正しい日本のお正月ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
なし
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
12/31〜01/03
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●本文
●新しい年を迎える為に
とてつもなく真剣な表情で、レオン・ローズは悩んでいた。
あまりにそれが真剣なので、腐れ縁の仲であるフィルゲン・バッハも些か心配になってくる。
「‥‥何か拾い食いでもして、腹を壊したのか?」
「いや。多少の拾い食い程度では、腹は壊さん」
同好の士としても、レオンはたまーにフィルゲンの理解を超越する。例えば、こういったやり取りで。この場合、理解しない方が正しいのだろうが。
「‥‥で?」
「うむ。一度、日本の『正月』というモノを、体験してみたいと思うのだが」
返ってきた答えに、がっくりとフィルゲンは脱力する。やはり、今のレオンの思考は彼の理解を超えているようだ。
「そんなに知りたければ、日本へ行ってこい」
「いや。それを実行するには、時間と金とアテがない」
だからこそ、真剣に悩んでいるらしい。
一度気になると、どこまでも気になるのがこういう人種の困ったところだ。
小さな映像制作会社の監督レオン・ローズと、脚本家フィルゲン・バッハ。共に28歳。
二人の共通する趣味は、神話や伝承の類から創作小説、ゲームなどに至るファンタジー系作品。読むのも触るのも集めるのも、「どんとこい」である。
彼らにとっては日本の文化もまた、「ファンタジー」の部類。最近は何度か日本人と仕事をする機会があり、レオンはそれなりに触発されているらしい。
言い換えれば、「マイブーム」といった所か。
「それなら、日本人に直接教えを請う方が早いと思うが?」
実に的を射たフィルゲンの発言。日本へ帰らず、ヨーロッパで年を越す役者やスタッフがいるなら、年越しに招待して『正月』を教えてもらう事は可能だろう。
ふむと納得した顔のレオンだが、まだ疑問は残っている。
「で、肝心の『パーティ会場』はどこにするのかね?」
「そりゃあ、もちろん‥‥」
企む眼で、フィルゲンは微笑した。
イギリスのスコットランド北部にあるハイランド州インヴァネス。ネス湖に近いハイランドの都に、レオンの母方の実家があり、そこは彼の生家でもあった。
今は祖母が一人で暮らしており、レオンはたまに休暇を利用して足を運んでいるらしい。
「−−と、ここまで調べが付いている。今度こそ君の番という事で」
「なにーっ! というか、百歩譲っても今回は仕事と別ではないかー!」
●リプレイ本文
●大晦日は戦場
「ふふふ‥‥覚悟せよ!」
木の棒を大上段に構えるレオン・ローズ。
「ぅわ、馬鹿、やめ‥‥っ」
猟奇殺人犯でも見たかの様に、逃げる相方のフィルゲン・バッハ。
ただの木の棒なら、怖くはない。だが棒の先にでっかい付属物が付いていれば、話は別だ。
「はーっはっはっは」
「監督、遊ぶな〜っ!」
童心回帰中の28歳を、16歳の結城 始(fa2543)が叱る。用意できたのは『子供用』の石臼と杵だ。しかし子供用と侮るなかれ。杵の重さは約2kgもある。
「越野さんも月さんも、笑ってないで止めてくれよ」
「でも、楽しそうですが」
始の訴えに、庭で日向ぼっこ状態の越野高志(fa0356)が笑って答える。
「放って置けば、そのうちバテるだろ」
餅つきの『監督役』の月.(fa2225)は、のんびりと煙草を一服していた。
天気は晴れ。午後の日差しは穏やかで、スコットランドにしては比較的気温も高い。
インヴァネス郊外に立つレオンの祖母宅は、「日本流のお正月」の準備で賑やかだった。なお、これらを用意するにあたって如何な困難を経たかは、長くなるので割愛する。
月の予想通り、レオンは餅をつき始めて間もなくスタミナが切れ、彼の監視下で餅の形を整える側に回った。
そして始と越野とフィルゲンが「つき手」と「合いの手」を交代しながら、熱い餅をつく。
一方の台所は、おせち料理作りに忙しかった。コンロでは常に鍋が湯気を上げている。
「お芋、茹で上がりました」
「では、小豆を煮ておきますね」
「はーい」
聖 海音(fa1646)が鍋を持って移動し、小塚さえ(fa1715)は砕いた梔子の実を捨てて、金時芋の裏漉しに取り掛かる。
台所に入っている唯一の男性−−篠田裕貴(fa0441)は黒豆の火加減を見ながら、タンジェリン(fa2329)へ人参と牛蒡の細切りを教えていた。
「日本の料理って、細かくて大変だわ」
「見た目も大事‥‥というのが、祖母の言だね」
「なるほど」
裕貴の言葉に感心しながら、注意深くタンジェリンは包丁を動かす。家の主であるレオンのお祖母さんも、紅白なますの大根と人参の細切りを手伝っていた。
賑やかな台所を見物するセーヴァ・アレクセイ(fa1796)は、ふとリビングで英字新聞を真剣に折るニライ・カナイ(fa1565)に気付く。
「ニライさんは、何を作ってるんだ?」
「日本の正月に欠かせない物だ」
均等の幅で山折り谷折りを繰り返すだけに見えるが、ニライは真面目な顔で折っている。
そしてもう一人、真面目な顔をした羽曳野ハツ子(fa1032)は、客室に篭ったまま出てこない。
「日本のお正月って、不思議だな」
しみじみと、セーヴァは呟く。
「おーい、もち米が蒸しあがったよー!」
外の者達へ呼びかける裕貴の声が響いた。
おせち料理が出来上がれば、次は蕎麦の準備である。
「えぇと、海老の天麩羅に麺つゆと‥‥」
元々料理好きなのか、裕貴は楽しそうに年越し蕎麦の段取りをつけている。ハーフの彼も本当は「正月を知らない一人」なのだが、日本の祖母に詳しく聞いてきた事もあって、古風ながらもしっかりと正月料理を作り上げていた。
「日本の年越しは、忙しいものなのだな」
腕組みをし、うぅむと感心するレオン。
「その分、正月三が日はのんびりする。もっとも台所を切り盛りする者は、やはり忙しいが」
裕貴の様子を見て、ニライは包装材から蕎麦の袋を取り出す。
−−出すだけである。当然、レオンは首を捻る。
「その棒は、何になるのだ」
「これは蕎麦という麺で、茹でると柔らかくなる。細くとも長い麺に肖り、長寿を願い運気が続くよう縁起を担ぐ」
「日本も、独自のまじない事が多いのだな。で?」
「で? とは?」
「茹でないのか?」
「私は茹でない。年明け早々病人は避けたかろう?」
そう、ニライは真顔で返す。どうすれば、蕎麦で病人になる程の物体が出来上がるのか‥‥おそらく、本人にも謎だろう。
出来上がった年越しの天麩羅蕎麦で、夕食となった。
箸が使えない者は、パスタのようにフォークとスプーン使用だ。
「そういえば、こっちのお正月って何か定番料理があったりするのか?」
始の素朴な疑問に、レオンは「うむ」と頷く。
「ベイクドポテトに、野菜のソテー、そしてグレイビーソースで七面鳥やアヒルを食べる」
「日本とは、やはり違いますね。新年を祝うのも、1日だけですし」
月の通訳を介して、海音は興味深そうに話を聞いている。
「そうだな。異文化を知るのも、新鮮で勉強になる」
「はい、月様」
食後は、アイリッシュコーヒーや日本酒を交えて、日本の正月にちなんだ昔話や歌の話をしたり、テレビから流れるエディンバラやグラスゴーのホグマネイの様子を見たりと、穏やかに時間が過ぎてゆく。
「除夜の鐘が聞けないのは、残念ですね」
少し寂しげなさえに、フィルゲンが「ビッグベンの鐘なら、中継されるだろうけど」と苦笑する。
「いえ。時鐘ではなく‥‥んと、12時迄にお寺さんの鐘を煩悩の数である108回鳴らして、心清らかに新しい年を迎えるんです」
「じゃあ今年は心清らかでないままで、新年を迎える事になった訳か」
冗談めかして大仰に言うフィルゲンに、「困りましたね」とさえはくすくす笑った。
いよいよ、時計の短針と長針が揃って12時近くになった頃。
「よし。外に出るぞ」
すっくと、レオンが立ち上がる。
「え? 寒いのに?」
思わず聞くタンジェリンに、彼は「見せたい物があるからな」と言うのみ。
「ほらほら、とっとと外に出る用意だ」
急かす様に手を打って、自身も自分と祖母のコートを取りに行く。
「寒い〜」
マフラーをしっかり首に巻きつけて、さえが震える。冷たい夜風を遮る様に、セーヴァは妹の傍らに立った。
「大丈夫か? 無理しないようにな」
妹は兄を見上げ、にっこり微笑む。
周りの家の人達も、寒空の中わざわざ外に出てきていた。
「さて、そろそろだ。10! 9!」
あちこちで、一斉に新年へのカウントダウンが始まる。
人々は、身を寄せ合って夜空を見守り。
「3! 2! 1!」
そしてソレが、「0」の瞬間。
ネス川の方向からヒュルッと幾つもの光が駆け上り、夜空に次々と大輪の花を咲かせた。
遅れて届くドンドンという衝撃。
「Happy New Year!」
「新年おめでとうーっ」
「明けましておめでとうございます」
花火が作り出す光と闇の間に、人々は近くにいる者の頬にキスをする。
裕貴はタンジェリン、セーヴァはさえ、始とレオンは老婦人へ。ハツ子がフィルゲンの頬にすると、フィルゲンは彼女の額に返礼した。
そして、月はニライから『手痛い拒絶』を喰らっていた。
「ニライ‥‥手厳しいな」
「日本の正月に臨むのであれば、そこも妥協するなかれ、だ」
新聞紙を折りたたんで作ったハリセンを手に、ニライはもっともな訓示を述べる。
あちこちの家から、日本で『蛍の光』として知られる『Auld lang syne』−−旧友との再会を祝して杯を交わす歌が、聞こえてきた。
●お正月も戦場
北方に位置するインヴァネスの夜明けは、朝9時に近い。
一眠りした12人は、越野とニライの提案で市内の高台に位置する裁判所−−インヴァネス城にて、初日の出を拝んだ。
「本当なら、ネス湖などで拝みたかったですね」
光に照らされていく緑野と街並みを見ながら、少し残念そうな越野。早朝からバスは動いておらず、車を運転できる者もなく、仮に運転出来ても酒が入っていたのだから、仕方がない。
「まぁ、あそこも霧が多いからな‥‥それにしても、勤勉な日本人らしい。いつもなら毎年、酔い潰れて寝てる時間だ」
妙な感心をするレオンへ、ハツ子が葉書を差し出す。
「はい。年賀状」
「ネガジョー?」
「年賀状。年始の挨拶の代わりに、お世話になった方々に出すための手紙よ」
昨日は部屋に篭った「千の趣味を持つ女」は、年賀状作りに打ち込んでいたのだ。
「ほぅ。しかして、この地獄の番犬には如何なる意味が」
「そんな、物騒なイキモノじゃなーいっ!」
「なにーっ!」
「これは、十二支の戌。干支っていう、十干と十二支を組み合わせて作られたアジアの暦があってね‥‥」
他の者にも葉書を配りつつ、干支と十二支について説明する。本来は苦手分野ながらも、彼女は頑張ってリアルな日本犬を書いたらしい。
「でも、パンダとか猫とか獅子はいないのよね。いいなぁ‥‥十二支の人達は」
黄昏て、彼女は辰、巳、酉に該当する六人を羨ましそうに眺める。
「猫は‥‥子に騙されて、十二支に入れなかったというな。今日、ここに子の者がいないのは残念だ」
ニライは相変わらず表情が変わらないまま言うので、冗談か本気かよく判らない。
「アジアの人達の関係は、複雑なのね」
タンジェリンは、しみじみと呟いた。
帰宅するとすぐに、裕貴がずらりと正月料理の数々を並べた。
「お腹が空いたろ。いっぱいあるし、皆、遠慮なく頑張って食べてね」
おせち料理から雑煮まで。環境が違うというのに、良くぞここまで‥‥といった感じだ。
「お祖母さんは、餅に気をつけて。あと、関東風と九州風のお雑煮を用意してみたよ。地方によって、結構味が変わるんだよね」
「小さな国だけど、日本は地方色が豊かだよね」
おせち料理にまつわる説明に、フィルゲンが自分の前に置かれた椀−−コンソメでもなくブイヨンでもない『スープ』を、不思議そうに見る。レオンは早々に、餅と格闘中だ。
「お食事が終わったら、着物をお召しになりませんか? 皆様の分を用意してありますよ」
着付けも致しますと、海音は楽しげに微笑んだ。
月の持ってきた雅楽のCDが流れる中、巫女装束の海音が三宝を手に静々と進む。
「俺は似合わないから」と辞退した裕貴以外は、皆一様に着物姿だ。間近で見る異国の装束に、レオンは「ワンダフル」だの「ビューティフル」だの煩い。
「では、御神籤をどうぞ」
三宝に敷いた白い紙の上には、緩く結ばれた「籤」。順番に一つ取り、その内容に一喜一憂し。結果は、次の様になった。
越野 小吉
裕貴 中吉
ハツ子 吉
ニライ 吉
海音 中吉
さえ 大吉
セーヴァ 半吉
月 小吉
タンジェリン 小吉
始 小吉
なおレオンは凶、フィルゲンは吉である。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。皆さん、どうぞ良い年を‥‥。
「さぁて、勝つわよーっ!」
振袖の袂を押さえて腕をぐるぐる回し、ハツ子は気合を入れた。
「かかってくるがいい」
スチャッと、ニライが羽子板を構える。
何か、ゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな雰囲気だ。
敗者には墨の洗礼が待っている。女優と歌姫。双方、共に顔に墨なぞ許されぬ者の闘いであった。
「ドッチも頑張りたまえ」
既に真っ黒な顔で、レオンが応援する。そんな暢気な青年へ、忍び寄る影が2つ。
「あの‥‥レオンさん」
鴇色の色無地の小振袖に蘇芳の色の帯を締めたさえが、何やら言い辛そうにし。隣の始が、妙に笑顔で切り出した。
「監督、日本には『お年玉』という風習があるんだけど」
「ふむ」
「大人が子供にあげる、新年のお祝いなんだ」
「ほほぅ」
「判りやすく言えば、歳神様の祝福を、大人を通して子供に与えるもの‥‥でしょうか」
「で、何をあげる物なのだ?」
「お金、です」
さえの一言に、暫しの沈黙が訪れる。カンコンと、羽根を打ち合う音のみが響き。
「泣く子と地蔵には勝てぬというヤツか」
「違います」
「向こうの大人からは、搾取せんのか?」
「目上から目下が基本だ」
二対一の攻防はなおも続いたが、『正月行事の一つ』という点で結局はレオンが負けた。
そして壮絶な羽根突き大戦の結果は、タンジェリンが勝利を収めた。もっとも、皆仲良く顔のどこかに墨を塗られているが。
その日の夕食は、始の希望もあってお祖母さんが作った『ホグマネイ料理』となった。
食後には、セーヴァが老婦人へのお礼代わりにとヴァイオリンの腕を披露し、和洋折衷の趣き深い夜は更けていく。
●惨状の三日間の終わり
二日には、福笑いで出来上がった珍妙な顔の数々に、誰もが大笑いし。
書初めでは、年長者が達筆を披露する中、日本語が書けない者は奇怪な象形文字や魔方陣の様なモノを創作したり。
善哉と汁粉と小豆雑煮の違いについて、討論が繰り広げられ。
−−賑やかな時間は、あっという間に過ぎて行く。
明けて三日は、別れの日となった。
「いろいろと、楽しく勉強になった。日本にも、そのうち遊びに伺いたいものだな‥‥皆、本当にありがとう」
レオンは一人一人と握手をして、同時に『お年玉』を手渡す。
「‥‥子供じゃないから、いいのに」
申し訳なさそうに、ハツ子が受け取る。
「目上から目下にも。と、聞いたからな」と、レオンは胸を張った。「機会があれば皆、また一緒に良い仕事をしよう」
「仕事以外も、呼んで下さいね。日本の行事ですと、2月には節分。3月にはひな祭りがありますし」
にっこりと海音が微笑んだ。
「うむ、こちらも色々と調べておく事にしよう。さて、お祖母様にも孝行をせねばならんから共には帰れぬが、皆、気をつけてな」
「お祖母さんにも、お邪魔致しましたと伝えて下さい」
越野が頭を下げ、日本人達はそれに倣う。
インヴァネスの街は、日本より一足早く平日の顔を取り戻していた。
そして。
「日本の正月とは、美しかったり美味かったり厳しかったり大変だったりと、壮絶なモノだった。アレによって、独自の感性が養われているのだろうな」
後にレオンは、フィルゲンにそう語ったそうな。