トリックスターの悪夢ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 4.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/06〜02/12

●本文

●大道芸人連続失踪事件
 イギリスのロンドンでは、思わぬ所で音楽やパフォーマンスを耳にする事が多い。
 広場などはもちろんの事、地下鉄の通路でも公認非公認を問わず、大道芸人達がジャズやクラシカルな演奏、パントマイムなどのパフォーマンスを見せている。
 そんな大道芸人達の間で、一つの怪事が噂されていた。
 前触れも動機もなく、大道芸人仲間が消えるというのである。

 最初は、アコーディオン奏者が消えた。
 次に、パントマイムの演者が消えた。

 消えた二人は共にソロでの活動をしていた為に、最初は誰も異変とは思わなかった。

 三番目に、ポピュラーバンドの一人が消えた。
 四番目に、ペアでパフォーマンスをしていたジャグラーの一人が消えた。

 一緒に仕事をしていた者達は、仲間が消える心当たりはないという。

「行方不明事件が発生する期間は、ほぼ一週間おき。
 行方不明者に共通するのは、地下鉄構内やショッピングモールなど人が多い場所で仕事をしていた事と、夕方や夜までは目撃情報があり、翌日の朝には姿が消えている事。
 今週の事件は、まだ発生していません。このままコトが起きないなら良いのですが、その可能性は低いでしょう。「犯人」の捜索方法はお任せします。必要な物や許可は、可能な限りこちらで用意いたしますので」
 そう、WEAの担当者は告げた。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0204 天音(24歳・♀・鷹)
 fa0258 夜凪・空音(16歳・♀・蝙蝠)
 fa0807 桜 美鈴(22歳・♀・一角獣)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1890 泉 彩佳(15歳・♀・竜)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2555 レーヴェ(20歳・♂・獅子)

●リプレイ本文

●霧の街にて
 700万以上の人口を抱え、500万以上の旅行者を迎えるイギリスの首都ロンドン。
 或るイギリスの文学者に『ロンドンに飽きた時、その人は人生に飽きたのだ』と言わしめた大都市は、過去の遺産と現代の英知が混ざり合い、それを構成する人種の坩堝を飲み込み、なおも成長を続ける街である。
 人が集中する繁華街の一つ、ピカデリーサーカス。名物であるシャフツベリー記念噴水の台座に座って、人の流れを眺める男がいた。
 見上げれば、『エロスの像』が噴水の天辺で背中の翼を広げ、弓を構えている。その向こうで、重く垂れる雲がひしめいていた。
「待たせちゃったかな?」
 疑問の声に視線を戻せば、彼の前に立つのは革ジャンを着た小柄な女。
「いや、そうでもない‥‥行くか」
 促す様に大柄な男は立ち上がり、彼女はその後に続く。
 Cardinal(fa2010)と夜凪・空音(fa0258)の二人は、人間達の流れに紛れてチューブ(地下鉄)の駅へと降りていった。

 修道院(コヴェント)所有の土地があったというコヴェント・ガーデンは、映画の舞台にもなった大型ショッピングセンターである。
 美しい硝子屋根のアーケードを、両サイドの建物−−ブティックやギフトショップが入っている−−が支えている。
 アーケードの下、建物の間は広場となっており、アンティークや手作りアクセサリー、生活雑貨などを扱う小さな露店が立ち並ぶ。階段を下りた半地下のオープンカフェでは、大道芸人の弦楽四重奏が賑わいに花を添え、買い物客と観光客が手すり越しに演奏を聞いている。
 そのコヴェント・ガーデン前の広場に、人々が集まっていた。
 見守る人々の中で、曲芸師見習いの少年が18段のギアを持つマウンテンバイクを駆り、ウィリ−などの曲乗りから静止技を決める。
 手馴れた鏑木 司(fa1616)の演技に、見物客に混じっている泉 彩佳(fa1890)も拍手をする−−時折、ちらちらと屋台の小物に目を奪われながら。

 アーケードを支える両側の建物を繋ぐ通路の下にも人だかりが出来、中心では一人の黒髪の小柄な女性がディアボロ−−お椀の底同士をくっつけた形の物体を、両手に持つスティックの間に張られたストリングで操っている。
「紳士淑女のみなさん、ごきげんよう! 日本から来た大道芸人の芸をどうか、ご覧になって下さいな〜っ!」
 カラフルな色のディアブロをヨーヨーの様に操り、空中で遊ばせ、次々とトリックを繰り出した。
 ため息に似た感嘆の声を上げる見物の買い物客や観光客の人垣を、サングラスをかけた男が、暖かいブランデーティを啜りながら見物していた。テーブルには、長い筒型のケースが立てかけられている。
 演技中の彼女から預かった携帯電話を開けば、液晶ディスプレイは無機質な数字を表示する。キーを触ってもプライベートロックされているので、警告音が鳴るだけで動かない。
 携帯を持たないせせらぎ 鉄騎(fa0027)の為に、仕方なく桜 美鈴(fa0807)が「演技の間だけ」と預けたのであった。
 できるだけ人通りの多い場所を選んでストリート・パフォーマンスを行う事、既に三日。鉄騎の手の中で携帯が鳴った事は、まだない。

 もう一人携帯を持っていない者が、直径約1.6kmの円形公園リージェンツ・パークにいた。
 周囲を見回せば、枯れた芝生を縫う小道を犬を連れて優雅に散歩する人や、設置されたベンチでくつろぐ人達の姿がある。高性能双眼鏡で南東の方角を見ても、ローハウス群しか見えない。作戦の予定地で囮役の動向を見守る予定も、さすがに2km以上離れ、かつ障害物のある状態では無理だ。
 携帯電話を忘れてきた為に下手に動き回る訳にもいかず、かといって役割を違える訳にもいかず。WEAから『撮影許可』の降りた公園で、天音(fa0204)は翌日の朝の始まりか仲間の到着を待つ。
 広い公園のどこへ行っても、着物姿で木刀を帯びた姿に物珍しそうな視線を浴びながら。

 広げた地図に、ポイントにバツ印を書き込む。
 地図の印は一つに留まらず、あちこちに散らばっていた。それらは全て、作戦の予定地とならなかった場所だ。
「やはり公園か‥‥」
 地図を見ながら、レーヴェ(fa2555)は呟いた。
 難点は地元の大道芸人と同じように、司と美鈴がチューブやバスで移動する事だ。特にチューブを使われると、バイク移動での監視及び追跡は難しい。しかし囮である以上、特別な行動を求める事も出来ない。
 地図を仕舞うと彼はバイクに跨り、エンジンをかけた。

●中間成績
 三日目も何事もなく終わり、四日目となる。
 翌朝。一行は、ホテルで昨日の結果と今日の方針を話し合っていた。
「昨日も、何もありませんでしたね」
 まだ眠そうに、美鈴が目を擦る。鉄騎もまた、一つ大欠伸をした。それを横目に見ながら、空音はホテル備え付けのメモ用紙を手に取る。
「皆、少し現状をまとめてみないかな? まずレッドと僕の方だけど、街の大道芸人達に話を聞いて回ったよ。WEAからも注意して欲しいって連絡はあったけど、生活がかかってる人もいるから難しいみたいだね。そういう人には仕事を早めに切り上げて、集団で行動してもらうよう頼んだよ」
 空音の後を、Cardinalが引き継いで続けた。
「NWの情報についてだが、どれくらい長い間一固体に感染し続けるかは、判らないそうだ。それから、NWに感染したから感染体が死ぬ訳ではないらしい。感染体が死ぬのは、NWが実体化した瞬間だそうだ。廃ビルの方はどうだ?」
 Cardinalに話を振られるも、レーヴェは首を横に振る。
「繁華街で、建物一つが丸々空いている場所、ましてや廃棄されるビルなどなかった。多少の空き部屋や空きスペースがあっても周囲には建物が隣接している。開けてはいるが、公園を使うのがいいと思う。街外れになると、遠過ぎるしな。
 あと、3番目と4番目の被害者と仕事をしていたメンバーに電話で連絡を取ったが、どこで襲われたかは判らないそうだ」
「そうじゃろうな。襲われた現場が判っていれば、『行方不明』扱いにならんじゃろうて。公園は拙者の見る限り、陽のあるうちは人も多いが、完全に暗くなると誰もいなくなるようじゃ」
 ずっと公園で待機していた天音が、情報を補足する。それをメモに取って、空音が美鈴達を見る。
「囮役の方はどう?」
「アヤは今のところ変な人を見ないし、声をかけられた事もないよ」
「ですね」と、司も彩佳の見解を裏付ける。
「美鈴さんの方は、どうです?」
「私の方も、特に変わりはありません。鉄騎さんも、いつも通りですし」
 足を組んで座る鉄騎が、うんうんと鷹揚に頷いた。
「司と彩佳はともかくとして、美鈴と俺は明日からもう少し遅くまでうろついてみるか」
「え‥‥でも」
 反論しかける司に、足を組んだままふんぞり返っている鉄騎が首を左右に振る。
「未成年二人がウロウロするのは危ない。NWだけじゃなく、警官や只の悪党もいるわけだ。例え彩佳がプロレスラーでも、コレを出されるとな」
 指でピストルの形を作り、鉄騎は撃つしぐさをしてみせる。Cardinalが腕組みをして、考え込んだ。
「そうだな。天音も携帯がないし、彼女に合流して連絡が取れるようにした方がいい。
 あと人間の大道芸人だが、土日に演技をするケースが多いようだ。週末になると人出も増えるし、それまでに決着はつけたい。WEAの話から考えると、最後の被害から既に一週間を超えている訳だ。向こうも餓えているだろう」
「ただの平凡な事件で、犯人は警察に捕まっていた‥‥とかなら、嬉しいのにな。早く事件が解決して、みんなが安心して活動できるようにしたいね」
 微かな期待を込めつつも、彩佳は表情を曇らせる。未だ目にした事のないNWは恐ろしく、それは美鈴や空音も同じだ。
「確かに怖いけど‥‥震えてちゃ追いつけない人が、いるんです‥‥」
 開いた掌を見て呟く司は、弱い気持ちを抑えるようにぐっと拳を握り締めた。

●闇への誘い
「君、コヴェント・ガーデンで曲芸していた女の子」
 人通りの少なくなったソーホーの通りで、若い男が美鈴に声をかけてきたのは、少し時間を延ばして街を回り始めた翌日の夜だった。一見するとビジネスマン風の男は、戸惑う彼女の細い手から曲芸道具の入った大きな鞄をもぎ取る。
「持ってあげよう。よければ、お茶でも」
「あの、でも‥‥」
「君の曲芸、素敵だった。仕事の話‥‥でも」
 それだけ言うと、鞄を持ったまま足早に横道へと入っていく。
 迷って振り返れば、疎らな人通りの中の鉄騎が頷き、彼女は男の後を追いながら携帯を取り出した。

 鞄を持った男は走る−−『自分の領域』へ。
 だが行く手の暗がりに、空からふわりと少女が降り立った。
 両手に持ったトカレフを構える空音の姿に、男は更に路地を曲がる。
 尚も走ると、今度は大型バイクが細い路地を突っ込んできた。
 男は大きな美鈴の鞄をバイクへと投げつけ、進路を変更してブロックを曲がる。
 だが暗い通りは空音、明るい場所はレーヴェのバイクによって、その逃走の経路は歪められていた。
 少しずつ少しずつ、北の方向へと。

 −−そして、終焉の場に辿り着く。

 リージェンツ・パークに入り、その木立まで駆け込むと、二人の追跡者達を捕食すべく、男に寄生するモノは正体を顕わにした。
 見る間に変わっていく醜悪な変貌を初見する者は、思わず顔を顰める。
 男の姿は、一回り大きく完全な異形となった。
「芸を楽しんでいた仲間の仇だよ」
 対抗すべく、空音が銃を構え、バイクを置いて追ってきたレーヴェが布にくるんだ日本刀を取り出す。
「二人なら勝てると思っただろうが、甘いな。疾く闇へと還るがいい」
 蟲が二人へと鋭い爪を伸ばすより先に、対峙する間に既に完全獣化していた四人が姿を現し。
 次々と、蟲へ攻撃を仕掛けた。

「はぁ‥‥鉄騎さん、疲れました」
 息を切らせながら、美鈴は男の後についていく。彼女の鞄を持った鉄騎は、振り返って待った。
「半獣化できれば、早く走れるのにな」
「まだ、人目、あるかもしれませんし。でも、急がないと‥‥」
 息を切らせて公園に着けば、二人はきょろきょろと仲間を探しながら街灯の下を彷徨う。その時。
「美鈴さぁぁぁぁぁぁぁーんっ!」
 悲鳴に近い声を上げながら、街灯の光の下から少女が飛び出し、美鈴に飛びついた。
「ちょっと、彩佳さん!?」
「アレ、気持ち悪いぃぃぃーっ!」
「あの、痛い、です。彩佳さーん‥‥」
 1km以上のある距離を走ってきた美鈴を、プロレスラーの少女はぎゅうぎゅうと締め上げる。
「どうやら、パーティには遅れたか」
 残念そうに苦笑しながら、鉄騎は光の外の闇からやってくる顔が、全員揃っている事を確認する。
「少し手こずったがな」
 Cardinalが服に付いた土を払い、強張った表情をしていた司は一つ頷くと、やっと緊張の解けた表情をする。
「幸い、皆さんかすり傷程度です。WEAにも、連絡を入れました。事後処理の人達が、じきに到着すると思います」
「じゃあ、俺はバイクで先にホテルに戻るから」
 日本刀を再び布で巻いたレーヴェが、公園の入り口へと戻っていく。
「彩佳殿‥‥美鈴殿が、ノビそうじゃ」
 天音に制止されて、ようやく彩佳は我に返った。
「あ。ごめんね、美鈴さん!」
「ううん。よかった‥‥けど、疲れましたぁ」
 美鈴は安堵の声と共にへたり込む。
 明日からは大道芸人達も心置きなく仕事が出来るだろうし、それを見に来る人々も喜ぶだろうと、ほっとしながら。