世界祭探訪録 春の特番ヨーロッパ
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
4.9万円
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参加人数 |
11人
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サポート |
0人
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期間 |
02/26〜03/04
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●本文
●春といえば‥‥
「そろそろ特番の時期ですね。少々早めですが、この番組でも特別企画を組む事になりました」
資料を配り終えると、いつもの担当者がいつもの口調で説明を始めた。
通常は、現地へ赴いて開催されている祭をレポートする『世界祝祭奇祭探訪録』だが、今回は趣向が違うらしい。
「タイトルは、『世界祝祭奇祭探訪録 春の特番 再会スペシャル』。
ご存知の通り、当番組では過去5回に渡ってレポートを行ってきました。今回はそのうち、第一回から第四回までにお世話になったステイ先を対象として、再びお邪魔しに行くという特別企画です」
参考までに、過去の滞在先は次の通りとなっている。
第一回:ハロウィーン。場所はイギリス、エディンバラのホットフィールド家。
第二回:アドベントの魔法。場所はオーストリア、ウィーンのハイドン家。
第三回:ルシア祭。場所はスウェーデン、ムーラのストゥーレ家。
第四回:ジルベスタークロイゼ。場所はスイス、ウルネッシュのケラー家。
「旅程の順番などの一切は、皆さんにお任せします。無論、必要な手配などはこちらで致しますので。また現地WEAに問い合わせたところ、各滞在先でNWが関わっていると推測される事件などは、ないそうです。
それでは、どうぞよい旅を」
●リプレイ本文
●古き城下の街
「皆様お待ちかね、『世界祝祭奇祭探訪録』春の特番がやって参りました!」
カメラに向かって元気よく、冬月透子(fa1830)はレポートを始めた。
「私達は、記念すべき第一回のイギリス、エディンバラのホットフィールド家へ向かっています。懐かしいですね‥‥ホットフィールド家の皆さんはお元気でしょうか。ミセス・ホットフィールドに頂いたマフラー、大事にしていますよ。もちろん今日も巻いています」
首に巻いた、赤を基調としたタータンチェックのマフラーを手にとって、透子は微笑む。
「ちょっと見ない間に、すっかりカメラ慣れしてるなぁ」
呟く小塚透也(fa1797)に、鏑木 司(fa1616)がちょっと不安そうな表情を見せる。
「僕、あまりカメラの前に立った事がないんですけど‥‥」
「いや、番組的には素のリアクションでいいみたいだから、無理に作らなくても大丈夫だろう」
「そうですか」
透也の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす司。
「ところで‥‥この番組は、食べ歩きツアーと聞いてきたのですが」
尋ねるラルス(fa2627)に、透也が眼を瞬かせた。
「‥‥誰に?」
「真雪さんに」
彼が示す先では、斉藤 真雪(fa2347)が楽しげにガイドブックを広げている。
「スコットランドと言えば、ブラックプディングとハギスですよね〜♪ あとイギリス本場のスコーンに、苺ジャムをた〜っぷりのせて〜♪」
幸せオーラというか、食いしん坊オーラを振りまきつつ、早くもトリップ気味‥‥もとい、旅に心躍らせているようだ。
時刻は10時を過ぎた辺り。一行が横切るロイヤル・マイルも、観光客やそれを目当てとした大道芸人が繰り出し、どこからかバグパイプの不思議な音が聞こえてくる。
記憶を辿って旧市街の石畳を抜ければ、見覚えのある家。
呼び鈴を押せば、騒々しく扉が開けられてジェイとアニーの幼い兄妹が顔を覗かせる。
「あ、日本のトーコとトーヤだ!」
知らされていなかったのか、二人は目を丸くした。そして8歳のアニーはぎゅっと透子に抱きつき、10歳のジェイは家族に知らせようと、家の奥へぱたぱた戻っていく。
「残念だけど、千早達は来れなかったんだ。すまんな」
頭を撫でてやると、アニーは少し寂しげな表情を浮かべてから「ううん」と首を横に振った。
「でも、トーコとトーヤが来てくれたから!」
少女はにっこりと微笑む。その間に、ジェイが夫人を引っ張ってきた。
「遠方からきて、お腹が空いたろう。遠慮せずに、沢山お食べ」
昼になれば、老婦人が来訪者達へ食事を勧めた。
いつぞやの様に、昼食の食卓には羊の胃の臓物詰めハギスと、動物の血ソーセージのブラックプディング、付け合せのマッシュポテトやスコッチ・エッグ、野菜と大麦と羊を使ったスープのスコッチ・ブロスが並んでいた。
「いただきま〜す」
見慣れぬ物体にも、喜んで手をつける真雪。隣では、ラルスが静かにナイフとフォークを扱っている。ナカミにさえ気付かなければ−−気にしなければ料理は概ね美味い。
歳が近いせいか、司にはジェイがあれやこれやと日本の事を聞いていた。もっとも、司もここ半年程はヨーロッパを転々としている為、それ以前の会話となるのだが。
「ところで、透也さんと透子さんが滞在していた時は、どうだったんですか?」
「うん。あのね、日本の特殊メイクで、羽根が凄かったよ!」
鳥のように、手をバタバタさせるジェイ。意味が判るやら、判らないやら。
「トーコと相談したんだが、夕食は任せてもらってもいいだろうか。世話になったお礼もあるし」
「ええ。以前のお礼も兼ねて、日本の季節のお祭を皆さんに紹介したいんです。もうすぐ、女の子の成長を祝うお祭があるんですよ」
「まぁ、それは楽しみだわ」
二人の申し出に、夫人は手を打って喜んだ。
「それから、これを‥‥ベスさんから預かってきました。こちらへ伺えないので、せめて手紙だけでもと。アニーとジェイにも、よろしくって言ってましたよ」
差し出された白い封筒を受け取った夫人は、老眼鏡と共に母親へと手渡す。
「なぁに。子供達がみな元気でいれば、それで構いやしないさ」
眼鏡をかけて封筒と手紙−−お詫びと近況を読み取り、老婦人は何度も頷いた。
歌を練習するのどかな声が、居間に響く。
透子と少女の和やかなやりとりを、真雪は両手の親指と人差し指で作った長方形のファインダーから覗く。彼女はカメラマン‥‥ではあるが、あいにくフィルム式やデジタル式のカメラを持ってこなかったらしい。
「仕事が終わったら、焼き増ししてもらおうと思っていたのですが‥‥残念です」
とは、ラルスの言。ちなみに彼は司と透也と共に、夫人に付き添って買い物へ出かけている。
留守番の彼女らはというと、紙粘土や色紙、ハギレ布を使って、雛人形や鯉のぼりを作っていた。二人の孫と彼女らを、揺り椅子に腰掛けた老婦人が目を細め、微笑ましげに見守っている。窓から差し込むのは、暖かい陽の光。それは、欠伸が出るほど穏やかな光景であった。
だがそれも、外出していた者達が帰ってくると、慌しい空気に変わる。
「妹が小学生の時に、作ってやった事があってさ、親父と義母さんが『出張旅行』でいなくて、寂しがってたからさ。最初はひどい出来だったよ」
そんな話をしながら、透也は薄焼き卵を注意深くフライパンから剥がした。まな板に丸く広げられたそれを、ラルスが注意深く丁寧に千切りにして、金糸卵にする。
「意外と、家庭的なんですね」
「もっとも、御飯に『酢飯の元』をぶち込んで、切った材料を上にのせるだけだが」
具材も卵の他に千切りの胡瓜や人参、ハムが皿に準備されていた。一方、透子はというと蛤を使った潮汁を作っている。
「スコットランドにはない、変わったスープね。とってもシンプルだわ。それから、これはライスサラダ? とっても綺麗ね」
興味深そうに、夫人は出来上がっていく『日本料理』を検分した。
ホットフィールド氏が帰宅すると、賑やかな夕食が始まる。
リビングテーブルには、整った男雛や少々歪んだ女雛が飾られ、五人囃子の代わりに鯉のぼりらしき物が並べられていた。
酢飯をスプーンで食べる子供達も、初めての味に「酸っぱい」だの「甘い」だのと面白そうに騒いでいる。食事が終われば、透子が持参したアコースティックギターを伴奏にして、昼間に練習した「雛祭りの歌」を意味不明の歌詞になりつつも、楽しげに披露した。
翌日の早朝。
透子とホットフィールド夫人に見送られた四人は、エディンバラ空港よりフランクフルトを経由して、ウィーンへと飛ぶ。
番組出演経験のない司と真雪、ラルスの三人は、ステイ先を回る『縦断組』を選択した。七日の間に、番組の放送順で四ヶ国を回る。単純計算しても、滞在時間は一箇所あたり一日半強。移動時間を含んでいるため、かなりのハードスケジュールであった。
静かな岩の高台に一人訪れた透子は、小さな名も知らぬ白い花を一輪、名も知らぬ『犠牲者』に捧げた。
顔を上げれば、眼下にはエディンバラの街を越えて、遠く海まで一望できる。
身を切るような風に腕を抱き、黒髪を乱されながら岩場から降りれば、杖をついた老婦人が彼女を見上げていた。この険しい場所を登ってきたのかと、透子は驚いた顔を隠せない。
「お祖母さん‥‥」
「みな、優しい子供達だね‥‥だけど、気をお付け。神さまは時々せっかちで、優しい子供達を傍に置こうと召し上げてしまわれる」
苦渋をにじませるように、老婆は深く息を吐いた。おずおずと、透子が疑問を口にする。
「あの、透也さんがお礼を言いたがってました。ハロウィンの夜に、助けてくれたのは‥‥」
言いかける透子に、老婦人は「シーッ」と指を口に当てて沈黙を促した。
「要らぬ口が呼び込む災いもあるさね。さぁ、ここは天気が変わりやすい。霧や雪になる前に、降りなきゃね」
そうして、老婦人は杖を付きながら歩き始める。もう一度、頂上の岩場を振り返ってから、透子はその後に続いた。
●賑わいの楽都
モーツァルト生誕250年を迎えたウィーンは、どこもかしこもモーツァルト一色だった。
「Gruss Gott! みなさん、こちらです〜!」
待ち合わせのウィーン・ミッテ駅で、一行を見つけた御堂 葵(fa2141)が大きく手を振る。傍らには葵と一緒で先に現地入りしていたCardinal(fa2010)と、ハイドン家の一人娘マリアが話をしていた。
「こっちもエディンバラと同じくらい寒いな」
寒そうに、ラルスがコートの襟元をおさえる。
「内陸はどうしても、寒くなるものだ」
Cardinalに同意するように、「そうなのよ」と黄昏るようにマリアが答える。
「あぁ、地中海に面したイタリアの人達が羨ましいわっ‥‥な〜んてね」
くすくすと笑う16歳の少女に、やや呆気に取られる縦断組の三人。
「元気な人ですね」
司の呟きに、Cardinalが頷いた。
「ああ、まぁな‥‥見ている分には面白いが」
「では、行きましょうか。今はモーツァルト生誕のイベント中で、ウィーンも賑わっているんですよ。閉館していたモーツァルトの記念館が再開したとか‥‥透也さんも、街の変わり様を見たいでしょう」
そんな会話が交わされていると気付かぬ葵とマリアの案内で、一行は路面電車乗り場へと向かう。
途中、コンディトライという自家製ケーキを置くカフェで午後のお茶ヤウゼを楽しみ、『観光』を済ませた一行がハイドン家へ着いた頃には、既に太陽が沈んでいた。
「やぁ、おかえり。そして、いらっしゃい」
ちょうど下請け先から戻ってきたのか。恰幅のいいハイドン氏が、車から降りて声をかけた。
「お邪魔します、ハイドンさん」
司がぺこりと頭を下げ、ラルスは家の主と握手を交わす。
「寒かっただろう。中へ入って暖まるといい」
「ハイドンさんも、お元気でしたか? あ、手伝います」
「ああ、お蔭さんでな」
集めてきた『製品』を車から降ろそうとするハイドン氏に、透也が手助けを申し出た。
「この中に、プチポワンが入ってるんですね」
プラスチック製の箱を、興味深げに真雪が覗き込む。しかし中を見る前に、Cardinalが透也に続いて箱を抱える。
「後で、じっくりと見せてもらえるぞ」
「そういや、奥さんは今どんな絵柄を作ってるんだろう? もう作業に入ってるんだろ」
「ええ。まだちょっと、正体不明だけど」
透也の問いに、マリアはくすくすと笑った。
夕食のメインディッシュは、グリルテラー。
フレンチフライポテトの上に、グリルした鶏肉や豚肉をのせて、ハーブバターを添えたものだ。余熱で溶け出したバターの匂いに混じってハーブの香りが漂い、食欲をそそられる。
「旅行二日目にして、これはもう食道楽紀行と確信致しました」
幸せそうな真雪はワインの酔いも手伝ってか、いささか表現が崩壊気味らしい。飲酒年齢に達していない司や透也は、マリアと同じくミネラルウォーターだ。
「明日は透也のリクエストで、一緒にターフェルシュビッツを作るのね」
「あと、ウィンナー・シュニッツェルも食べたいです〜♪」
「真雪さんってば‥‥」
困った顔をする葵に、ハイドン夫人はころころと笑う。
「いいわよ。リクエストがあると、腕のふるい甲斐もあるからね」
ちくちく。
針を白い布に刺す。ただそれだけの、単純明快な作業。
ちくちくちくちく。
だが、布にマークされている縫い目の距離は、数mmで。
ちくちくちくちくちくちくちくちく‥‥ぶち。
「うわーっ、やっぱりやってられーん!」
真っ先に、透也が初心者用キットを投げ出した。
翌日。一行は夫人の『作業部屋』へ案内され、そこで透也が縦断組の三人に初心者用キットを配った。が、透也も夫人から笑顔でキットを渡されたのであった。
「コツをつかむと、楽しいですよ」
前回はプチポワン作りに挑戦できなかった葵は、楽しげに着々とプリントされた縫い目を辿っていく。
「目が疲れるから、無理はしないでね」
「ところで、今年の図柄は何です?」
透也に聞かれ、夫人は今年のクリスマス市用のプチポワンを広げてみせた。まだ五分の一程しか縫われていない図柄は、何を描いているかよく判らない。首を捻る彼に、夫人は元となる刺繍の図面−−女性が赤ん坊を抱いている絵を差し出す。
「母子像よ。出来上がれば、こうなるの」
「ああ、なるほど‥‥」
「凄いですよね。これが、こんな絵画のようになるんですから」
ふむぅと眺める透也の横から、葵も絵を覗き込む。
「すまない。よかったら、出来を見てもらえないだろうか」
Cardinalが差し出す小さな刺繍が施された布を、少し驚いた表情で夫人が受け取り、眼鏡をかけた。裏を返し、表に戻して縫い目を調べる様子を、彼は緊張した面持ちで見守る。
やがて顔を上げた夫人は、Cardinalににっこりと笑顔を見せた。
「少し目と糸の処理が荒いけど、初めての男の人がここまで頑張れたのは、立派だわ。デザインは、斬新だけどね」
5cm四方のスペースには、コヨーテらしきものとカラフルな幾何学模様が刺繍されている。
「せっかくだから、お父さんに壁飾りに加工してもらう? 枠に嵌めるだけだから、すぐできるわよ」
「是非。宜しく頼む」
「レッドは、意外とマメだったんだ‥‥」
打ちひしがれたように、愕然と透也が呟いた。
午後からは約束通り、夫人からボイルドビーフのターフェルシュビッツのレシピを教わり、ついでに子牛肉のウィーン風カツレツ、ウィンナー・シュニッツェル作りも手伝う。
次の日の朝には、縦断組とCardinalがスウェーデンへと発つ予定なのもあって、別れを惜しむように、その夜の晩餐は前日より更に賑やかなものとなった。
●白の世界
ウィーン空港から、ストックホルムへ。更に列車で約四時間揺られれば、ムーラに着く。
シリアン湖は依然として凍ったままで、一行は雪の中を歩いていた。白い世界は相変わらずだが、クロスカントリー大会ヴァーサロペットの開催期間に入っているせいか、街も以前より息づいている。
「さすがに、北欧は寒いですね‥‥でも、寒いからこそアクアヴィットとか、美味しいでしょうねぇ」
転ばないように注意しながら、真雪がほんわりと呟く。アクアヴィットとは、度数40度以上あるジャガイモの蒸留酒である。
「‥‥潰れますよ」
ラルスが、やや心配そうな表情を浮かべた。旅も折り返し地点で、そろそろ疲れも出始める頃だ。
それでも暖かい家の灯りをみれば、ほっと安堵の息をつく。
「わーい、司さんだーっ! Cardinalさんと真雪さんとラルスさんは、初めまして!」
待ちきれなかったのか、鮮やかな壁色の家から飛び出してきたベス(fa0877)は、白い息を吐きながら一行を笑顔で出迎えた。それから身を翻して、ストゥーレ家の人々に到着を知らせに戻る。
「なんだか、馴染んでますね。ベスさん」
忙しい年上の少女の様子を微笑ましそうにみる司へ、Cardinalは「ああ」と頷いて同意した。
司の言葉通り、ストゥーレ家でのベスは10歳のマルグレーテと3歳のグレタと年の離れた姉妹のような仲の良さだった。
「いまストゥーレさんに教わって、練習しているんだよ。でもヴァーサロペットって、90kmコースは19歳以上の男の人しかダメなんだよね‥‥ちょっとガッカリ」
「代わりに、女の人でも参加できる45kmのコースがあるよ。でもそれだと、Cardinalさんは一緒に走れないね」
ベスと一緒に、小さな少女も一生懸命に考え込む。妻を手伝うストゥーレ氏が、食後のお茶をトレーに載せて持ってきた。
「本選のヴァーサロペットは5日ですし。女性は4日の選手権にしか参加できませんから‥‥ですがサポートとして併走なら、特別に認めてくれると思います。『番組』として」
「そうか。どちらかと言えば、競技云々というよりも原点回帰といったところだ」
何より、まったくの素人のベスが参加するというのも、気がかりだった。本人に言えば、心配しの過ぎと反発するだろうが。それに、彼自身もスキーが得意というわけでもない。
「あなたなら、いいタイムが狙えそうですけどね。僕も完走した事はありますが、8時間くらいかかりました」
ムーラでは「ヴァーサロペットに参加しなければ、男ではない」と言われる。
昔、スウェーデン建国の父グスタフ・ヴァーサ王が、ムーラの住人に助力を求めた。それを断ったムーラの人達が思い直し、ヴァーサ王の後をスキーで追かける。合流後は共にムーラへ戻り、独立運動に突入したという逸話が、ヴァーサロペットの発祥である。
ヴァーサ王に追い付いた場所が90km離れたセーレンという村であり、毎年1万人以上が参加する世界最大、世界最古、世界最長のこのスキーレースでは、ここをスタート地点としてムーラを目指すのだ。
「凄い習慣です‥‥」
話をメモしていたラルスが、しみじみと呟いた。
「でも4日に開催では、Cardinalさんやベスさんのレースは観戦できませんね」
残念そうに、司。スケジュール上、3日にはスイスのウルネッシュへ向かわなければならない。
「残念だけど、頑張って走るよ! マルグレーテちゃんに、ゴールで待っていてって約束もしたしね」
ベスはマルグレーテと顔を見合わせ、「ねーっ」と声を揃えた。
翌日は、ベスがガイド役を務めてムーラ観光となった。
といっても、人口2万人程の冬の街は観光施設も少なく、教会やムーラ出身の画家ソーン美術館、マルグレーテの通う学校を回っても、半日とかからない。
間に、レストランでスモーガスボード−−魚なら50種類近いニシンの酢漬け、スモークサーモン、グラーヴァド・ラックスと呼ばれる鮭のマリネ。肉はミートボールの他、鹿肉やトナカイ肉のグリルや煮込み料理。それに付け合せのパンやサラダからデザートまで、色々な料理が並べられた、いわゆる『バイキング形式』での食事を楽しんだ。
「お腹いっぱい、堪能しました‥‥お酒が飲めないのは、残念でしたが」
「まだ、昼間ですから」
店を出ても名残惜しそうな真雪に、司が苦笑する。雪道を歩くCardinalは、不意に歩く速度を緩めた。
「マーケットへ寄りたいのだが、いいだろうか。面白い食べ物があると聞いたのでな」
「本当ですか? じゃあ、寄りましょう!」
率先して、Cardinalの後へと続く真雪。お腹いっぱいじゃなかったのかと、男達は心の底で突っ込んだ。
「じゃあ、こっちだよー!」
案内するベスが、先へと進んでいく。
「‥‥で、面白い食べ物というのがコレですか」
手にした缶詰を観察しながら、ラルスが呟いた。ベスも缶詰を手の内でひっくり返している。
「中身、いっぱい詰めているのかなぁ?」
Cardinalが買った缶詰は、何故かはちきれんばかりに膨らんでいた。普通は平面の蓋と底部分も、見事に曲面を描いている。バルト海で獲れたニシンを発酵させた、スールストレーミングというスウェーデン北部の珍味だ。
当のCardinalはというと、レインコートにビニール手袋、傘という謎の重装備で、皆に同じ物を渡している。
「で、誰か開けたいヤツはいるか?」
「はーい! あたしが開けてみる〜!」
問うCardinalへ、一番にベスが手を挙げた。
「顔と人に向けないようにな」
簡単な注意を聞いてから、おもむろに缶切りを差し込めば。
炸裂音と共に飛沫が吹き上がり、ナンともいえない強烈な臭いが広がった。
スールストレーミングは、日本の「くさや」に似ているという。
赤タマネギや茹でたジャガイモと一緒に、テュンブレーという薄いパンにのせて食べるのがセオリーだ。
確かに味は良いのだが、居合わせた者達は全員、半日程は嗅覚が効かない状態に陥った。
「スールストレーミングって、持って行けないんでしょうか」
「機内持込厳禁だそうですよ。気圧が下がると、缶が爆発しますから」
真雪とラルスがそんな会話を交わした、3日の早朝。
三人はムーラから再び4時間かけてストックホルムへ戻り、ドイツで飛行機を乗り継いでチューリッヒへと飛ぶ。次のウルネッシュまでは、チューリッヒから電車を乗り継いでまた4時間以上。今回、最長の移動距離であった。
そしてCardinalとベスが参加したカントリースキーの結果はというと、持久力のなさでへばる彼女を、併走するCardinalが励まし。休憩を繰り返しながらも何とか完走したという−−。
●山間の春
「遅いわね‥‥そろそろ、電車がなくなるんじゃない?」
心配そうに、羽曳野ハツ子(fa1032)が時計を気にする。
夕暮れもとうに過ぎて、ケラー家では夕食の準備も万端整っていた。山間の静かな村は、電車の本数も少なく、深夜になる前に営業も終わってしまう。スイスもまだ春は遠く、あたりは雪深い。
ウルネッシュへは、縦断組が三名のみで移動していた。撮影スタッフは随行しているが、夜が更けるごとに不安は増してくる。
「どこかで迷ったとも考えられるな。様子を見に行った方がいいか」
ニライ・カナイ(fa1565)の『指導』を受けていた深城 和哉(fa0800)が、席を立つ。
「車、出すよ」
ケラー家の一人息子ヨルクが、鍵を取りにいく。その背中へ「すまない」とニライが声をかけた。
それから待つこと、約1時間。
三人は、ヨルクの車で漸くケラー家へと到着した。
「すいません。うとうとしていたら、アッペンツェルで寝過ごしてしまいまして。カメラさんが、起こそうとしてくれたようなんですが‥‥」
暢気に謝るラルスへ、ハツ子が苦笑した。
「どこかで事故にあったか遭難したんじゃないかと、心配したわよ。移動は大変だったみたいだけどね」
「はい。お陰で、お腹が空きましたぁ」
真雪も少々元気がなく。そこへ、ケラー夫人が子牛肉の薄切りクリーム煮ゲシュメッツェルテスや焼きソーセージにソースをかけたブラートヴルストの皿を持って現れた。
「さぁさ、手伝って頂戴」
漂う香りに元気を取り戻して、「わぁ〜い」と歓声をあげる真雪。
「あ、僕が運びます」
荷物を置くのもそこそこに、司が夫人から皿を受け取りに行く。
食事の準備が進められる間に、一度部屋へ戻った和哉が一升瓶と木製の箱を持ってきた。
「よかったら、ワインの代わりに」
「これは、日本のお酒か。気を遣わせて、すまないね」
「いえ。それから、こちらは『能面』といって、日本における古典芸能である能に使われた面だ。能の披露はできないが、日本最古の芸能の面である。田楽や猿楽という芸能から能楽が発展した。また、狂言面も似ているな」
ほううほうと感心しながら、嬉しそうにケラー氏が日本酒と面を受け取る。そしてニライは木彫りのこけし人形を土産にと手渡した。
「食後には、私からのお土産。本放送のVTRを一緒に見ましょ」
先日まで日本に帰っていたハツ子が、楽しげに一本のビデオテープを取り出す。
「‥‥日本で放送されたヤツ?」
「そう。ヨルク君も、ば〜っちり映ってるわよ」
「えっ」
自分の知らない所で放送された事に照れたのか、ヨルクは顔を赤くしつつ「俺は見ないから!」と事前宣言して、笑いが起きる。
そして賑やかに、一同は遅い夕食を始めた。
「悪い子は、いねーかーっ!!」
「うわぁっ!」
怒声に目を覚ませば目の前には大きく奇怪な『鬼の顔』があって、司は思わず飛び起きた。
その様子に満足したのか、『怪人』は次に隣のベッドのラルスを同様の手法で起こしにかかる。
「おはよう。もう昼よ」
ドアから笑顔で覗き込むハツ子は、セミロングの黒髪を一つに纏め、軍手に作業用の吊りズボンにゴム長靴を履いていた。
午前中からずっと、牛の世話を手伝っていたのだろう。
「すいません。すぐに起きます!」
あたふたと起き出す司に笑いながら、彼女は扉を閉める。
後を追うように、ラルスの驚いた声が響いた。
「いや、なかなか。『醜いクロイゼ』に通じるものがあるな」
『怪人』−−和哉が扮した『ナマハゲ』を前に、ケラー氏は感慨深げに頷いた。
「ああ。大晦日に現れるナマハゲは、いわば日本のクロイゼといっていいだろうな。こう‥‥『悪い子はいねぇがー』と」
藁を纏った身体を揺らし、和哉はナマハゲの真似をしてみせる。
やがて準備を終えたニライが桜柄の着物姿で降りてくると、男達は感嘆の声をあげた。
「‥‥似合ってると思う」
ナマハゲの面をつけたまま、和哉はニライを褒める。
「そうか、ありがとう。では、練習の成果を披露してもらおうか」
いつもの調子で告げるニライ。そして、ナマハゲは聴衆へと向き直った。
「『桜着物の歌姫とナマハゲ男』か。何かの題のようだが‥‥世話になった礼に、一曲」
ケラー一家とハツ子、そして縦断組の三人が拍手をする。
緊張のままで息を吸い、唄うは『さくらさくら』。
無論、唄う事が本職ではない和哉の歌は、ニライにはまだまだ及ばないが、気にする事なく長閑に唄う。
続いて、ニライが独唱で長唄『花扇』を披露した。
艶やかな咲き乱れる花と舞う蝶を詠む、澄んだ春の歌が朗々と冴え渡り。
惜しむように誰もが拍手を送って、別れの昼食となった。
雪を踏みしめて、一行は名残惜しくもケラー家と別れを告げた。
「そういえば、ハツ子殿は『春』を探すと言っていたが‥‥見つかったのか?」
ニライに問われて、ハツ子は「ええ」と頷く。
「あの子達よ」
振り返れば、厩舎からはここ数日に産まれた子牛達が、黒っぽい目で帰路に着く者達を見ていた。