Limelight:七月の空へアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 10人
サポート 1人
期間 07/05〜07/07

●本文

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいる。

「去年の今頃は、チャリティのレコーディングだったっけか?」
 ぷかりと佐伯 炎(さえき・えん)が煙を吐くと、川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は肩を竦めた。
「今年は、特にないけどね」
「んじゃあ、ちっとばかり付き合ってくれんか。ここんとこ、真っ当に練習にここを貸す機会もなかったし、『合宿』なんぞやってみようかと思ってな」
「合宿?」
 体育会系な表現に川沢は怪訝な表情を浮かべ、佐伯はヒラヒラと片手を振る。
「ちっと、変わった環境に身を置いてみるのも、また一興だろ。ついでにちょうど、七夕だしな。郊外だと、星とか綺麗に見えるんじゃねぇか?」
「晴れればいいけど‥‥ね」
 プランをアピールする友人へ突っ込んで、川沢がコーヒーカップを傾ける。だがそれ以上の反論がないのをみて、佐伯は施設の案内を渡した。
「相変わらずだなぁ、お前は。ま、募集やら段取りやらは、コッチで付けとく。行き先は、ここのリゾートキャンプ。お前も知ってるだろ?」
 山も近く、緑に囲まれた場所は、ミュージシャン達がよくレコーディングやライブ前の調整に使う、その筋では有名なリゾート施設だ。
「スケジュールは開けておくけど‥‥ギャラは、そっちに要求していいのか?」
「するなっ」
 ちらりと見上げた川沢へ、佐伯は苦笑いを返した。

●今回の参加者

 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa1634 椚住要(25歳・♂・鴉)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa3328 壱夜(15歳・♂・猫)
 fa3487 ラリー・タウンゼント(28歳・♂・一角獣)
 fa4263 千架(18歳・♂・猫)
 fa4559 (24歳・♂・豹)

●リプレイ本文

●顔合わせ
 減速して駐車場へ滑り込んだワゴンは、切り返すとバックで白線の間へ納まる。
 スライド式のドアを開け、車内から緑の下へ開放されたアイリーン(fa1814)は、両腕を天に突き上げて大きく伸びをした。
「ん〜、いい天気になったわね。ちょっと暑くて、蒸すけど」
「そうですね。日本は、湿度が高いですから‥‥」
 続いてワゴンを降りた聖 海音(fa1646)が、既に駐車場に停まっている様々な車種の車を見回す。
「もう、先に皆さん集まっていらっしゃるようですね」
 トランクの扉へ手を伸ばす海音の横から、ぬっとごつい手が伸びた。
「ああ。かさ張るモノなら、持って行ってやるから」
 声をかけた佐伯 炎に、振り返った海音は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
「こういう時は、心置きなく使わないとね」
「お前が言うなよ」
 冗談めかす川沢一二三へ文句を言いつつも、佐伯はトランクから注意深く琴を降ろした。

「おはようございます」
 先に到着してロビーの喫茶室で待っていた者達は、一番最後に到着した四人がやってきた事に気付くと、いつもの昼夜を問わぬ『挨拶』をした。
「皆、早かったね」
 顔ぶれが揃っているのを確認した川沢へ、壱夜(fa3328)が耳や尻尾が飛び出しそうな勢いでブンブンと片手を振る。
「きょうは、アルの車できたんだヨ。新車ぴかぴか。カッコイイ」
「あまりはしゃぐと椅子から落ちるか、椅子ごと倒れるぞ‥‥」
 子猫の如くストレートな反応をする壱夜に、椚住要(fa1634)が苦笑した。
「壱の事を、お願いしますね」
 壱夜のマネージャーである有沢 黎が、佐伯と川沢へ丁寧に頭を下げる。そんな黎の後ろで、今度は両手を振る壱夜。
「ひさしぶりに、れんしゅーイッパイ! アルは、最初の日だけしかイッショじゃないシ、がんばルーっ!」
「ええ。頑張りましょう」
 頭を撫でる黎に、壱夜は嬉しそうに目を細めた。
「今日はよろしく」
 ソファで寛いだまま、軽く片手を挙げる鳥羽京一郎(fa0443)の隣には、何故かラリー・タウンゼント(fa3487)が陣取っていて、彼を挟んだ反対側に篠田裕貴(fa0441)が座っている。
「どうか、されました?」
 小首を傾げて尋ねる海音に、ちらりと従兄弟を見た裕貴が憂鬱そうに嘆息した。
「うん‥‥ちょっと、ね」
「ヒロに悪い虫がつかないように見ててくれって、ヒロの兄弟から頼まれてね」
 言葉を濁す裕貴の隣から、屈託のない笑顔でラリーが答える。
「‥‥悪い虫除け、ですの?」
 いまいち理解しかねるという風に、マリーカ・フォルケン(fa2457)がラリーと裕貴、そして京一郎の順に三人を眺めた。先日のライブで既に裕貴と京一郎が性別を超越した関係にあるとは知っているだけに、間にラリーが割り込む理由が判らないのだろう。
 それは割り込んだ本人自身も十分に承知していて、ラリーは肩を竦める。
「もう、手遅れっぽいけどね」
「それなら、邪魔をしないでもらいたいのだがな。ソコの、黒くて青くてデカい馬」
「馬ってナンだよ、馬って」
 視線も合わさず不機嫌そうな京一郎に、ラリーがむっと口を曲げ。
「はいはい、家庭内抗争なら後でな」
 三人の頭を順番にぽんぽんと軽く叩いて、佐伯が間に入った。
「とりあえず、改めて希望をチェックしておくけど‥‥京一郎さんと海音さん、アイリーンさん、笙さん、千架さんの五人が、ボイトレでいいのかな」
 確認を取る川沢に、名を呼ばれた五人が頷く。
「お手柔らかに、よろしく」
「えーっと、俺は初めましてからの方がいい‥‥のか?」
 一礼する笙(fa4559)に続き、初対面となる千架(fa4263)が首を捻った。

●練習風景
 今回は『合宿』という事もあって、メンバーはまず体力の確認−−基礎的なジョギングや、軽い腹筋などから始めた。
「ある程度の実力不足は半獣化でもカバーできるが、この頃は獣化せずに表に出るのが多いからな。名前が売れてくると、直接一般人と接する機会も増えて、誤魔化し辛くもなる。ライブをするもそれなりに体力がいるし、歌唱力には腹筋も必要だろ。それに景色を眺めながら走るのも、感受性を養ういい機会だからな」
『講釈』を垂れる佐伯に追われるように、トレーニングウェアに着替えた者達が走る。
「佐伯さんって、元気ね」
 走る肩越しに振り返ったアイリーンに、「後ろ見てると転ぶぞ」と佐伯が促した。
「マラソンじゃねぇから、スピードを上げて長距離を長時間走らなくていいからな。マイペースでやって、きつくなってきたら適当に切り上げて休んどけ」
「ハーイ!」
 楽しげに足を運ぶ壱夜が、元気よく返事をする。
 日頃から動いている者はともかくとして、『年長組』にはそんな10代『年少組』の元気が少し羨ましかったり、恨めしかったり。
 ともあれ涼しいうちに身体を動かし、休憩を取ってから、それぞれの練習時間となった。

「扱い慣れない楽器なら、まずソイツに慣れるところからだな。リズムとか技巧とか気にせず、好きなだけ思いっきり鳴らしてみればいい。二人ともずぶの素人って訳でもねぇし、身体が音の場所を覚えたら、後は早いと思うぞ」
 この機会に、扱う機会のない種の楽器と本格的に向き合おうとする二人に、佐伯が告げた。
 普段、ギターやベースを扱いなれている要はドラムを。ピアノやチェロを主としていたマリーカは、アコースティックギターに挑戦するのだが。
「わたくし、チェロやキーボードなら車に積んできたんですけれど‥‥ギターは持ってこなかったのです。佐伯さん、貸していただけます?」
 けろっとした表情で頼むマリーカに、佐伯は微妙に奇妙な表情を浮かべた。
「まぁ、貸すのは構わんが‥‥本格的に覚える気なら、自分で揃えておいた方がいいぞ。人の楽器は、それなりに癖があるしな。柔らか目の弦に張り替えなきゃならんから、ちょっと待っててくれ」
 マリーカに背を向けると、佐伯は要が持参したドラムのセッティングを手伝いにかかる。
「じゃあ、俺が弦を張ってようか? 佐伯さん」
 手の塞がっている様子を見かねてか、おもむろに裕貴が声をかけた。
「ああ、頼めるか。すまんな」
 顔を上げた佐伯はテーブルを指差して、裕貴にギターと張り替える弦の種類を教える。
「それから、後で俺の演奏の方も聞いてくれると嬉しいな。どれだけ上達してるか、みてほしいし」
「判った。期待してるぞ」
「そんな、物凄い期待は‥‥ちょっと」
 少しばかり困った表情の裕貴に続いて、壱夜が「はーい」と手を挙げた。
「エンサン! おれ、先にれんしゅーしてくるー! 裕貴と‥‥あと、黒くて青くてでっかい馬の人は、またアトでー!」
「馬は余計だよ」
 マネージャーと二人で別の練習スタジオへ移動する壱夜の背に、ラリーが訂正の言葉を投げ、ドラムセットの前から立ち上がった佐伯が軽く膝をはたく。
「要、とりあえず叩いてくれるか」
「判った」
 佐伯に声をかけられ、若干緊張気味に椅子に座った要はスティックを握った。その間に、ラリーはバイオリンをケースから取り出す。
「悪い虫がいないから、俺もゆっくり練習が出来るよ」
「だから‥‥虫除けなんて頼み、聞かなくていいから。第一、そんなんじゃないからね」
 どこか憮然としながら、裕貴はギターの弦を張り替えた。

 くしゃみが一つ、ピアノが置かれたスタジオに響く。
「あら、京一郎様。風邪ですか?」
 気遣う海音に、京一郎が「いや」と首を振った。
「おおかた、どこかの馬がいらん噂でもしてるんだろう」
「馬‥‥ですか」
 喫茶室での会話を思い出して、思わず海音は困ったような苦笑を浮かべる。
「具合が悪い訳じゃないなら、続けてもいいかな?」
「ああ、すまん」
 ピアノの前に座った川沢が尋ねれば、京一郎は頷いて答えた。
 ストレッチと呼吸法の確認を行った後、個々の音域の確認を兼ねて、軽く発声を行う。
 30分もすれば川沢は時計に目をやり、ピアノを弾く手を止めた。
「少し休憩にしようか。喉に負担をかけ過ぎるのも、良くないからね」
 ピアノの前に立っていた五人は椅子へ腰を下ろし、あるいは部屋の隅に置かれたテーブルへ飲み物を取りに行く。
「皆さん、何か飲みますか?」
 海音がグラスの用意をしながら、一息入れる者達へと聞いた。
「私も手伝うわ、海音さん」
 アイリーンが彼女の後を追って、テーブルへと向かう。
「ありがとうございます」
 礼を述べる海音に笑顔を返すと、アイリーンは伏せたグラスをトレイに並べた。
「何だか最近、発声で出せる声っていうのが少しずつ判ってきたわ。一年前なんか、半獣化しても『声量不足』って突っ込まれた事もあって。まだ裕貴さんや海音さんに比べられるものじゃないけど‥‥最初は出なかった音域が、ちょっとずつ広がるのを実感できるのは、嬉しいわね♪」
「アイリーンさんも、素敵な声をしていらっしゃいますわ」
「ありがと。海音さんにそう言ってもらえると、」
 そんな会話を交わしながら、女性二人は休憩の『準備』をする。
「ところで、少し質問をしていいか?」
 声をかけた笙に、鍵盤を見ながら考え事をしていた川沢が顔を上げた。
「はい、何でしょう?」
「ハスキーヴォイスで独特の声なせいか、高音は伸びるのだが‥‥低音が不明瞭になりがちで。音を出せない訳ではなく、発音が悪くなってしまうんだ。これ、どうしたら克服出来るかね?
 あと声量がイマイチというか、高音も引っ張って力任せな部分があるので、声の広がりが悪いとか、声質が普通より声量が出難いのは理解しているんだが、それでももっと出せないものかなと思うんだが」
「単に滑舌の問題なら、呼吸法や喉周りの筋肉を鍛える事以外にも、早口言葉なんかで口の回りを良くする事、でしょうか。ただ、声は一種その人の個性ですから。欠点を矯正していくのも方法だろうけれど、逆にどうプラスに活かすかも大事と思いますよ」
「発声法とか、音程鍛える練習とかも教えて欲しいけど、もう少し男っぽい声にしたいんだよなぁ。これって、出せねぇもんか?」
 横合いからぼやく千架に、川沢は苦笑する。
「獣人といえど、全ての人が広い音域や天使のような歌声を持っている訳ではありませんし、歌の上手い人の誰もがそういった声をしている訳でもない。狭い音域でも、特徴的な声でも、人の心を動かせる歌を唄う人はいます。
 発声に必要な基礎的な技術については、教える事も手助けも出来ます。しかし自分の内から何を見つけ、何を汲み取るかは、本人でなければ出来ない事でしょうし、本人が見出さなければ意味もない。そう、思いませんか?」
 それから川沢は、海音がテーブルに置いたカップを取った。

●七夕の空は陰って
 七月七日は、比較的くもりか雨になる事が多いという。
 そして今年も、天気予報は夕方から雲が多くなると伝えていた。
「こんなに晴れてるのに、残念だな」
 笹に固定する針金をつまみ、短冊をくるくる回して笙が嘆息する。
「ま、暫く店に飾っといてやるよ」
 本物の笹を用意した佐伯は、それを適当なテーブルに紐でくくって固定した。
「そろそろ、焼けるよ」
 バーベキューの『焼き係』をしている裕貴が、声をかける。網の上には肉や野菜の他、海音が用意した味噌と醤油の二種の焼きおにぎりや焼きトウモロコシなども、程よい焼き色に香ばしい匂いを漂わせていた。
「早速、いただきまーす」
 一番に、千架が箸を伸ばす。
 総勢12人ともなれば食材もかなりの量だが、裕貴は手伝いのラリーと共に慣れた手つきで食材の焼け具合を見極める。
「やきおにぎり、あちちだケドおいしそ!」
 二人の脇から、焼き上がる様子を壱夜が嬉しそうに眺め。
「だから、近づくと火傷するよ」
 その都度、ラリーに離れるよう釘を刺されていた。
「しかし‥‥二人とも、風流だな。用意していたとは、知らなかった」
 しみじみと呟く京一郎に浴衣姿の海音はにっこりと微笑み、注染「恋華」を着たアイリーンは下駄を鳴らして、その場でくるりとターンする。黒地に、白と桜色で花咲く情景を描いた浴衣の袖が、鮮やかに翻った。
「秘密兵器なの。似合う?」
「とっても、似合っていますよ」
 着付けを手伝った海音に褒められて、アイリーンは照れたように笑んだ。
「七夕ですし、デザートに七夕ゼリーを作ってきました。ゼリーは笹葉の形にして、薄い層を重ねて間に金平糖を散りばめてみたんですけど」
「とても綺麗ね。海音さんには、今度ぜひ日本料理も教えていただきたいですわ」
 頼み込むマリーカに、「私でよければいつでも」と海音は恐縮しながらも頷く。
「俺も、皆で食べれるようにレモンケーキを作ってきたからね」
「相変わらず、菓子には不自由しないな」
 裕貴の言葉に、苦笑しながら要が呟いた。

 食事と会話の合間に一同は短冊に書き、笹へ付けた。
 千架は「あと5cm背が伸びますように。彼女とこれからも楽しく仕事出来ますように」と書いた紙を結び、笙は「可愛い義弟が増えますように」と願いを書く。
 拙い字で「これからも、アルといっしょに、たのしく 音楽カツドウできますように」と大きく書かれた短冊は、壱夜のものだ。
 交際を公言した海音は、「いつか大好きな人と暖かい家庭が築けますように」と小さな願いを託し。
 パステルカラーの短冊には、「これからも素敵な仲間と歩めますように」とアイリーンがしたためた。ときどき風に裏返り、二本の線で消された「世界征」まで書かれた文字が覗くのは、ご愛嬌。
 やがて誰ともなしに、歌や演奏が始まる。
 賑やかな音楽に合わせる様に、笹に結ばれた色とりどりの短冊はゆらゆらと揺れていた。