Limelight:JuneBrideアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 4Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 13.8万円
参加人数 15人
サポート 0人
期間 06/18〜06/20

●本文

●Limelight(ライムライト)
 1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
 2)名声。または、評判。

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいる。

「まぁた、こっ恥ずかしい事をやる気になったもんだなぁ‥‥」
 咥え煙草のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)が、事務所のパソコンを操作しながらぼやいた。
「ちょうど、時期柄だしね。祭は、乗っかった方が勝ちだから」
「とか言う本人は、神輿を担ぐ気もねぇんだろ」
 呆れ顔の佐伯は、他人事のように答える川沢一二三(かわさわ・ひふみ)へ振り返る。静かにコーヒーカップを傾ける音楽プロデューサーは、友人の言葉に聞こえぬ振りをした。
 WEAからきたメールには、ジューン・ブライド‥‥すなわち『六月の花嫁』にちなんで、芸能人達の恋愛を『支援』する旨の知らせが記載されている。
 今年もジューン・ブライドにちなんだライブをするかどうか、佐伯が思案していた矢先の事だった。
「ま、若い連中の門出を祝うのは楽しいがな。この歳になると、浮いた話もねぇし」
 紫煙を吐く佐伯の様子に、川沢がくつくつと笑う。
「‥‥何だよ」
「いいや、別に?」
 肩を竦めて答える友人へ、やれやれと佐伯は嘆息した。

●今回の参加者

 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa1102 小田切レオン(20歳・♂・狼)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa4131 渦深 晨(17歳・♂・兎)
 fa4133 玖條 奏(17歳・♂・兎)
 fa4559 (24歳・♂・豹)
 fa4790 (18歳・♂・小鳥)

●リプレイ本文

●努力と準備と企てと
 六月。梅雨の時期とは名ばかりで、東京でも快晴の日が続いている。
「なーんか、ジューン・ブライド日和って感じだな」
 事務所に置かれた高級マッサージ椅子の背に、小田切レオン(fa1102)がもたれかかった。
「で、なんで皆やっきになって、梅雨時の六月に結婚したがるんだ? ここしばらくは晴れてっけど」
 不思議そうに尋ねるレオンに、佐伯 炎が茶を入れながら苦笑する。
「元々は確か、ヨーロッパの風習らしいぞ。向こうは、確か梅雨もねぇし‥‥六月に結婚すると幸せになれるってな、ジンクスみたいなモンがあるそうだ。日本じゃあやっぱ、六月より十月や十一月の方が挙式の数は多いって聞いた覚えがある」
「へぇ‥‥?」
「もっと詳しく知りたいなら、地元に縁のある連中にでも聞いてみるこったな。店に来る連中も、何人かは知ってるんじゃあねぇか?」
 佐伯が視線を投げれば、鳥羽京一郎(fa0443)は肩を竦めた。
「時期がいいと覚えておけば、十分だろう。細かい説明は、面倒だ」
 淡白な返事に、レオンがからからと笑う。
 事務所の扉を開き、窺うように慧(fa4790)が中を覗き込んだ。
「おはようございます。朝から、すみません」
 丁寧に挨拶をする慧の背中越しに、更に紗綾(fa1851)が顔を覗かせる。
「炎さん、お久し振りです〜っ!」
 元気よく、かつ勢いよく紗綾に飛びつかれた佐伯は、苦笑しながら彼女を引き剥がし。
「くっつく相手を間違うなって」
 ぽんと肩に手を置いてくるりと180度回転させると、慧の方へ押しやった。
「う〜っ‥‥慧君、胡都君、佐伯さんがいぢめる〜っ!」
 ぎゅっと紗綾に抱きつかれた慧は、慰めるように彼女の赤い髪を撫でて。
「酷いよね。こんなに紗綾は可愛いのに」
 慧の訴える視線に、佐伯はレオンと京一郎へ助け舟を求めるように視線を投げる。が、二人は面白がる表情で、見物を決め込んでいるらしい。
 その一方で、二人と共にやってきた豊城 胡都(fa2778)は、これまた微妙に複雑な表情を浮かべていたが。
「そうですね‥‥美味しいお昼ごはんをいただけるなら、佐伯さんに味方する気が起きるかもしれません」
「つまり、買収しろと」
「いえ。そんな気がしたというだけですから」
 微笑む胡都に、佐伯は脱力して嘆息した。
「どうしたの? 何だか、賑やかだね」
 エプロン姿で楽屋に続く扉から現れた篠田裕貴(fa0441)は、不思議そうに顔ぶれを眺める。彼の後ろでは、同じようにエプロンをつける聖 海音(fa1646)がころころと鈴の音のように笑っていた。
「わ〜い、裕貴さん、海ねーさま〜っ」
 慧の手から離れた紗綾が、今度は裕貴と海音へ抱きつきに行く。
「今日は、よろしくお願いしますっ」
「はい。お菓子作り、頑張りましょうね」
 微笑む海音は、綺麗に折りたたんだ白いエプロンを紗綾へ手渡す。
「味見の必要があれば、いつでも呼んで下さい」
 申し出る胡都の目は、実に真剣だった。

「それで、朝から店に来ていたんだね。ご苦労様」
 PAのチェックをしながら川沢一二三がくつくつと笑い、手すりにもたれた佐伯は苦笑しながら煙草の煙を吐く。
 PAブースから見下ろせるメインフロアでは、京一郎とレオン、胡都、慧の四人が歓談し、あるいはライブのイメージを固める姿が見えた。
「おはようございまーす」
 控え目な声に気付いて事務所へ振り返れば、二人の少女が顔を覗かせている。
「もしかして、お取り込み中だったり?」
「いいや、大丈夫だよ」
 遠慮がちに尋ねるアイリーン(fa1814)へ首を振って、川沢はヘッドセットをコンソールの上に置いた。
「よぅ、ちっこいの。こないだ振りだな。中間テストはどうだった?」
 灰皿で煙草を揉み消した佐伯が、笑いながらぐりぐりと月見里 神楽(fa2122)の頭を撫でる。
「がっ、頑張ったもん!」
 からかう佐伯に、神楽は首を竦めながら反論した。
「そりゃあ、よかったな。じゃあ、茶でも淹れてやるか」
「そうだ。ジューン・ブライドのライブだから、今日はバラの花のお茶を持ってきたよ。打ち上げの時に、皆さんと一緒にと思って‥‥大人の人達には、内緒ですけど」
 鞄から取り出した紅茶缶を手に、上目遣いで神楽が窺えば、佐伯は彼女の頭へぽんと手を置く。
「了解、隠しといてやるよ」
 缶を渡した神楽は、嬉しそうに隠す様子を見守る。
「そういえば、川沢さんも佐伯さんもフリーって聞いたんだけど‥‥お二人の下の許容範囲は、どれぐらいですかー? 20代? 10代? それとも、制限なし?」
 あと一月ほどで20歳の誕生日を迎えるアイリーンは、握った手をインタビューをするように川沢へ向けて、興味深げに聞いた。
「う〜ん、年はあまり意識しないかな。とはいえ、まぁ18歳以上だね。さすがに制限なしは‥‥佐伯の趣味は、どうだか知らないけど」
「待て、川沢。俺だって、普通に常識人だぞ」
 意味ありげに一瞥して肩を竦める川沢へ、当然ながら不満げに佐伯が抗議し。アイリーンはくすくす笑って、神楽は不思議そうに三人の顔を交互に見ている。
「何だか、こちらはいつも賑やかですわね」
 面白そうに顔ぶれを眺めながら、マリーカ・フォルケン(fa2457)が事務所へ現れた。
「ところで常識人の佐伯さんに、折り入って相談があるんですけれど‥‥」
「なーんか引っかかったのは置いといて、どうした?」
 新たに紅茶を用意する佐伯へ、にっこりとマリーカは微笑んだ。

「おや‥‥マリーカさんと佐伯さん、何かあったのかい?」
 何やら話し込みながら、メインフロアへの階段を降りていく二人の背を見送ったスモーキー巻(fa3211)が、事務所に残った者達へ尋ねた。
「ああ。ライブの演出について、何か込み入った相談らしい」
「スモーキーさん。紅茶でよければ、私が淹れるけど」
 答える川沢の後ろから、ティーポットを手にしたアイリーンが声をかける。
「ありがとう、アイリーンさん。蒸らしている間に、ギターを置いてくるよ」
 礼を述べたスモーキーは、手にしたギターケースを提げた。
 暑い時期、あるいは寒い時期。外気温と室内の温度差に湿度も加われば、特に木製楽器は様々な影響を受けやすい。
 楽屋へと向かったスモーキーを追うように、最後の三人が姿を見せた。
「ここに来るのは、久し振りになるな」
「俺は、ここでライブするの初めてですよ‥‥ここの窓から下、見えるんですね」
 笙(fa4559)の言葉に、玖條 奏(fa4133)はしげしげとフロアや事務所内を見回す。
「あ、川沢さん、先日はお世話になりました。って、大分前ですけど」
 同じように好奇心に満ちた表情の渦深 晨(fa4131)が、川沢に気付いて頭を下げ、奏も相方に続いて一礼した。
「佐伯さんは?」
 見回した視界に店の主が見つからず、奏が小首を傾げる。
「少し席を外していてね。先に、楽屋へ荷物を置いていいよ」
「それなら、俺が案内するか。ついでに、店の中も一通り知ってた方がいいだろう」
 奏の肩に、気安く笙が手を置き。二人の間へ、にゅっと晨が割り込んだ。
「ありがとう、笙さん。でも、カナをからかうのは禁止ですからっ!」
 相方を背中に庇いつつ、晨はぐぃぐぃ笙との距離を開ける。
「もう少ししたら、下のフロアでミーティングをするから、楽屋からステージを回ったら下で待っていていいよ」
 妙な距離には触れず、クリップボードを手にした川沢は三人へ告げた。
 その背後で、カメラのフラッシュが一瞬光って。
「みゃっ!」
 驚いた神楽が短い悲鳴を上げる。
「大丈夫かい?」
「はい‥‥目がちょっと、チカチカしますけど。でも、デジカメの使い方‥‥よく判らなくて‥‥ライブの合間にでも、写真を撮りたいのに」
 箱から出したばかりのデジカメを手に、しゅんと神楽が項垂れる。
「えぇと‥‥基本的な使い方でよければ、私が説明しようか?」
「はい! お願いしますっ」
 神楽は目を輝かせて、川沢にぺこんと頭を下げた。

 時計の針が、夕刻を示す頃。
 看板のないライブハウスの前にはライブを楽しもうと客達が集まり、次々とオールドランプが点った入り口をくぐっていく。
 10代から20代、あるいは30代を主とする人々を眺めながら一台のタクシーが通り過ぎると、少し離れた位置で止まり、花束を手にした壮年の男性を降ろした。
 スーツのポケットから手紙を取り出すと、「必ず来て下さい」と書かれた文字と同封のチケット、そして集まる人々を見比べて。
 弥栄三十朗(fa1323)は、店に入る人の流れに続いた。

●Aileen&月見里神楽〜Sound a Bell
 最近すっかりメジャーになった二人の少女がステージへ現れると、フロアを埋めたオーディエンスが一斉に歓声を上げた。
 髪を結ぶリボンにマーガレットを飾り、少女らしい衣装の神楽は、大きく手を振りながらミニスカートの裾を揺らして、大きなピアノの前に座る。同じようにマーガレットの花飾りを髪に留め、オレンジのTシャツに膝までのハーフパンツというカジュアルな姿のアイリーンも、ステージ中央へと進み出る。
(「‥‥長いあいだ抱えてた荷物も届いたことだし、ね」)
 目を閉じて一つ深呼吸すると、その向こうが明るくなった。
 目映いスポットライトの下で、彼女はにっこりと笑顔を作る。
「Hai! 今日のアイリーンは、とびっきり軽快にいくわよー♪」
 手を伸ばして呼びかければ、また歓声が返ってきた。

「 白く輝いたあの丘の教会
  遠くに眺めながら
  幸せの鐘の音を聞いた
  誰かに「オメデトウ」 」

 ゆったりとした静かな旋律に合わせて、伸びやかに緩やかに声を伸ばす。
 そこからピアノが弾き出す音が増えて、軽快なメロディとなり。
 狭いスペースを右へ左へと軽やかに動き回りつつ、アイリーンは明るく唄う。

「 小さい頃お嫁さんになりたいって
  当たり前に夢を言葉にして

  今じゃほんの少し照れ臭いけれど
  キミには聞かせてあげたい 」

 時に、愛らしくアイリーンは小首を傾げて。
 あるいは、「キミ」と聴衆へ指を差すパフォーマンスを交え。
 神楽が叩く鍵盤は最初のパートをアレンジし、高らかに繰り返す。

「 白く輝いたあの丘へ行こうよ
  連れて行ってよ
  辛い坂道も 手を繋いで登ろう

  白く輝いたあの夢を目指そう
  貴方とふたりで
  いつか聞いた あの鐘を鳴らそう 」

 言葉を追うように、遠くから教会の鐘の音が厳かに鳴り響き。
 二人を照らすスポットライトが、絞られていく。
 椅子から立ち上がった神楽は、束ねた数本のムーンダストを手に取る。
 拍手と名を呼ぶ声が飛び交う中で、彼女はステージの隅に置かれた小さな花瓶に、それを差した。

●『T.R.Y. with S』〜June Brightness
 淡い青を基調とし、稀に光がきらめくライティングが、ステージを包んでいた。
 二人の少女と入れ替わりで、三人の青年がステージに立つ。
 銀髪を後ろへ流すようにスタイリングした晨と、襟足から軽くシャギーを入れた黒髪をそのままにした奏は、揃いの白いロングタキシードに身を包み。笙は白のシャツの上から濃いグレーのフロックコートに袖を通して、アスコット・タイを飾っている。
 三人が聴衆に手を振る間、サポートする二人も−−スモーキーがエレキギターを提げ、胡都はドラムの前に座り−−それぞれ、ポジションについた。
 低音から段階的に膨らんで高音へと広がっていく、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』の1フレーズを奏でたピアノは、その厳かさを追い払うように突如低音から高音へと音が流れて駆け上がり。
 演奏にドラムとエレキギターが加わって、アップテンポな明るい音楽へと変わる。
 唄いだしは、晨から。
 晨と奏、それに時おり笙が加わり。
 コーラスを交えながら、メインの担当を晨と奏がキャッチボールのように投げあう。

「 紫陽花なでる涙雨 」
『 キミの嬉し涙? 誰かの悔し涙? 』
「 それなら派手に降ればいい 」
「 真っ白なタキシード ずぶ濡れでも
  それだけシアワセだと誇ってやる 」

 同じニュアンスを、今度は奏が主導権を握って入れ替わる。
 無論、パートを交代する間、唄わないもう一人はダンスパフォーマンスを忘れない。

「 子供みたいと笑うキミ 」
『 病める日にも 健やかなる日にも 』
「 僕の隣 その笑顔を見せて 」
「 舞う雫に揺れる 6月の空
  太陽隠れても光あふれる 」
『 My World 』

 時には、ミラーのように対称な動きを織り交ぜて。
 メリハリの効いたリズムにのせ、晨と奏は軽やかにステップを刻む。

『 Dingdong 祈りの鐘が響く 』
「 二人重なるこの手が 」
「 永遠に離れないように 」

『 Dingdong 誓いの鐘は歌う 』
「 今この刻から始まる 」
「 僕ら奏でるコンチェルト 」
『 輝く6月のMelody 』

 最後は、演奏を止めて。
 互いに背を合わせた二人は、アカペラでそっと締め括る。

「 In sickness and in health 」
『 To love and to cherish
  Till death do us part‥‥』

 軽快なステップと共に、最後まで目まぐるしく唄うパートと立ち位置を変えるステージは、実にアイドルらしいものだった。
 最後に奏が、口唇に寄せたラナンキュラスのコサージュを聴衆へと投げて。
 笙はマーガレットにも似たブルー・デージーの花を、ムーンダストの花瓶へ加えた。

●スモーキー巻〜Main Cast
 華やかなステージの後は、一転して落ち着いた雰囲気へと変わる。
 スーツの胸ポケットにポケットチーフを飾ったスモーキーは、エレキギターのストラップを外して置き。
 アコースティックギター一本を手に、満員の客の前へと進み出た。
 ゆっくりと確かに、一つ一つの弦を丁寧に弾く。
 ストロークを中心としたバラードは、優しく素朴な色合いで。
 さながら、披露宴での余興のように見せつつ、彼は伸びやかに言葉を紡ぐ。

「 六月の空に 眩しい太陽
  気を遣ってくれたのか 梅雨空も今日はお休み
  二人を待ってる 眩しい未来が
  おめでとうを言うために 顔を見せてくれたみたいさ

  見違えたよ その晴れ姿
  ドレスとタキシード そしてお揃いの幸せを纏って
  見慣れたはずの その微笑みも
  なぜだかいつもより ずっと輝いてみえるんだ 」

 後半、少ししみじみとしたフレーズから、力強いストロークを挟んで。
 感情を込めるように、サビを唄う声に力が増す。

「 今日は二人が世界の主役 この幸せな時間の主役
  だからあの太陽のように その笑顔でみんなを照らして
  僕が願うまでもないと 知ってはいるけれど
  どうか二人がこの先も 笑顔でありますように

  この先もずっと二人が主役 二人の人生の中の主役
  だからその手握りあって 幸せな物語を綴って
  祈るまでもないことは わかっているけれど
  どうか二人がいつまでも 幸せでありますように 」

 最後は、祈るように遠くへと声を届かせて。
 幕を下ろすように、スモーキーはじゃらりと弦を鳴らす。
 静かにライトが絞られて、拍手が空間を満たした。

●マリーカ・フォルケン〜vow
「今日のテーマはジューン・ブライドですか? 皆さんの歌を聴いていると、私も青春時代に戻ったような気がしますね」
 カウンター席の一つに腰掛けて佐伯へ告げた三十朗は、楽しげにステージを眺めていた。
 スモーキーと代わって現れたマリーカへ、聴衆と一緒に彼は拍手を送る。
 淡い桜色のロングドレスを纏ってピアノの前に座った彼女は、おもむろに口を開いた。
「今日は、たった一人の大切な人の為に歌おうと思います」
 柔らかなライトが、彼女へと集まり。
 一人に向けて、マリーカは唄う。

「 あなたと一緒なら どんなことだって乗り越えてゆける
  そんな気がしたのは いつからだろう
  あなたと出会って 永い旅をしてきたわ
  辛い事 悲しい事もあったけど
  あなたが居たから 乗り越えてゆけた
  楽しい事も嬉しい事もあなたが居たから
  何倍も幸せだった
  だから 神様の御前で あなたに誓うわ
  あなたを幸せにします って
  あなたと幸せになります って
  今日からはもう本当に一人じゃないのだから

  この誓いは永遠に‥‥
  ただ一人の愛おしい人よ 」

 しっとりした曲を弾き終え。
 顔を上げたマリーカは、フロアの奥へと手を伸ばした。
 同時に、一本のスポットライトがカウンターの三十朗を照らし出す。
 何事かと戸惑う三十朗へ、「こちらへ」と佐伯が促した。
 細い通路を抜けて、三十朗はステージへと上がり。
 マリーカは、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「この方が、わたくしのたった一人の大切な人です!」
 手にしたマイクを通して、彼女は高らかに宣言する。
 一瞬あっけに取られた三十朗だがすぐに我に返り、おもむろにマリーカの手よりマイクを受け取った。
「彼女を愛するファンの方には、どうして‥‥と思われる方も、居られるかも知れません。それでも、祝福して下さると有り難いです。
 私はこれからも彼女の一番の理解者、彼女の歌の一番のファンでありたいと思います。これまで通り、いえ、これまで以上に彼女を応援して下さると有り難く思います。さもないと、私一人のものにしてしまいますからね」
「あら、先生。わたくし、先ほど言いましたわよ。先生がわたくしの、たった一人の大切な人‥‥先生一人のものです、と」
 くすくすと笑いながら、マリーカは三十朗へ口付けて。
 フロアからの暖かい拍手が、二人を包んだ。

●『BLUE BIRDS』〜恋誓歌
 ふわりと裾の広がった白い薔薇のウェディングドレス姿の紗綾が、胡都の手を取って静々とステージへ現れると、ほぅと感嘆の溜め息にも似た声が聴衆からあがった。
 僅かな風に、ショート丈マリアヴェールの裾が微かに揺れて、銀のティアラはライトの光をキラキラと反射する。
 先にステージへ上がっていた慧は、オフホワイトのショートフロックコートに、紫がかった青アスコットタイを身に着けていて。
 黒の薄手のジャケットとスラックスで纏めた胡都は、慧の前まで紗綾を導くと、にっこりと笑顔で退いた。
 引き継いだ慧は、彼女をキーボードへと案内し。
 それから隣の椅子に腰掛けると、彼はスタンドに立てた白いアコースティックギターを膝の上に置いた。
 きっかけは、キーボードの旋律から。
 煌めく高音域でのフレーズに、胡都のフルートが神秘的なメロディを合わせて。
 ギターの音が二つの音色を包むように、ゆったりと弾かれる。
 イメージは、夜空のようにじんわりしっとりと流れる、ミドルテンポのバラード。

「 儚く響く歌声は 物語の幕開けを告げていた 」

 ライトが作り出す、濃い青紫の宵闇のような空間に。
 慧の歌声が、優しく柔らかく囁く。
 彼の声へ重なり、あるいは微妙な音の距離を置きながら、紗綾が声を添える。

『 傷ついた想い抱えて 僕達は出逢った
  君の笑顔は 世界に光を与えてくれた 』

『 夢見星 』
「 切なく瞬く聖光は 恋の始まりを告げていた 」

『 空虚な心はやがて 満たされていった
  まるでそれが 運命であるかのように 』

 キーボードの音色を、ピアノからセットしたハープ風の音へと切り替えて。
 弦ではなく鍵盤の上で、紗綾が指を滑らせる。

「 刹那に揺れる宵闇の 淡き夢の物語
  雨霞の甘い香に 恋の蕾も花ひらく
  天に昇った蜜色の 細く輝く月は竪琴
  白銀の弦を爪弾いて 奏でるのは悠久の調べ

『 紡ぎ出そう 君に捧げる誓いの言葉 』
「 今 この瞬間を 永遠に刻むために 」
『 歩き出そう 君と手をとり未来の道を 』
「 今 この幸せを 絶えなく織り成すように 」

 静けさの中にも、力強さをもって歌い上げて。
 後押しするように、軽やかなフルートが行き先を照らす。
 ライトの光が、フロア全体でちらちらと乱反射して光る。
 その中で、キーボードを離れた紗綾は、小さな花瓶へ白い薔薇を加えた。
 ギターをスタンドへ置いた慧が、彼女の脇へと立つ。
 紗綾の右手を取ると、その薬指から輝く指輪を抜き取って。
 今度は彼女の左手に手を添えて、改めてその薬指へと指輪をはめ直した。
「慧君‥‥」
 頬を染めて見上げる紗綾へ微笑みかけると、慧は彼女の口唇へ軽くキスをして。
「彼女が僕の大切な、大好きな人です。どうか見守ってください」
 第二の『ハプニング』に、呆気に取られて息を飲むような気配のオーディエンスへ、彼は高らかに告げた。
 一拍置いて、拍手が響く。
 真っ先に二人へ祝福の拍手を送ったのは、他ならぬ胡都だった。
 それを追うようにあちこちから響く拍手に、思わず紗綾の視界が滲んでくる。
 その涙を、慧がそっと指で拭って。
 二人はもう一度、揃って聴衆へと頭を下げた。

●『Etherea + Ventus』〜eternal promise
 まだ動揺の余韻が残る中、ステージへ最後の一組が姿を見せる。
 その姿に、わっと観客から歓声が上がった。
 京一郎は黒のチュニックスーツにチャコールグレーのベスト、白のウィングカラーのシャツで、アスコット・タイとポケットチーフをワインレッドで合わせて。
 続く裕貴は、白のマキシコートにベストと、ダブルウィングカラーのシャツに身を包み、アスコット・タイも白で統一している。
 レオンはモルフォヤーンを使った、光沢の有るブラウンピンクのウィングカラーコートで、先の二人とは違った趣向を演出し。
 彼にエスコートされる海音は、ふわりとスカートをふくらませたティアードフリルのシンプルな純白のドレスで、アップに纏めた髪にマリアヴェールを被っていた。
 手にした小さなブーケは、白い薔薇とガーベラ、ブルースターを組み合わせたもので。
 現れた『花嫁』に、早くも拍手があがる。
 ライトの光が絞られると共に、それも小さくなり。
 サン・ライトを提げた裕貴が、スローテンポのイントロを弾いた。

『 疑わないで欲しいんだ 僕が君を想う気持ち
  心の深くに 真実が見えるだろう?
  僕は一生変わらないと約束するよ
  抱きしめて 君に誓いの口づけを
  決して君を放さないから
  いつまでも 君のそばにいるよ 』

 柔らかなバラードのメロディに、京一郎とレオンが息を合わせて切り出し。
 並んだ四人は、丁寧に優しく互いの声を重ねる。

『 ずっとそばにいるよ
  君がどこへいこうとも 僕の気持ちは変わらない
  僕は君の全て だから
  いつもそばにいるよ 』

 代わって、今度は裕貴と海音がマイクに向かい。
 京一郎とレオンは、半身を引いて互いのパートナーを見守る。

『 疑わないで欲しいの わたしが貴方想う気持ち
  瞳の奥に 真実が見えるでしょう?
  私もずっと変わらないと約束するわ
  腕の中 誓いの口付けを返す
  決してこの手離さないでね
  いつまでも貴方の傍にいたい 』

 海音は、そっと隣で見守るレオンへ手を差し出して。
 歌ではなく、自分の気持ちを。
 聴衆にではなく、彼一人に口にした。
 その手をレオンはしっかりと握り、手を繋いだまま再びマイクへと向かう。

『 ずっとそばにいるよ
  君がどこへいこうとも 僕の気持ちは変わらない
  僕は君の全て だから
  いつもそばにいるよ

  ずっとそばにいるよ
  君がどこへいこうとも 僕の気持ちは変わらない
  僕は君の全て だから
  いつもそばにいるよ 』

 そして海音は微笑みと共に、ブーケをオーディエンスへと投げた。
 それを受け取ろうと、女性達が手を伸ばし。
 幸運にも手にした女性は、大事そうにそれを抱いて喜ぶ。
 海音に代わって、裕貴が小さな花瓶に白いガーベラを加え。
 集まった花束を、脇で控える佐伯へひとまず渡す。
 その間に、レオンと海音は並んで聴衆を前にしていた。
「実はレオン様とは、昨年の3月からお付き合いさせて頂いてます‥‥」
 頬を染めて、海音が打ち明ける。
 隣を見上げれば、レオンもまた顔が赤い事に気付いて、彼女はくすりと微笑み。
「暖かく、応援して頂ければ幸いです」
 寄り添う二人に、また祝福の拍手が降る。
「いつかは、レオン様の本当の花嫁さんになれたら嬉しいです‥‥」
 誰にも聞こえぬよう、海音はそっと呟きを加え。
 そんな中で、突然レオンは海音を抱き上げ、きゃーっと羨望のような声があちこちから響いた。
 何より驚いたのは、海音で。
 そんな彼女を『お姫様抱っこ』したレオンは、そのまま軽く海音と口唇を重ねた。
「そんな訳で、海音は幸せにするからな!」
 そう告げると、海音を抱いたまま彼はステージとフロアの段差を飛び降りて、更に先ほど三十朗が通ってきた通路を逆に駆け抜けて、あっという間にメインフロアから姿を消した。
 半ば茫然と見送った裕貴は、意味深な笑みを浮かべる京一郎に気付き。
「ちょ、待て‥‥っ!」
 逃げ出す隙もなく、ひょいと裕貴は京一郎に抱き上げられた。
 ‥‥さっきの海音と同じように、『お姫様抱っこ』で。
「さて、今日はここに来てくれている皆に報告がある。薄々気づいている人も居るだろうが、俺と裕貴は付き合っている。裕貴のファンに代わって、俺が彼を幸せにするつもりなので、安心していてくれ」
 悠然と暴露した京一郎は、付け加えがあるかと問うように、裕貴を見つめて。
「俺から言える事は、誤解のないよう一つだけ。男が好きだってわけじゃなくて、京一郎だから好きだってことかなっ!」
 突発的状況にほぼ自棄になりながらも、裕貴はしっかり言うべき事は言っておく。
 仲睦まじい二人へ、微笑ましい笑いと祝福の拍手がおきて。
 そこへ、これまでの花を纏めた花束を、佐伯が持ってくる。
「お前が投げるか?」
 笑いながら聞く佐伯に、裕貴は頷いた。

 歌と共に束ねた花束は宙を舞い、伸ばされた手の中へ消えた。
 次の幸運を。愛する人と、幸せになれますように‥‥。

●打ち上げ
『乾杯ー!』
 声と共に、一斉にグラスが掲げられる。
 ライブが終わった後、いつものように打ち上げが行われていた。
「えぇと‥‥実は裕貴様、紗綾様と一緒に、ウェディングケーキを用意しました。ライブ中は、ステージに置いておく事も出来ませんでしたので‥‥お披露目するのが、今になってしまいましたが」
 申し訳なさそうに、海音が打ち明ける。
 状況によって観客が飛んだり跳ねたりもするフロアに、ケーキをそのまま置き続ける事は、食品衛生上よろしくないという、佐伯の『指導』だった。
「あと、紗綾様と一緒に、デザートも作りましたので。ケーキもこちらも、お持ち帰りできますので、おっしゃって下さいね」
 海音の説明の間に裕貴がケーキを乗せたワゴンを、紗綾がデザートを持ってくる。
「凄いわね。これ、全部手作りなの?」
 目を丸くしてアイリーンが問えば、「うん」と裕貴が頷いた。
 三段のウェディングケーキはあらかじめスポンジを焼いておき、店でデコレーションしたのだという。
「こっちはレモンタルトとブルーベリースコーン、アップルパイだよ。お茶のローズティは、神楽ちゃんから」
「紗綾も一緒に作ったんだ。頑張ったね」
 嬉しそうに、慧が紗綾の手からデザートを受け取る。
 仲睦まじそうな恋人達を、晨は両手で頬杖して眺めていた。
「ちゃんとしたお付き合いしてる方って、大人だなぁ‥‥」
「うん。素敵ですね」
 奏もまた、微笑んで晨に頷く。
「写真、撮るよー!」
 ぶんぶんと、神楽が手を振って。
 そしてまた、思い出が一つ刻まれた。