ヤクソクヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 5.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/09〜07/11

●本文

●震える手
 何度も繰り返し、弦に手を伸ばす。
 しかし、弾かれた弦がたてる音は、頼りなく。
 両手を擦り合わせ、あるいは腕をマッサージしてから、また弦を弾こうと試みる。
 弦の上にかざすと、手は小刻みに震え始めて。
 木製の弦楽器から手を離すと、イルマタル・アールトは震える手をぎゅっと握った。
 気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をする。
 溜め息をついて、カンテレをテーブルの上に置き。その隣にある電話が、彼女の目に入った。

『マネージャーさんにも、誰にも内緒で、相談があるんです』
 受話器から聞こえる少女の声は、切羽詰ったような緊張があった。
「いいわ。誰にも話さないから、安心して。それで‥‥どうしたの?」
 気後れがあるのか、電話口のイルマタルは逡巡し。それからようやく、言葉を発した。
『実はずっと、指が動かなくて。普通に料理をしたり、細かい事をするのには大丈夫なんですけれど‥‥カンテレを弾こうとすると、手が震えるんです』
「それは、いつから?」
『4月‥‥いえ、3月の末くらいから、だと思います』
 驚きを声に出さないようにしながら、女医はカレンダーに目をやった。その通りならば、もう3ヶ月に及んでいる事になる。イルマタルがカンテレの練習を止めているという話は、彼女のマネージャーから聞いていたが‥‥。
「マネージャーさんには、言ったの?」
『いいえ。心配をかけるのも、申し訳ないですし‥‥その、色々と、ありましたから』
「そう‥‥ね。大変だったっていう話は、聞いているわ」
 少しの沈黙が、二人の間に落ちる。
 ややあって、彼女の主治医は口を開いた。
「よければ明日、少し話をしましょうか。もちろん、マネージャーさんには内緒でね」
『はい。お時間を取ってしまいますが、よろしくお願いします』
「気にしないで。じゃあ、明日の夕方か‥‥夜にでも。よければ一緒に、食事でもする?」
 身寄りのない少女は、ヘルシンキにきてもやはり頼れる相手がいなかった。
 親しい友人は増えてきたものの、親身になって話す事のできる身近な相手といえば、後見代わりのマネージャーと、身内を失った直後からカウンセリングを行ってきた彼女のみだろう。イルマタルは特に、人に心配や迷惑をかけないでおこうとするあまりに、自分の内に溜める傾向がある。
 女医の言葉に、電話の向こうから少しほっとした気配が伝わってきた。
『あの‥‥ありがとうございます』
「いいのよ。気にしないで」
 明るい口調で告げた彼女は、少女の気を紛らわせるように他愛のない話題へと話を移した。
 親しい友人や最近出来たという恋人、興味のある事など、あえてカンテレの話題を避けて。
 イルマタルが落ち着いたところで、話を終えて電話を切る。
 窓から見える夕暮れの景色を眺めながら、少し思案した末に。
 女医はいったん置いた受話器を取り上げて、再び電話のボタンを押した。

●約束
 翌日の朝。
 目覚めたイルマタルが家を出る前に何気なく携帯電話を確認すると、一通のメールが入っていた。
 携帯のアドレス以外は差出人の署名もなく、無題のそのメールを開くと短い一文が目に飛び込んでくる。

『君との約束を、守りにきた』

 茫然と短い一文を見つめるイルマタルの意識を引き戻したのは、鳴り響く電話のベル。
 慌てて受話器を取ると、緊張したマネージャーの声が、落ち着いて聞くようにと繰り返してから、少女に短く尋ねた。
 彼女の主治医から、何か連絡がなかったか‥‥と。

 イルマタルの主治医であった女医は、行方不明となった。
 部屋は酷く荒らされており、何箇所かに鋭い爪痕が残されていた。また室内で大量の血痕も見つかったが、本人の姿はない。
 こういうケースの場合、WEAが真っ先に疑うのは一つ。
 すなわち、NWによる襲撃である。
「単なる偶然かもしれん。だが、偶然じゃあないかもしれん。だから、二日か三日は家で大人しくしていろ。顔見知り以外には、ドアも開けるな。窓にも近寄らないようにして、鎧戸を下ろしていろ。問題ないと判ったら、知らせるから」
 彼女の安否を直接確かめてきたマネージャーは、イルマタルが必要な買い物に付き合った後、そう言い渡した。

 ベットの上で、イルマタルは飾りの少ない携帯を握り締めていた。
 メールの事をマネージャーに伝える機会を見つけられず、言いようのない不安を抱えて、再びメールを見る。
『君との約束を、守りにきた』
 悩んだ末に、彼女はのろのろとメールの作成ボタンを押した。
 友人達に、彼女の身辺で起こるかもしれない『何か』を伝えるために。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●抱いた不安
 まず、携帯電話から相手に電話をかけた。
 電話に出た相手へ名前と用件を告げて、通話状態のまま呼び鈴を押す。
 ブザーが扉の向こうで鳴り、すぐにチェーンキーやドア鍵を外すガチャガチャという音がして。
「ぴゃーっ、イルマー!」
 部屋に入ると真っ先に、ベス(fa0877)がイルマタル・アールトへ飛びつく。
 二人を面白げに眺めながら、早河恭司(fa0124)は提げた鞄の一つをキッチンのテーブルへ置いた。
「これ、シャノーから。食べ物とか水だよ」
「‥‥篭城するなら‥‥兵糧は、欠かせませんので‥‥」
 再び扉にしっかりと鍵をかけてから、シャノー・アヴェリン(fa1412)は友人達の元へやってくる。
「‥‥それから‥‥チェーンは、相手の顔を‥‥確認してから外した方が‥‥安全です‥‥」
「すみません、気をつけます」
 イルマが謝るとシャノーは小さく首を横に振り、手を伸ばして頭を撫でた。
「‥‥メール‥‥ありがとうございます‥‥よく、連絡をくれました‥‥」
「約束したもんね、イルマ。だからあたしも約束、ちゃんと守るよ」
 無邪気にベスが微笑めば、何故か少女の表情は一瞬僅かに曇って。
「えっと‥‥傷む物、冷蔵庫に入れますね」
 それを見て取った恭司は、キッチンの鞄の中身を取り出すイルマを手伝う。
「よかったら、詳しく教えてくれないかな。イルマがメールで知らせてくれた事‥‥『連絡を取った後に、イルマの主治医の先生さんが襲われた』って話。それに、『不審なメールが届いた』事と、『襲われるのが彼女だけじゃない気がする』事が‥‥どう繋がってるのか」
 手が止まった。
 見る間に顔色が青ざめていき、呼吸は早く、浅くなる。
 膝が折れ、倒れそうな身体を恭司が支えた。
「大丈夫?」
「あ‥‥はい。すみません‥‥」
「‥‥熱はありませんが‥‥少し、横になった方が‥‥いいでしょう‥‥」
 軽くイルマの額に手を当てたシャノーは、恭司を見やる。
「恭司さん、こっち」
 クッションを片方に寄せたソファを、ベスがぽんぽんと叩く。その間にシャノーは冷蔵庫を開け、グラスに水を注いだ。
 差し出された水を、イルマは首を横に振って断る。
「私‥‥私のせいで、先生が‥‥マネージャーさんや、他の人も‥‥」
「大丈夫だよ。他の人達が、マネージャーさんと一緒に事件を調べてくれてるから。だから、お水飲んで落ち着こう。ね?」
 手を握って励ますベスに頷いてから、イルマはようやくシャノーからグラスを受け取った。
 そこへ電子音が響き、イルマの携帯がメールの受信を伝える。テーブルの携帯を確認した恭司が、それを持ち主へ手渡した。
「メールだよ。ククから」
 言われてイルマはメールを開き、液晶の画面を確認すると。
 その瞳から、涙が零れ落ちた。

●合流と展開
「‥‥よしっと」
 メール送信完了の文字が表示されると、クク・ルドゥ(fa0259)は満足そうに携帯をしまう。
「メールですか?」
 尋ねた御堂 葵(fa2141)へ、彼女は勢いよく首を縦に振る。
「うん。イルマに『あんまり心配しすぎない事、1人で抱え込まない事、時間あったら雑談しに乗り込むよ』って」
「襲撃予告ですね」
 くすりと、葵が笑った。
 WEAフィンランド支部へ集まってきた者達は、イルマの部屋へ向かった者達とは行動を別にしている。
「俺はてっきり、イルマの護衛にでも行くつもりだと思っていたが」
 中年男のマネージャー−−名はサッケという−−が、奇妙な表情で喫茶室に戻ってきた。
「今回は、少し気になる事がありましたので」
 振り返った相沢 セナ(fa2478)へ、マネージャーが数枚の書類を寄越す。
「彼女の資料だ」
「トゥーリッキさん、ですか」
「1年半ほど前にじーさんが死んだ後、イルマの精神的なケアをしてくれてな。家族並とはいかないが、イルマにとっちゃ数少ない顔見知りだった」
 その一件に関わった葵は、目を伏せた。
「イルマさんは、トゥーリッキさんの件が偶然ではないと考えているようですね。そして、彼女の周辺で起きる意図的なNWの事件となると‥‥」
「何故か、ルーペルトの姿が見え隠れする‥‥か」
 彼女の疑念を代弁した相手を葵が見上げると、シヴェル・マクスウェル(fa0898)がひらりと手を振った。その隣には、Cardinal(fa2010)の姿もある。
「待たせたな」
「いいえ、これで揃いましたね。彼女はどうでした?」
 席に座る二人へ葵が問えば、Cardinalが頷いてみせた
「見た感じは、落ち着いていた。顔を合わせると長居になるだろうから、ベス達を送ったついでに離れて様子を見ただけだが」
「アパートの周りも確認したけど、不審な人物はいなかったよ」
 続いて説明を加えるシヴェルに、ほっとククが安堵の息を吐く。
「じゃあ私達は、先に現場を調べてきます」
 サーチペンデュラムを取り出す者達と入れ替わりで、葵とセナが席を立った。

●襲撃の痕
「傷跡は‥‥似ているものもあれば、似てないものもある。かなぁ」
 セナから連絡を受けたフィルゲン・バッハは、棚やテーブルに残った傷跡と出力した画像を見比べ、葵へ顔を上げた。
「似てないもの、ですか?」
「うん。ルーペルトだとすると、『ブルクンドの魔族』のモノかもしれない」
 背筋を伸ばしたフィルゲンに、葵は眉根を寄せる。そこへ、院内の者達に話を聞いていたセナが戻ってきた。
「病院の人に当たってみましたが、特に怪しい人は見なかったそうです。もっとも‥‥偽名でも使って見舞い客のフリをすれば、判りませんが」
「窓から入ってきた訳でもなさそうですし、NWを連れていれば相当目立つと思います。気付いた人がいないのは‥‥変ですね」
 少し引っかかって、葵が首を傾げる。破壊の痕跡は部屋の内部のみで、まるでNWがここに突然現れたとしか考えられない。
「誘拐の可能性は? ギリシャでは、子供を連れ去ったというNWもいましたけど」
 セナの推測に、フィルゲンは首を横に振る。
「小さな子供ならまだしも、大人を抱えて飛ぶのは無理だよ。竜の獣人でもね」
「そうですか。でも、トゥーリッキさんが病院から出た姿は、目撃されていませんし‥‥彼女自身にも、奇妙な噂はありませんでした」
 セナが思案にふける間に、葵はもう一度サッケから渡された資料を読み直す。
 この病院には勤めて長く、経歴にも不審な点は見当たらない。
「イルマさんの身辺の情報を、ルーペルトさんに流していたのが彼女だとしたら‥‥どこかに接点があると思うんですけど」
「あ〜‥‥そうなんだ? でもそれなら、余計に変じゃないかな」
「変?」
 葵が聞き返せば、フィルゲンはぽしぽしと髪を掻く。
「彼女が『情報屋』なら、余計に連れ去る理由がなくない? 情報屋は情報対象の傍にいてこそ、だろ。今まで疑われた事もなかったなら、『役目』が終わっても消える理由がない。逆に、下手に消えた方が疑われる‥‥今みたいにね」
「どういう事ですか?」
 重ねて問うセナへ、フィルゲンは人差し指を振った。
「話を聞いた限りの、僕の印象だけどね。誘拐される理由も身を隠す理由も、彼女には見当たらない。殺される理由なら、あるけどね」
「それは‥‥?」
「口封じ、ですか」
 代わりに答える葵へ、脚本家は頷いて肯定する。
「ルーペルトの関与が前提だけど。それにイルマ君の件を見る限り、ルーペルトは誘拐なんて手は使わない。先方から来るよう、仕向けると思うよ。逆に手を下すと判断した場合は、大叔父さんの時みたいに‥‥」
 フィルゲンは言葉を濁し、部屋に沈黙が下りる。そこへ、看護士が顔を出した。
「すみません。外線が入っていますが」

●巻き戻し
 タイヤが悲鳴を上げて軽自動車は歩道に乗り上げ、衝撃でエアバックが飛び出した。
「外へ! 出来るだけ大通りから離れろ!」
 Cardinalの声に助手席からククが、後部座席からはサッケが扉を開けて車の外へ転がり出す。
 続いて脇へバイクを寄せたシヴェルも、すぐさまバックアップの為に二人を追った。
「やっぱり、居たか。だが街中で仕掛けてくるなんて、どういう神経だ」
 苦々しげに呟くシヴェルに、サッケは顔をしかめ。
「車、WEAに修理させるよう交渉かねぇ」
「そんな暢気な事、言ってる場合じゃないだろ」
 呆れ顔なシヴェルの一方で、ククは笑いを堪えながら走る。
 サーチペンデュラムでルーペルトの行方を探った結果、銀色の円錐は主にヘルシンキを示した。もう一つ、女医の方は全く反応がなかったが‥‥。
 だが街中での襲撃なぞ、普通はありえない。
 突然、上から落ちてきた一本の槍が、病院へ向かう途上だった軽自動車のボンネットに突き立ったのだ。
「車を止めようとしたか、直接サッケを狙ったか、どちらだと思う?」
 シヴェルが振り返って声をかければ、「判らん」と短くCardinalが答えた。
 人のいない路地を駆け抜ける四人の前に、翼を広げて竜の半獣人が降り立つ。
「ルーペルト‥‥!」
 見覚えのある相手に、Cardinalが喉の奥で唸る。
 突然の事に、ククがシヴェルとCardinalを交互に見た。
「ここで半獣化、するの?」
「どうするか‥‥参ったな」
 前方を見据えたまま、ギリとシヴェルは歯を噛み締める。
「でも飛ぶか、『光学迷彩』とかで‥‥何とか逃げて、皆に知らせた方がいいよね」
 自分が『戦力』としては及ばないと悟っているククは、彼女に出来る事を探る。が、行く手を塞いだ相手は肩を竦めた。
「ああ、安心してくれ。用があるのは、そこの男だけだからな。そいつを置いていくなら、逃げて構わない」
「おいおい、ご指名か?」
 おどけた風に片眉を上げるサッケに、シヴェルが苦笑する。
「何が目的だ」
 三人を背に庇うようにCardinalが立ち塞がり、疑問を投げた。
「彼女と、約束をしただけだ。俺達を助け、代わりに彼女を元の生活に戻す‥‥とな」
「元の、生活?」
 思わずククが、オウム返しに聞く。
「もしかして、その為にイルマの主治医だった医者を‥‥それだけでなく、マネージャーの彼も殺すのか?」
 用心深く様子を窺いつつシヴェルが尋ねれば、ただルーペルトは冷たい笑みを返した。
「周りにいる人達を殺し尽くして業を重ねて、そんなものが『元の生活』と言えると本気で思っているのか!?」
 拳を握り締めて、Cardinalが吼えた。
 ざわりと茶の髪が逆立つ様に揺れ、腕は毛に覆われ、獅子の尾が現れる。
 彼が臨戦態勢に移ったのを見て、シヴェルもまた身構えた。だが。
「逃がしてくれるってんなら、嬢ちゃんは行った方がいい。んで、赤毛の嬢ちゃんも念の為に付いてってやった方がいいな。分断する罠って可能性も、ある」
 ククとシヴェルを、サッケが促す。
「一人で大丈夫‥‥飛ぶから。後は、隠れるの得意だし!」
 背から薄黄色の翼を広げると、ククは地面を蹴った。
 羽根を打ってビルの間へ舞い上がる姿を、シヴェルは目を細めて見送る。
 路地を抜けると、その姿は屋上へ見えなくなり。
「いいぞ」
 ルーペルトの声がした直後、シヴェルは真横からの鈍い衝撃に叩きつけられた。
「ぐ‥‥っ!」
 呻きながらも目を動かせば、黒森の地下で見た『魔物』がすぐそこにいる。
「でぇりゃぁっ!」
 気合と共に踏ん張り、半獣化した腕の筋肉を隆起させて、シヴェルはソイツを押し返した。
 と同時に左手を翻し、忍ばせたスライスカッターの刃で斬り付ける。
 しかし、その手ごたえは浅く。
 代わりに鉄が錆びた様な血の匂いが、路地に広がった。
「サッケ!」
 獣化していなかった男が、シヴェルの足元へ崩れ落ちる。
 その気配を感じながらも、Cardinalは正面のルーペルトと側面の『魔物』を見据えたまま、動けない。
 ルーペルトが彼らへ向けた手には、炎が渦を巻いていた。
 そのまま睨み合う事、暫し。
 均衡を破ったのは、救急車のサイレンだった。
 近付く音にルーペルトは顔を顰め、その隙にCardinalが一気に距離を詰め。
 同時に、シヴェルも人の形に似た醜悪な蟲へ、拳を叩きつけ。
 炎と、力を削ぐ波動が、二人を襲う。
 次の瞬間。
 路地に、シャイニンググローブの放つ光が炸裂した。

●決心
「元の生活に戻りたいという気持ちは、確かに私の内のどこかにあります。でも戻れない事も、判っています‥‥ちゃんと。お祖父さんは死んで、家もなくなって、戻れる訳ないです‥‥」
 泣きじゃくりながら、イルマは八人の前で告げる。
「そんな『約束』、叶う筈ないって‥‥でも、それで皆さんをまた心配させるのも‥‥嫌で。だけど、カンテレも弾けなくなって、居られなくなる前に何とかしようってトゥーリッキ先生に相談して、でもそのせいで先生まで‥‥っ」
「いいよ。もういいから、イルマさん」
 混乱気味のイルマを抱き締め、背中を叩いてククが慰めた。
 肩に顔を埋めて嗚咽をあげる少女の髪を、恭司は優しく撫でてやる。
 先に『戦線』を離脱したククが真っ先に呼んだのは、WEAの救急車だった。それから仲間達へ連絡を送り、病院で顔を合わせたのだ。その一方で、襲撃現場周辺にはWEA名義で撮影の申請が警察へ出されていた。
 そしてサッケは命に別状はないものの、重傷となっている。
「シャノーさん‥‥私に戦い方を、教えてくれませんか?」
「ぴぇ? イルマ?」
 ひとしきり泣いた後、イルマが発した言葉にベスが目を丸くした。
「あの人と、ちゃんと話をしないと‥‥ですし。それに、カンテレが弾けない私が、『ここ』に居られる方法‥‥出来る事は、もう‥‥」
 いつになく険しい表情でシャノーが見つめれば、少女は決意した瞳で見返して。
 血の気を失って蒼白な顔色に、その緑の瞳は、異様に輝いてみえた。