世界祝祭奇祭探訪録 20ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/17〜10/19

●本文

●北ドイツ最大の民族祭
『ブレーメンの音楽隊』で知られるブレーメンで、『北のオクトーバー・フェスト』と呼ばれているのが『ブレーマー・フライマルクト』だ。
 今年で972回目を迎え、ドイツで最も歴史のある祭りの一つとも言われる祭りの起源は1036年に遡る。当初は商業市のようなものであったが、1810年以降に市民の祭りへと変化し、今の形になった。
 ブレーメン中央駅のすぐ傍を会場とし、10万平方メートルの広大な敷地には「バイエルン」「ブラウハウス」「ハンザ」「クーシュタール」という名をつけた巨大なビアテントが出現する。
 また会場の一角には中世の風景が再現され、当時の商人に扮した人々が雰囲気を盛り上げ、子供向けにはお馴染みの移動遊園地がやってくるのだ。

 また市庁舎の立つマクルト広場も『フライマルクト』の会場となり、祭一色に彩られる。
 市庁舎と並んで世界遺産に指定され、「これが街に立つ限り、ブレーメンは自由ハンザ都市でいられる」と伝えられる『ローラント像』には、フライマルクト名物であるハート型のハードクッキーで出来た首飾りまでかけられるという。
 初日のオープニングセレモニーの後には、花火が打ち上げられ。
『フライマルクト』の期間中は、ヨーロッパ各地から毎年400万人がブレーメンを訪れる。

●『ブレーマー・フライマルクト』
 お馴染みのスタッフが、慣れた手つきでいつものように番組資料を配布する。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『フライマルクト』で第20回となる。
「今回の滞在先はドイツのブレーメンです。滞在期間は10月17日から10月19日までの3日。祭自体は19日の昼から始まり、11月4日までの17日間続きます」
 資料をめくりつつ、担当者は手際よく説明を続けた。要約すれば、祭自体は初日のみのレポートとなる。
「滞在先のカーン家は、ブレーメンでアクセサリーや小物を作り、売られている一家です。家族構成は、ご両親と7歳になる娘エルナさんの三人家族だそうで、イベント中は中世風のイベント区画でハンドメイドの商品を販売されるとか」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「では、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0780 敷島オルトロス(37歳・♂・獅子)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2225 月.(27歳・♂・鴉)
 fa4054 音羽 英(22歳・♂・犬)
 fa4768 新井久万莉(25歳・♀・アライグマ)
 fa5703 茉莉枝(19歳・♀・竜)

●リプレイ本文

●CETからお知らせ
 −−今回の探訪者は、皆さん成人です。お酒は二十歳になってから。

●四匹が目指した街
 レンガ造りのブレーメン中央駅を出ると、駅前には既に屋台が立ち並び、祭りの予感を含んだ空気が一行を包み込んだ。
「で、あそこで昼間っから飲める訳か」
 ザラつく感触の顎をゴツい手で撫でつつ、敷島オルトロス(fa0780)が駅からも望める巨大なテントを眺めた。
「一応言っとくけど、今はまだ飲めないからね」
 腰に片手を当てた新井久万莉(fa4768)は、突き出した人差し指をチッチとオルトロスへ振る。
「『ブレーマー・フライマルクト』‥‥ブレーメンの町祭り、か。ドイツには何年か滞在したが、この祭りに参加するのは初めてだな」
 玩具のようなカラフルな看板と古い街並みの街を眺めつつ、月.(fa2225)が呟いた。
「話によると、随分と歴史がある祭りなんだね。今年で972回目だっけ? 何だか、数字だけで圧倒されちゃうよね」
 月の隣で指折り数える音羽 英(fa4054)へ、御堂 葵(fa2141)が小さく頷く。
「飲む事を楽しむお祭りというと、以前この番組でお邪魔した『オクトーバーフェスト』思い出しますが‥‥これも国民性の一つなのでしょうか? ただ、あちらは確か1810年から始まったそうですが、こちらは1036年が起源との事ですから‥‥本当に、古いお祭りなんですね」
「でもやっぱり、ドイツといえばビールとフランクフルトって感じよね。あとは、プレッツェルとかも美味しそう」
 気になるのか、カフェやパン屋を見つけては、店を眺める茉莉枝(fa5703)に、何かとドイツへ足を運ぶ機会の多かったCardinal(fa2010)が「ふむ」と真剣な表情をした。
「ドイツの北部は、あまり来る機会がなかったのだが‥‥ビールなどもやはり、南部とは違うのだろうか」
「そうだな。確かドイツのビールは統一されたメーカーがなく、地ビールばかりだと聞いた覚えがある。その数も五千種というから、各地方の地ビールを巡る旅行というのもあった筈だ」
 月の説明する間に一行はゼーゲ通りの突き当たりでオベルン通りに入り、マルクト広場へ向かう。その途中、古めかしい市庁舎が近付くと、茉莉枝がその前に立つ像を見つけた。
「あれが、『ブレーメンの音楽隊』の像ね。ちょっと待ってて」
 嬉しそうに像へ向かう茉莉枝に、残された者達は顔を見合わせ、とりあえず彼女の後についていく。その先には、ロバの上に犬が乗り、その上に猫が乗り、てっぺんにはニワトリと、物語のクライマックスそのままの姿を再現した『ブレーメンの音楽隊』像があった。
 像を囲む観光客は、気付けば誰もが一番下のロバの足に触れ、擦っている。その為か、黒っぽい銅像はロバの足(と、ついでに鼻面)だけが磨かれ、艶のある明るい色をしていた。
「‥‥ナンだ、これ?」
 首を傾げた英へ、ロバの足を擦る茉莉枝が振り返る。
「ロバの足をこうやって擦りながら願い事をすると、願いが叶うのよ。えっと‥‥玉の輿に乗れますよーに!」
「いいね! せっかくだし、皆でやっていかない?」
「ふむ。面白そうだな」
 手招きしながら久万莉が駆け寄り、オルトロスも後に続く。
「音楽隊はブレーメンに着かなかったが、今もこうして街の住民から愛されているんだな」
 しげしげと眺めながら、月も銅像へ歩み寄った。
「でもさ。願い事‥‥こんなにテカテカになるくらい皆でしても、ご利益あるのかな」
 苦笑しながら英も手を伸ばし、彼の素朴な疑問に葵も思わずくすりと笑う。
「本当、どなたが叶えてくれるんでしょうね」
「一種の幸運のまじないか‥‥ゼーゲ通りの入り口にあった、豚の親子像のような感覚かもしれんが」
 さまざまな形で発露する人々がかける願いの形に、改めてCardinalは感心した。

 ローラント像が守るマルクト広場を抜けて南へ歩くと、旧市街へと出る。
 15〜16世紀に建てられた家々が今もその佇まいを残す地区の一角に、目指すカーン家はあった。
 近付く一行に気付くと、家の前でぶらぶらしていた少女が表情を輝かせ、走ってくる。
「もしかして、お兄ちゃんとお姉ちゃん達がお客さん!?」
 期待に満ちた眼差しで問われれば、久万莉が笑顔で手を振った。
「グーテンモルゲン♪ それともアーベントかな? お姉ちゃんは新井久万莉、よろしくね」
「‥‥アライクマリ?」
「そこ、フルネーム続けて読まないーっ」
 何故かダメージを受けてもがく久万莉に、少女はきょとんと首を傾げ、同行者達は二人の様子に思わず笑う。
「エルナ、お客様は‥‥ああ、いらっしゃい! ようこそ、ブレーメンへ」
 外の笑い声に店から出てきた愛想のいい中年男性が、両手を広げて来訪者達を歓迎した。

●小さな工房で
 カーン家が扱うハンドメイドのアクセサリーは、夫妻による『既製品』もあれば、客が好みの石や飾りを選び、店から見える工房で−−希望すれば、客自身の手で−−『オーダーメイド』を作る事もできるようになっていた。
 そんな工房の一角では、がっちりとした体格の男が二人、テーブルを挟んで難しい顔をしている。無骨な手でビーズや穴を開けて加工した様々な石を選び取り、組み合わせに苦心していた。
「なんかちょっと‥‥意外、かも?」
 真剣に細かな作業へ取り組む二人の様子を、英が驚きながらも店側から覗き込む。
「でも、Cardinalさんは本当に器用ですよ。オーストリアでも刺繍工芸のプチポワンに挑戦したり」
「へぇ、隠れた才能ってヤツだね」
 葵の説明を聞いた久万莉もまた感心した風に、作業に専念するCardinalの手元を見守っていた。彼はモザイク画のようにブローチの台座に小さな石をはめ、独自のモチーフを模っている。
「これは知り合いへの、ブレーメン土産にでもしようと思ってな。せっかくこういう事をやってるトコロに滞在する訳だし、ありきたりの土産ってのも‥‥なぁ」
「ふ〜ん?」
 テグスに石を通すオルトロスに見学する茉莉枝は意味ありげに目を細め、テーブルへ頬杖をつく。
「‥‥なんだよ。いいだろ、こう‥‥金で買えない手作りの良さってのが」
 どこか警戒するようなオルトロスへ、彼女はにっこりと笑顔を作り。
「うふふ。敷島さんって、隅に置けないのね」
 ぶちっ。
 ざらざらばらばらざー。
「テグスは、素手で引き切れるもの‥‥だったか?」
 せっかく通した石が散らばるのを見ながら、月が苦笑した。
「おじちゃん、だいじょーぶ?」
 フリーズしているオルトロスの袖を、7歳の少女が引き。
「おや、痛んでいたのかな‥‥申し訳ない、すぐに新しい糸を出すから」
 千切れたテグスに、彼が呆然としたと思ったのだろう。急いで、カーン氏が新しい代わりの糸を用意した。そしてCardinalは黙々と手を動かし、狐の尾を整えていく。
「そろそろ一休みにして、お茶にしませんか?」
 奥の扉を開いてカーン夫人が顔を出せば、同時に紅茶やハーブの香りが広がった。

「お好みのアクセサリーは、見つかりましたか? もし気に入ったのがなければ、作りますので遠慮なく言って下さいね」
 ザッハトルテを切り分けつつ、丁寧に夫人が女性達へ尋ねる。
「ええ、この綺麗な緑が気に入っちゃって。早速、買っちゃいました」
 お気に入りを発見した茉莉枝が、胸元で揺れる澄んだ緑の石のペンダントに指で触れた。
「『ブレーメンの音楽隊』は、日本でも有名で絵本やアニメにもなってますけど、『音楽隊』関係の小物とかもあるんですか?」
 久万莉が質問すれば、中肉中背の夫人は「そうですね」と頷く。
「スタンダードなものだと、動物のシルエットをモチーフにした石なんかが、特に。そうですか、日本でも『音楽隊』は愛されているんですね」
 嬉しそうにしながら、カーン夫人はケーキの皿を久万莉の前に置いた。
「エルナも、店を手伝ったりするのかな?」
 月に問われた少女は、両手でティーカップを包むように持ちながら、首をこくんと縦に振る。
「うん。お客さんが困った時に、どのお色がいいですよって」
「そうか、偉いな」
 褒められたエルナは、照れたようにカップを口へ運んで顔を隠した。
「そうだ。エルナも一緒に、移動遊園地に行くか? エイの案内をかねて、一緒に行く予定なんだが」
 誘う月の横から、英が身を乗り出す。
「そうそう。移動できるのにお化け屋敷から絶叫系までいろいろあって、なんか面白そうだよね」
 そんな話で盛り上がる娘と来訪者達を両親は微笑ましげに眺め、カップが空になった者へお茶のお代わりを勧めた。

●飲んでも飲まれるな!?
 様々な屋台が並ぶマルクト広場の『ローラントの像』の首に、巨大なハート型のレーブクーヘンがかけられ。それにならう様に、子供達も自分の顔よりも大きなレーブクーヘンを首からぶら下げている。
「あれ、食べられるのかしら?」
「ええ。でも硬いですよ」
 踊り子の仮装をした茉莉枝が子供達を見送れば、中世の商人姿のカーン夫人が答えた。ジンジャーやスパイス入りで独特の香りが漂うハードクッキーは食用可能だが、もっぱらデコレーション用らしい。
「それじゃ、行ってきま〜す」
 月と英と共に移動遊園地へ向かうエルナが、『店番』に残る者達へ手を振る。少女もやはり、大きなペンダントのようにレーブクーヘンをぶら下げていた。

「色のバランスを考えたら、そいつはもう少し右寄りの方が良くないか」
「そっかな。じゃあ、こっちは?」
 やはり商人の格好をした映画監督と裏方職人の二人は、アクセサリーを販売する屋台に手を加えている。
「凄いな‥‥これはぜひ、来年もお願いしたいところだ」
 商品を見やすく、手に取りやすく、そして何より映えるよう二人が施した『演出』に、カーン氏は感心しきりだ。
「よっし。それじゃあ、盛り上げてくよー? 食後の美味しいビールの為にもね!」
 腕まくりをした久万莉が、気勢をあげた。夕方からのセレモニーが始まれば露店どころではない為、販売は主に昼に行われるのだ。
「あの‥‥この格好のまま街を歩き回っても、いいんでしょうか?」
「ええ、構わないですよ」
 羊飼いの扮装で『売り子』を務める葵が小声で尋ねれば、夫人は笑顔で頷いた。
「だって、お祭りですもの」

 中世風のイベント区画という物珍しさもあってか、メインイベントを前にして屋台を巡る人々の対応に追われる間に、秋の陽は傾き。
 夕方になると、テント会場のステージにてオープニングセレモニーが始まる。
 市長の演説と、ミス・フライマルクトとの乾杯で、972回目のフライマルクトは幕を開けた。
 陽気な音楽が四つのテントで鳴り響き、人々はジョッキを掲げて歌い、踊る。
 カーン夫妻に案内された七人は、その賑やかな酔っ払い達の輪へ、遠慮なく飛び込んだ。

「ぷろーすとぉっ!」
 何度目かの乾杯の声を上げつつ、久万莉はジョッキを掲げた。
 それから一気に半分近くを胃の腑へ流し込むと、「ぷぁ〜っ」と大きく息継ぎをする。
「やっぱ、この一杯の為に生きてるって感じよねぇ!」
「ホント、おいしい! いくらでも飲めるわね。どのビールもそれぞれ個性的で、滋味があるわ」
 久万莉ほどの勢いはないが、茉莉枝のペースもかなり早い。
 酒の肴には、定番のソーセージやステーキバーガーなど、目に付くまま頼んだメニューが並んでいる。
「これだよ、これ! 途中で見かけてから、ずっと気になってな」
 運ばれてきた皿に、ジョッキを置いたオルトロスが両手を揉んだ。盛られているのは、スライスしたフランクフルトにカレーソースをかけた一品で、スパイシーな取り合わせに彼は次々とフォークを進めていく。
「まったく。仕事でビールが飲めるなんてそんな上手い話があるんなら、何故もっと早く言わないのか」
 口をもごもごさせつつ文句を言うオルトロスは飲むペースを抑え、食べる方にも余力を裂いている。
「あんた達、いい飲みっぷりに食いっぷりだな!」
 そんな三人の周りには、陽気な人だかりが出来つつあった。

「カーンさんへお世話になったお礼に、和風のおつまみを用意してみました。葱の出汁巻き卵と、イワシの梅しそ巻きですけど‥‥」
 持参したパック容器から皿へつまみを装った葵は、遠慮がちに夫妻へ勧める。
「さっぱりした味で、美味しいですね」
「これは、ワインでもいけるかもしれないな」
 感心する夫妻に彼女はほっと胸を撫で下ろし、長い付き合いとなったCardinalへも皿を置いた。
「お口に合えば、いいんですけど」
「ああ、ありがとう。それにしても‥‥同じビールでも、色々と味が違うものだな」
 感心するCardinalは月達とジョッキを回し、ビールの『飲み比べ』を楽しんでいる。
「ああ。銘柄ごとにグラスが決っているそうだし、いつか集めてみたいものだ。そういえば、ドイツでビールを最初に作ったのは修道士だったそうだが‥‥修道院でビールというのは、良いのだろうか」
 ゆっくりとジョッキを傾けつつ疑問を口にする月へ、年配の飲み客から答えが返ってきた。
「『液体のパン』だからな。施しには腐らない食料や飲み物が最適だったし、修行の断食では食事の代わりに飲んだそうだ」
「なに? 何の話?」
 ドイツ語で交わされる会話に英がはてと首を傾げ、月をつつく。
 その答えを聞く前に、ドンと振動が身体を震わせた。
 人々が騒ぐ方向へ目をやれば、テントの入り口の先、移動遊園地の明かりの向こうで夜空に花開く花火が見える。

 17日間に渡る宴の夜は、始まったばかりだった。