若手芸能人達の休暇ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/10〜02/13

●本文

●故郷を思わざる者はなく
「どう、イルマタル? 最近の調子は」
 白衣に身を包んだ女性が、にっこりとイルマタル・アールトに笑いかける。プラチナブロンドに緑の瞳をした線の細い少女は、小さく頷いた。
「はい。前に住んでいた家の夢は、まだ見ますけど‥‥眠れなかったり、嫌な夢を見たりっていうのは、少なくなりました」
「そう、それはよかったわね。仕事の方はどう?」
 次の問いに、彼女は頬を染めて恥ずかしげに俯く。
「なんとか‥‥あまり上手くなくって、紹介してくれた人に申し訳ないです‥‥」
「まだ環境に慣れてないだけよ。そんなに、気に病まなくてもいいから」
「はい‥‥」

 少女が退室すると、それを待っていたように年配の男が部屋に入ってきた。
 出て行った扉を見てから、椅子に座ったままの女医に向き直る。
「どうです、センセ?」
「そうね‥‥あれから、まだ二ヶ月だもの。周りの環境も以前とはかなり違って、そのストレスもあるでしょうし」
「環境、ねぇ」
 何やら考えつつ、男はがしがしと頭を掻く。それに構わず、女医はカルテに今日の問診結果を書き込む。
「ホームシックなのかねぇ」
「かもしれないわね」
「イナリに近付けるのは、まだ不味いか? センセ」
「それは、大丈夫だと思うわ。一人でなければね」
 何かを得心したように、ふむふむと男は何度も頷いた。
「それなら確か、いい企画があったな‥‥」

●極光を追いかけて
「新人交流会ですか」
「ああ。芸能界入りして間もない連中を中心に、懇親会をやるってさ。息抜きを兼ねて、行ってみたらどうだ。今回はオーロラ見物を兼ねるそうだから、現地に詳しいヤツがいると助かるんだとよ」
 年配のマネージャーに、イルマタルは少し困った顔をする。
「現地に詳しいっていっても‥‥私、イヴァロくらいしか。ロヴァニエミやケミヤルヴィは、あまり知らないですよ」
「気にするなって」
 あっけらかんとしたマネージャーの言葉に苦笑して、イルマタルは手にしたチラシに視線を落とす。
 そこには、次の内容が書かれていた。

『WEAフィンランド支部主催 新人交流会オーロラ・ツアー。
 オーロラを探して、ロヴァニエミからイヴァロを縦断します。
 参加者の業種ジャンルは問わず。新人同士、気兼ねなく共に目標や夢を語り合いましょう。
 なお、番組「若手芸能人達の休暇」としてカメラが同行いたします』

●今回の参加者

 fa0357 ロイス・アルセーヌ(26歳・♂・一角獣)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1715 小塚さえ(16歳・♀・小鳥)
 fa1791 嘩京・流(20歳・♂・兎)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2401 レティス・ニーグ(23歳・♀・鷹)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●ロヴァニエミ
 ラップランド県の県都ロヴァニエミは、北極圏の玄関口だ。
 中心部から少し外れた湖畔に、北極圏センターとラップランド郷土博物館から成るアルクティクムがある。千枚の硝子を使ったドーム型の屋根の下の通路を、ロイス・アルセーヌ(fa0357)は一人歩いていた。その後ろ、彼の興味の妨げにならないよう距離を取り、同行者−−イルマタル・アールトが黙って後を付いてくる。
 彼は更に110km北にあるルオストまで行き、アメジスト採掘場を見学する予定だ。故にイルマが案内役で同行している。採掘場の閉鎖時間は14時。ルオストへの移動を考えると、時間もない。
 サーミの衣装が並んだコーナーへと、ロイスは歩を進めた。

 北極圏のトナカイ牧場を覆う鉛色の空からは、ひらひらと白い欠片が落ちてくる。
 それを手で受け止めて、心配そうに嘩京・流(fa1791)は空を仰いだ。
「雪かぁ‥‥」
「そうだな」
「で‥‥なんで、皆ついてきてるんだ。サンタ村に行ってたんじゃねーの?」
 振り返れば、流とニライ・カナイ(fa1565)の後から五人がついてくる。アイリーン(fa1814)が、無邪気な笑みで答えた。
「だって、せっかくここまで来たのよ。北極圏到達証明書が欲しいわ」
「『サーメ式北極圏入村の儀式』ってどんなものか、気になりますし」
「ええ。とても興味深いです」
 小塚さえ(fa1715)に続き、相沢 セナ(fa2478)も同意するのを見て、流はがっくりと脱力する。
「折角の‥‥デートの誘いだと思ったのに」
「気を落とさないで下さい。私達の事は気にせず、遠慮なく」
「そうそう。小さい事で、くよくよするな」
 そんな彼を御堂 葵(fa2141)が励まし、頷くレティス・ニーグ(fa2401)は発破をかけた。
「流殿、どうした?」
 どこか打ちひしがれている彼へニライが振り返れば、流は一瞬にして背筋を伸ばして胸を張った。
「いや、何でもないぜ。それで、入村儀式って?」
「北極圏は、アニミズムのサーメにとって神聖な地だ。故に清めの儀式を受けてから、足を踏み入れる」
「へ〜ぇ」
 会話を交わす二人の背中を見送ってから、レティスと葵は顔を見合わせる。
「前途、多難そうだな」
 やれやれと茶色の髪をかき上げるレティスに、葵は困ったような苦笑を返す。

 コタと呼ばれるサーメの木製テントの中では、小さな焚き火が鍋を暖めており、傍らでサーメの色鮮やかな民族衣装を着た年配の男が、厳つい片刃のナイフを手にしている。
「よく来た、若者達。皆、火を囲んで座りなさい」
 小柄で茶色い髪をしたサーメの男に促される通り、七人は火を囲んで腰を下ろす。
「では、儀式を始めようか。今からナイフで皆の首を切り、悪い血を出して良い血を入れる」
 説明をする男が持つナイフの刀身が炎を反射して、鈍い光を放った。
「首を切って、血って‥‥」
 想像したのか、アイリーンの顔色が少し青ざめている。
 彼女の隣のさえもまた、息を飲んでナイフを見つめる。
「大丈夫、すぐに終わる。危ないから皆、俯いてじっとしているように」
 ナイフを手にしたサーメの男は静かに立ち上がり、一同の背後に回る。
 そして、一番近くに座るアイリーンの後頭部を押さえ。
「はぁーっ!」
 顕わになった彼女のうなじへ、一喝と共に男はナイフを振り下ろした。
 ぎゅっと目を閉じ、身を竦めたアイリーンの細い首に、冷たい感触が落ちて、サッと横切る。
 それ以上は痛みもなく、疼きもなく。
 そっと目を開けて他のメンバーの様子を窺えば、戸惑ったり平然としたりの表情の違いはあれど、誰も血を流している者はいなかった。
「これを一口、飲みなさい。飲んだら次の人に回して」
 サーメの男は、次に木製のカップをアイリーンに差し出す。受け取った中身は暖めたトナカイの乳で、息を詰めてそれを煽れば、表現し難い味がした。
 それが終わると、男は焚き火にくべた木から煤を指に付け、その指を彼女へと伸ばす。
「えっ。それはちょっと‥‥女の子の顔にーっ」
「いいから、じっとして」
 抗議も届かず、問答無用で眉間と鼻筋に黒い線を引かれた。
 男女を問わず七人は煤をつけられ、顔を見合わせて互いに微妙な笑みを交わす。
「これ‥‥何か意味があるんですか?」
 やや打ちひしがれた様子のさえに、サーメの男は首を縦に振った。
「煤の封印は、死んだ後にトナカイの角が生えない様にする為。そして『入村儀式』を受けた者は、例え何処で死んだとしても、魂は必ずこの聖なる地へ帰ってくる」
「魂が、帰る‥‥」
 目を細め、夢見るようにニライが呟く。まだ口の中に残る慣れない味に苦戦しつつ、流はぽつりと言葉を落とす。
「俺は、ニライと一緒なら何処でも構わねぇけど」
 彼を見て、ニライは微かに微笑んだ−−ように見えた。

「ねぇ、次はサンタ村でサンタと写真撮ろうよ!」
 B5サイズほどの『証明書』を手に、アイリーンがメンバーに振り返る。彼女の提案に、さえが明るく答えた。
「そうですね。それから、買い物ですね!」
 予定を話し合いながら、曇天の下、一行はサンタ村の暖かい灯りへと向かう。
 だが雲は夜になっても切れず、初日の観測は見送りとなった。

●ケミヤルヴィ
 二日目。メンバーはロヴァニエミの東にあるケミヤルヴィに来ていた。
 湖と川に挟まれた町は、教会らしき尖塔が目立つくらいで何もない。が、市街にあるアハヴェンサルミ会場が、『国際Yukigassen大会』の会場なのだ。
 Yukigassen−−即ち、雪合戦。
 日本の姉妹都市を経由とし、競技の形でフィンランドに上陸した。
 ただしフィンランドで雪合戦ができるのは、比較的暖かい氷点下数度の時のみ。寒すぎると、雪を握っても固まらないのだ。その為に、大会も4月に開催される。
 雪合戦のルールには、次のようなものがある、

 1)3分3セットマッチで、2セット先取したチームが勝ち。
 2)1セットに使える雪玉は1チーム90個。雪玉は試合30分前から自分達で作る。
 3)時間内に雪玉で相手チーム全員を倒した、もしくは相手チーム陣地の中にある旗を抜いた時点で試合終了。時間切れの場合、生き残りが多いチームが勝ち。

 −−等々。そして北の太陽の下で、シーズン外の合戦が行われていた。

「避けないで!」
「無理を言わないで下さいっ」
 割と真剣な表情の葵が投げる雪玉を、ロイスは慌てて避ける。
 穏和な男性陣3名と元気な女性陣6名の戦いは、言うまでもなく女性陣に分があった。もっとも‥‥。
「えーいっ!」
 気合と共に投げたさえの雪玉は、あらぬ方向に飛び。
「ひっ‥‥! せ、背中に雪が入っ‥‥つめたーいっ!」
「あっ。ごめんなさい、アイリーンさんっ」
 たまーに、味方に当たったりもするが。
「ほら、イルマも!」
 レティスが丸めた雪の塊をイルマに手渡し、悪戯っ子の様に笑う。
「あ、はいっ」
 イルマは受け取った雪玉をぎゅっと握り締め、握り過ぎたせいで雪はボロリと形を崩した。オロオロするイルマの様子に笑いながら、レティスは自分の雪玉を再び渡す。
「気にしない。はい、次はちゃんと投げるんだ」
「すいません‥‥」
 その間も、先陣を切る葵の援護に、ニライは問答無用で男性陣へ雪玉を投げる。
「うわーっ!」
 雪玉を投げない上に避けない為、ニライからの集中砲火を浴びる形になった流が、当然の如く撃沈した。
「雪って、案外痛い‥‥ぜ」
「さすがに、2対6じゃ分が悪い」
「一つ投げるうちに、3つ以上飛んできますし‥‥」
 上手くシャトー(雪の壁)を利用して、雪玉を避けながらも応戦するセナとロイスだが、やはり数の差には勝てず。
「取ったりー!」
 葵が男性陣の旗を抜いて勝利を宣言すれば、「やったー!」と黄色い声があがった。

 その後も女性陣の勢いは止まらず、2セット目も押さえて彼女らのストレート勝ちとなった。
 戦果を楽しげに話しながら、一行は近くの土産物屋へ向かう。ガラス製品やサーメの民芸品などの中で、ニライは素朴な作りのカップに目を留めた。
「これが、ククサか」
 バハカという白樺の幹にできる瘤から作ったサーメのカップを手に取り、品定めをするニライ。それを二つ選んだところで、何か言いたげなイルマと目が合った。
「プレゼント‥‥ですか?」
「ああ。一つは自分で使おうと思っているが、何か?」
「それじゃあ、ニライの分を私に買わせて下さい」
 言葉の意図が判らずニライが首を傾げ、イルマは遠慮がちに説明する。
「ククサは、送った相手に幸福が訪れますけど、自分の為に作ったり買ったりすると、逆に幸せが逃げるんです‥‥だから」
「そうか。では、遠慮なくお願いしよう」
 ニライからククサを一つ受け取ると、イルマは控え目ににっこり笑った。

 オーロラ観測の二夜目は晴れたが、光量が少なく、10分程淡い光を放つのみだった。
 三夜目の本格的な観測に期待しながら、一行は翌日、北へと旅程を進める。

●イヴァロ
 ケミヤルヴィから、ロケバスで揺られて5時間あまり。
 フィンランド最北端の空港が近くにあるイヴァロは、他の町と同様に静かな場所だ。
 郊外の周囲の建物が全く見えない場所に、今回オーロラを観測する為に作られたコタがあった。
 三角のシルエットの天辺からは、仄かに煙が立ち昇っている。
 不意に金属質な弦の音が空気を震わせ、追うように柔らかなフィドルと囀るフルートの調べが加わった。
 途中から、瑞々しい春風の歌が二つ重なって世界を広げ、炎を受けて浮かび上がった二つの影が舞い躍る。
 即興の共演が終われば、見入っていたロイスとアイリーンが拍手をした。
「ね、その楽器、見せてもらってもいいかしら?」
「あ、はい。どうぞ」
 おずおずと、イルマはアイリーンにカンテレを渡した。カンテレはチターと同じく板状ハープと呼ばれる分類の楽器で、馬の尾を使った弦を弾くと、金属っぽい音がする。
 皆が寒さをしのぐコタの中は、ずらりと並べられたキャンドルの炎が焚き火と一緒に揺らめいていた。四角柱や三角柱の形をしたキャンドルはサンタ村で買ってきたもので、側面にトナカイや花が描かれている。
「寒い地方でキャンドル消費量が高いのは、精神安定をもたらす1/fゆらぎのせいでしょうか。こういう灯りの下で見ると、踊りも演奏も歌も一段と綺麗ですし」
 ポットからカップに暖かい珈琲を注ぎ、ロイスは演奏を終えた者達へと回す。
「暖かいからだろうな。温度だけでなく、色も空気も‥‥あ、ロイス殿。私はこれに頼む」
 差し出す二つのククサをロイスが満たすと、ニライは白樺製のカップの一つを流に渡した。
「これは、流殿の分。このククサを、サーメは一生使うそうだ」
「え、俺にくれんの?」
 受け取りつつも驚く流だが、彼女が頷くのを見て、驚きが満面の笑みに変わる。
「ニライ、ありがとう。一生大事にするぜ!」
「そこまで仰々しく喜ばれる程でも‥‥」
 だが、あまりに流が嬉しそうなのでそれ以上は口にせず、ニライはククサを傾けた。

「そろそろです」
 入り口から外を伺っていたセナが、語り合う者達に声をかける。
 待ち焦がれていたメンバーは、それぞれ防寒服を身に着けて、コタの外へと足を踏み出した。
 暗い空の一角から淡く光が現れたかと思えば、瞬く間に色を変え、形を変え、音もなく空一面に広がった。
 それは一つだけではなく、幾条もの帯が次々と現れ。
 白から緑がかった光を放ちながら、一瞬たりとも同じ形を保つことなく、オーロラは姿を変え続ける。
 初めて見た者達は勿論、最近オーロラを見たニライや葵も息をひそめて、鮮やかな光の演舞に目を奪われていた。
「なんかこう‥‥小さい事を忘れてしまいそうな、光景だ」
 ぽつりとレティスが呟き、誰ともなくそれに賛同する。
「あたしは、いつか一流のダンサーになりたいんだ。
 色々あって、今は唄うたいで、何故か俳優の仕事ばかりやってるけど、もともとあたしはストリートダンサーだったし、一度は諦めようとした道だけど諦めきれないから、また目指そうと思う」
 レティスの告白に、アイリーンも「うん」と首を振る。
「私ね。正直、芸能界でやっていけるのかっていう不安とか、まだある‥‥だけど、この世界で出会った人たちは、色んな道で頑張ってて、それを見てると私にもあるのかなぁって‥‥私だけの道が。
 昨日を振り返っちゃうこともあるけど、明日に何が待っているのか、今はそれが少し楽しみ」
「私は‥‥命尽きるまで歌と共に生きたい、場所が何処であれ。それが、夢だ」
 呟くニライの横顔を見つめて、流は彼女の手をそっと握る。
「イルマは?」
 突然レティスに聞かれ、イルマは頭を振った。
「私は、今だけで頭が一杯で」
「そっか。いつか見つかるといいね。夢なんて初めはすごく漠然としたものだと思うし、焦らずゆっくり見つければいいんじゃないかな」
「‥‥はい」
「イルマタルさんは一人じゃない。離れてても心配してくれる人がいるから大丈夫ですよ‥‥私のお兄ちゃんも、心配してましたし」
「え‥‥」
 さえの言葉にイルマは目を瞬かせる。その彼女へ、ニライも言葉を継いだ。
「ベス殿も、心配していた」
「‥‥えーっ」
「えと‥‥駄目? 駄目ですか?」
 更に目を丸くするイルマに、おろおろとさえが尋ねる。
「いえ、あの、私‥‥っ」
 何故か涙目になるイルマの髪を、葵はそっと撫ぜた。
「私も、まだこちらにいる予定です。一緒に仕事をする機会もあると思いますよ」
 彼女はぎゅっと葵の服を掴み、ただ「ありがとう」と繰り返すのが精一杯で。
「イルマ、ほら」
 セナが差し出した手の内にある雪で出来た赤い目のウサギに、彼女は漸く笑顔を見せる。

 遥か上空では、神光が柔らかな色を放って舞っていた。