Limelight:LOVERS GIGアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 12人
サポート 0人
期間 02/13〜02/15

●本文

●Limelight(ライムライト)
 1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
 2)名声。または、評判。

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
 フロアには、控えめなボリュームでオールディーズが流れている。

 バーカウンターの中では、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)はカクテルグラスをクロスで磨いていた。
「‥‥でまぁ、世間様は全面的に年に何度かある恋愛イベント中なわけだが」
「‥‥今更、チョコレートがどうこうって年齢でもないと思うけどね」
 やや呆れたような口振りで、音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は熱くて濃い−−佐伯曰くは『泥珈琲』を啜る。
「そんなガキの自尊心競争の話じゃあなくて、仕事だよ、仕事」
 カップ越しに川沢は視線を上げて、佐伯に続きを促した。
「いや、俺は正直甘ったるいイベントは苦手ナンだがな。店的には『おいしい』イベントだしよ」
「それで日和った。と」
「それ、ナンかむかつく言い草だな‥‥まぁ、いい。それで、それっぽいライブを企画しててな」
「聖バレンタイン、愛の告白ライブ」
「ば‥‥っ!」
 ぼそりと呟く川沢の一言に、佐伯は思わずグラスを落としそうになる。

 かくして、『Limelight』のバレンタイン・ライブ出演者募集が告知された。
 前日からセッティングを開始し、ライブは14日の夕方に行われる。
 もちろん、演奏者が独り身かカップルであるかは問われない。また、演奏者としてではなく、観客としての来店も歓迎するという。

●今回の参加者

 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa0760 陸 琢磨(21歳・♂・狼)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1102 小田切レオン(20歳・♂・狼)
 fa1628 谷渡 初音(31歳・♀・小鳥)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2161 棗逢歌(21歳・♂・猫)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

●恋の花咲く‥‥
『Limelight』地下一階のフロアには、珍しく花が飾られていた。
 それも花瓶で飾るようなものではなく、スチール製のスタンドに盛られた『お祝い花』だ。
 二つ並んだそれぞれには『愛瀬りなさん江』『ベスさん江』と札がかかっており、送り元は『森脇レッスンスタジオ与利』となっていた。
「ぴぇ〜‥‥あたし、こんな素敵なお花を贈ってもらったの、初めて‥‥」
「なんだか、照れますね」
 飾られた花を前にして、ベス(fa0877)と愛瀬りな(fa0244)は、顔を見合わせて互いに照れくさそうに笑い合う。
「送り主は『谷渡 初音』。知ってる人か?」
 問われて二人が振り返れば、後ろに伝票を手にした佐伯 炎が立っていた。
「うん。あたしとりなさんが通ってる教室の先生だよ!」
「初音さんが送ってくれたんですね」
「よかったね、ベスさん。りなさんも」
 まるで我が事のように嬉しげに、月見里 神楽(fa2122)は季節外れの花の香りを楽しむ。
「おはようございます、皆様‥‥あら、綺麗なお花ですね」
「ホント。公演祝いのお花かしら?」
 そこへ階段を降りてきた聖 海音(fa1646)と明星静香(fa2521)も加わって、女性達の会話にも花が咲き始める。
「あれ? こんな所でお嬢さん達が集まって、何の相談かな? もしかして、僕にチョコを渡す順番を決めてるとか」
「‥‥見た感じ、それはないと思うが」
 わくわくしている棗逢歌(fa2161)に、仁和 環(fa0597)が残酷な現実を思い出させた。
「環君、ひどいっ」
 よよと泣き崩れる振りをする逢歌。くすくすと笑いながら、海音がフォローする。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、皆さんの分を用意していますから」
「マジ? そりゃ、楽しみだぜ」
「よかったな。義理でも」
 降ってきた思わぬ声に海音が顔を上げると、階上に小田切レオン(fa1102)と陸 琢磨(fa0760)がいた。出演予定者がほぼ顔を合わせたところで、佐伯がパンパンと手を叩いて注意を引く。
「メンバーも揃ったようだし、先に降りて調整を始めてもいいぞ。ライブやバイトやった奴もいるし、勝手は判るな」
「川沢さんは?」
 首を傾げるベスに、佐伯は壁の掛け時計に目をやった。時計の針は、まだ昼の手前。直前まで練習をする為に、ミュージシャン達は早めに集まっている。
「そろそろ、来ると思うがな」
「じゃあ、事務所で待っててもいいかなぁ」
「構わんが、何か用でもあるのか?」
 禁煙煙草を咥えて聞く佐伯に、少女は「うん」と明るく頷いた。
「ありがとう、タイキケンさん!」
「勝手に突入させんな」
「ぴぃ〜!?」
 ぐりぐりと佐伯に拳骨で頭を小突かれ、慌ててベスは逃げ出す。

「おはようございます」
 程なくして現れた川沢一二三に、ベスがソファから立ち上がってぴょこんとお辞儀をした。
「川沢さん、チャリティアルバムとクリスマス番組の時は、ありがとうございました! それと、ライブの時は‥‥」
 言いかける彼女を川沢は手で制し、首を振る。
「久し振りだね。元気そうで、何より。で、君の言いたい事は‥‥想像がつかないでもない。参加できなかった事なら、気にやむ事はないよ。
 でももし、例えば君が謝りたいと言ってしまったら、頑張った過程もその結果も、彼ら本人の物ではなくなってしまう。あの時はあの時で、また別の得る物が皆あった‥‥と、私は思いたいんだ。
 仕事の縁も人の縁も、その時々のもの。だから今は、一緒に仕事が出来る事を楽まないと勿体ないよ」
 抽象的で難しいかと苦笑する川沢に、ベスはふるふるとショートカットの髪を揺らした。
「じゃあ、今日の仕事にかかろうか」
「あ、あのっ!」
 荷物を置いて事務所を出ようとする相手を、慌ててベスは呼び止める。首を傾げて足を止める彼へ差し出されたのは、丁寧にラッピングされ、『St.Valentine』のシールが貼られた小さな箱。
「二三四さんから。日頃の感謝の気持ちって言ってたけど、きっと本命だよ♪ あたしの目はごまかせないんだからっ」
 妙に期待に満ちたベスの眼差しを浴びつつ、川沢はその小さな気持ちを両手で受け取る。
「さぁ、どうでしょう‥‥そればかりは、本人しか判らないしね。よければ、礼を言っていたと、伝えて下さい。彼女、元気ですか?」
「うん! あと、これはあたしから。皆にも配ってくるね!」
 また別の包みを渡すと、ベスは人数分の包みが入った紙の袋を手に、ぱたぱたと練習中のフロアへ向かった。

●開店前のひと時
「皆、頑張ってる? ちょっと早いけど、遊びにきたよ」
 夕方。篠田裕貴(fa0441)と鳥羽京一郎(fa0443)が二人揃って姿を見せた。
「きゃー! 裕貴君と京一郎君、同伴出勤?」
「おーかっ。用法、間違ってるよ」
 くねくねと身を捩じらせて冷やかす逢歌に、裕貴が反論する。一方の京一郎は、構うなという風にひらひら手を振った。
「裕貴が観に行くと言うのでな」
「お。今日は二人とも聞く側か」
 厨房から出てきた佐伯が彼らを見つけて声をかけると、二人は揃って会釈をした。
「こういう機会でもなければ、知り合いの演奏をじっくり聴く機会も少ないからな」
「うん。聞く事で勉強になる部分もあるって、川沢さんも言ってたしね。それから、これは差し入れ。この間のレッスンでお世話になったし」
 裕貴から白いケーキ箱を受け取り、佐伯は礼を言う。
「京一郎さんと裕貴さんにも、チョコレート、どうぞ」
 無邪気に愛らしい包みを差し出すベスに、「俺、チョコはちょっと」と苦笑する裕貴。
「ぴぇ? もらってくれないの〜」
 ベスは可愛く訴えてみるが、それを京一郎が取り上げる。
「苦手な相手に、無理強いをするな」
「はぁい」と、残念そうに引き下がるベス。
「どうして、日本はバレンタインにチョコなんだろうね‥‥」
「バレンタインにチョコって、日本だけなの?」
 困ったような裕貴の言葉に、神楽が首を傾げた。
「うん。普通は男の人も女の人も好きな人にカードを送り、お菓子や花束などの贈り物をするんだよ」
「お花、いいなぁ。あ、神楽、チョコの他にもお煎餅を持ってきたんだよ。あと、中国茶の葉っぱも持ってきたから、お茶入れるね!」
 裕貴が止める間もなく、神楽は楽しそうに厨房へ向かう。
「すっかりお茶会状態だな」と、琢磨が肩を竦める。
「では、少し休憩しますか? 私もガトーショコラを作ってきました。お持ち帰りも出来ますよ。あと、甘いチョコが苦手な人やお酒が好きな方は、グラッパを使ったボンボンは如何でしょう」
「じゃあ私は甘党だし、ガトーショコラを頂くわね。ところで、グラッパって?」
 聞き慣れない単語を聞き返す静香に、海音は「はい」と答える。
「ワインを醸造する時に出た葡萄の搾り残しを、再発酵させたお酒です」
「それじゃあ、ワインの親戚みたいなものね」
 感心する風の静香。もっとも、度数はウイスキー並みに40度以上あるのだが。
「ところで、恋人の居る連中はそのまま甘〜い夜を過ごすとして。成人組の寂しい独り身連中は、朝までパーティってのはどーだ? ちったぁ気が紛れると思うんだが」
「ああ、いいねぇ。楽しそうだ。朝まで飲み放題」
 うっとりと賛成する逢歌に、やれやれと環が苦笑した。
「大人はいいなぁ」
「ねーっ」と、ベスと神楽が顔を見合わせ、声を揃える。そんな二人に、レオンはからからと笑った。
「悔しかったら、頑張って早く大きくなるんだぜ」
「あの、私も宜しいですか?」
 おずおずと問う海音に、レオンは「勿論」と頷く。
「男ばかりじゃあ、むさ苦しいしな」
「‥‥よかった」
 火照ったような頬を手で隠して、海音は嬉しそうに呟いた。
「で‥‥お前、そんな格好でステージに出るのか?」
「‥‥どこかおかしいか」
 呆れたような佐伯に、改めて自分の服装を確認する琢磨。
「その首からぶら下げてる量はともかく、最低でも両手の有刺鉄線は外しとけ。ここは喧嘩場じゃないし、パンクやメタルは店の空気に合わん」
「‥‥そうか」
 不承不承、琢磨は両手のソーンナックルを外した。

 カップルを主とする客が入り始め、開演時間が迫る緊張の中、楽屋の扉をノックする音が響いた。
「あ、初音さん!」
 扉を開けた人物にりなが声を上げ、つられてベスも振り返った。
 髪を纏めてアップにした谷渡 初音(fa1628)は、シャンパンゴールドで長袖のロングチャイナドレスに身を包み、毛皮のショールを掛けている。スタイルのいい初音に、タイトなドレスはよく映えていた。
「お二人さん、調子はどうかしら? 激励に来たわよ」
 にっこりと微笑んだ初音は、りなへ薔薇をメインとしたピンク系の花束を、ベスには黄色いチューリップを束ねた花束を手渡す。
「ありがとうございます! あと、大きなお花も、ありがとうございます」
「うん。驚いたよ! 初音さん、ありがとう!」
「どういたしまして。今日は二人の練習の成果を、楽しみに聞かせてもらうわね」
 花の香に目を細めつつも、りなは少し困ったような笑顔をみせた。
「そう言われると‥‥何だかとても緊張します」
「いつも通りでいいのよ、りなさん。落ち着いてね」
 今日は夫と二人、独身時代のようにライブを見るのだという初音に、「素敵ですね」とりな。
 会話を聞いていた神楽が、何かを思い出したように、急に席を立った。
「ごめんなさい。ちょっと、佐伯さんの所に行ってくるね!」
 慌てて楽屋を出ようとする神楽を、ベスが呼び止める。
「どうしたの?」
「うん。神楽のお父さんとお母さんも見にきてくれるから、ワインをプレゼントしようかなって」
「神楽さんはご両親思いなのね。ご両親が羨ましいわ」
 初音に褒められた神楽は顔を赤らめて、「すぐ戻ってくるから」と照れを隠すように駆け出した。

●BALMY BREEZE〜small white flower
 スピーカーから流れるオールディズがフェードアウトし、同時にライトが絞られた。
 リズムマシンが鼓動を刻む中、『BALMY BREEZE』−−イタリアンマフィア風と茶化す白いスーツ姿のレオンと、いつもの様に革ジャンを着た琢磨のユニットが、ステージへと歩み出る。
 音を待つ、期待と緊張に満ちた空気。
 それを引き裂くのは、眩いスポットライトと荒々しく硬質な低音。
 唸り声にも似たベースの旋律の後、琢磨が静かに第一声を唄い出す。

『 魂を生かし 傷付け 』

 切り返すように、レオンの歌声が後を追う。

『 絶え間なく求め 彷徨う 』
『 あの人は愛を諸刃の剣と言った 』
『 あの人は愛を欠落と言った 』

 アップ目のリズムに乗せる、平坦で抑えるようなフレーズは、言葉を交わす毎に抑揚のあるものに変化し。

『 僕は愛は花だと思う そして真心はたった一つの種 』
『 僕の全てを捧げて咲いた 小さな白い花 』

 惜しむらくは、本来予定していたギターとメリハリを与える筈のドラムがない事だ。
 琢磨のダンスを背景として、レオンのベース一本で、情景を盛り上げていかなければならない。それをカバーするにはレオンの技量も−−人の姿では、未だ足らず。
 曲の最後は、二人のコーラスで締め括る。

『 心に咲いた大切な花 A small white flower
  どうか いつまでもそのままで‥‥ 』

 それでも最後まで唄い上げた二人を、再び闇が覆い隠した。

●愛瀬りな〜BabyPink SNOW
 拍手の中、『BALMY BREEZE』と入れ替わりで、朱色でシンプルなロングワンピースを着たりながステージに上がる。
 彼女は敢えて、半獣化もせずに唄う事を決めた。
 自分の力に挑戦するために、未来の自分を計るために今の『スタートライン』に立つ。
 バーカウンターでは初音が小さく手を振り、裕貴と京一郎は並んで座っていた。カウンターの中では佐伯が客の注文に応えていて、上のPA席には川沢の姿も見える。
 目を閉じて一つ深呼吸をし、いつも一緒の友人を思い出せば、高鳴る鼓動も治まってくる。
「りな」
「うん」
 静香の小声にりなは頷いた。柔らかい光が、二人を照らし出す。
 そして零れる、アコースティックギターの弦の音。
 静香が爪弾くミディアムテンポのメロディにのせ、唄うのは彼女が所属するユニット『PureSora』の一曲。初恋をテーマとした、しっとりとしたバラードだ。

『 雪の精舞い降りる そんな朝に出会えたの
  凍えたあたしの心とかす キミ 』

 スタンディングのフロアには、じっと歌に耳を傾けるカップルや、カップル未満かもしれない人達。
 例えば、恋人達が出会った時の事を思い出すように。
 心に少しでも響くように‥‥そんな思いを込め、両手でマイクを握って、りなは唄う。

『 キミを見つめるだけで 心の中に桜の精が舞って
  暖かく感じられる 
  寒い雪さえ 桜色に Ah 見える BabyPink SNOW 』

 歌声を彩っていた優しいギターの音色が、余韻を残すようにゆっくりと消える。
 そして、拍手が二人を包み込んだ。

●閑話
「いいなぁ。二人で仲良く、で・ぇ・と」
「おーか‥‥女装癖があったのか」
 すーっとカウンターの内側から生えてきた‥‥もとい、現れた逢歌に、京一郎がもっともなツッコミを入れる。ステージ装束の逢歌は、髪を纏めて花を刺していた。
「ステージの為だよ。女装癖はないやい」
「どうだか」
 素知らぬ顔で、ドライ・マティーニのグラスを傾ける京一郎。それに対して、裕貴は度数の低いミモザを手にしている。
「それに、デートじゃないって」
「やだもう。裕貴君てば、照れちゃって」
 どこぞの奥さんのようにひらひらと手を振る逢歌の首根っこを、ぐいと環が掴んだ。
「まったく、油を売って‥‥すまない、すぐに引き取るから」
「え〜、環く〜ん」
「ああ。頼むよ」
「京一郎君まで〜っ」
「‥‥カウンターで騒ぐな。というか、その格好でカウンターに入ってくるな」
 佐伯に目配せされて、環は心得たと言う風に、ずるずると逢歌を連行していく。
「あ〜れ〜」
 後には、どう絹を裂いても出ない悲鳴が残された。
「お騒がせしました」
 佐伯は何事もなかったかのように、砂糖でスノースタイルにしたグラスに、透き通った赤い色を注いだキス・オブ・ファイアーを初音の前に置く。
「ありがとう、佐伯さん」
 笑顔で初音はグラスを受け取る。

●明星静香〜ジューサー
 学生のようなブレザー姿の静香が、持ち替えたエレキギターの旋律で、次の『舞台』へと空気を塗り替えた。
 静香のエレキギターが鼓動なら、彼女をサポートする神楽の演奏するピアノは逸る足取りか。
 可愛らしさを意識したポップなユニゾンに合わせて、静香が声を紡ぐ。

『 ずっと友達で居続けてる
  あなたに抱いてる恋の果実
  実っているのに気づかれないまま
  伝えることもできず ただ実り続けてる 』

 軽快なリズムで、抱く思いのもどかしさと告白しようとする心情を歌い上げる。

『 友達から大切な人に
  なれればいいけど こじれるのが怖かった
  だからいつもためらってばかり
  けれど勇気出して 伝えたいと思ってた 』

 弱気を吹き飛ばすように、ギターが強くストロークし。
 高まる鼓動の如く小刻みに掻き鳴らすリズムで、曲は激しいロック調に一転する。
 くるくるとライトが目まぐるしく動き、ピアノの音が跳ね、叩きつけるように言葉を放つ。

『 ジューサーの果実のように 搾り出そう
  恋の果汁を勇気に変えて
  あなたに伝える勇気を 形にしよう
  今すぐ思いを伝えないで
  いったいいつ伝えられるというの
  だからそう 勇気を出して伝えよう
  大好きだよと 』

 手拍子とリズミカルなピアノをバックに、静香は即興のメロディーを披露し、駆け上がる旋律のトップでフィニッシュを決める。
 ステージが暗転すると同時に、拍手が沸き起こった。

●聖 海音〜恋歌
 拍手が静まり、暗いフロアに、再びピアノの音が響く。
 次に、一本のスポットライトが淡い桜色の着物を着た海音を浮かび上がらせた。
 ポップだが落ち着いたメロディアスな曲を、鈴が鳴るような透明感のある声が切々と唄う。

 それは、初めての恋への戸惑い。
 好きな人を想うだけで満たされる心。

 彼女の得意な高音域を生かし、誰もが抱く恋心を、海音は自分の想いも込めて唄う。

 −−どうか、届きますように。と。

●閑話休題
 海音がステージから下がり、惜しむ拍手も消える。
 僅かな静寂の合間を縫って、初音はベルギーの有名ブランドの銘が入った化粧箱を二つ、カウンターに置いた。
「佐伯さん、こちらを受け取ってもらえるかしら。川沢さんにも渡したいのだけど、忙しそうだし」
「ライブが終われば、降りてきます。ですが‥‥」
 箱を前に言い淀むオーナーに、初音はくすりと笑う。
「いーじゃない。何を隠そう、現役時代の二人のファンだったんだもの」
 その言葉に、一瞬佐伯がフリーズした−−ように、裕貴と京一郎には見えた。
「それは‥‥ありがとうございます。気遣い、有難く」
 恐縮しながら、佐伯は箱を受け取る。
「よかったら、コピーをリクエストしてもいいかしら。それとも、若いコ達にはもう気後れしちゃってます?」
「ええ。お客様を放っておく訳にもいきませんし」
「あら‥‥残念。丸くなったのね」
「‥‥さぁ」
 肩を竦める佐伯。それまで、大人しくオレンジジュースを飲みながら話を聞いていたベスが、「ぴぇ〜」とため息に似た感想をらしきものを口にする。
「川沢さんと佐伯さんって、一緒に唄ったりしてたの?」
「その話よりも、もう楽屋へ戻って準備した方がいいぞ」
 佐伯がステージを見るよう促せば、最後の奏者達がステージに立っていた。

●蜜月〜落花流水
 引き続き、ステージに残る大正女学生風の着物に袴を着た神楽に加えて、スーツでアコースティックギターを下げた環が照らし出される。
 その二人の間に、振袖を着崩した逢歌が、神楽の演奏するグランドピアノに寄りかかっていた。
 スウィングするピアノのメロディを追って、ギターの弦が震え、環が言葉を紡ぐ。

『 歌姫に恋をしました
  僕は愚かでしょうか?
  貴女に笑いかけられました
  ‥‥きっと僕の見間違いですよね? 』

 たどたどしい弦の音に構わず、ピアノは1フレーズを気まぐれに囀る。
 気だるそうな逢歌がピアノに指を滑らせながら、誰とも視線を合わさず唄う。

『 Only a few second of lips
  Only a bit piece of my wink
  Worthies thousand of Men’s praise
  But‥‥you know My Feeling? 』

 しっとりと逢歌が唄う間に、環はアコースティックギターからエレキギターに持ち替え、存在を誇示するようにアドリブを聞かせる。

『 貴女の周りにはいつも素敵な人が沢山います
  焔に十六夜う羽虫の様に、焦がれて堕ちた僕の心
  もう少し格好良くなれたら、ね
  振り向いて貰えたりするでしょうか? 』

 訴えるような電子音にも興味がなさそうに、ピアノはメロウテンポのままで、逢歌は首を振る。

『 I think
  It’s not necessary to do such a thing.
  Maybe your charm is in a different place Oh sorry I have next work.』

 ジャズバーの人気歌姫に恋した気弱な青年が、彼女につりあう男になろうと一生懸命背伸びする‥‥一種、ミュージカルのようなやりとりで、二人の歌は続く。
 青年はホントに必要なのは、飾って自分から逃げるのではなく、自分と立ち向かう事だと気がつく。
 最後に環は楽器を三味線に替えて、ギターの様に指で弦を弾き。

『 笑われても泥塗れになっても
  逃げずに自分を信じてみます
  格好良くはないけど
  勇気って結局そんな物でしょう? 』

 それに応えるように、ピアノが楽しげに三味線と同じ旋律を鳴らし。
 髪飾りの花を抜いた逢歌は初めて環に近づき、それを胸のポケットに挿して微笑む。
 環は撥を取り、力強く弦を打ち。迷いが解けたように、ピアノの音色も軽快に跳ね。
 テンポを上げた旋律に、二人は声を重ねる。

『 今宵詠うは恋の歌
  言葉紡ぐは歌姫の為
  拙き音に想いを込めて
  届け夜を裂き貴女の元へ
  僕の話は此処で終焉
  気になる続きはOnly God knows
  今解る事は一つだけ
  きっと素敵な次回予告! 』

 高らかに歌い上げて、最後に神楽がピアノで物語に幕を引く。
 拍手を受けながら、三人はステージを降りた。

「お父さんとお母さんがきてるから、なんだか授業参観みたいで緊張しちゃった」
「あー、判るな。なんとなく」
 舞台裏で、ようやくほっとした表情を見せた神楽に、納得する環。
「次でラストだ。頑張ろう」
「うん。私、歌うのって初めて。マイクが近くて‥‥なんだかドキドキする!」
「そーか?」
 笑いながら、逢歌は神楽の頭をがしがし撫でた。

●LOVERS GIG
 シンバルを合図に一斉に音が鳴り響き、ステージが明るく息を吹き返す。
 神楽が刻むドラムと一緒に、ベスが二本のマラカスを振り。静香と逢歌のエレキギターが競うように唸りを上げて、そこへ環の凛とした三味の音が割って入る。

『 甘い香が漂う頃から月が眩しく眠れない
  ゴメン嘘だよお月様
  眠れないのは彼女の所為
  甘さと無縁のCool my Honey
  一欠片でも下さいSweet 』

 環のフレーズを受けて、少し寂しげなニュアンスで唄うのは静香。

『 素直に好きとは言えないけれど
  本当は君が好きなんだ
  どうして素直に言えないのかな
  冷たい君に意地張るのかな 』

 二人と入れ替わりで、逢歌が甘い言葉を繋げる。

『 私はいつも臆病で
  伝えたい気持ちも言葉に出来なくて
  だから少し、もう少しだけ付き合ってくれますか?
  渡したい気持ちがあるんです 』
『 少しの勇気、たくさんの心
  こぼれた雫、落ちて弾けた
  夜空のような輝き残して 』
『 でも 共に過ごせるだけで幸せ! 』

 たどたどしく神楽がマイクに語りかけ、弾む思いをりなは飛び跳ねるように唄う。

『 今日はValntineDay Shyな子は卒業するわ
  だって後悔したくないもの 冴えない君に告白するの 』
『 とろけるチョコに想いを乗せて
  召しませ わたしの恋心 』

 一本のマイクを挟んでベスと海音が交互に唄い、相手のフレーズにはスキャットを添え。
 そして最後は、全員で揃って息を合わせる。

『 今夜は Saint Valentine’s Day!
  愛の歌を歌おう!
  みんなで Happy Valentine’s Day!
  楽しい ひと時を過ごそう! 』

 合間にそれぞれの奏者がアドリブを披露して、お祭騒ぎのような即興曲は弾けるように終焉を向かえた。
 歓声と拍手に、笑顔で手を振って応える。
 そして、バレンタイン・ライブは賑やかに幕を閉じた。

●祭の後
「見る側っていうのも、楽しかったね」
「そうだな」
 客に混じって店を出た裕貴と京一郎は、ライブの感想を話しながら路地を歩いていた。
 大通りの近くまでくると、京一郎は腕時計に目をやる。
「時間も時間だし、送って行こう。タクシーを拾うか?」
 角を曲がろうとした京一郎だが、不意に腕を掴まれて引き止められた。
「‥‥裕貴?」
 掴んだ相手を見やれば、どこか不機嫌そうに裕貴は目を逸らした。
「いい。今はまだちょっと、歩きたいから」
「そうか」
 それならと更に路地を進もうとした京一郎の腕を、まだ裕貴は掴んだまま放さず、立ち止まっている。
「‥‥どうしたんだ」
 振り返る彼に、小さな箱が押し付けられる。
「いろいろと世話になってる礼。あくまでも礼だから」
 念を押す裕貴の手から、京一郎は箱を受け取る。
「開けていいか?」
「いいけど、ここで?」
 答えの代わりに京一郎は包装紙を剥がした。箱の中で、街灯の光に鈍く反射したのは、黒い革紐に十字架の透かし彫りが入ったシルバーのタグのネックレス。
「シルバーアクセサリーが好きだって、言ってたから」
「ありがとう、裕貴」
 嬉しそうな顔を見て、裕貴も表情を和らげる。早速ネックレスを付けようとする京一郎に、裕貴が仕方ないという風に、留め金をかけるのを手伝い。
 そうして、二人は並んで歩き出した。冷たい空気の中を、肩を寄せ合いながら。

「今日は、お疲れ様でした。ありがとうございました」
「飲み過ぎないようにね〜!」
 頭を下げる両親と共に帰路に着く神楽と、元気よくぶんぶんと手を振るベス。
「遅いから、気をつけて帰るのよ」
「はい、初音さん。また、教室で〜!」
 二人の少女は、仲良く階段を登っていった。それを見送って、初音は川沢と佐伯に向き直る。
「では、私もこれで。機会があれば、今度はお二人の演奏も聞きたいわ」
「もう、ロートルですけどね」
 川沢の言葉に笑顔を見せて、初音も夫と地上への階段を上がった。

 ライブが終わったフロアでは、シングル達の打ち上げが始まっていた。
 料理と裕貴が差し入れたイチゴのタルトを楽しみながら、今日のライブの結果や互いの感想などを語り合う。
「バレンタイン・ライブって事は、ホワイトデイ・ライブもするのかしら?」
 静香の問いに、佐伯は「気が向いたらな」と答える。
「じゃあ、男の人達は海音さんに三倍返しをしなきゃね」
「あれ? そういえば、海音さんは?」
 りながきょろきょろとホールを見回すが、海音の姿はなく。タルトの皿を手に、静香も首を傾げた。
「まだ、楽屋じゃないかしら」
「じゃあ、海音さんのタルト、取っておきますね」

 少し躊躇ってから、海音は楽屋の扉をノックした。
 中から聞こえる声は、一人だけだ。他のメンバーは、既にフロアで打ち上げに興じている。
「お邪魔します」
 扉を開けると、レオンが丁度ベースギターを片付けているところだった。
「海音? どーかしたか?」
「あの‥‥もしよろしければ、これを貰っていただけますか。お口にあえばいいのですけど」
 白磁の頬を朱に染めて、海音はそっと箱を差し出す。
「さっきも貰ったけど、また貰っちまっていいのか?」
「はい。これは、小田切様に」
「じゃあ、ホントに貰っちゃうぜ」
 レオンが受け取れば、海音は軽く会釈をし、身を翻して楽屋を出る。
 首を傾げるレオンが包みを解いて箱を開ければ、中には薄青色の金平糖の瞳を持った、ホワイトチョコレートで象った狼。
 先の彼女の素振りを思い出し、レオンは小さく笑んだ。