世界祝祭奇祭探訪録 5ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/16〜02/21

●本文

●カーニバル〜謝肉祭
 謝肉祭とは、キリスト教のカトリック教国で、四旬節の直前に三日ないし一週間にわたって行われる祝祭である。
 冬の悪霊追放、春の豊作・幸運祈願に由来し、仮装行列を伴いしばしば狂騒的となる。その本来は、豊作を願い、豚を生け贄として神に捧げ、復活祭までの40日間の断食に備えて宴を開くというものだった。
 カーニバルの時は、召使は主人になりすまし、主人は召使のように装い、自分の身元を仮面で隠して祭りに参加して、日常の自分とは違う自分を楽しむ。時には男性が女装を、女性が男装をしてみるなど、その宴の楽しみ方は様々であった。

 ヴェネチアは、イタリア北東部、アドリア海に臨む港湾都市である。
 市街地は約122の小島を約400の橋で結んだ水の都で、運河が176あり、交通はゴンドラによって行われる。
 7世紀頃から貿易での発展を始めたヴェネチアのカーニバルの歴史は古く、11世紀に海洋国家として東方貿易を独占して、空前の繁栄を築いていた時から行われていたという。
 ヨーロッパで数多く行われているカーニバルの中でも、水の都ヴェネチアのカーニバルは他とは趣が違う。パレードもなければ、観客席もない。この時この町に居合わせた人々の全てが、カーニバルを演じる一員となる。
 それが、ヴェネチアのカーニバル−−カルネヴァーレなのである。

●『ヴェネチアのカルネヴァーレ』
 お馴染みのスタッフは、いつもの如く取材希望者達に番組資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」現地滞在型の旅行バラエティ。第一回はエディンバラでの『ハロウィーン』、第二回はウィーンの『アドベントの魔法』、第三回はムーラの『ルシア祭』、第四回はウルネッシュの『ジルベスタークロイゼ』を紹介した。
 第五回となる今回は、有名な『ヴェネチアのカルネヴァーレ』である。
「今回の滞在先は、イタリアのヴェネツィアです。今年のカルネヴァーレは2月17日から2月28日。皆さんの滞在期間は、16日から21日までの6日となっています。
 ヴェネツィアについても、カルネヴァーレについても、皆さんよくご存知でしょう。
 資料を配り終えた担当者は、いつもと変わらぬ口調で説明をする。
「滞在先のガッティ家は、若い夫婦と祖父という三人家族で、マスケラ作りをされている『普通の人間の家庭』です。奥さんは身重だそうですから、気をつけて下さい。
 マスケラは皆さんもご存知の、カルネヴァーレで付ける仮面ですね。カルネヴァーレ中は仮面作りの他、路上露天での販売をされるそうです」
 説明を終えた担当者は、手持ちの資料をトントンと机の上で揃えた。
「カルネヴァーレという事もあって、今回の旅はいつもより長めになっています。どうぞ、良い旅を」

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa1565 ニライ・カナイ(22歳・♀・猫)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

●水の都ヴェネチア
 その昔『アドリア海の女王』と名を馳せた街は、霧の中で息を潜めていた。
 イタリアで『北部三州』と呼ばれる州の一つヴェネト州の州都が、ここヴェネチアである。ヴェネチア本島内は自転車であっても車両通行禁止で、街を移動する手段は徒歩と、ヴァポレットと呼ばれる水上乗り合いバスが主な足となる。
 冬はオフシーズンとなるヴェネチアだが、この時期ばかりは違った。
 息を潜めながらも、どこか微かな高揚感が潮の香りと共に漂っている。
 そんな空気の中を、サンタ・ルチア駅を降り立った八人は歩いていた−−が、目的地に着かない。
「霧で迷った。と言う程、濃い霧でもないんだが」
 手にした地図の上下をひっくり返したり、首の方を傾けたりしながら、小塚透也(fa1797)がぼやいた。
「あながち、霧のせいだけでもないだろう。街自体は広くはないが、かなり入り組んでいるからな」
 どこか楽しそうに、深城 和哉(fa0800)が街並みを眺めている。それは、ニライ・カナイ(fa1565)も同じくだ。
「さすが、迷宮都市のカッレ‥‥侮れん」
 表情からは読み取りにくいが、語調には喜色が入り混じっている。ちなみにカッレとは、イタリア語で「小道、狭い道」を言う。その路地には、仮面を模ったライトがディスプレイされていた。
「こんな街なら、迷子も楽しい。かな?」
 足取りも軽く、アイリーン(fa1814)は狭い石畳の道をどんどん進んでいく。
「楽しいのはいいが、迷子になるなよ。探しに行って二次遭難は、御免だからな」
 せせらぎ 鉄騎(fa0027)が、小柄な背中に呼びかけた。相沢 セナ(fa2478)がくすりと笑う。
「街に慣れるには、迷子になりつつも早く道を覚えた方がいいんでしょうね」
「ああ。それにしても‥‥島と言うより、水に浮かぶ街と言った方がよさそうだな」
 やや不安そうにCardinal(fa2010)が呟いた。広大な大地育ちの彼には、足元の地面がしっかりと繋がっていない街が、浮島の様に感じるのかもしれない。
「最近は、地盤沈下と温暖化の海面上昇の影響が著しいようですけどね」
 御堂 葵(fa2141)の言葉に、和哉が頷いた。
「特に、アクア・アルタは顕著だそうだ。冬場に起きやすいが、カルネヴァーレとぶつからなくて良かったな」
 大潮と気圧の変化、そしてアドリア海を南から吹く風「シロッコ」の三つの要因が重なると高潮が発生し、ヴェネチアの街も水に浸かる。その現象をアクア・アルタと呼び、こうなると街の中はろくに歩けなくなるのだ。
 そんな会話を交わしながら、漸く八人はガッティ家に着いた。

●仮面工房
「こんにちは、いらっしゃい」
 色とりどりの仮面が壁を飾る小さな店で、お腹が丸く張った女性が一行を迎えた。
「お世話になります」
「よろしくお願いします」
 次々と挨拶をする者達に、ガッティ夫人は明るく笑う。
「ん〜ん。堅苦しいのはナシにして、入った入った。お茶にしましょ?」
 気さくな夫人がよったよったと歩いていく後姿に、一抹の不安がよぎる。
「‥‥すぐ出てきたり、しないよな」
「まさか‥‥さすがにスタッフも、そこは考えてるだろ」
 ぼそぼそと相談し合う一部の男性陣。それを余所に、「早くいらっしゃい」と夫人が彼ら呼んだ。

 紅茶を挟んで自己紹介を交わした後、一行は家の中にある工房へ案内された。
 工房の中には鷲鼻で口角を上げた表情豊かなピエロのような物や、リアルで無表情な物など、石膏の顔が幾つも並んでいる。その一つを、若いガッティ氏が取り上げた。
「仮面作りはまず粘土で顔を作り、石膏で型を取るんだ。石膏が乾いたら粘土から外して、今度は型に紙を貼り付ける。それが、これだよ」
 まだ色を乗せていない真っ白な仮面を手渡され、Cardinalが裏表に返して、興味深そうに観察する。
「意外と軽いのに、しっかりしているな」
 Cardinalから仮面を受け取った和哉が、その軽さに驚く。
「確かに。もっと重いと思っていた」
 仮面をガッティ氏に返すと、次の工程へと案内される。
 布やカラフルな羽根が並べられた部屋では、一人の老人が絵筆で慎重な表情で眉を描いていた。
「白い仮面に色を塗って、装飾をすれば出来上がりさ。色を付けてるのが、お義父さん。今は邪魔をしないようにね」
「さすが、芸術品だよな‥‥俺には無理だ。これ」
 ぽつりと呟く透也だが、若い職人は「そんな事ないよ」と笑う。
「半分だけ黒く塗ったり、全部を金色に塗ったりするデザインもあるから、チャレンジするなら歓迎するよ」
「あ。あたし作りたい!」
 勢いよく真っ先に、アイリーンが手を挙げた。

●歓喜の街
 翌日。朝から街は、浮き足立っていた。
「凄いな‥‥」
 一夜明けた街の光景に、思わず透也は呟いた。通りを行きかう人々は皆、カラフルで奇抜な衣装に身を包んでいる。それも中世風に限らず、古代エジプト風、一つの色で統一した服装、何かのコスプレなど。歩く人々だけでなく行き交うゴンドラの観光客やヴァポレットの乗客も、一様に仮装していた。
 それらを眺めていると自分が何処にいるのか、一瞬判らなくなる。
「なんだかこう、こちらの方が場違いのようですね」
「そうだな」
 人の流れを目で追いつつ、葵が苦笑した。一方のニライは、時折聞こえる陽気な音楽やゴンドリエーレのカンツォーネに耳を澄ませている。
 仮面作りに興味を持ったアイリーンとCardinalを店番に残し、葵とニライ、透也の三人は、ガッティ氏と路上に立っていた。
 リアルト橋を望む露天は、カルネヴァーレ初日と言う事もあって多くの人々がマスケラを買い求めに立ち寄る。目的は自分の仮装用や誰かへの土産、インテリアと様々だ。
「カルネヴァーレが現在の形態となったのは、確か30年弱前と聞くが。マスケラも、以前は土産品ではなかったそうだな」
 ニライの問いに、羽根付きの仮面を手にしたガッティ氏が頷く。
「ああ。18世紀末のベネチア共和国崩壊と共に、カルネヴァーレは一度廃止された。それが復活したのは、1979年だったかな。冬のベニスは寒くて、観光客も少ない。観光客を集めようとカルネヴァーレを復活させて、今はこの賑わいって訳さ。それまでの土産と言えば、ヴェネチアングラスが代表だったよ」
「じゃあ、意外と歴史が浅いんだな」
 驚く透也へガッティ氏は飾りの少なく、顔の上半分だけの簡素な白い仮面を渡す。
「昔の代表的な仮面、バウタだよ。今は華やかなコンメディア・デッラルテ、仮面即興劇用のマスケラの方が人気があるけど。昔はこれで、カルネヴァーレをやってたのさ」
「ふ〜ん‥‥」
 仮面の目を通して透也が運河を覗いてみれば、見覚えのある影が二つ。
「‥‥あーっ!」
 素っ頓狂な声に、葵とニライが彼を見やり、その視線の先を辿れば。
「お仕事、頑張っているかね。諸君」
 運河を漂う一艘のゴンドラに、鉄騎とセナの姿があった。
「暢気にゴンドラ‥‥男二人だと、少し空しくないか?」
「その辺は気にしない。やっぱ体験レポートも必要だと思うのよ、な?」
「だから、野郎が乗ってて、絵になるもんじゃないだろ」
 透也と鉄騎のやり取りに、くすくすとセナが笑っている。
「空き時間になったら、乗ってみてはどうですか? ゴンドラから見るヴェネチアは、歩いて見る時とまた別の趣きがあって、綺麗ですよ」
「左右上下にゆれる小さな乗り物は苦手だからな! ‥‥特に小さい船とか」
 台詞の後半は極小の声で呟き、フッと遠くを見て透也は爽やかに笑う−−過去に何かあったのだろう。多分。
「ところで、和哉は? 一緒じゃないのか?」
 透也の問いに、セナは「ええ」と返事をする。
「彼なら、サン・マルコ広場だと思います。とても感銘を受けていたようですから」

 陽光の中、サン・マルコ広場でも多くの仮装した人々が、そのひと時を楽しんでいた。
 広場周辺はサン・マルコ寺院やドゥカーレ宮殿、時計塔や鐘楼、溜め息橋と観光のポイントが多く、混雑も激しい。更に特設舞台も設けられ、音楽や踊りなど種々のパフォーマンスが繰り広げられている。
 賑わいを硝子越しに見ながら、和哉は広場に面したこのカフェが発祥というカフェ・ラ・テのカップを傾ける。脚本家の彼は『オセロー』や『ヴェニスの商人』といった戯曲の舞台を廻り、突発的に始まる大衆劇を見物したりと、朝から精力的に歩き回っていた。
 一息つくカフェも、かの詩人ゲーテや色事師カサノヴァが足繁く通い、かつては作家達の出会いと論争の場であったという空間。18世紀初頭の内装そのままの店内でも、仮装の人々が珈琲やココアを楽しんでおり、まるで中世へ迷い込んだように錯覚させる。
 店の交代時間までの間、和哉は存分にヴェネチアの空気を満喫し、それは滞在中の日課となった。

「え〜っと、こんな感じで、どう?」
 粘土の塊へ丁寧に顔を掘り、アイリーンはガッティ老を仰いだ。
「ふむ。筋はいいようだ。後は、女性の顔ならば口元をもう少し柔らかく」
 アドバイスを元に、少女は更に型に手を加える。Cardinalもまた、獅子を模した仮面を作るべく粘土と奮闘していた。
「‥‥やはり、難しいものだな」
 ふぅと大きく息を吐くCardinalに、老職人は腰に手を当てて唸る。
「擬人化とはいえ、動物の顔は人と違う。目の周りより、この、鼻から口にかけてをだな‥‥」
「ふむ」
 興味深くポイントを聞きながら、彼も粘土を掘っていく。
 この型が出来上がれば乾燥させて、石膏で型を取る。工程はまだまだ長いが、二人は楽しげに作業に取り組んでいた。

 店を手伝いながら、そして祭を楽しみながら、賑やかな日々は過ぎる。

●水辺の灯火
 滞在5日目の夜。いつもより少し早く店を閉めたガッティ家は、慌しかった。
「アイリーン、ちょっと手伝ってもらえるか」
「いいよ〜」
 和哉に頼まれたアイリーンが、準備を手伝いに行く。一方、店ではセナは半面のマスケラ選びで迷っていた。黒マントにステッキを持ち、メディコ・デッラ・ペステという鼻が長い白の仮面を手にしたニライが、申し訳なさそうに葵に声をかける。
「本当に、構わないのか?」
「はい。折角ですから、楽しんできて下さい。動き回ってお腹が空いた頃に、料理も仕上がっていますから」
 そうこうしている内に、他のメンバーの準備も整ったらしく。
 黒マントにシンプルなバウタをつけた古典的仮装の透也に、コンセプトが『怪盗紳士』のセナ。そして、Cardinalは、どこかネイティブアメリカン風の『黄金の獅子』の自作マスケラを付けて、現れた。
 Cardinalと同じく、右半分が人で左半分が獣を模った自作のマスケラを完成させたアイリーンは、それに合わせた貴婦人風のドレスを着ており。
 最後に準備が整った和哉は、アイリーンと同じく中世の豪奢なドレスを纏っていた。
「‥‥どうでしょう。カルネヴァーレっぽい、か、かしら‥‥?」
 マスケラ越しの、くぐもった声で聞く和哉。誰も予想していなかった事態に、一同は暫し呆然としていた。漸く最初に、鉄騎が口を開く。
「よく‥‥ドレスがあったな」
「失礼、ですね」
「はい、どうぞ。お嬢さん」
 にこやかな表情で、夫人がバスケットを和哉に差し出す。中はというと、「おしゃべり」を意味する「キアッキエレ」というカルネヴァーレの菓子が入っていた。水やバターを使わず、白ワインとオリーブ油で生地を作って揚げた、パリパリとした食感の軽い菓子で、夫人の手を借りて彼が直々に作った物らしい。
 それを、恭しく和哉は受け取る。
「ありがとうございます、奥様」
 路地をマスケラ型の灯りが照らす中、六人はガッティ氏の案内で、夜のカルネヴァーレ見物へと繰り出した。

「二人は、本当に行かなくていいの?」
 仲間達を見送った葵と鉄騎に、夫人が尋ねる。
「ええ。お手伝いもありますし‥‥」
 言葉を濁して、葵はちらりと台所の方を見た。嘆息して、鉄騎は肩を落とす。
「で、俺は味見役‥‥か」
「あたしも、手伝った方がいい?」
 遠慮がちに聞く夫人へ、葵は首を振った。
「ありがたいですけれども‥‥私達の気持ち、ですし」
「そう。じゃあ、頑張ってね。調味料とか足らない物があれば、言ってね」
 リビングへと戻る夫人を助けた後、二人は台所へと戻る。
 そこに準備された料理−−ニライと葵で準備した食事は、見た目はともかく味が筆舌に尽くし難いもので。
「それにしても‥‥まともな手順を踏んで、どうすれば破壊的な味になるんでしょうか」
「あれはもう、一種の才能だなぁ」
 からからと、明るく鉄騎が笑い飛ばした‥‥若干、やけくそ気味で。
 これ以上は言っても詮無いと、葵は料理に取り掛かる。
 皆が帰ってくるまでに、食べられる食事にする為に。

 カルネヴァーレを楽しんで帰ってきた者達を待って、夕食となり。
 夫人の出産の無事を祈って歌や音楽を披露し、最後の夜は楽しく更けていく。

 そして、翌日。
 名残惜しくガッティ家の人々に別れを告げた後、八人は暫く病院の世話になったとか、ならなかったとか−−。