命を取り留めた。
居合わせた二人が悲鳴すら聞かなかった事から、不意の襲撃を防ぐ事も出来ず−−そもそも彼女は、遺跡探索に相応する経験も、十分な力量もなかった−−その余裕もないまま、負傷によるショック状態に陥ったのだろうと、救護員は推測した。
それを裏付けるように、衣服はもちろん防弾服を容易に貫いた穿孔が、その鋭さを物語っている。
負傷した状況の把握の為に、監視所の係員達から状況説明を求められた探索者達は、到底遺跡へ戻る事もできず。
十分な調査を成し得ないまま、今回の探索期間は終わった。
●地の底で
熱をはらんだ風が、髪をあおる。
布で覆った口元へ手を当て、男は眉間に皺を寄せた。
「全く‥‥蟲どもめ」
這いずり、貪るしか能のない存在の息吹を感じ取りながら、小さく毒づく。
彼がいる通路の先から、また熱気が吹き上げてきた。
拭っても汗が滴り落ち、熱で呼吸が遮られる。
「それ以下の奴らも、癪だが」
この熱を何とかしなければ、目的は達せられそうもなく。
唸りながら、男はゆっくりと退いた。
蠢く気配どもに、悟られぬよう。
ゆっくりと‥‥ゆっくりと。