幻想寓話〜ク・ホリンヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
6.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/30〜10/03
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●本文
●英雄譚
「さて‥‥フィルゲン君が『ニーベルングの歌』を嫌う以上は、別のシナリオを作らねばならぬのだが」
もったいぶった風に言うと、監督レオン・ローズがソファにふんぞり返って足を組んだ。
だが脚本家フィルゲン・バッハはそんな友人の素振りを気にも留めず、束ねたコピー用紙でぱたぱたと顔を扇ぐ。
沈黙。
微妙な沈黙。
それに耐えかねて、レオンは再び口を開いた。
「えーっと‥‥フィルゲン君? ふったネタをスルーされると、いささか心苦しいのだが」
「ネタを拾ってもいいけど‥‥君が嫌がるだろ?」
「はっはっは、何を言う。こう見えても、いつでも寛容、ラブ&ピースであるというのに」
「‥‥僕がいない間に、また何か悪いモノでも食べたのか」
両手を広げて爽やかさをアピールしているらしいレオンに嘆息すると、フィルゲンは相方へ紙の束を渡した。
「むむ?」
「次のシナリオ。『ニーベルンゲン』をやらない代わりに、こっちでいいよな」
コピー用紙に印字された文字を読み進めるレオンの表情は、やがて見て判るほどに意気消沈していく。
「‥‥ホントに、これをやる気であるか?」
「うん。話的に、『クーリーの牛争い』のコレがいいだろ?」
「フィルゲン君の‥‥フィルゲン君の馬鹿者ぉぉぉ〜っ!」
台本を握ったレオンは、何故か涙ッシュで自分の部屋へ走り去った。当然、友人の背中を見送ったフィルゲンは、ぽつんとリビングスペースに残される。
「そんなに‥‥親友同士が戦うネタが、嫌なのか‥‥ま、それならそれで、脱線も少なそうだけど」
呆れた風に呟くと彼はぽしぽしと髪を掻き、台本をまとめる為に自室へ戻った。
●幻想寓話〜クー・フーリン
『クー・フーリンは父を太陽神ルーに、母をアルスター王の一族の姫デヒテラに持つ、半神半人の英雄である。
戦場に出る時には灰のマハと黒のセングレンの二頭の馬が引くチャリオットを駆り、戦いが始まると激しく痙攣し、あごが頭くらいの大きさになり、逆立つ髪から血が滴たたるほどの恐ろしい形相に変貌したという。
幼い時はセタンタという名だったが、ひょんな事から鍛冶屋クランの番犬を絞め殺してしまった為に、別の番犬が見つかるまで代わりにクランの家を守ると申し出る。そのエピソードを経て、以後は「クランの猛犬」を意味するクー・フーリンと呼ばれるようになった。
ある日、クー・フーリンはドルイドより予言を聞く。
「今日、騎士になるものは者は、エリンに長く名を知られる英雄となる。だが代わりに生涯は短く、苦難に満ちるだろう」
それを聞いたクー・フーリンは、迷わず王の元へ向かった。若きクー・フーリンを前に王は渋るが、彼は槍を折り、剣を曲げ、戦車を踏み壊し、その怪力を見せつけて告げた。
「誰もが、一度は死ななければならない。だが名声は、自分が死んだ後も残る」
そうして彼は騎士となり、後の英雄となった。
同じ師の下で学んだ親友をその手で殺し、己の息子もその手で殺した末、ゲッシュ(禁忌の誓い)を利用した奸計にはめられ、自身の槍ゲイボルグに貫かれて落命するという、苦難に満ちた短い生涯と引き換えに。
今回、取り上げる親友フェルディアとの戦いは、先に述べた苦悩の物語の一つであり、英雄譚の一つでもある。
『クーリーの牛争い』と呼ばれる、戦いがあった。
隣国コナハトの女王メーヴが大軍勢を率い、牡牛ドン・クアルンゲを略奪しようとアルスターに侵攻したのだ。これに対し、クー・フーリンはただ一人で軍勢と立ち向かう事となった。
圧倒的な戦力で攻めるメーヴの軍を英雄はことごとく退け、立腹した女王メーヴは部下のフェルディアに目をつける。フェルディアはかつて影の国の女主人スカアハの下でクー・フーリンと共に修行をし、彼に匹敵する腕を持っていた。
親友との戦いを迫られたフェルディアは、もちろんそれを拒む。だが、主人である女王の命に従うしかなく、両者は川辺で対峙した。
敵対する国に属する者同士となったクー・フーリンとフェルディアは、否応なく戦いを始める。
太陽が空にある間は、投げ槍や長槍、あるいは剣をもって技量を競うが、勝負はつかず。
夜になれば二人は休息を取り、クー・フーリンは薬を、フェルディアは食料を相手に送り、同じ焚き火にあたって眠った。
それを三日繰り返し、四日目となった日。
二人は死力を出して戦わねば決着がつかぬと、互いに悟っていた。
激しい剣戟に川の水は赤く染まり、夕暮れが迫る頃。
その時は、訪れた。
フェルディアが、渾身の剣を繰り出し。
クー・フーリンはそれまで封じていた槍ゲイボルグを、戦車手レーに投げさせ、遂に放った。
ゲイボルグ−−それは、二人の師スカアハが所有していた槍である。スカアハは数いる弟子の中からクー・フーリンを選び、ゲイボルグを授けた。
その槍に引き裂かれて、フェルディアは絶命する。
師が親友に授けた技を己の目で見る事が出来た事に、満足しながら。
親友の死を哀しむクー・フーリンもまた、満身創痍で倒れ伏す。
出来る事ならば、己の命と引き換えにできればと嘆く彼であったが、運命は英雄が命を落とす事を許さなかった。
まだ、「その時」はきていない、と‥‥』
「クー・フーリン」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。クー・フーリン役、フェルディア役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
脚本はアレンジ可能。また、アレンジ如何によっては配役の追加も検討。
ロケ地は、アイルランドのラウス州ダンドーク郊外。ダンドークは、ダブリンとベルファストの中間付近に位置し、アイリッシュ湖に面した港町である。
●参考
『クーリーの牛争い』の時点でクー・フーリンに関わりのある人々には、他に次のような人物がいる。
エメル‥‥クー・フーリンの妻。彼女に求婚するため、クー・フーリンは「影の国」へ赴き、修行をした。クー・フーリンと結婚後も彼の武勇に惹かれる女性は数知れなかったが、二人は最後まで別れる事はなかった。
モリガン‥‥戦の女神。クー・フーリンに言い寄るが相手にされず、その為に彼の戦いをたびたび邪魔する。
スカアハ‥‥冷徹かつ非情なる「影の国」の女主人。弟子となり、自分の下で修行を終えたクー・フーリンに、槍ゲイボルグを与えた。
レー‥‥クー・フーリンの戦車手(戦車の御者)。戦車主の王とも呼ばれる程の使い手で、時に主よりゲイボルグを預かる。
アルスター王コノール‥‥クー・フーリンの叔父にあたる。アルスターで最も有名な悲恋伝説のデアドリの養父でもある。
●リプレイ本文
●ダンドーク郊外
風は既に肌寒く、短い秋から近づく冬の気配を感じさせていた。
何の変哲もない緑の草地に、ぽつんとその石の柱が立つ。
辺りを見回しても、その岩と緑以外は‥‥何もない。
「これが、そのクー・フーリンの石?」
不思議そうに、クー・フーリンの妻エメル役アイリーン(fa1814)が白っぽい石を見上げた。
「よく知っておるな、アイリーン君」
感心した風に、監督レオン・ローズが彼女を見やる。
クー・フーリンは死の間際、地に倒れ伏して死ぬ事を良しとせず、自らの腸で身体を石の柱へ結びつけ、立ったまま絶命した。この地方ではいまも、ダンドークにあるこの石柱がそうだと伝えられている。
「確か、近くにはクー・フーリンが住んでいたとして、後世に城が立てられた場所もあるのよね。元が神話だから、真実味は薄いけど‥‥」
更に付け加えるアイリーンに頷きつつ、ぽしぽしとフィルゲン・バッハが髪を掻いた。
「真偽はともかくとして、英雄は人々を惹きつけるものだから、英雄の関わった場所も然り‥‥だね。『ジークフリート絶命の泉』みたいに」
彼の言葉に、今回の吟遊詩人役となる相沢 セナ(fa2478)は思わず苦い表情を浮かべる。
「あれは、4つもありますから‥‥」
「ええ。付加価値っていうのは、凄いわよね。その、ネームバリューがあればあるほど」
腕組みをして、重々しくコナハトの女王メーヴ役の羽曳野ハツ子(fa1032)が息を吐き、そんな友人にモリガン役を演じる深森風音(fa3736)がくすりと笑う。
「クー・フーリンが騎士になる時の言葉を思い出すね。名声は、自分が死んだ後も残る‥‥我々も、後世に残るような作品を作っていきたいものだよ」
「‥‥ぴよ? フィルゲンさんが悶絶してるよ?」
遠回しに何かが刺さったのか、奇妙な動きをしている脚本家に魔槍ゲイボルグに宿る精霊役のベス(fa0877)が小首を傾げた。
「ええ。いつもの事よ」
「‥‥変わりないんだな。『本業』でも」
あっさりとハツ子が答え、フェルディア役Cardinal(fa2010)は『本業』以外での付き合いが多い相手をしげしげと眺める。
「つまり、常日頃から‥‥フィルゲンさんはこんな感じ、なんですね」
初めてAFWの面々と仕事をするスカアハ役の浦上藤乃(fa5732)は、面白そうに見物し。それから同じ事務所に所属する烈飛龍(fa0225)を見やる。
「スカアハにとっては、弟子は皆息子のようなものだったのでしょうか。両者が争う時は‥‥どんな気持ちで、いたんでしょうね」
大任であるクー・フーリン役となった飛龍は、ケルト神話の英雄を演じる重責を感じつつ、屹立する石から広大な風景へ目を向けた。
「さてな。にしても、アイルランド一の英雄か。多くの者が、自分なりのク・ホリン像を持っているんだろうな」
吹きつける強い風が、ざわざわと緑を揺らしていた。
●両雄相まみえる
明るい月の光をはじいて揺れていた草原に、黒い影が落ちる。
雲に覆われた闇の底。大きな岩に腰を下ろした影が、膝の上に置くリュートを奏でる手を止めた。
「おや? このような地に客人とは‥‥珍しい事もあったものだな」
目深に被った帽子の広いつばに手をかけて、顔を隠すように更に深く引き下ろし。
音を確かめるように、じゃらりと弦をかき下ろす。
「ならば、この『荒地の弾き手』が聞かせよう。
人と神の間に生を受け‥‥生と死の彼岸で翻弄されし英雄の話を‥‥」
一つ二つと鳴らす弦の音を、吹き抜ける風がさらっていき−−。
がたがたと、扉を風が揺らす。
それに混じって、重い戸を叩く音が聞こえた。
ランプ皿を手に彼女自らが足を運んで扉を開けば、恭しく使者が一礼する。
「占術の結果を、お伝えに上がりました」
「それで‥‥樫の賢者の方々は?」
「戦いは、厳しく辛いものとなるでしょう。しかし、未だあの方が倒れられる時ではないと」
短く安堵の息を吐き‥‥それでも、エメルの表情は晴れなかった。
再び部屋で一人、揺らめく炎を見ながら不安を巡らせていると、低く笑う声が一つ。
「ドルイドの予言を聞いても、なお不安か。お前達の心配事は、せいぜい『空が落ちるか否か』の一つのみと思っていたが」
炎の影に佇む女の姿に、『クランの猛犬』の妻は用心深く目を細める。警戒する相手に、女はまた低く押し殺すように笑い。
「その様に睨まずとも、私は洗う衣を間違えはせぬよ。あれの機嫌を損ねる気なぞ、塵ほどもないからな」
「二言がない事を願いますわ。『大いなる女王』」
その名で呼ばれたモリガンは、無言のまま黒髪を指でさらりとかき上げた。
「でも彼が倒れぬ身であるからこそ、私は彼の心を案じるのです。彼も彼が認めた友も、友情を重んじ。だからこそ、相手の名誉の為に死力を尽くすでしょうから‥‥それが例え、結果に悲しみしかない戦いでも。‥‥そのあり方を、かつてその槍で父を討った彼を、私は愛しいと思った。予言が果たされるその日まで、私は彼と共にありましょう」
強い瞳で見返すエメルに、女神は薄く笑みを浮かべた。
「息のある間は、な。せいぜい、労わってやるがいい」
皮肉めいた言葉を残し、その姿が影に溶けるように失せる。
気配が消えると、エメルは深く大きく息を吐く。
「ルーよ‥‥貴方の息子を救う為、アルスターに光を‥‥」
炎を前に、エメルは静かに祈った。
夫が親友を討つ前に、呪いによって衰弱したアルスターの戦士達が立ち上がり、コナハトの軍を退かせる事ができるよう‥‥と。
「まだなの!?」
甲高く咎める声と共に、杯が投げられる。
「決闘に当てた者に手を取られているなら、もろともに討ち取ってしまいなさいっ!」
平伏し、投げた杯の的となった臣下の男は、更に頭を床へこすり付けた。
「しかし、普通ならば決闘相手も一日と持たぬところ。それに‥‥あの苛烈な戦いへ割って入り、討ち取るとなりますと‥‥」
「それでもコナハトの男か、臆病者が!」
言い放つメーヴに、臣下達は怒りを恐れて次々とひっそり席を外す。
「ドルイド達は、何をしている? 何としても、アルスターの牡牛を手に入れるのよ!」
「メーヴ様‥‥後は、私どもで指示を致しておきますので、今のところはどうかお休みになって下さい。メーヴ様のお姿がなければ、兵どもの士気も上がりませぬ故」
控えめに間に入る別の臣下を、コナハトの女王は苛立たしげに睨み降ろし。
踵を返し、鼻息も荒く引き上げた後姿に、残された者達は安堵の息をついた。
ゆっくりと、風が見晴らしのいい草地を渡っていく。
やがて太陽が昇り、草の中に累々と横たわる骸をあらわにした。
骸の間で餌を漁る烏達が、何かに気付いて一斉に舞い上がる。
そして見渡す草原の両端より、長躯の男が現れた。
手にした槍が陽光を反射して、鈍い光を煌めかせる。
「時間だな」
「ああ‥‥始めるか」
親しげな口調で、互いに短い言葉を交わし。
クー・フーリンとフェルディアは、戦場にて対峙した。
●昼と夜
投じた槍を、長槍で叩き落し。
突き出す穂先を、剣が跳ね上げ。
間合いを詰めた刃を、刃で押さえ込む。
拮抗する力に、剣が悲鳴を上げ。
二人は申し合わせたかの如く同時に離れ、再び間合いを取って相手の出方を探る。
戦いの間に、幾本もの投槍が踏みしだかれ、幾本もの長槍が折られた。
互いの技を競い合うかのような戦いは、何人も割って入る事が出来ず。
‥‥そしてまた、日は没する。
「今日も、決着はつかなかったな」
「そうだな。残念だ‥‥と、言うべきか?」
剣を引きながら返す親友に、クー・フーリンは笑った。
戦いは、太陽が空にある間のみ。
日が沈むと、敵国の決闘相手は親友へと戻る。
「なぁ、覚えているか。あの時の‥‥影の国での日々を」
焚き火を挟んで座る相手に声をかければ、フェルディアは一つ頷いた。
「久し振りに剣を交えて、修行時代を思い出した‥‥肩を並べて戦った時の事も、な」
「まさかお前と戦う羽目になろうとは、あの時は思いもしなかった。今さら言っても、仕方ないが‥‥もし影の国を去る時、この運命の皮肉を知っていたのなら、違った選択も出来たかも知れないな‥‥いや、無理だな。そんな男なら俺もお前も互いを親友と呼ばなかっただろうしな」
「ああ。お前に泣き言は、らしくない。こうして決闘の場に出た以上は、後悔も後戻りもない事は、承知しているだろう?」
さとす『兄弟子』に、クー・フーリンは苦笑を浮かべる。
「つまらない事を言った。忘れてくれ」
そんな親友に、フェルディアは炙った肉を差し出した。
「腹が減って動けぬ相手は、討つ気にならんからな」
それを受け取ったクー・フーリンは、小さな包みを投げて返す。
「そっちこそ‥‥手傷を負って満足に動けぬところを、倒されないようにな」
意味するところを察して、にやりとフェルディアが口角を上げた。
葛藤も苦悩もした‥‥この場へ足を運ぶ間に、腐るほど。
そうした決意を持って、この決闘の場に足を踏み入れた以上、己と相手の名誉の為にも振り返る事は許されない−−。
二人が囲む炎を、遠くから‥‥鎧を着た少女が眺めていた。
「主の身だけでなく、その友の身まで案じるとは、殊勝な事だ」
皮肉めいた低い声に、少女は烏達の中に立つ女王に視線を投げる。
「モリガンよ。主に相手にされず、恨みを抱いているであろうあなたが、何をしに来た?」
「気にするな。これは単なる‥‥独り言」
釘を刺す相手に、モリガンは戦車に残された槍を見やった。それから歩を進め、川のせせらぎで足を止める。
「『猛犬』の衣を洗うのは、今ではない。だが倒れぬ身だからこそ、この戦いが長引びく事で心を痛めると、忌々しい女が嘆いていたな」
それから、川岸に立ったモリガンが少女へ振り返った。
「それだけだ。お前も、主をおもんばかっているのだろう?」
険しい表情の少女は、再び遠い焚き火へ顔を上げる。
「主よ‥‥何故、我を使わぬ?」
憤りの言葉を、口にして。
クー・フーリンの馬車に残された魔槍へ触れると、少女の姿はそれへと吸い込まれるように消えた。
「よもや、このような形になろうとはな」
波一つない水鏡に浮かんだ情景が、ゆらめく。
「どちらが勝とうが、心に傷を残すであろう‥‥この国に縛られている身が、これほど恨めしく思えた事もない」
−−だが、これは彼女の問題ではない。
「だが、戦いの終わりは‥‥近いか。それに相応しい形をもって」
予言めいた呟きをこぼす黒衣の女主人スカアハは、水が映した弟子達の姿をじっと眺めていた。
●最期の時
三度目の夜が終わり、四度目の太陽が昇った。
繰り返される剣戟は、数え切れず。
互いに満身創痍の二人によって、川の水が夕暮れに染まったかの如く、色を変えていく。
「俺を侮るな、クー・フーリン!」
気力を振り絞ったフェルディアが、咆哮と共に親友の槍を打ち払う。
クー・フーリンの力に耐える強靭さを持つとはいえ、ただの槍はただの槍。
相変わらず、彼の決闘相手にはためらいが残っていた。
「まだお前は、全力を出していないだろう!」
落ちた槍を踏み折り、それを断ち切らせる為にもフェルディアは攻め続ける。
(「主よ、我を使うがいい。戦士として、全力を尽くすのであれば‥‥」)
囁きが彼を責める−−自身の決意は、万全かと。
「スカアハから俺に託された以上、お前も俺の一部だな。確かに俺の持てる力をすべて出さないのは、あいつの名誉にとっても無礼‥‥か」
それにクー・フーリンが気付いたのは、四日目の夕刻。
渾身の、親友の剣技を目にした瞬間。
‥‥そして、雌雄は決する。
「忘れるな。共に過ごした日々は、今でも変わらず‥‥俺の宝であり、誇りだ」
血を吐きつつ、いまわの息の下で友人へ思いを残し。
満足げな笑みと共に、フェルディアは逝く。
遠く影の国より全てを見届けたスカアハは、静かな水面を打って乱した。
「‥‥興が冷めたわ」
敗北の知らせを受けたメーヴは、遊びに飽きた子供のように戦を投げる。
「さっさと帰るわよ」
「しかしメーヴ様、アルスターの軍が迫って‥‥!」
悲鳴のような報告を、アルスターの戦士達の鬨の声がかき消した。
呪いの衰弱より立ち直ったアルスターの軍は、クー・フーリンと共にコナハトの軍を打ち破る。結果、クー・フーリンは女王メーヴを生け捕るが、殺す事も辱める事もなく、コナハトへ返した。
「クー・フーリン。決してその名、忘れぬからな」
怨嗟の言葉を、メーヴは遠いアルスターの地へ放ち‥‥。
「‥‥その言葉は、後に英雄を死の淵へと追いやるが、それはまた別の話」
語りはお終いだという風に、ピンと高くリュートの弦が跳ね。
空を覆う雲が切れる。
月の明かりが草原を差した時には、岩の上に人影はなく。
ただ吹き抜ける風が、寂しく唸りをあげるのみ−−。