EtR:『伝令者』ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 7Lv以上
難度 普通
報酬 58.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/05〜07/08

●本文

●『伝令者』の名を名乗る男
「俺がDSかどうかを疑うってんなら、蟲ドモの中に放り込めばいい。すぐ判るさ。その代わり、ソッチは『先』の情報が手に入らない。サテ、どうする?」
 第四階層で出会った相手は、値踏みするように一同を眺めながら、にんまりと笑った。

 どことなく食えない言動の男は、20代後半くらいの年齢に見える。
 彼は「仮の名」とした上で、ギリシャ神話にちなんで自身を「ヘルメス」と名乗った。
 ヘルメスは第四階層の書置きをした人物であり、独自にルートを探って第五階層へと到ったという。
 彼の話では、第五階層は固い岩盤に加えて、そこから間欠泉的に熱風が吹き出す、さながら灼熱地獄のような場所らしい。今はその熱気が抜ける場所が少なく、非常に暑い。
 何らかの『空気の通り穴』でも開けない限り、人が行き来できる状況ではなく、また第五階層にもそれなりにNWが潜んでいるという。
 独自に探索を進めていたヘルメスが、探索を行っていた者達に協力を求めた理由は、『空気の通り穴』を開ける為。第五階層への通路となる『通り穴』を開けられる場所へ案内する、代わりにヘルメスへは一切の干渉をしない。
 それが、彼の提示した『協力の条件』だった。

 ヘルメス曰くは、彼のバックにはそれなりの人物がいて、彼はその指示によって行動しているという。第四階層の壁の文章についても、バックの人物の指示であり、彼自身はその意味を知らない‥‥など、不可解かつ不明瞭な点が多い。
 本人自体が信用のならない人物だが、第五階層へ至る通路を確保する事は、探索を進める上では願ってもない話だった。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0892 河辺野・一(20歳・♂・猿)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)

●リプレイ本文

●情報とおでんと交渉
 監視所の一室には、何故か海鮮系出汁のいい香りが漂っていた。
「後から聞かれなかったって言われるのもナンなんで、交渉に入る前に質問しといてもいいか? ヘリオス君」
 箸を振りつつ尋ねる早切 氷(fa3126)に、「ヘルメス」と名乗った男は肩を竦める。
「メンドくさい質問なら、事務所かマネージャーを通してくれよ」
「冗談言って、誤魔化すな。んーと、クライアントについては拒否権行使、なんだよな?」
 素知らぬ顔のヘルメスに、更に氷が質問を続けた。
「んじゃ、あんた自身が依頼を受けている目的はなんだい?」
「プライベートはノーコメント」
「独自のルートってのは?」
「それは、企業秘密ってヤツ」
 にんまりと笑うヘルメスがジャガイモへフォークを突き刺せば、湯気の向こうで氷は口をへの字に曲げる。
「それ、俺が狙ってたのに‥‥」
「まだありますよ、氷さん」
 二人の『攻防』に苦笑する河辺野・一(fa0892)は、鍋からジャガイモを拾い上げた。
「一さん、僕は大根と巾着〜」
「はいはい。それにしても旅人の守り神ヘルメスさんとは、心強いですね」
 続いて燐 ブラックフェンリル(fa1163)の皿へ、彼は注文の品を入れてやる。嬉しそうな燐は、一の言葉も気にしないヘルメスを見やり。
「ヘルメスたん。次、何にする?」
「‥‥タコ以外」
「というか、なんでおでん食べてるんだ」
 状況と現状のギャップに、早河恭司(fa0124)は頭痛を覚えた。
「確かに前回の仕事で、帰ったらおでんという話はありましたけどね」
 相沢 セナ(fa2478)もまた苦笑して、テーブルを囲む者達を眺める。
 その一人、ベス(fa0877)は練り物を食べる傍ら、キラキラと目を光らせながら高原 瞬に着ぐるみの写真を見せて勧めていた。
「瞬さん瞬さん。目立つなら、この『たたかうあいどる』なんかどう、どう?」
「俺、男だよ?」
「ぴ? 着てみないと、わかんないよ? 当たって砕けてみるとか!」
「高原さんは、地味なのが魅力なんだよ」
 横合いから、燐が微妙なフォローを入れる。
「とゆーか、変なきゃらになるよりふつーが一番だよ、きっと。でないと打たれ過ぎとか、ヨゴレ過ぎとか、被り過ぎになっちゃうよ?」
「ま、強くイキロな。高坂君」
 はふはふと大根を食べながら燐が主張し、氷も一応励ます。
 心なしかヘヴィ・ヴァレン(fa0431)には、瞬の背中が煤けてみえた。
「とにかく‥‥素性がはっきりしない以上、本人を全面信用って訳にはいかねぇが、第五階層の情報に関しては信用しても良さそうか。少なくとも利害は一致してるし、条件を呑む方向で良いと思うぜ。利用されてるにしても、俺等が進む為にも必要な事だろうからな」
 本人を前にして口には出さないが、「裏でこそこそ動かれるより、目の届く所にいた方が対処しやすかろう」という目論見もヘヴィにはあった。
「折角だから、皆も食べようよ。一さんのおでん、美味しいよ?」
 ヘヴィ達を燐が誘い、ベスも友人に頷く。
「俺も今回の件に関しては、ヘルメスを疑う気はないし‥‥気になる事と言えば、彼が何獣人なのかって事くらい?」
 笑いながら恭司がソレに加わり、小さくセナは嘆息した。
「念のために聞くが、確実に第五階層へ行けるんだろうな」
 確認するCardinal(fa2010)に、ヘルメスはへらへらと笑う。
「算段がなきゃ、わざわざ話を持ちかけないって」
「んじゃま、交渉成立。第五階層以降、アンタには干渉しないってことで」
 確約する氷に、ヘルメスは一本立てた人差し指を振った。
「違うって。俺に一切の干渉をしない、な」
「へーへー」
 訂正する相手に、氷はあくび混じりの生返事をした。

●肉体労働
「まず、俺と会ったトコまで移動な」
 監視所を出発した一行はヘルメスの挙動に注意しつつ、言葉に従って遺跡の内部を進む。ヘルメスが監視所に用意させたのは、人数分のツルハシのみ。後は、自前で何やら黒いかさ張った鞄を提げていた。
「ツルハシですか‥‥宝探しだったら、歓迎なんですけどね」
「重労働になるんだろうなぁ。それで、別の宝が出てきたり‥‥してね」
 憂鬱そうなセナに、恭司が冗談めかす。
「それにしても、「ヘルメス」とはな」
 ベスから預かったパラディオンを抱えたCardinalは、渋い表情で唸った。
「確か、『冥界への案内人』でもあったな。翼のある靴と帽子を被り、二匹の蛇が巻き付いた杖を持った‥‥」
「カドゥケウスの杖ですね。神々からの伝言を預かっている『伝令者』ですが、他にも『盗人の神』という顔もあります。如何様にも取れる、実に嫌な名前です‥‥けれど」
 Cardinalを見上げた一は、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「現状でヘルメスさんが敵でなくは味方ならば、今はそれでいいでしょう。少なくとも、第五階層に至る「まで」は、保障してるんですし」
「まで‥‥か」
 呟きと共に深い息を吐いたCardinalは、油断なく前を歩く者達に混じったヘルメスの背中を睨んだ。その一方で、一は歩調を速めて先を歩く者達に追い付く。
「ヘルメスさん、少し聞いていいですか? 通路を開ける場所ですが、どうして「その場所」を開けたいのか。そして、そのメリットとリスクの釣り合いをお伺いしたいんですけど」
 すぐに追い付いた一は『本業』の顔で、ヘルメスへ質問を投げた。
「下の階層は熱気が溜まってるんで、ソレを逃がしたい‥‥ってのは、聞いてるよな」
「ええ。でも、掘って安全なんですか?」
「安全でなかったら、ソモソモ掘らんって」
 けろりとした表情で、ヘルメスが答える。
「更に言えば、掘る場所はソコが素人でも掘れる場所だからだ。炭鉱掘りじゃねぇし、本格的ナンは無理ダロ?」
 第四階層の「例の文章」が刻まれた場所に到着すると、男は足を止めた。
「手始めに、ここら辺の石どけてくれるか」
 ベスがパラディオンを置いて結界を作り出すと、『作業』は始まった。

 苔の張り付いた石の下から、岩肌が露わになる。
 直径にして3m程の範囲の石を取り除くと、岩の表面の何箇所かにヘルメスがマークをつけた。男達が協力してツルハシを振るい、そこに5cm程の穴を穿つ。
 その間に、自前の鞄からヘルメスは長いコードやら小さな円筒形のナニカを引っ張り出す。それから掘って窪んだ穴に円筒形のモノを一つづつ詰めると、コードを伸ばしながら一行に下がって耳を塞ぐよう促した。
 何が始まるのかと興味深げに見守る者達の前で、コードの先端についた小さなボタンをヘルメスが押した瞬間。
 ズムッ!
 足下を振動が走り、同時に石をどけた場所から煙が上がった。
「‥‥爆薬か。穴が崩れないか?」
 眉を顰めるヘヴィに、伸ばしたコードを巻きながらヘルメスが首を振る。
「指向性のヤツだからな。あんたらと一緒に埋まる気ネェから、安心してくれ」
 ひょこひょことヘルメスは煙に近付き、首を伸ばして全ての筒が消滅したのを確認する。その後ろからヘヴィが覗き込めば、岩肌のうち輪を描くように穿った穴の内側に、ヒビが入っていた。
「んじゃ、本格的にソイツの出番な」
 振り返ったヘルメスは、ヘヴィ達が握るツルハシを指差す。
「じゃあ高原、ランタン預かってて貰ってかまわねぇか」
「うん、いいよ」
 ヘヴィが差し出したランタンを、瞬が頷いて受け取った。

 ガツンガツンと、岩に金属を打ち付ける音が響く。
 時おり手を止めて、掘る方向をヘルメスが確認しながら作業は進んだ。
 穴を掘る者、周囲のNWの動きを監視する者、そして休憩がてらヘルメスを見張る者と、一行は三つの班に分かれている。
「ぴぃ‥‥最近なんだか、力持ちになってきちゃったんだよね。体型は変わってないのに。もう水着の季節なのに〜」
 くすんと鼻を鳴らしながらベスが二の腕をさすり、「うんうん」と燐も首を縦に振る。
「僕も、最近ね。こう、腕を曲げたら力こぶとか、出来たり‥‥」
「いっそ三段に割っちまえ、腹筋。楽になるぞ」
 岩壁にもたれたヘルメスが、両脇で騒ぐ休憩中の少女達へ告げ。
「ヘルメスたん、ひど〜いっ」
「ぴゃ〜、そんな割れた腹筋はイヤ〜っ」
 明るく振舞う燐と、そんな友人を気遣うベスが、揃ってヘルメスへ抗議する。
 そんな会話を、ツルハシを握るセナがちらりと見やった。
「第五階層か、あるいはその更に奥にか、『何か』があるのは確実として‥‥穴を開けたら、消えそうですよね」
「少なくとも、危険でないなら‥‥問題はないがな」
 同様に岩を掘るCardinalもまた、『伝令者』への警戒を緩めてはいない。
「‥‥ぴゃ。ところで話するのも、干渉になるかな?」
 首を傾げて尋ねるベスに、けらけらとヘルメスが笑った。
「そろそろ、時間かな。交代しようか」
「よーし、働くぞー!」
 頃合を見た恭司が声をかけると、彼と一緒にNWを警戒していたヘヴィが大きく伸びをして、ぶんぶんと腕を回す。
「‥‥元気だね。ヘヴィは」
「この手の作業は、嫌いじゃないからな」
 気合を入れる完全獣化した竜獣人の背中に、狼の尻尾を揺らした恭司がぽつりと呟いた。
「ツルハシの方が、壊れなきゃいいけど」

●『契約』破棄
 ヒビが入った岩はそれなりに厚くて硬く、一日の作業で打ち破るには至らない。
 作業は期間の三日目に入り、相変わらずローテーションを組んでツルハシを振るう。
 ある程度ヒビが浅くなるとヘルメスは再び爆薬を使い、作業を進めやすくした。

「間欠泉という事は‥‥第五階層は、温泉が湧いたりするのでしょうか?」
 休憩の順番が回ってきたセナは、岩壁にもたれて作業を見守るヘルメスへそれとなく話題を振る。
「あくまで、間欠泉みたいに間隔を開けて熱風が吹き出してくるってだけで、温水が出ているワケじゃないって。風が吹き出してくる下は、見る気にもならんし」
 目だけで天井を仰いで、男は肩を竦めた。
「じゃあ‥‥試しにヘルメスさんも、『ツルハシで』『一緒に』『掘って』みません?」
『言霊操作』を含ませたセナの言葉に、ヘルメスの顔に浮かんだ笑いが、深くなる。
「俺に干渉するなってのが、条件‥‥だろ?」
 男の頭のてっぺん近くから長い二本の耳が現れると、すっとその姿が岩へ『沈んだ』。
「え‥‥」
「後は、頑張るこった」
 急いでセナは手を伸ばすが、当然の如く岩肌にぶつかって男には届かなかった。

「すみません。効果があるかどうか‥‥と思って。ほんの「言葉遊び」のつもりだったんですが」
 謝罪するセナを、責める者はなかった。
「『浸潜地動』か。俺も、がっちり横にくっついとけばよかったね」
「ま、済んだ事を言っても仕方ないですし‥‥作業を、続けましょう」
 とほりと瞬も肩を落とし、一が促して八人は各自の『持ち場』へ戻る。
「それにしても‥‥彼、兎獣人だったんだ」
 疑問が解けた恭司は、なんとなくヘルメスが自分の種族を伏せた訳が−−手の内を隠すという意味だけではなく−−判った気がした。

 探索期間三日目が終わる頃、岩にはようやく人が通れるほどの穴が開いた。
 その奥からは確かに熱気が漂ってきて、誰もが滲んだ汗を拭う。
 そして探索の最終日、一行は第五階層に足を踏み入れた。

 あちこちで、シューシューと風が立てる音が聞こえる。
 階段状になった通路から、暗い空間へCardinalが注意深く灯りを向ければ、露出した地面が浮かび上がった。
「これは確かに、暑いな」
 水筒の水で濡らしたタオルを翼にかけたヘヴィが、低く呻く。そんな中、唯一涼しげな顔をしているのが約一名。
「や〜、快適快適」
 雪だるま型着ぐるみ『まるごとゆきだるま』を着た氷が、頭部の穴から虎の顔を突き出している。
「ぴ‥‥転がす?」
「いいね!」
 笑顔のベスに燐が賛同し、ふるふると氷が雪だるまの頭を左右に振る。
「それ、起き上がれなくなりそうだからっ」
「‥‥相変わらず、面白いなぁ。あんたらは」
 聞き覚えのある声に振り返れば、降りてきた通路でヘルメスがぽしぽしと耳を掃除していた。
「条件‥‥決裂したんじゃ」
「あ〜ぁ、忘れモノしてな」
 唖然とするセナに答えながら、ヘルメスは一行の間を抜けて先頭に立った。
 そこから、壁伝いに数歩進み、おもむろに振り返る。
「ついてこねぇのか?」
「‥‥ついて行ってみましょうか」
 進む背中に一が苦笑し、互いに顔を見合わせた者達は壁に沿って歩き始めた。

 地面からは硬い感触が伝わり、またよく見るとあちこちに亀裂が走っている。
 間近で響いた音に驚いてライトを向ければ、亀裂から風が勢いよく噴出していた。
「熱いから、出来るだけアレに触るなよ。あと、ライトあっちこっちに向けるな。凶暴で厄介な蟲ドモが何匹、あるいは何十匹と潜んでるからな」
 伝って歩く岩壁も、大小の穴がぽつりぽつりと口を開けている。ソコから熱風が出る事はないと告げると、先頭の男はその一つに入っていった。
 数m入ると、穴は急激な段差の連続となる。
 判りやすく言えば‥‥。
「階段だね、これ」
「確かに、そうだな」
 見上げる恭司に、Cardinalが同意した。それを暫く歩くと、行き止まりに突き当たった。
「コレ崩すから、少し下がっとけ」
 足を止めたヘルメスは、壁に例の爆薬を仕掛け始めた。

 昨日までの作業と同じ要領で、爆破した後にツルハシを突き立てる。
 先の岩よりも、ソレは脆く。
 間もなく、壁は崩れた。
 粘糸のようなモノを払って外へ出ると、そこには乾いた砂が一面に広がっている。
 突然、背後から唸りをあげて吹き上げてきた強い風が一行をよろめかせ、砂を散らしながら広い空間を渡っていく。
「ここは‥‥第二階層?」
「つーワケで、オデンの礼はしたからな」
 その言葉を残して、ヘルメスの姿は一行の前から再び消えた。