取材旅行? 慰安旅行?ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
10/21〜10/23
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●本文
●光射す方向へ
ぽつんと、クラいばしょにイた。
誰かに迷惑をかけるのは、嫌だった。
だって自分は、町で暮らす普通の娘と較べても劣る、何の変哲もない一介の田舎娘。
無学で、力不足で、知識不足で、経験不足で、世間知らずで、常識知らずで‥‥足を引っ張るから。
何もなければ、適当に人と混じりながらラップの森の中でトナカイを世話して、そのうち歳を取って死ぬ、名も知れない一般大衆だったはずなのだ。
テレビもほとんど見ず、ネットなんか触った事もなく、ラジオや新聞に雑誌、それからCDショップに並ぶジャケットの、華やかな人々がいる場所は、どこか遠い別の世界のお話。
最も自分とは縁のない、そんな世界‥‥そこへ何の前触れもなく、いきなり放り出された。
祖父を失って、たった一人で。
それでも自分は、そこしかいる場所がなく。
一介の田舎娘な自分は、当然ながら不器用に不恰好に、懸命にそこで足掻いていて。
それでも、自分を『友達』と言ってくれる相手が出来た。
遠い場所の人なのに。
本当なら、一生声をかける事すらなかっただろう人なのに。
‥‥だけど、トモダチができたのは、うれしかったんだよ?
歳の近い友達なんて、村にもいなかった。
ましてや、好きだって言ってくれる人なんか。
だから、大事にしたいと思った。 ‥‥ソシテ、失望させたく、なかった。
なのに、迷惑をかけてしまった。
何も出来ない自分に、出来る事なんて のに。
ここに ためにでき のは、も
。
‥‥も 、イヤなの。
残し 、友達の声が遠くなる。
みんな、行ってしまう。
いってしまう。
ダレモ、イナクナル。
‥‥ヒトリは、もう、イヤなの。
言葉は、声にならなかった。
息を整えようとしても、意識して呼吸をする方法を忘れていた。
慌てて、誰かが駆け寄って‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥。
「意識が回復した?」
聞き返したフィルゲン・バッハに、携帯の向こうから老執事が丁寧に答えた。
『はい。精神状態については落ち着いていらっしゃいますが、やはり懸念されておりました記憶の混乱が見られるそうです。ここ半年については、特に顕著だそうでして‥‥』
「まぁ、そうだろうね」
溜め息混じりに答え、髪をぐるぐると指に絡めては放す。
『後見の方もいらっしゃいましたので、数日ほど経過を見て、自国の病院へ転院されるか、もうしばらくこちらで静養されるかを決められるとの事です』
「判った、父さんには僕から伝えておくよ。彼女には不自由をかけないよう、お願いします」
短い電子音と共に、通話を切る。
顔を上げれば、嫌になるほど清々しく広がった秋晴れに、鐘の音が重く響き渡る。
携帯を黒いジャケットの内ポケットに突っ込むと、フィルゲンは教会の入り口へ続く階段を登っていった。
そして、いつもと日常は変わりなく。
10日と少しの時が過ぎ‥‥。
「サッケさん、こっちです」
シュトゥットガルトのマクルトハレ(屋内市場)の人ごみの中、大きく手を振ってイルマタル・アールトは彼女の『後見人』を呼んだ。
既に満杯になった買い物用の編み籠を抱えた中年男は、人を避けながらようやく少女に追い付く。
「お前な‥‥あんま、はしゃぐなよ。まだ、様子見段階なんだぞ」
「あ‥‥はい、すみません。なんだか、ちょっと嬉しくて」
謝るイルマタルの様子に、サッケはぐるりと市場を見回し。
「腹、減らんか?」
「‥‥はい?」
「あっちにケバブの屋台があるから、腹ごしらえするぞ」
「あの‥‥サッケさんっ? 待って下さい」
籠を抱えたまま人ごみを掻き分けていくサッケを、イルマタルは急いで追いかけていった。
●魂の洗濯を?
「フィルゲン君、フィルゲン君」
どこか嬉しそうに、レオン・ローズが相方へにじり寄る。
にじり寄った分、フィルゲンはレオンと距離を取るように移動して。
「‥‥心なしか、避けようとしているのは気のせいではあるまいか」
「大丈夫。気のせいじゃないから」
「何故、逃げるのだ。大事な話があるというのに」
「どうせ、ロクな話じゃないだろ」
「何を言う。休息というものは、人にとって必要不可欠なものであるのだぞ!」
無駄に力説する同居人を、冷ややかにフィルゲンが見やった。
そんな反応に、レオンははたと何かに気付き。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「やっぱり、ロクな話じゃないじゃないか」
目を細めて突っ込むフィルゲンに対して、明後日の方向を見やるレオン。
「あ〜、まぁ、社長からは既に許可と金一封が出ている故にな。好意を無駄にしてはいかんと思うのだ」
「ナンで、そういう根回しだけは早いんだよ」
フィルゲンが頭を抱えれば、レオンは胸を張って「はっはっは」と自慢げに笑う。
「だから、褒めてないから」
「む!? ‥‥まあ、いい。本題だ」
こほんと一つ偉そうに咳払いをすると、気を取り直してレオンが出力してコピー用紙を広げた。
「今回はシュヴァンガウへ、赴こうと思ってな」
「ノイシュヴァンシュタイン城でも見るのかい?」
「それにあれだ、温泉もあるであろう? 日本人は露天の温泉なども好きだと聞くしし、クリスタル・テイルからはノイシュヴァンシュタイン城を眺めながら湯を楽しむ事も出来るそうであるからな」
「‥‥なんでそこで聖コロマン教会が見たいとか、趣のある事を言わないんだよ。あそこの漆喰スタッコ(装飾漆喰)は、綺麗で有名なのに」
楽しげに自室へ戻っていく友人の姿に、しみじみとフィルゲンは嘆息した。
●リプレイ本文
●騒がしくも、のどかな
終点のフュッセンで鉄道を降り、貸切バスで東へ10分程度。
窓の外には澄んだ空と水の青に一面の緑と、広大な風景が広がっていた。
「あの山は、もうアルプス山脈になるのかしら?」
南に連なる山を示す羽曳野ハツ子(fa1032)に、フィルゲン・バッハが頷く。
「うん。こちら側は、バイエルン・アルプスって呼ばれてるよ」
「ね、お城が見えるわ」
遠く佇む白い城を、車窓からアイリーン(fa1814)が指差す。
「あれが、ノイシュヴァンシュタイン城です」
「の、のいしゅばいばいん?」
クマぬい入りのリュックを抱くセシル・ファーレ(fa3728)が説明し、噛み噛みのベス(fa0877)に深森風音(fa3736)が忍び笑った。
「neu Schwan Stain‥‥英語ではNew Swan Stoneか。白鳥城の名は、優美な外観から取ったのだろうか?」
「んと、城を建てたルートヴィヒ2世がワーグナーに入れ込んでて、彼の『ローエングリン』にある白鳥の騎士から取ったらしいな」
月.(fa2225)の疑問に、隣席の嘩京・流(fa1791)が下調べをした記憶を辿る。
「その挙句、城としての設備より歌劇に登場する場所を先に作り、歌劇の主人公となって興じていた、相当な酔狂者であるな」
胸を張って笑うレオン・ローズへ、後ろの席のCardinal(fa2010)が呟いた。
「つまり‥‥根本はどこかの誰かと、大差ない訳か」
「ぬおっ、耳が痛い気がするのは何故だーっ!」
「知るかっ」
騒ぐレオンを相方が容赦なく蹴飛ばし、相変わらずの様子に彼は少し安堵する。
「ダーラント老の件は、申し訳ない事をしたな」
「いや、いいんだ。きっと大叔父さん、僕らの代に禍根を残したくなかったんだ」
嘆息したフィルゲンは、窓の外へ目を向けた。
目的地で止まったバスを、一足先に着いた三人が出迎えた。
随分と回復した友人の姿に、アイリーンは頬をつねる−−隣にいた、早河恭司の頬を。
「痛っ、アイリーン?」
「‥‥夢じゃない。また、二人一緒で会えるなんて」
「現実でよかったね。でも、俺で確認しなくても」
「ぴ? あたしも確かめるー!」
便乗するベスから、慌てて恭司が逃れた。その間にアイリーンは両手を広げ。
「イルマー!」
「あの、ちょっと、苦しいです」
熱烈な抱擁に振り回されるイルマタル・アールトに、彼女は手を緩めた。
「あはは‥‥ゴメン、最近スキンシップに飢えてて。退院おめでとう♪ ホント、もう‥‥なんか、なんか‥‥イルマー!」
感極まって再び抱擁、以下エンドレス。
恭司に逃げられたベスは被った黒い三角帽子の先を揺らし、じーっと二人を見つめる。
「ぴゃ‥‥」
「いいなーって思うなら、ベスちゃんも加わればいいのに。ほら」
揺れる帽子の円形のつばを、とんとん叩くハツ子。
「でも、あんまりくっついたら、アレかなって」
「なら、ベスさんの分まで私が堪能しようかな」
「「た、堪能!?」」
にんまり笑顔で手をわきわきさせる風音に、ベスのみならず恭司も声を上げた。
「ぴ〜っ、イールマッ♪」
数秒悩んだ末、ベスは再会の抱擁へ加わった。
●骨休め
「日本の温泉と随分違うな。もっとも、行く機会は少ないが」
足を踏み入れた月は、珍しそうに内部を見回す。温水プールのような温泉施設は、他にも屋外に流水プールやジャグジー付きの寝湯のようなものもあった。
「塩分入ってるから、プールによっては長湯しないようにってさ。あと、飛び込みも‥‥」
「ちょぉわぁぁぁ〜〜っ!?」
注意書きを読む流の後ろを、奇声と共にナニカが飛んでいった。
続いて、どぼーんと派手な水柱が上がる。
「あら。また放り投げられたのね、フィル」
波打つ水面と満足げに手を払うCardinalを見比べ、ハツ子が笑いながらプールの縁に立って、沈む恋人を眺めた。
そんな彼女の背後に、近付く影一つ。
「隙ありっ!」
「へ?」
事態を把握する間もなく、彼女の体が前へ傾き。
だばーんっ! と、二つ目の水柱が上がった。
「早速、満喫しておるな。皆の者も、遅れるでないぞ」
嬉々としたレオンが、浮き輪片手にプールへ飛び込む。
「そうね、楽しむわよ。特にアイちゃんには、お礼をしなきゃね」
「あら。何の事かしら、はっちー?」
にじり寄るハツ子へアイリーンがいい笑顔で誤魔化すが、すぐに水の掛け合いに発展し、それはあちこちに『飛び火』する。
「どっちも頑張って下さーい!」
応援しながら、セシルが防水ケースに入れたデジカメで写真を撮っていた。
「サウナもいいですけど、皆とお湯に浸かるのも楽しいですね」
「フィンランドって、お風呂よりサウナだもんね」
暖かい湯を両手ですくうイルマに、プールサイドへ腰掛けたベスが足をバタつかせる。
「ノイシュヴァンシュタイン城を眺めて、ゆったりか‥‥いいねぇ」
風音は指を組んで伸びをすると、何気なくイルマへ近付き。
「ひゃっ‥‥か、カザネ!?」
イルマの脇腹辺りを突付いた風音は、更にうろたえた相手の頬も指で押す。
「ちょっと、ふにふに感が足りないかな? 駄目だよ、しっかり食事を取らないと」
「‥‥はい」
風音の忠告に、少ししょげてイルマは返事をし。
「隙ありーっ!」
「う、わぷっ」
元気付けるよう、アイリーンが水を跳ね上げて友人達へ飛びついた。
「こうして眺める城も、不思議なものだな」
「だよなー」
並んで泡立つ湯に身を任せる月と流は、しみじみと言葉を交わしていた。
「ええ。いいわよね、城って。実は、私がこうしてコツコツお金を貯めているのは」
ずびしっ! と。緑の中に遠く見える白鳥の城を、ハツ子が指差す。
「ヨーロッパのどこかに、自分の城を構える為なのよ!」
「‥‥」
「‥‥おーい、フィルゲーン。ハツ子がナンか悪いモン、喰ったみたいだぞ」
沈黙の末、流がフィルゲンを呼んだ。棒読みで。
「悪いモノ食べたって‥‥」
「広間には、もふり像を建てるんですね」
彼の苦笑をよそに、セシルまであらぬ方向へ話を発展させる。
「頑張るんだな」
肩に手を置き、Cardinalがフィルゲンを励ました。
存分に疲れを洗い流した後は、小さな町へ繰り出して夕食を取る。
「あの。これ、ありがとうございました」
Cardinalへ礼を言うイルマは、彼が見舞いに託した小さなプチポワンを取り出した。
「これは、退院祝いだ」
更に手渡された大きな包みと小さな袋に、イルマが驚く。袋からは、小さな石を貼って狐の絵を描いたブローチ。そして大きな包みをとけば、真新しいカンテレが現れた。
「どうしようか、迷ったのだがな」
まだ重い口調のCardinalに、イルマは静かに木の楽器を撫でる。
「もし良ければ、弾いてもらえるか? 繊細で美しい音を、生で聴いてみたいのだが」
演奏家としての興味からか、遠慮しながらも月が聞けば、逡巡するイルマは隣の恭司へ視線を向ける。
「‥‥俺が、弾こうか?」
恭司の気遣いに、彼女は小さく頷いた。
「サッケさんとは初めまして、でしたっけ? あれ?」
一生懸命悩んでいたセシルが、ようやく思い出して手を打った。
「‥‥あ、お兄ちゃんがサッケさんによろしくって言ってました〜」
「兄ちゃん?」
セシルが兄の名を告げれば、不思議顔の中年男は「あの別嬪の兄ちゃんか」と納得した。
「約束もあるし、サッケさんとはじっくり酒盃を交したかったのだけれど‥‥また語らう時間も訪れた事だし、次の機会もあるかな?」
風音が手にしたワイングラスを静かに揺らし、アイリーンも笑顔で同意する。
「話したい事は沢山あるんですけど‥‥今は、ありがとうございます。今日ここに、どんな理由でもイルマの横に戻ってきてくれた事に」
「うん。イルマの事、またよろしくお願いします。それから‥‥あんな事になって、ごめんなさい」
アイリーンに続いてベスから謝罪され、当のマネージャーは困り顔で頭を掻いた。
「お願いしたいのは俺の方なんだが。これからも、あいつと仲良く友達してやってくれな」
サッケの頼みに、彼女達は笑顔で応えた。
食事が終われば、日本へ向かうイルマと彼女を空港へ送る恭司は、一行と別れる。
別れ際、ベスはもう一度ぎゅっとイルマを抱きしめた。
「ありがと。おかげで、元気もらっちゃった!」
小さく舌を出す友人へイルマは嬉しそうに微笑み、風音は彼女の頭を撫でる。
「楽しい旅になれば、何よりだよ」
「はい。ありがとうございます」
プレゼントや日本への様々な『お土産』を預かったイルマは、名残惜しそうに礼を言う。
「行ってらっしゃーい!」
後姿にベスが大きく手を振れば、恭司とイルマは振り返って手を振り返した。
‥‥もう片方の手は、しっかりと互いの手を握って。
●幻想の城
麓の村から観光馬車に乗って急な坂を登ると、見る角度によって違う表情を見せる中世風の見事な城は、森の木々を抜けるとすぐ間近に迫ってきた。
光をはじく真っ白な壁に、くすんだ緑の屋根。
鋭角の三角屋根の脇から突き出した、幾つもの尖塔。
19世紀後半に建てられた−−城としての実用性のない−−城を、一行は見上げていた。
「近くで見ると、改めて凄いわ」
「立派よね」
ハツ子とアイリーンが、しげしげと天を仰ぐ。
「見学ガイド、こっちからですよ」
予約を確認しておいたセシルが、手招きをして一行を呼んだ。
「部屋の写真は駄目ですけど、部屋から外の風景は撮影できますから」
「ルートヴィヒ2世が見た光景を、俺達にも堪能しろって事かな」
「そういう風に表現すると、別の趣きがあるな」
セシルから受け取ったチケットを手渡す流に、月が唸る。
「それでは、お城探検に出発〜!」
「お〜!」
元気に手を挙げるセシルに、ベスが同調し。手が空いたままのレオンが、きょろきょろと周りを見回した。
「セシル君。まだ、チケットを貰っておらぬのだが」
「では、張り切って行きましょー」
「セシル君ー!?」
「仕方ないな」
取り残された相方へ、フィルゲンが嘆息してチケットを渡す。
「何か、気にそぐわぬ事でもしたのか?」
Cardinalが苦笑すれば、ハブられたレオンは胸を張り。
「無実であるぞ? 人のデザートも、取っておらんしな」
「そういうレベルなんだね」
笑いながら、風音は黄色い城門をくぐった。
様々なオペラの名場面が壁画として描かれた城内を巡り、贅を尽くした華麗な装飾に息を飲む。
「妃も娶らず、オペラの世界に没頭し、最後は湖で謎の死‥‥精神を患っていたらしいけど、実際どうだったんだろうな」
呟きながら流が煌びやかな室内を見回し、月は足を止めて近くのホエーンシュヴァンガウ城を眺める。そこには、ワーグナーが使用したピアノが、今も保管されていた。
「守るべき民を顧みず、国を傾けてまで個人の壮大な懐古主義に明け暮れた‥‥となれば、致し方ないだろうがな」
「でもやっぱり、欧州の城は空気が別物ね。バッハ家の古城も城主の趣味が出ていて、なかなか素敵だけど、何かが足らないのよ。こう‥‥地下室からは謎の悲鳴が響き、夜には蝙蝠が舞い飛ぶような、そんな城こそが理想的だわ。そして理想を手にするには、その為にはもっともっと名を上げて、稼がなくちゃね」
えいえいおーと拳を突き上げるハツ子の後ろでフィルゲンが青ざめ、アイリーンはくすくす笑う。
「はっちー、もうスゴイ有名人になっちゃってるのにね。なんか変なオーラ出てそうな。けど、私も負けないから。今後とも気安い友人であり、油断できないライバルに。良いかな?」
「もちろん。友人でも、手加減はしないわよ」
「変なオーラ‥‥ムチャオーラ?」
和やかな二人の会話に、ベスが小首を傾げた。
窓から眺めを楽しんだ後は、城の裏手にあるマリエン橋へと足を運ぶ。
遠くの湖に秋めいた森と牧草地、そして城の美しい絵画のような風景を、セシルは浮かぬ顔で眺めていた。
「あれ‥‥もしかして、高いところとか苦手だっけ?」
気遣うフィルゲンにセシルは髪を揺らし、ぽつんと打ち明ける。この先、『アイドル』としての仕事が増えそうな事と、その不安を。
「多分、日本に滞在してのお仕事が多くなると思うんです。このままAFWにいていいのかなって‥‥出来れば欧州での女優のお仕事も、続けたいんです」
「なら、欲張っちゃえばいいんじゃないかな。マーカス社長、専属とか細かい事はこだわらない人だし」
「しかし、ここへ足を運んだという事は、『ニーベルンゲン』で何かやるつもりなのか?」
かねてから気にしていた事を、Cardinalが尋ねた。
「どうせなら重苦しいものより、景気づけにスカッと派手な冒険活劇をやるのもいいかもしれんがな」
「そうね。また『幻想寓話』にもお邪魔したいから、ヨロシク。さしあたって、ノイシュヴァンシュタイン城で贅沢の限りを尽くすお姫様の伝承とか、ない?」
Cardinalの脇から目を輝かせて質問するアイリーンへ、フィルゲンは困った顔で笑った。
「さぁて、次は聖コロマン教会ね。馬車まで競争、ビリがおやつ代を負担よっ」
提案の是非も問わず、ハツ子が帰り道を駆け出す。
「ぬ、おやつ代を負担とは、聞き捨てならんな!」
やはりレオンが真っ先に続き、後姿に笑いながら月は歩く。
「白く美しい教会らしいな。パイプオルガンを弾いては‥‥怒られるだろうか」
「う〜ん。せっかく綺麗な教会に足を運ぶんだし、いっそ結婚式でもどうだい? そこで、月さんが結婚行進曲の演奏とか」
「な、なななー!?」
風音の提案に、うろたえるフィルゲン。
「いいな、それ。漆喰細工を見るついでに、一つ」
「ついでなんだ」
冗談を言い合いながら歩く一行の遥か先で、ハツ子が大きく手を振った。
「全然まだまだ。羽曳野ハツ子はこんなレベルじゃ終わらないわよ〜!」