ぎりぎりトラベラー!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/27〜10/29

●本文

●募集前夜
「‥‥ちょっと、行き先がローカル過ぎやと思いますが」
 紙束の端から上目遣いで覗くディレクターに、プロデューサーは椅子にふんぞり返ったまま、ふんと鼻を鳴らした。
「そのローカルさがエェんや。どうせ東京モンには、ここら辺の事も判らんやろ」
(「それはそれで‥‥」)
 自ら地方敗退を認めているんじゃあないかと、ディレクターは肉付きの薄い背中を丸め、心の中で嘆息する。その間にも、少し腹の出てきたプロデューサーの弁舌はまだ続いていた。
「何も知らん地方で、右往左往するタレント。そこで芽生える、地元民との触れ合い。汗と涙の先に待っている、暖かい温泉!」
 プロデューサーがぐわっと丸い拳を握ったところで、ディレクターは眼を瞬かせた。
「旅館、手配するんですか」
「勿論や。500円では、とうてい有馬までこれんやろうからな。旨い飯食って、温泉で汗を流してサッパリした絵があったら、旅館側もエェ宣伝になるやろ。但し、夜中に着いたら晩飯は抜きな」
「絵になる女性タレントが、くればいいですけどね‥‥」
 今度は「はぁ」と本物のため息を吐いて、ディレクターは紙の束を見やる。
 手にした紙束の一番上では、ポップな書体の文字が躍っていた。
『ぎりぎりトラベラー!』

●トラベラー募集!
『ぎりぎりトラベラー!』出演者及び同行スタッフ募集!
 朝9時30分にJR大阪駅前集合。番組趣旨説明後、10時出発見込み。
 旅費500円で有馬温泉駅まで行く事。
 現地までの交通費や食費全てを、500円でまかなう事。
 到着時間の期限は午後7時。それ以降に到着した場合は夕食なし。
 撮影終了後は、温泉旅館に宿泊していただけます。宿泊費は当方負担。

●今回の参加者

 fa0052 ザイン・グレイ(40歳・♂・竜)
 fa0368 御鏡 遥(17歳・♀・狼)
 fa0406 トール・エル(13歳・♂・リス)
 fa0836 滝川・水那(16歳・♀・一角獣)
 fa1010 霧隠・孤影(17歳・♀・兎)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1690 日向 美羽(24歳・♀・牛)
 fa1733 ウルフェッド(49歳・♂・トカゲ)

●リプレイ本文

●三々五々のスタート
「カメラの準備はOKですか? では、GPS携帯を渡します」
 大阪駅前の歩道橋で、細長いディレクターは段取りをつけていく。そして腕時計に目をやり、銀色の小笛を口にくわえた。
「では、有馬温泉で待っています。よーい、スタート!」
 ピー! と、街中にホイッスルが響いた。

 10月も下旬なのに、その日は暑かった。
「朝は冷えたんですけど‥‥ぽかぽか陽気でよかったです」
 果敢にも前夜(野宿で)一泊したらしい霧隠・孤影(fa1010)が、毛布を抱えて空を仰ぐ。ほぇんと幸せそうな横顔をカメラに収めつつ、日向 美羽(fa1690)も「ですね」と眼鏡越しに空を眺めた。
「お天気がいいと、行楽に行く人も多い‥‥と、いいのですが」
 純粋にヒッチハイクを狙う『天然ボケコンビ』は、まったりと陽光を浴びながら歩道橋を降りていく。

 また別の階段を降りたのは『美系年少組』。
 今回最年少参加のトール・エル(fa0406)が、端整な眉根を寄せて呟いた。
「何故、わたくしの様な高貴なものが、この様な仕事を請けてしまったのでしょうかしら」
「ね、トールさん。あっちの方が人通りが多そうだよ」
 トールの気持ちを知ってか知らずか、前方にカメラを向けた御鏡 遥(fa0368)が振り返り、私鉄のターミナル駅方向を指差す。

「ニライさーん。どこですかー!」
 滝川・水那(fa0836)は旅の相方を探していた。進行を任せたものの、ふと余所見をした隙に消えたのだ。
(「開始早々、番組を放り出すわけにはいきません」)
 改めて周囲を見回した時、ソースの匂いがふわりと漂う。気配に振り返ると、発泡スチロールの皿を手にしたニライ・カナイ(fa1565)がミナの肩を叩こうとしていた。
「ニライさん、よかった‥‥」
「半分こだ」
 安堵するミナに、ニライは真顔で手にした皿を突き出す。そこには、湯気をたてる丸い物体達。
「これは、たこ焼き‥‥」
「腹が減っては戦もできん。水那殿も遠慮なく食せ」
『名物食べ歩き隊』らしい、旅の始まりだった。

 最後の『熟練親父チーム』は、ウルフェッド(fa1733)の提案で金券ショップに立ち寄った後、徒歩で北浜を経て、重要文化財でもある中ノ島図書館を訪れた。
「残念ながら、館内は撮影不可で絵は撮れない。音だけだが、決まりなんで宜しく」
 念のための断りを入れて、ウルはレンズキャップを嵌める。
「じゃあ、早いトコ調べるか」
 ザイン・グレイ(fa0052)がピンクの入館証をひらひらと振った。
 運動靴にリュックという、ある意味重装備の二人は木製の階段を登る。

 なお各チーム名は、ディレクターが独断と偏見で付けたものである。

●美系年少組 VS 天然ボケコンビ
 様々なショップが並ぶ繁華街の大通りでは、遥がのびやかな歌声を披露していた。
 ここはストリートパフォーマーが多く、通行人も足を止める。中でも若い男を捕まえて、トールはヒッチハイクの交渉をしていた。
「キタに車でくる阿呆はおらへんで。タクシーですぐ渋滞するからなぁ」
 トールから強引にカメラを渡された男は、露出の多い服装の遥を舐める様に撮る。一通り満足すると、今度はトールにカメラを向けた。
 トールの白いふさふさした耳が、不機嫌そうにぴこぴこ動く。
「残念ね。さよなら」
 嬉しそうな男からカメラを毟り取ると、トールは遥に駆け寄った。
「ヨウさん」
 曲の終わりを見計らって声をかければ、遥は「はい?」と振り返った。肩を竦めて、金髪のツインテールを左右に振るトール。
「このあたり、ロクに車も持っていない連中ばかりよ」
「じゃあ、移動した方がいいかな。でもその前にトールさん、耳と尻尾は仕舞わないと」
「そうね‥‥」
 ダンスの為に半獣化していたトールは、残念そうに洗面所へ向かった。

 大阪では、手を上げれば特定の車がほぼ必ず止まる。
 少女は止まった車に張られたステッカーを読み上げた。
「初乗り運賃ろっぴゃくえん‥‥無理です」
「乗らへんなら、手ぇ上げてタクシー止めんなー!」
 捨て台詞と共にバタンとドアを閉めて、黒い車は走り去った。
 手を上げていた狐影は、「ごめんなさいです」と謝ってそれを見送る。
「う〜ん。大阪はタクシーだらけですね」
「みはさん。有馬温泉って、随分と遠いです」
「意外と近いですよ、狐影ちゃん。ちょっとでも歩いて距離を稼ぎましょうか」
「はぁい、です。あ、あそこに川と看板が。大川、かっこ、旧淀川、かっことじる。です」
 遠くには、大阪城が見えていた‥‥有馬温泉とは逆方向である。

●熟練親父チーム VS 名物食べ歩き隊
 年長者二人組は電車で六甲道駅にきていた。
 ここからヒッチハイクか、徒歩で六甲山を越えるのだ。念入りな下準備と調査は、さすが年の功。
「有馬まで行きたいんだが、よかったら乗せてくれねぇか?」
 駅北側のロータリーで、ザインは時折停車する車に声をかける。が、外国人を見て慌てて車を出す者も少なくない。
「なかなか難しいな」
 ザインの苦心にカメラを向けていたウルは、手持ちのノートPCを開いて地図をチェックする。歩くべきかと思案すると、不意に肩を叩かれた。
「さっきから見とったけど、あんたら有馬に旅行か」
 見れば、年配の路線バス運転手が缶珈琲を二本差し出した。
「ああ、実はあまり金が使えなくて」
「ほー‥‥あぁ、きたきた。おーい、にーちゃん」
 丁度ロータリーへ止まったマイクロバスを、彼は手を振って呼ぶ。その間に、ザインがウルの傍らへ戻ってきた。
「どうした?」
「いや、よく判らん」
 運転手と話していた年配の男は、「おーい」と今度は二人を呼ぶ。
「この時間、泊まりの客も少ないんや。上まで乗せてもらい。そこから有馬まで歩いたらええ。どうせあんたら、山登るつもりで来はったんやろ」
 マイクロバスの車体には、『六甲ホテル』のロゴが貼られていた。

「いらっしゃいませ!」
 南京町の中華料理屋では、入ってきた客に明るい水那の声が応えた。
 表ではチャイナドレスのニライがほんのり頬を朱に染め、カメラ片手に妖艶な仕草で店員に教わった中国歌謡を歌う。事実、彼女は酔っていた。酔拳ならぬ、酔歌状態である。
「滝川水那妹妹、ニライカナイ妹妹。賄いどーぞー」
 客のピークを越えたところで、中国人の店主が昼食を進めた。
 名物食べ歩き隊の二人は、北新地の料亭へ酒を卸しにきた『蔵元の名前付の車』を捕まえ、灘まで移動。酒造資料館を巡り、試飲会で主にニライが意気投合した観光客に頼み込んで、三ノ宮まで来たのだ。
 三ノ宮から元町まで歩き、目に付いた中華料理屋に飛び込む。昼のピーク間にバイトをするという条件で、漸く遅い昼食にありついたのだった。
 賄いの麻婆かけ炒飯を頂きながら、水那は家族やジムの仲間にも食べさせたいなぁと、ぼんやり思う。隣のニライは黙々とレンゲを動かすが、時々目を細めているあたり味には満足しているのだろう。
「ニライさん。この後、どうします?」
「‥‥南京町を散策して、ヒッチハイクを探そう」
「はい!」
 元気よく返事をして、水那は一口炒飯を頬張った。

●ゴールに辿り着いたのは
 有馬温泉駅構内の喫茶店で、ノートPCを操作していた細長い男は嘆息した。携帯電話を取り出すと、短縮番号を押す。
「あ、間に合わへんのがおるから、拾ってくれるか? 場所は判るやろ。うん、すまんな、よろしゅー」
 用件を済ませて電話を切った男を、店員が咎める目で睨んでいた。

 六甲から滝川ぞいに山を降りてきた男達は、近代的な外見の有馬温泉駅を見上げた。
「どうやら、一番手で着いたようだな」
「天気も良かったし、もっとのんびりした方が良かったか?」
 ホテルからスキー場を通り、山中へ入ったザインとウルは楽々ゴールへと辿り着いた。途中で獣化した二人には、山間道も大した行程ではなかったようだ。
 二人を見つけたディレクターが、急いで駅から出てくるのが見えた。
「ディレクターさんよ。次はもう少し、骨のある企画にしてくれよ」
 時計の針は、18時を指そうとしていた。

 細い坂道を、ふらふらと黒いセダンが進んでくる。
 とろとろと走るのが我慢できないのか、小柄な人影がドアを開けて飛び降りた。
「ご苦労様。用は済んだわ」
 それだけ言って、トールはバンッと思い切りドアが閉める。
「送ってくれて、ありがとう」
 反対のドアから降りた遥が、車の持ち主へフォローの笑みを浮かべる。
「うわー、ごめんなさいーっ」
 トールが街中で捕まえた気の毒な青年は、泣きながらよたよたと車を引き返していった。

「え? 駅がゴールだったんですか?」
 南京町で再びはぐれたりと一悶着あった水那とニライも、何とか有馬温泉に着いていた。ただし、駅ではなく宿泊予定のホテルに、である。
「放送はされるのか」
 詰め寄るニライに、ディレクターはカクカクと頷く。
「します。睨まなくても、しますってば」
「やったー! じゃあ、お土産買いに行きましょう」
 ニライの腕を取って、水那は土産屋へ走っていった。

 迎えにきたADの車の中で、歩き疲れた孤影は美羽にもたれて眠っていた。
「温泉、おんせーん‥‥」
「はいはい。ちゃんとADさんが連れて行ってくれますからね」
 孤影の寝言に美羽が答えると、安堵したのか少女はふにゃと微笑む。
 高速道路を走る車の窓へとカメラを向ければ、神戸の街明かりが輝いていた。