Limelight:C.D.P.アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/28〜01/01
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●本文
●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
看板代わりのレトロランプの下にあるのは、両開きの木枠の古い硝子扉。
扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
『地上』と『地下世界』の中継点となるこのフロアのコンクリート壁に、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)はA3サイズ程のパネル写真を掛けた。先日行った開店公演を撮ったモノクロ写真だ。
店の第一歩であり‥‥写っているミュージシャン達のステップの一段と成り得れば、彼らとしても僥倖だが。
「もう少し大きい版の方が、よかった気もするけどな」
頼まれてパネルを持ってきた川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が、ぐるりとフロアを見回す。フロアに置かれているのは、観賞植物が一つ。事務所の入り口と、ライブを行う際の客のチェック用スペースを兼ねているが、飾り気のない空間の方が圧倒的に多い。
「おいおい増えていけば、賑やかになるだろうさ」
二人は暫く無言で写真を眺めた後、佐伯は脚立を片付けに事務所へ、川沢は地下二階のフロアへと降りて行った。
●そろそろ年の瀬も近く
地下二階に相当するメインのフロア。
板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。フロアの奥、一段高くなった場所にはスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいる。
バーカウンターで熱くて濃いブラックコーヒーを啜り、川沢は一息ついた。今年の冬は、よく冷える。
「で‥‥今回の用件は? クリスマス辺りは、特に何もしないんだろ」
「ああ。年末、暇だな」
‥‥当然のように、断定形で言う佐伯。
そして、当然のように凹む音楽プロデューサー川沢。
これから年末にかけての音楽業界では、『歌謡○○大賞』といった風に一年間の『総決算』みたいなものが公表される時期だ。音楽業界に身を置く上で、この時期に大きな予定がないのは割と寂しい。
「多少の付き合いはあるだろうが‥‥‥‥年末は、ない。ないけど何か?」
「すまん、睨むな。お互い独り身だし、同じように暇‥‥というか、その、なんだ。『演奏納め』みたいなモンで、カウントダウン・パーティでもやろうかと思ってな。言い換えれば‥‥『来年を激励しあう会』?」
何とか「暇」という単語を回避する佐伯。川沢も、それ以上つっこむ気はない。『総決算』で及ばなかったのは自分の責任だし、友人に当たるべきではない。ただ昔からの付き合いもあって、佐伯は『いじると面白い』相手だ。
思考の半分ではそんな事を考えつつ、川沢は更にカップを傾けた。
「判った。幾つかのプロダクションに話をしておくよ」
『身内のパーティ』という形なら、年齢制限なく年少者も気軽に参加できるだろう。
賑やかに一つの区切りを越えるのも、また一興だ。
今年も、残りわずか。
良い事も悪い事も、暦の流れは全てを押し去っていこうとしている−−。
●リプレイ本文
●大晦日の夜に
事務所の窓から見えるフロアには、既に十数人の招待客がいる。
一部緊張気味のメンバーに、禁煙煙草を咥えたオーナーの佐伯 炎は肩を竦めた。
「下にいる連中も身内ばっかりだから、あんまり緊張せんように。もし身内扱いが嫌だってなら、構わんが」
「身内って、もしかして神楽も?」
大きな和装鞄を提げた月見里 神楽(fa2122)が目をぱちくりさせ、川沢一二三が「そうらしいよ」と頷く。
「あたしも身内なの?」
初対面の御鏡 遥(fa0368)にも、「応」と返す佐伯。
「だから、心置きなく寛いでくれ」
「でもライブハウスで年越しってのも、オツなモンだよな。怪奇‥‥じゃなくって、佐伯オーナーに感謝だぜ」
嬉しそうな小田切レオン(fa1102)に、椿(fa2495)が小首を傾げる。
「え? サイキリンさんじゃなかった? 珍獣揃いで」
「お前ら、ちったぁ人の名前をマトモに覚えやがれっ!」
吼える佐伯の言葉が、何故か陸 琢磨(fa0760)の胸中にもグサグサ刺さったりする。
そんなやり取りを、エリーセ・アシュレアル(fa0672)は楽しそうに見守っていた。若いっていいなぁとか、思いつつ。彼女と同じ位の歳の者もいるのだが−−『母親』な為だろうか。
「えーと、とりあえず、遠慮なく羽根を伸ばせるのは嬉しいね」
話題を逸らした椿が、コートを脱いで文字通り萌黄色のメジロの翼を広げた。それを見て、シド・リンドブルム(fa0186)は少し躊躇う様子を見せる。
「遠慮しなくていいよ。君はイギリスでもTOMIテレでも、ずっと気を遣っていたろ。今日くらいは、無礼講で」
ひらりと手を振る川沢に、少年は照れた笑みで「はい」と答えた。
「よかったら、楽屋を女性やお酒が飲めない人の『休憩スペース』に使わせてもらえるだろうか。疲れて寝ちゃう奴もいるだろうし」
メンバーを見てのKanade(fa2084)の進言に、川沢は店の主を見やる。
「風邪を引くのも、困るしね‥‥」
「それなら、事務所を使えばいい。ソファも加湿器もあるからな」
●C.D.P.
『演奏納め』のトップバッターは、遥だ。
アイドルらしいピンクのミニドレスで脚線美を披露しながら、軽やかな音楽に乗せて。
前半はステージ中央で両手でマイクを握って、祈るように。
後半は右へ左へと、大きく躍動的に−−チアガールの様に跳ね。
弾むように、遥は「気になる彼を励ます、恋する女の子のココロ」を唄う。
オーナーの昔のバンド仲間や今も一部業界にいるという聴衆は、惜しみなく手を打って彼女の歌を盛り上げた。
「 Is preparation good? 」
皮ジャンにGパンといったパンク風ファッションのレオンが一声を放つと、電子音が一斉に放たれた。
タイトル『Beast’s Night』。
賑やかで明るい遥の歌と打って変わり、ハイスピードな曲はヘヴィ・メタルに近い。
半獣化したレオンが、たたみ掛ける様に叩きつける様に唄う。
「 It is our time from now on The free night world
The thing that a daytime face is temporary
I liberate the true character of a beast and let a soul loose
The miniature garden which was given us Beast’s Night
On the moon floating in a dark night Howling! Howling! Howling!
Do you try to come?
To our party beginning from now on
The moon which floats in a dark night Break! Break! Break! 」
激しいリズムが転調し、減速する。
曲のエンドは歌のイントロに繋がり、影の如く踊る琢磨がレオンと入れ替わりに、光の下へと踏み出す。
「 掴んだ其の強さだけが 心を落ち着かせると
信じた愚かな自分を 蹴散らして
次へと進もう 」
ロック調の『Herat』はKanadeのギター、神楽のドラムがメインで構成され、硬質な音の塊がフロアを震わせる。
「 ひとつの重みがふと広がる
この娘を離したくない
そんな想いがある
孤独だけ見てきた心が潤される
満たされた心は決して折れはしない
やっと知った揺ぎ無い強さ
Warm Herat‥‥ 」
ピンスポが琢磨から外れると神楽の刻むリズムが不意にスローダウンし、それに合わせてギターの旋律が柔らかい音となる。
ギターとドラムの間を縫うように、ピアノの旋律が滑り込んだ。
普段の軽いノリから一変した表情で、椿は鍵盤を指をなぞり、ミディアムテンポの『never−ending』を唄う。
「 涙堪える必要はない 哀しみは煌く雫へ
救いようのない未来などなく
今は静かに過去となる 」
切々と歌うバラードは転調し、高音域でイメージを膨らませ。
控えるようにギターとドラムの音が消え、色とりどりのライトも絞られて。
最後は天から椿を照らす一本のライトと、ピアノの囁きと、シドとのコーラスが残る。
「 The end is beginning.
光は輪廻し 時は重ねる命が作る
誰にも同じ朝は訪れ 明日からは新しい人生
The end is beginning.」
祈るような旋律が、余韻を残してライトと共に消え。
一変して、再び明るいピアノの音が暗闇に蘇る。
椿のバックコーラスをしていたシドが前に出て、眩しいライトを全身に浴びた。
カウントダウン・パーティに相応しく迎える新年をイメージした『Better Year』を、椿のピアノとKanadeのギターが盛り上げ、聴衆の打つリズムが加わる。
「 今年にお別れ告げたなら
Countdown to New Year!
僕らの行動が新たな歴史を刻むから
Let’s renew feelings!
これから織り成す新年が より良き年になるように−− 」
大らかで伸びやかなシドの歌声が、新年への期待を乗せて広がっていった。
歌い手達の競演を、エリーセがアコースティックギターの弾き語りで締め括る。
抑えたテンポ。歌声も伸ばすのではなく深みを持たせるように、万感を込めて。
歌の名は「Answered Prayers」。
祈願と代償。夢と現実。ゆらゆらと揺れる感情を漆黒のドレスで覆い隠し、凛と唄う一人の歌い手の物語。
元ソプラノ歌手というエリーセは、その豊かな表現力を駆使して、静かに小さな歌劇の幕を引いた。
ステージのラストは遥やレオン、琢磨が再び加わり、年末の定番ベートーベン作曲の交響曲第九番の合唱付第四楽章。通称、『歓喜の歌』。
リズムを効かせた序盤は、琢磨のダンスを交えてロック風のアレンジで。
二本ギターが交代で競うように華麗に旋律を奏で、ベースは猛る様に唸り、ドラムが縦横無尽に唄う。
1パートごとに、奏者がそれぞれの腕を披露すると、リズムは変調してピアノが主体となって軽やかにスウィングをハミングする。
歌い手達はソロで、またコーラスでそれぞれの歌声を競わせる。
「 Freude,schoner Gotterfunken,
Tochter aus Elysium,
Wir betreten feuertrunken,
Himmlische,dein Heiligtum!
Deine Zauber binden wieder,
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Bruder,
Wo dein sanfter Flugel weilt.」
三順目は、軽快なポップス調で。
演奏に負けじと、歌声はスキャットを繰り出し。
賑やかに晴れやかに、演奏は終局を迎える。
若いミュージシャン達を、暖かい拍手が包み込んだ。
●過ぎ去る年を惜しみつつ
『演奏納め』を終えると、彼ら彼女らはパーティに加わった。
前菜からメインデュッシュ、デザートのケーキまで揃った料理を、思い思いに皿に取っては舌鼓を打ち、酒が飲める者は、御神酒やシャンパンを。未成年者達は、炭酸ソーダのグラスを傾けている。
今年も残りわずかという中で、八人は佐伯に『来年の抱負』について聞かれていた。
「抱負は‥‥人に迷惑をかけない。獣人としての能力に頼らずに歌の技術を上げる。一つでも楽器を扱えるようになる‥‥かな。うわ、抱負だらけだ」
「希望に見合う努力をするまでだよ。夢は叶えるもの、未来はこの手で作るもの、だよね」
苦笑するシドを励ますように、神楽はガッツポーズをする。
「神楽も、獣化に頼らない実力をもっと身につけて、皆様に少しでも追い付きたいな。もう15歳になったんだし」
「お、誕生日過ぎたか。おめでとさん」
佐伯が拍手をすれば皆もそれに続き、神楽は照れて頬を染めた。
「まぁ、向上心は大事だな。若いんだしよ」
続いて、「はーい」と挙手する遥。
「夢は大きく、『TOPアイドルを目指す!』です」
「その時は是非、遥さんのパーティに招待して下さい」
「うん、いいよ」
楽しげに言うエリーセに、遥は冗談めかしてOKする。
「Kanadeさんは?」
「今年よりも更に観客を酔わせる演奏をする事、かな。」
言いながら、Kanadeはアコースティックギターを爪引いていた
アレグロで奏でるR&B調の旋律が、緩んだ空気を刺激するように広がっていく。
ギター一本の演奏を聴きながら、エリーセは「素敵ですね」と微笑んだ。
「私は『たった一人』になる事でしょうか。一番よりも難しい、Only One‥‥独特の世界観を表現した、この人にしか歌えない! と思わせる曲を作りたいです。今はまだそこに至る道も見つけられないんですけどね」
「なかなか、至難の道っぽいな‥‥それは」
うーむと唸るレオン。彼の抱負はといえば、遥と同様に至極明快だ。
「俺は丸ごとひっくるめて『音楽1本で食ってける様に頑張る!』だな‥‥お前は? タクマ」
隣に座った友人にレオンが聞くが、琢磨は苦笑する。
「俺は、特に何もない」
「若いんだから、夢の一つくらい語れ」
笑いながら佐伯は琢磨に抗議をし、「霞を喰ってくる」と席を立った。椿はというと、食べる方に忙しいようだ。
「どんなモンだ」
地下一階のPVを前に考え事をする川沢へ、咥え煙草の佐伯が声をかける。
「若い子ほど、音感が不安定かな‥‥大抵は持ち前の声量や演奏勘でカバーしているが」
「いつか『捻れる』、か」
ダクトに向かって佐伯は紫煙と呟きを吐き、ぽんぽんと友人の肩を叩いた。
「ま、お前もこれで『仕事納め』にしとけ。もうすぐ年が明けるってのに、仕事面してると、酒が不味い」
「はいはい」
そして全員のカウントダウンに合わせて、時報は静かに0時を告げ。
「明けましておめでとう!」
「Happy New Year!」
クラッカーの音が次々と響き−−新年早々、佐伯は椿からの『ハプニング』に見舞われた。
●新しい一年へ
「御鏡さん。眠かったら寝ててもいいが、起きるならそろそろ起きないと」
「ぅ〜ん?」
ゆったりとしたソファで、寝ぼけ眼を擦る遥。どうやら、パーティの途中で眠ってしまったらしい。
壁の時計は6時過ぎ。他の客は帰ったのか、店は静かだ。
隣の神楽を起こす川沢の声が聞こえ、視線を動かす。肩まで毛布を掛けたシドは、まだ眠っている。
「月見里さん。シド君が起きたら初詣に行くよ」
「ぁぅ。おきますぅ〜」
硝子扉を開け放ち、新しい太陽が昇る前の冷たい空気を吸い込む。
振袖姿の神楽が、カポカポと楽しげにこっぽりを鳴らしている。後は皆、平素と変わりない服装だ。
「佐伯さん‥‥もしかして、怒ってます?」
微妙に不機嫌そうな様子が少し心配になり、声を潜めて椿が佐伯に聞く。
「いや、眠いだけで怒ってねぇ。だが今度やったら、襲い返してやるからな」
欠伸をしつつ唸る言葉は、あまり冗談に聞こえないが。
「あー、ちっと待った」
店に鍵をかけると、羽織袴を着た佐伯は先に行く者を呼び止めた。そして袂を探り、八通のポチ袋をぞろりとカードの如く取り出す。
「ほら、少ないが持ってけ泥棒ドモ」
「うわっ、有難くねぇ渡し方」
レオンの物言いに、笑い声が大気を揺らす。且つ、その図柄が戦隊物やファンシーな子供向けのお年玉袋なので、皆また笑い出し。
一年の祈願をする為に、十人は神社へと向かった。