Limelight:絶えぬ音をヨーロッパ

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 5.5万円
参加人数 15人
サポート 0人
期間 08/12〜08/14

●本文

●イギリス、ブラックプールへ
「厄介な事になってるな」
 WEAからの通達を見ながら、ライブハウス『Limelight』のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)が、紫煙を吐きながら呟く。
 始皇帝陵での『騒ぎ』は、以前のそれを上回りかねない規模だった。
「ところで、しばらく店を休む気はないかい?」
 傍でその呟きを聞いていた音楽プロデューサー川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が、突然に話を切り出す。
「‥‥は?」
「ソレの件もあって、ちょっとブラックプールまで出向こうと思ってね。一般人から目をそらす『話題』も、作らなきゃならないし」
「何でイギリス‥‥ってゆーか、何で俺まで?」
「気心の知れた相手が一緒に来てくれると、何かと心強いからね」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする佐伯に、川沢はにっこりと笑顔で答えた。
 ‥‥その笑顔が裏で意味するモノを、佐伯は長い付き合いの上で嫌というほど知っているが。
「まぁた、厄介事に巻き込む気だな」
「どうせ厄介な事になるなら、楽しい方法で厄介事に飛び込んだ方がいいかと思ってね」
 しれっと答える友人へ、オーナーが大きな溜め息をついた。

「アイベックスを経由して流れてきた話で、要はユートピアでの支援のサポートなんだけどね」
 川沢が説明する『仕事の内容』は、単刀直入なものだった。
 ユートピアを使った支援は、世界中から行われる。
 だがデタラメに演奏や歌、声を送るだけでは、支援の量にムラが発生する可能性もあった。
 それを調整し、データを満遍なく統括する。それも、時差が9時間ある(サマータイム中のため、実際には8時間)イギリスから行う事によって、できるだけブランクを減らすのだ。
 その作業を、ロンドンではなくブラックプールにあるスタジオで行うという。
「本来なら、ニューヨーク辺りがちょうど12時間の時差でいいんだけど‥‥WEA本部がロンドンにあるからね。何かと、都合がいいようで」
「面倒な仕事だな」
「ブラックプールのスタジオは、好きだけどね。庭園のど真ん中にある上に、調整室は窓が開けているから、緑に囲まれて音楽を聴いているようで」
「お前が、そのスタジオに行きたいだけなんじゃないか?」
 疑わしげな佐伯の言葉に、「ああ」と川沢は即答する。
「実は、多少の『危険』も示唆されていてね」
「で、俺はボディガード代わりかよ」
「ソレがなければ、ただの休暇とレコーディングだから」
 ぼやく佐伯へ、川沢は笑顔を返した。

 −−行く先は、イングランド北西部のブラックプール。
 時期によっては社交ダンスフェスティバルや、ダーツの世界大会が行われる、イギリス最大の保養地。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0379 星野 宇海(26歳・♀・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2225 月.(27歳・♂・鴉)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)
 fa4790 (18歳・♂・小鳥)
 fa5475 日向葵(21歳・♀・蝙蝠)
 fa5483 春野幸香(21歳・♀・狸)
 fa5538 クロナ(13歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●光と影
 日本のような燦然とした光ではないが、目映い太陽と青い空、それに砂浜に波の打ち寄せるアイリッシュ海が、目の前に広がっていた。
「うわぁぁぁ〜い、う〜み〜っ!」
 嬉しそうに燐 ブラックフェンリル(fa1163)が駆け出‥‥そうとしたが、襟首を掴まれて足が空を切る。
「ぅぁぅ〜っ! う〜み〜ぃ〜っ」
「遊びたいのは判るけど、先に『仕事』をしないとね」
 文字通り、彼女を引き止める早河恭司(fa0124)を、恨めしそうに燐が見上げた。
「遊びたい気持ちは、判るわ。目の前に海が広がってるんだもの‥‥でも、仕事が先よ?」
 笑いながら、富士川・千春(fa0847)は麦わら帽子に手をやり、少し目深になるよう位置を整える。日焼けをしないためもあるが、集まったメンバーの中では彼女と羽曳野ハツ子(fa1032)はトップクラスの人気芸能人だ。うっかり顔を晒せば、たちどころに姿を見ようとする者や、サインを求める群集で身動きが取れなくなってしまうだろう。
「お仕事‥‥なんだか、怖い人が来るかもしれないって話も聞きましたけど、大丈夫でしょうか」
 仕事という単語に反応したクロナ(fa5538)が、不安げにきょろきょろ辺りを見回した。そんな彼の頭を、ふわりと星野 宇海(fa0379)が撫でる。
「大丈夫ですわよ、クロナさん。頼もしい人達も来てくれていますから」
 妹弟がいるのもあるせいか、不安げな少年を安堵させる落ち着いた言動は慣れたものだ。
「頼もしい人‥‥」
 宇海の言葉を繰り返し、アイリーン(fa1814)が改めて顔ぶれを確認する。
「少なくとも、俺は戦いの方は‥‥な」
 それに気付いた月.(fa2225)は肩を竦め、慧(fa4790)は彼女の視線を誘導するかの如く鳥羽京一郎(fa0443)へ目を向けた。
「‥‥俺なのか」
「え? えーっと‥‥なんとなく?」
 溜め息混じりの京一郎に、笑顔で答える慧。
「確かに、実戦経験もおありですけど‥‥でも、無理はしないで下さいね。心配されている方が、いらっしゃるんですから」
 聖 海音(fa1646)が気遣えば、何故か京一郎は低く喉の奥で笑った。そんな反応に、不思議そうな海音が小首を傾げ。
「あの‥‥?」
「いや。万が一の時には海音をよろしくと、頼まれたんだがな‥‥あいつから」
「‥‥まぁ」
 頬を微かに朱に染めて、海音が照れた。そんな彼女の様子に、明星静香(fa2521)がふつふつと笑い。
「よかったわね、海音さん‥‥心配してくれる人がいて‥‥」
「幸香さん。静香さん笑顔なのに、怖いよ‥‥」
「こ、こういう時は、気にしない方がいいと思うよ、葵さん」
 日向葵(fa5475)と春野幸香(fa5483)が、近寄りがたい空気というかオーラというか、そんな雰囲気に慄いていた。
「お〜い、静香さん。笑顔が黒くなってるよ〜」
「‥‥あら。ごめんなさい、つい」
 海風に帽子を押さえながらのクク・ルドゥ(fa0259)の呼びかけに、静香は表情を元に戻す。
「ちょっと黒いのがにじみ出るかもしれないけど、気にしないでね」
「静香さんてば‥‥」
 ほろりと、ククが袖で涙を押さえる仕草をした。
「ところで‥‥いつまで、そこで見てるの?」
 その存在に気付いていたアイリーンが、路肩に止めたマイクロバスを見上げる。
「ああ。なんつーか、面白そうだからもう少し見てようかと思ってな。そのコント」
 火の点いていない煙草を咥えた佐伯 炎が、迎えのバスの窓から眺めていた。

●緑のスタジオ
 海岸沿いにあるブラックプールの中心部から、車で少し内陸部に向かったところに、目的地であるスタジオはあった。
 木々が塀に囲まれた様は一見すると公園か庭園のようで、門を閉めてしまえば、ある意味では外界と隔絶された世界だ。
 そんな緑の中に、レンガ造りのスタジオが建っている。
「遠路はるばる、すまないね」
 バスを降り、スタジオのエントランスに足を踏み入れた一行を、川沢一二三が待っていた。

「食事なんかはスタジオ内で全て用意できるし、仮眠室もあるから。街の中心まで戻ってホテルで休むのも、構わないけどね」
「ところで、スタジオのスタッフの裏は取れてるの?」
 簡単にスタジオ施設の説明をする川沢へ、ぬかりなく千春が確認した。
「WEAに掛け合って、少なくとも年単位で勤めてる人に限定してもらっているよ。それでも100%安全と言えないのは、確かだけどね」
 厚い扉を開けて、操作室に入る。
 左手にはガラス越しにレコーディング・スタジオがあり、右へ視線を移せば庭園の緑が目に飛び込んでくる。
「綺麗なスタジオね‥‥」
 しげしげと幸香が見回し、気のそれた『相方』を葵が肘で軽く小突いた。
 案内する川沢は緑のある側の壁に手をかけ、押し込むようにスライドさせる。すると鏡に映したような、左右が入れ替わっただけで同じ構造の操作室とスタジオが現れた。
「ほう、一続きになるのか」
「面白い作りのスタジオですね」
 感心する京一郎に、海音も二つのスタジオと一つの調整室をそれぞれ見て回る。
 二つのスタジオと一つに繋がった調整室は、言わば凹の字に似た形をしている。両翼のスタジオ同士からも、緑越しに互いの姿を確認する事が出来た。
「スタジオは、両方使ってもいいの?」
 振り返ったククに、川沢は頷いて答える。
「ええ。今回の為に貸し切り状態にしてありますので、もちろん構いません」
「それなら片方で演奏している間に、もう片方で音合わせも出来そうだね。互いの姿も、確認できるし」
 ククと共に防音扉を開けて、慧は中を覗いた。もう一方のスタジオには燐やアイリーンが足を踏み入れ、ガラス越しに手を振る。
「さて。堪能したら、さっそく『仕事』を始めましょうか」
 一通りの『探検』が終わるのを待って川沢が切り出せば、おもむろにハツ子が手を挙げた。
「えーっと‥‥その前にいいかしら、川沢さん?」
「はい、何でしょう?」
「歌うだけでなく、ユートピアでの支援活動の補佐が出来ればと、思ったんだけど‥‥構わないかしら」
「ええ、もちろん。助かります」
 川沢の返事に安堵の表情を浮かべると、ハツ子は艶やかな黒髪を指に絡めながら、更に切り出す。
「それと‥‥もう一つ、街の真ん中でしておきたい事があるのよ。今回の作業を遅らせたくないものね」
「街中で、ですか」
「ええ。ちょっと、佐伯さんを借りるわね。ブラックプールの手前の駅まで、送ってほしいの」
 奇妙な表情をする川沢に、ハツ子は意味ありげな笑顔をみせた。

●『作戦』開始
 −−大物女優、突然のブラックプール入り。
  休暇か、それとも‥‥?
  ドラマの役作りのために(本人の談話より)

 芸能情報を主にしたゴシック系タブロイドには、そんなタイトルが大きく紙面を飾る。見出しの下には、ブラックプールタワーを背景にした涼しい顔のハツ子の写真が載っていた。
 テレビを点ければ、芸能ニュースでも大きく取り上げられている。
『誰かに会いに来たとか、そんなのじゃないわよ? ええ、今回は単なる休暇。休暇なの。そのついでに、こちらのダンスホールや音楽スタジオなんかに、足を運ぼうかと‥‥』
 日本語での受け答えに、英語のテロップがその内容をフォローしている。
 その後は足取りを追うように、彼女がいる場所に居合わせた一般人や、彼女を乗せたタクシー運転手のインタビューなどが続く。
「きゅ‥‥なんだか、凄いです‥‥」
 休憩室のテレビを見ていたクロナが、画面の写真とすぐそこにいる本人とを見比べた。
「ドラマなんかの制作会社さんとかにいろいろと手を回して、『ここで行われているのはドラマの撮影』だという事にしてもらったわ」
「はっちー、それってもしかして‥‥」
 何かを言いかけるアイリーンを、『大物女優』は笑顔と共に指を振って言葉を遮る。
「最高のサポートをするためにも、使える人脈やコネは使わないと。DSの弱点が、絶対的な人数の少なさである以上は、意味のないポイントには労力を裂かないハズよ。そもそも、ここは始皇帝陵から遠く離れているし、仕事の『出所』だって日本だものね」
 万が一の戦いに備えるのではなく、そもそも戦わない方向へ向かうよう手を打つハツ子に、感心した風の佐伯がタブロイドをしみじみと眺めた。
「確かに俺や川沢では、他の業界にまで大掛かりなサポートは頼めないからな‥‥」
「けど、襲撃自体を警戒しておく事は無駄ではないよね。逆にその警戒が、取り越し苦労になるくらいがいいかな」
 恭司の言葉に、燐も銀の髪を揺らして同意する。
「戦闘経験のない人もいるし、もしスタジオの機材とか壊されたら、バックアップだってできなくなるしね。もし襲ってきたら、できれば捕まえたいんだけど‥‥いいかな」
「捕まえるだけの余裕があれば、かしら。もし『騒ぎ』に騙されなかったとしても、単独でこの人数のところに襲撃するのは、考えにくいけど」
 千春が顔ぶれを見回して、小さく笑った。
 スタジオにいる獣人の数は、彼女らを含めれば軽く30人程度。戦闘のキャリアがあるかどうかはともかくとして、それだけの人数が完全獣化して集まっている場所へ単独で乗り込むのは、リスクが大きいだろう‥‥千春はそう、読んでいた。
「じゃあ、そろそろ取り掛かろうか」
 様々な憶測の飛び交う休憩室へ顔を出した川沢が、メンバーを呼ぶ。
 そして、遠く始皇帝陵で戦う仲間を支えるための15人の『戦い』が、始まった。

●絶えることなき音を
「しかし、歌で戦闘を支援なんてことも出来るのだな。興味深いものだ」
「ユートピア、ですか」
「ああ」
 海音に答える京一郎は、マイクスタンドに手をかけて位置を微調整する。
「歌は本職として、精一杯歌わせて貰おうか‥‥獣化した能力に頼った歌い方だと、感じさせないように、な」
 白に近い灰色の毛並みをした狼獣人は、僅かに並んだ牙を見せて笑う。
「でもなんだか、いつもと違って逆に緊張するわね」
 ゆっくり深呼吸した静香は、アイスメタルを演奏する際に羽が邪魔にならないよう、何度もストラップの位置を調整していた。
 片方のスタジオに入った『A班』の八人は、普段あまり獣化をせずに行動している者も含めて、全員が完全獣化でこの場へ臨んでいた。
 八人だけではない。
 もう一つのスタジオで準備をする『B班』七人を含め、この場にいる者達はみな襲撃に備え、先に完全獣化をしている。
「アジアには大切な方が‥‥居ますから。精一杯、頑張りましょうね」
 場の空気を和らげるように海音が微笑んだ。が、静香には若干逆効果だったようで。
「ええ、頑張りましょう。頑張るわよ‥‥ふふふふふふふふ‥‥」
「きゅ‥‥目が笑ってないです」
「ちょ、静香さんっ。また、何か黒いの出てるから」
 ナニカを発しつつ笑う静香にショルダーキーボードを抱えたクロナが怯え、慌てて慧が止めに入る。
「その黒いのを演奏に変えて、思いっきりアジアへ向けてぶつけよう! ね?」
 ぎゅっと手を取るククに、静香がまた不敵に笑いながら「そうね」と答え。
「う〜ん‥‥黒いのでも、皆の力になるのかな」
「逆に黒さで皆、ぱわーあっぷしたり?」
 エレキギターのチューニングを確認しながら不安げな葵に、燐がころころ笑った。

「じゃあ、始めよっか。僕らの『Summer Vacation』を」
 慧の一言に、互いに視線を交わし。
 演奏に入る前の、緊張を伴った短い沈黙がスタジオに落ちる。
 ワン、ツーと、身振りで拍を取り。
 クロナがショルダーキーボードの白鍵を、低音から高音へ一気に指を滑らせた。
 それを合図に、静香のベースと葵のエレキギターが同時に音へ加わる。
 曲調は、軽快でアップテンポなポップス。
 弾ける音に負けぬよう勢いをつけ、全員で息を合わせてきっかけのフレーズを叫ぶ。
 マイクへ、そしてアジアへ向けて。

『 Summer vacation!
  車に乗って出かけよう
  空は晴天 私 上機嫌
  草原に吹く風も涼やかに 』

 ベースがしっかりと低音を支え、競うようにエレキギターとキーボードの音が駆け回り。
 大らかに活き活きと、もう一度、声を揃える。

『 Summer vacation!
  ナビゲーターは蝉の声
  彼は鼻歌 私もハミング
  五月蠅いくらいの声援を浴びて 』

 明快な音で刻むリズムを背景に。
 ボーカルは輪唱するように、言葉の最初と最後を次々と重ねていく。
 言葉は重ねるたびに、テンションをあげて。

『 蒼と白のコントラストが夏を彩り
  翠の双丘が立ちはだかる
  窓の景色は流星群
  消失点に消える道
  アクセル踏み込み一直線に飛び出したなら
  ふわり重力無視して どこにでも行けるはず! 』

 駆け抜けるように一気に歌い抜けると、そのノリのままラストのパートへと持ち込む。

『 君と私の最初の夏を思いっきり楽しもう
  ハプニングさえも味方に付けて
  二人の Midsummer vacation! 』

 それぞれの勢いにのった声は、演奏と共に一気に駆け抜けて。
 最後に再び全ての音を揃え、フィニッシュを迎えた。

 音が一斉に消えて、短い無音空間が降り。
 それがまるでスコアの小休止であったかのように、演奏が息を吹き返す。
 静香と葵、クロナが奏でるのは、ヘンデル作曲の聖譚曲『メサイヤ』から、第2部の受難を締めくくる「Hallelujah(ハレルヤ)」をポップス風にアレンジしたもの。
 聴衆も起立するというパートを軽快に歌うは、B班の女声ボーカル達。
「さぁ、届けるわよ。私達の歌を」
 ハツ子がウィンクすれば、アイリーンは満面の太陽のような笑顔で応え。

 コーラスの雰囲気をそのまま持ち込んだ曲は、爽やかなミディアムテンポに変わる。
 そして千春が手にした真紅のエレキギターが、アレンジしたメインフレーズを弾き出し。
 それを追って、清廉な声が聖書の一節を歌い上げた。

『 Ask、and it will be given to you
  Seek、and you will find
  Knock、and it will be opened to you
  For everyone who asks receives
  And he who seeks finds
  And to him who knocks it will be opened 』

 恭司がアイスブリザードで、宇海はショルダーキーボードで。
 そして月のチェロと幸香のピアノが加わって曲調は一転し、音に賑やかさと厚みを加える。
 大気を揺らして吹き抜けるようなチェロの音に合わせ、伸びやかに歌声が広がった。

『 おお 天にまします我らが神よ
  そちらから見た世界はどう?
  ああ きっと地上一杯の 素敵な愛が見えるはず 』

 キーボードとピアノの織り成す和音が優しく響いて。
 ギターとベースが、それを緩やかに包み込んだ。
 ボーカリスト達は、マイクへと言葉を大事に吹き込む。
 見えぬ仲間の背を押せるよう、一語一語をかみ締めるように。

『 少しずつ 少しずつでも 歩き出した未来には
  みんなが望んだ世界が あるよ 』

 力強い音が、鼓舞するように響き。
 希望や、瞬く星のように、高音を煌めかせる。
 涼やかに彩られた演奏は、サビへと向けて勢いをつけ。
 千春と宇海、アイリーン、ハツ子の四人は、呼吸を合わせる。

『 おお 天にまします我らが神よ
  そちらから見た世界はどう?
  ああ きっと地上一杯の 素敵な愛が見えるはず
  ここから貴方へ贈る Love song for the World! 』

 高らかに宣誓するような歌声を、音が追いかけて、弾けた。
 残響のように最後まで残るのは、チェロとベースギターの深く低い弦の音。
 長く続く響きは、そのまま別のフレーズへと移行し、二重奏に入る。
 そこへ一つ二つと、ピアノやキーボード、エレキギターがそっと加わり。
 ゆったりと音を伸ばし、バッハ作曲の教会カンタータ『心と口と行いと生活もて』から、コーラル「主よ人の望みの喜びを」を形作る。
 その深い音色を、静香と葵、クロナがまた受け継いで。
 そうして、二順目の『Summer Vacation』が始まる。
 歌と演奏は、それ自体が大きな一つの輪の如く。
 一音たりとも途切れる事もなく、遠い仲間へと音を届かせた。

●心置きなく
 歓声と共に、水飛沫が上がる。
「さあ、浜辺の話題をさらいにいくわよー♪ はっちーと過ごすのも久しぶりね」
 伸び伸びと大空に両手を突き上げて、アイリーンが宣言し。
「うーーみーーーっ!」
 真っ先に駆け出した燐は、今度こそと思いっきり水へと飛び込み、勢い余って何故かバウンドした。
「はびゃぁぁぁ〜っ!」
「だ、大丈夫‥‥でしょうか?」
 奇声をあげながら水に沈んでいった姿を、心配そうに窺う海音。その一方で、恭司は苦笑しながら髪を掻き。
「張り切り過ぎだね」
「一仕事やり遂げてから遊ぶのは、やっぱり気持ちいいもの。それにしても‥‥」
 獲物を探すような目で、ぐるりとビーチを一望した千春。そして標的を発見すると、おもむろにビキニの後姿に近づいて‥‥。
「ど〜すれば、私もこんな胸になれるのかしら〜ぁ!?」
「きゃぁぁっ、千春ちゃん!?」
 背後から手を回した千春に、飛び上がらんばかりの勢いでハツ子が慌てる。
「だってハツ子さん、スタイルいいんだもん〜っ」
「だからって、胸を掴まないーっ」
 そんな二人のやり取りの傍らで、ぼむんとクロナが赤く茹で上がり。
「あらあら、大丈夫?」
 日傘をさした宇海が笑いながら手で扇ぎ、赤面した少年の顔へ僅かながらの風を送ってやった。
「夜には、花火が上がるのよね。話のネタにでも、撮って帰ろうかしら」
 水平線に目を細める静香に、海音がにっこりと微笑む。
「いいですね。私も、一緒に‥‥何なら、二人で撮りますか?」
「そうね。仲良く、相手がうらやむような写真とかっ!」
「あの‥‥静香様、また黒いオーラが‥‥」
 ふつふつと笑う静香は、最後まで黒いナニカを背負っていた。

『一仕事』を終えた者達は、ブラックプールの海岸へと繰り出していた。
 最も懸念されていたDSの動きについては、報道を使ってハツ子が行った隠蔽工作が功を奏したのか、襲撃される事もなく無事に『レコーディング』は終了した。
 日程の最終日は『慰労』も兼ねた自由行動となり、一行は思う存分ブラックプールの空気を満喫していた。
 入念な日焼け対策を行った女性陣は、率先して海へと繰り出す。
 月と京一郎は泳ぐ事もなく、思い思いにブラックプール観光に出向いたり、あるいはビーチパラソルの下から、はしゃぐ女性達を見物していた。
「気抜けしたといえば、そうだが‥‥危険な目にあわないのが一番だからな。今回は、NWとまみえた経験の少ない者も多かったし」
 のんびりとデッキチェアで寛ぐ京一郎が、しみじみと息を吐く。
 友人達が傷つく事もなかった事に、ほっとしているようにも見えた。
「万事を尽くして結果オーライなら、問題もないだろ。ともあれ、お疲れさんだ」
 苦笑しながら、佐伯が黒ビールの瓶を京一郎へ向ける。
「そういえば、川沢さんは来なかったんだね」
 水に濡れた髪をかき上げた慧が、引っかかっていた疑問を佐伯へ投げた。
「ああ。『仕事』の後片付けだとよ」
「なんだか‥‥悪いな」
「ま、そういうヤツだから。気にするな」
「川沢さんと恭司君辺りって、賑やか地帯からやや離れて眺めてそうだよねー」
 水と戯れながらも慧と音楽談義に花を咲かせていたククが、さも重大な問題だといわんばかりに眉間に皺を寄せる。
 そんなククの様子に、アイリーンが悪戯っぽい表情で彼女の腕を引く。
「‥‥恭司さんを砂に埋める計画を相談したいんだけど、どうかな」
「‥‥のった! 慧君も、手伝うよね」
 嬉々とした表情のククの瞳が、きらんと輝いた。

 スタジオに残ったのは、川沢だけではなかった。
「もっとメジャーになって、いつか実力でこのスタジオを使えるようになりたいですね」
 静かになった幸香の言葉に、葵が笑顔で微笑む。
 そんな夢を抱いて、二人は緑のスタジオを名残惜しそうに、いつまでも眺めていた。