EtR:再訪ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 7Lv以上
難度 普通
報酬 58.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/08〜08/11

●本文

●訪問者
 先日の『騒動』がひと段落した監視所は、その事後処理もあって何かと慌しかった。
 今後また同じような事態が発生する可能性も懸念されるため、『補強』された箇所はある程度そのまま活用し、修復が必要と思われる箇所は手を入れる。
 監視の傍らでそんな作業が進められる一方、水をさされた形となった遺跡探索の再開も検討される中。
 20代後半くらいの、欧州のどこにでも居そうな青年が、監視所を訪れた。

「キレちまった連中と一緒にされたままってのも、心外でさ」
 再び監視所に姿を現した『ヘルメス』は、警戒する係員達にそう告げた。
 ちなみにヘルメスという名は、本人がギリシャ神話にちなんで自身で名乗った偽名であって、本名ではない。
 彼曰く、先日のNW排除の際に探索者達が見かけた「キレた」相手は、そこに潜んでいた大方のNWを始末し、引き上げたという。その始末する「作業中」に探索者達と出くわし、厄介な事にならないよう手を回したのが、この間の一件の次第だとヘルメスは説明した。
「で、邪魔をした詫びに、こうして情報を持ってきたって訳だ。
 もう気付いてるかもしれんが、遺跡はあの階層で終わりじゃない。まだ、『先』がある。しかもそこは俺も足を踏み込めない、面倒な場所ときた。それでも‥‥」
 先へ進む気はあるかと、のらりくらりと話す男は面白そうに尋ねた。

●今回の参加者

 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)
 fa4892 アンリ・ユヴァ(13歳・♀・鷹)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)

●リプレイ本文

●義理と警戒と‥‥餌付け?
「摘みたてのハーブのサラダと、胡麻のスープに、それからパスタっと」
 監視所の簡素な食堂で、燐 ブラックフェンリル(fa1163)は朝食の皿を並べていく。
「パスタ、作り過ぎて山盛りだから、ヘルメスたんも一緒に食べる? 味付けは、ふりかけで好きなように。あ、タコは入ってないからね」
 燐とテーブルを挟んだ向かい側では、ヘルメスがすこぶる奇妙な表情で並んだ皿と一連の彼女の所作を見ていた。
「それで‥‥あれが、件の人物なの?」
「ウサ耳は生えていないようじゃが」
 その様子を何故か食堂入り口から、富士川・千春(fa0847)とDarkUnicorn(fa3622)が揃って窺う。
「‥‥何をしているんだ、二人とも」
 やや溜め息混じりの口調に、声をかけられた二人が振り返れば、ハードナイトの色付レンズ越しに御鏡 炬魄(fa4468)が怪訝な空気で二人を見下ろしていた。
 そんな状況に、廊下を通りがかる者達も−−アンリ・ユヴァ(fa4892)のように−−一瞥するだけの者もあれば、あるいは足を止める者もある。角倉・雪恋(fa5003)は彼女達と同じように部屋を覗き込み、中にいる者達を確認すると、くすくす笑った。
「前回初対面だったけれど、彼、お詫びとかなんとか言っちゃって。彼みたいなタイプは押しに弱いに違いないわ!」
「‥‥そうですか? 何となく油断ならない感じ、しますけど‥‥」
 警戒する表情のパトリシア(fa3800)へ、ふふりと雪恋は意味ありげな笑顔を返す。
 もちろん、雪恋自身も内心ではヘルメスが自分達を利用している可能性が高い事も、承知していた。が、それをおくびにも出さない辺り、それなりにキャリアを積んできた彼女のしたたかさだろう。
 一方で再び食堂内の状況はといえば、燐とヘルメスの近くのテーブルで食後の惰眠をむさぼっていた早切 氷(fa3126)が、むっくり顔を上げた。
「‥‥で、とりあえず一緒に来てもらう予定だが、構わないよな。ヘルペス君」
 寝ぼけ眼ながらも割りと真っ当な台詞を投げる氷に、気付いた燐が頷く。
「ヘルメスたんを置いてくより、一緒の方が楽しいよ。いいよね」
「あの下は、俺も興味はあるしな。こいっつーんなら、大人しくいくさ」
 答えるヘルメスに大きな欠伸をした氷は、がしがしと無造作に髪を掻いた。
「にしても、干渉するなといいつつ、こっちには割とちょっかい出してくるねえ? あれか。兎は淋しさで死んでしまうとゆー」
「死なねーよ。てか、兎、兎って連呼するな」
「あれ? 兎なのが嫌とか」
「兎をネタにされるから、嫌なんだ」
 テーブルに片肘をついた手で頬杖をついて、不機嫌そうにヘルメスはぐるぐるとフォークにパスタを巻きつける。そして気配に気付いているのか、急に入り口へと顔を向け‥‥やり取りを窺っていた者達は、慌てて首を引っ込めた。

●謎の問答
 熱風が吹き上げてくる通路を、相変わらず氷を盾にして降りていく。
「というか、何で俺が先頭なんだ‥‥」
「だって、一番熱風が平気そうだし」
 着ぐるみで雪だるまになりながら嘆く氷に、あっけらかんと燐が答えた。
「確かに、今回は他に風除けになりそうな人もいないものね」
 口元をハンカチで覆いながら、千春が苦笑する。
 時おり吹きつけてくる熱い風を、足を止めて堪え。
 おさまれば、再び連なって階段を降りていく。
 狭く急な階段を下って第五階層へ足を踏み入れると、アンリと氷が荷物からカラースプレーを取り出し、それぞれ入り口の穴の周囲に吹きつけ始めた。
「‥‥何をしてるんです?」
「見ての通り‥‥目印です」
 二人の行動に不思議そうなパトリシアへアンリが答え、「そっか」と雪恋が頷く。
「ここ、似た感じの穴が多いのよ。それで帰りに迷わないように、目印をつけてるの」
「面倒なんですね」
 描かれた目印を、パトリシアはしみじみと眺めた。

 近くにある第四階層への通路を少し上がって休息を取り、更なる探索に備える。
「熱かったじゃろうから、水筒に入れてきたアイスココアを飲むのじゃ。わしは炬魄の後に飲‥‥って、ここ、これでは間接キスになってしまうの。わ、わしは、こっちの水で充分なのじゃ」
 何故か小声で一人動揺しているDarkUnicornに怪訝な表情をしながら、炬魄は水筒のカップを受け取った。
「下がれとは言わんが‥‥無理はするなよ、ヒメ」
「そこは安心するのじゃ。単独行動は危険じゃから、炬魄にくっ付いておくのじゃ」
「‥‥」
 沈黙した炬魄の表情は、サングラスもあってよく判らない。
 それはさて置き。
「ところで、あなたがオーディンもとい、おでん‥‥いえ、ヘルメスよね〜」
 じーっと様子を窺っていた千春がにっこりと笑顔を見せると、一瞬ヘルメスは口の端をつり上げた。
「何かな、お嬢さん?」
「尋ねたい事があるのよね‥‥状況が刻々と変わるけど、今の状況で答えられる範囲でいいわよ。ユートピアの送り主であり、ナイトウォーカーの殲滅を目指す『カドゥケゥス』、そして『カドゥケゥス』の持ち主『ヘルメス』‥‥私達と目的は同じよね? WEAとは、趣旨が違うのかしら?」
「前にも言ったが、指示があってその通りに動いてるだけだからな。で、クライアントについては、言えない。俺が名乗った『ヘルメス』も、当然偽名だしな」
 その事に悪意はないと言わんばかりに、ヘルメスは両手を広げる。
「じゃあ、ここまで単独でも来る事ができるあなたが、どうして先に進めないのかって理由。面倒って事は、危険とは違うのかしら? 行けば判るよっていうのは、ナシでね♪」
 くるりと目玉を動かし、ヘルメスは「やれやれ」と肩を竦め。
「行けば、判るんだが」
「だから、それはナシで」
 すかさず、にこやかに切り返す千春。
「だが俺が先に言っちまうと、楽しみが減るだろ?」
 にやにや笑いの男へ千春は先の相手の所作を真似て、肩を竦めてみせた。
「じゃあ、そろそろ行くわよ。ヘルメス君の様子だと、楽しい場所のようだしね」
 話のキリのいいところを見計らって、雪恋が立ち上がる。
「今回は何させる気かだけ、聞いていいかい? 見ての通りをんなのこにばっかだし、力仕事とかは勘弁な〜」
 眠たげに氷がヘルメスへ尋ねれば、男は首を横に振って答えた。
「いや、力仕事はない。力仕事は‥‥な」

●残す道程
「左の前方に、一匹。くるわ」
 千春の声と共に、吹き上げた熱風の脇から小型の蜥蜴が飛びかかる。
 すかさず鉛の弾が叩き込まれ、あるいは武器を振るって沈黙させ。
「後のNWは、まだ遠く離れているわ」
『呼吸探知』でNWの所在を調べる千春の言葉に、僅かに仲間達の緊張が緩んだ。
「これ‥‥確かに力仕事じゃないけど、面倒だよ」
 方天戟「無右」の石突でコアを粉砕した燐が、大きく息をした。
「こないだのヤツが、『掃除』していったんじゃないのか」
「でっかいのはな」
 炬魄の問いにヘルメスが答え、その間にもDarkUnicornは試作刀「斬鉄」を振るっている。
「そういえば、どうしてタコは嫌いなんですか?」
「いや‥‥普通に、あれは食べないだろ」
 他愛もないパトリシアとの世間話には応じつつ、ヘルメスも辺りに注意を払っていた。
 もっとも、NWなのか以前の探索で見かけた相手なのかは判らないが。
「ところで、ヘルメス君はどうやって敵を倒してここまで?」
 雪恋の言葉に、ぴらぴらとヘルメスは手を振る。
「俺は基本、倒してないから」
「ヘルメスたん、地面に潜って逃げれるもんね」
 便利だよねと、どこか不満そうに燐が口を尖らせた。
「また、近くに来たわ」
 知らせる千春に雑談を中断し、パトリシアもソードofゾハルを構える。今のところ、天界からの声を使うほどの数の敵も現れないが、油断は出来ない。
「それにしても、ここは爬虫類の姿に似たNWばかりね‥‥」
 額の汗を拭って、千春が呟いた。

 NWを排除しつつ壁伝いに移動していけば、壁の穴はその数を減らし。
 代わりに今までに何度も目にした壁画らしきものが、断片的に描かれている。
「この先で、誰かが待ち伏せていたりとかは‥‥ないわよね?」
 暑い第五階層を歩き続け、体力を温存するために短い休息を取る中で、千春がヘルメスに確認した。
「それはない。あんた達と一緒にいるのを見られるのも、俺としては避けたいしな」
「ふぅ‥‥ん?」
 意味ありげに千春が目を細め、ヘルメスは素知らぬ顔で明後日の方向を向いた。

 歩く先に、やがて終わりが見えてくる。
 階層の終わりには、これまでと同じく黒々とした通路が口を開いていた。
 そして、通路の入り口の次に目に付いたのは、岩壁に刻み付けられた文字だった。
 大きく、さながら殴り書きのような、短い一文。

 −−火山の神を封ずる。

「火山の、神?」
 これまで遺跡の中で目にしてきた、様々な物のどれとも違う印象に、怪訝な表情で探索者達はその文字をじっと見つめた。
「さて、どうする‥‥行くか?」
 あえて問いかけるヘルメスの声に、一行は我に返ったように互いに顔を見合わせる。
「折角、ここまで来たんだものね」
「‥‥そうですね」
「用心して、行きましょう」
 その意思を確認し合うと、暗い穴の中へと足を踏み入れた。

●その先には
 その通路は第二階層と第五階層とを繋ぐ狭い階段通路と違い、他の階層同士を繋ぐ通路と同じ広く緩やかな階段状だった。
 空気の流れは、一行の背を押す形で穴の奥へと流れていく。
「こっちが、風上になるな」
 珍しく、氷が小さな舌打ちをした。『鋭敏嗅覚』での匂いの察知がし辛くなる上に、下にいるナニカにこちらの存在を気付かせる事になりかねない。だからといって、慌ただしく駆け下りるのも危険で。
「‥‥いつ、何があってもいいように、心構えて下さい‥‥」
「承知しておる」
 ぽつりと注意するアンリに、DarkUnicornが即答した。
 明かりは出来るだけ、無駄に光を先へと向けないように気をつけて。
 ヘルメスはただ、黙って一行と共に歩を進める。
 そして、長く長い階段の終点が近づき。

 一行がまず目にしたのは、通路の出口付近に立つ、縦に溝が刻まれた石柱だった。
 それは、遺跡の外にあるそれと同じような様式の巨石建造物で。
 それが通路の出口の両脇に、門を守る衛兵のように一本ずつ建っている。
 予想だにせぬ物を見上げながら、石柱の間をくぐれば。
「そろそろ‥‥くるな」
「ええ、くるわ」
 ヘルメスの警告と同時に、千春もそれを察知した。
 群れを成す、『呼吸』の数々。その間隔は、長いものや短いものと様々だが、一行の気配を察知したかのように、一斉に前方の各所から近付いてくる。
「第四階層の掃討の時ほどじゃないけど、数が多いわ。それに、大きいのもいるみたい」
「あの時は、孵化したばかりの蟲が大量にいたが‥‥今度は、『成虫』ばかりって訳か?」
 炬魄が大鎌の柄を握り直し、DarkUnicornも刀を構え。
「そんなのとこの場所で、それもこの人数で戦うのは、不味いんじゃないです? って、きましたぁぁぁーっ!」
 光に浮かんだ群れに、パトリシアが氷の後ろに隠れた。
 現れたNWは、昆虫のような姿をしたものもあれば、さっきまでよく見かけた蜥蜴のようなものもいて、それ以外の形をした蟲達もひしめいている。
 しかも、蟲達の体躯は小型のものではなく、これまで手を焼いてきたような中型から大型のそれが多く。
「これって‥‥」
 嫌な予感に千春が振り返れば、ヘルメスは肩を竦めた。
「とりあえず、一度引き返すわよ!」
 身の危険を感じた雪恋が、声を荒げて仲間達を促した。

 遠距離攻撃の手段を持つ者は足止めを試み、パトリシアが天界からの声で広範囲に渡る援護を行う。
 小型の蟲ならば威力をそぎ落とすほどの著しい効果を発揮するそれも、目の前の群れには瞬時に期待するような効果を発する事は望めず。
 また、第四階層で『卵』の孵化に遭遇した時のように、閉じて時間稼ぎができるような扉もない。
 必然的に、獣人達は蟲達が足を止めるまで、退かなければならなかった。
 執拗な追撃は通路を越え、第五階層へ戻ってもなお続き。
 ようやく諦めたのは、第五階層の三分の一を越え、半分近くまで戻った頃だった。
「みんな‥‥無事か。まだ歩けるか?」
 声をかける氷に、疲れがにじんだ仲間が返事をする。
 大した『被害』もなく逃げ切れた事に安堵し、そしてヘルメスがいない事に気付く。
 だが一行が探す前に、男は地中からにょっこりと姿を現した。
「や、お疲れさん。さすがにあそこは、一匹一匹が半端じゃあない上に、数が多い。更に、踏み込んでくる者には狭量でな」
「‥‥お楽しみどころじゃないよ」
 ふくれる燐に、ヘルメスは呆れたような表情を浮かべた。
「だから、言っただろ。『俺でも足を踏み込めない、面倒な場所』だって」
 思い起こせば、事前に『面倒な場所』と知らされてはいたものの−−無駄だろうと考えつつも、ヘルメスから情報を聞き出す事ばかりで−−自身が危険について予測をする事もほとんどなく、第六階層へと足を踏み入れたのだ。
「とにかく‥‥報告、ですね」
 呼吸を整えたアンリが、立ち上がる。
「その前に、第四階層でちょっと休憩‥‥させて下さい‥‥」
 この悪環境の中で唄い続け、熱気に呼吸も苦しそうなパトリシアが、へろへろと手を挙げて要望した。