Limelight:Play Voice2アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/31〜02/06

●本文

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。

 控えめなボリュームのオールディーズが流れるフロアで、足を組んで椅子に座るオーナーの佐伯 炎(さえき・えん)は暢気に紫煙を吐く。
「で、こないだの講習はどうだった?」
 灰を灰皿に落とし、佐伯はテーブルの向かいに座る知り合いを見やった。
「ああ。皆、いい声をしていたね。予想以上の人もいたし‥‥」
 しみじみと呟きながら、音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)はいつもの熱くて濃いコーヒーを口に運ぶ。
「でも、そうなると欲が出てしまうのが、哀しいところだね」
「‥‥やっぱり」
 皮肉めいた風に笑いながら、佐伯は煙草をふかした。
「その辺り、変にこだわるからなぁ。お前は」
「それを言うなら、どっちもどっち‥‥まぁ、話が進まなくなるから、それは一端置くとして」
 コーヒーカップを置き、改めて川沢は指を組んだ。だが佐伯は指を降ってそれを制し、改めて向き合った。
「いや、ここまで言われたら、後は言わなくても判るぞ。要は、また「貸せ」って事だろう。今回は、特別なスケジュールも入ってねぇし、好きなだけ使ってくれても構わんが‥‥あ。ナンなら、ゲリラライブとかするか? まぁ、店の雰囲気にそぐわんのはアレだが」
「炎‥‥何か、前の時より乗り気じゃないか?」
 川沢から不審な目で見られて、佐伯はにやにや笑う。
「別に。ただ、たまには生活に変化が欲しくてな」
「どうだか」
 白々しく肩を竦めると、川沢は珈琲を飲み干す。

 数日後、ボイス・レッスンの希望者を募る告知が関係者に流れた。
 受講資格についての内容は、「意欲があれば、業界ジャンルは問わず。レッスン料の代わりに、ライブハウスでのバイトが条件」というものだった−−。

●今回の参加者

 fa0186 シド・リンドブルム(18歳・♂・竜)
 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa1170 小鳥遊真白(20歳・♀・鴉)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa2105 Tosiki(16歳・♂・蝙蝠)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)

●リプレイ本文

●受講希望者達
「お、来たな。とりあえず、茶でも飲むか?」
『Limelight』の事務所に入ってきた者達の姿を見て、佐伯 炎が席を立った。それに続いて、川沢一二三も立ち上がり、一行を迎える。
「いらっしゃい、川沢です。初見の人も、何度目かの人も、よろしく」
 それに答えて、聖 海音(fa1646)が物腰も柔らかく、頭を下げた。
「初めまして、聖です。歌手としての活動はしておりますが、歌唱法などは全て独学で身に付けた我流です。基礎から確りと足りない技術や知識を学び、誤っている事があればきちんと正して、夢を実現させる一歩にしたいです。
 先生、どうぞ宜しくお願い致します」
 再び深々と頭を下げる海音に、川沢は少し困ったように苦笑する。
「先生なんて、仰々しい呼び方でなくていいよ。気楽にね」
「はい」
 たおやかに微笑む海音に続いて、小鳥遊真白(fa1170)が会釈をする。
「私も基礎をしっかりと学びたいと思ったので、参加させていただく。ボイス・レッスンとの事だったが、楽器演奏についての教授はないのか?」
「残念ながらね。でも、自ら楽器を演奏する事も音感を高めるのに有効だから、休憩中に弾くのは構わないよ」
「そうなのか。判った」
「俺は元はオペラ歌手だったっていうのもあるんだけど、小さい頃に聖歌隊に入ってたり、音楽学校で声楽やってたから、どうしてもそういう歌い方に傾いちゃうから、改めて訓練してみようかな‥‥と、思ったんだよね」
 隣の顔見知りを気にしながらも、篠田裕貴(fa0441)は自己紹介をする。彼の隣に並ぶ鳥羽京一郎(fa0443)は、先の女性達に倣うように軽く頭を下げた。
「裕貴と同じく、オペラ畑の出だ。ただ、音感とか音取りの方面が苦手でな。その方面を強化したいと思って参加した」
「逆に、こっちが二人に教えてもらう事も多いかもしれないね。お手柔らかに。
 りな君は、久し振りになるね」
「はい、お久し振りです。またお会いできて、光栄です」
 緊張しながらも微笑んだ愛瀬りな(fa0244)は、ぺこりと頭を下げた。それから、ぐっと表情を引き締める。
「あの‥‥あたし、唄うのは好きなのですが、カラオケで自己満足! っていうレベルなんです。
 そんな、私の夢は‥‥アイドルになる事、です。
 川沢プロデューサーがポップス系の音楽の方だと、存じてます。でも私は、見た目だけでなく本当に、心に響く歌を歌える‥‥しっかりとした歌唱力のあるアイドルになりたいと、心から思っております!
 頑張りますので、どうかご指導、お願い致します!」
「こちらこそ、少しでも夢の実現への手助けなれれば、嬉しいね」
 真摯な言葉と共に深々と礼をするりなの肩を、川沢がぽんぽんと叩いた。そこへ、トレーを手にした佐伯が戻ってくる。
「まぁ、堅苦しく突っ立ってないで、座って茶でも飲め」
「あ、佐伯サン、手伝うよー。それから、またお世話になります」
 ひょいとメンバーから抜けて、椿(fa2495)がトレーを受け取りに行く。
「‥‥店のモンに手ェつけたら、給料計算から差っ引くからな」
「えーっ。アレは、俺のせいだけじゃないって」
「だけってなんだ、だけって」
「あ、佐伯オーナー。今回も、奥に引っ込んどきますネ」
 そう言って、Tosiki(fa2105)は『Limelight』のロゴが入った白いエプロンを鞄から取り出すと、ぺロッと舌を出した。
「この前、返し忘れてましたし‥‥洗濯して返そうと思ってたんで。すいません」
「なかなか、したたかだなぁ‥‥お前らも」
 飄々とした椿と謝るTosikiに言及する気も失せたのか、頭をおさえて佐伯がぼやいた。そして、Tosikiは川沢に向き直る。
「川沢先生、また、宜しくお願いします。あの後、俺が唄う為の歌を作りました。時間が取れたら、聴いて下さい」
「あ、俺のもー!」
「『先生』はいいから‥‥じゃあ、下で聞かせてもらうかな」

 前回と同じように、好きな曲を一曲づつ歌った後は、佐伯から仕事の説明を受ける。
「前に手伝ったヤツがいるから、判らない事があれば二人に聞くといい。Tosikiは厨房のチーフ。椿はホールのチーフでいいな」
「判りました」
「はーい!」
 白いエプロンをつけたTosikiと、髪を黒く染めて三つ編にし、眼鏡をかけて『変装』した椿が佐伯に答えた。
 事前の打ち合わせでホールは椿の他に海音と京一郎が担当し、真白はバーカウンター、厨房はTosikiと裕貴、りなで切り盛りする事となっている。
「俺、料理は得意だけど、皿洗いもOKだよ」
「あたしが皿洗いや雑務を頑張ります。料理の腕は人並みですので、お客さんに出す自信は、ちょっと‥‥」
「じゃあ、裕貴さんがメインを作って、りなと俺がカッティングや前菜の盛り付けでいいかな」
 Tosikiが纏めると、裕貴もりなも頷いた。
 一方、ホール係のメンバーも、注意点を確認しあっている。
「接客も大事だし、後は変装がバレないように気をつけないとね」
「バレそうになったらお互いに助け舟、ですね。椿様」
 制服を借りた海音は化粧を変えた上で、念を入れて泣き黒子をかいている。邪魔にならないように長い髪も結い上げて、お団子に纏めていた。
 それだけでも普段は日本人形を思わせる海音のイメージが、かなり違って見える。真白は男性用の制服で身を包み、黒髪は後ろで一つに束ねていた。
 彼女達の『化けっぷり』を、京一郎はカラーコンタクトをつけたブルーの瞳でしみじみと眺める。
「やはり、女性は化粧や髪型一つでも、随分と変わるな」
「その髪型でも、大分イメージが変わったと私は思うが」
 真白は京一郎を見上げた。彼はムースで前髪を立て、更にヘアスプレーでラフな雰囲気に仕上げている。
「そうか。よかった」
 そんな打ち合わせや準備の間にも、開店時間は迫ってくる。

 そうして、彼ら彼女らの慌しい日々が始まった。

●二重生活の日々
「人によっては繰り返しの話になるけど、基本は大事だからね。既に知っている人は、再確認を兼ねるという事で」
 基礎作りからなので、レッスン内容は前回と変わらない−−ストレッチやしっかりと音を出すための筋トレ方法、腹式呼吸法の確認に、音感やリズム感を鍛えるためのゲームやリスニングを行う。実際に声を出すのは1時間か、多くても2時間程度。それ以上は練習を重ねても、逆に喉を痛める危険があるという。
「カラオケで歌い過ぎるのも、良くないんですね」
 少し残念そうに、りなが苦笑した。
「気をつければ、手軽な練習場所になるけどね。神経質になる必要はないけど、用心に越した事はないよ」
「あの、質問してもよろしいでしょうか」
 おずおずと、遠慮がちに海音が聞く。その彼女を「どうぞ」と川沢は促した。
「高音域は得意なのですが、低音域もしっかりと唄えればメリハリが効いて良いと思うのです。音域が広がれば曲のレパートリーも増えますし‥‥その辺りを、ご教授頂きたいのですが」
「声帯の長さで個人の音域が決まっているから、低音域を広げるのは実は難しいんだ‥‥最高音域や最低音域の練習は、声楽でも確か難しい専門課程に属していたと思う。音域も個性の一つだから無理に広げず、トレーニングを続けて今の音をしっかりと出す方法もあると思うよ」
 熱心に耳を傾けていた海音が頷いたところで、京一郎が質問を口にする。
「高音域があまり得意ではないから、強化したいんだが‥‥アドバイスはあるだろうか」
「男性のファルセットは細くなりがちだから、ミックスボイスを生かす事も考えて、声帯まわりの筋トレかな。でも君は発声の基礎が出来てるから、すぐ落ち着くと思うよ」
「そうか‥‥」
「じゃあさ」
 安心した様子の京一郎の次に、裕貴が身を乗り出して聞く。
「どうしても甘く、優しげに‥‥って感じになっちゃうのが、悩みどころなんだよね。それも個性だって言われたら、それまでなんだけどさ」
「俺は、今の声も魅力的だと思うがな」
「京一郎には聞いてない」
 ついっと裕貴がソッポを向き、京一郎は彼の反応を面白そうに窺っていた。二人を見比べながらも、川沢は至極真っ当に答える。
「確かに個性と言えば個性だけど、曲調やリズム、語調と声量で感情の出し方を変える方法もあるね」
「曲調かぁ‥‥」
 ふぅむと裕貴が考え込む。同じく何かを思案していた椿が、首を捻りつつ疑問を口にした。
「ね‥‥川沢サン。俺の歌の長所って、何だろ?」
「おや、スランプかい?」
「イイとこは、伸ばしていきたいなぁって‥‥スランプ?」
「うん。長所を教えてもらって、教えてもらったからそれを伸ばす。それで納得するなら構わないけど、本当にそれでいいのかな」
「う〜ん」と唸ったまま椿は更に考え込み、川沢は時計を見た。
「とりあえず、今日はここまでだね。そろそろ時間だし」
 バイトとしての就業時間は、18時から22時。時計は、既に17時を過ぎていた。

「まず、グラスの四分の三まで、クレームドカカオを注ぐ。残り四分の一に、フレッシュクリームをフロートする‥‥混ぜて濁らない様にな」
 息を詰めて、真白はバー・スプーンを使ってフレッシュクリームを注ぐ。白と黒の二層が出来上がると、注意深くスプーンを抜き、息を吐いた。
 後は、ピンを刺したレッドチェリーを、橋渡しするようにグラスに置けば、エンジェル・ティップの完成となる。
「どうだろう」
 不安げに聞く真白に、グラスを注視していた佐伯が頷いた。
「十分だ。もう少し手早く出来るといいが」
「‥‥頑張ってみよう」
 バー・スプーンを手に、真白は気合を入れる。エンジェル・ティップのグラスの隣にはシェイク系のジン・フィズとビルド系のアンバー・ドリームが並んでいた。
「これで、ハードシェイク以外のカクテルなら作れるだろうが‥‥レシピは覚えきらんだろう。もし判らないモノがあったら、遠慮なく呼んでいいからな」
「そうしよう‥‥レシピを覚えるのは、台本を覚えるより難しいようだ」
「でも凄いよ、真白さん。ドラマの撮影の時も、格好よかったけど」
 我が事の如く、嬉しそうにりなはグラスを覗き込んだ。その時、厨房から裕貴の声が響く。
「椿、それ、取っちゃ駄目だよ!」
「気のせひだよ〜!」
 何やら口をもぐもぐさせながら厨房から逃げ出してきた椿の姿に、ホールにいる者達は苦笑した。やれやれと、佐伯は腕組みをする。
「裕貴の腕はなかなかいいから、気持ちは判らんでもないがな」

●ソロ・フィールド
「ところで、一曲やりたいヤツはいないか?」
 そう佐伯が切り出したのは、平穏な五日目の終わり。
「練習の成果ってのがすぐに出るわけじゃあないが、バイトは明日が最終日だからな。仰々しいライブだと気も張るだろうから、バックグラウンドで弾き語りみたいな感じで構わんぞ」
 その言葉に「本当か?」と、Tosikiが目を輝かせる。
「ああ。急だし、やりたいヤツだけで構わんからな。こういう場所だ。上手いも下手も気にせず、存分にやっていいぞ」

 そして、六日目の夜。
 フロアには、70年代ポップスを彷彿とさせるメロディが流れていた。
 ステージでキーボードを弾くのは、真っ先に演奏を希望したTosiki。唄うのは、彼が初めて作詞した『憧れ‥‥憬れ』という曲だ。

『恋に憧れたローティーン
 恋人に憧れたミドルティーン
 恋人達に憬れたハイティーン
 憧れ‥‥憬れ‥‥ 返らぬティーンのワタシ‥‥』

 今の歌への思いを重ねて、荒削りな恋の歌を彼は楽しげに唄う。
 拍手に送られてTosikiの演奏が終わると、少し時間を空けてから、椿がステージへと上がる。
 ピアノを弾き語りしてのバラード『WORLD』を優しく、力強く唄う。

『指の隙間から零れ落ちた幸せ
 神様はきっと気まぐれ
 オセロの駒を反すよに
 私の前から貴方を連れ去り
 光の日々を闇に塗り替えてしまった

 孤独に怯え 哀しみが胸を刺す夜
 涙は止め処なく流れ ただ繰り返し名を呼ぶ

 ふと思い出す貴方の言葉
 『世界がキミに優しくありますよう』
 貴方の生きた証は 今もこの胸の中に

 流れる時を 逆らうことはせず
 涙は涙 想は想 ただ今あるがままに
 私をつつむ 世界こそが貴方』

 ステージの上で唄う椿を、りなは眺める。彼女の頭上から声が降ってきた。
「‥‥唄っても、良かったんだがな」
「でも、洗い物がまだありますしね‥‥ちょっと、いいなぁって思いますけど」
 見上げたりなが答えると、禁煙煙草を咥えた佐伯はニッと笑う。
「じゃあ、今度は仕事で遊びに来るといい」
「どっちですか、それ」
 くすくすと笑いながら、りなは厨房に戻った。

 そして、最終日。
 レッスンの休憩時間に合わせて、海音はフォンダンショコラを作り、皆に振舞った。
「バレンタインには、少し早いですけど‥‥如何でしょうか」
「チョコレートは‥‥俺、ちょっと」
 苦手な物体を前に、裕貴が苦い顔をする。彼の前に置かれた皿を、横から京一郎が自分の手元に引いた。
「じゃあ、俺が貰ってやる」
「ありがと。海音、ごめん」
 気まずそうに礼を言いながら、裕貴は海音に謝る。だが、海音も黒髪をさらりと揺らした。
「いいえ。お嫌いとは存じあげず、申し訳ありません‥‥」
「海音さん、いただきます〜!」
 出来たての小さなケーキにフォークを入れると、中から溶けたチョコレートがとろりと溢れ出す。
「うん。美味しいな、これ」
「ですね」
 ケーキに舌鼓を打つ者達を嬉しそうに見守っていた海音は、最後に川沢へマッチを渡した。
「あの、私、此処で唄っておりますので‥‥機会がありましたら、是非遊びに来て下さいませ」
「じゃあ今度、こっそりと伺わせてもらうよ」
 受け取った川沢へ「はい」と頷き、海音はにっこり微笑んだ。