とおく天とどかぬ唄ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 5.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/29〜07/31

●本文

●因縁
「つまるところは復讐、なのかな‥‥他人の可能性も、もちろんあるんだけど」
『はい。確かに、特に珍しい姓ではないでしょうから、いかんともし難いところです』
 電話越しの執事の言葉に、フィルゲン・バッハが考え込んだ。
「黒森の遺跡で、『魔族』を手にして‥‥復讐?」
 呟きながらトントンと、手にしたボールペンで彼はメモ用紙に点を打つ。いろいろと思考をめぐらせるが、どうしても違和感を覚えずにはいられなかった。
『如何されましたか?』
 長い沈黙に心配したのか、執事の問う声が耳元で響く。
「あ、え〜っと‥‥大叔父さんにはこの件は、もう報告した?」
『はい。現状では、静観されるようです』
「静観、ねぇ」
 今度は頭を左右に振って、フィルゲンは溜め息をついた。
 いいように利用されている感をひしひしと感じてはいるが、だからといって現状で手を引くのも気が引ける。
 そこへ、短い電子音がメールの到着を伝えた。
 受話器を肩で挟みながら、フィルゲンが手を伸ばしてマウスを操作し、メールを開く。
「‥‥なんだ、これ」
 無題のメールの内容は、詩のような文章の羅列だった。

『 天に在る巨人は 起きた事と起きる事を全て知る
  彼の者は 天より常に地を見下ろす
  彼の者は 炒りし麦穂で壷を満たし
  樹木の土にて 幾度も育てる
  彼の者は 生まれ出づる事を知らず
  老いも知らぬ
  畑のひと束は、彼の者の馬のために
  そして 彼の者の心を得るために
  薊と茨の飼葉を持ちて 次は良き麦を賜れ 』

「‥‥確か、『歌』でジークフリートが討たれたって言われる場所って‥‥オーディンヴァルドだっけ?」
『そのように記憶しております。ただその泉は現在、四箇所ほどございますが』
「ハッキリしてないからね‥‥もっとも、その場所が目的地とも限らないけど。あと、あの子を連れて行くかどうかも、難しいところだし‥‥」
 検索したドイツ南西部の地図をブラウザで表示させながら、フィルゲンは呻いた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3736 深森風音(22歳・♀・一角獣)
 fa5662 月詠・月夜(16歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●出発点
 ラインを望む街ヴォルムスは、オーディンヴァルトを西から東へ横切るニーベルンゲン=ジークフリート街道の出発点である。5世紀にはブルグント王国の首都として栄えた古都から始まって、街道はロルシュで分岐。ニーベルンゲン街道は北寄り、ジークフリート街道は南側のルートを通り、同じ終着点のヴェルトハイムへ至る。
「これで全員、か」
 シヴェル・マクスウェル(fa0898)が、揃った顔ぶれを見回した。
 集まった八人とフィルゲン・バッハに加え、友人達から連絡を受けたイルマタル・アールトの姿もある。
 一行は四箇所の泉を回るため、二手に分かれる事となっていた。
 Cardinal(fa2010)と相沢 セナ(fa2478)にフィルゲン、そして深森風音(fa3736)と月詠・月夜(fa5662)の5人で1組となり。
 シヴェルとベス(fa0877)、シャノー・アヴェリン(fa1412)、イルマ、それに早河恭司(fa0124)でもう1組を作る。
「ぴ? 恭司さん、か弱い女の子ばっかりだし、ボディガードよろしくね!」
「‥‥よろしく、お願いします‥‥」
 明るいベスの調子に合わせてシャノーも頭を下げれば、当の恭司は苦笑しきりだった。
「ボディガードって‥‥いいけどね、別に」

「例の泉で一番近いのは、ヴォルムス近郊だそうだ」
 ガイドを確認したシヴェルに、思案顔のCardinalが地図を広げて確認した。
「ルート的にはジークフリート街道の方が長いから、ニーベルンゲン街道側がそちらへ行った方がいいか?」
「ニーベルンゲン街道が約110kmで、ジークフリート街道は約150km‥‥まさか、歩いて行きませんよね」
 少しばかり不安そうなセナへ、すかさずフィルゲンが胸を張る。
「それだと、僕が『ゴール』までもたない自信がある」
「ダメだろ、それは」
 やれやれと風音が苦笑しながら、首を横に振った。
「ま、泉までは直接車も入れないから、そこは歩くけど」
「えーっと‥‥人目は多いです?」
 尋ねる月夜へ、「多いと思うよ」とフィルゲンは即答する。
「それなりに知れた、ハイキングコースだからね。泉だって、観光名所化するために名乗りを上げてるんだし」
「では、行くか。何を考えているか判らんが、時間が惜しい」
「あの‥‥もう、分かれるんですか?」
 地図をたたんだCardinalに、月夜は二組に分かれる者達をキョロキョロと見比べた。
「ああ、そうだが?」
「ベスさんやシヴェルさんに、色々と話を窺いたいのですが」
「じゃあ、彼女達と行動した方がいいんじゃない?」
 指差すフィルゲンに、月夜は表情を曇らせる。以前、ネッカー川の畔にある古城へ赴いた際、『黒森遺跡』での経緯の纏めと内容の配布を申し出て、フィルゲンの機嫌を損ねた事を彼女は気にしていた。
「もしかしてフィルゲンさん、まだ怒ってます?」
「怒ってないし、ソレとコレとは話が別だから。ここでじっくり話をして、ルーペルトの後手に回るより、時間を有効活用しようって話なだけだよ」
 苦笑するフィルゲンは、肩を竦め。
 結局、月夜はベス達と行動を共にする事となった。

●泉を巡って
「これが‥‥泉?」
「の、一つだな」
 苔の生えた石積みを前にして呟く恭司に、シヴェルが言葉を付け加える。
 五人は、ヴォルムスからライン川を越えた先にある『ジークフリートの泉』へ来ていた。
 立ち並ぶ木立の中、片方が開いたすり鉢状に組まれた石積みの真ん中辺りから、ちょろちょろと水が流れ落ちている。
 水が落ちる先には、受け皿のように上面がくり貫かれた岩が置かれていた。岩の皿に溜まった水はそこから溢れ出し、組まれた岩の間へとしみ込んでいく。
 湧き水の流れ出る真上の岩には、飾り気のない鉄製のプレートが、はめ込まれていた。プレートには、ドイツ語でこう刻まれている‥‥『ここが、ジークフリートの暗殺された泉である』と。
 歩いて街道を辿る人々は泉に立ち寄り、これから先に備えて一休みをしている。
「ぴゃ〜、冷た〜い! 気持ちいいから、イルマもおいでよ」
 流れ落ちる水を両手で受け止めたベスが、はしゃいで友人を誘った。
「私は‥‥」
「‥‥時には、息抜きも‥‥大事です‥‥」
 緊張気味に戸惑うイルマを、シャノーが促す。
「水中を撮影するほど、水深はなさそうですね」
 用意した水中カメラを岩の上に置いて、月夜は溜まった水を覗く。岩の皿には澄んだ水が溜まり、窪みの底まで見えていた。
「で、どうしたものかな」
 腕組みして木立を見回すシヴェルに、恭司もまた考え込む。
「う〜ん‥‥ニーベルンゲン街道の、もう一つの泉は?」
 彼の言葉に、シヴェルがガイドを広げてページをめくった。
「ラオタータールの近くにある、フェルゼンメーアの傍だそうだ」
「そこも、こんな感じの泉なんでしょうか」
 月夜の問いに、ガイドを閉じたシヴェルは赤い髪をかき上げる。
「それは、行ってみないと判らないな」
「じゃあ、そっちにも行ってみようか。月夜に限らず、道々話したい事もいろいろ‥‥あるだろうしね」
 意味ありげに恭司はシヴェルを見、それからイルマへ視線を向けた。

「そういえば、類友の相方さんはお元気ですか? もふゲンさん」
 歩きながらセナが言葉をかけると、「お陰様で」とフィルゲンは笑う。
「ところで、届いたメールに書かれていた内容ですが‥‥あれは、『オーディンへの唱え詞』ですよね。次の年の豊穣を願って、供え物を捧げる時に唱えるそうです。ただ、歌う習慣は絶えているようで‥‥今では、北ドイツの農民が伝え残しているくらいだとか。
 送り主は、もふゲンさんへ何か供え物でも? ‥‥不吉な。そう単純に解釈するならば、相手は見返りを要求しているって事ですよね」
 セナの推察に、困った表情でフィルゲンが嘆息した。
「見返り‥‥といっても、僕には交渉できる事はなさそうだけどね」
「メールの送り主は、判ったのか?」
 尋ねるCardinalにも、唸って彼は首を振り。
「ウィルスやスパムメールと同じだね。幾つものルートを通して、本当の発信場所を隠してる」
「じゃあ、ますます怪しい訳だね。だけど、『何』を探せばいいのやら‥‥」
 ぼやく風音も手にゴーストファインダーを使い、何かの手がかりのような物が得られないか探していた。
 ジークフリート街道のモッサオタールとグラゼレンバッハの中間にある、シュペッサルトコップ。そこにも、『ジークフリート落命の泉』がある。
 森の中の泉は、岩清水の落ちる小さな水場だった。
「これが、泉か」
「日本人なら、お供えに硬貨を置くところだね」
 小さな案内板をCardinalがしげしげと眺め、泉へ近付いた風音は冷たい水に手で触れる。
「供え物、か。といっても、ルーペルトは日本の風習とかは詳しくないだろうし‥‥って、ちょびゃぁっ!?」
 考えを巡らせていたフィルゲンの首筋へ、適度に湿らせたハンカチを風音がぴったりと押し当てていた。
「そんな、思いっきり奇声を上げなくてもいいのに」
 硬直したフィルゲンの反応に、風音は面白そうにくすくす笑った。
「それにしても、緑豊かで落ち着いた場所ですね。こんな用件でなければ、ゆっくり散策したいところです」
 行き交う人々から少し離れ、緑の森を見回していたセナが目を細める。
「この辺りは、保養地も近いからね。水も綺麗だから、モッサオタールにはビールの醸造所もあるし‥‥って、今回は寄らないけどね! ホントに、寄らないよ!?」
 その『観光解説』に疑惑の視線を投げられたフィルゲンは、慌てて全力で主張した。

 四つの『泉』−−どれも岩の間から湧く小さな泉−−を回った者達は、終点であるヴェルトハイムで顔を合わせる。
 そしてどちらの『泉』にも、異常がない事。互いに何の成果も異常もなかった事を報告しあった。

●謎掛けと謎解き
「ところで‥‥今回の『泉巡り』とは別に、イルマに話したい事があるんだけど」
 思い切った様に、改まったベスがイルマへ口を開いた。
 話題は、先日のルーペルトの部屋で発見された『報告書』についてだ。そこに記された「J.アールト」が『誰』なのか、心当たりがないかを、ベスは同じ姓を持つイルマへ尋ねてみる。
「お父さんの名前とかだったり、しない?」
「いえ。すみません‥‥判りません」
「判らない?」
 首を横に振る少女に、引っかかるものを感じてCardinalが聞き返した。月夜は黙って、話の流れを見守る。
「はい。父も母も、私が小さい時からいなかったので、ほとんど覚えてなくて‥‥お祖父さんに聞く機会もなくて。だから、名前も知らないんです。私とお祖父さんと、数頭のトナカイと、たまに会うイナリの人達。それが、私の世界の全部でしたので‥‥あの時まで」
 少し目を伏せながらも、イルマは淡々と続ける。
「それに‥‥よくある姓ですから。『アールト』は」
「‥‥となると‥‥戸籍でも、調べます‥‥?」
 ぽつりぽつりと、シャノーは考えながら言葉を繋いだ。
「ところで、イルマ。一つ聞いていいかな」
 話の流れが切れたを見て、おもむろに恭司が切り出す。
「よければ、戦う事に決めた理由を‥‥ちゃんと聞いてみたいなって、思ってね」
「それは‥‥もう、昔の生活には戻れませんし。『ここ』に居ようとするなら、少ないながらも私に出来る事をしなくちゃ‥‥ですよね」
 右腕を左手でさする様に押さえて、彼女は静かに答える。
 それは言葉を抑えたものではなく、酷く感情の薄い声だった。

「あれ? もふゲンさん、出かけるんですか」
 一人、支度をしてフロントと話すフィルゲンの姿を見かけて、セナが声をかける。
「その‥‥もふゲンって、いつまでもふゲン?」
「いつまでもです」
 いい笑顔で即答したセナに、がっくりとフィルゲンは肩を落とした。
「それより、一人でお出かけです?」
「うん。何か集まって真剣な話をしてるみたいだし、個人的に気になる事があってね」
「私は手が開いていますし、お付き合いしますよ。何かあってからだと、遅いですし。少し、待っていてもらえますか?」
 念を押したセナは、踵を返して急いで部屋へ戻っていく。その背を見送りながら、小さくフィルゲンは嘆息した。
「まーたそんな、縁起でもない事を‥‥」

 ヴェルトハイムから、バスでニーベルンゲン街道を西へ戻る。
 フィルゲンの同行者はセナの他に、イルマとの話に加わらなかったシヴェルと風音が増えていた。
「移動の間に、聞いていいか? 執事に聞いてもらったお陰で色々と判った事もあるし、整理したいんでな」
 フィルゲンの隣に座ったシヴェルは、彼女の要望に相手が頷くのをみてから、順を追って辿り始めた。
「ルーペルトが『古き竜』から放逐されたのは、例の『報告書』のNW事件が起きた頃と同じ頃。WEAに確認した話だと今から、6年‥‥くらい前か。原因はルーペルトの『嗜好』と、ニーベルンゲンの伝承に深入りしたから、なんだよな」
「うん。ただ見方を変えると、『報告書』の一件を邪魔したのがルーペルトなら、責を問われた末の処分だった可能性もある。その辺の真意は、僕じゃ判らないけどね。大叔父さんと大叔父さんに近い人じゃないと」
「ふむ‥‥」
 指を組んで唸ったシヴェルだが、それは置いて続きに戻る。
「それで1年ほど前から、直接『黒森遺跡』にちょっかいを出してきた、と。5年程、空白時間があるんだな‥‥それで、『古き竜』がルーペルトを『堕落者』だとしたのは?」
「大叔父さんは、ルーペルトに襲われた時に確信したみたいだ。だから、半年ほど前になるかな」
「そうか。ありがとう」
 礼を告げて、シヴェルは頭の中で詳細を組み立て始めた。その間に、後ろに座っていた風音が、フィルゲンの座席の背に手をかけ、身を乗り出した。
「それで、気になる事っていうのは、何だい?」
「うん。例の『唱え詞』なんだけど‥‥ミヒェルシュタットって街が、ニーベルンゲン街道にあるんだよね。そこはオーディンヴァルトの中心にあって、森で最初に人が住み着いた場所なせいか、『オーディン森の心』とも呼ばれてるんだ」
「心‥‥」
 セナは呟き、やがてバスは木組みの家の立ち並ぶ、中世の空気が漂う町へ着く。

「そろそろ、来る頃だと思っていた」
 バス停に近いカフェで、ルーペルト・バッハは寛いでいた。
「折角だし、何か食べるか?」
「遠慮しとくよ。気分じゃないからね‥‥で、回りくどい方法で呼び出した理由は?」
 単刀直入に切り出すフィルゲンに、『堕落者』は肩を竦める。
「あの子も来ているんだろう? 一緒じゃないのか」
「黒森で望むモノを手に入れただろうに、何故まだイルマさんを?」
 逆に問う風音へ、ルーペルトはカップを傾けた。
「用事が増えてな。もっとも、今はあのオーパーツもまともに使えなさそうだが」
「誰のせいなんだか」
 固い笑みでシヴェルが嫌味っぽく言えば、「全てが俺のせいか?」と涼しい顔が返ってくる。
「誰のせいかはともかく、黒森の遺跡を壊したオーパーツを使わせて、今度は何を壊す気だよ」
 溜め息混じりで、フィルゲンは話を引き戻す。
「安心しろ。今度は壊しはしない、呼ぶだけだからな。だが使えないとなると、他に使い手を探さなければならないが」
 カップを干すと、ルーペルトは硬貨をテーブルに置き。
 立ち上がった相手に合わせて、シヴェルが行く手を塞ぐように動いた。
「‥‥いい事を一つ、教えようか。『魔族』は、いつでも現れる事ができる。獣人の様に、面倒な人目も気にせずにな」
 睨み合う沈黙を、行き交う人々の声が埋める。
 仕方ないという風に折れたシヴェルは、相手を睨みながら退き。
 悠然と人の間に消える背中を、四人はじっと見送った。