Limelight:仮面演奏会アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
8万円
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参加人数 |
12人
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サポート |
0人
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期間 |
02/22〜02/25
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●本文
●Limelight(ライムライト)
1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
2)名声。または、評判。
●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。
階下のフロアでは落ち着いた曲調の音楽が流れる中、酒と食事と会話を楽しむ客達が座るテーブルと、その間を縫うように動き回るバイトスタッフの姿が見える。
それらを事務所の窓から眺めつつ、音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)は少し冷めたブラックコーヒーを啜った。
「‥‥ぬるいね、これ」
「お前の好みが熱過ぎるんだよ。煎れ直してやらんから、我慢して飲め」
事務所へ入ってきた店のオーナー佐伯 炎(さえき・えん)が、開口一番の不平に苦笑を返す。
「待たせてすまんな」
「いや。仕事熱心でいいんじゃないか」
「‥‥嫌味臭く聞こえるのは、俺の気のせいかね」
「うん。気のせい」
素知らぬ顔で言う川沢に片眉を上げて肩を竦め、佐伯は机から一枚のコピー用紙を引っ張り出した。それを受け取ると、川沢はカップを手にしたままでざっと目を通す。
「マスカレード・ライブ‥‥ねぇ。日本じゃあ、馴染みがないだろう」
「ああ。勿論、宗教事は抜きでな。本物の謝肉祭は、28日までだっていうし。いつもと毛色の違うイベントは、客ウケがいいんだよ。毎日は、やってられんがな」
「判ったよ。それじゃ、詳しい話を聞こう。プロダクションへの告知もするんだろう。ただ、仮面を付ける訳だから‥‥反応はいまいち予想できないけどね。しかし、こういうイベントをやるとはな」
「お祭騒ぎは、楽しかろう?」
くつくつと笑いつつ、佐伯は細かい説明を始めた。
●仮面演奏会〜マスカレード・ライブ
数日後、各プロダクションへ向けて、『Limelight』でのライブ演者募集の告知が出された。
謝肉祭の時期に合わせ、カーニバルの雰囲気を楽しむために、客も出演者もマスケラを付けて仮装する、『マスカレード・ライブ』が開催される。
仮面は顔を全て隠すものから目の部分だけのタイプ、モノクルのように片目だけを隠すタイプもOK。
仮装の内容については、常軌を逸したものでなければ特に言及はされないという。
●リプレイ本文
●仮面の宴へ
フロアが見下ろせる事務所には、演奏者達が集まりつつあった。
「みんな、どんな仮装してくるんだろ。明星さんとか、色っぽいんだろうなぁ。くぅ〜、楽しみ♪」
待ちきれないという風に、棗逢歌(fa2161)が座っている事務椅子を左右に振って遊ぶ。その言葉にLUCIFEL(fa0475)が、ふっと余裕の笑みをみせた。
「残念ながら俺のいる限り、キミの出番はないだろうが」
「それはどうかな」
互いを牽制し合う『愛の伝道師』と『愛の歌い手』、共に自称。だが、ぐりんと逢歌の椅子を回して、佐伯 炎が静かな戦いに終止符を打った。
「お前ら‥‥人の店で縄張り争いをするな」
「え〜っ」
「今日は女性メンバーも少ないから、気持ちは判らんでもないがな」
「そういえば、神楽と明星さんとラシアさん‥‥の三人だっけ。大人の女性だと、明星さんとラシアさんだね」
ひぃふぅみぃと指折り数える月見里 神楽(fa2122)へ、LUCIFELはにっこりと笑顔をみせる。
「キミももう少し大きくなれば、素敵なレディになるよ」
「相変わらずじゃんか、あんた。守備範囲、相当広い?」
事務所の扉を閉めつつ、夕月ビリィ(fa0841)が面白そうに冷やかした。彼の後ろには、ギターケースを背負った椚住要(fa1634)の姿もある。
「レディにはアプローチしないと、失礼だろう?」
平然と答えるLUCIFELに、ビリィは肩を竦める。
「で、冷やかす前に、ソッチはその物騒なトゲトゲ巻きを外しとけ」
ビシと佐伯から指をさされるビリィに、前回同じような事を言われた陸 琢磨(fa0760)が苦笑した。
「まぁ、ラシア君も、怖い人がボディガードがついてるからねぇ」
ぼやきながら、逢歌は椅子をキコキコ揺らす。
「誰が、怖い人?」
頭の上から降ってきた声に逢歌がぎくりとして顔を上げれば、嶺雅(fa1514)が笑顔で彼を見下ろしていた。
「あー‥‥頼もしいボディガードがいるから、ラシア君はいいなぁ、って」
「ふーん。あんたもボディガード、要んの?」
嶺雅の隣で、ラシア・エルミナール(fa1376)がからかう様に聞く。
「うん、ラシア君みたいな。て、痛い痛い、嶺雅く〜んっ! 暴力反対〜っ!」
嶺雅が逢歌の頭に捻じ込まんばかりに、拳をぐりぐり押し付ける−−笑顔のままで。戯れる(?)二人に、禁煙煙草を咥えた佐伯が頭を掻いて溜め息をついた。
「若いっていいねぇ」
「何を言ってるんだか」
VIP席から戻ってきた川沢一二三が、やれやれと頭を振る。
「そういやさ、佐伯オーナー。日本ではあんま馴染みが無ぇけど、謝肉祭って普通はどんな事するんだ? つーか、何で仮面着けたりして仮装するんだろー」
小田切レオン(fa1102)の素朴な疑問に、佐伯は火を点けない煙草を咥えたままで、「詳しくは知らん」とあっさり答えた。
「リオのカーニバルじゃあ、仮装も仮面もないっぽいしな」
「肉よ、さらば‥‥だ。復活祭の前から40日間、イエスが荒野で断食し、苦難を越えた事にちなんで、レントの間は肉食を禁じた風習が以前はあった。だからレントの前に肉食と決別する為の祭が開かれ、余興に仮面劇などが演じられた。それが、謝肉祭の起源だ」
キリスト教圏のセーヴァ・アレクセイ(fa1796)の説明に、ほぅとレオンが感心の声をあげる。
「つまり、元々はどんちゃん騒ぎって訳か」
「身も蓋もないな」
ぶっちゃけたレオンの表現に、セーヴァは苦笑した。
「オッハヨーゴザイマース!」
無駄に元気のいい挨拶と共に、椿(fa2495)が事務所へ入ってくる。彼に続いて、明星静香(fa2521)も現れた。
「あれ、今日はみんな早いわね」
「静香君、待ってたよ〜!」
嬉しそうに逢歌が手を振り、LUCIFELが遮るように二人の間に立つ。
「久し振り。今日はよろしくな」
「え? ええ。よろしくね、二人とも」
状況が飲み込めないながらも、にこやかに返事をする静香。
「‥‥何かあった?」
こっそりと聞く椿に、珈琲を片手に様子を見守っていた川沢が「さぁ?」と笑って返した。
「さて。全員揃ったところで、リハやって順番決めるか。仮装は後のお楽しみって事で、準備してくれ」
一同を促すように、佐伯がパンパンと両手を打ち鳴らした。
●事前ミーティング
人気のないフロアで、12人のミュージシャン達が演奏予定の曲を披露する。
それを聴き、当人の希望を踏まえた上で、佐伯は『マスカレード・ライブ』の構成を決めていた。
「『オペラ座の怪人』と『動物の謝肉祭』なら、後者の方がまんま謝肉祭だしなぁ」
「『オペラ座の怪人』は仮面舞踏会のシーンもあるし、ファントムが半面のマスケラを付けているが‥‥」
セーヴァの説明に、ふむと佐伯は考え込む。
「唄わないと言っても、曲自体にも著作がある訳だが‥‥」
「もし、このファントムの不運が心配なら、物理的な物なら剣舞中にメテオブレードで薙ぎ払う事が可能だしな?」
不運を招く『ファントム』というマントを纏い、怪人のイメージでの剣舞を希望する琢磨が、更にセーヴァの後押ししてみる。が、佐伯は渋面を増すばかりだ。
「物理的かつ、ぶった切って済むモンならな‥‥煙草の灰で服に穴を開けるのも、舞台の上で素っ転ぶのも、不幸な事故だと思うが。というか、舞台中にそんな物騒な事故が起きたら、誰の責任になると思う?」
「あんただな。オーナーな訳だし」
要の回答に、佐伯は重々しく頷く。
「客の前で、事故が起きる‥‥最悪、客が巻き込まれる可能性だってある訳だ。店の責任者としては、起こり得る事故を見過ごす訳にもいかん。真剣を振り回すのだって、本来は許可が必要だしな。演じたい気持ちは、判るが‥‥」
この件は終わりと言わんばかりに両手を挙げて深く息を吐く佐伯へ、嶺雅が苦笑した。
「佐伯サンも、大変だネ」
「店の料理を掻っ攫っていくのもいるしな」
「アレ? そんなヤツ、いるの?」
「いたっけ? 僕も知らないなぁ〜」
嶺雅と一緒に、椿もしらばっくれる。わざとらしく聞こえない振りをして、佐伯は進行表を手に取った。
「録音音源を使うのが二人か。で、ちっこいの‥‥じゃなくて、神楽はこれでいいのか? オケ以外は、完全に出づっぱりだろう」
「‥‥うん」
「それでいいってんなら構わんが、無理はするなよ。自分も楽しまないと、つまんねぇだろ」
がしがしと佐伯に頭を撫でられ、思わず神楽は首を竦めた。川沢もテーブルに頬杖をついて、しばし思案する。
「佐伯が代わりに。という訳にもいかないしね。ドラムのセッティングは時間がかかるし」
「なんだよなぁ‥‥今後も続くようならこっちでも考えとくから、無理はせんようにな」
そう言って、佐伯は席を立った。その彼を、レオンが呼び止める。
「佐伯オーナー。ライブが終わった後、また朝までどんちゃん騒ぎしてもOK? なんかもう、恒例みたいな感じで」
「そのうち、出演料から飯代引くぞ」
苦々しげな答えに、レオンはカラカラと笑った。
●仮面演奏会〜マスカレード・ライブ
その日の『Limelight』は、普段と違って不思議な光景だった。
いつも通りの店内に、様々な仮面を付けた人々が集まっている。
マスケラを持ってきていない客は、入場チェックの際にプラスチック製の仮面を渡されていた。
ざわめくフロアも、ライトの光が絞られると潮が引くように静かになっていく。
ライブの開幕を告げるように、ピアノの低音が弾んだ。
期待を煽るように反復奏が膨らんでいくと、ピアノは一気に高音から低音へと滑り落ちた後、再び駆け上がり。
弾けた後に、一拍の間。
ファンファーレのような和音が打ち鳴らされると、ライトがステージに差し込み、黒いスーツに顔の左半分が隠れるシンプルな仮面をつけたセーヴァを照らし出した。
続いて、女性を象った鼻から上の半面マスケラをつけ、黒いロングドレスを纏い、ヴァイオリンを弾く椿。目元だけを隠すパピヨンのようなマスケラに、ピンクのワンピースを着て、フルートを奏でる神楽の姿も浮かび上がる。
本来なら二台のピアノと弦楽器で演奏する曲は、フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンス作の『動物の謝肉祭』第一曲『序奏と獅子王の行進』。ピアノの高音部分を神楽がアレンジする行進曲のリズムの中、堂々とした獅子王の威厳をヴァイオリンの深い音色が奏でていく。
二分程度の短い演奏を終えて三人が一礼すると、拍手と共にライブは幕を開けた。
●LUCIFEL〜With You
シックな空気から一変して、色とりどりのライトが交錯し、音がフロアを震わせる。
アップテンポなイントロにノって飛び出したのは、緩やかな翼の曲線を描くモノクル型のマスケラを付けたLUCIFEL。
白を基調とした衣装を翻し、彼はステージ中央のスタンドマイクを握り。
ファルセットのような域にもかかわらず、力強く、伸びやかな声を響かせた。
「 降り注ぐ光の雨 世界が彩られる
微かに聞こえてくる 音色は何処からか
愛を求めて 俺は彷徨っていた
出会えた奇跡は 運命と呼べるよね
キミのコト抱きしめて 受け止め続けてゆこう
何度でも感じさせる 一番大切だと
輝く未来 キミと描くよ
この熱き想い 永遠に 」
クラシカルな楽器が奏でるオリエンタルテイストなメロディにのせて、彼は颯爽と愛を謳う。
−−主に、女性の聴衆へ向けて。
「 キミのコト抱きしめて 与え続けてゆこう
何度でも言葉にする 誰より愛してると
溢れる未来 キミと進むよ
この強き想い 永遠に 」
ウィンクを投げつつ、軽くパフォーマンスを交え。
LUCIFELは一気に会場のボルテージを上げた。
●BALMY BREEZE〜SCAR FACE
その熱気を引き継ぐのは、レオンと琢磨のユニット『BALMY BREEZE』。
スーツ姿の琢磨は両眼から左頬を覆うマスケラをつけ、神楽と同様に目元だけを隠す仮面に、黒尽くめの服装のレオンは挨拶代わりと言わんばかりに、ベースギターを掻き鳴らした。
それに要が唸らせるエレキギターと、神楽の作り出すドラムのリズムが厚みを添える。
「 煌めく街並 帰路を急ぐ人の足音響く
其の影で蹲り嘆く 自分の姿 」
激しくも軽快な旋律に、まず言葉を叩きつけるのはレオン。
自分の仮面をなぞるように指を滑らせ、琢磨が声を繋ぐ。
「 疼く傷痕を 隠し撫でながら
情けないくらい 孤独に震えている 」
「 WHY‥‥ キミの問いかける声が聞こえる 」
遠くへと訴えるように、レオンが吠えれば。
「 STAND UP‥‥ そして立ち上がる 」
湧き上がるように、力強く琢磨が唄い。
『 キミを見つめようと‥‥ 』
最後は、互いの声を重ね。
そして力強く、歩き出す事を宣言するように高らかに歌い上げる。
『 DON’T LOOK BACK MY PAST!
今 見つめるのは キミだけで良い‥‥
WIPE MY SCAR!
過去と言う 傷を消しさって‥‥FORWARD! 』
鼓舞するような後奏の頂点で、ステージは暗転した。
●Heaven’s Key〜way to go
『BALMY BREEZE』の二人と入れ替わりで、静香と椿が演奏の準備に入る。
SHOUTがぐっと握り締められ、白いロングブーツが蹴るように短い段差を駆け上った。
「マスカレード・ライブにようこそォ! みんな、仮面似合ってるねェ!」
一声と共に、スポットライトの光がビリィへと降り注ぎ、歓声があがる。
彼は赤いエナメル質のショートパンツと、ヘソ出しのノースリーブジャケット、白のロングコートのボタンを二つほど引っ掛けただけの姿だ。
眩いライトを受けて、大量につけたアクセサリー達が光を鈍く鋭く反射している。
目元を隠すだけのマスケラの、飾り付けられた赤い羽根が揺れた。
彼とユニット『Heaven’s Key』を組む要は、ビリィに視線が集まっている間にそれまでの服装を崩した。
目立たぬ黒のコートの下には、ビリィと同様に露出度の高いインナーで、色は青系に統一されている。目の下に涙滴が描かれたピエロの縦半分の仮面を付ければ、待っていたようにライトが要を照らした。
「さァ、ガンガンに盛り上げてもらったカラ、今度は俺達『Heaven’s Key』がしっとりいくよォ〜?
曲のタイトルは‥‥way to go‥‥」
それまでの明るいトーンと変わって、囁くようにビリィがタイトルを紹介すれば、幕を開けるように要が金属の六弦をストロークする。
電子音の残響が消えるのを待って、椿のヴァイオリンが唄った。
バスとスネアドラムが作り出す鼓動を舞台にして、優しい弦の音を追いかけるように、電気仕掛けの音達がそれに続く。
明るめのミディアム・バラードにあわせてビリィはステップを刻み、唄う。
「 遥かに続くこの道を僕は歩き続けた
一度も止まらず 後ろも見ずに
不安な事など何も無かった
迷う事も無かったし
きっとこれからもそうだろう 」
サビへ向けて、ライトを仰いで、一呼吸。
呼びかけるようなハスキーがかった癖のある声に、要がコーラスを挟み。
『 だから僕は歌い続ける 』
「 風を掴み 虹を越え 心のままに 」
『 僕が僕である限り 』
「 僕のためのこの歌を 」
一通りをなぞるとリラックスしたのか、ビリィは観客達に手を振って応える。
そして次のフレーズは、よりしっとりと、感情を込めて。
「 夕暮れ迫る公園で僕は君に出会った
人波に弾かれ 世界に拒否され
1人ぼっちの君に出会った
僕は大した事はしてやれない
僕が君に出来る事は1つだけ 」
『 だから僕は歌い続ける 』
「 憎しみに汚され 闇に心を潰されても 」
『 君が君である限り 』
「 君のためのこの歌を 」
そして、要がアドリブでギターを語らせる。
合わせてビリィが短い舞踏を披露して。
感極まったような大サビへと、メロディは一気になだれ込む。
『 そして僕らは歌い続ける
僕のために 君のために そして未だ見ぬ明日のために
例え世界が壊れても 』
最後に一拍休。
目を細め、手を差し伸べ。
「 途切れる事のない この歌を 」
囁くように、しかし万感を込めて遠くへ投げるように、最後の言葉を放つ。
静かなギターの旋律も、余韻を残しつつ消えていく。
全ての音が消えた後、顔をあげたビリィは笑顔で大きく手を振った。
「聞いてくれてアリガトー!」
小さなステージを駆け回り、拍手と歓声に包まれながら投げキスを撒き。
最後にビリィは、軽く手を上げる要とハイタッチを交わした。
●蓮月〜華胥の夢
「ここでライブすんの初めてだし、楽しみだったんダヨ。逢歌クンと一緒だし」
嬉しそうな嶺雅は、ピアスやネックレス多めにつけている。胸にダークレッドの薔薇を飾り、仮面ではなく白地に青の模様を入れたフェイスペイントを施していた。
感慨深げに、逢歌が目を伏せる。
「せっかくの機会だしね。未熟でも、僕の出来うる最高の演奏で応えるよ」
−−だって、最高のライバルで、一番憧れてる人とのセッションだし。技量も声量も、まだまだ追い付いていないけれど−−。
口には出さずに逢歌は決意を飲み込み、代わりに白地に赤の模様入りのフルフェイスタイプのマスケラを付けた。アップにした黒髪には、ダークレッドの薔薇の髪飾りを挿していた。
ステージへ向かう二人は揃ってゴシック風のカッターシャツを着て、その上に薄い黒のロングコートを纏っている。
「レイ」
出番待ちのラシアが、嶺雅へ声をかけた。いつもは一緒に『flicker〜R2〜』を組んでいるが、今回は二人、別々でステージに立つ。
たった一言と勝気な青い瞳によぎる感情を見て取り、嶺雅は僅かに身を屈めた。
「頑張ってくるヨ」
「‥‥ん」
絡める指を惜しくも解き、そして光の下へと歩き出す。
「命短し恋せよ乙女、今宵も楽しもう!」
逢歌のMCで、歓声と音が一斉にフロアを揺るがした。
ドラムは神楽、ベースに静香、キーボードにはセーヴァが助っ人として参加している。
ステージ中央には、真紅のエレキギターを奏でる逢歌と、花束をあしらったスタンドマイクを握る嶺雅。
中性的なその声が、朗々と響き渡る。
「 長い冬を越えて咲き狂う花も
君にとって儚く散らす命なの?
報われない努力は皆無駄な事なの? 」
春らしい明るめの曲調は謝肉祭をイメージし、逢歌曰く「お堅いお姉さまがたも、浮かない顔した小羊ちゃんたちも、問答無用楽しめそうなメロディアム・ロック」らしい。
「 どうせダメな事だからって
諦めたみたいに笑わないでよ
終わった後のことばかり考えて
溜息一つで片付けないでよ
(Even if papa is angry or the mama cries)
僕と一緒に咲いてくれない? 」
間には、セーヴァが幻想即興曲のアレンジを奏で。
流れるようなフレーズが、狂おしくも悩ましい様に転調を重ねる。
旋律が描く幻想の女に、嶺雅は手を差し伸べて、呼び掛ける。
「 おっかなびっくりでもいいんだ
勇気出して一歩踏み出して
恐いなら手を繋いであげるから
散るを恐れる花でもいいんだ
僕が一緒に咲いてあげるよ
今日は凍て付く寒空でも、明日にはきっと春が来るから
だからその時、笑顔で叫ぼうよ
今まで支えてもらった全てに「謝々!」って 」
マイクから外した小さな赤い花束を手に、嶺雅は手招きして恋人を呼ぶ。
訝しむラシアへ花束を手渡し、軽く額に口唇を落とすと、嶺雅はコートの裾を翻してステージから消える。
髪をオールバックにしてタキシードを着たラシアとでは、遠目に見ると男性同士にも見えなくもないが−−客席からは、黄色い悲鳴のような歓声のような叫びがあがった。
●ラシア・エルミナール〜masquerade
漂うざわめきを、流れ出したアップテンポの音楽が駆逐し、空気を一気に彼女のカラーに塗り替える。
荒々しくはないが、叩きつけるような旋律。
顔の右側を覆うマスケラを付けたラシアは、片方にマイク、もう片方には花束を手にして唄う。
「 傷つくその心 仮面で隠し
偽りの微笑み演じ続ける
星の明かりすら届かないこの街
見つめるその瞳を 覆うのはマスカレード
ライト一つない舞台で踊る
見守るものは 夜空に輝く月だけ 」
見下ろせば、感情や個性を殺したような仮面の群れ。
振り仰げば、突き刺さるようなスポットライトの光。
その狭間で、ラシアは細身から思わせないパワフルなヴォーカルで魅せる。
「 虚栄と偽りに満ちたステージ
The lie,and it is sarcastic and painting out.
立ち続けてる
傷つくその心 仮面で隠し
偽りの微笑み演じ続ける 」
響くリズムに、手拍子が応える。
最後にマスケラを外して素顔を晒すと、ラシアは聴衆へとソレを放り投げた。
●Nornir〜仮面 −Non e la verita−
嵐のような熱気が過ぎると、舞台に現れるのは『Nornir』の三人。
中央に立つのは、開幕時と同じく黒のロングドレスに、白に蒼縁取りをしたマントのフードを被り、ストラップでアコースティックギターを提げた椿が、シャラリとブレスレットの鈴を鳴らし、恭しく膝を曲げて御辞儀をする。フードの下から覗くのは、微笑する女性を象った半面のマスケラ。
「今宵一筋の運命を紡ぎますは運命の三女神。
過去を司りしウルド、現在を定むる私ヴェルダンディ、そして未来は末のスクルドが。
仮面に隠された偽り‥‥いいえ、Non e la verita‥‥その偽りさえ真実とは限らず。
されど私達は紡ぐのです‥‥儚き運命を」
左手では、フード付きの白のローブに、白のドレスを着たウルド−−静香が、ゆっくりとベースの金属弦を義爪で弾く。白地に、左の目元には涙滴が描かれた半面のマスケラは、泣いているようにも見える。
右手には、ピアノを奏でるスクルド−−神楽は、これまでの演奏時の服装に加えてマスケラの左側にピンクの花飾りをつけ、白に桜色の縁取りがついたマントのフードからは髪に挿した同じ飾りを付けている。白と黒の二人に対して、未来−−春を思わせる桜の色が、光を浴びて映えていた。
寸劇のような紹介と共に、語るメロディはアップテンポながらもどこか哀愁漂うケルト風で。
ノスタルジックで切なげに−−想いが零れるように、静香が言葉を落とす。
「 あなたといれば幸せだった
何もなくても良かったくらい
あなたの温もりを感じれば
優しい気持ちになれたのに
何時からだろう 仮面をつけた
偽りという名の気持ちを込めて
偽らねば生きていけない
悲しい性(サガ)を背負っていたのか 」
悔恨を責めるように、ピアノがコードを打ち鳴らし。
三人だけを照らしていた光に次々とライトが加わって、ステージ全体に満ちていく。
「 好きという仮面を被ったあなたと 」
すらりと腕を上げて、静香が椿を指差して、告げ。
「 嫌いという仮面を被ったあなた 」
椿はゆらりと腕を伸ばし、静香を指差して、答え。
激しく振り絞るような、二人の切々としたコーラスへと続く。
誘うようなピアノの旋律を、振り払うように。
『 破滅へと向かうだけなのに
そこが楽園だと信じて 』
仮面の涙そのままに、静香は慟哭のようにベースを刻む。
「 あなたといる幸せを忘れて
ただ快楽に溺れたいだけ
純粋さを忘れた関係
消えるのは当たり前だった 」
再び寄り添うように椿がコーラスを重ねて。
情感の溢れるメロディは、終焉へと向かう。
『 さよならと告げるのは簡単 』
「 好きだった思いも忘れて行き 」
『 ただ思い出と変わる未来だけ
それが君との未来絵図 』
最後に一縷の希望を残すようにピアノの明るい旋律が唄って、物語は幕を閉じる。
セピアなライトに浮かぶ三人の『女神』も、ゆっくりと暗闇にフェードアウトしていった。
●幻想舞踏
歓声と拍手の中で、ピアノのメロディが蘇る。
ステージが明るさを取り戻せば、絢爛なワルツをアレンジして、セーヴァがアンコールに応えていた。
その響きに誘われるように、演奏者達がシングル、もしくはペアで、再びステージに現れる。
真っ先に飛び出したビリィが、観客に呼びかけて手を振り、煽る。
タキシードからドレスに着替えたラシアの手を取って、嶺雅が進み出た。
おっかなびっくりの神楽は、慣れた様子のLUCIFELにエスコートされている。
ソシアルダンスではなく、音楽に身を任せるままに、ステップを刻む。
ピアノのメロディに合わせ、要とビリィは歌詞のない即興の唄−−スキャットを、口ずさむ。
彼らが終わると、次にダンスを止めた嶺雅とラシアが。そしてLUCIFELへと歌声は続く。
ステージのメンバーにひとしきりマイクが回ると、スポットライトが観客側にも差し込んだ。
スタッフ用の制服に着替えて、バーカウンターに入っていた椿が、ヴァイオリンと弓を取り出し、一節を奏でる。腰掛けたスツールを回転させ、ショットグラスを片手にLUCIFELからのスキャットを繋げるのは、レオン。
呆気に取られた客達を他所にライトが更にカウンターを照らせば、マントを肩に跳ね上げて、逢歌がアコースティックギターを爪引いた。
その隣では、ギターのメロディに合わせて静香がハミングをする。
「ところで‥‥唐突だけど、もしよかったら僕と踊ってくれないかな」
歌の切れ目に逢歌が問えば、少し考える素振りをみせた後に、静香は微笑んだ。
「いいわよ。お手柔らかにね」
「え‥‥ホント?」
思わず素で聞き返す逢歌に、彼女はカウンターに頬杖を付いて、悪戯っぽく彼を見上げる。
「なによ、冗談なの?」
「そんな訳ないよ!」
ギターをレオンに預けると、逢歌は静香の手を取って、ステージに上がる。
ステージのメンバーと聴衆の拍手が、二人を迎えた。
「‥‥若いっていいねぇ」
PAのある地下一階席で紫煙を燻らせながら、佐伯が苦笑交じりに呟いた。
「勢いがあって、いいと思うけどね。私達の頃は、そんなにフランクでもなかったし」
ヘッドセットを首に引っ掛けた川沢は、笑ってそれに答えながら、各メンバーのマイクの音量を調整する。
「ヤだねぇ、年を喰うのも」
肩を竦めて、佐伯は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
響くはピアノとヴァイオリンとギターの音に、手拍子と歌声。
「さァ、皆も踊ろーっ!」
ビリィの呼びかけに、何度目かの歓声が上がった。