世界祝祭奇祭探訪録 19ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/21〜06/24
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●本文
●聖女の化物退治
それは、古い伝説を基にしている。
ローヌ川に住む、化物タラスク。
その姿は上半身が山猫のようで、下半身は魚のようで。六本の足で歩き、背中には棘のある甲羅を持ち、長い尾は先が鋭く尖っている。その息には毒があり、吹きかけられた生き物は人間も動物も死んでしまうという。
タラスクは特に子供を食べる事を好み、ネルリュク(黒い湖、あるいは黒い森という意)に住む人々をいたく苦しめていた。
そこへ現れたのが、聖マルタである。
キリストが磔刑にされた後、マルタは妹マリアや弟ラザロらと小舟で海に逃れ、地中海に面した町サント=マリー=ド=ラ=メールに漂着した。そこより更に北上し、ネルリュクに立ち寄ったのだ。
苦しむ人々を見かねた聖マルタは、ローヌ川に赴いた。
現れたタラスクを、聖マルタは妹マリアが身に着けていた腰帯で縛り上げ、その頭に神聖なる水を注いで大人しくさせた。
様子を見に来た者達は、繋がれたタラスクへ次々と石を投げつけ、遂には殺してしまう。
そして聖女の偉業を称え、そして村の名前をタラスコンと改名したのだった。
その村も、今では人口一万人を越える小さな町へと変遷した。
それでも、聖マルタの偉業は伝えられ、称えられ。
今なお『タラスク祭』として、その形を留めている。
伝説に倣ってハリボテのタラスクを、聖女が捕まえ。縄を掛けられたタラスクを、沢山の男達が引っ張って、町を練り歩く。
引っ張られたタラスクの後ろには、プロヴァンスの民族衣装を着て踊る人々や、あるいは近隣国から訪れた演奏隊が続き、タラスコンの大通りを賑やかに進むパレードとなる。
祭の間の四日間は花火が上がり、小規模ながらも闘牛が開かれるという。
●『タラスク祭』
お馴染みのスタッフが、慣れた手つきでいつものように番組資料を配布する。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『タラスク祭』で第19回となる。
「今回の滞在先はフランスのタラスコンです。滞在期間は6月21日から6月24日までの4日。祭自体は22日の夕方から始まり、25日まで続きます。日程の加減で、最終日のみ参加できない形ですが‥‥」
資料をめくりつつ、担当者は手際よく説明を続ける。
「滞在先となるシャリエ家は、両親と8歳になる娘さんという三人家族です。プロヴァンス・プリントという伝統的な捺染技法で、トワルパントという布地を作られているとか。何でも、ナシの木で作った版木に模様を彫って、 染料で布地に捺染するという技法だそうです」
一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「では、どうぞ良い旅を」
●リプレイ本文
●化物と英雄の町
アヴィニョンとアルル。二つの大都市の中間地点にあるタラスコンは、のどかな田園風景の中、今なお中世の空気を残して佇んでいた。メインストリートはある程度整備されているが、路地を一本折れると中世の趣きが広がる。
「青空と緑と、オレンジ屋根の石造りの町。何だか、ファンタジーの世界みたいだね。ヨーロッパの町並みは、やっぱり綺麗だなぁ」
「町の彩り一つとっても、日本とは全然違うよね。空なんか、鮮やかに青かったり!」
しみじみとRickey(fa3846)は町並みを眺め、榛原絢香(fa4823)は巻き髪のツーテールを弾ませ、軽い足取りで歩く。
「川の向こうって、別の町なのかな?」
ローヌ川の反対に見える町並みに、ミレル・マクスウェル(fa4622)が小首を傾げると、手にしたガイドを新井久万莉(fa4768)はメガホンのように丸めて対岸を示した。
「あっちは、隣県の別の町だね。ボーケールっていう名前で、中世の頃はタラスコンと仲が悪かったらしいよ」
「‥‥ボケる?」
「はい、そこでボケない」
すかさず丸めたガイドで突っ込む久万莉へ、ミレルが唇を尖らせる。
「べ、別に、ボケてないもんっ!」
「ところで、あれがタラスク‥‥なのか?」
広場に置かれた石像に気付いて、Cardinal(fa2010)が足を止める。
「名前はお菓子のラスクに似ているのに‥‥随分と、可愛くない外見なのね」
言葉のニュアンスから想像していたEUREKA(fa3661)は、微妙な表情でソレを見上げた。
台座の上に乗ったそれは、話に聞いたとおり細かい鱗に覆われた胴体に、鋭い爪の六本足を持ち、長い尾は蛇のようにとぐろを巻いている。そして、背中の甲羅には何本も鋭く大きな棘が生えていた。
何より、インパクトが強いのが頭部で。ブリッツ・アスカ(fa2321)は、興味深げにその顔を眺めている。
「なんとも形容しがたい怪物だなぁ。顔なんか山猫というより獅子頭か、人面ナントカに近いような」
顔の前面に集中した目と鼻と口。加えて、長い毛が頭のてっぺんから生えており、センター分けのおかっぱ頭にも見えた。
「これが山猫って言われると‥‥猫としては、ちょっとショックかも」
眉根を寄せる絢香に、御堂 葵(fa2141)が苦笑する。
「これが、こちらのイメージする猫なんでしょうか。でも別説ですと、リヴァイアサンとロバの間の子がタラスクという話もあるそうですから、『髪』は‥‥鬣のイメージかもしれません」
「だとすると、山猫の頭はどこから?」
一行は、石像を前にそんな『議論』をしばし交わした。
●自然が恵む色模様
入り組んだ旧市街の一角に、プロヴァンス・プリントの工房をかねた家がある。
「皆さん、ようこそ! 外は暑かったでしょう? 我が家だと思って寛いで下さいね」
ふっくらとしたシャリエ夫人に出迎えられた一行は、中へと案内された。
全員がリビングで荷物を降ろすと、母親とよく似た栗色の髪の少女が、トレーに人数分のグラスを載せて持ってくる。
緊張気味に震えるトレーから、ひょいとアスカがグラスを取り上げた。
「ありがと」
軽くアスカが片目を瞑れば、少女はぱっと花が咲いたような笑顔を見せる。
「可愛いなぁ‥‥兄弟なら男がいいけど、自分の子供だったら女の子がいいよね」
「今から言ってると、お嫁に出せなくなりそうだよ」
アスカと入れ替わりでグラスを取るRickeyに久万莉がくすくす笑い、EUREKAは少女の傍らで、腰を屈めた。
「お嬢さん、お名前は?」
「ジョゼ」
「あたしはミレル。よろしくね!」
「お姉ちゃんは、絢香っていうの。アヤでいいわよ」
最年少のミレルが、無邪気な笑顔で自己紹介をし。その後に絢香達が続いて、8歳の少女は頷きながら一生懸命名前を覚えようとする。
「ところで、これはこちらで染めたんですか?」
微笑ましげに眺めながらアイスティをグラスへ注ぐ夫人へ、テーブルの小さなぬいぐるみに気付いた葵が尋ねた。熊や犬を模ったそれは、原色に小さな柄の入った布で出来ている。
「ええ。工房、ご覧になります?」
「邪魔でないなら、是非」
興味深げに、Cardinalも見学を申し出た。
工房ではちょうど、シャリエ氏がカラフルな色の布を洗浄し、干しているところだった。
白い綿布に版木を使って色をつけ、乾燥後に蒸して色を布に定着し、洗って乾かせば一つの生地が出来上がる。
版木は一色につき、型が一つ。
多色刷りとなれば膨大な版木と、図柄がずれぬよう合わせる技術が必要だ。
「プロヴァンスのトワルパントが普通のプリント生地と別格扱いされる理由は、この地方の動植物を、この地方の自然の染料を使って染めるからなんだ」
中年のシャリエ氏の説明に、絢香はうずうずと染料や版木を見て回る。
「面白そうだけど‥‥難しそう」
「挑戦してみるかい?」
「いいの?」
「折角だし、やってみたいかも」
チャレンジ精神の旺盛な一行に、シャリエ氏は笑顔で頷いた。
まずは色選びと、気に入った図柄の版木探しから。
久万莉は美術家の血が騒いだのか、型が掘られていない版木を数本もらう。
版木の当て方、押さえ方、合わせ方を練習して、色をつける『本番』へ。作業エプロンをつけた者達は、手や腕、あるいは顔に染料をくっつけながら、悪戦苦闘する。
捺染に挑戦しない者は、夫人からフォークダンスのステップを教わったり、あるいはジョゼの相手をして。
その夜、シャリエ家は遅くまで明かりが灯っていた。
●町の熱気
闘牛と聞いて一般的にイメージされる光景は、ムレタを手に勇壮なマタドールが牛と向かい合う、スペイン式の闘牛だろう。
タラスコンでもこの形の闘牛が開催されるが、同時にプロヴァンス式の闘牛も町の各所で開かれていた。スペイン式と違って、この闘牛では許可が出れば一般人も参加する事ができる。
そんな訳で、闘牛が始まる夕刻、Cardinalは白いシャツとズボンを身に着け、彼と同じ服装の男達に混ざっていた。
「それで、プロヴァンスの闘牛ってどんな風なのかしら?」
「えぇと‥‥」
EUREKAの問いに、Rickeyが入り口で貰った案内を辿る。
「頭に飾りを付けた牛を一頭入れた闘技場の中に、10人程の競技者が入って。それで順番に牛へ近づいて、頭の飾りを取って点数を競うみたいだね。この牛がカマルグ牛っていって、随分と気の強い牛らしいよ」
「なんだか、牛との鬼ごっこみたいね」
ふぅんとEUREKAは闘技場を眺める。こじんまりとした闘技場は、中央の砂場を赤い柵が丸く囲み、そのすぐ外側に赤い柵よりも高い白い柵が囲んでいた。その外側に、観客席が設置されているため、競技者と観客の距離は近い。
やがてアナウンスが響いて立派な角の雄牛が砂場に放たれ、座席を埋めた観客は一斉に歓声を上げた。
続いて現れた競技者達が、赤い柵に沿ってぐるりと牛を囲む。
そして、闘牛が始まった。
じわじわと包囲を狭める男達に、牛は苛立たしそうに角を振って威嚇する。
注意がそれた一瞬を狙って、後ろから駆け寄る男へ牛が振り返り。
取って返す相手を、猛然と追いかける。
追いかけられた方は全力疾走で逃げて赤い柵を乗り越え、更に外側の白い柵へよじ登った。
高さ150cm程の赤い柵は稀に牛が飛び越える事もあり、危険なのだ。
「さすがに、地元の人は慣れてますね」
身軽な男達に感心しながらも、葵は心配そうに長身の仲間を見やる。
「頑張ってー!」
手に汗を握りながら、絢香が声援を飛ばした。
前に出たり、下がったりしながら男達と牛の『攻防』を観察していたCardinalは、牛の動きを見計らって行動を起こす。
息を殺して、距離を詰め。
一人の競技者を威嚇して追い払ったところへ、砂を蹴って一気に駆け寄る。
頭を動かすたびに、ゆらゆらと揺れていた布へと素早く長い手を伸ばし。
掴んだ瞬間に力いっぱい引いて、身を翻した。
背後に迫る、土を蹴る音と荒い鼻息。
赤い柵の縁に手をかけると、一気にその上へと飛び上がり、更に白い柵へと飛びつく。
ガツンッ! と重い音を立てて柵に激突した牛は、前足を柵の上に引っ掛け、荒々しく彼に角を振り立てるが、それも届かず。
拍手と歓声の中で、Cardinalは牛の頭より引き抜いた矢尻を掴み、布を大きく何度も振った。
「タラスクって、元々いい怪物ってワケでもないのに、なんだかすっかり街のマスコットになってる感があるよな」
町のあちこちにあるモチーフやポスターを眺めながら、紙袋を提げたアスカが苦笑する。
「変な顔なのにね」
彼女の隣を歩くミレルもまた、洒落たロゴの入った紙袋を提げていた。
暫く通りを歩くと、街角で熱心に風景をスケッチする久万莉の姿が見える。
「久万莉さーん!」
ミレルが声をかけると彼女は顔を上げて、手を振った。
揃って公園のベンチに腰掛けると、アスカは袋の一つから白い紙箱を取り出す。
「友達のお土産にタラスクの置物とか探してたら、パティスリーで面白いもの見つけたんだ。食べる?」
開いた箱の中では、口をあけた半球形の黒い『化物』が三匹、ぎょろりとした目で見上げていた。
「これ、タラスク? すごーい!」
久万莉は笑いながら、チョコレートで出来たタラスクを面白そうに観察する。
「あと闘牛に行った皆にお土産で、大きいタラスクも買った」
もう一つの箱が入った紙袋を、アスカがぽんと軽く叩いた。
「アスカさんって、気配りの人なんだね」
しみじみ感心するミレルに、彼女は少し照れたように鼻の頭を軽く指で掻く。
「気配りっていうか、面白そうなモノを見つけたら、皆にも見せたくならないか?」
「うん、判る判る。インパクト強いと、特にね〜。ともあれ、頂きま〜す」
久万莉が細工菓子をつまみ、アスカも化物に頭から齧りついた。
チョコの甘さと苦味に続いて、杏ジャムの甘酸っぱさが口に広がる。
「見た目の割りに、美味しいな」
アスカの感想に、久万莉とミレルが揃って笑った。
深夜には、ローヌ川の畔に立つタラスコン城で、市長による開幕のスピーチが行われ。
城の大砲が放つ轟音で、タラスク祭は幕を開けた。
●パレードへ
その日の朝は、久万莉が腕を振るった『日本の朝食』だった。
日本から持ってきた味噌汁と白い御飯に、梅干し、海苔。市場で買った魚は焼魚にして、茄子や胡瓜といった馴染みの野菜はおひたしと浅漬けで出す。
ハーブの効いた香草料理が多いプロヴァンス料理と違った趣きに、シャリエ家の人々は興味深げにナイフとフォークを進めた。
食事が終わると、一行は民族衣装に着替える。
「プロヴァンスで民族衣装というと、『アルルの女』を思い出すけど‥‥」
「アルルの衣装は、随分変わりましたから。残念ながら、ここでは日傘も扇子もレースのショールもありません」
EUREKAの連想に、シャリエ夫人が冗談めかした。
細かなプロヴァンス・プリントの布を使ったブラウスとロングスカートに、肩からはショールをかけて、原色の前掛けエプロンと一緒にウェストのベルトへ挟み込む。
アップにした髪はシャリエ氏が作ったスカーフや、あるいは自分で版木を押したスカーフで綺麗に飾った。
「上手くはないですけど、プレゼントです。よければ、これだけでもお祭りに最後まで連れて行って下さいね」
葵が自分で作ったスカーフを髪に結んでやると、ジョゼは「うん!」と笑顔で答える。
「あんまりこういうの着慣れないから、ちょっと不安だな。似合ってるか?」
「ええ、とても」
心配そうに尋ねるアスカへ、葵は笑顔で頷いた。
女達が着替え終わった頃、男達もタラスクを引く男達と同じ衣装に身を包んでいた。
白い上着は袖口だけが赤く、そこから白いフリルが出ている。白く長いソックスの上から履く膝下の長さのパンツも、裾に白いフリルが付く。
白い靴の甲には赤いボンボン飾りを付け、右肩から斜めに赤いたすきをかける。仕上げにピンクの花飾り付き白い帽子を飾れば、完璧だ。
「‥‥道化師?」
「一人ではないだけ、マシだな」
互いの服装に、RickeyとCardinalは苦笑いを交わした。
架空の英雄タルタラン・ド・タラスコンの物語になぞらえて、ライフル銃の空砲が響く中。メインストリートで、タラスクを先頭としたパレードが始まった。
甲羅に尻尾、足と顔が、緑色。
背中の棘や目、口、耳の内側は赤く塗られ、ぞろりと並んだ四角い歯は白く。
眉や前髪の様な毛並みは黒で、茶色い馬の尻尾で作った髪の様な部分が耳の裏側から左右に伸びている。
そして物語に基づいて、黄色と赤のロープの輪が甲羅をぐるりと縛っていた。
タラスクは男達が左右から数人がかりで押し、その中には、RickeyとCardinalも混じっている。
その後ろから、フォルクローレに合わせて踊るプロヴァンスの女達が続く。
レンズを向ける観光客や、テレビカメラに向かって微笑みながら、女性陣はジョゼや夫人と並んでステップを踏む。完璧なダンスでなくても気にせず手を繋ぎ、あるいは手を振って。
祭の喧騒が響く夜。
「残った分で、ポプリとか作ったら可愛いかな」
絢香は、もらったカットクロスを丁寧に荷物へ仕舞っていた。それから、染め上がりを眺める久万莉に気付く。
「この柄って、もしかして‥‥」
黄色い色の布には尖った耳と丸い体型、太い尻尾のセイブツが、並んでぽてんと座っていて。
「タヌキじゃないよー。ほら、ちゃんと尻尾が縞々でしょ」
言わんとするところを察したのか、久万莉が先手を打つ。
「でもやっぱり‥‥」
「アライグマだから。アーラーイーグーマー!」
尻尾をびしっと指差して、アライグマ獣人はあくまでも主張した。