EtR:惨劇の予兆ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 5Lv以上
難度 普通
報酬 24.9万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 08/01〜08/04

●本文

●集まる影
 それは、奇妙な現象だった。
 どこから逃げたのか、大型犬や荷運び用のロバの大型家畜が。
 あるいは、通常ならばこの地域ではあまり見られぬような、鹿や山羊といった野生動物が。
 そして平時ならもっと低い高度に生息する、鷹や鴉といった鳥の類が。
 オリンポス山と、それに連なる峰々のあちこちで次々に目撃された情報が、監視所にやってくる補給隊からもたらされた。
 異常気象が原因か、それとも何かの異変の起きる前触れか‥‥登山客や人足として仕事をする人間達は、不安げに憶測を交わす。

 しかし当然の事ながら、獣人達の反応は人間達とは違っていた。
 監視所より連絡を受けたWEAギリシャ支部は、「遺跡近辺よりガスが発生した」と理由を付けて行政に働きかけ、一時的な閉山と現在登山中の一般人の下山誘導を依頼した。

 一方の監視所では、監視の任につく係員達の間でも「第五階層の先を前に、足踏みをするのは‥‥」という意見も強かった。だが、かといって監視所が再び壊滅的状態に見舞われる可能性を放置する訳にもいかない。
 最終的に、探索の続行を一時保留として状況の様子を見、あるいは起こりうる襲撃に備える事を決定し、それに備える者達を募る。

 それらの要請や準備の間も、原因不明の動物達の『包囲網』は、徐々に監視所へ迫りつつあった‥‥。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0892 河辺野・一(20歳・♂・猿)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1634 椚住要(25歳・♂・鴉)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

●留まるべきか、退くべきか
「話を聞く限り、少なくとも『一般的な』動物の行動とは思えねえわな‥‥これは」
 椅子に座って足を組んだヘヴィ・ヴァレン(fa0431)は、唸りながら茶の髪をガシガシと掻いた。
「だとしても、これがNWの影響によるものだとも言い切れませんし‥‥確か、NWに感染した動物は話ができないとか、人格が変わるようにNWっぽく言っている事が変わるはずですので、まずそこを確認する事が先決でしょうか」
 思案しながら言葉を選ぶ河辺野・一(fa0892)に、早河恭司(fa0124)と燐 ブラックフェンリル(fa1163)は顔を見合せ。
「集まってくる動物の中に、狼は‥‥いないだろうね。さすがに」
「うん。それはそれで、大騒ぎになりそうだよね」
「虎も‥‥いそうにないな。動物園から、逃げでもしない限り」
 早切 氷(fa3126)もまた、眠そうに欠伸をしながら、ずり落ちそうな姿勢で椅子の背へもたれていた。
「それを言うと、竜なんか‥‥なぁ」
「確かに、そうよね」
 苦笑するヘヴィに、富士川・千春(fa0847)もくすりと笑う。
「それで、どうするの? まずは、動物達が感染しているかどうかを確認してくる?」
「報告には、鴉や鷹も目撃されたそうですね」
 相沢 セナ(fa2478)が鷹の獣人二人を見やった。
「そうだな。空が飛べる分、一番機動性があるのは俺達になるか。一般人の入山が禁止されたなら、目撃される危険も少ないだろう」
 顔ぶれを再度見回しながら、御鏡 炬魄(fa4468)が考え込む。
「お願いします。こちらも『異種獣話』がありますので、監視所の付近でも何らかの動物と接触できれば、確認してみますね」
 一の言葉に、翼を持つ者達が頷いた。
 この場に揃った九人のうち、五人が空を飛ぶ事ができる。全員が監視所から離れてしまうより、飛べぬ四人は警戒と襲撃に備えた準備をした方がよいだろうと。
 それが、集まった者達の方針であった。
「ぴ〜‥‥でも、ここの襲撃じゃなくて、あたしはもっと大変な事が起きる気がするの。もしかして、NWに感染した動物が遺跡に戻ろうとしてるとか‥‥?」
 不安げなベス(fa0877)の意見に、セナも「そうですね」と賛同する。
「これまでにも何度か、NWが遺跡へ向かおうとするケースはありましたし‥‥可能性は0ではないです」
「だが、監視所が襲われたケースもある」
 渋い表情で、ヘヴィは窓の外へ目を向けた。ここからは見えないが、監視所の傍にはごく小さな『慰霊碑』が作られている。
「偵察は探索系能力のある人で、ちょっと多目の人数で状況を掴んで、アドバンテージを稼ぐ。その間に、万が一撤退するようなことがあった場合に備え、数人は退路の確保‥‥でしょうか」
「え‥‥逃げるの?」
 意外そうな表情で、千春が一へ問い返す。
「最悪のパターンは、考慮しといた方がよくないか? 接近して襲う気なら、その時点で襲ってくるだろうし‥‥その辺は動物と接触する人も、注意しないといけないだろうが」
 大きく手足を伸ばして全身で欠伸をした氷は、もそもそと椅子に座り直した。
「相手の数と質によっては、戦って撃退するのも考えていいだろうけど、俺としては『三十六計逃げるに然り』になる可能性が高いかなぁと。こんなとこで『有名人ご一行様が集団失踪!?』なんて記事になるのだけは、なんとしても避けたいトコだしね。職員さん達も、無事に返してやんないとだし」
「そうだな。高をくくって、無駄に犠牲者を出したくないモンだ」
 ふっと、ヘヴィが嘆息し。
「ぴ〜。あたし、くくられるの?」
「それ、意味が違うから」
 真顔でボケるベスに、恭司は手を横に振った。

●包囲
 翼を広げ、空へと飛び立つ。
 ベスとヘヴィ、炬魄が一組となって鷹を探し。
 セナと千春は二人、鴉と、報告にはなかったがいるならば蝙蝠を探しに向かった。
 二手に分かれる者達へ、燐が大きく手を振る。
「動物が、NWでないのが‥‥一番いいんだよね」
 遠のく仲間たちの後姿に小さく呟く彼女の頭へ、ぽんと氷が手を置いた。
「それでは、念の為に逃げ出す準備を手伝っておきましょうか」
「ああ、それなら‥‥」
 踵を返す一を、恭司が呼び止める。
「俺や燐がそれを手伝って、一や氷は外を見張っていた方が良くないかな。二人は目がいいし、音は‥‥ここは静かとはいえないからね」
「うん。氷さんが見張ってるフリをして、サボって寝てないかも見張って‥‥って、いたいいたい、いたいよ氷さーんっ」
 助言する燐に、氷は彼女の頭へ置いた手へ力を込め。
 そんな『微笑ましい光景』に、思わず一と恭司は笑う。
 過去の襲撃を踏まえ、背後の監視所は『補強』作業が続けられていた。

 地上に注意を払いながら、空の影を探す。
 遺跡や監視所の付近は岩場が多く、そこから山を幾らか下った辺りでは木々が緑を茂らせている。
 オリンポス登山の拠点となる山小屋はその緑の中に立っており、動物達も岩場までは山を登ってこないのが普通だ。
 だが険しい山の斜面、あるいは登山道に、頂上を目指す影が幾つも動いていた。
「ホント、おかしいわよね。あの動物達にNWが感染しているなら、これも始皇帝陵にいた白いNWが率いてたりするのかしら」
 眼下の動物達の姿の中に千春が特異な影を探すが、セナは何か引っかかるのか考えに沈む。
「どうでしょう。動物の移動は広範囲に及んでいるようですし、白いNWはそんな広く、遠い範囲にまでNW達に指令を出すような力を、持っているんでしょうか?」
「その辺は、判らないわ。以前にトウテツと現れた時は、NWの群れと一緒に街までやってきたから‥‥あら、あれじゃない? 鳥がいるわ」
 岩場に止まって羽根を休める六羽ほどの鳥の影を見つけ、話を中断した二人はそちらへ向かう。

「ぴ? やっぱり、変だよね。皆、同じ方向に向かってるし‥‥近くに犬とかいたら、野生の鹿とか山羊とか逃げないのかな?」
「その辺りは、どうだろうな。ただ、これだけの動物が同じ一点を目指す事に、違和感を感じるという事には、俺も賛成だ」
 首を捻るベスに、炬魄もまた油断なく地上を見下ろす。
 彼の知覚では捉えきれないが、ベスとヘヴィは『望遠視覚』を有している事もあって、動物達の様子をつぶさに観察していた。
「互いに警戒する様子も、全くないな。同種でも縄張り意識が強いヤツは、雄同士でも近付かないとか、あると思うが‥‥威嚇や敵対するような行動も、見えない」
「うん。変だよね」
 ヘヴィの言葉に、ベスも感じる違和感を繰り返し。
 やがて、岩場に『眷属』の姿を見出した。
「ぴ〜‥‥鷹、見っけ。あっちにいるね」
「とにかく、行ってみるか。だが、不用意に地上に近付くなよ」
「うん」
 ライフルを携えたヘヴィに頷き、三人は鷹がいる方向へと飛ぶ。
 獣人達を見つけると、岩の上にとまっていた五羽の鷹のうち一羽が、威嚇する様に翼を広げた。
 それが、きっかけであったかのように。
 鷹達の姿が、見る間に『変容』していく。
 羽毛に覆われていない足が、虫の外骨格のような硬い表面に変わり。
 あるいは背が真ん中から左右に弾け、そこから甲殻がのぞく。
 だが周りの動物達は、そんな鷹の『異変』も我関せずといった風に、山を登る歩みを止めず。
「やはり、おかしいな。普通の動物なら、NWの変質に驚いて逃げ出しても、おかしくない状況だというのに」
「ああ‥‥くるぞ」
 飛び立った五羽の鷹だったモノは、真っ直ぐ三人へと向かってくる。
 急いでベスはバトルガントレットをはめた手で二人の男の頭に触れ、『幸運付与』をかけた。
「強さは判らんが、無理はするな」
「うん!」
 警告するヘヴィに、少女は力強く答え。
 ベスと炬魄が鷹から実体化したNWと交戦する間に、ヘヴィは監視所へ、そして別行動を取る仲間へと、意識の内で呼びかけた。

 ヘヴィから知らせを受けた千春の目の前でも、彼らと同じような事が起きていた。
 鴉達と接触しようと近付いたセナの前で、鳥達はその姿を異形へと変質させ。
 岩場から飛び上がった蟲達を牽制するように、千春はDRACトンプソンM1の引き金を引く。
 響く銃声にも、他の動物達は逃げる事無く、変わらずに山を登り続け。
 その行動に、目の前で起きている事が「できればそうであってほしくない、最悪の事態」である事を、認識させられる。
「こちらの方が数が少ないですし、無理をしないで下さい。あの動物達が全てNWなら、地上に降りるのは危険です」
「ええ。判ってるわ」
 迫る鴉だったモノ達に千春は弾丸をバラ撒き、接近を妨げた。
 いったん距離をとったNWは、左右に回り込むように分かれる。
 それを見た二人は、視線を交わして互いに頷き合う。
 そして、ひときわ力強く翼を打つと。
 囲まれる前に、急ぎその場から離脱した。

●脱出
 動物達と接触に向かった者達が戻る頃、監視所内では慌しく係員達が動き回っていた。
 NWが感染しそうな物や、今まで監視していたデータなどをまとめ、監視所を離れる準備に追われているのだ。
「おかえり。無事でよかったです」
 怪我もなく戻ってきた者達に、ほっとした表情をみせて出迎えた一へ、セナは苦笑いを返した。
「状況は、あまりよくないですけどね」
 やや遅れて戻ってきた三人も、監視所の周りを軽く一回りし、NWがまだ監視所へ迫っていない事を確認してから地上に降りる。
「お疲れ様。白いNWは、見当たらなかったわ」
「うん、こっちもいなかったよ」
 千春の報告に、ベスも見た限りの出来事を話した。
「それで‥‥どうするんだ? あれだけ全部がNWだと考えて、間違いないとして‥‥数も10匹や20匹どころじゃないぞ」
 ARASHIを背負ったヘヴィが、改めて仲間たちの顔を見回す。
「ひとまず、係員の人達には撤退の準備をしてもらっています。壊れた物は修理も出来ますが、失われた命は取り返せませんしね‥‥」
 しみじみと、一は後ろの簡素な建物を振り返り。それから、仲間たちへ向き直る。
「いま氷さんが、『突破口』を探しに行っています。包囲の薄いところから、皆で逃げる方向で。NWが監視所を襲う気なのか、単に遺跡を目指しているだけかも、判りませんから」
「では、荷造りを手伝うとするか。必要ならば飛べる者で荷物を運んで、地上の者の足を軽くする事も出来るしな」
 大きな鎌を担いだ炬魄が、慌しく係員が立ち動く建物の中へと入っていった。

「本当は、輸送用のヘリかなんかで迎えに来てもらえるといいんだがな」
「ヘリは‥‥目立つだろうし、沢山の人も乗れないしね」
 憂鬱そうなへふと溜め息をつく氷に、手を休めず恭司が答える。
「包囲を突破して、離れて様子を見て、何もなかったらすぐ監視所に戻るから‥‥あんまり離れない方がいいとか。あ、他に隠しとくものある?」
 雑誌や新聞を揃えた燐が、胸に束を抱えながら二人へ確認した。
 重要な資料は、持ち運びのできる保管庫に入れて持ち出し。
 重要でない資料は、情報体が潜伏しないよう、厳重に監視所内部で隠す。
 監視所の係員に、過去の襲撃を知らぬ者はなく、襲撃の可能性が具体的になってくると彼らは迅速に動いた。
 脱出するのは、見通しのいい昼の時間帯。
 山小屋近辺まで山を下って様子を見、問題がなければ監視所へ戻る事になっている。
「手帳のデータと、各階層の調査書のデータ。これまでに遭遇したNWの、報告書に‥‥避難の準備が終わったら、発電機を落としていくだよね」
「うん。ここの回線を通して移動されるのも、また厄介だからね」
 燐に答えながら、恭司は必要なデータを収めた保管庫に鍵をかけた。

「では皆さん、はぐれない様にして下さい」
 セナが声をかければ、監視所にいた20名ほどの係員が頷いた。
 彼らが持っていく物は、最低限の水と食料と、データが入った保管庫のみ。
「私達が突破口を作るから、道が出来たら駆け抜けて」
 千春はSMGにマガジンを差し込み、安全装置を確認する。
 ヘリなどの支援が出せない代わりに、弾薬とある程度の薬の負担はWEAが請け負っていた。
「じゃあ、いくか」
 座り込んでいたヘヴィは、勢いをつけて立ち上がり。
 30人ほどの一団は、監視所を離れた。

 奏でる音が、衝撃となって蟲を撃つ。
 そこへ闇色の玉や、弾丸が降り注ぎ。
『破雷光撃』が、動きの鈍くなったNWを一気に薙ぎ払った。
 余裕があれば、少しでも数を減らすべく、弱ったNWのコアを武器や拳で粉砕していく。
「NWの主食は俺等の筈なのに、何で動物等に人間まで犠牲にならなきゃいけないんだろうな‥‥」
 苦い思いを噛み締めながら、なおも追いすがる蟲にヘヴィがARASHIのトリガーを引く。
「だからといって、動物や人間の代わりに犠牲になる気は、さらさらないがな」
 炬魄がモウイングを振るって、NWの動きを奪う。
「監視所に潜伏できる情報がなければ、遺跡の壁画に潜む可能性が高くなるんでしょうか」
「そうなるかな。後の探索が、また面倒そうだけどね」
 両手にヴァイブレードナイフを持つ一が、更に手の如く動く尻尾で手近な石の礫(つぶて)を投げ、恭司は射程の長いアイスメタルの弦を弾く。
 動物達に感染したNWは、遺跡の深部で見られるような、いわゆる中級クラスと呼ばれるようなNWではなく。
 氷が包囲の手薄な部分を調べていた事もあって、一行は数刻後には動物達の包囲網を突破していた。

「監視所に誰もいないから、NWは遺跡に行ったみたいだね」
 空を飛んでの偵察から戻ったベス達が、待機する者達へ報告する。
 早めの判断が功を奏し、特に大きな負傷者なども出す事なく、ひとまず事態は収拾した。
 難を逃れた係員達は、九人へと礼を述べる。
 そして再び遺跡の監視を行う為に、一行は監視所へと戻った。