結ぶ糸/断つ刃ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 6Lv以上
難度 普通
報酬 32.5万円
参加人数 8人
サポート 1人
期間 09/21〜09/23

●本文

●迫る変化の奔流に
 陽の光が、見慣れた部屋に差し込んでいる。
 ぼんやりといつもの光景を眺めている間に、仕事の相方かつ同居人がぼすんとソファへ腰を下ろした。
「折り入って、何の話であるか?」
 冷蔵庫より持ってきたビールのボトルをテーブルに並べながら、レオン・ローズがフィルゲン・バッハへ聞く。
「うん。例の‥‥『古き竜』の後継問題。レオンにも無関係じゃないから、話をしておこうと思ってね」
「ふむ。で、どうなったのだ?」
 ボトルの栓を開けつつ先を促すレオンにフィルゲンは肩を落とし、執事を通した大叔父との話を打ち明けた。
「うん。『養子』の件が白紙になって‥‥宙ぶらりんになっていたけど、やっぱり大叔父さんは僕に後を継がせたいらしい」
 彼の正式な『交際』を認め、脚本家としての仕事も許し、養子の話を白紙とする。代わりにAFWを辞め、ルーペルト・バッハの『処分』がされ次第、『古き竜』の後継として『城』へ戻る事。
 それが、大叔父である『古き竜』の長ダーラント・バッハからの『要求』だった。
「よほど、フィルゲン君に跡を継がせたいのだな」
「まぁ、他の親戚筋が‥‥『黒森の監視役』を担い続ける事に、消極的だし。大叔父さんとしては、伝統の規範を多少乱す事に目を瞑っても、判っていて見守り続けられる相手に後を委ねたい‥‥ってトコなんだろうね」
 それは判るけど、とボヤきつつ、フィルゲンはボトルを傾ける。
「難しいものであるな。お家の伝統が絡んでいるだけに」
「僕としてはスッパリ縁を切って、こっちの仕事をやっていきたかったんだけどね。マーカス社長の下で学びたい事も、まだまだあったし‥‥」
 大きく溜め息をついたフィルゲンが天井を仰ぎ、二人の間にしばし沈黙の時間が流れた。
「ともあれ、ルーペルトとも決着をつけないとね」
「また、出かけるのであるな」
 重い腰を上げた同居人は、憂鬱そうにレオンへ首を振った。
「仮にも『堕落者』と『魔族』を、放って置く訳にもいかないし。君にはまた留守番を頼んじゃうけど‥‥ちゃんと食べて、片付けるように」
「安心するがいい。フィルゲン君の不在が長ければ長いほど、この部屋での勢力が衰えるだけであるからな」
「‥‥侵出してくんな」
 からからと笑う友人に苦笑しながら、フィルゲンは自分の部屋へと戻っていく。
 残されたレオンはというと、しばらく一人でビールを煽っていた。が、何かを思い出したようにぽむと手を打ち、自室の机の引き出しを漁り始める。
 やがて見つけ出したアドレス帳を、レオンはじっと見つめた。

 携帯の呼び出し音に、相手を確認してから通話ボタンを押す。
『メール、見ました。あの人がまた、『歌う木』を必要だと言ってるんですね』
 電話越しに淡々と話す少女に、一瞬フィルゲンは言葉に詰まった。
「‥‥うん。それはそうだけど、君は無理をしなくても構わないよ。ルーペルトが何を企んでいるか判らない以上、みすみす手を貸す必要もないしね。『囮』として借りてもいいなら、それでも十分だから‥‥」
『いえ、大丈夫です。あの人との決着は、私もつけなければなりませんから』
 以前の遠慮がちな言葉ではなく、はっきりと告げるイルマタル・アールトの様子に、フィルゲンは違和感を覚える。
「いや、本来はコッチの問題だった訳だし‥‥逆に巻き込んで、申し訳ないし」
『自分の為に、私が決着をつけたいんです。お願いします』
 固い口調には、酷く危うげな切羽詰ったニュアンスがあり。
 それ以上、相手を思い留まらせる言葉をフィルゲンは口に出来なかった。
『それで、どこへ行けば?』
「えっと‥‥先日行ったオーディンヴァルドにある、ミヒェルシュタットという街に。あそこか、あの近くにいると思うんだ。あくまでも、勘だけど‥‥」
『勘、ですか』
 怪訝な相手の反応に、見えないと知りつつも口元がゆるむ。
 バッハ家と縁を切りたくても切れない自分と、黒森遺跡へ固執した末に放逐されたルーペルト。
 互いの立場とその噛み合わない歯車に、改めてフィルゲンは苦い笑いを浮かべていた。

 久しく部屋の片隅に放置していた楽器ケースを、イルマタルはテーブルに置いた。
 僅かに蓋を開いて、その中身に変わりがない事だけを確認し、すぐ元に戻す。
 そしてケースを閉じた指で、傍らに揃えた銃と弾丸の形を辿るように撫でた。
「‥‥大丈夫」
 揺らぎのない言葉が、静かな部屋に落ちる。
「大丈夫。私はあの人を、殺せる」
 己に言い聞かせる目は、ただただ暗く沈んでいた。

 WEAが獣人達への『裏の仕事』を要請する告知ページを開いたルーペルトは、『仕事』の一つを面白そうに眺めていた。
 依頼者はフィルゲンで、オーディンヴァルドにてDSとの『交渉』に望む為の護衛を求めるという内容だ。
「どうやら、もうすぐ‥‥のようだな」
 呟いてノートパソコンを閉じ、傍らの恋人の髪に指を滑らせる。
「もうすぐだ、グードルーン」
 呼びかけられても、グードルーンの瞳には何の表情も浮かび上がらず。
 だがそれも意に介さないように、愛しげにルーペルトは彼女の髪を梳き続けた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●交渉の場
 森の奥へ進むに従い、届く陽の光が少なくなり、車で進む事も出来なくなる。
 車を降りた者達は、そこからしばらく森の中を歩き。
 そして、少し開けた場所で足を止める。
 半獣化、あるいは完全獣化して、周囲の気配を窺う事しばし。
 広場の反対から『人影』‥‥正しくは、完全獣化した竜獣人の影が現れた。
 その相対する様を、何も知らぬ人間が見たならば。

 −−さながら竜と、それを討伐する者達のように見えただろう。

●温度差
「ぴ? ルーペルトさんを確実に呼び出すのに、新聞へ広告とか出すって言うのは、どうかな」
 提案するベス(fa0877)に、フィルゲン・バッハは困った風に頭を掻いた。
「今からかい?」
「うん。あとは、ネットの掲示板に書き込むとか」
「止めないけど‥‥彼がいつどのタイミングで、どういうサイトを見ているか‥‥判るのかい? 新聞だって今からの手配だと、早くて明日の掲載になるし、紙面だって見ているかどうかも不明。そしてどちらの方法も、沢山の一般人が目にするよ?」
「‥‥ぴえ?」
「それに、そういう手間をかけない為に、僕の方でも同胞にしか見えない方法で手を回したんだけどね。いつぞやみたいに手間取って後手に回りたくないし、時間は限られてるんだから」
「後手‥‥か」
 黒森遺跡での苦い記憶を思い起こして、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が苦笑する。
「そろそろ、奴との逢瀬も終わりにしたいがな。元々、裏に関わるべきでない人間も‥‥巻き込まれている事だし」
 含みのある言葉に、早河恭司(fa0124)がちらりとシヴェルを見やった。が、それだけで言葉にする事はなく。
「とにかく、それでルーペルトさんがきたとして、問題は交渉だよね」
 指を振りつつ思案するクク・ルドゥ(fa0259)に、髪を後ろで一つに束ねながら相沢 セナ(fa2478)が口を開いた。
「そこは、お任せしますよ。出来るだけ気を引いて下さい‥‥もふゲンさん達と」
 そのニュアンスに、彼女は引っかかるものを感じて小首を傾げる。
「もしかして、皆わりと交渉する気はなかったり?」
「まだ、件のグードルーンという女性にNWが感染していたとして、なおかつまだ実体化していないなら、救う為の交渉も有り得るだろうが‥‥」
 低く唸って、Cardinal(fa2010)が腕組みをし。
「でも、その線はないです」
 扉を開いて現れたイルマタル・アールトが、手にした荷物を床に置きながらキッパリと否定した。
「確かに私に話を持ちかけてきた時、あの人はグードルーンという女性を連れていました。ですが、出入りに使ったのは病院の窓です。自分以外に誰かを連れて飛ぶほどの力は、竜の方の翼でも困難ですよね」
「なるほど。つまり、グードルーン自身が何らかの手段で飛べたか、そもそもルーペルトが一人だった‥‥という事ね」
 伊達眼鏡の縁に手をやりながら羽曳野ハツ子(fa1032)が後を続ければ、イルマは頷く。
「‥‥現状では、『魔族』と‥‥ルーペルト自身‥‥加えて、恐らくNWの‥‥『グードルーン』が相手‥‥と、考えるべきでしょうか‥‥」
 シャノー・アヴェリン(fa1412)が、改めて状況を口に出して整理した。
「ただ『グードルーン』らしきNWは、これまで現れていないがな」
 Cardinalの指摘に、シヴェルもまた顔を顰める。状況も然りだが、気に入らない事がもう一つ。
「どうやら、覚悟は出来たようだが‥‥あまり好ましい形ではないようだな。そういう覚悟はな‥‥」
 おもむろに手を伸ばすと、シヴェルは柔らかな金色の髪にぽんと手を置いた。
「可愛げがなくなるんだ。せっかく元がこんな可愛いのに、勿体ない」
 はぁと大きく嘆息する相手を、何も言わず僅かに困った様な表情でイルマが見上げる。
「イルマさんの馬鹿ーっ! 生真面目すぎーっ!」
 そこへ、どむんとククがイルマに抱きついた‥‥シヴェルごと。
「溜め込まない、悩み相談くらいしろ、心をほぐしなさいって言ってるでしょー!?」
 頬を引っ張り、あるいはぐりぐりと頭を小突きながら言い聞かせる。
「ルーペルトさんは殺さずに捕まえるから、魔族が出た時の食い止めを手伝ってね。それから、イルマさんが悪い方向へ行きそうになったら、私が殴り戻してやるんだからっ」
 勢い込んだククに、静かに首を横に振り。
「悪い、なんて‥‥大丈夫ですよ。あの人のようになる気はありませんし、NWは殺すべきで、そのNWを自分の駒にして使うDSも殺すべき。違いますか?」
 答えるイルマは、薄く張り付いたような笑みを返す。むっと口をへの字に曲げたククは、すかさずぺちんと額を叩いた。
「殺すとか、軽々しく言わないっ」
「でも、お祖父さんはNWに殺されました。トゥーリッキ先生も、私のせいでDSに殺されました。早く殺さないと、また誰かが死にますよ? 次は、ククさんの知っている人かもしれません。もしかすると‥‥」
「いいよ。もう、いいから」
 イルマの腕を掴んで恭司が間に入り、先を遮る。不機嫌そうにククはイルマを睨むが、顔を背けて俯く相手の表情は、髪に隠れてよく判らない。
「とにかく、同じ事を二度繰り返す訳には行かないから‥‥行こうか」
 重い空気を払うように、フィルゲンがぱんと手を叩いた。

「あ、ちょっと待って。出てきたわ」
 部屋から出てくる者達の気配に、アイリーンは携帯との会話をひとまず中断する。
「みんな!」
 声を張り上げれば、緊迫した空気を漂わせる友人達は足を止めて彼女を見やり。
「Good luck♪」
 アイリーンは、親指をびしっと立てた。
「ありがと、アイちゃん!」
 大きく手を振って返事をするハツ子に、彼女は笑顔を返す。そして友人達の後姿を見送ると、改めて携帯を持ち直す。
「それでね、レオン監督。私にも‥‥何か手伝える事、ないかしら?」

「ルーペルトは分別がなく仕掛けてくる訳じゃないし、おそらく多少露骨な誘導でも乗ってくると思うのよね。注意を引く為の交渉ならともかく、実際には話し合いの余地はないでしょうし」
 移動の車内で、眉間の辺りを指で揉んでいたハツ子が伊達眼鏡をかけ直す。
「だろうね。彼のいう『話し合い』や『交渉』は、ギブ&テイクじゃない。自分の望む物を奪っていく為の、口実でありゲームだから」
 フィルゲンも嘆息して、椅子の背にもたれて天井を仰いだ。
「‥‥老けましたよね。もふゲンさん」
「え〜‥‥」
 バックミラー越しに嫌そうな顔をしたフィルゲンに、セナは「冗談ですよ」と笑顔を作る。
 会話を聞くCardinalは、表情を変えずにハンドルを握っていた。
 それをあおらぬ様スピードを調整しながら恭司の車が後を追い、ククとベスが乗るシヴェルの車が続く。
 後続車を確認した恭司は、目を動かして後部座席を見やる。
「‥‥くれぐれも‥‥単独で、行動を起こさないよう‥‥あなたも戦力だと‥‥考えているからこそ‥‥です‥‥」
 隣に座るイルマへ、シャノーが言い含めている。イルマは膝の上の楽器ケースに視線を落とし、時おり頷いているが‥‥単に車の振動での揺れにも思えた。
「‥‥もし、イルマが‥‥狙われた時には‥‥私が、盾になりますから‥‥」
 シャノーの言葉を聞きつつ、恭司は視線を前の車のテールランプに戻す。
「ルーペルトの命までは奪いたくないってのは‥‥甘いのかな、やっぱり」
「キョージは‥‥優しいですから」
 ケースの上で祈るように指を組んだイルマが、目を伏せたまま呟いた。

●交渉
「『歌う木』は、持ってきてもらったよ」
 完全獣化したルーペルト・バッハを前に、フィルゲンが後ろのイルマへちらりと目をやった。イルマの隣では、恭司は初めて対する相手を緊張した面持ちで見つめている。
「これを貸す前に、聞きたい事があるの」
 阻むように、イルマ達の前へククが進み出た。
「恋人と幸せになりたいそうだけど、貴方は具体的に何をしたいの? 私でも協力できる事なら全面的に協力したいのに、判らないから協力できやしない」
「ああ‥‥そうだな。俺達の為に、お前達のハラワタが必要だ。自ら互いに腹を割き、差し出してくれるか?」
 淡々と感情もなく答えた竜獣人は短く息を吐くと、一転して声のトーンを変え。
「‥‥と、仮に頼んだとしても、できはしまい?」
 からかう口調に、ぎゅっとククは口唇を噛む。
「『歌う木』を、置いていけ‥‥それだけだ。そうすれば、ここでは何もせずにおこう。そうでないなら‥‥」
 ひらりと手を翻すと、手品の如くルーペルトの手に黒い剣が現れる。その切っ先を杖の様に地面に立て、進退の答えを待つように居並ぶ10人を見つめた。
「魔族らしき気配は?」
 低い声で尋ねるシヴェルに、ククは正面から目をそむけずに髪を左右に揺らす。
「今は、それらしい『呼吸』はないけど‥‥」
 そんな会話の傍らで、じっとルーペルトを見据えたイルマが歩を進めた。
「イルマ、待て‥‥」
「あの人が望んでいるのは、これですから」
 制止する恭司へ振り返ったイルマは、手にした楽器ケースを掲げる。草の上へ膝をついてケースを地面に置き、その留め金を外した。蓋を全開にすると、中身を確認させるようにぐるりと180度ケースを回転させて、ルーペルトの方へ向ける。
 一度それを見た者ならば、間違う事はない。
 木で出来た質素なカンテレは、確かに『歌う木』だった。
「これが、必要なんでしょう? 私はもう、弾けませんけど」
 ケースを開いたままその場で立ち上がるイルマを、ルーペルトがじっと窺う。
 そして。
「イルマ、撃っちゃダメ!」
 一瞬、銃を握る光景が脳裏を過ぎったベスが、イルマの前に飛び出すが。

 ガンッ!!

 殴るような銃音と共に砕けたのは、木製楽器の方だった。

●望みの終焉

 ビィ‥‥ンッ!

 弦の千切れる音が、風切り音の様に唸る。
 衝撃で木は穴が開いて裂け、白いチューニングの糸巻きが弾け飛んだ。
「な‥‥っ!」
 誰もが−−ルーペルトさえもが、一瞬、言葉を失う。
 スレッジハンマーを握ったイルマは、薄く笑い。
 今度は水平に伸ばす腕を、恭司とシャノーが遮る。
「放して下さい!」
「ダメだ、イルマっ!」
 もみ合いになる三人も、他所に。
「あ‥‥な‥‥」
 茫然としたルーペルトが破壊された楽器へ手を伸ばし、ふらりと近寄る。
「今よっ!」
 短くハツ子が声を上げ、同時に完全獣化したCardinalとシヴェルが飛び出す。
 気付いたルーペルトは、剣をかざして牽制しようとし。
「いやああああああああっ!」
 銃を奪われる前に、イルマはただルーペルトのいる方向へ、デタラメに指を引いた。

 二発目の銃弾は、黒い刀身を穿つ。

 砕ける剣に、ルーペルトの表情が歪んだ。
「‥‥れ‥‥『戻れ、グードルーン』っ!」
 懇願するような悲痛な叫びに呼応するかの如く、破片や柄が消え失せる。
 次の瞬間、鍛え上げられた腕によって、ルーペルトは地面に叩きつけられ。
「動きを封じます!」
 伸ばした手でセナが『堕落者』へ触れ、『闇波呪縛』で力を奪った。

 そして、糸の切れた人形の如く。
 イルマは、崩れ落ちた。