Black Invitation IIIヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
2.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/08〜01/11
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●本文
●三度の召喚
ポストには、各種請求書やダイレクトメールに混じって一通の封書が入っていた。
白い封筒には、流れるような美しい文字で宛名が綴られている。
差出人を確かめるべく封書の裏を見れば、そこにも黒いインクで一文があった。
『the World Entertainments Association German branch』
−−WEA、すなわち世界芸能協会。
白い封筒の封を切ると、中は対照的な黒いカード。
カードを開けば、そこにはタイピングされた金ぴかの文字が不穏な文を刻んでいた。
●蠢爾への招待状
親愛なる諸君、休暇は充分だったかね。
さて、前置きは飛ばして本題としよう。
我らが同胞ばかりが、不幸な事件に見舞われる劇場がある。
場所はドイツのハーメルン。
僅か半月のうちに、ある者は指を齧り取られ、ある者は目玉を抉られ、ある者は脚を喰われた。
些末の種火も捨て置けば、後に大火となるだろう。
かつて現れた男の様に、凶事の群を駆逐する喇叭を吹き鳴らすがいい。
但し、禁奏区には気をつけたまえ。
人の子の妄執は、恐ろしく根深いものなのだから。
さぁ‥‥宴に赴く、用意と覚悟はあるかね?
−−from Nirgends
●リプレイ本文
●『鼠捕り男』の舞台へ
Sバーンを降りて、ハーメルン中央駅から西へ約1km。
童話の世界の街並みは、灰色の雲に覆われていた。
「ね、見て見て。鼠だよ!」
無邪気に歓声を上げて、ベス(fa0877)が煉瓦敷きの道を指差す。
「本当ですね。なんだか可愛いです」
彼女の指差す先を見て、冬月透子(fa1830)は顔をほころばせた。
赤茶色の道には、点々と白い鼠の絵が描かれている。この鼠が向いている方向を辿っていけば、ハーメルン観光の要所に着く‥‥という風になっているのだ。
「早々に、鼠と縁ですか」
『道案内』の鼠の絵を踏まないようにして、鏑木 司(fa1616)が呟いた。
あたりは鐘の音が鳴り響き、前方の観光客が足を止めて何かを見ている。
「なにかな?」
ベスもつられて建物を見上げた。様々な音色の鐘に乗って、人形が動いている。
「からくり時計じゃな」
天音(fa0204)も足を止めて、回る人形を見つめる。
29個の鐘が奏でるメロディと、人形が語る物語−−街中の子供達が鼠捕り男に連れられて消え、一番後ろにいた二人の子供だけが帰ってくる。だが、一人は目が見えない為に子供達が何処へ消えたか示せず、もう一人は口がきけない為に語る事ができず。
やがて鐘は哀しげに鳴り止み、機械仕掛けの人形劇も終わった。
レストラン『鼠捕り男の家』に、鼠捕り男の博物館。夏場には『鼠捕り男』の市民劇もあり、もしこの逸話がなければ、ハーメルンは普通の街になっていただろう。
「厄介事が片付いたらゆっくり街を散策するとして、今はホテルに行くぞ」
やんわりと相沢 セナ(fa2478)に促され、招待状の一件を思い出したベスがしょげた。
「オペラに招待されたのかと思って嬉しくて、せっかくドレスも用意したのに‥‥NWと『ダンス』だなんて」
「もっと、素敵な招待なら良かったんですけどね。セナさんの仰るとおり、この件が終わったら一緒にオペラへ行きましょう」
「やったー! 約束だよ、トーコ!」
くるくると回って喜ぶベス。少々不機嫌気味の篠田裕貴(fa0441)は、ため息をついた。
「オペラよりも、俺はサッカーを観に行きたいなぁ‥‥」
件の『招待状』によって、サッカー観戦がふいになり。ドイツのサッカーリーグは月末近くまで休みだし、母国のリーグ戦も週末まで試合がない。
「老体に鞭打って、今日も乗るかな、エコノミー。
嗚呼、身体が軋む。ああ、身体が軋む。
だが之も、同胞の明日の為よ‥‥さらば、我が安寧」
大仰に吟じるせせらぎ 鉄騎(fa0027)の背中は、どこか煤けている。
「皆、若いのう」
グループ最後尾の孫・黒空(fa2593)が、のんびりと言い。
一行は、再び街を歩き始めた。
●証言と見分
劇場主の話では、被害者は郊外にある獣人専用の病院で治療を受けているという。
人間と獣人とは『作り』が違う。故に、安心して治療を受けられる獣人だけの−−芸能人御用達の医療施設が存在する。
被害者の話を聞く者達−−鉄騎と透子、司、ベスの四人は、落ち着いた色調の病室で被害者と顔を合わせた。
「で、襲われた時の状況を、できるだけ詳しく教えてくれないか」
鉄騎が切り出すと、手に包帯をした青年は、浮かない顔でベッドに眠る中年の男を見た。
「僕は衣装係なんですが−−」
それは半月ほど前。
劇の終演後、その日使った衣装を一人で整理していると、衣装の間から数匹の鼠が飛び出してきて、彼の指を齧り取ったという。
「でも、古い劇場に鼠がいてもおかしくありませんし、僕の時は「事故だろう」って事になったんですけど‥‥」
項垂れて言い淀む青年。中年の男はまだ意識が戻らずにいる。
「間にカレンの一件を挟んで、彼の時には「何かヤバイのがいるんじゃないか」って話になってました。殺鼠剤を撒いてみたり、劇団長や劇場主も害獣駆除処置をやってたようです。
5日前、彼は他の三人とカツラの手入れをしていました。カツラは、時々手入れしないと痛みますから」
仕事仲間の話では、仲間二人が用を足しに席を外した間に、彼が襲われたのだ。
「数は判りませんが、NWは見た限り一匹。後は普通の鼠だったとか。時間も夜で、悲鳴に気付いて二人が戻ると、逃げたそうです」
「やっぱり、鼠が関わっているんですね‥‥それでカレンという方が、二番目の被害者なんですか?」
司の質問に、青年は重い息を吐く。
「ええ‥‥カレンは女優でした。端役ばかりの新人でしたけども。あの日、リハーサルの時に疲れたから楽屋で少し仮眠するって言って‥‥一人の時に」
青年は俯いて、言葉を切る。沈黙が、病室を支配した。
青年がそれ以上カレンについて話したがらない為、担当医から詳しい話を聞く事となった。
残念ながら『襲撃者』の目撃者はいない。しかし部屋に一人でいた事と襲撃時間が夜である点が、先の二人と共通している。目を失った彼女はショックのあまりに心まで患い、専門の病院に移送されたという。
「指を‥‥失くすと考えただけでも、ぞっとします」
広げた自分の手を、透子はじっと見つめる。細い十本の指は、どれ一つも欠かせないものだ。
その手に、彼女より少し小さい手が重ねられた。
「トーコ‥‥」
それ以上何も言えなくて、ベスは冷えた彼女の手を握って暖める。
劇場班に被害者からの情報を伝え終えた司は、携帯電話をパチンとたたんだ。
「劇場の方も、聞き取りや根回しが終わったようです」
「じゃ、戻るとすっか」
気だるそうに、鉄騎がタクシー乗り場へ向かう。
その後に続く透子は、一度だけ振り返ってクリーム色の建物を振り仰ぐ。
−−あなた方を襲ったNWは、必ず倒しますから。
病室の二人と顔も知らぬ女性に心の内で告げて、彼女は仲間の後を追った。
病院班が、被害者達から事情を聞いている頃。
ハーメルンの小劇場に残った裕貴とセナ、天音、黒空の四人は、できるだけの情報を集めようとしていた。
漆喰と木と石で出来た劇場内部は、壮麗な作りではない。だが親しまれ、大切に使い込まれた風合いが漂っている。
「事件が起きたのは衣装の保管室と楽屋、それにヘアセットを行うメイクルームです」
恰幅のいい劇場主自らが、四人を館内へ案内した。
「その場所も、見せてもらえるか?」
「勿論です」
裕貴の頼みに劇場主−−彼もまた獣人である−−は、快く答える。
三度目の事件以降、劇場は半閉鎖状態だという。早く劇場の安寧を取り戻さなければ、劇団も劇場主も困るのだ。
「人間の従業員は、全て休ませています。獣人達は‥‥皆、自主的に自宅で待機しています。恐ろしいのでしょう」
「それで最低限必要な時は昼の間に劇場へ赴き、用件を済ませるのじゃな」
劇場主は黒空へ「ええ」と返事をした。そこへ、新聞で下調べをした天音が問う。
「メディアでは、公けになっていない様じゃが」
「騒ぎになると困りますので、WEAにも頼んで「ちょっとした事故があった」程度に情報を抑えています。幸い死者はいませんし、怪我人も専用病院に直接搬送されましたから」
「そうか」
納得したように、彼女は頷いた。
地下から屋根裏まで四人の細かな希望に応じて、劇場主は内部を仔細に案内した。
「これで、大体の位置把握は出来たか。完全に覚えるには、もう少し歩き回りたいところだが‥‥」集中して実際の構造を頭に叩き込んでいたセナが、ようやく緊張を解く。「後は、内部図もあれば完璧だな」
「うむ。できるだけ細かい見取り図や設計図面があれば、お願いしたいのう。頼んだ人物曰く、『特急でどーにかしろ』との事じゃ」
自分の用件と鉄騎からの伝言を天音が伝えると、劇場主は苦い笑みを浮かべる。
「判りました。至急、用意させましょう」
「コトが終わるまで、劇場は完全に閉鎖してもらえるかのう」
黒空が確認すれば、劇場主は首を縦に振る。
「日中も、誰も立ち入らない様に念を押しておきましょう」
「しかし‥‥戦えそうな広い場所は、コンサートホールかリハーサル室じゃのう」
考えを巡らせる天音の視界に心配そうな劇場主の表情が入り、「出来るだけ周りの被害がなく、な」と付け足す。
「現場から考えると、広い場所で戦えるとは限らないけどな。誘導する前に、逃げられる可能性もあるわけだし‥‥」
その時、裕貴の言葉を電子音が遮った。セナが携帯電話を取り出すと、液晶画面には『鏑木 司』の名が表示されている。
「どうやら、向こうは話が済んだようだ」
言いながら、セナは通話ボタンを押した。
再び劇場で合流した八人は、互いの情報を交換し、分析する。
それが終わると街へ繰り出し、軽く夕食を取った。
−−そして、夜がやってくる。
●何れが夜会の主賓か
逃ゲタ−−生き残る為の本能に従い、タダ、逃ル。
通れる場所を、可能な限りの速さで。
擬態していた群れが駆逐されているが、ソレには関係ない。
−−ソレハタダ、イキルタメニニゲ−−。
それは劇場の探索を開始して、二日目の夜の事だった。
場内の詳細な見取り図を元にして、一行は3つの班に分かれて劇場内の探索を行っていた。
隙間や物陰に注意を払いながら調べる、司と透子と鉄騎。
セナの影査結界からの情報を頼りに探す、ベスと黒空。
裕貴と天音は、天音の鋭敏視覚で僅かな手がかりを見つけようとする。
幸運か不運かは置いて、鼠の群れを引き当てたのは−−。
「裕貴殿、後ろじゃ!」
鋭く、天音の声が飛んだ。
裕貴は振り返るより先に、駆け出す。
二人は楽屋から飛び出したが、鼠の足は速い。
チィチィキィキィと啼きながら、くすんだ褐色の群れが逃げた『獲物』を追ってくる。その数は、20に近い。
「拙者が時を稼ぐうちに、皆に連絡を」
「判ってる」
木刀を片手に。もう片方の手を出来るだけ上に伸ばし、天音は迫る群れに最初の雷を放った。
「裕貴からだ」
セナの一言だけで、ベスも黒空も何が起きたかを察した。
「数の少ない方へ出おったか。急ぐんじゃ!」
「うん!」
完全獣化していた黒空に急かされつつ、劇場正面のエントランスホールから仲間の元へ向かう。
「逃げられる前に、合流できるといいんですが」
険しい表情で、司は携帯電話を握り締めた。
「まぁ、もしくは齧られる前だな」
「鉄騎さんっ」
こんな状況にも鉄騎は冗談を飛ばし、透子と司はやや呆れながら、最上階に近いリハーサル室から急ぐ。
通路では飛ぶ事もままならず、クリスナイフを構える裕貴と木刀を手にした天音は鼠の群れを威嚇しながら、舞台へと後退る。
先の破雷光撃に驚いたのか、鼠達は通路の隅に散って、じわじわと距離を詰めている。
「逃げられる訳にもいかないし、喰われる訳にもいかないし‥‥面倒だな」
「そうじゃな」
そして群れから離れた後方に、歪な蟲の姿があった。
「気をそらす為にも、セナが持ってたチーズを分けてもらうべきだったかな」
「ほぉ。セナ殿が、そのような物を」
「うん。俺は冗談だと思ったんだけどね‥‥この分だと、そうでもなさそうだ」
そんな軽口を叩きつつ、更に後進する事数歩。
漸く、舞台袖へ上がる階段に辿り着く。
「よし、一気に舞台まで走ろう」
「承知」
先に天音に階段を登らせた後、裕貴は踵を返し。
「走れ!」
一気に二人は駆け、鼠達もその背を追う。
舞台袖から中央へと走り出ると、観客席にはセナ達三人がいた。
「天音、裕貴!」
セナが名を呼び、その間にも黒空が二人へ追い縋る鼠の群れへ突っ込んで、蹴散らす。
思わぬ『援軍』が現れて、鼠の群れ−−とNWは一斉に逃げ出した。
「NWは?」
「一番後ろじゃ!」
追う追われるの立場が逆転し、通路を逃げる鼠達。その反対側からは、リハーサル室から降りた三人の姿があり。
「出遅れたぜ!」
一目で状況を見て取った鉄騎が、両刃の剣を携えて真っ先に走る。
楽屋へ逃げだNW鼠は、追いついた黒空に蹴飛ばされながらも、部屋の隅の穴へと逃げ込み。
「黒空!」
吼える鉄騎に黒空が下がり、半竜人は渾身の力で穴のNWへ剣を突き立てた。
「司、波光神息!」
「でも、鉄騎さんまで‥‥」
躊躇う司を、鉄騎が叱咤した。
「一発や二発でオダブツにはならん。急げ、逃げやがる!」
剣に刺ったNWが、ガリガリと壁を削ってでも逃げようとしている音が聞こえる。
薄い灰色の竜の姿をした司は、意を決して翼を一打ちし、息を吸い込んだ。
「全く。美味しい所を持っていきおって」
動かなくなった蟲からコアを毟り取り、苦笑しながら黒空はそれをパキンと握りつぶす。
悪びれる様子もなく、鉄騎は「へへ」と笑った。
「‥‥ごめんなさい」
万が一を考えて掃討された鼠達に、ベスは瞑目する。
例え害獣でも、命は命。駆逐と痛む心は、別だろう。
「後の事は劇場主の方に任せるとして、傷の手当ては早めにした方がいい。鼠は病原体を多く媒介するからな」
セナの言葉に、一同は顔を見合わせた。
「それじゃあ、行ってきまーす」
くるりと赤いドレスを翻し、ベスは透子と二人でホテルを出ていく。
「ハノーファーまでオペラ鑑賞とは、若者は元気だねぇ」
暢気に見送る鉄騎に、黒空は肩を竦めた。
依頼期間が終わるまで、念の為に一行はホテルで待機となっている。その為、セナはハーメルン周辺の観光へ、裕貴は近郊のサッカークラブへと出かけて行った。
「暇ならば、後で病院へ被害者の見舞いに行くとするかのう」
提案をする天音は、ハーメルン名物「乾パンの鼠」の頭を齧り取る。
それらの会話を耳にしながら、司は鞄の奥へ、三通目の白い封筒をそっと仕舞い込んだ。