世界祝祭奇祭探訪録ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/30〜11/02

●本文

●ハロウィーン
 万聖節(11月1日)の前夜祭である。秋の収穫を祝い悪霊を追い出す、古代ケルト起源の祭。アメリカでは、カボチャをくりぬき目鼻口をつけた提灯を飾り、夜には怪物に仮装した子供たちが近所を回って、菓子をもらったりするのだ−−。

●ホームメイド・ハロウィーン
「今回の取材では、イギリスのエディンバラにあるホットフィールド家へホームステイという形で、現地のハロウィーンに参加して頂く事になります。ホットフィールド家の家族構成は、両親と祖母、小学校に通う兄と妹の五人家族。と、なっています」
 緊張した面持ちで座る取材希望者達の前で、オーディション係のスタッフが番組資料を配っていく。
 番組趣旨は『現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する』という、現地滞在型の旅行バラエティだ。今回の滞在期間は4日と、比較的短い方である。
 資料が行き渡る間にも、スタッフの話は続く。
「こちらのハロウィーンでは子供達が数人でグループを作り、カブの提灯を下げて家々を訪問します。そして、詩や演奏など、何か芸をしないとお菓子はもらえないという、日本人がイメージする一般的なハロウィーンとは少し違った風習になっています。レポーターも参加する場合は、そのあたりも注意して下さい。とまぁ、こんな感じなのですが」
 淡々と説明していたスタッフだが、「それから‥‥」と不意に口調を固くした。
 思い思いに資料に眼を通していた取材希望者が、怪訝そうに視線を上げる。
「ご存知かもしれませんが、ハロウィーンは元々ケルト人のお祭だそうです。先祖の霊を迎えるという‥‥日本のお盆に似ていますね。ところが、先祖の霊に紛れて、人間に取り憑く悪霊も混ざっている事がある。そこで、悪霊に取り憑かれないために、悪霊の姿に仮装するのだそうですよ」
 そこで言葉を切ったスタッフは、最後に一言付け加えた。
「まぁ、念のために、その点だけ気に留めておいて下さい」

●今回の参加者

 fa0122 高邑千早(16歳・♀・兎)
 fa0190 ベルシード(15歳・♀・狐)
 fa0199 水沢葵(25歳・♀・鷹)
 fa0331 リデリア・バーゼル(17歳・♀・小鳥)
 fa0690 深鈴香都(20歳・♀・狼)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa1830 冬月透子(20歳・♀・鴉)

●リプレイ本文

●北緯56度 西経3度
 街の中央に城がそびえる、中世のお伽話から抜け出したようなエディンバラ。
 ウェイバリー駅を挟んで北西側に18世紀に整備された新市街、南側に昔ながらの旧市街がある。旧市街の外れ、石畳の路地の行き止まりにあるホットフィールド家の夕食は、客人を迎えて賑やかだった。
「お姉ちゃんがいっぱいできたみたいー」
「余所見しないでちゃんと食べろよ」
 スプーンを握った8歳の少女は、2つ年上の兄に「べー」と舌を出す。
「アニーもジェイも、喧嘩しちゃダメだよ」
 幼い兄妹の仲裁に入りながら、ベス(fa0877)は楽しげだ。
 ダンプリング入りのビーフシチューに高邑千早(fa0122)は舌鼓を打ち、リデリア・バーゼル(fa0331)がマッシュポテトに手を伸ばす。
 家の主人にスコッチを勧められて困る小塚透也(fa1797)を、ベルシード(fa0190)が「別にいいんじゃ」とけしかける。
 深鈴香都(fa0690)は夫人に紅茶を注いでもらい、暖かい光景に水沢葵(fa0199)はカメラのシャッターを切った。
 シャッター音に気付いたアニーがカメラに手を振り、それをまたジェイが叱り、ベスが間に入る。
「遠い所を、大変でしたでしょう。すいませんねぇ、騒がしくて」
 話しかけられ、静かに紅茶を飲んでいた冬月透子(fa1830)は隣の老婦人に首を振った。
「いいえ。こちらこそ、大勢でお世話になります」
 軽く頭を下げる透子に、揺り椅子に座る老婦人は穏やかな笑みを返した。

●準備完了?
 翌日。仕事へ向かう主人と学校へ行く子供達を見送り、葵は夫人と新市街のマーケットへ向かった。
 市内バスの車窓では、風景が古い町並みから整然とした建物に変わっていく。だが、ハロウィーン当日なのに派手な装飾はあまり見ない。
「買い物の荷物は私が持ちますね。カメラマンは重い機材を持ち歩くので、自然と力持ちになるんですよ」
「ありがとう、とっても助かるわ」
 葵の申し出に、夫人はにっこりと笑った。

 ホットフィールド家では、リデリアが老婦人の菓子作りを手伝っていた。
「こっちは『ハロウィーンだから南瓜料理』じゃあなくてねぇ。むしろ、子供達がお菓子でお腹いっぱいになって帰ってくるもんだから。仮装行列が終わった後、子供達は集会所なんかに集まって林檎くわえ競争なんかのゲームをするんだよ」
 アメリカのようなハロウィーンパーティを予想していたリディは、小麦粉をふるいながら「これは、何を作るんですか?」と更に聞く。
「ショートブレッドさ。今は店でも売ってるけど、昔は家ごとにレシピがあったんだよ‥‥タータンのクラン(家の柄)のようにね。今では、既製品のチョコレートバーを喜ぶ子供も多くなったもんだ」
 ポロンポロンと透子が爪弾くギターの音が、のどかに響いていた。

 買い物袋を抱えた葵達が戻ると、老婦人は昼食の準備にかかった。
 メインは不恰好でやや大きなソーセージと、スライスした円形の黒い物体である。
「ハギスとブラックプディングよ。口に合わなかったら、無理しなくていいからね」
「いえ、遠慮なくいただきます」
 千早が淡々とフォークを取る。それを見て、他のメンバーも漸く後に続いた。
「これは‥‥かなりスパイシーで濃厚な味、だね‥‥」
 微妙な顔をするベルに、老婦人は自分の皿の一角を示した。
「味が濃いようなら、マッシュポテトと一緒にお食べ」
「黒いのは、美味しいわよ」
 ベルの皿を、深鈴がナイフで突付く。向かいのベスはマッシュポテトにハギスを埋めるようにして食べている。ちなみにハギスは羊の胃に心臓等の内臓を詰めたもの、ブラックプディングは動物の血を固めたソーセージだ。
 知らぬが仏、かもしれない。

 二人の子供達が半日休校で帰ると、いよいよ慌しさが増した。
 夫人と一緒に、焼き上ったショートブレッドや市販のチョコ等を小分けして包む葵とベル。千早と深鈴は学校で作ったランタンを手本に、子供達と蕪を掘っていた。透子とリデリア、ベスは三人で部屋に篭り、何か練習をしている。
 そして透也は、窓辺で揺り椅子を揺らす老婦人を訪ねた。
「えーと‥‥ミセス・ホットフィールド?」
 彼を見上げた老婦人は片眉を上げ、どうぞという風に手を振って椅子を勧めた。椅子に座りながら、透也は言葉を繋ぐ。
「あのさ。よかったらその、伝承って言うか、昔のハロウィーンの事とか教えてもらえねぇ、かな」
「おや。それは、寝物語になりそうなとても長い話になるが、いいかい?」
 思わず「えー」と正直な反応をする透也に、老婦人は声を上げて笑った。
「長くなるなら、悪霊の姿とか、どんな悪さをするとかでもいいんだが」
「さて‥‥ハロウィーンが元はケルトの祭だとは、知っていたかい? そもそも異教の祭だから、キリスト教の力が強いヨーロッパではほとんどハロウィーンを祝わない。イギリスも、南部の連中は11月5日の火薬陰謀事件の記念日の方が好きらしいからねぇ。
 だが昔は、この時期はこの世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていた。悪霊は猫の姿で現れ、鬼火のスパンキーは人を誑かして崖に誘う。それに、シーと呼ばれる妖精達。悪さどころか、どれも良くない事をもたらすのさ」
「良くない事‥‥」
 時計の鐘がポーンと4回鳴った。

●お菓子と悪戯
 雲が少し多いものの、夕暮れに染まった空と街は美しかった。
 夕日の名残が消えかけた公園広場には、主に仮装した子供達が集まっていた。藁で出来た大きな動物の人形に火熾しで作られた炎が点けられると、わっと歓声があがる。
 篝火から手製のランタンに炎を受け取れば、それがハロウィーンの始まりだった。

「Trick or treat!」
 口々に叫んで街を歩く子供達の仮装は、スタンダードな魔女や有名なSF映画の悪役のコスプレが多い。そのためか、物珍しそうな子供が半獣化した一行に寄っては離れ、離れては寄ってを繰り返していた。
「ほらほら、触るなよ〜。たっか〜い特殊メイクの一種だからな〜」
 群がる子供−−特に男の子達を前に、透也はばさばさと背中の鷹の翼を動かした。子供は無邪気だが無慈悲な面があるのも確かで、気を許せば羽根を毟られそうだ。
「ボクもトーヤ達みたいな翼とか尻尾とか、ほしーいー」
「ダメだね。おにーちゃん達は、コレでも日本の芸能人なんだ。だから、特注なのさ」
 ちちと指を振ってウインクすれば、「え〜〜!」と一斉に抗議の声が上がった。
 黒いコートと尖り帽子のオーソドックスな魔女姿の深鈴は、透也と男の子達のやり取りに(「私も、半獣化すれば女の子が集まったかな」)とちょっと残念に思う。

 兎の尻尾と耳の魔女は、三角帽子の小さな魔女と手を繋いで歩く。
「いたずらかお菓子か 美味しくて甘いモノをおくれ
 それから飴と林檎もおくれ そしたら悪戯は許してあげるから!」
 開いた手に握った蕪のランタンと籠を振り、楽しそうに「お菓子をねだる歌」を歌うアニー。街角で友達と出会えば、お互いの仮装に笑い合う。最初は調子を合わせていた千早だが、知らずと自然に笑みがこぼれていた。
「チハーヤ!」
 ぱたぱたとローブを被った少年が走ってくる。発音しにくいのか、彼らは千早の名前を少しアレンジして呼ぶ。隣に並んだジェイは、片手に余りそうな大きな林檎をぐっと突き出した。
「‥‥ジェイ?」
「やる」
 不思議そうな千早に構わず、林檎を彼女の空籠に放り込むジェイ。そして振り向かずに友達のグループへ走り去った。ベルが後ろから、千早の籠を覗き込む。
「小さいながらも、やっぱり男だね」
 狐の尻尾をゆらゆらと振りながら、ベルは笑った。
「それにしても、皆浮かれちゃってインタビューにならないよ。子供はお菓子に夢中だし、家の人はお菓子を配るのに大変だし」
「みんな楽しそうで、いい表情ですよ」
 白いローブを羽織り、翼と足を半獣化させて半人半鳥のハーピーに仮装した葵は、手を繋ぐアニーと千早にシャッターを切った。

「とりっく おあ とりぃと お菓子くれなきゃ 踊っちゃうぞーっ♪」
 透子が奏でる軽快なギターの音色に合わせ、マラカスを両手に持ったベスが軽やかに踊る。リデリアと透子のコーラスも、昨日今日に練習したとは思えない出来だ。
「魔女さん達、素敵な演奏でしたよ」
 戸口で演奏を聞いていた見も知らぬ婦人は、三人の演奏に盛大な拍手をし、リデリアの籠へボンボンを多めに入れてくれた。
「ありがとう、奥様」
 付け耳付け尻尾で黒猫の魔女に扮したリデリアは、軽く膝を曲げてお礼を言う。
「リディさん。せっかく堂々と歩き回れるチャンスですのに」
 種族性を生かして烏天狗の衣装を纏った透子が、意外だという風に囁く。にっこりと微笑んで、リデリアは透子に小声で返した。
「ええ。でも『他の獣人さんになれる』機会なんてありませんから、新鮮です」
「そういう考え方も、アリだね」
 内緒話をしながらも、祭の雰囲気にご機嫌のベスが頷く。
 仲間を追いかけて歩けば、見慣れぬ透子の着物が珍しいのか後ろから子供がついてくる。
「君達、日本のハロウィーンを見せてあげましょうか」
 くるりと振り返ると、興味深げな子供達へ透子はコホンと咳払いを一つ。
「 悪 い 子 は い ね ー が ー っ ! 」
 ばさりっと黒い翼を広げれば、子供達は一斉に「きゃーっ」と笑いながら逃げ出す。

 その時。
 透子は逃げる子供達の流れに逆らって、向かってくるフード姿に気がついた。

●ソーウェン

 ギチリ。と、
 千早は身体が軋む音を聞いた。

 ギチリ。と、
 透也はフードの下の目が人のモノから昆虫の複眼に変っていくのを見た。

 ギチリ。ギチリ。と、
 一足進むごとに、ソレは人ではなくなっていった。

「リディ。預かっていてもらえますか」
 透子からギターを渡され、強張った声にリデリアは全てを察した。
「そういえば、そろそろ集会所でゲームをやる時間じゃないかしら。そろそろ行きましょうか!」
 芝居は上手くはないけれど。精一杯の勇気を集めて、リデリアは明るい声で子供達を誘った。気付かずに駆ける子供達の後ろを、ベルはいつでも抱えて逃げられるようにとついていく。
「チハーヤ?」
 手を離した千早を、アニーは不思議そうに見上げた。
「すぐに追い付きますから、リディと一緒に先に集会場へ行ってて下さいね」

 灯りを避けて、獣人達は闇の方向へと走った。
 同行の通訳やカメラマンには、予めリデリアやベルシード、深鈴といる様に頼んてある。
 後は、人目につかない場所を選ぶだけだ。
 追う間にもソレは変容を続け、体躯は既に一回り膨れ上がっている。
「あれが、ナイトウォーカー‥‥」
 肌寒い気温だというのに、ベスの背中にぞくりと冷たい汗が流れ落ちる。
「こっちだ!」
 翼を一打ちして、人のいない場所を探していた透也が舞い降りた。
 石畳の感触が土に変わり、勾配が急になる。
「きゃぁ‥‥っ!」
 短い悲鳴とともに、蟲に体当たりされた千早が転倒した。
 が、下敷きにされる前に、持ち前の身軽さで素早く転がって避ける。
 そこへ葵がダーツを投げ、奇怪な蟲は飛び退った。
「その仮装は、お呼びじゃないですよ」
 牽制した葵の手に、鉤爪のような鋭い爪が伸びた。
 土を払った千早は体制を整え、透子はナイフを構える。
 睨み合う間にも、透也は鋭敏になった視力で「コア」を探していた。
「‥‥あった。右肩の後ろだ」
「なら、上か背後に回らないとダメね」
 今ここで決定的なダメージ力を持つのは、葵の爪か透子と透也のナイフだろう。
 攻撃手段が少ない事に気付いているのか、節足の巨大な蟲はギチギチとにじり寄って来る。
「仕方ないな‥‥俺が囮になるから、何とかコアを潰してくれ」
 ナイフの一本を千早に投げて寄越した透也は、何か言いたげな彼女らにヒラヒラと手を振った。
 −−そうとも、死ぬ気はないさ。俺には家で、兄妹が待っている‥‥。
 巨大な蟲の、撓んでいた節のある四本の足が弾け、飛び掛る。
 四人はそれぞれ、次の瞬間に備える。

 ごぉぅ。と、風が鳴った。

 覚悟した瞬間は、こなかった。
 透也の後ろで身を竦めていたベスは、飛び上がろうとした蟲がその姿勢のまま、どぅっと音を立てて倒れる様を見た。
 コアの部分には深々と木の杖が刺さり、蟲に変容した体躯は元の形へ戻り初める。
「『後片付け』は儂らに任せて、今は子供達の元へ戻るがいい」
 暗闇からの老いた声に見れば、そこには一匹の大きな狼がいた。
 いや、よく見れば狼だけではない。
 更に離れた場所には、幾つもの牛や豚、そして熊の姿−−。
「異国の子供達。戻って仲間を安心させておやり」
 穏やかな瞳で、熊が促す。
 そして彼らは元ナイトウォーカーだった死体と共にホリルードにある丘、アーサーズ・シートへと去っていった。

●別れの朝に
 翌日、一行は夫人の誘いでエディンバラ観光に出かけた。
 市内が一望できるエディンバラ城に、パフォーマーやバグパイパーがあちこちで芸を披露するロイヤル・マイル。英国王室のホリルードハウス宮殿を見学し‥‥その目まぐるしさは、前日の事を振り返る間もない程だった。

 そして、次の別れの日。
 老婦人は赤を基調としたタータンチェックのマフラーを、一人一人に手渡した。
「これは、ホットフィールドのクランさ。またいつか、遊びにおいで。子供達」
 誰もが何かを言おうとしたが、結局は誰も何も言わなかった。
 そう。ハロウィーンの夜は、もう終わったのだから。
「またいつか」と手を振り、八人は暖かい家を後にした。