雪降る夜の歌声ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 4.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/19〜01/25

●本文

●笑顔の裏側
 各プロダクションに、深夜バラエティの特別企画に出演する芸能人募集の知らせが届いたのは、ある寒い日の事だった。

 特別企画の内容は『芸能人達が、児童医療施設を慰問する』というものだ。
 病気や事故によって長い病院生活を送る子供達を、歌や芝居によって励まし、元気付ける内容だ。
 バラエティには少し重い内容だが、素の表情や思わぬ裏の顔が窺えれば、それも視聴者の楽しみとなるだろう。

 場所は、ノルウェーのオスロにある郡立病院の小児病棟。慰問を待つ子供の年齢は、5歳から10歳。人数は30人程で、事故によるリハビリや病気療養、先天性疾病により手術を待っている子供達だという。
 演目は出演者達に一任されるものの、「子供達が理解できる内容」と「子供達が笑顔になる事」が条件だ。
 日照時間が短い冬の季節は、大人でさえ精神的に塞ぎがちになるという。そして、笑う事が病状の回復を早めるという説もある。
 それを鑑みて、病院側も番組の取材をOKしたのだろう。

 準備期間も含めて、撮影期間は一週間。
 芸能人達は、子供達の笑顔を見る事ができるだろうか−−。

●今回の参加者

 fa0807 桜 美鈴(22歳・♀・一角獣)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1628 谷渡 初音(31歳・♀・小鳥)
 fa1791 嘩京・流(20歳・♂・兎)
 fa1796 セーヴァ・アレクセイ(20歳・♂・小鳥)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2225 月.(27歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●笑顔が見たくて
 オスロ市内にあるスタジオでは、三人の男性が奏でるバイオリンとチェロをバックに、五人の女性達が演技の練習をしていた。
 通し稽古を終えたところで、休憩となる。
「だいぶ、台詞の息が合ってきましたね」
 嬉しそうな桜 美鈴(fa0807)が、お茶をグラスに注いで皆に回した。礼を言って受け取った谷渡 初音(fa1628)は、それを飲んで一息つく。
「やはり、お芝居って難しいわね‥‥楽しいけど」
「ミュージカル仕立てにしたのは、名案だぜ」
 嘩京・流(fa1791)はニライ・カナイ(fa1565)にグラスを手渡し、ウィンク一つ。だが彼女はそれに気付かないのか、礼のみでグラスを傾ける。
「ニライ‥‥相変わらずの照れ屋っぷりじゃねーか」
 ふっと笑って銀髪をかき上げる流。月.(fa2225)とセーヴァ・アレクセイ(fa1796)は視線で会話した末に、聞かなかった事にした。
「ハツ子さん。ここをもうちょっと、こんな風にしたいんですけど‥‥」
「はいはい、どれどれ?」
 不安そうに声をかける御堂 葵(fa2141)に、羽曳野ハツ子(fa1032)は真剣な表情で相談にのる。
「いよいよか」
 溜息をつくセーヴァが窓の外へ目をやれば、煉瓦色の郡立病院が見えた。

●ステージ・タイム
「今日は、皆の為に日本のテレビに出ている人達が来てくれました。はい、拍手〜」
 レクリエーションルームに集まった子供達は、婦長の言葉に従って拍手をした。好奇心に満ちた顔や、微妙な表情が混じった瞳が、部屋に入ってくる八人を迎える。
「Hei,alle.Jeg er en pianists YUE.La oss nyt oss sammen med oss i dag」
 今日は一緒に楽しく過ごそう−−と、月が代表して挨拶をし、順番にメンバーを紹介した。
「いつの間に‥‥凄いわね、月君。でも、大丈夫?」
 月のノルウェー語に感心しつつも、ハツ子は小声で心配そうに聞いた。
 彼の目は少し腫れぼったい。今日の為に彼は寝る間も惜しんで、言葉を学んでいたのだ。だが眠気などおくびにも出さず、月はしらばっくれる。
「語学は好きだしな。これくらいは当然だ」
 そう言って、彼は再び子供達と向き合った。

●角のあるロバ
『これは、ほんの少し昔のお話です。田舎の村に、一匹のロバがいました』
 ハツ子の語りで、芝居が始まる。レクリエーションルームには、木や山の簡単なセットが置かれていた。
 セーヴァの弾くゴセック作曲のガヴォットをBGMに現れたのは、ロバに扮する美鈴。
 茶色のトップとボトム、帽子に黒い靴。半獣化して出した耳と尻尾は、茶色に染めている。
 彼女は子供達に背中を向けて、横歩きで『舞台』へ現れた。おかしな登場に、子供達は「何あれ」と指差して話をしあう。
「やぁ、皆。こんにちは! 僕はロバ。でもね‥‥」
 くるりと踵でターンをして、美鈴は子供達に顔を見せた。
「僕には、角が生えてるの」
 彼女の前髪の間から、一本の角が伸びている。驚く子供達を前に、美鈴は手作りなぬいぐるみ風のカバーを両手で付ける。
「こうして気をつけているのに、角が危ないからって嫌われるんだ」
 しょんぼり項垂れる美鈴は、思い出したように手を打った。
「でもね。僕にも、特技があるんだ」
 上着の下から輪投げの輪を四つ取り出して空中に投げ、美鈴は巧みなジャグリングをみせる。
 ところが、操る輪は一つ二つと角に引っかかり、遂に四つとも落ちてこなくなった。
「あれ、落ちてこないよ?」
 床を見回す美鈴は、子供達へ首を傾げた。
「皆、どこかにいったか知らなーい?」
 子供達はがお互いに顔を見合わせ、困った顔をしている。その中で、前に座る女の子が美鈴の角を指差した。
「あたまのうえっ」
「あっ、ホントだ! 教えてくれて、ありがとう!」
 にっこりと微笑んで彼女が礼を言うと、女の子ははにかんだ。
「僕はドジだけど、ブレーメンの音楽隊でなら仲間にしてもらえるよね! ブレーメンへ行こう ブレーメンへ行こう ブレーメンで音楽隊に入ろ♪」
『こうして、ロバは音楽隊に入るために、ブレーメンへと旅立ちました』
 ハツ子のナレーションに初音が声帯模写でロバの鳴き真似をし、美鈴は歩き出す。

●優しい犬
『ブレーメンに行く途中の森では、一匹の犬が途方に暮れていました』
 月の演奏に合わせ、ふらふらと現れたのは犬の葵。中世の狩人風の衣装から覗く耳と尻尾はギンギツネのソレだが、あくまでも犬だ。
 キーボードの旋律に合わせ、少し調子の外れた歌を口ずさむ葵は、ぺたんと床に座り込む。
「私は犬。ご主人様は、この先に住む狩人です。でも狩りのお供の私は、失敗ばかり。だって、兎さんや鹿さんが震えて私を見て‥‥噛みつくなんて、可哀想で」
 ぶんぶんと灰色の髪を左右に振って、狐の耳がしょんぼりと垂れる。
「もっと、自分に合った事がしたいんです。そう、私はブレーメンで音楽隊に入ろうと思うんです!」
 ぐっと拳を握り締め、明るい表情で子供達を仰ぐ。立ち上がろうとするも、へなへなと再び座り込んだ。
「でも、狩りは出来ない私のお腹は、もうペコペコぉ‥‥」
 葵は両手で腹を抑え、セーヴァが弦を擦って腹の虫の音を鳴らす。
『そこへやってきたのは、ブレーメンへと旅をするロバ‥‥て、何してるのよ』
 呆れたようなハツ子の声。美鈴は背景の木に角を当てて、その場で足踏みをしていた。
「だって、木に角が‥‥」
『はいはい。犬さんが倒れているから、助けてあげてね』
 言われて駆け寄ろうとした美鈴は、再び木に角をぶつけて仰け反る。くすくす笑いの中で、輪を教えた女の子が「ロバさん、がんばって」と声援を投げた。
「そこの犬さん、大丈夫?」
「いいえ。音楽隊に入るためにブレーメンへ行こうとしたら、お腹が空いて‥‥」
「それなら、犬さん。僕と一緒に行こうよ。僕も音楽隊に入りたくて、旅をしていたんだ」
 美鈴が差し出した手を取って、葵は立ち上がった。
 初音がロバと犬の鳴き声を次々に真似、セーヴァと月の演奏で二人は唄って歩き出す。
「ブレーメンへ行こう ブレーメンへ行こう ブレーメンで音楽隊に入ろ♪」

●迷い猫
『ロバと犬は、仲良く一緒にブレーメンへと歩きます。すると、向こうから一匹の猫が歩いてくるではありませんか』
 流の演奏するバイオリンにのって、いつもと変わらぬ読みづらい表情のニライがやってくる。灰色の服を着た彼女は、髪にカチューシャをつけ、ソマリの耳を付け耳のように誤魔化していた。
「私は猫。飼主家族が引っ越すのだが、私を連れて行けず悩んでいたので、ブレーメンへ行って、音楽隊に入ると旅に出た。家族は皆応援し、暖かく見送ってくれたので頑張ろう。
 ところで、そこのあなた達もブレーメンに行くのか?」
「そうだよ」
「ブレーメンで、音楽隊に入るんです」
 代わる代わるで答える二人に、ニライは「そうか」と頷く。
「実は私もだ。歌が好きでな」
 ヴィオリンを構えた流は、軽快なフレーズを奏で始めた。
 ふっと彼女の表情が和らぎ、流のトロイメライに乗せて、伸びやかな声でスキャットを独唱する。子供達も付き添いの看護婦達も、歌声にしばし聴き入っていた。
「素敵な歌ですね。きっと、ブレーメンの音楽隊に入れますよ。良ければ一緒に行きませんか」
 美鈴の申し出に再びニライは頷き、無愛想に自分の行く手を指差す。
「ところで、ブレーメンはあっちではないのか?」
「‥‥いえ。こっちですよ」
 葵は逆を指差し、ニライはその先を見て。
「ぎ、逆か‥‥」
 脱力した風に彼女はがくりと膝をつき、初音が寂しげに「にゃぁん」と鳴いた。

●元気なチャボ
「ブレーメンへ行こう ブレーメンへ行こう ブレーメンで音楽隊に入ろ♪」
 セーヴァと月と流の三重奏を背景に、彼女達は声を揃えて唄う。
『唄いながら進む道の先から、元気な声が聞こえてきました』
 鶏の鳴き真似をした後、初音は背景の影からひょっこりと現れた。羽飾りの付いた中世の少年風衣装に、作り物の嘴と鶏冠を揺らして進み出る。
「僕はチャボン! 歌とお日様が大好きで、いつも朝、お日様に向かっておはようの歌を歌うんだ。こんな風にね!」
 小柄な初音は、胸を張って唄い始めた。

「おはようお日様 元気に挨拶
 お日様まで届くよう 大きな声で歌おう

 ポカポカ陽気に ホクホク笑顔
 お日様に負けないよう にっこり笑おう

 うるさいと叱られても こればかりは止められない
 お日様と一緒、大事な時間
 歌は僕の宝物

 みんなで歌おう
 お日様に届けよう
 元気に歌おうよ
 ラララ
 素敵な合言葉 」

 大らかに唄い終えた初音だが、ふっと表情を曇らせる。
「ずーっと歌っていたいけど、皆は僕の声が目覚ましの時以外は迷惑なんだって。『それなら音楽隊にでも入れ』って‥‥声以外は取り柄がない僕だけど、音楽隊なら褒めてくれるよね!」
「うん。きっとチャボン君の歌を褒めてくれると思うよ」
「うわぁっ、誰!」
 足元に座り込んで歌を聴いていた三人に、初音は驚いて飛び上がる。
「僕らも、音楽隊に入る為にブレーメンに行く途中なんだ」
「あの‥‥僕も、仲間になってもいい? 歌う時以外は静かにするから」
「勿論だ。道程は遠い、さあ行こう」
 すっくと立ち上がったニライは、先頭を歩くが。
『猫さん、また道を間違えてるってばー!』
「‥‥え?」

●泥棒の家
『長かったけど、ようやく四匹が揃いました。
 ある夜。雪の降る夜の森で、チャボが灯りに気付きます。一夜の宿を頼もうと考えた四匹は、その家に来ましたが‥‥』
 バイオリンを置いた流が、帽子を被って現れる。帽子から灰色のロップイヤー種の耳が垂れていた。
「お頭ぁ〜! 今日も盗みはバッチリでしたぜ〜!」
 流が舞台裏へと声をかければ、声色を変えたハツ子が返事をする。
「おう。これだから、泥棒家業は辞められねぇなぁ!」
 背景の端から様子を伺っていた四人は、顔を見合わせた。
「と、盗賊です」
「悪い人達だよ、どうしよう!」
「どうしようって‥‥あっ」
 怯えた美鈴が後退ると、ばらばらと音を立てて輪投げの輪が落ちた。
「ん? 誰かいるのか?」
 足を止めた流は、首を傾げて子供達へ聞く。緊張した表情の子供達は、次々と首を横に振る。それを見て、「気のせいか」と流は背景の奥へ消えた。
『協力して悪い奴らを追い払おうと決めた四匹は、いい方法を思いつきました。ロバの上に犬が乗り、犬の上に猫が乗り、猫の上にチャボが乗り、皆で泥棒を驚かせるのです!』
 四人は円陣を組み、「ファイト」と小声で気合を入れた。
『上手くいきますように‥‥皆も応援してあげて!』
 初音が手拍子を煽り、ハツ子がエールを送る。
 最初は躊躇っていた子供達も、それにつられて手を叩き、声を上げ始めた。
 声援を受けながら、四つん這いになった美鈴の背中に葵が乗り。更にニライが乗ろうとするが、二人分の体重がかかると美鈴がべしょりと潰れた。
「きゃーっ!」
「なんだ!?」
 悲鳴に、ばんと流が飛び出す。
 三人は倒れそうな姿勢で固まり、初音は手で口を押さえる。
「お前ら、ナンか見たか?」
 子供達へ流が聞くが、全員揃って「知らない」と首を横に振った。
「おっかしいなぁ」
 首を捻りながら、また流は引っ込む。
 息を潜めていた三人は、ほっとすると改めてもつれ合って崩れた。
「この作戦、無理みたい」
 頭をかかえた葵は、ふぅと肩を落とす。
「あのね‥‥僕達は、音楽隊に入りたいんだよね」
 一番下で下敷き中の美鈴が呟く。それを聞いて、葵と初音は顔を見合わせ、一番上のニライは得心したように手を叩いた。
「そうか。私達には、歌がある」
「うん。僕達の歌で、悪い人を改心させるんだ」
「それなら、素敵な歌を知っている」
 ニライの言葉を受けて、深いチェロの音色とさえずる様なバイオリン、そして柔らかいキーボードの三重奏が響いた。
 そして、ニライはその歌を唄う−−ノルウェーの代表的な子守唄を。
 彼女が歌詞の一番を唄いきると、覚えたとばかりに残る三人も唄い出す−−上手いか下手かは、さておいて。
「お頭、なんだか綺麗で変な歌が聞こえて‥‥て、うわぁっ!」
 ふらふらと出てきた流は、ずっこけたままの三人をみて叫ぶ。その後ろから、「お頭」がのっしのっしと現れた。
「情けない悲鳴を上げて、どうした!」
 もじゃもじゃの髭と太い眉。肩を怒らせてばたんばたんと歩くハツ子に、子供達のブーイングが飛ぶ。
「怖そうな人がきましたけど‥‥」
「大丈夫。皆で唄えば、怖くないよ! さぁ、皆でもう一度、唄おう!」
 励ます初音は、耳に手を当てて子供達の歌を促す。
 そして、バラバラながらも歌声は響き−−。

『こうして、歌に心を打たれた泥棒達は、ぜひ一緒に連れて行って欲しいと頼みます。四匹は勿論OKして、皆は仲良く出発しました。
 そして、四匹の音楽隊はお頭と子分のお陰で沢山のお客さんに愛されて、いつまでも幸せに唄い続けましたとさ』
 恭しく頭を下げる八人に、ぱちぱちと小さな拍手が起こった。

●芝居を終えて
「役者達」が着替える間、セーヴァと月は子供達に楽器を触らせていた。
 特にチェロは音を出す事すら難しく、不協和音が毀れるばかり。
「難しいよ」
 頬を膨らませる少年にセーヴァは苦笑して、弓を持つ小さな手に自分の手を添える。
「楽器でも何でも、すぐに何かが上手くなる事はない。毎日練習をして、少しずつ積み重ねていくんだ‥‥。
 君達と、同じようにね」
 意味を理解したのかしていないのか。助けを借りて出た音に、少年は彼を見上げて微笑んだ。